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スラムだけは作らせるな

 日本の「プータローとヒキコモリ」は、世代が再生産されないので、スラムはつくらない──というお話は、既にしました。スラムができないことで、日本の社会コストはかろうじて抑えられ、「競争的5%」の人々の仕事が余計な阻害を受けず、対外経済競争力が維持され、国債が暴落しないで済んでいるのです。
 しかし日系ラ米人の労務者はどうも全国各地でスラムの核をつくりつつあるようです。日系ラ米人労務者の中から暴力犯を輩出する率は、他集団の平均以上ではないのかもしれません。しかしドラッグディーリングや対警官暴力など日本社会の一般モラルとは相容れない正邪観が持ち込まれ、それが世代を超えて再生産されているとしたら、これを根絶しないで良いわけがありません。日本語が満足に話せない日系人へ特待的に就労ビザを発給する行政は間違いでしょう。

 スラムといえば、今のマンション醜聞が拡大しますと、こっちの方からもスラムが出来兼ねません。
 わたくしは、西村議員の逮捕も、このマンション醜聞の行く末を現政権の中枢が予測した結果ではないだろうかと思っています。

 創価学会と共産党は天敵であるということは皆さんはご承知だと思います。どちらも朝鮮人に選挙権を与えようとしており、そしてどちらも、日本の法曹界(弁護士だけでなく、検事や裁判官まで)に人脈を扶植している恐ろしい団体です。共産党は北鮮の拉致を否定していました。西村議員はこのどちらの法曹ネットワークからも目の仇にされていた立場でしょう。非弁活動などやっていたらすぐにチクられる筈で、よくもいままで不問に付されて来たものと思います(それも日本の法曹界の体質が問わるべき問題でしょう)。大阪は在日利権の濃厚な土地柄です。大阪十七区(すなわち堺市)の隣の十六区の選出議員が公明党の北側国土交通省大臣のようです。つまりは昔の建設大臣で、このポストは旧田中派が利権をほしいままにしていたところでした。大阪高検の人事異動の後に、事件が蒸し返されたと毎日新聞のネット版が書いていました。

 ところで建築業や不動産業は、あのバブル時代に、長期的な信用を重視しない経営者が多数参入した業界です。日本の銀行は潰せないのだという政策的選択がなされた結果、その人々は、まだ淘汰されていません。なかにはヤクザそのものと結びついている業者もいます。
 天敵関係にある2政党の一方の政党に所属する議員が、その業者と結びついていたと、もう一方の政党が、感づいたのではないでしょうか? そして政党所有のメディアと工作用のブログなどを通じて、醜聞に火をつけました。これは連立政権攻撃に使える、と思ってのことでしょう。

 政権中枢は、このマンション醜聞の規模が拡大して、連立政権の係累から逮捕者が出ることも予想したのではないでしょうか。そして小泉氏は、この騒ぎは、公明党に対する自分の支配力を強化する良いチャンスでもあると見たかもしれません。池田大作氏には無限の寿命があるわけではないからです。
 そこで宣伝上手な政権中枢では、「小泉が公明党叩きをしているように世間にうけとられてはまずい」と思い、西村氏を逮捕させたのではないでしょうか。こんごの一連の報道が庶民に与える視覚的インパクトの上で、バランスをとったのです。

 西村氏には行動右翼のシンパがいっぱいいたようですね。それだったら、外務大臣に殺意を催したなどと自分の本に書いてはいけないし、現首相が狙撃されても良いなどと口走ってはならないでしょう。
 参院に転ずれば全国的な人気を武器にできるので選挙資金もかからないし、一人一会派となって、こんどこそ父親離れと地元離れをしたら良いでしょう。速決で議員辞職すれば、刑の言い渡しは執行猶予付きでしょう。地検特捜部ではなく府警が取り調べているのはなぜかをよく考えることです。

 小泉氏はこんどのマンション醜聞を公務員リストラ改革の世論形成のチャンスとして利用するでしょう。
 また、マンション離れ、一戸建てブームが潮流となれば、それはそれで、日本列島改造新論の契機となります。

将来あり得る核テロの形態

 これまでは複数の原爆を保有しない限り、米国のような大国に対する脅しには使えないと思われていました。
 しかし、次のような手があります。
 試製の原爆を自国内の大気圏内でまず一発炸裂させる。次いで「この原爆を作るのに用いた設計資料を全部インターネットで公開してやる。それが厭なら……」と脅かすのです。
 兵頭は、北鮮は一発も原爆を持っていないと思っていますが、金正日が一発でも持っているのであれば、このような脅しは現実的になし得るわけです。
 言うまでもなく、イスラエルやパキスタンは、この脅迫オプションを既に持っています。
 北鮮が一発の核実験もしていないこと。それが、北鮮が原爆を一発も所有していない証拠です。
 しかし米国がこのような形で第三国から脅迫される可能性がある以上、日本も早く独自の核武装をして生存のオプションを増やさねば危ういと言えましょう。

さっそくご投稿くださり、ありがとうございます。

 この日本の1億2600万人のなかにはどこかに有力な助っ人がいるはずなのですが、いままではそれをすばやく見つけ出して結集する手段がありませんでした。
 インターネットのおかげで「666」さまのようなご支援が即座に得られるとは、明るい時代になったものです。
 篤く御礼を申し上げます。
 日本人の英語力は有限でしょう。しかし、結集すれば有効です。

西村真悟氏の過去の単著6冊の摘録

 OPACによると西村議員の単著は6冊あります。今回はこれに、座談会本を1冊混ぜて、7冊イッキ読みをしてみました。
 いつものように以下その摘録です。ただし座談会本『国益会議』(2003、PHP刊)はタイプする体力が尽きたので、あとまわしとします。

▼『亡国か再生か』(展転社・1995.12刊)
 平成7年の春から夏にかけて書き下ろしたものに、過去2年間(つまり平成5年7月に衆院議員に初当選してから以降)に民社党機関紙に寄せた原稿などを加えています。この時点ではもちろん民社党は存在せず、旧党員は小沢一郎の新進党(野党)に加わっていました。与党は「自社さ」で、首相が村山富市。都知事は青島。翌8年1月に橋本内閣。また8年3月に金丸信が死去。
 第一章は日本語の起源。先史の考察。日本は「永遠の過去のもつ権威」により統合されている典型的な国家(p.29)。
 制定法よりも判例法を重視する日本は科挙制度を輸入しなかった(p.39)。
 宣教師ヴァリニャーノの手紙。
 日本人は人間の集団を、単に自然人の集まりとは把握せずに、法人として観念し、その法人の存続のために優秀な機関(自然人)を求めるという発想だった(p.44)。
 朱子学ではないから、上田秋成は父の商家を継がなくてよく、作家になれた。韓国の大企業は血縁経営だ。
 朱徳が帰省したとき爪が短かったので両親は失望したとスメドレーは『偉大なる道』で書いている。日本では皇后が機を織る。
 平成7年8月15日に「終戦五十周年」の記念謝罪決議をしようというマスコミと国会内の雰囲気あり。大東亜戦争終戦の日はGHQ廃止の日である昭和27年4月28日である(pp.55-57)。
 勝者は道義的にも物質的にも最大限の利益を得ようとし、他方、敗者にも、罪の懺悔を利用して有利な情勢を買い取ろうとする魂胆がある。倫理が独善の手段として利用されると卑屈である──とウェーバーは言っている。平成7年6月の「不戦・謝罪決議」はまさにこれだ。
 学生時代に各地で墓地をよく探した。どんな田舎にも日露戦争で戦死した兵士の墓があった。近代国家形成の重圧に国民はよく堪えた(p.71)。
 GHQは30項目もの検閲事項を設けており、それによって封印された言語空間が戦後であり、今年の「戦後五十年決議問題」もマインドコントロールの産物だ。
 平成7年6月14日の有権者への報告。国会は立法以上の権限を与えられておらず、戦後五十年の反省、謝罪、不戦の決議などはできない。議員の慶長の決議、立法意思の表明決議とは別である。国会による多様史観封殺は全体主義国家でしかやらないことだ(p.93)。
 コミンテルンと中共が、支那事変の五年前に日本に宣戦布告していた(p.94)。日本を弁護しうるのは、日本人しかない。東京裁判の却下資料が明らかになったのは最近だ。
 昭和16年11月27日のFDR命令により米空母は可燃ペンキを剥がしていた(p.107)。
 新約聖書は、人前で悔い改めるのは偽善者だとしている(p.113)。
 紙に書かれている形式的憲法の背景には、紙に書かれない実質的憲法が存在する。これは大学の法学部で習う。国家のありかたそのものを支える不文法を「立国法」と呼びたい。
 日本の天皇はナチュラル・オーダーであり制度ではない。だから、そもそも革命によってしか廃絶できない。そこでコミンテルンに内応した共産主義者は「天皇制」という造語をし、それが多数決で簡単に廃止できる制度であるかのように庶民に思わせる宣伝に努めてきた(pp.128-9)。
 ヨーロッパの近代啓蒙思想が契約国家説を生んだが、その契約の担保は溯れば神という神秘領域に接する。神秘的権威をすべて排そうとすれば、けっきょく人間はグロテスクな社会や国家しか造れぬということが20世紀にハッキリした。
 英国君主が「君臨すれども統治せず」なのは近代の英国王がドイツ語しか分からず統治のしようがなかったためだが、日本では昔から天皇の権威は永遠の過去にもとづき、政変に左右されない。
 憲法制定過程の議論を禁じたGHQ検閲、鳩山一郎などの公職追放、戦犯裁判と処刑、朝鮮戦争への掃海艇派遣……。これらが日本国憲法で可能にできるわけがない。しょせんあれは「日本管理基本法」でしかない(pp.140-1)。
 昭和23年時点で米国内にマッカーサー批判本が登場したがマックはその紹介を禁じた(p.142)。
 村山氏や社会党閣僚は、初めて国会の開会式に出席したはずだ。憲法第七条に「天皇は国会を召集する」とあるのに、共産党と社会党は日本国憲法を部分的に尊重しなくて良いと考え、国会での天皇による開会式を欠席してきた。彼らの正体は少しも「憲法を護れ」ではない(p.146)。
 社会党党首が総理になるや、それまでの見解を180度ひるがえし、自衛隊は合憲だと言い出した。正反対の解釈が自在な法など機能しない。憲法第九条の法としての権威は、社会党のおかげで、もう無い(p.147)。
 憲法96条に改正規定があるというのに、土井議長の「護憲」発言は支離滅裂である。
 現行成文憲法は、危機と国家の関係を定めていない。
 ドイツの法には国境警備隊を国外に派遣してはいけないという禁止規定がないから、モガジシオに派遣してハイジャッカーを全員射殺した。
 法の肯定規定に縛られる日本式発想では危機に際して無法を招くのみ。例外を想定した諸訓練の蓄積もできない。
 法の整備以前に、政治家の資質を国民は整備しなければならないという二重の不幸(p.156)。
 災害の発生元がいちばん情報が無いものだ。だから災害情報は中央から地元にも伝達できるようになっていないといけない。
 阪神大震災では米空母インディペンデンスのヘリポート病院としての活用の申し出を受けるべきであったが村山は断った。伊勢湾台風のときヘリ空母『キャサージー』が名古屋沖に停泊して小牧のヘリ基地と連携して救助活動しているのだが。またヘリ護衛艦『しらね』が神戸沖に急行したが神戸市長は接岸を渋り、活用もせず(p.218)。
 1月21日に歩いて視察したところ、国道2号と43号の車両交通規制がなされておらず、無策きわまる状況。
 倒壊家屋の中に人がいるのかいないのか、まずその標識の旗を立てるべきであるのに、これが無いから新着の救援隊がどこから着手すべきか見当がつかない。
 「錯綜した複雑な事件を整理するときの弁護士時代に身につけた教訓、すなわち原則に還って考えること」(p.185)。
 国家権力を抑制する権威とは、前の時代はローマ教会の世俗的権力であり、啓蒙時代はその世俗性を排した彼らにとっての普遍的な神(p.201)。
 チャーチルは第二次欧州大戦について「平和主義者があの戦争を起こした」と回想した(p.204)。
 栗栖弘臣元統幕議長は解任されたあと、民社党から参院選に出馬したが、惜しくも落選した。これは残念だった。問題提起封殺の歴史(p.207)。
 軍司令官は、憲法第七条五項の認証官でなければならない(p.212)。
 国内法秩序がないか破壊された状況で外国の軍隊と戦うのが軍隊だから、自己完結組織でなくてはならず、ネガ・リストの法律を適用しなければならない。警察は国内法秩序が生きている状況で活動するので、ポジ・リストの法律が適用されるのだ(p.213)。
 3大都市の50キロ圏に全人口の44%が暮らす日本は住居適合地あたりのエネルギー消費は米国の12倍である。
 毛沢東は昭和30年に久原房之助に、日本軍との戦争が北京官語をひろめた、と。
 1840年代に野党のディスレリーが保守党ピール首相と論争して次の原則が確認された。一、政党は公約をうやむやにしてはならない。二、政党は他党の公約を盗んではならない。
 すなわち、当時の自由貿易案(=穀物条例廃止)は、もともと自由党が提言していた政策で、保守党は保護主義者としてそれにずっと反対をして、それによって有権者の支持を集めていたのに、ここへきて与党保守党がとつじょ立場をひるがえし、その自由貿易案を保守党の案として議会にはかろうとしたことにディスレリーが噛み付いた。それは主義の大転換である。それをやるならまず解散して選挙をやり直してからにしないと有権者が納得しないだろうと。主義からの自由は、自由主義ではないと。
 穀物条例廃止案は可決されるが、ディスレリ演説に同意した240名もの保守党員が脱党することになり、ピール内閣は総辞職した。
 ヨーロッパの形成は、この千年の間の最大の事件(p.255)。
 1807年に中立国のデンマーク艦隊をナポレオンが利用できぬようにと先制攻撃して奪い去ったネルソンの作戦は自衛か侵略か。英国と大陸はいまだに別な見解(p.256)。ペルシャ湾についてのカーター・ドクトリンは英国式。
 平成6年6月に衆院議員304名が次回からはあくまで小選挙区の選挙にする、中選挙区ではやらないという声明書に署名し、4月に野党化した社会党の政権復帰はありえなくなった(p.264)。
 北朝鮮に対する経済制裁の検討開始からはじまる朝鮮半島の緊張がカーター訪問により急速に忘れられていく中で、自・社・さの連立政権が成立した。
 政界再編は政策という表面的次元でおこなわれても頼りにならぬもので、不易の歴史観・国家観の共通性において再編されたときに「和して同ぜず」の良い集団ができる(pp.270-1)。
 大学に8年、司法試験に受かるまでさらに6年かかった(p.297)。
 4年前、スペインでひったくりに遭った。こらっと一喝してけり倒したが、自身も右目に一発食らった。それが原因で白内障にかかった。
 参考文献あり。

