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なわとびは今晩は止めだ。蕎麦喰ったから子守して寝るぜ。

 今日無料で送られてきた月刊『MOKU』(一時休刊したがまた復活している)に内田 樹さんがとても肯ける話を書いておられました。僅かな時間に多数のことをやっているのが名人なのだ、と。
 これはおそらく打撃系もその通りでしょう。単に拳で殴っているだけではないのでしょう。1、2秒の間にいくつもの出力コントロールをしなければならない。それができるようになれば達人なのでしょう。

 映画俳優の三船敏郎さんを超える人がなかなか現れません。故・三船氏は5秒のあいだに数十の表情ができる人だったと評されていたと記憶します。これは努力ではなく天性だったのかもしれません。映画フィルムというものがなければその才能も引き出されなかったはずですね。

 皆様、よいお年をお迎えください。

と思ったら直っていた。

めんどうくさい

直し方がわからん

×宗像和弘
○宗像和広

蘆溝橋の欄干は阿形の獅子。日本の狛犬は吽形の狆。

 さすがにスーパーが混んでました。朝10時代から駐車場が満杯ですよ。で、いつも思わされるのですが、日本の主婦は断じて「買い物のプロ」などではない。
 買い物のプロならば、レジに並んだ時点で財布の中から10円未満の小銭をありったけ掴み出しているはずでしょう。そして仮りに「総計で2153円です」と言われたなら、「1円」×3枚か、「5円」×1枚の小銭を、サクっと最初に出せるようにしておいたなら、手間が省けるわけですよ、お互いに。
 もし末尾が「7円」といわれたとき、1円玉が4枚しかなかったら、とっさに2円を出す。するとつり銭としてつかみ出す最小貨幣は5円玉になるじゃないですか。また、今日の財布には1円玉が1枚しかないと承知していたら、こちらは10円玉をサクっと出すまでです。慌てて小銭を探さなくていい。わたくしは買い物のプロじゃありませんが、常にそうやってきたわけです。
 ところが消費税導入以降のわたくしの記憶の中で、レジ打ちの間にそのように小銭の準備をしているようなお客は見たことがありません。まず、でかい札から最初に取り出し、最後に小銭を探そうとするんですから、もう手間がかかること……。
 今年は某社が遂に「無人レジ」を開発したそうですから、2年後くらいには、レジ風景も様変わりでしょうけどもね。それとも、いまだにカード決済できないのは既に「負け犬」かにゃ~ん?

 用あって「東久邇宮」(終戦時、シナからの報復避けだけを狙って組閣された内閣の総理大臣)で検索をしていましたら、「日本狆クラブ」とかいうアーティクルにヒットして、時局柄、すっかり読み耽ってしまいました。
 これによれば日本の「こまいぬ」は「獅子」とは関係がない。チベット産の狆が8世紀にシナから朝廷に進上され、それが死んだときに記念の似姿として製作されたのが最初であったろう──と、さまざまに考証してありまして、その論考はすこぶる説得的なのであります(小沢昭一風)。禁中の愛玩動物であっただけに、名称も「ちん」なのか、な~んて不敬な想像に及んだりして……。さらに、バルジー・アイズの狆は何かに激突しますと本当に目が飛び出る、とかサラッと書いてあり、これには「どんびき同心」ですた。

 先日届いた『セキュリタリアン』の06年1月号に、山形に疎開した軍医学校に対して昭和20年8月17日に陸軍省が「昭和12年以降の文書を燃やせ」という指示を出した、と紹介されております(pp.56-57)。宗像和広さんが福島で存命中の頃でしたが、わたくしは宗像さんの代りに中目黒の防研に所蔵史料に関するインタビューに出かけまして、そのとき偉い職員の方から「終戦のとき、市ヶ谷の大本営の書類は陸海ともにぜんぶ庭で燃やされたのだが、『燃やせ』という正式命令はどこからも出されていないようだ」「おそらく将来の対外国作戦の手の内を知られたくないので自然に『燃やそう』ということになったのだろう」というお話を承り、今までずっと信じてきたんですが、この記事を拝見してグラついておる次第です。