▼『誰か祖国を思わざる』(クレスト社・1997.5刊)
 あとがきによれば、潮匡人氏のプロデュースらしい。この5月6日に尖閣に上陸して時の人になった。
 石原慎太郎氏が用立てたイギリス籍の船で石垣から出港。尖閣の所番地も石垣市。
 沖縄に2つしか存在しない日刊新聞のどちらもが基地撤去運動を県民にけしかけているのはマインドコントロールではないのかと国会で質疑したら朝日に叩かれた。質問すること自体を非難攻撃する。
 石垣の地元住民は、沖縄の新聞は大田知事の機関紙にすぎないと。
 委員会の開会を待てないときに国会議員が「質問主意書」を内閣に提出すれば内閣は1週間以内に文書で回答しなければならない。
 ミャンマーの第二書記の長女を自宅で爆殺した小包爆弾は日本から郵送されたものだと(p.18)。
 魚釣島に野生のヤギがいた。一面、ガジュマル。
 北京と橋本総理は口をそろえて西村の上陸を非難した。
 「廃用性萎縮」。使わなくなった筋肉は萎縮する。国家の領土・主権の保全も同じ(p.31)。
 魚釣島は石垣島から175キロ、那覇から420キロ、台湾基隆から190キロ、大陸福州から420キロ。
 保安庁の航空哨戒は1機1日1哨戒(p.48)。
 尖閣の治安維持については法相も即答できない。内閣官房の外政審議室が総合調整しているため。
 断ずるに当たって、断ぜざるは反ってその乱を受く、と史記にある。
 1997にアルバニアで武装勢力に包囲された12人の邦人をドイツ軍とアメリカ軍が交戦しながら救出してくれた(p.60)。
 政府委員(参事官や局長)の任務は質問する議員の時間を奪うことにある。議員の目をけっして見ないで、斜め下を向いたまま、長々と答弁する。
 駐米日本大使館が幹部の送別会をしていたために宣戦布告が85分遅れて騙討ちの汚名を被った(p.66)。
 謝罪の要求が始まり、政府がそれに応じて事を収めるというパターンは1982の教科書問題から始まった。
 鈴木善幸は、板倉由明氏と渡部昇一氏が新聞の誤報を明らかにしたあとに北京にでかけて「政府の責任で歴史教科書記述を是正する」と表明した(p.69)。官房長官は宮沢喜一。
 山本七平氏が『大和』の自殺的出撃の理由を旧海軍人に聞いたら「空気」だったと言われた。時代の空気が変わったときには、それ以前の時代の雰囲気が蜃気楼のように消えているのが日本社会。
 中韓両国にとって、靖国神社が有効な外交カードであると自覚されたのは、昭和60年以降。
 父・西村栄一は、貧乏な少年時代に上海を見ている。
 1932年のコミンテルン・テーゼに基づき共産主義者は天皇制と近代史を非難しつづけていると谷沢永一氏著『悪魔の思想』(クレスト社)にあるではないか。
 京大に入学したとき、無政府主義者のバクーニンの著作が多くの若者たちの間で読まれていた(p.77)。
 後藤田、中曽根、加藤、河野はいかに国益を損なったか(pp.78-9)。
 政治とは結果論の世界である(p.83)。
 原爆投下と都市爆撃に参加したアメリカ人の日本入国ビザの発給を拒否してはどうか。アメリカのホロコーストを明らかにしろ。
 橋本龍太郎総理大臣が韓国大統領と握手するとき、「臣下の礼」をわざととったことを国会で追及したら、「目は落ち着きをなくした」(p.111)。
 最初に朝日放送の石高健次記者が韓国に亡命した北鮮工作員から13歳の女子中学生誘拐について聞いてきて、その話が『現代コリア』に載り、それに基づいて佐藤勝巳氏が20年前の新聞を調べて横田めぐみ失踪事件を確認し、荒木和博氏が西村氏にその事実を伝えたのが平成9年1月。そこで1月23日に西村が内閣に質問主意書を提出。その回答が遷延するうちに2月3日に西村が予算委員会で質問することに。
 占領中に被占領国の基本法を変えることはハーグ陸戦条約の第四十三条で禁止されている(p.143)。
 社会党のある古参議員は衆院安全保障委員会の一員として米国視察旅行したときに、自己の軍歴を自慢し国会で言うこととは正反対のことを言っていた。その後大臣になった。
 日本には昔から奴隷はいなかったのに、米国憲法を直輸入したものだから、十三条(苦役の禁止)などというものが入っている。
 プーシキンの『大尉の娘』は『一尉の娘』とは訳されない、と国会で発言。
 政府委員が先の回答を訂正するときは、けっして訂正とはいわず、「明確にしておきたい」と言う。
 「わが国には、アメリカ軍が数十万トンの弾薬を保管している。自衛隊の弾薬は一〇万トンでそれよりも多い」と国会で発言した(p.171)。
 げんざい在外公館は、大使館112、総領事館64、領事館1、政府代表部6の合計183である。在外邦人は73万人。海外旅行者年間1700万人(p.194)。
 オウムに刑法77条の内乱罪を適用できなかったのは、その時の総理大臣が社会党出身だったから(p.198)。
 民社党は集団的自衛権を認める方向であったし、その考えをさらに進めようとしたのが新進党。しかし平成8年の暮れに新進党が発表した政策案は、集団的自衛権の行使は認めないとなってしまった。「正直言って、私は愕然とした。そして脱力感に見舞われた」(pp.204-5)。
 消費税法は試行錯誤できる。しかし集団的自衛権は待ったなしなのだ。
 国連に参加するとき何の留保もつけていない日本は集団的安全保障活動に参加するのが国際法上の義務である。それに参加しない場合は一国の憲法を持ち出してはならず、政府の国益判断によるとすべきである。
 「私は、実感に基づく確信を持って断言できる。現在の議員より有権者のほうが、はるかに叡智があり国家のことを考えている。したがって、国家の再生は、日本国民を信じれば必ず成る」(p.227)。
 教科書問題は、薬害エイズ以上の、文部省という官と、民である教科書会社との癒着問題であり、この惨害は子どもたちの将来にわたる精神に及ぶ──と、小杉隆文部大臣を批判。
 「私は貝になりたい」というフランキー堺のTVドラマがあったが、人には親族を含む縁があり、それは私の領域から日本国民という公の共同体に連なっている。この縁に繋がる一人ひとりの生は短いが、全体としての共同体は永続する存在としてある(p.241)。
 某国を知らざれば、これ即ち亡国。by田中正造。
 吹く風を観察するのでなく、国家再生の活路を、満身創痍になるのを覚悟して切り開こうと志す。
 ウェーバーも1918年に、政治家は不可能なものを可能にすることを目指さないと、可能なものも可能にならないと、ミュンヘンの学生に語った。
 憲法前文のウィルスが全身にまわるのは、昭和五十年代に入ってからだ(p.249)。
 ついに平成9年4月から配布された教科書に従軍慰安婦など日本国民じしんに対する飽くなき断罪の記述が溢れはじめた。

▼『海洋アジアの日出づる国』(転展社・2000.1刊)
 平成9年五月以降の活動報告。『正論』などの寄稿記事の集成。9年夏にはタイの通貨危機あり。9年12月に新進党が分解し、西村は小沢党首の自由党に参加。この本の校正原稿が届いた日に防衛政務次官を辞任。
 国力は何のためにあるか。万民保全(五箇条のご誓文)のためである。
 ドゴール大佐は1934年に、パリが陥落すれば全フランスは1時間で抵抗をあきらめて屈服してきた、と警告。
 ザビエルは、日本には貧乏を恥と思う者は一人もいないと1549年に書いていた。
 共同体との関係のなかにパンのみに生きない自己を見出す(p.17)。
 経済評論家は政治家たり得ない。歴史家のみが政治家たり得る。
 萬世一系の日本では歴史は権力史として研究され記述される。よって歴史がある。易姓革命のあちらの国々では、歴史は権力の道具にすぎず、捏造されるのみ。したがって歴史は無い。
 大陸の「歴史」に対しては、日本は「事実をして語らしめる」という姿勢を崩してはならない(p.22)。
 中国の第一回核実験にはパキスタンの要人が招待された。
 マスコミは破防法のオウムへの適用を難じつつ、自治体の信者転入拒否を是とした。オウム信者も国民であり、住民票移動の権利がある。信者が移動してはいけないというのなら、破防法を適用すべきであったのだ(p.39)。
 織田信長においても、皇位は制度的確信であった(p.44)。
 丹羽春喜氏の『日本経済再興の経済学』に賛成する(p.51)。
 株価が下がっても日本の富は減らない。もし全員がその価値を現金化しようとして売り出せば、畢竟、株の価値はゼロである。
 事務所の壁には、孫文の「民意に依りて国達し、民意に逆らって国滅ぶ」という書がかかっている(p.57)。
 国旗・国歌法案は官僚の歴史教養の無さをよく示した。文語文は歴史的仮名遣いとすると昭和61年に告示しているのに、なぜ歌詞が「いわお」なのか。
 小渕総理は謝罪儀式を定着させた。西村は金大中が演説する本会議を欠席した。
 国会の公式の質疑で相続税廃止を主張したのは西村が初めて(p.90)。
 人が死んだことで税金が取れるのなら、生れたことでも税金をとられる。
 ギリシャ、ローマでは、共同体の構成員は総て市民であるとともに兵士としてそれを守る責務を有した(p.101)。近代国民国家とは全国民が「市民」となった国家である。
 わが国は、有事か平時かその分別を不能にして領土潛奪を狙う Other than war を中国から現在仕掛けられているのである(p.105)。
 オウムが地下鉄で撒いたサリンは濃度4%だったから悪臭がした。
 自衛隊は国内では軍隊ではないなどと政府が解釈しているのは、憲法98条2項の国際法遵守義務違反である。
 社会党はなくなったが、社会党なき社会党支配は続いている。左翼プロパガンダの勝利。
 シビリアン・リーダーシップという言葉はあるが、シビリアン・コントロールという言葉はない(p.127)。
 自衛隊は令外の官で昇殿が許されない北面の武士か(p.131)。
 ドゴールいわく、命令通りにしか行動できないのなら下士官で十分であり、将校はいらない。
 ドゴールは少将であり、大統領になってからもそれは変わらない。チャーチルは中尉である。なぜ日本の防衛庁長官や防衛政務次官は軍歴もないのに背広の上に五つ星や四つ星の帽子を着用するのか。
 威嚇射撃のできる航空自衛隊すら、その次に何をして良いのかのROEはないと思われる。だから昭和52年の沖縄領空侵犯のようなことになる。
 防衛庁長官には閣議召集権がない。
 西村の国家安全保障基本法たたき台では「国民は、国家を防衛する義務を有する」と明記(p.145)。
 防衛庁防衛局長は軍政と軍令の両方を握っており、東條首相以上だ(p.151)。
 平成10年4月30日に自由党を代表して橋本総理に、かの国でいかなる接待をうけたのか、質問。
 1996-4の日米安保共同宣言は対中国の宣言。
 自衛権行使は必要であるものの、最小限ではなくなるから行使できないとする領域があるのか。その場合の、国民の生命損失は、国民がとうぜん受忍すべきものだと政府はみなし、その防止の責任は政府は負わないのか。国民はそれで納得するのか(p.178)。
 北鮮がミサイルを発射したとき、慣例にとらわれずに衆議院広報を印刷せずに委員会をすぐ開くべきだと主張(p.188)。
 フォークランドのとき商船徴用はまず勅令によってなされ、第二次には非常時特別立法によった。
 イージス艦からトマホーク巡行ミサイルを発射できるように改装し、空対地ミサイルも多数保有すべきだ(p.198)。
 海賊船舶を視認した軍隊はそれを拿捕する義務がある。海洋法条約第100条。
 日本の銀行が破綻すれば経営幹部は逮捕され、マスコミも大騒ぎなのに、朝銀の頭取以下はいくら破綻しても特別背任罪で逮捕もされず、逆に日本政府が彼らに3000億円の税金をくれてやり、さらに1兆円も北鮮労働党に贈ることを許そうとはどういうことか。またマスコミはなぜ騒がないのか。
 スパイ防止法には国家的法益がある(p.257)。
 帝国議会の秘密会議に付せられた事項を漏らした者は戦前の国防保安法で処罰されたから、戦前は秘密会議が可能だった。
 国家機密であるかどうかは、行政権により有権的に外見上明確にされていなれればならない。予見可能性が確保され、罪刑法定主義に適う。
 ダイアナ妃は自動車事故で死亡した。なぜ地雷より多数の死者を出している自動車は禁止しようとしないのか。英国はエジプトに3000万個の地雷を撒いて放置したままだ。
 F-15に同乗し8Gを体験したあとの疲労は、学生時代に柔道の寝技を1時間したときと似ていた(p.304)。
 庄屋三代続かず(p.325)。
 湾岸戦争は、6ヶ月準備して、地上軍を100時間動かした。
 アフリカと新大陸間の奴隷貿易は1619にオランダが始めた。
 田中首相がジャカルタを訪問したときに起きた暴動は、日本外務省のインドネシア支援がすべて華僑を太らせるだけの極めて腐敗したものだったため、親北京の田中個人を非難したもので、日本国に向けられた怒りではない。要は反チーナ暴動であった。田中はヘリで脱出したが、戦後外務省の最大の失態だった。
 ミャンマーは中共の援助を受けているが、中共の弟になることは決してない。中共のレーダー基地も許していない。
 43歳のスハルトが、周恩来に指図された共産党の武装クーデターを阻止しなかったら、インドネシアは中共のものになっていた。1965年9月30日のこと。翌日は中国の国慶節だった。スカルノは終始、容共的だった。
 マンダレーまでの高速道路とイラワジ河の改修で中共はアンダマン海に進出できる。
 ミャンマーで観光客を相手にした子供の物乞いが増えているのはよくない傾向だ。
 仕事がすくなくなった日雇い労務者の釜が崎騒動(61年)を忘れるな。
 北鮮への支援、さらにODA四原則の3つを無視して中国に援助し、1つを理由にミャンマーへのODAは拒否する。「これはすでに国民に対する立派な犯罪だ。売国奴の棲息する場所は分かっている。そこを撃て」(p.389)。
 インドネシアが中共の謝罪を受け入れたのは昭和天皇の大葬のときで、それまで断交が続いた。いまでも華僑に漢字新聞の発行を許していない。
 森林を焼きまくっているのも政商華僑。
 スマトラ人は気質的にすぐかっとくる(p.404)。
 スハルトは常にナンバー2を潰してきたので人材が枯渇した。
 邦人救出法は、危機が迫れば助けに行くことに改正せよ。
 中産階級は、なにかあればすぐ祖国から脱出することを考えない人たち(p.444)。
 ジャワ島ではイスラム教会は物資援助の機関として使えない。教会に隠匿されてしまう(p.449)。メガワティの背後には共産主義者がいる。
 戦後オランダはイギリスをインドネシアにひきこもうとしたがイギリスは消極的だった。
 「自爆」はインドネシア語になった。
 部下が前線で勝利しても、司令官が銃後のマスコミ対策で失敗すれば、勝利は無駄になるとパウエルも書いている。だから自衛隊の将官も政治を放置するな。
 チモールの独立派はポルトガル人の顔をしており、かつての大農園主たちである。
 主要3海峡の海賊警備のためには50ノットだせる警備艇が必要だが買えないという。日本からの多額の援助はどこへ消えているのか。
 軍の特殊部隊が警官の服を着て学生に発砲したり、民間人のなりをして軍を攻撃することが近年ある。軍の関与する中国型の暴動がインドネシアではおそろしい。
 戦前は、行うことによって全てが裏目に出た。これからは、なにも行わないことによって裏目に出る(p.504)。
 クリントンは現在まで中国を訪問していない大統領という記録を作っている。
 加藤幹事長は、日米ガイドラインは台湾海峡を含まずと口走り、橋本政権はこれはヤバイと少し冷却してから翌月に梶山前官房長官に、当然含む、と言わせた。他方で橋本総理は2000億円を手土産に北京に詣でてこれをうやむやにした。
 同士は打破すべき勢力と体面するとき「我は、決闘の定める正当の権利によって、彼を撃ち殺さんと心に誓った」というプーシキンの言葉を想起するとよい。
 共同体のあり方について明確に提示した政党が無い(p.516)。
 平成11年8月に自民党内に唐突にA級戦犯の分祀論が浮上。

▼『誰が国を滅ぼすのか』(徳間書店・2001.9刊)
 森内閣から第一次小泉内閣までの時期に相当。
 小泉の首相公選論は天皇廃止につながる。革命国家のフランスとアメリカでは元首の権威を歴史に求められないので大統領選挙をするのである。これは大統領を専制君主にしない制度でもある。日本にはなじまない。
 大統領制度が機能しているアメリカでも2000年の選挙は危い出来だった。
 内閣は自民党内の各集団が納得しないければ何も決められない。その連絡の使い走りをさせられているのが官僚。
 構造改革は供給拡大をすることだ。それではデフレ政策とならない。橋本内閣の9兆円増税でどうなったか。3.4%の経済成長がマイナス成長になっただけ。
 景気対策は「構造改革」とは別にある。
 日本の経済官僚は会社経営の経験がないから中小企業の社長の苦労が分からない。
 アメリカの国債で日本の国債を償還したらどうか。地域振興券などというけちなことをしてはならず、500兆ほどの通貨を発行すべきだ。
 吉宗時代に米価が下がり、デフレスパイラルにはいったときに、小判の質を落としたのでデフレがおさまり、日本は貨幣経済社会に転じた。
 トーマス・マンいわく「政治を軽蔑する国民は、軽蔑すべき政治しか持つことができない」。
 小渕内閣は84兆の国債増で株価を13000円から2万に上げたが、森内閣になってバブル崩壊以降の最安値を何度か更新。ついに12000円に。1年で90兆円をすったようなもの。
 アメリカ国債はドル債だから、円高になると目減りする。他の国はドルとゴールドだがアメリカが日本にゴールドをもつことを許さない(p.49)。
 買った米国債もFRBの金庫内にあって、手元にはない。
 1390兆円の個人金融資産のうち半分は国債と郵貯、簡保を通じて政府が濫費した。すなわち特殊法人への投融資で、これらは不良債権であり、返済されないだろう。あるようでないのが個人金融資産だ(p.50)。
 外務省は「害務省」になっている。
 1999村山訪朝団に自由党の野田毅が加わっていた。野田事務所は総連東京本部から贈られた花を事務所前に置いていた。日本人を拉致した北朝鮮の団体から花を贈られても、私なら送り返す(p.60)。
 密約説。1997森訪朝団が北鮮の100万トンのコメくれ要請に、50万トンならと約束したのではないかと。
 これにしても輸入米をあてずに在庫米をあてることにしたので1000億円も高くついた。その差損が自民党農水族のフトコロへ行き渡る。
 横田めぐみさんの拉致問題を初めて国会でとりあげた議員は私である(p.79)。
 中国は2000年に房総沖で軍艦による情報収集活動をしている。
 2008年のオリンピック開催地を決めるとき、日本は年間1兆4000億円ものODAを世界にばらまいているにもかかわらず、大阪にはたったの6票しか支持がなかった(p.88)。
ある銀行の支店長がアウトローに不正融資をしてキックバックを貰ったら、アウトローの次の融資要求をことわれるわけがない。外務省の対中国ODAにこれと同じ構図がある。
 橋本首相は川奈の首脳会談をセットしてもらう御礼としてロシアに1兆円を渡した。そして森首相のイルクーツク会談で45年前の元の木阿弥に戻ってしまった。
 核武装発言を叩いた朝日新聞は、戦前も斉藤隆夫の1940年演説を「失言」といいたて、除名を煽った。
 それでも斉藤の除名に反対した議員が7人いた。
 民数記第31章に、「男の子を皆殺しなさい。女はすべてあなたがたのために生かしておきなさい」とあり、これがユーゴで現に起きていることである。これを防ぐのが国防だというと、女性議員が「強姦」に反応する。「強姦」は刑法177条に明記されている法律用語である。「非難とは、非難される側より、非難する側を映し出すことが多い」(pp.103-4)。
 1999の米国は、選挙区に穀倉地帯があれば議員も中国との友好に賛成。中国製品に駆逐される産業をもつ選挙区の議員は反対。そこに共和党も民主党もなかった。
 「核とはすなわち抑止力であり、その費用対効果は単純算出できるものではない」(p.110)。
 至高の利益が危くなれば、CTBTからもNPTからも脱退できる。
 台湾は小さな国だが富士山クラスの山が五つも国を縦断し、東側の軍隊が西側に移動するときは陸路ではなく海路を頼る。
 中国はインドネシアのナツナ諸島の領有権すら主張している。
 2000-7の沖縄サミットは800億円使った村おこしでしかなかった。
 中国は日本が第二次大戦で3000万人の中国人を殺したと2000年7月に批判(p.116)。
 政治家は落選したとき何をするかで価値が出る。
 南北首脳会談は北京がセットしたのではないのか。
 日米が対等な同盟国としてアジアの安定を確保すべきだと訴えた候補者は300の全国の小選挙区のうち、大阪17区(地元)だけ。
 塩野七生の『ローマ人の物語』とカエサルの『ガリア戦記』に影響を受けた。ギリシャを衰退させたのは陶片追放である。これは陶片が買収された。卑怯者、臆病者が勝ち残る制度であった。ローマは卑怯者、臆病者を排除した。勇敢さゆえの失敗はとがめられなかった。
 日露戦争の海軍参謀は平均35歳。太平洋戦争では40歳。小泉首相は50歳以下の人材で組閣すべきだった(p.132)。
 『ガリア戦記』はリアルタイムの戦場ニューズレターであり、これで民心を掴んだ。またカエサルは元老院の議論の速記録を張り出して市民に開示した。
 カエサルの時代のローマの人口は100万人。
 戦後の首相で30万人の殺意を抱いたデモ隊に囲まれてその中で一つの決断をした岸信介に比肩できる人物はいない。
 日本には1889年まで成文憲法はないが、日本という国はその前からある。イギリスはいまでも成文憲法がない。
 ユリウス・カエサルはローマの30万の神に加わっている。
 靖国神社という神社の象徴的なものが、八月十五日に凝縮してそこにある(p.163)。
 親の資産を引き継ぐ子どもは、所得税を払えばよい。
 家は分割できない財産ではないか。しかしこのような相続調停はできない。
 今の政治家は財務省の課長クラスの経済知識をペラペラしゃべることが要件になっている。
 竹中の本によると民主主義は租税民主主義が原点だ(p.168)。
 地方交付税制度は、自治体からすると、税金を集める努力をするより、赤字を出して交付金をもらうほうが得。この制度により、地方の衰退はすすんだ。
 英国には危機の法案があらかじめできていて、危機を認定したらすぐ議会で通すようになっている。
 特別裁判所は設置すべきである。市民法で軍を統制できない。
 占領中に改正を強要された憲法は無効である。GHQに追放された日本人を除く選挙で撰ばれた議員による国会だったから、議事手続き的にも無効である。
 アデナウアーは、憲法と教育法には手をつけさせなかった(p.173)。
 私が乱視になったのは、父にどつかれたから。どつきはじめると止まらない。
 父の政治家としての主題は共産主義との闘いであった。
 国会にいる二世三世議員の中で、共産党のデモに家が囲まれ、投石された経験を持っているのは私だけだろう(pp.180-1)。
 大正期、株屋だった父は、一夜で数億円を稼ぎ、一夜で数億円をすった。それで蒲郡の海に飛び込んで死のうとした。
 宗教団体に特別税制を適用した上で宗教大学に補助金を出していいのか。
 金丸が言い出した「思いやり予算」への批判は少なくない。
 1900年に清国の西大后が欧米列強に宣戦布告して義和団を助けた。
 松岡洋右は金子堅太郎と違って、米国内に人脈がゼロだった。その一人に頼ってしまった。
 中国の文化が栄えたのは統一王朝ができていない五胡十六国、あるいは南宋時代。
 中国は行政単位とは別に七つの大軍区に分かれている。
 漢民族は砂粒であり固まることはないと孫文は言った。
 モンゴルは13世紀に今の中国の省を定めた。この境界を越えて人民がまとまることはないという適切な判断だった。
 宿る肉体がなくなった後こそ、魂は真に生きてある。そうでなければ、なぜ思いが何世代も伝わるのか(p.225)。
 文字で書き記された白人の宗教はレッドマンには理解できない。白人の先祖霊は墓の入り口を通り抜けるとそれきりあなた方のことを忘れるが、レッドマンの先祖霊は地上のことを決して忘れない。