西村代議士が28日に保釈とのこと。ご苦労様です。

 京野一郎さま。みかん2箱、ありがとうございます。

年末に超めでたいニュースがっ。

 森田健作氏はとにかくえらい。森田氏のパーティがきっかけで某実力派編集者がご結婚なされました。人間、正しいことを全力でしていると、ちゃんとむくわれますね。

 K寺のHさま、航空券は確かに配達されました。FAX番号を承知しないのでこの場をかりてご連絡です。着々と準備しております。ありがとう存じます。

朝晩の雪かきで背筋力がついたお

 日本には電通というガリバー寡占広告企業があるのにどうして対米宣伝を個人のボランティアなどで細々と展開しなければならないのでしょうか?
 これはひとえに人的資源の問題です。天下の電通にもそんな都合のよい才能をもった人材は在社していないでしょう。
 いかにも電通は巨大な会社ですが、カネを稼ぐのは社員の5%で、あとは寄生虫社員であるといわれています。ただしパラサイトメンバーも抱えておくメリットはあるので、かれらの親戚は皆、会社の社長だから「注文取り」が最低一軒は期待できる。セールスマンの見習いがまず親戚の家を訪問させられるのと似ているのです。

 ところで電通の陰謀のようなことが巷間よく言われますけど、彼らも広告会社だけあってけっこう戦術方針をオープンに公示しているのではないでしょうか。
 わたくしがまだ都心に暮らしていたとき、何かの用事があって銀座を通りすがりましたら、電通のビルの一階でなにやら公開展示をしているようでしたので、ふらりと立ち寄ってみたことがあるんです。入場無料で、見物人もそんなにいませんでしたが、その内容には感心した。
 「いま日本の大衆が好感を抱いている動物はイルカだ!」とズバリ断言をしていました。ヒゲもウロコも体毛も粘液もないツルツルすべすべ感覚が良いのだそうです(ヘビだって、けっこうツルツルすべすべなんですけどね。ここだけの話)。だから新聞や雑誌の広告写真、それにTV-CFは、兎も角も徹底的に、何の脈絡も関係なくていいから、強引にイルカを出しまくれば良い、その広告は手前どもにお任せを、というわけです。(男性諸君もカツラをつけるよりいっそボールドにしちゃった方がイルカの体表感覚でウケるのではないでしょうか。オット、それじゃウィッグメーカーから広告が取れないか……。米国のポ○ノ男優だってこの頃じゃ全部剃ってますよね。いや、余談々々)

 このCFポリシーは、数えたわけじゃありませんが、5年間くらい、確固不動だったのではないでしょうか? なぜ自動車のライトを作っているメーカーのCFで背景にイルカどもがジャンプしとらにゃならんのか、電通は最初から特に秘密にもしていなかったわけです。けれども怠惰な大衆は、そのオープンにされているポリシーすら敢えて読んでみようとはしない。このメディア・リテラシーへの関心の有無が、世の中を動かしている者と、動かされている大衆とを分けているでしょう。そして電通の95%の社員も、じつは大衆でしかない。人材は、圧倒的に足りてないのです。

 最近の「韓流」にしても何にしても、電通は予めポリシーを公開していないでしょうか? 都心から遠ざかって等しい兵頭にはいまさら調べようもありませんので、誰かご存知の方が教えて欲しいと思います。それと提案なのですが、韓国生まれの継子のイルカがフィギュアスケートの特訓をうけてオリンピックを目指すが、家が金持ちのライバルがリンクに落とし穴を掘ったりして妨害する、という1回30分のスポコン連続ドラマを制作したら、さぞかしたくさんのスポンサーがつくのではありますまいか。

 拙著『日本人のスポーツ戦略』でも紹介しておりますように、およそ採点競技は、オリンピックイヤーであろうとなかろうと、ワールドツアーで喰っていかねばならぬ、興行の業界であります。選手も審判ももう全員が顔見知りの「一座」なのです。「ニュー・キッド・イン・ザ・ブロック」はいません。五輪の本番でとつぜん「天才的新人少女登場!」なんてことは、その団体内では決してありえないことなんです。平素の実力と近年の「調子」は、寸分狂いなくインナーサークル内で知れ渡っておりますので、五輪本番では、その平素の実力筆頭者が、よほどの醜態を曝しまくらぬ限りは、だいたい金メダルが与えられる──というのが、五輪イヤー以外の年にも商売をして生活せねばならぬ彼らの「しきたり」でしょう。