▼『闘いはまだ続いている』(展転社・2003.7刊)
 拉致問題が世間の関心事になった後の話である。
 自動車を運転中に、前方の歩行者を注視すべきであったにもかかわらず、不注意にも横を向いてそのまま歩行者に気付かずに前進し、自動車を歩行者に衝突させて死傷させた場合には、国民は業務上過失致傷罪により刑事責任を問われる。
 昭和52年時点で石川県警が北鮮の拉致工作を掴んでいたのに福田内閣がそれを放置したため、以後、拉致し放題となった。
 人の命は地球より重いなどといいながら、自国民十名の拉致を放置した福田内閣。
 テロリストには屈服して戦わないという点で日本政府は一貫している。
 55年、産経新聞が拉致報道。大平内閣は何もせず。中曽根内閣もなにもせず。
 北鮮のミサイルには核弾頭が搭載されている(p.8)。
 金正日が汽車で移動するということは、死ぬのが怖い男である。
 94年のカーター合意は何一つ守られていないことをケリー訪朝が暴いた。
 父系の血縁に属さない妻を共同体員としては認めない中朝の文化が夫婦別姓なのである。日本では夫婦が新しい共同体の出発になることを反映して同じファミリーネームを名乗る。
 『海洋アジアの日出づる国』は自分の思想的バックボーンを示し、政治家として何をするかを示した。
 戦争訣別宣言は野中から提案されたもの。病気訣別宣言でもしてろ。
 わが国は未だ自虐的な史観を強要するコミンテルン戦略とそのプロパガンダに屈したままである(p.52)。
 君たちが父母の家庭のなかにあった時の記憶は、君たちの生涯にわたる力なのだ。
 李登輝氏は、モーゼはカナンの地には入らなかった、と言った。
 中共はマルクスレーニン主義信仰を文革で使いきったのでいまや「抗日の神話」あるのみ(p.78)。
 普通の国へと回帰するためのソフトはただ一点、歴史の回復(p.81)。
 東京裁判は勝利国の倫理的優越をきわだたせるためのレッテル張り。それが周辺国においては決して過去のことではなく現在に至るも自らを正当化する手段として再生産されつづけてきた。
 東京裁判の検察の主張を周辺国が維持しているということは、これらの国は日本を敵だと思っているのであり、このような相手と「友好」などありえない(p.83)。
 ミサイル防衛構想の早期実現は急務である(p.86)。
 戦後体制の正体は脆いものだ。尖閣上陸のように、一人が日本人としてあたりまえのことをすれば中共は黙らざるを得ないのだ(p.90)。
 国防省設置のための関連法案を準備中。
 私は平成11年10月、防衛政務次官として、不審船がこんど日本近海に入ってくれば撃沈すると発言した(p.116)。
 国際派は国際法に精通しているから国際派なのだ。
 拉致問題は存在しないとうそぶく北鮮にコメをおくりつづけ、破綻した朝銀に6000億を注ぎ込んだ政界主流。地上10階のビルに強制捜査が入って段ボール箱2個の押収。タレント野村の脱税事件でも段ボールは4つあった。
 初度経費に巨費を要し、防衛庁しか買い手のない武器の生産と販売を競争原理にまかせて防衛産業がなりたつはずがない。
 衛星も民間まかせでモノになるわけがない。日産のミサイル技術はリストラ後にどこへいったのか。
 李氏朝鮮時代、半島の人口は800万で不変。日本が統治してから20年で1800万人に(p.179)。
 権力を手に入れたときにこそ、さらに圧縮熱を高めなければ。自分は何のために政界にいるのかと問い、原点を突き詰めねば。それをしないと人は容易に堕落し、私の人生のために権力を使うようになる(p.208)。
 広瀬淡窓は教育者としてカネを貰わなかった。だから高野や大村が輩出した。給料をもらわないというのが本当の教師の姿である。日々の稼ぎに拘泥すれば、なまけ者の同僚教師をみて、やる気がなくなるのはあたりまえだ。
 エリツィンは口先で謝って日本から1兆円を得た。このテクニックをプーチンが金正日に語り、一日だけ謝ればよいと吹き込んだのだろう(pp.232-3)。
 エリツィンは靖国社頭参拝したことがあり、江沢民よりマシ。
 日中国交回復あたりから、日本の外交力、政治力は衰退する一方。
 安倍の顔が岸に似てきた。次の次の政権なら任せられる。
 産まれてすぐに、親指をしゃぶることができたので、産婆は「この子は巧者でっせ」と言った。
 犬は人間のことを心配して慰めようとする。
 戦後の日本映画は五味川純平の『人間の条件』シリーズから自虐路線に急転換した。それまでは不自然なフィルターはかかっていなかった。レマルクの『愛するときと死するとき』の逆の描写があり、偽善そのものである。聖書もいう、人前で祈るものは、既に偽善者であると。すなわち自虐映画は共産主義イデオロギーの一面性で描かれることになった。
 大戦末期に小樽は海軍の軍艦が空襲から守った(p.307)。背後が山なのでうまく市街を爆撃できない。この軍艦は敗戦で舞鶴に戻った。このような経験を有する高校教師がその後、いなくなった。
 政治とは最も醜いものの中に足をつけながら理想の実現の為に一歩一歩努力する行為である(p.315)と、父のことを母から説明された。
 叔父は陸軍パイロットの東儀正博。
 文字が古く発達した漢民族において、いまや文章の関心は政治的表現にしかない。その言語は断定的な政治的スローガンには適するが人情の機微を伝えるに不向きである。これは、口による伝承が漢民族においてもっとも早く忘れられたゆえではないか(p.318)。
 戦時中、つまらんおっさんが、夜近所を見回って、楽しく歌を歌ったり笑い声がする家の塀越しに、こら、この非常時になにを遊んどるのかと狐がついたように怒鳴っていたという。
 京大で騒擾があった時期は大阪でやわらと居合を習っていた。やわらは空手と柔道の混合である。学生が集団ですぐに折れる角材をふりまわしているのはいかにも勇気も覚悟も無いしるしであると思い、自分は真剣を身に帯びようとした。
 バルセロナでかっぱらいを殴り倒したらナイフを持った仲間と仕返しにきて鼻を骨折した。
 元禄時代に萩原重秀は、幕府が出す貨幣はゴールドでなくて瓦でもよいと言い、管理通貨の発想を示した。

▼『眞悟の憂國』(高木書房・2005.4刊)
 財団法人富士社会教育センターは父が設立した。
 平成十七年の3月の国会で政治資金を帳簿に記載しているかしていないか与野党がなじりあいをしているが、目くそ鼻くそだ(p.14)。そんな議論はどこかの捜査二課がやればよい。国会の仕事ではない。
 核をもつ国が他国を必ず併合するといって軍拡している。それが台湾海峡だ。
 国を守るというのは薩摩示現流のような気合だ。
 BIS規制で銀行に担保土地の売却を強いれば、買い手も減るのだし、土地の値段はとめどなく下落する。
 司馬遼太郎の乃木批判は間違いである。乃木の残そうとした教訓を守らなかったので昭和の軍隊は負けたのだ。司馬はその逆を言っている(pp.30-31)。
 平成16年にアナン国連事務総長が東郷神社に参ろうとしたのを外務省が阻止した。六カ国協議を気にしたのだ。
 オーストラリアがアボリジニを人口統計にいれたのは1976の憲法改正後。
 陸海軍の統帥分裂は山本権兵衛が日露戦を人質にとって戦時大本営条例を改訂させたから。M36-12のこと。
 NHKが『坂の上の雲』を大河にすると聞いてから、できるだけ乃木の話をする。
 自分が生きた時代を書けない司馬は戦後という空間に生きた売文家(p.58)。シルクロードをピンボケに描く茶坊主の日中友好画伯と同じ。
 なぜ司馬は昭和を書けなかったか。「それは昭和にはイデオロギーのベールが覆い被さっているからである」(p.67)。ロシア革命後のソビエトに文学がないのと同じだ。
 司馬の功績は、そのイデオロギーの霧を明治において晴らした。そこまで。
 田中正造は近衛騎兵が落馬したので槍で刺殺されずにすんだ。
 田中といっしょに衆議院議員を辞めた中江兆民は、衆議院は無血虫の集まりだといった。
 終点に天国が用意されている神の意志がフランス革命では人間の理性と替わり、共産主義によって独裁者の意志になった。
 13年前、高知学芸高校の修学旅行生が上海の列車事故で27人死亡した事件の遺族側弁護団長をしていた。NHKは中国の手先となって「和解」を宣伝するドキュメントをつくった。現場附近の純朴な農民は、公安が近づけば我々から離れ、公安がいなくなれば我々のところに来た。
 国家の主権とはそもそもローマ法王の無制限な権力に対抗したもの。その根拠が歴史的共同体。
 英国国教会の祈祷にいわく、生の直中において我らは死してあり、死の直中において我らは生きてあり。
 ロシアに関して領土問題先送りを言ったのが槁本派の野中幹事長。
 靖国神社についての質問主意書に回答がきた。「まさに殺意を催すほどのものであった」(p.120)。
 毎年1万人が行き来している在日朝鮮人の再入国を禁止しろ。
 長州より早く農民からなる元込め銃装備の洋式歩兵部隊をつくったのは松山藩の山田方谷。米澤藩の財政健全化は50年かかったが、松山は7年だった。
 アメリカに貸している債券を円建てにしろ。そうすればアメリカは円高を容認できなくなる。
 川口順子外相は、ついに拉致がテロだとは言わなかった。家族の心の中に、外務大臣と外務省に対する絶望と殺意が渦巻いた(p.143)。
 昭和40年に日韓間には紛争の解決に関する交換公文がかわされたが、これを金泳三が超えた。竹島を要塞化しようとするなら自衛隊が排除しなければならない。それを槁本はしなかった(p.195)。
 つまり槁本が領土を捨てたのだ。
 スイスは600万の人口だが、国内に3000箇所も射撃場がある。
 戦後、日本刀は武器ではなく美術品になってしまった。国家のスピリットの喪失を象徴する(p.217)。
 静かに食事をしているのに、父が急に怒ってお膳をひっくり返したことが数度あった(p.229)。
 終戦の年に疎開先で生れたすぐ上の兄の勇三は早産のために小児麻痺で、今は首から下が動かなくなっている(p.230)。
 西郷偶成。…丈夫は玉砕するも瓦然を恥ず。…一家の遺事人知るや否や。児孫の為に美田を買はず。
 鶴見佑輔『ジズレリー伝』には若き日のいじめに打ち勝つためにボクシングをひそかに習う描写あり、父はそれを実践していた。喧嘩自慢。レンガでどつかれた傷跡が頭にあり、その部分はでこぼこになっていた。
 父は「贅沢は敵だ、しかし、貧乏はもっと悪い、貧乏は犯罪だ」と語っていた(p.235)。
 冬でも枯れ草に虫が生きている。
 女の人生に気分転換はない。
 国際社会で、拉致問題が重要だというなら、日本自身が今まで何をしてきたのかと問われたときに、今の状態では、情けないかな、「対話」以外は何もしていないとしか答えられない(p.250)。
 キューバがアメリカ人を拉致したとして、アメリカが何もしないうちに協力を求められても日本は何もできないのと同じ。
 およそ、恥を知るものにはできない交渉ができるのが北朝鮮である。

 以下、通読してのコメント。2ちゃんねるによるガス抜きがもしなかったら、この五年のあいだに親北鮮有力者に対するテロが起きていたかもしれなかったなあと思いました。
 それと、西村議員は二輪ライダーであるそうで、二輪関係の法律や条令によく口を出していたらしいのですが、6冊の中に一箇所も、二輪車やレジャー・スポーツに関する記載が無かったのは、意外というか、さすがでした。

きょうのチラ裏

 本日拙宅に届けられた『朝雲』24日号で、やっと日本版戦略巡航ミサイル(発射母体はF-15)の開発費目が知れました。
 「誘導武器」でも「航空機」でもない。「火器・車両」でもない。「その他」(w)にカテゴライズされる「空対空訓練用小型標的」ですと。やるね、このネーミング!
 絶対に阿呆なカタカナの愛称はつけないでくださいよ。

 疑う人はイメージ図もバッチリ載っているのでご確認ください。このサービス精神というか「宣伝心」は高く評価したい。勿論、シナに対する警告ですぜ。
 防衛庁が核武装の準備をサボっていないことも確認できましたので、とりあえずホッとしています。

 「西村本7冊イッキ読み」は現在、7冊目の途中まで来ました。いずれまとめてコメントします。

捜索呼びかけとご報告

 皆さんのなかに、ラルフ・タウンゼントの1933年本と1938年本の英文の原書をそれぞれお持ちの方はいらっしゃいますでしょうか?
 サマリーをつくってくれそうな人がいるのですが、原文が手に入らないのではしようがないですよね。気付きませんでした。
 できればフルコピーを個人的に借覧したいので、お貸しくださるという方は、管理人さん経由で兵頭までご一報ください。
 また、「そのサマライズは俺にもやらせろ」という方も、お知らせください。


 それから管理人さんのお勧めにしたがってブラウザに「ファイアフォックス」を入れてみましたが、これは高速ですね。驚いちまいました。
 たぶん「書き込みが消えている」というのも単なる兵頭の早合点かもしれません。この書き込みで確認をしてみます。

 ちなみに兵頭の通信専用PCには「AVG」という米国製のフリーのアンチ-ヴァイラス・ソフトを入れております。これもいまのところ申し分の無いものなんですけれども、その「AVG」ではブロックできぬポップアップが1コだけありやがったんです。それが「ファイアフォックス」にしたら、ブロックされている。

 「良いものもある。悪いものもある」──スネークマンショー氏の格言を今更乍らに噛み締めて居るところでございます。

なぜ二重カキコなのかの説明

 書き込んだテキストがなぜか消えてしまい、同じテキストをもういちど書き込むと、消えたテキストがまた復活する、というマルファンクションのためです。あとのテキストを消すと、前のテキストも消えてしまいます。別なテキストを書き込んだあとだと、その前の一個を消しても、OKです。
 この不具合は「放送形式」の初期にもありました。

もともと英語の本の「英訳会」での取り扱いは面倒です

 シェークスピアの子孫が生きていたとしても、『リア王』の版権料をくれ、と世界の出版社に要求することはできません。英国の著作権法で、著作権の有効期限が切れているからです。
 この有効期限の計算方法ですが、版が最後に更新されたときから数えて、定められた年数が経過するまでにその版の更新がまったく無かったときに、消えてしまう(版権フリーになる)のが、一般的であるようです。
 ただし上記は、しっかり調査したわけではなく、ウロ覚えです。あとで正確なことが分かったらまた書き込むことにします。(というか、詳しい人が投稿してくれ!)

 げんざい、日本の国会図書館では、戦前の刊行物をデジタル画像化してインターネット公開に供する作業を進めていますが、この公開化ペースがとてもゆっくりしているように見えますのも、理由があるんです。
 1冊ごとの「ひょっとして版権がまだ生きているのではないか」の確認作業にとても手間取っているからです。
 もしその古本を戦後にオフセット印刷で復刻した地方の弱小出版社が存在したら、その本は版権フリーの戦前本とは看做せなくなってしまうんです。著者の遺産相続人から一札が取れればそれがスペードのエースですが、これも絶対ではない。そもそも遺族が探し出せないケース、版権の相続人が判明しないケースも多いわけです。

 これが外国人の著書となったら、面倒くささは倍以上です。向こうのエージェントを頼りに版権相続人を探すことになるでしょうが、エージェントも無料奉仕ではないですから、なかなか「その著作ならタダでどうにでも使ってくれ」とは、ならないのではないでしょうか? 本会には余計な出費を負担する体力はありません。

 その交渉そのものが、かなりのマン・アワー、それも版権交渉や英文の契約文書に練達したプロのマン・アワーを必要とするのです。そしてご承知のように「英訳会」にはそれを担当できるような人力は現在、一、二人しかいないわけです。この人たちには今は他にやるべきことがいっぱいあります。弁護士の「のまタコ」さんはボランティアで会の定款づくりをしてくださっていますが、30分の仕事で最低でも5000円稼げるご本業の傍らで、現在でもすでにたいへんな時間提供をしてくださっているのです。これ以上の雑業は積み上げられません。

 当英訳会は、その規模の限界から、1冊の本のプロセスに取り組んでいる間は、他の本には手が出せないでしょう。複数の本を同時に処理するだけの人的・資金的余裕がとても無いのです。そこで、とりあげる本には優先順位をつけなければなりません。

 そして、もともと英語の本は、アメリカの図書館にはあるわけです。ですので皆さんが「タウンゼントの本のnnページにこういうことが書いてあるぞ」と英語で短く掲示板に書き込めば、それが立派なホワイトプロパガンダになるのですよ。それを是非やってください。
 本会には本会しか発揮できない機能があり、それは和文英訳なのです。

 近いうちに、会とは別枠で「原文引用が比較的に充実している英文サマリー」を集積していく特設HPもこしらえるつもりです。そのHPでは、和書だけではなく、洋書の英文サマリーにも注力をしたい。サマリーの投稿は暫くはファンサイトの掲示板にお願いします。

 米国人が、特設HPに集積されている複数の英文サマリーを見ると、たとえばタウンゼント本のどこに何が書いてあるのか、ほぼ分かる。そんな「非常に親切すぎる索引環境」を構築できれば理想的です。

 有志のご協力を呼びかけます。

シャーマニズムの政治

 西村議員が、ゴーストライターに任せずして全部自分で書いたという過去の7冊の単行本を今、刊行された順番にイッキ読みしてるところです。わたくしはどうも「遅読み」なので、あと数日はかかってしまいましょう。なにしろ密度が濃い。
 そこで、まだ4冊目の途中なのですが、見切り発車をして、いかにも偉そうなコメントをつけさせてもらいます。

 サクッと言えば、西村氏は参院へ転地すべきでしょう。そして残りの時間は「一人一党」だと思うことです。即時脱党をお奨め致します。
 もし豊臣秀頼が自主的に「奥蝦夷へ移封したい」旨、家康に提案していたなら、大坂夏の陣も無かったはずです。そして外敵に対する日本国の国権は、永続的に増進していたことでしょう。

 代議士(衆議院議員のことを「代議士」というので、参議院に替わると父君から受け継いだこの呼称は消えます)は、シナと日本外務省の悪意を世間がまだよく得心できていなかった時期に尖閣に上陸して橋本政権=旧田中派の領土管理の異常さを浮かび上がらせ、国会で最初に北鮮の拉致疑惑を取り上げてその後の半島外交の流れも変え、「2ちゃんねる」の応援すらも無い頃から核武装を論議すべきことを唱え、金丸〜野中〜……と続くあの自民党亡国路線に噛み付いていた頃は、じつは今の小泉氏の影の同盟者のようなものだったと言えないでしょうか?

 両氏の共通の敵たる旧田中派が消えて、両氏の直接の対立点(それが靖国8.15参拝という過てる思い込みに立脚して鼓を鳴らして攻めているのが甚だイタい)が目だって参りますと、小泉氏は、この西村氏を影の同盟者としてではなく、もはや用済みの犠牲の小動物として、党外のもろもろの協力勢力の欲求不満解消のガス抜きとなるよう、飢狼の群中へ投ぜんとしているのです。

 おもえば敗戦直後、日本に共産革命が起こりかけていた頃、岸氏と西村氏の父君は影の同盟者の約を結び、一方は保守政権の中枢に居て、一方は反共労働運動の束ね役の野党党首として協働し、モスクワ・コミンテルンの陰謀をよく粉砕しました。

 「日本人の間に自虐史観を普及させ、天皇家を破壊せよ」と厳命していた戦前のコミンテルン・テーゼを、いまや、すっかり北京が代替継承をし、戦前の工作にシンニュウをかけて、欧米経由で内外同時多発プロパガンダを相次いで炸裂させているようなこの秋、岸氏と父西村氏の漆約は最終的に解消されてしまったようです。

 絵に描いたような昔の「労働者」が、上記コミンテルンの対日テーゼの遂行に邁進するなんて、今ではあり得ませんし、今後もあり得ないでしょう。真性共産主義者も、反日活動なら「グラムシ戦術」の時代だということを、とっくに理解していますよね。
 国外環境と国内環境の急進展に、ここのところぜんぜんついていけてない民主党に、西村氏がいつまでも所属していることが、もう間違いなのではないでしょうか。岸氏との約束は、すでに済んだのです。

 参議院の良いところは、堺市のような狭い地盤で公明党と戦わなくて済むことです。逆に、参議院議員の不利なところは、けっして内閣総理大臣にはなれぬことです。しかしこの度、西村氏の旧著を通読して、兵頭は予感しました。大衆から常に二歩以上先を歩いている西村氏は、今後よほどボケでもしないかぎりは、衆議院の多数党の長にはなれないのではないでしょうか?

 西村氏は旧著の中で、ドゴールやニクソンは不遇時代に勉強したから偉くなったのだ、と何度か書いています。たしかに代議士をしながらでは靖国神社の由来の勉強もできない。
 「バラマキ復活ではなくハイテク軍備への一点集中投資こそが景気と対外競争力とプライマリーバランスを同時に好転させてくれる」機序もなかなか納得ができないでしょう。
 今こそ勉強の良いチャンスです。

 幕末、日本の脱亜と近代化のために命を投げ捨てた日本人の中には、武士と農民の中間的な身分であったために、藩に公式に認められた「姓」を有せず、したがって「招魂祭」の「霊璽簿」に記載が漏れた戦死者がたくさんいるのです。この不完全な霊璽簿方式は明治帝の御宇から引き継がれた伝統ですが、これを変えない限り、靖国神社はアーリントンの「無名戦士の墓」の同等の包括性を主張し得ないのです。またもちろん、明治維新と8.15は何の関係もないでしょう。

米大統領もシナからの同時多発工作には参った模様

 17日にハワイ近海で自衛隊のP3-C改造の対弾道弾用の赤外線早期警戒装置の実験が成功していたらしいと、読売のネット版で知ったところです。

 おそらくその前後にシナは弾道弾の訓練発射の態勢をとって、米軍の衛星からよく見えるようにして、シナにやってくるブッシュ大統領が心理的に落ち着けないようにしていたんでしょう。どうせブラフですから、海南島のSLBM基地や、青海の東風41テスト基地でも、サイマルでわざとらしい動きをしたかもしれません。IRBMぐらいなら軍に任せておいてもいいが、米本土に届く(かもしれない)長射程弾道弾となったら、ブッシュ氏はその通報の直後に何をすべきか、精神的な準備が必要になりますから、とても会談に集中もできなかったでしょう。
 というのはシナがこれまで20発のICBMを整備してくるにあたり、米支間には水面下の合意(その数の上限について)があったと疑われるのですが、東風41の配備を促進するとなったら、北京はこの密約を自分から破棄するわけで、米大統領としてはこれを黙過することはできず、相当の肚を括ったコメントなり命令なりを即座に出さにゃならないわけです。もう他のことどころじゃない。
 他方では、銃後の上院議員どもも、旅客機の70機購入などの一本釣りでシナにとりこまれつつあるのですから、心ここにあらずの極東の旅だったんじゃないでしょうか。
 しかし、これで民主党の大統領が次に立ったら、地球はどうなるんでしょうね?

 ちなみにおそらく防衛庁としては、もし今月中旬にシナが何かのミサイルを発射したなら、直後に「エアボス」実験成功のニュースをリリースし、「防衛庁は頼もしい」と国民に思わせようという肚づもりだったのではないでしょうか。これが本日、読売から報道されたということは、もうシナはミサイル発射態勢を解除していると、米軍の衛星が確認してくれたんでしょう。

 かくも大活躍の「シナ版コミンテルン」はいつ、どのようにして出来たのか?
 ひとつ確からしく思えることは、それをつくらせたのは1980年代以降の日本政府が不様で腰抜けだったからだということです。
 昭和57年の宮沢喜一談話(外国の教科書クレームの政府承認)から、昭和61年の後藤田正晴談話(外国の靖国クレームの政府承認)、平成4年の加藤紘一談話と翌年の河野洋平談話(外国の慰安婦クレームの政府承認)、そして平成8年に米国政府が慰安所設置に関係した日本人のアメリカ入国ビザを出さないという措置が打ち出されても日本政府が何の対抗措置もとらなかったという流れを見て、彼らは「これは行けるぞ!」と確信をもったのです。

 それまでのシナの言い掛かりは、必ずしも特殊な目的を設定したシステマチックな工作ではなく、シナ人らしい平常の政治の延長にすぎなかったのですが、これにあまりにもたやすく日本の政治家たちが崩れ去っていくので、対外宣伝工作をもっと組織的にやったら、もっとすごいことが米国に対してもできるんじゃないかと、北京は自信を抱いたのでしょう。
 つまり、ダッカのハイジャック事件でテロリストを国外に放って世界に迷惑をかけた福田内閣のときと同じで、またしても日本は、このようにして世界に迷惑をかけてしまっているのです。

 キッシンジャーの師匠にモーゲンソーという先生がいたんですが、このモーゲンソー先生は、クラウゼヴィッツの『戦争論』をしっかり読んでいながらクラウゼヴィッツのテーゼを理解できず、FDR路線を事後肯定して、「国家が楽して国益を追求できるのならば、それは良いことなので、米国は悪い外国と手を結んでも良い」と弟子に教えたんですね。クラウゼヴィッツの唱えた「政治」は、「近代」(近代国家および近代人)を目指すもので、そんな道徳的に破綻したもんじゃないんですが。要するに『戦争論』の劣化コピーの一つなのです。
 このモーゲンソー信者が消えない限り、米国政治家は反近代のシナにすっかり篭絡されてしまう危険が、これからもあるでしょう。ただし、そうなった場合でも、米軍人には「永遠の友軍」などないことは判っています。

動員可能資源から手段を再定義する

 日本のどこかの大学の先生が苦労して造ったらしいNEETなる呼称は、要するに「本人が望んでなっているプータロー」のことだと思いますが、米人の若い層がよく使う形容詞のNEATと紛らわしく、意味がえらく違って誤解もあり得るので、わたくしはあまり使わないのです。まあ、この大学の先生には、対米宣伝担当の適性はあまり無いだろうと想像します。学問を日本国内で商品化する力量は証明されましたが。

 日本では、正業に就いていない自主的プータローが、そうでない人々よりも特別に犯罪率が高いわけではないでしょう。
 つまり社会の治安コストを押し上げてはいません。
 また、日本経済の対外競争力を阻害してもいません。真に競争している上位5%の層の邪魔を為さないことによって、むしろ日本経済の競争力の維持に貢献しているのです。
 しかも彼らは結婚せず、階級として再生産されないのですから、米国都市のようなスラムができる心配もありません。放っておけば一代限りで消えていくのです。

 ところが「ニートはメシの種になる」と狡猾な役人が思いつき、まったく無意味な「支援」行政のために法令をつくって予算をつけたりしたら、日本経済の競争力はまたもや低下してしまうのです。すなわち何も生産せず社会貢献もしない公務員を増やし、その無駄な公務員を養うための社会コスト(税金)が乗数的に増えるからです。役人の食い扶持のために一度つけられた予算の費目は、永遠に消えません。

 プータローの部分集合に「ヒキコモリ」がいます。ご家族には厄介人です。しかし社会的にはまだ無害でしょう。金銭的に何不自由ない高学歴夫婦の息子なのに両親が反日思想の持ち主であるために不良化して、麻薬を密輸入しようとしたりする、そんな社会の汚染源とは、まだなっていないのですから。

 中共が一人っ子政策をとりはじめたのは1970年代でしたが、その結果、いまではシナの各地にはスーパー級のヒキコモリが増えているそうです。その家族親類縁者にかける迷惑は、日本のヒキコモリの比ではないそうです。精力的に行動するタカリなのです。まあ、政府そのものが、精力的に行動するタカリですけども。雛形は家庭の中にも見られるわけです。

 もともとシナ人は国家が近代化されず国民が近代的平等人となる前からすでにニーチェのいう「ラスト・マン」の資質をたっぷり湛えていました。そして、少子誘導と「革命騒ぎ」の終了によって、近年ではいよいよまともな兵隊のなり手がいないという、北京の支配者層にとっては深刻な事態を迎えています。
 核ミサイルを除けば、シナ軍のハードウェアは時代遅れもいいところです。1930年代から今日まで、シナ軍の強さは「人海戦術ができる督戦機構」にかかっている。それしか頼れるものがありません。しかし兵役適齢国民の「ラスト・マン」化が進んだら、この督戦が無効になるでしょう。どうしたら良いでしょうか?

 それゆえにこそ、北京としては、日本との「擬似戦争状態」が好都合であり、その演出を決して緩めることはしないのです。ポスト・モダンであるシナ大衆が政府の下にまとまってくれるとしたら、それは「決して敗北することがなく、しかし、終わることもない戦争」のジェットコースターが回っている間だけだろうからです。

 仮称・史料英訳会(Siryo−Eiyaku−Kai)による、良質な歴史文献の英訳による対支反駁計画は、この北京の対内向け洗脳政治が、海外、特に米国の識字階級に及ぶのを阻止しようという壮大な雄図ですが、資金の目当てがつかぬままに発足しましても、線香花火に終わってしまう心配があります。
 まず英文と日本文のサンプルHPを立ち上げて、醵金集めから始めることになります。

 しかしこれまでご説明をして参ったように、1冊の完訳には500万円もかかりそうなのですから、プロによるクオリティの高い完訳にこだわっておりましたら、事業そのものがサンプルHPのままで一歩も進捗をみないという、好ましくない展望も考えられます。
 2008年夏開催の北京五輪に世界から集まってきたTVクルーが、シナ全土数百箇所という反日捏造展示館に接待されて洗脳される前に、既に各位よりご推薦をうけております基本的な10冊くらいの反論文献は英訳してアップロードを終えておきたいところです。が、それには1年に2500万円くらい集めなければならぬ計算ですね。
 単純化すると、25人の奇特な方が、一口100万円づつ寄付して、はじめて2500万円になる。それが、次年度も必要である。
 わたくしは会社経営等に関しては無知ですが、これって、ありえるのでしょうか?