 マスコミは知っていて報じませんけれども、五輪以外の国際大会では、日本人選手も、実力以上の花をときどきは持たせて貰えることになっています。といいますのは、採点競技の業界ピラミッドの底辺を経済的に支えるのは、我が子にその競技を習わせるためなら毎月何万円も投資ができるという、小金持ちの一般家庭なのです。そんな一般家庭が米国に次いで多いと見られている日本には、特別にサービスをして、夢を大きくかきたててやる必要が、国際○×連盟としては絶対にあります。
 以上も特に秘密ではないでしょう。1970年代から米国の出版物にはそんな裏話は何度も書かれてきました。しかし、庶民はそうした情報にはアクセスをしません。五輪前の某世界大会で日本人選手が優勝できた、だからその子は次の五輪で金メダルを獲れるかも……そしてウチの子も……な~んて、単純に信じたりイマジンしてしまうのです。
 採点競技と計測競技は、勝負の構造は根っから違うのです。

天に口無し、人をして語らしむ(久々のチラ裏)

 冬場の灯油の消費をどのように節減したらよいかと考えていたら、すごいアイディアをおもいつきました。
 いつも使っている小さい机に、余った大きな布団をかけるのです。机、即、炬燵! なぜこれを誰も考えなかったのでしょうか……?
 しかし問題がなくもないことにすぐ気づきました。これだと、椅子の脚の隙間から空気が逃げるでしょう。
 この熱管理を、どうしたら良いのか……。椅子全体も毛布でぐるりと包まなければいけないのでしょうか。他に妙案はないか……?
 などと考えているヒマに『新潮45』と『表現者』の原稿を書き進めなければなりません。中央公論新社の長谷川さんに渡す来年秋の単行本の企画書も早くまとめねばいかんのに何をやっているのかわたくしは……。今から書き上げてもふつうの会社はもう今年は店仕舞いじゃないか。やんぬるかな……。
 なお、篤志つうじ倶楽部の宣伝を大々的にしている『SAPIO』は東京では1月5日か6日の店頭売りのようです。年内はもう出ません。取次店が年末年始休暇ですから。残念。

 ところで浜松のながいみちのりさんor京野一郎さん。今年のゴルゴの参考情報提供の報酬にスイス銀行からみかん一箱が届くという契約だったが、まだ届かないんですけど~。武通の杉山さんからはもう届いたんですけど~。

行く年にきのじ博打のご神譴

 警察雑誌の『BAN』2006年1月号に、米田健三さんと城内実さんの対談が載っています。両氏はどちらも衆院議員だったことがあり、また城内氏のご尊父は警察庁長官でした。
 対談内容は、例の人権擁護法案を徹底的に難じたもので、特に「横目」の選出基準に国籍条項が無いため「総連」すらも排除していない(「弁護士会など」と括られている)人権団体が、如何に反国家的であり得るか、弁護士会の事例を挙げることで注意を喚起しています。
 高槻市の中学校長が「卒業式の君が代斉唱を強制しない」と事前に説明しなかったこと──が、生徒の人権侵害だと、法的根拠も無く同校長に勧告したという大阪弁護士会の話には、良識ある国民は唖然とするしかないでしょう。その他、横浜弁護士会、東京弁護士会、新潟弁護士会も、過去に人権擁護のイカレた勧告をした実績があると例示されています。
 城内氏いわく、人権擁護法案の狙いは男女共同参画法と同じであると。つまりこの法案が通ると都道府県庁は人権擁護課をつくらなければならなくなり、市区町村では人権擁護推進室を作らなければならなくなり、さらに条例もつくろうということになる。しかもその地方の関連人事はすべて特定の思想グループが占領し牛耳ることになると。
 伝統的に左翼勢力の強い自治体では時に若い元自衛官ですら左翼思想にかぶれていることがあります(さすがに定年退職者にはいませんが)。風土なのかもしれません。外見からは判断できるものではなく、わたくしも巧妙な嘘つきには騙されるかもしれません。
 その「委員」という名のゲシュタポの人数は、総勢では数十万人の多数に膨らみますから、中央でも、自治体の上層でも、統制など不可能である。末端のやりたい放題になる、と米田・城内の両氏は警告します。
 「30万円の罰金や家宅捜索が厭なら10万円の慰謝料をよこせ」といった恐喝が必ずはびこる、と示唆されていますのは説得的です。皇族まで調査権の対象となるのですから、反日勢力の日本破壊ミッションはこれで完了でしょう。
 40年ほど前、韓国政府は在日朝鮮人に召集令状を発しました。日本国籍が無い住民は、外国政府のための兵役に就く義務をもっているのです。既に在日の商工関係者は税務署との団体交渉を武器として日本人より課税が優遇されています。納税を拒否できる逆差別特権を享受しているその上に日本国防の義務が基本的に無い連中に選挙権を与えることができないのは勿論のことです。いわんやその上に行政権・司法権まで与えるなど気違い沙汰だということが良く分かる記事と拝見いたしましたので、内容の一部をご紹介しました。
 この記事が警察官向けの雑誌に載ったことの意味を考えますと、やはり警察官僚は、人権擁護法案の実現を阻みたいのに違いありません。この法案に堂々と反対した結果、落選してしまった城内さんには、是非将来の復活を期待したいと思います。

政府提供のTVドラマがあっても良い

 雑誌『正論』の2月号に『ドラゴン桜』はオリジナル連載雑誌の担当の編集者が真の原作者なのではないかという暴露話が載っていて、それはよくある話でどうでもよかったのですが、このマンガが書店の受験参考書コーナーに置いてあるという紹介に興味を持ちました。半年前まで塾講師のバイトをしていた女房に尋ねたらそれは本当であるという。ちなみに「試験場に行ったら私はそれまで勉強したことのすべてを忘れていた」……という悪夢を過去の人生で一度も見たことがないのが自慢の兵頭は、もちろんこのマンガも読んだことはありません。
 マンガが良く売れ、全国生徒のモチベーションを高めたらしいのは、やはり民放でTVドラマ化されて、内容の認知度が受験生の親にまで広まったからでしょう。現在この日本で、識字階級とはいえない大衆にこのようにダイレクトにアプローチする洗脳媒体は、TVだけです。コンテンツは、やはり連続ドラマでしょう。政府の各省の役人が考える、数百億の税金を費消するいくつかの「プータロー対策」は、おそらく1タイトル1クールの連続TVドラマの影響力にまったく及ばないでしょう。
 とすればそのくだらない予算をスポンサー料に転換して、政府の目的に適ったドラマを制作させ放映させるのが、1万倍くらい効果があるのではないでしょうか。たとえば男女共同参画予算1兆6743億円(概算要求)のほんの一部を転換すれば、最高の脚本と最良の役者で、日曜から木曜日までの週5日(金土に放映しても翌日の学校/職場で共通の話題にならない)、4局のプライム・アワーを1時間づつ輪番で買い、1年トータルで24タイトルくらいの連続ドラマを放映させることなど雑作もありますまい。(1回分に1億円払ったとして260億円ですか?)
 そしてもうお分かりだと思いますが、この方法が定着するならば、NHKは要らないのです。政府広報や国会中継はインターネットでできます。科学啓蒙番組は1本2000万円もかかりません。
 渡部昇一先生も時折仰っているように、雑誌の世界では右対左の勝負はとっくについています。『正論』は九万部かそれ以上、刷られているはずです。これは総合雑誌の『現代』より多いのですから印象的な事態でしょう。(返本率も『諸君!』より高くなることはないようです。わたくしは諸君のレイアウトはキッチリと落ち着いていて好きですが、一般読者は、文字を薄い束に詰め込みすぎだと感じているかもしれません。)左の『論○』は、武士の情けで数字は書きませんけどもかつての『◆車●ガ■ン』と部数がほぼ同じであるようです。これはおどろくべきことで、『△座』は同じ予算をつかって電車の中吊り広告を「吊り誌」にでも変えて専ら大都市の通勤客に読んでもらうようにした方がはるかにプロパガンダの効率は高められると言えないでしょうか。なおこうした刷り部数のデータは、版元が公示する公称部数がまったくアテにならぬため、最近は印刷所の伝票のコピー証明付きの統計が出回るようになっているということです。(ちなみにウロ覚えですがピーク時の『TANK MAGAZINE』は八千部とかそのくらい刷っていたように記憶をします。)
 それでは北海道ではとっくに販売されなくなっている日刊新聞の『産経』はどうして振るわないのか? どうも、「今のままでイイ」と言われても大衆はぜんぜん安心できはしないという人間心理の機微が、中の偉いひとたちには分かっていなさそうですね。今のままではよくないというイライラがあるから、大衆は活字を見るのです。この人たちは後藤芳徳さんの本をぜんぶ読むか、さもなくば日本で売れ行きトップ4以内の週刊誌で数年間丁稚奉公した人材に幹部の座を明け渡すようにすべきでしょう。
 2005年の単行本のデータが出るのは来年ですが、おそらく新刊だけで8万点を越えているものと思います。週に1200点以上、新しい本が出つづけた。もう昔のような「書評」は、無効でしょう。「最初の10ページ書評」とかにするしかない。先日、家賃を払うついでに久々に立ち寄った書店でたまたま手にとれた新書の『黒字亡国』(三國陽夫著)は、多忙のため60ページ読んだところで中断しておりますけれども、これは有意義な示唆がされていると直感しましたので、一言書き込んでおきます。