 わたくしはこの「正攻法」が2008年の夏までに間に合う可能性を危ぶみます。
 そこで、わたくしは「資金は十分に得られない」最悪の事態を仮定し、なおかつ、時間の要請を最も重視した「拙速法」に、当面注力する肚を決めました。

 これは「正攻法」を放棄するのではなく、並行して進めます。
 ただし、英訳会と「正攻法」に、不測の悪影響をおよぼすことがないよう、「人格」を分離します。

 具体的には、兵頭がいちおうの世話人と申しますか音頭取りになり、全員がボランティアで労力を提供する、英文摘要梗概(Summary)のネット上での蓄積を、促進して参りたいと存じます。
 サーバーとHPは、英訳会とは別なところの大旦那の軒先を、どこか無賃で借りたいと思います。
 いまのところ、こちらの「拙速法」の活動には、定款のようなものを考えるつもりもございません。めいめいの「勝手なちから」が、自由闊達に集束されるのが、理想だろうと愚考しております。

 とりあえず、サマリーは掲示板の方へご寄稿ください。

日付け訂正など。

 文庫版『パールハーバーの真実』は間違いなく本日刷り上りましたが、全国の店頭に並びますのは、12月2日から5日にかけてだそうであります。先走り、失礼しました。
 それから、『技術戦としての〜』の増刷も出来ました。これからまた書店で見かけることもあろうかと存じます。キャプションなどのしょーもない間違いのいくつかが直っています。三刷があれば、さらに直せるでしょう。
 以上、コマーシャル宣伝でした。

スパイ防止法制定の環境が整いつつある

 本日あたり、東京の書店では『パールハーバーの真実』の文庫版が出るかもしれません。版元はPHPです。
 あの真珠湾攻撃には「第三次攻撃」などあり得なかったということが、誰でも推定できるように書いてあると思います。

 さて、虚構の「ミサイル・ディフェンス」に関する日米協力が、「スパイ防止法」という真に必要で有益な法環境を日本にもたらしてくれるのかもしれません。
 かねがね米国政府は日本政府に対して、──MDをこれ以上進めるなら、GSOMIA(General Security of Military Information Agreements)を結びましょう、と求めてきていました。
 ところがこれが日本では簡単ではないのです。国内法として「スパイ防止法」が無いのに、どうして軍事情報の漏洩禁止について外国と協定が結べるでしょうか?

 スパイ防止法が無い国は先進国では日本だけです。
 そこで、そのセキュリティホールに目をつけた反日勢力は、さいきん地方自治体にさまざまな違憲条例を施行させ、国家への地方の叛逆を促そうとしています。
 この動きがいよいよ広まることによって、防衛族議員以外の政治家も、スパイ防止法の必要を認めることになりそうです。

 たとえば「関税」を考えてみましょう。アメリカ合衆国は数十の州政府からなっていますが、関税を決めているのは、連邦政府です。そりゃそうでしょう。いったん一つの州に入った商品は、仕切り壁の無い陸続きの州境を越えて、他の全部の州へも流れ込みますからね。

 もし日本の地方自治体が国防への非協力を唱えれば、それは外患を招致する国家叛逆に相当します。スパイ防止法があれば、この動きの初期段階でシナや朝鮮の手先を摘発できます。半島問題とは畢竟は日本の警察の問題であり、日本にこの根拠法ができることで、北朝鮮も完全にお終いです。

 いったい封建国家と近代国家の違いは何でしょうか。最も重要な違いは、近代国家では、国民全員の権利は平等です。
 個人が平等であるとは、誰もが一票の選挙権をもつこと。それに尽きます。
 そして近代国家は、税金をほとんど納めていないような貧乏人にも、金持ちと平等な一票の選挙権を与えます。
 なぜか?
 その貧乏人も、自国が他国と戦争になったときには、国防のために生命を危険に曝すことが要求されるからに他なりません。外国籍人にはこの義務がないから、選挙権も与えられないのです。また、近代国家スイスで近年まで女子に選挙権が憲法で保証されなかったのも、同国では女子の兵隊が認められなかったためでした。

 国防の重い義務が等しく課せられるのに、国策に意見を反映させ得る権利(選挙権)が与えられないのでは甚だしく不公平だろうというので、19世紀以後、近代国家は、税金を払っていない貧乏人男子にも選挙権を与えるようになったのです。

 逆に言うと、貧乏人までも選挙権が与えられている国家では、国民には、全員に「国防の義務」があります。
 これは近代国家のあまりにもあたりまえな常識でしたので、成文憲法には書いてない国もありますけれども、この大前提なくして、そもそも近代国家が存在しないのです。

 この前の自民党の改憲案などを拝見しますと、国民の国防の義務を明記することを陋劣にも避けた一方で、不文憲法として国防の義務が前提されていそうな「深み」も感じ取れません。つくづく日本の近代は浅いと思いました。

 政治思想で謂うところの「ポスト・モダン」は、この近代的個人を近代国家からバラバラに解き離して近代国家そのものが成り立たないようにしようという、周辺国民の征服を企図する反近代的(封建的)な特定アジア政体にはとても都合の良い思想です。「ポスト・モダン」の行き着く先は、反近代のチャンピオンたるシナ人による日本支配でしかあり得ないでしょう。

「万博パビリオン」にしたいのか、「ネットの上の文書庫」に徹するのか

 竹田宮様がGHQによって宮家を廃業させられたときに、旧陸軍や海軍から正式に贈呈された貴重なご蔵書の数々を、芝増上寺の私設仏教図書館「三康図書館」にご寄贈あそばされたのです。その中には国会図書館にもどこにもないような稀覯書もあります。それが廃棄されたり転売されたりせずに、今も綺麗な状態でずっと残っている。カードに書いて申し込めば、手にとって閲読することもできるのです。
 もし、この宮様の寄贈あてが「港区区立図書館」だったりしたら、おそらく、くだらない小説本やタレント本の新刊蔵書が増えるにともなって、サヨク司書によって地下書庫の戦前戦中の軍事系の文献などは片端から処分され、「竹田宮文庫」といえども、とうに滅失していたことでしょう。

 似たような機能を果たしてくれた図書館に、成田山新勝寺の私設「仏教図書館」があり、兵頭はそこにある戦前資料を探索するために隣接の富里市(同図書館まで歩いて40分)に引っ越し、1年ほど住んでいたことは、皆様ご承知の通りです。その次に函館に引っ越したのも、同地にも空襲で焼かれなかった、北海道で一番古い図書館があるからでした。
 成田仏教図書館の場合は、昭和20年に米軍が上陸してくると予想された九十九里に近かったこともあり、敗戦後も司書の人は国防意識をうしなわず、GHQにみつかるとヤバい資料はぜんぶ、天井裏に隠して守り抜いたのです。おかげでここにも貴重書がたくさん残りました。公立図書館だったら、すぐに散逸してフロの薪代わりにされていたことでしょう。

 こうした資料消滅問題に兵頭が気付いたきっかけは、雑誌の『戦車マガジン』でいろいろな別冊を作るときに、ドイツ軍やソ連軍の写真は海外のアーカイヴ(アルヒーフ)で無尽蔵に未発表のものが発掘されるのに、日本軍の写真となると、未発表のものがほとんどないという現状を認識した折です。ソ連は手強い論争相手ですけれども、古い資料は絶対に捨てません。つまりシナ・朝鮮人のように脳内捏造はしないので、資料の存在は押さえた上で、トボけたり言い掛かりをつけてきていたのです。欧露人は、自国にとってマズイような資料でも、ぜんぶとってある。基本的に、文書記録を捨てません(隠匿はする)。
 そうした記録は後の世代の者が勝手に捨ててはいけないものなのだ、という文化が、末端役人にまで浸透しているらしく見えるのです。ゴルバチョフ直後の混乱期、外国の軍事マニアがいろいろと訪れて「大戦中の珍しい写真がストックされているだろう。大金をはたくから、それをこっそり売ってくれ」といっても、ロシア人の貧乏司書たちは、売りませんでした。
 日本にはこの資料保存の精神がありません。自衛隊の古い国産武器(現物資料)なども跡形もなく廃棄してしまう。だから日本には「スミソニアン博物館」の同等施設がありえない。これは精神の貧困というより、戦後日本人のビョーキなのです。この日本人のビョーキを治せるかどうかは、三康図書館や成田山仏教図書館のような「外部記憶装置」の存続にかかっているだろうと、ずいぶん前に兵頭は確信しました。

 松本健一さんらを一方の当事者とした「ペリーの白旗」論争をご記憶でしょうか? あのとき、サヨクは「対米戦争中に公刊された和書に、ペリーの白旗の話などどこにも出てこないではないか。松本はデタラメだ」と言いました。兵頭は、某図書館で、昭和19年刊行の単行本の中に、ペリーの白旗への言及がある事実を見つけ、その事実について雑誌『発言者』に書きました。
 不毛な「ペリーの白旗」論争は、日本にいかに良い図書館が少ないかを物語るものです。「それについて書いた近代の資料があるのかないのか」──こんなことが、論争になっていてはいけません。日本の社会科学が遅れているのは、欧米先進国に甚だしく遅れたままの、この惨憺たる図書情報環境のせいでもあります。
 ここで懸念されますことは、「そうか、日本で××××図書館にしか所蔵されていない△△△△という本のnnnページにその記述があるんだな。だったら破り取ってやれ」と思うキチガイ左翼司書が、日本では現れないとも限らぬことでしょう。

 わたくしは666さんやゴトーさんその他の皆様のお力をお借りして、ネット上に、貴重資料保存のための「擬似アーカイヴ」を合法的に構築できないかどうか、智恵を絞ろうと思います。

 じつは対抗宣伝文献英訳の活動も、このネット上の図書館に相当します。北京コミンテルンの反日宣伝を撃砕する砲弾は、コンテンツである(英訳された)歴史文献テキストそのものです。HPという額縁、サーバーというハコモノはどうでもよいでしょう。三康図書館は豪奢なパビリオンの風情ではありませんが、中味の蔵書は貴重です。それが仏教団体の経営する図書館に所蔵されているからといって、保存されている稀少な近代資料の価値は影響を蒙りません。
 我々は、あの典型的な税金の無駄遣いに終わった「政府の対外広報」を代行しようというのではありません。HPから日本文化を発信したりPRするつもりなどないのです。ディズニーランドのゲートに誘われてくぐったら、内部は日支関係史ばかりの書棚だった……これのどこに、在米の一般ピープルへのアトラクションがあるでしょうか?
 良質の文献という砲弾は、いちどネット空間にリリースされれば、第三者がそれを引用コピペすることによって、それから永久に何度でも、嘘に対する破壊力を発揮してくれます。砲弾は日本人ボランティアによって、最初に適切な場所に誘導されるでしょう。
 HPを修飾する余分なカネと手間隙があったら、その資源は、すこしでも多くの文献を英訳することに充てるべきです。さもなくば、大勢の醵金者を納得させることはできますまい。

 ところで、学生さんで数千円を寄付してくれようという方がいらっしゃいましたが、本宮ひろ志マンガ的財閥の御曹司でない限り、それはやめてください。
 学生さんにありあまっている資産とは「おかね」ではなく「じかん×デスクワーク体力」のはずです。PCありのプータローさんも、そうですね。そのありあまっている資産を頂戴します。
 具体的には、過去に掲示板に名前のあがった、「これは英訳される価値があるぞ」、とされた書籍の数々。この英文サマリーを書いて、めいめい勝手に掲示板へ提出してください。つまり、英文の梗概[こうがい]、内容紹介文ですよ。あとで、そのうち使えるものを、正式HPの方にコピペさせてもらいます。
 サマリーは、詳しければ詳しいほど可です。もちろん、数行のものでも可です。長いものと短いものが両方あった方がいいのです。複数のサマリーが乱立してもいい。むしろその方が、利用する側で真否の判断をしやすくなりましょう。
 また、できればそのサマリーには、なぜこの本の内容は信用できるのか、そして、その本の内容によって北京コミンテルンの発信するどの捏造宣伝が論破されるのかという説明もあることが望ましいです。もちろん、そこまで書けない人は書かなくてもOKです。

 英文はナナメ読みができません。まず自分にとって精読する価値がある本なのか、ない本なのか、見当をつける手助けがどこかにあると、彼らとしてはありがたいのです。そのためのサービスです。
 学者や研究者しか読まないような欧米の本格的な雑誌の記事組みでも、タイトル、サブタイトル、リード(キャッチコピー兼)、サマリー、本文という誘導になっていることが多いです。気の利いた梗概は、読書階級にも常に歓迎されます。それを手掛かりに彼らが自主的に史料捜索を始めることもできます。
 なお、もちろん著者名やタイトル(ローマ字音標と、その意味訳も)、出版年、第何版か、など最低の書誌データも英文化して添えてくださいね。これは手掛かりの基本ですからね。
 また、稀覯[きこう]本の場合、国立国会図書館に所蔵されているのか、日本の大学図書館のどこかにはあるか、などの情報も意味があります。大学図書館は、内外の研究者に対して、特定ページのコピー郵送サービス(実費)をしているからです。

 ある程度、サマリーが集積されてきたら、こんどはそれを外国の歴史サイトの掲示板にコピペ投稿する仕事も、無名のボランティアの方々にお願いをしたいと思っております。

 仮りに全国の百人の学生さんが3000円づつ醵金してくだすっても、大したホワイトプロパガンダは打てないんです。しかし百人の学生さんがもし3時間づつ、デスクワークの労力を提供してくれるなら、偉大な事業がたちまち完成します。
 江湖有志の士の協力を期待します。

哺乳瓶にはなぜ温度計が装着されぬのか?【チラ裏第二弾!】

 地元のドラッグストアで買える哺乳瓶には、3社以上のメーカーがあるようです。
 しかし、哺乳瓶に水温計がビルトインされているもの、あるいは簡単に着脱のできるものは、皆無。

 そういうのを売り出してくれたら、皆、買うと思うんですがね。哺乳瓶が数百円高くなっても、カネを惜しむ親はいませんよ。
 できれば、どなたか「瓶の外付け式」の水温計を100均ショップ用に開発してくれることを期待します。ウチの子が離乳後の実用化でも構いません。
 そうやって世の中は良くなっていくはずです。

 みんなも、人のためになるアイディアを出そうぜ!

本日の「チラ裏」特報!

 井澤元彦さんは2ちゃんねるではときどき工作員の誹謗の対象になってますが、「日本人は言葉に自縛されて筋を通せなくなる屈曲度が西洋人より酷い」──つまり、日本人は言葉を大げさに懼れてしまう異常な国民だと仰っていることに、間違いはないでしょう。(ちなみに兵頭は某警察雑誌でいちど井沢氏と対談しているのですが、この雑誌が一般読者の目には触れないのはどうも残念です。)
 井澤氏が指摘する性向は、日本人の近代的自我の不確かさと、モロに関係があります。
 また北京や朝鮮人からの理不尽な宣伝に簡単にやられてしまう「他者の気持ちを思い遣る」セキュリティホールの一つの原因そのものでもあります。

 対抗手段のことを軍事用語でカウンター・ミージャーズといいます(無理にカタカナにしています。ミリオタはすぐにスペルが思い浮かぶでしょう)。
 スパイ防止策なら、カウンター・エスピオナージです。
 プロパガンダに対抗するのは、カウンター・プロパガンダです。

 これは価値中立の言葉です。プロパガンダには悪い意味がありますが、カウンター・プロパガンダには悪い意味はありません。もちろんどんな価値中立な言葉にも悪い意味を帯びさせることはできます。しかしそれに怯えるのは近代人ではありません。

 英語で、オポジット/コンフロント/エミュレイト/アゲインスト/カウンターヴェイル/カウンタラクト/カウンターワーク等、「反対する」の語はいろいろあてはめられますが、当会は、敵が日本の外で外語によるブラック・プロパガンダを打っている現状を放置できないし、その対策を役所にも任せられないので、立ち上がっているわけです。またその趣旨を率直に国内に説明して醵金を募ろうとしております。そして兵頭の見るところ、真実の書かれた文献が英文化された上でいちどHTML形式でUPされれば、その文献に関する限り、敵は対抗不能です。

 仮りに本会がとんでもなくバカ右翼っぽい名称でHPを運営していたとしても、そこに価値のある日本語史料が適宜に英訳されたテクストがUPされていれば、そのテクストは第三者によってコピペ使用されることによって、それ自体でシナのプロパガンダを破壊する砲弾になってくれるのです。

 ところが、この砲弾仕上げメーカーには、お金がありません。広く醵金を募る必要があるのです。そのために、会は潜在的醵金者の皆さんにとって、分かりやすい、紛れもない名称であることが不可欠でしょう。

 さらにまた、当会が日本社会の一員として堂々と活動していくためには、会の名前は無論のこと、活動主旨内容の説明文を、日本人の誰に対しても隠すことはできません。隠せば醵金者を騙すことになります。
 ということは、「プロパガンダ」というカタカナ文字はどこかに必ず入ってくるでしょう。
 それを、ネット利用者なら誰でもタダで使える和英自動翻訳ソフトにかければ propaganda という横文字が現れるでしょう。この当然のことが分からない人がいるようです。

 将来、たとえば米国人が米国内の端末を使って、近代日支関係史に関する英文資料を探そうとして、グーグルやヤフーの検索エンジンを駆使し、jpドメインの本会のHPを見つけたとしましょう。
 その検索エンジンの画面では、本会の英文サイトと和文サイトは、上下に並んで表示されるはずです。
 彼がもしその和文HPの方にアクセスして、設立趣旨のテクストを英訳ソフトにかければ、propaganda という文字が出てくるでしょう。
 これは隠しようのないことですし、隠そうとすればシナ人が暴き立てて米国内のいろいろなウェブサイトに英文で本会を誹謗中傷するネタを提供するだけでしょう。
 したがって、本会が対抗宣伝に適する文献を英訳したテキストをUPするHPを国内向けと国外向けとで完全分離しよう(つまりpropagandaという文字が一箇所でも入っていると米人に与える印象が悪いので、その文字を入れないHPを別個に同時に運営しよう)と仰る一部会員のご提案には兵頭は賛成し兼ねるわけです。
 それはホームページの運営のために要する年間固定費を単純に2倍にしますが、その2倍のコストに見合うベネフィットは無いでしょう。
 それこそ、カウンタープロダクティヴ(逆効果)なだけだろうと愚考するのですが、本会の支持者の皆様は如何思われますでしょうか?

 当会は非常に少ない人数で運営されることになると思いますが、敵の工作員は無数にいます。つまり、敵はすぐにバレるような姑息なアンチ工作を100通り、200通りも打ってきます。そのなかには、それこそカウンターフィト(偽造)の本会HP立ち上げだって、あり得ますよね。和文と英文の混在HPにしておけば、そのような工作に対する抵抗力が具わるのではないでしょうか。
 土曜・日曜も休み無く工作を仕掛けてくる敵に悠然と対抗し得る最良の方法は、初めから姑息なマネをしないことではないでしょうか。言霊に脅えて姑息なマネをすれば、やがて受け太刀一方になるのは、ネット界の常識のように兵頭には思えるのですが。

 ところで朗報があります。18日時点の連絡によれば、加瀬英明先生が、本会の会長に就任してくださる見通しが立ったようです。これは兵頭がチャンネル桜の核武装討論会で加瀬先生のファンになり、茂木社長に「この人しかいない」と交渉をお願いしたのです。
 しかも加瀬先生は、5人の錚々たる保守系論筆家の方々を会の委員に招きたいと仰っています。この構想が実現すれば、北海道のコジキにすぎない兵頭などいなくてもこの会は磐石です。

 そこで昨日までの情勢では、兵頭は国内運動では今より以上には手は拡げられないと申しましたが、前言をあっさり撤回し、なにかやることにします。
 画像系の仕事がネットで展開できないかな、と思っております。
 2008年の北京五輪にあわせて、シナでは、外国プレスに見せるためのビジュアル捏造歴史博物館の建設ラッシュになっているようです。これにイメージで対抗する方法について、また皆様のお知恵を借りたいなと思います。
 この捏造博物館が欧米プレスでビジュアル報道される前に、わたくしたちが先手を打つことはできないでしょうか? 求む、マイケル・ムーア。

 できれば、こんどは、「法人格なき社団」でもない、全員ボランティアの純然ネット上活動で行きたいんですが。

警察官僚さんの忠誠競争の戦果ですかな?

 刀剣友の会の出所が近いのかどうかは知りませんが、西村真悟事務所に出入りしていた、兵頭とはもちろん面識のない五十歳代の人物とやらが逮捕されたとネットで知ったところです。
 西村事務所のモノホンの秘書の方には兵頭はこの前の大阪府内酒池肉林大名観光ツアー(じっさいは楠正行の碑→ゲートボール場と化している難波宮遺跡発掘現場→朝早くて開いてない日立タワーの下で店番のオバハンと交話→カラオケ屋台撤去騒ぎの超名所舗道→朝早くて天守閣に登れない大阪城の石垣見物→冬でないので見通しがぜんぜん無い茶臼山→真田幸村戦死の地とかいうかなり疑わしい歴史史跡の神社→これはハンパじゃねぇと圧倒された仁徳天皇御陵入り口正面→堺市の商店街の蕎麦や利休でごっつぁん→関西国際空港に13時到着、という男ばかりムンムンの旅だが)でお世話になりました。ありがとうございます。
 ところで刀剣友の会については兵頭はたまたま関東方面で評判を耳にしたことがありますが、見所のあるひとたちだったそうじゃないですか。刀剣商はときにインチキ商売をしますが、そういう噂がまったく聞こえてこなかった。しかし逮捕されて刑務所に入れられてしまえばイメージは徹底的に悪いように作られてしまいます。皆さんも、なんだかあの人たちはとってもブラックな人たちだという印象を持っているのではありませんか? 一面識もないのに……。
 まあわたくしも直接にお目にかかったことはないんですけれども。

 で、言いたいのは、こういうところが宣伝戦のマネージの難しいところなんですよ。政治も宣伝そのものでしょ。ところがグレート・コミュニケーターとしての議員などを支援しようという熱い思いの人たちが、ちょっと暴走してパクられますと、その議員さんのイメージまで、政敵によってとことん悪くされてしまう。政治家で敵の無い人なんていやしませんからね。後援者の無自覚が、当の政治的活動=宣伝活動の仇となっちまうことがあり得るわけです。容易に。
 ですので政治家の事務所はどこでもできることなら「イメージ管理」を徹底したい。小泉純一郎氏のスタッフのようにね。しかし、そうとばかりも言ってらんない。寄付は集められるところから集めるしかないんですから。来る人は基本的に拒めないですよ。どの政治家の事務所にも、うさんくさい人は出入りしているはずです。
 (ちなみに対抗宣伝文献英訳の活動を国内にPRする戦術については兵頭は先週から後藤芳徳先生に師事してメールを通じ、教えを乞うている最中であります。また後藤先生は武道通信「かわら版」にも次回から少し書いていただける筈であります。その内容は劇画のシナリオライターだったわたくしがブッとんだアナザー・ワールドの実戦譚と驚愕の戦訓に満ちていると思うぜ!)

 で、また言いたいのは、対外宣伝戦にも「目標・目的の原則」「集中の原則」という、ゆるがせにできない軍事的法則が妥当するのです。
 本会の目標は、米国内における英文によるカウンター・プロパガンダの展開です。
 全部で数人しかいないスタッフは、その目的のために意識と労力を集中しなければいけません。
 しかし醵金は、できるだけ幅広い人たちから、すこしづつ集めるのが吉です。世知辛い話を致しますと、1人が1年に110万円以上を寄付すると、寄付された側が来年、税務署に贈与税を納税しなくちゃならなくなるんですよ。この贈与税というやつは一律ではなくて、累進式なので、たいへんに面倒なのです。1000万寄付されたら500万円くらいは税金でもってかれちゃうわけです。そして本会は法人格がないので、その納税の責任が代表者にかかってしまう。無給に等しい条件で会長になってもらうのに、そんな精神的負担はかけられないでしょ?

 多額のお金を出した人はその使い途にも注文をつけたくなるのが人情ですが、たとえばの話、1000万円寄付するから国内向け活動を展開してくれ、と申し出られても困ってしまうわけです。それでしたらば東京財団ですとか、他の適当な団体や議員さんに寄付してください。すいませんけど。また憚り乍ら兵頭はすでに国内向けの言論活動はメいっぱい展開しています。

 110万円以下で完訳できる良い文献はあまり無いということも分かってきました。というわけで、醵金はプールで運用するしかないと思います。そうして何をどんな順番で訳すかは、当会に任せていただけませんか。そういう定款になると思います。現在、定款ができつつあります。

アメリカに詳しいと言える人は片岡鉄哉さんと藤岡仮面ライダー1号くらいなもん?

 昔、マガジンハウスという出版社があって(今でもあるか)、何をコンテンツにして商売していたかというと、徹頭徹尾「アメリカ」を売っていた。アイヴィーファッションはこうですよ、西海岸ではこれが流行ってますよ、とね。たとえば、上がジャケットで下がジーンズなんて、今じゃ誰も違和感をもちませんけど、1970年代から1980年代のある時点までの日本では、耳でそれを聞いただけでは、「絶対にありえない」格好だったのです。しかし、画像で伝えられる情報ですから、すぐに違和感がなくなりました。
 その後、「オレはCIAのジョーと電話で話せる」とか「私はユダヤの陰謀を知っているのだ」と仰る言論人が出てきた。英語のいろいろな雑誌をたくさん読める日本人が、その興味のあるところを要約して日本語にする。ついでに脚色も加えていた。英文の活字ソースにわずかでも裏づけのある「噂」であれば、そんな「通の情報」も日本国内ではそれなりに貴重だったのです。いやもちろん竹村健一さんは別格ですとも。あの人はソースを厳選していました。マクルーハンなどの真に意義あるハードカバーを日本に紹介してくれたと思います。

 ところが絵でも活字でも伝わらないアメリカ事情というものもあるんです。その最も深刻な欠落情報が「女々しい国民はアメリカの同盟者には選ばれない」という米国人のデフォルト感性。
 カンのいい日本人なら、ハリウッド映画の演出をみているだけで、これが分かります。しかしカンの鈍い日本人は、何十年もワシントンD.C.で暮らしていても、ここが分かりません。

 たとえばの話、「横田めぐみさんという中学生が北朝鮮に拉致されたままです。かわいそうです」と訴えても、アメリカ人は同情してくれません。なぜなら、日本国は自分では何もできない幼児ではない。一人前の大人のはずだからです。『だったらよ、お前たちの自衛隊が行ってすぐ奪還しろよ、ヴォケ!』と心の中で思われるのがオチなんです。ですが、そんなことも全然分からない日本人が在米邦人でも9割くらい居るのが現実です。
 逆にたとえばの話、「北朝鮮が拉致した日本人を返そうとしないので、日本は昨日、北鮮と単独で戦争をおっ始めました。しかし大苦戦しています」と訴えれば、アメリカ国民は「それだったら加勢してやるか」と思います。この場合、敵が毒ガスを使おうが生物兵器を使おうが、関係ないです。

 少なくともここが分かっていない日本人には、対米宣伝のイニシアチブはとれません。兵頭は少なくともそこが分かっておりますので、NSAのマイクと電話で話せる人や、ロスチャイルド家の世界支配計画に詳しい人たちなどよりは、対米宣伝の方針についてお任せをいただいて大丈夫です。

 国際宣伝戦の最先進国である英国では、早くも第一次大戦中から、宣伝活動における「MUST」と「MUST NOT」の数々をマニュアル化しています。そういう英書を翻訳した戦前の古本が国会図書館などにはたくさんありますから、片端から読んでみてください。
 その大事な準則の一つとして、「敵の非難に対して言い訳だけをするような放送はするな」というのがあります。
 つまり、プロパガンダは大衆向けにするものですが、大衆は、強い人間をまず頼る気になります。そのため最初から弱そうな発言者はもうそれだけで大衆から嫌われ、信頼感までが低下してしまうのです。
 ゆえに、宣伝は、態度として攻勢的でないといけません。宣伝が防禦的に見えてはならないというのが英国人の結論です。
 攻勢的と申しますのは、幾人かの日本人のように軽躁な調子で人を罵ったりDQNのように大声を出せということではなくて、敵の主張のホコロビを理知的に衝く方にウェイトをかけろ、ということです。そしてその前に、本然の態勢として、常に堂々と立っておれ、ということなんです。

 たとえばシナの反日宣伝に対して、第三者である外国人が「日本は誤解されている」という見出しで弁護を展開してくれるとしたら、これは何の問題もない。
 しかし、日本がシナの反日宣伝を受けたときに、第三者である外国人に対して「日本は誤解されています」との見出しで対抗宣伝を打ったとしたら、それは「負け確定」になってしまうんですよ。
 米人流に言えば、そういうのは良い大人が女々しく同情を引こうとする言い草であって、あまりに“SISSY”に映るんです。

 ですから、本会の名称やホームページの名称も、とても大事なんです。「受け身」のイメージを纏ったら、活動を始める前から、もうおしまいなのです。
 反論のベースとなる客観的証拠の能力がそもそも弱いのではないか──と米国人から勘ぐられかねぬような防御的な辞句を、会の名称やホームページにちりばめることは、愚かしく、不利です。これは戦後サヨクが言語空間を支配する日本国内向けの活動ではなく、あくまで対外活動であることを、確認していただきたいと思います。

 1929年にシナ人が英文で捏造した「田中上奏文」は、なんと東京裁判の検事側の論拠になってしまいました。東京裁判の影響は今日なお日本人の権力を脅かしています。つまり、米国人がシナ発のブラックプロパガンダを信じてしまう(それに日本人が英語で反駁しない)ことの有害性は、国内のアカメディアよりも放置ができない。ぼんやりしているうちに、原爆が落とされ、領土が奪われ、元首相が吊るし首になり、その後の日本国民の長期的な安全保障も破壊されてしまいかねないのですからね。

 国内向けのホワイトプロパガンダであれば、すでに『正論』(左右のオピニオン誌の中では最もたくさん売れています)と『諸君!』の2媒体が、1970年代から、もうこれ以上は不可能というぐらいに徹底的に活動を展開をしています。またげんざい『文藝春秋』は総合誌の売り上げトップで実売が数十万。『正論』は実売が数万部ありますのに比し、アカ雑誌は数千部レベルではないのでしょうか? 全国の図書館には何故かたいていアカ雑誌がフルラインナップで並べてありますけれども、読む人はいません。
 フラッシュの公開や大衆向けの脱洗脳に関しては「2ちゃんねる」がほとんどそのために提供されたサイトのようになっています。「2ちゃんねる」以上の大衆向け脱洗脳機能を、われわれのような小さな会のHPで果たせるわけはありません。右翼系BBSがすでに数多く立ち上がっていますが、ほとんどが「2ちゃんねる」でインパクトを与えられない欲求不満居士のオナニーの場で、狭いインナーサークルの常連仲間が覗くだけではないのですか?

 北鮮報道がTVワイドショーで自由にされるようになったこと、先の総選挙では旧田中派の放逐がかなり進んだという現状を見ても、国内状況はそんなに悲観したものではないのです。
 ところが、この国内状況に比較しまして、海外でのホワイトプロパガンダ活動は事実上、組織的なものは「ゼロ」です。個人が外国新聞のガセ報道に苦情のメールを出している、そんなものしかないのです。この「セキュリティホール」に北京は近年目をつけていて、大々的な英文・欧文による反日ブラックプロパガンダ活動を、日本の外で展開しているのです。これに米国のマスコミと識字階級がひっかかりつつあるのです。もし今のまま、次の大統領が民主党に交替してしまいますと(片岡先生によれば、それはあり得ます)、日本の対支・対鮮の安全保障水準は、あのクリントン時代より酷いことになるはずです。第二の東京裁判があり得るのです。これを憂いて立ち上がりましたのが兵頭と茂木であります。

 米国の中にも、シナと抗争する日本の立場を擁護したいと思っている人士は一定程度いるわけです。共和党の安全保障の専門家、極東の専門家は、シナが米国の本質的な敵であることをよく理解しています。ところが、彼らは日本語文献を読めませんから、言論の上で日本の過去を効果的に弁護したくとも、「証拠」が引用しにくいのです。この日本とその米国内の弁護人にとりましてまったく不利でありすぎる現況を、当会が変えてやろうというわけです。当会のような小さな団体でも、それならばできるのであります。それが、決して無限に得られるわけではない労働時間と資金を使って、最も有意義に日本の安全保障に貢献できる道だと兵頭は思います。

 当会の真のサービス対象である識字階級の米国人が、このjpドメインのサイトが一体どんな政治的立場でどんな専門情報を提供しているのか、検索エンジンで見当をつけ易いことは、比較にならず重要でしょう。
 繰り返します。外国人相手には、正々堂々と立っていなければダメです。曖昧でないHPのアイデンティフィケーションが不可欠です。

なぜ役人には対外宣伝戦は担任不能か

 高給国家公務員は、ある省庁の○○局とか××課に永久に居るわけじゃありません。同じ役所のなかの他の部課に配置が変わったり、他の省庁へ出向したり、在外公館勤務になったり、研修に出されたり、首相や大臣の秘書になったりという異動を繰り返しながらどんどん偉くなって、適当なところで良い特殊法人や民間企業に天下る。あるいは国会議員や地方議員や首長の選挙に出たりします。基本的に興味があるのは、責任のリスクをミニマムにし、生涯所得をマキシムにすることですね。
 役所の行政はタテワリですから、異動によって担当を外れた其の日から、もう前に担当していた問題には口出しができないし、責任もなくなるんです。
 ……まあ、そんな調子で有効な対外宣伝が出来たら、その方が奇跡じゃないでしょうか?

 酷い例は探せばいくらでもありますが、誰でも知っているのが商業捕鯨の擁護宣伝でしょう。水産庁の木っ端役人が庁益と私益(じぶんや同僚の天下り先への配慮)を国益に優先し、多数のサヨクをも含む国民の大半がその釣りにマンマとひっかかった結果、日本人は西洋社会から「いわれある嫌悪」を持たれてしまったのです。
 「西洋人も以前には鯨を殺していたじゃないか」──では、反論にも自己弁護にも何にもならないという「近代の常識」が、水産庁のツボにはまった国内宣伝で麻痺させられた日本人の頭には分かりませんでした。そして水産庁が対外宣伝を打てば打つほど、日本の対外イメージは悪くなったのです。
 1970年代からもう30年越しの「反捕鯨運動に反論する水産庁の対外宣伝活動」には日本国民の税金が使われています。けっきょく、その税金は、日本国民の「権力」(=飢餓と不慮死の可能性からの遠さ)を、前よりも低下させることに使われたと評価できましょう。

 鯨肉は、かなり手間をかけて調理しないと、そのままでは「美味い」ものじゃありません。これは昭和40年代までは日本国民の常識でした。終戦後しばらく、外貨がスッカラカンの日本国民は、動物性蛋白質を自国の漁民からしか得ることができず、「不味いけれども安い肉」として、我慢して鯨肉を喫食していたのです。

 1970年代にはまだ日本人の多くが「リッチになった」と慢心はしていませんでした。戦後の食糧難の記憶が、濃厚に語り伝えられていました。そんなときに水産庁の国内向け宣伝はスタートしました。
 しかし1980年代に入ると、多くの日本人は「不味いものを無理して喰うことはない」と思えるようになりました。しかし水産庁は庁益本位の宣伝を止めませんでした。すでにそのスローガンを続けること自体が利権となっていたのです。

 近代国家の官僚の身分は厚く防禦されています。また、そのポストはすべて「腰掛け」です。これでは、危機の芽を宣伝によって効果的に抓むことはできません。
 危機が顕在化して最悪の結果が出来[しゆつたい]したときには、彼は問題の担当者ではないからです。
 そして、近代国家の官吏が、彼の業務の拙劣さや怠慢の責を後年になって負わされることはありません。忘れてしまって良いのです。
 これがシナならばどうでしょうか。彼は在職中の失策を老後に咎められて極刑に処される可能性が常にあるでしょう。墓場までも爆破されるかもしれないのです。
 だからシナ人の宣伝は、政治ボスでなくとも最初から全力なんです。危機の芽を、早く抓もうとします。

 今月発売の某誌には、砒素ミルク事件後のM社の対処について書かれていました。M社は一族企業であるために、この問題は一族ある限り過去の他人事とはされず、停年まで専従する担当係を今も雇っているとあります。これが、国家のイメージ宣伝に関しても、正しい、望ましい方針です。が、日本の官庁には絶対にこういう対処は期待できません。

 1905年にポーツマスの対露交渉に乗り込んだ小村寿太郎の現地のマスコミへの対策が行き届いていたことは、外務省の記録がこれを証しているようです。外交史料館の資料によって書かれた小説を読めば、それは推測されます。ところがなぜか「小村はウィッテのマスコミ利用術に負けていた」という巷説が、日本ではまだ聞かれますよね。
 このことは、日本外務省という役所が、自己宣伝すらろくに為し得ない組織であることをよく示していませんか?