『別冊正論』創刊号の予告。

 一月下旬売りだそうです。原稿はもう送っていて、一本は有人宇宙計画はどこの国のも国際「宣伝」が主なのだという話。もうひとつは、日本人が真珠湾攻撃を日本の侵略だった(自衛などではない)と認めないと、支那事変は蒋介石の侵略だとも言えなくなるし、シナの靖国攻撃もツボにはまりまくり続けるぜ---という、対米宣伝の基本スタンスについて深く論じたものです。(雑誌等に載るであろう予告タイトルは早々と編集者が考えるものでありますため、じっさいとは異なる場合があります。内容は以上の通りです。)

嗚呼、とうとうメジャーな存在に……!

 『諸君!』の2月号の特集のトップバッターに別宮先生が載っているではないですか(文藝春秋社の広告HPを見よ)。
 痛快です。

ゴーントレット試験の文化を欠く日本技術陣に宇宙服は作れない

 1977年以降、つまりソビエトの「サリュート6号」の打ち上げ以降の有人宇宙計画は、真の軍事競争をマスクするための、愚かな大衆向けの国際PR以外の意味は、ほぼなくなっています。
 ロケット&衛星事業では、軍事と民間の「相乗り」にはまずメリットはないのです。それが分かったので米国もシャトルを2010年で終了させるわけです。(この辺りの詳しい話を来年1月創刊の『別冊正論』でいきなりします。ヒマな人は読んでみてください。)

 それ以前のサリュート・ステーションには大型有人偵察衛星(そのオリジナル発想は米国の1963年のMOL有人軌道実験室計画で、これが結局無人化されてKH-9ビッグバードになった。シナの「神舟」はソ連が1992年に有人で飛ばす予定であったシャトルスキーの「ブラン」に対抗する宣伝計画であったが、いまのところはMOL→サリュートのステップを目指している)の意味もあったんですが、サリュート6以降のソ連の有人宇宙計画に軍事的な意味はありません。

 その切り替えのきっかけですが、1971年に開発予算がついて1979年に初配備が始まることになっていたトライデントSLBMシリーズの脅威(カリフォルニア沖から発射し、シベリアを横断してウラルのICBMサイロを先制破壊できる)が、ソ連では70年代半ばから正確に予期されていたわけです。その発射プラットフォームである新世代SSBNとコンビの航法システムであるところのナヴスターGPS衛星群(78年2月に一号機うちあげ)をどう開戦劈頭で撃破するかという課題を考えたときに、有人ではどうにも手が届かなかったからです。ソ連は77年10月に低軌道で衛星が衛星を破壊する実験を日本上空で成功させましたが、ナヴスターは高軌道すぎ、且つ、数も多すぎました(24機が周回し、他に数機が軌道上で待機)。開戦劈頭でそのうち20機近くを破壊してしまわなければトライデントを正確に発射されてしまい、何にもならぬわけです。

 ソ連は宇宙軍拡は以後はぜんぶ無人でやることにし、その裏でソユーズ&サリュート(のちにはミール)の「ソ連の友邦国の外人さんを一人づつ宇宙にご招待しますよ」というPRを1978年に大々的に始めます。ベトナム人やモンゴル人や有色キューバ人やインド人やフランス人が相次いでソ連の宇宙ステーションを観光しました。シナ人だけがいつまでも招待されませんでした。
 サリュート6打ち上げにやや遅れて81年にシャトルを就役させた米国は、まず日系三世のオニヅカを85年1月にシャトルに乗せて生還させ(オニヅカが爆死したのは翌年の別な打ち上げのとき)、続いて4月には上海生まれのシナ系米人Wangをスペースシャトルに搭乗せしめ、これも生還させました。そして西ドイツ人をかわきりに、外人乗客招待事業を始めます。米国政府も、シャトルの有人「招待」ミッションは研究でも開発でもなくて、「対外政治宣伝」の意味100%であることがよくわかっているのです(黒人搭乗はWangよりも遅い。また南北朝鮮人と中共のシナ人はこれまでソユーズでもシャトルでも宇宙に出ていない)。シナ人はこれをファビョるほど痛感して「神舟」を考えたのです。

 ところが日本人だけがこの意識がぜんぜんないんです。それが証拠に、オニヅカがWangより先に乗せてもらえたという米国の重大な政治的な配慮についてまったく感謝の気持ちがありませんでした。若田の宇宙遊泳にしても、いよいよシナが有人宇宙計画を本格スタートさせたので、そのシナ人よりも先にやらせておこうという「対支・対日」の宣伝政治なのです。またこの前はオーストラリア人が初めてシャトルに乗せてもらえました。これも、神舟計画にオーストラリア人が招待されるのに早々と先手を打ったものです。しかるに日本では「宇宙評論家」「軍事評論家」「外交評論家」のいずれも、そうした政治的な「呼吸」には気付けないのですから終わっているでしょう。

 そもそもソユーズは3人乗りで「お客」を一度に1人しか運べないのに比し、シャトルはお客を3~5名も乗せられますので、爆発事故直後の期間を除けば米側のPRが圧倒的に優位になります。そこでソ連も軍事的には何の得にもならないブランを開発することにし、それを見てシナも遂に我慢ができなくなったわけです。神舟という命名は、シャトルスキーを意識したものです。
 もちろん、90年にソユーズが日本のどうもパッとしないシナ風キャラの秋山氏をミールに連れて行き、91年にはこれまたシナ人とほとんど見分けがつかないアジア顔のカザフ人のアウバキロフをステーションにご招待したのも、北京を完全にファビョらせたことでしょう。つまりTBSが北京に「神舟」開発を決心させたのであるかもしれません(w)。
 また余談をしますと、神舟のハードウェア構成は米国の古い「ディスカバリー/コロナ」と類似であって、ソユーズの模倣ではないでしょう。雇われたロシア人技師は、基本的には書籍や博物館で公開されている米国技術をシナ人に教えたのでしょう。