今日のご報告

 NPO法人の設立方法について半日ROMっていたのですが、ホワイトプロパガンダ活動を使命とする当会は、日本の法律で法人格が与えられるNPO法人には、どうもなじみそうにもないことがすぐに分かりました。

 日本のいわゆる「NPO法」において、申請者に対して法人格の付与が認証されると明言されておりますのは……

「保健・医療・福祉」「社会教育」「まちづくり」「文化・芸術・スポーツ」「環境の保全」「災害救援」「地域安全」「人権擁護、平和の推進」「国際協力」「男女共同参画社会の形成の促進」【←ざけんなよゴルァ!】「子どもの健全育成」「上記活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言、援助」

……に活動分野が限定されていたのです。ここには、当会の目的である「日本国民の安全保障への貢献」は、含まれているようには見えませんね。逆方向の匂いはプンプンしますけども。

 また、政治上の主義を推進し、支持し、又はこれに反対することを主たる目的とする団体や、特定の公職候補者、政党への支持・反対を目的とする団体にも、NPO法人格は与えられないようです。(じゃあ、既に数千団体が認証されていると思われる左巻きNPOの反日工作活動や政治運動は、なにゆえ黙認されておるのか?)

 いずれにせよ、シナ版コミンテルンとその内外の手先によるブラックプロパガンダに対抗するという活動は堂々たる政治的行為とされるでしょうから、やましいことは一切なさぬ我々としましては、こんなNPO法人格ならば無理に取得することはない。
 任意団体、すなわち「法人格なき社団」として立ち上げれば良いだろうと思いました。

 この場合も、そこらのいかがわしいNPO以上の、会社に準ずる定款と組織を整えていくことは無論です。そして定期的な事業報告をUPし、単式簿記を公開します。

 法人格なき社団の場合、会の名では契約は結べないようですが、「××の会 会長 △△△」といった、肩書き+代表個人名でさまざまな契約を結ぶことは可能で、この場合、△△△個人が会の責任ぜんぶを背負うことにはなりません。また口座も同様に開設できるようで、その場合のその口座は会の財産となり△△△個人の財産とは区別されます。

 法人格(すなわち不死の人格)がないことのデメリットとして、契約をした代表者がもしも死亡したときは、契約そのものが消滅してしまいます。
 しかし、当会の活動はインターネットへのアップロードです。もし当会のホームページが消滅するようなことがあっても、グーグルキャッシュ等にはしばらくメモリーが残ってアクセスもコピーも自在ですし、世界のどこかの協賛者によるミラーサイトも立ち上がることでしょう。つまりウェブ利用のホワイトプロパガンダは、HTMLでUPした時点で、敵はもはや本質的に対抗不能なのです。

 それから、「南島」さんが、ネット上でボランティアを動員して公開的に分業英訳する方法についての、とても考え抜かれたフェアーなスキームを提案してくださいました。念のため、廃刊になった『発言者』のバックナンバーなどをみてもらうと分かるはずなのですが、兵頭個人は台湾贔屓ではなく、かなり距離を置いており、他の保守系論筆家のような「台湾を守れ」といった発言は一度たりともいたしておりません。その点が「南島」さんに差し障りがないようでしたなら、(株)世界出版を中心としたプロの英訳とは別枠で、ボランティア英訳の仕切りは「南島」さんにお任せしたいものだと思いました。

 なお本会は、もし類似趣旨で本会とは別個に活動する個人または団体があれば、それらに対する声援を惜しみません。また、そのような個人、団体が、もっと増えることを念願しています。

寝ている場合ではない

 昔から、世の中がちょっと平和になりますと、逆に人々の中には漠然とした不安が広がり、その需要を「オカルト」が満たした、ということはよくあります。戦前ですと大正時代に「千里眼透視術」が流行りました。手品みたいなもんですね。そのあとで、武術の世界で「気」がどうたらと言い出す人が出てきたわけです。
 どうも人間の心理は、それまであったすべての不安が除去されてしまいますと、こんどは逆に自分から少々の不安を求めてしまう、それで満足を追いかけるという、自律的安定が微妙なものらしいのです。だからもし戦争中なら異種格闘技興行なんてあんまり流行りませんよね。
 わたくしは「催眠術」一般にそもそも興味の持てないタイプなのですが、「敵」がプラックプロパガンダ戦術にそちらの方面の知識を動員してくるおそれがないわけでもなさそうだと思い直しまして、この前、信用のできる詳しい人に訊ねてみたんです。
 いやぁ世の中にはいろんな研究をしている人がいるんですね。じつに感心しました。

 その方からうけたまわりましたお話の巨細は公開しませんが、その方が、直接の面談を含む、長年の内外における踏査の結論として、現時点で自信をもって推薦してくださったところの「催眠術に関して読むべき日本語文献の日本人執筆者」「直接指導を受けるに値する日本人」については公表しましょう。

 まず、オウム信者の洗脳を解いた実績のある、苫米地英人さん。理論では世界でもトップレベル、腕でも松岡さんに次ぐそうです。
 次に、今は表向き引退しているらしい、松岡圭祐さん。催眠術という限定された分野の実技では日本で最も腕が高かったそうです。

 催眠術に興味のある人は、最初にこのお2人が書いた複数の本を読んでおくことで、世の中のいろいろな危ない催眠術や、催眠術に関してよく陥ってしまいがちな錯覚に対しての警報センサーを、自分にビルトインすることができるのであるらしいです。

 この2人以外で、日本人の催眠術師で、直接会って催眠術を教わるに値する人物としては、ジャイアント吉田さんとおっしゃる方がおられるそうです。この方は沢井健一さんという人から太気拳を学び、十数年前に内面世界の開拓をなしとげているのだそうです。読むべき著作が出ているのかどうかは不明です。

 なお、占い師のマニュアルが知りたければ、石井裕之さんの書いたものを読めばすぐに分かるということです。

 スポーツのメンタルトレーニングではどうか。西田文郎さんが、プラス方向に人の能力を伸ばすことについて最も実績を積み重ねているということです。海外のメソッドをそのまま移植したのではないところが成功のコツだったとか。
 また日本では、催眠をスポーツや武道のコーチングに利用して成功している人は一人もいないし、まずありえないということです。うまくいく場合でも、無意識にかかっているリミッターを外すことでパワーやスピードを一時的にあげることができるだけであると。
 催眠術を利用したセラピーやカウンセリングは、米国では失敗すると訴訟ものですが、日本では告訴されないために野放しであるのが問題であるそうです。カルト先進国のアメリカではセラピーやカウンセリングに催眠術を使うのは危険だというのが今のところの認識だそうです。

 催眠によって、選手がもともと有していないスピードやパワーを引き出すことはできず、むしろ模範となる優秀選手のじっさいの動きを間近に視覚や聴覚で生徒に観察させ、直ちにその模倣を反復させた方が、簡単・確実にレベルアップが図れるということです。
 また、格闘技ビジネスであるならば、入門生を鍛えることを考えるよりも、最初のリクルーティング段階で素材を選び抜くことの方が、比較にもならず有利であるそうです。そして武道団体がリクルーティングを最も効率的に行なうための宣伝は………これについては、いずれ『武道通信』にご登場を願って、詳しくレクチャーしていただこうと考えております。

シナが16日頃にミサイル発射予定か?

 在沖縄の個人的に信頼できるSUCANKU氏(仮名)の目撃したところによれば、13日の19時に那覇軍港に米軍の『オブザベイション・アイランド』が入港していたそうです。
 また海保によれば11日の18時ごろ、久米島の領海をシナ軍艦『望遠2号』が航行し、海保によって追い出されている、と。海保はひきつづいて追尾中のはずですが、同軍艦の現在位置は公表されていません。……って、マスコミは何やってんのよ!?

 以下は兵頭の勘ぐりですが、これはSLBM実験、もしくはグァム島を射程に収めるシナの地対地ミサイルの発射訓練が、近々行なわれるのではないでしょうか。
 沖縄からグァム近海までは15〜18ノット前後で2〜3日ほどかかるとすれば、そこから発射の日が予測できるような気がします。
 またこの発射は、北京による他の軍事的または政治的なモーションと連動させられる可能性が強くあります。
 国内のシナ版コミンテルンの手先の動きにも注目いたしましょう。

だが、国内向け宣伝が不十分ではないか

 長野市の善光寺下出身のわたくしが20歳台で東京暮らしを始めましたとき、夜ふけの丸の内やら霞が関やら麹町、赤坂あたりを徘徊してみました。たちまち強く印象を受けましたのは、「この日本をじっさいに動かしている男たちは、誰も夜中にテレビなんざ視とらんぞ」ということでした。高層オフィス・ビルの窓々に、蛍光灯の照明が煌々と映えていて、深更に及んでそれが消えません。
 想像すれば、1日に与えられております時間的資源は、万人に公平にキッカリ「24時間」しかありません以上、もしもそこから貴重な数時間を毎日テレビなんかに盗られていれば、こりゃとうてい日本国を牽引するような男たちの仲間には入れぬ道理だわい、とも信じられました。
 やがて雑誌記者をふりだしに、活字マスコミの世界を覗いてみますと、またいろいろなことが分かってきました。
 たとえば、忙しくてテレビを視ていられない比較的高給取りな男たちが、それじゃ雑誌や書籍などの硬派の活字メディアには念入りに目を通すのかといったら、必ずしもそうではない。およそ新聞以外では、ラーメン屋に置かれている週刊/隔週刊コミックが、毎回できるだけ目を通す主な活字だったりする場合もあるのです。わたくしには、そうなる原因は活字メディアの送り手側にもあるだろうと思われました。情報消費者の余暇時間構造にメディアが合致していないのです。

 わたくしはハイティーンの頃、上野駅から長野駅まで汽車で移動する間に、あの分厚い月刊『文藝春秋』を1冊読みきれるかどうか、何度かチャレンジしました。しかし一度も時間内に読み切れたことはありません。比較的薄めの『諸君!』でも、たまに成功する程度でした(とうじは特急「あさま」で3時間半かかったと記憶します)。まあ、世の中にはわたくしよりも速読の方は大勢いらっしゃるでしょう。そうとしても、おそらく定期刊行の総合誌やオピニオン誌、学芸誌などを1冊まるごと中断なしに通読できる時間がある恵まれた人は、読書階級に属する人々のなかに於いても稀でしょう。そしてその単純な事実が、情報消費者にその活字媒体の購入をためらわせる場合があるでしょう。
 東京ディズニーランドは一回では体験し切れないからリピーターでとても儲かるわけです。しかし活字媒体のお客は、一回きりで遊び切ってもらい、次はリニューアルしたものを別に買ってもらう。旭山動物園みたいなもんでしょう。

 要するに大衆にアッピールしたい宣伝広報的な書籍を売ろうと思うならば、夜8時から11時までの3時間以内で読み終えられる、と誰もが思えるような体裁・編集にしなくてはいけません。一晩では読みきれないと思われた本は、購入そのものがパスされてしまうのです。日々忙しい人は、翌日にどんな仕事上の資料を読まなければならなくなるかも分からず、とても2日に分けて仕事と関係ない本を読了する計画など、立てられはしないからです。
 オピニオン雑誌に寄稿する広報的な記事ならば、通勤電車の中で軽く立ち読みできるぐらいでないとダメでしょう。

 じつは先日、「つくる会」の方数名から、今年の教科書の採択運動の成果についてお話を聞かせて貰いました。
 そこで、日頃は新聞を読まずテレビも見ない兵頭が初めて認知できたのが、韓国人が官民挙げて公然と妨害活動を展開していたという事実です。韓国の政府や与党や国会議員の中に、扶桑社の教科書の採択を妨害するためのプロジェクトチームが公然と結成されていたという。だとすれば、日韓国会議員のサッカー交流どころじゃないじゃないですか。もし外国政府がそんな真似を公然としているなら、政府が「国交断絶」に準じた措置をとるのが至当だったでしょう。
 この韓国の干渉工作は、発信元を隠したブラックメイルではなかった。公開的に脅しをかけてくれたわけです。日本の市区町村に「姉妹都市提携をやめるぞ」と、向こうの自治体から言ってくるのが序の口で、全国の市区町村長が指名し、それぞれ地方議会が承認している5名の教育委員の自宅に、民団などが堂々と名乗って、扶桑社の教科書を採択するなよと、圧力をかける文書を送りつけていました。その手間と動員資金を考えてください。これは公然かつ大規模な、韓国政府による日本国ならびに全国自治体に対する破壊活動でしょう。
 シナ版コミンテルンやNHK・電通プロット、共産主義者残党プロット等とは違い、コバートではない。しかし、知能派ヤクザに似たオバート作戦であっただけに、その圧力運動が国内のメジャーなマスメディアでほとんど隠されてしまったことは、異常と言うしかないのです。これほどあからさまな外国人による内政脅迫が罷り通ってしまったとは……!

 たぶん「つくる会」の関係者はこれについて雑誌記事などでリアルタイムに警報していたんだろうと思いますが、兵頭は忙しくてその記事を読まずにうち過ごしましたので、今まで少しも知らなかったという次第です。なんと申しますか、彼らの書く文章はつまらない割に文字数が多すぎるんですよね。みんな忙しいんですから、見開き2ページにまとめて、新事実だけ手際良く伝えてくれないものかと、いつも思います。
 教科書問題のネタそのものは古いので、同じような話には人々が飽きているという機微も察知しなければなりません。そこへ行くと『マンガ・嫌韓流』を制作した人々は偉い。あれを読むのに、オピニオン誌の記事ひとつ分より手間が取られる人は少ないでしょう。

 日本では、来年の教科書を何にするのか決めるのは、市区町村の教育委員です。どこでも5人から成っており、そのうち3人が賛成すれば、多数決で教科書が決まる。逆にいえば、3人に反対させれば扶桑社には決まりません。
 この5人は市区町村長が任命します。そして、議会の承認を受けています。この人たちに外国政府が組織的に手紙で圧力をかけさせる行為が、もうそれだけで「内政干渉」「反民主主義」であることがお分かりでしょう。日本では議員とマスコミが甚だしく「公民」の基本に無知なため、韓国政府によるこんな犯罪行為があっさりと黙過されてしまうのです。

 「つくる会」の目的は、扶桑社を儲けさせることには非ず、日本国を破壊せんとする陰謀的な悪教科書を駆逐することにあります。
 それには、文科省が、宮沢内閣以前のマトモな文部省に戻って、検定を厳しくやれば良いだけの話なのですが、あの宮沢喜一氏が置き土産として残した「近隣諸国条項」という自縛的な内規がまだ活きているようで、文科省の役人が教科書メーカーへの指導力を今や喪失しているのです。癒着もあるでしょう。1997年の『諸君!』8月号で兵頭が指摘した、中〜高歴史教科書のキャプションの単純すぎる校正ミスのようなものを放置していたのですからね。当時からもう仕事をしていなかった。その上に現在は役所として日本国の破壊を助長しているのであれば、そんな役所は廃止しなければなりません。

 そこで「つくる会」としては来年からは、全国の市区町村の首長に、それぞれの議会の中で教科書問題に一番理解のある議員を立候補させ、彼もしくは彼女を市区町村長に当選させることによって、外国人の脅迫などには屈しない教育委員を任命させる、との、長期的な方針を立てているようです。兵頭もそういう選挙運動には一臂の力を貸すつもりであります。

大坂城偶懐

 出張から帰ってきました。函館空港発着の航空ダイヤの関係でギューギュー詰めの日程だったのは残念です。観光ガイドをしてくださった皆様、どうも有難う存じます。
 天守参観開始前の時刻に大坂城に出かけ、内堀と石垣を裏表から眺めてきました。
 わたくしはすべてを了解しました。
 これは明国の都市城壁の向こうを張ったものではないですか?
 大坂城の建築目的は、純然たる国内領民向け、あるいは支配下の諸大名向けの示威ではなかったのではありますまいか。

難関、また難関。

 口座を誰が開設するのかという問題をすっかり忘れてました。あゝ、これだから貧民は……。
 運動の透明性の担保となる銀行口座がないことには、醵金者がアクションを起こしようもないですよね。
 大阪出張から戻り次第、考えたいと思います。
 それには法人格をどうするのかも早急に決めないと……。
 ううむ、俄然「チラシの裏」っぽくなってきやがったぜ、このコーナー(核爆)!

今日のご報告

 活動用のホームページのデザインが七分がた、完成しつつあります。
 サーバーは未定で、ひきつづき検討中です。
 大阪観光についてはほぼ、目処が立ちました。どうも有難うございます。
 
 

今日のご報告

 暫定の活動趣意書をおととい書いてみたのですが、翻訳会社さんの方でそのままでは満足できないようで、そちらで「検討」が続いています。どこが問題なのかはまだわたくしは承知しておりません。

またおお(ry

 新大阪から関西国際空港に向かう途中で、時間を潰すと面白いところがあったら、ご存知の方、ご教示くださいまし。

カウンタープロパガンダ事業に関する連絡方法について

 対抗宣伝文献英訳会(仮称)に電子メールで連絡をとられたい方は、このファン・サイトの「掲示板」に投稿するという形でお願いします。
 会独自のHPも未だ無いので、過渡的な措置です。
 兵頭の代わりに「LO-01」氏が参ります。よろしくお願い申し上げます。
 活動の趣意書のようなものがないのもおかしいので、近々、書いてみます。

嗚呼、一冊数百万円もかかるとは……!

 月刊誌『正論』12月号はそろそろ九州地方でも店頭発売されたでしょうか?
 そこで呼びかけている翻訳英文ホワイトプロパガンダ事業の立ち上げについてですが、1冊の本をまるまる英訳すると、翻訳の実費だけで数百万円(税込み)かかることが判明しました。
 じつはわたくしはせいぜいこの経費は壱ヒャクマン未満で済むんだろうと思っていまして、個人レベルの力を糾合すればどうにでもなるじゃないかと甘く考えていたのですが、やはり将来はNPOにしないと無理なのかもしれません。しばらく、読者の皆さんからの反応を聞こうと思います。

 和文英訳の三つのグレードについて現在わたくしの知っていることをお話しします。

●ランクA:ネイティヴが日本語から直接下訳し、それをベテランの日本人チェッカー(翻訳会社の筆頭レベル)が読んで校正意見を付け加えて、それを元に再びネイティヴが最終英文に仕上げる。

●ランクB:日本人訳者(翻訳会社の雇われ人レベル)が下訳し、ネイティヴがプルーフ・リーディングし、ベテランの日本人チェッカーが最終校閲して仕上げる。

●ランクC:ランクBの手順だが、訳者のスキルの程度を気にせず、修整も略式で済ませてしまうもの。

 ──で、ランクAは400字につき1万円程度。ランクBはそれが5000円程度となるのが料金の相場であるようです。(ランクCはバイトの時給に色がつく程度なのでしょう。昔わたくしもドクターの論文を英訳する事務所で雑用係のバイトをしていたことがありますが時給は1200円以上だったと思います。もちろん翻訳会社によってバラバラでしょう。)

 スピーチ、契約書、論文などになりますと、現在、400字につき、¥12,000円から\18,000円はザラだそうです。プレゼン資料、一般文書等では、\9,000円から\12,000円が多いようです。
 したがいまして、いちばん愛国的な料金の翻訳会社さんに頼んでも、一般的な書籍(400字×500枚)を説得力のある英文に直そうとすれば、ざっと500万円かかるわけです。これは個人が出せる額ではないですね。

 わたくしは個人がこういう事業に出す気になる金額とはせいぜい100万円が上限であろうと漠然と思っていますので、「五分の一以下の抄訳指定」をしていただくのが現実的なのだろうなと考えます。
 つまり醵金をする人が「この本のここからここまでを訳せ」と指定するわけです。

 この事業をNPOにすれば、以下のようなメリットがあることは確かです。

○特定寄付金控除の対象になる.
○零細翻訳会社のスタッフなどがメインになっているよりも社会的な信頼感が出る.
○したがって支出する法人の会計係は後難を心配せずにハンコをつける.
○したがって1冊まるごと翻訳のラインナップが増やせるだろう.

 その代わりに面倒なこともあります。信頼できる有名人を「長」に据えなければいけません。これまで財団等の理事にもなったこともない、プータローの兵頭ではダメなんですね。誰かになって貰わなければいけないでしょう。
 そしてそういう相談や根回しを延々とやっている時間が兵頭は惜しいのです。「敵」の攻撃は今すでにたけなわなのですからね。

モノがあっても真似られないモノ

 91年の『戦車マガジン』を持っている人は、モスクワ郊外のクビンカ博物館の見学コースから外れたガレージに、英軍の「チーフテン」戦車が1台置かれてあるのを覗き見たことに触れている、わたくしのリポートを探してみてください。
 当時のわたくしは愚かにも、これは英ソ間で秘密の連絡があって、英国がソ連から何かを得るための代価としてチーフテンをくれてやったのだと想像をしていました。たとえばボービントンの倉庫にバーター品のT-80が1台あるのではないかと……。
 今は、これは、当時、表向きではソ連を反宗教だとして非難していた革命イラン政権が、こっそり引き渡していたものだと断言できます。彼らはF-14すらサンプル提供していたという疑いがあるのですから、チーフテンぐらい、もう何でもなかったでしょう。
 ということは「チョバムアーマー」の秘密なんてバレバレだったということですが、これをソ連が真似したかというとその気配は無いんですね。
 目に見えない技術の壁というのがあって、モノが目の前にあってもコピーが不可能なものは現代ではたくさんあります。
 たとえばクリントン政権がアフリカ、アフガンその他に撃ちまくった巡行ミサイルの不発弾をロシアとシナは入手しているはずですが、このコピー品は出ていません。ユーゴで落ちたF-117の残骸も同じです。海南島に着陸したP-3Cの電子ソフトも同じです。だから平気で着陸できるのです。

 ところで昨日のCBSニュースを見たらカーター元大統領が「イランと戦争すべきではない」などと語っていました。そういう内容の本を書いたそうです。ということは米国内ではイランと戦争するのじゃないかという雰囲気が、相当リアルになってきたんですね。
 イランを今のようにしてしまったのは、カーター氏の「人権外交」でした。
 ほんらい啓蒙思想に則るなら、一人の人命は二人の人命より軽い。1000万人の人権問題は、1億人の人権問題より重くはなりません。
 ところが米国民主党の政治家は、口では格好をつけながら、手強い相手の弾圧的政権はマトとしてこれを撰ばず、干渉し易い弱い立場の政権を叩いて自国の大衆から喝采をうけようとすることがしばしばあります。
 イランのパーレビ政権は、それでやられてしまったのです。もし近い将来、米国とイランと戦争になったら、その淵源はカーター氏のスタンドプレイにあったとされねばなりませんから、彼も自己弁護に必死になる道理です。(しかしルックスが宮沢喜一氏に似てきたと思ったのは俺だけ……?)

 さいきんの米国TVは、ジンバブエをよくとりあげているようです。人口1200万ぽっちの国の騒ぎがなぜ北鮮やシナその他の数千万、数億の非人道的状況よりも問題にされなきゃならんのか?(英国は旧宗主国ですから旧ローデシアに無関心でいられないのは尤もです。)

 これもカーター時代のイラン叩きと似ていますでしょう。
 かつての英連邦だった国々は、APはじめ英語系の報道網が発達し、その遺産が現在も活きているため、ニュース・フッテージがとても得やすい地域です。
 ニュース・フッテージが得やすいということは、西側の民放テレビ局でも報道番組を組みやすいということで、それがひいては「遠い他国のことなのに政治家や評論家がコメントしたくなる」ことに直結します。
 映像がないものにコメントをつけても大衆は何のイメージも抱きません。刺激がゼロなのです。したがって民放にも政治家にも何の得にもならない。だからわたくしは、拉致被害者をとりかえしたくば、在米の日本人がこぞってワシントンの日本大使館前に英語プラカードを持ってデモをかけなさい、と言うのです。それなら厭でも米国内のTVニュースの素材になるでしょう。

 ところでアフリカはあれだけの広さがありながら、全部の人口がシナ一国、インド一国にも遥かに及びません。
 この人口密度の低さは何を意味するかと申しますと、欧米の軍隊が介入すればどこでも必勝なのです。(ただし死者ゼロというわけにはまいりませんので、腰抜け政権だと「ブラックホークダウン」だけで撤退ですが。)
 よって、米国大統領や閣僚が「気軽な非難」「強気の発言」もできる。旧南アの現政権などは皆、怒っています。G7首脳がアフリカについていい気な指導的な発言をしていると。まったくその通りで、G7はその前にシナや旧ソ連や北鮮をなんとかするのがまっとうな順序というものでしょう。
 そかしそうはできないのは、ニュース・フッテージこそが世論だからです。
 ニュース・フッテージが得にくく、よって西側の国内で批難しても政治家の宣伝になりにくく、しかも敵の人口が多いので軍隊の介入の敷居が高く、脅しが効かない。こんな条件が北鮮やシナに関してある以上は、日本人は自分たちの安全保障をアメリカ政府に任せきっているわけにはいかないでしょう。6カ国協議では拉致被害者は帰ってきません。いま単独経済制裁に踏み切らない限り、日本人の将来の安全保障が危いのです。

 ラスト・マンであるシナ人の若者に朝鮮戦争式、対ベトナム戦争式の人海突撃をさせるには、シナの政権としても、歴史を捏造したり靖国を攻撃して、その敵愾心とエスノセントリズムを常に高揚させるお膳立てが欠かせません。米国と対抗していく必要の上からも、シナ政権が今のような反日宣伝を将来止めることは決してないのです。
 宣伝に屈するのではなく、わたくしたちが逆に宣伝し返すことが、シナ人のためにもなります。
 と申しますのは、新しい政治権力者が常に過去の「正史」を捏造していくシナ文化圏では、「ヘーゲル的歴史」は、最初から終わっているのです。つまり、リベラル民主主義の存否とは関係なく、シナ人民は「ラスト・マン」でしかあり得ない。しかもおそろしいことには、政治的支配者すら近代的自我を持ち得ないのです。それが証拠に、政争に敗れたシナ・朝鮮の政治家が、内外に説得力ある自己主張をしたためしがありません。シナに歴史はなく、シナ人に実存は無いのでしょう。
 フクヤマ論文を見れば見当がつきますように、このことは西洋人には分かりません。シナ人を正気に返せるのは、今のところは日本発のホワイト・プロパガンダだけかもしれません。

9.11後にクラウゼヴィッツは有効か?

 リデル・ハートの権威の失墜は彼の死後十年くらいから始まり、二十年で定着したと思われます。もちろん、彼も多数の弟子を持ちました。

 マーチン・ファン・クレヴェルトは1991年に『戦争のトランスフォーメーション』なる一書を米国で上梓し、その中で、ざっと次のような主張をしたそうです。──冷戦後の戦争は、国民国家システムや「国境」とは無関係なものになる。だから「非クラウゼヴィツィアン」の思考法を探求せねばならない、と。
 すでに米国ではこのクレヴェルト、彼の師匠のリデル・ハートのクラウゼヴィッツに関する勘違いをそっくり引き継いでいる、との批判を受けているようです。すなわち、単純な「国民根こそぎ動員戦争」の提唱者こそクラウゼヴィッツの正体だったと思い込んでいる、というわけです。
 (かつてフラーとハートはクラウゼヴィッツを、ナポレオンの“high-priest”=ユダヤ教の司祭長、唱道者だと呼びました。本当は「聖パウロ」と言いたかったのかもしれませんが、モンゴメリー将軍のような熱心なキリスト教徒の反発を顧慮したでしょう。)

 先にも書きましたように、クラウゼヴィッツは、すでにルソーが「戦争のイデア」たる「同胞絶滅」戦争を明言してくれていましたのに、敢えてそれは採らず、ナポレオンの戦いぶりこそ「戦争のイデア」に限りなく近いのだと思い定めようとしております。

 地下鉄サリンと9.11以後によく分かってまいりましたのは、現代の宗教テロリストたちは、その手段さえあるならば、「同胞絶滅」攻撃を国民国家の内外で仕掛けることをためらいません。
 この事実だけに注目をいたしますと、クラウゼヴィッツはもう古いと断ずるクレヴェルトの主張は当たっているように見えましょう。
 ところが、米国が「イスラム教徒絶滅戦争」の手段を有しながらそれを対テロの最終解決方法として実行まではできぬ理由は何かといったら、やはり啓蒙的近代以降の「政治」がブレーキをかけているのです。クラウゼヴィッツの最も重要な洞察は、西側先進国については妥当しますでしょう(ユーゴスラヴィアではルソーの戦争のイデアの正しさも実証されかかったように見えます)。

 やはり冷戦時代にも「クラウゼヴィッツはもう古い」と語る軽薄な評論子が涌いて出たものでした。が、米国がロシアを絶滅させる手段を有していながら、それを行使しなかったのは、「政治」以外の何であったと言えるでしょうか?

 もしも敵の絶滅が完了できそうなのであるならば、勝利とともに戦争のケリがつくというそのメリットは極大です。加えてもし第二番の敵をまったく心配しなくて良いのならば、もう最後の一兵が残るだけだという状態まで、自国の戦争資源を「賭け」てしまってもよいでしょう。しかし、一国の政治指導者はそれをしない。それこそが、ルソーが最初に指摘し、クラウゼヴィッツが「政治」の作用だと見抜いた機序なのです。

 ベトナムの反省からあわててクラウゼヴィッツを読み返した米国の指導的エリート(その中には今のライス国務長官まで含まれている)は、冷戦とは期間無限の消耗戦的な競争であり、人命の負担に関して「現地化」を図りつつ、敵を長期的に弱めていくしかないと覚ったのです。
 すると、資本体力の総合補給力と、敵が応じざるを得ず、しかもついてはこられないハイテク兵備の開発&整備競争の展開が、重要な課題になりました。西側がソ連をこの冷戦を通じて崩壊させ得たのは、核戦力と通常戦力の攻防能力双方における効率競争と資本競争の勝利です。かくしてついにゴルバチョフが米国に対する勝利という大目標を捨てて、それまでのスタイルの競争を投了したのも、「政治」以外の何者だったでしょう?

 またここで余談に耽りますと、敵による即興的な絶滅攻撃が成功しない(戦争をしかければ必ず消耗戦になる)ことをあらかじめ悟らせることは安全・安価・有利です。ゆえに、日本政府が日本の大都市に平時から地下公共駐車場を無数に整備しておく行政は、「ミサイル防衛」よりも安全・安価・有利です。

 対テロ戦争も、長期無限の冷戦だと考えることです。そして敵の絶滅が政治的にできない以上は、経済的に彼らの体力を弱めるのが上策です。
 すなわち、石油利権やパチンコ利権やODAや国連拠出金を、絶対に彼らのカネづるにしてやってはいけないのです。テロリストへのカネの流れを放置することこそが西側先進国にとって最大の下策となるでしょう。
 この観点から、現米政権のイラク全土占領の決断は合理的だと言えるのです。問題は、米国がその政策を他のイスラミックの産油国に適用していない「政治」です。そのためにテロリストへのカネの流れがまだ止まっていません。

 また日本政府もパチンコという賭博行為を取り締まらず、北鮮のテロリストへのカネの流れを放置する「政治」を続けているどころか、朝鮮系の銀行に日本国民の税金を投入して1兆円以上をテロ体制に貢ぎました。さらに国会議員の中に、日鮮国交を強化しようと策動する「政治」がまだあります。核を持った侵略的国家・シナに関しては、商社と外務省が率先して、もっと大規模な資本的な加担をしている。このいずれも、リベラル民本主義という人類のよりよい価値に対する、恥ずべき叛逆です。

 中曽根康弘さんが大勲位を貰った直後に頓死していたならさぞハッピーだったでしょう。今、彼は生きているうちから「名誉」に関してはボロボロです。彼はシナとの戦争に負けました。戦後の日本をわざわざ「敗戦」させた、愚かな政治家の一人だったのだと、国民に理解されつつあるのです。
 北鮮やシナに肩入れしてテロリストの親玉から頭をなでてもらっても、歴史はその日本の政治家に、長い名誉を与えることはありません。

北の天気予報

 はじめに概況です。
 米国とシナはお互いを、今世紀の最大の敵国と看做しており、この両国が半島問題のような大きなテーマで利害が一致する可能性は僅少でしょう。

 ちなみにその僅少の可能性とは、半島の核武装の可能性を物理的に艾除[がいじょ]するため、シナ軍が北鮮全土を軍事占領してしまうことです。ただしそれには前提があり、米軍が韓国から撤収していなくてはなりません。北京は米軍と接壌国境で対峙する状況を望みませんし、「バックを嵩に着る」朝鮮人の性向も熟知しています。

 駐韓米軍というバック抜きの韓国人と対峙することならば、北京は何とも思いません。
 また米国もシナ陸軍と陸上国境で対峙したいとは思っていません。米国の理想は、韓国が北を呑みこんで、半島全部が親米的な緩衝地域となることですが、これは北京が理屈(すなわちクラウゼヴィッツ的合理性)抜きで猛反対する事態だということも、米国は知っています。

 たまたま米国は韓国が嫌いになりつつあり、次期大統領の4年間で半島からの撤収(すなわちベトナム化ならぬ朝鮮化)が加速される可能性はないわけではありません。しかしそれにもまた前提があります。韓国軍の穴を日本軍が埋められることです。すなわち日本国防軍が全地球的に米軍と共同作戦ができるようになっていなくてはなりません。
 その場合は、半島全域が北京の走狗化、すなわち反米テロの手先化しても、米国は苦しくありません。前衛には日本軍があたるからです。
 このような稀有な諸条件が揃ったとき、半島は非核で安定するでしょう。

 北朝鮮が「暴発」したとき、北鮮内の日本人拉致被害者の安全を確保することは覚束ないことです(そもそも拉致されて放置している段階で日本政府は彼らの身体を見捨てているのですから「今更…」なんですが)。
 というのは、暴発しますと在韓米軍により北鮮の軍事力は「瞬殺」され、いかなる公的秩序も消滅するからです。ホッブズ的自然状態が一瞬ですが現出します。その一瞬に誰の身に何が起こるかはわからない。
 このことは北の政権指導部にはよく分かっていますので暴発そのものがあり得ません。「弱いから暴発する」などというのは戦前の日本政府にしかありえぬ発想です。
 早く経済制裁を発動し、パチンコ賭博を違法化して、彼らを弱めることです。弱まればスリスリするのが朝鮮人です。

 半島で戦争または内乱が起きたときには、日本政府は直ちに短波ラジオ放送、中波ラジオ放送、インターネット、携帯電話のメール一斉送信等を通じて「日本人を殺した者は軍事法廷で裁く」と警告することが必要です。