 シャトルは2010年までに終わりますが、シナは2020年までに月面にシナ人を送ると言っています。これはおそらくフカシで終わると兵頭は見ておりますけれども、連結した「神舟」をシナ版ISSに仕立てて、そこに日本人以外のすべての「友邦」外人(最初はおそらくコリアン人)を順繰りに招待していくという大宣伝は2011年頃から展開する気なのでしょう。
 米国は、ISSを含め、有人宇宙計画に軍事上またはビジネス上の意味がないことがよくわかっていますが、このシナの宣伝を一方的に展開させておくわけにもいきませんので(なぜならアジア人が精神的にシナに支配されてしまう)、2018年に月面にまた行くなどと、仕方なくブチ上げているわけです。つまり「カナダ人と同様、ソユーズに乗らず米国に忠義だてをしているキミタチにはちゃんと舞台のチョイ役を用意するから、シナの一座には加わるなよ」という「政治」なのです。
 (カナダにはシャトルのアームをつくらせた。ニップには服でも作らせてみるか、どうせ採用できはしないが、要素技術がいただけそうだし……。)

 兵頭おもいますに、日本人は、同胞が宇宙空間に出ることを特に熱烈に望んではいません。ということは、シナの神舟ステーションによる宣伝は、日本人にはなんらこたえないでしょう。英国人は「意地(プライド)」から有人宇宙計画への無関心を演技しているように見えるのですが、日本人は本心から有人宇宙計画に無関心なのです。わたくしは、これは美徳ではないかと思っています。日本人に無理に有人宇宙計画への関心を抱かせる必要はありません。

 わたくしは旧軍と自衛隊の「防弾」技術の開発にいささか関心があって調べていた時期があります。その結果、理解しておりますことは、日本人には実戦的破壊テストの「センス」がありません。
 今の軌道上はデブリに満ちています。何が飛んできて宇宙服に命中するか知れないのです。その予め計算できないリスクを想像するには、マニアックなまでの過去の被弾例調査と、徹底した実装破壊テストを重ねていくしかないんですが、日本の技師やプロマネにはその「根気」と「想像力」はありません。試験秀才には無理な世界です。
 「日本人に軽量の宇宙服を開発させる」ことこそ、安全工学において、最もやってはならぬことでしょう。

予報。

 いつ発売なのか、よくわからないんですが、サピオの2006年1月5日号は要注目です。(今年中に店頭にならぶかもしれません。)

米国も正しい宣伝を始めた。

 『ナショナル・ジオグラフィック』誌2006年1月号が、西暦1900年から2005年までの国別死者スコアを掲載しました。
 そのダントツ一位は毛沢東下の3000万人となっており、正確にも、スターリン下のソ連の2000万人を上回っています。
 「北京コミンテルン」の認知は米東海岸においても間違いなくなされているように、最近は観察されます。

おかげさまで。

よーし、パパ、これからブログしちゃうぞ。
 でもその前に20日しめきりの『別冊正論』の原稿が2本もあるんじゃ~~!
 20日って、明日じゃねーかよ……。

テスト三回目。

どうも出ませんな。

なぜか表示されないのだが……

心配のしすぎではないのではないか。

試して合点

いきました。
 げんざい、あわててブログの入門者用新書を読んでおります。
 しかしこれから雪かきをするのでまた明日。

誤字の訂正とおわび

 今日、ピーター・パレットの『クラウゼヴィッツ』の文庫版の見本が中央公論社から届いたのですが、やべー、誤字があるぜ!
 兵頭の巻末解説の552頁のところ、「倣岸な」とあるのは「傲岸な」の誤りですので、この場でお詫びをして訂正しときます。
 言い訳をさせてください! 小生のワープロで「ごうがん」とひらがな入力して漢字変換しますと、なぜか「倣岸」になります。ハルク・ホーガンじゃねぇっつーの。皆さんのワープロは大丈夫ですかい? まあ、それをゲラで読み飛ばしてたのがマズいんですけども……。最近どうも目が悪くなっちゃって……。
 しかしこれもシナ人の手の込んだウィルス攻撃の成果だったりして……ンなことありましぇんてか。

地デジは来ない

 映画館で数百人が一斉に同じものを観る──この大衆的な楽しみを、数百万人規模に拡大したのが今のTVです。

 日本は米国やロシア等と違って国内に時差がありません。しかも新規放送局の許可枠がUHF時代やケーブル時代になっても不必要に統制的でした(それを利権に変えていたのが旧田中派郵政族)。
 地方局は中央キー局の系列として(しばしば同時刻に)同一コンテンツを放送するだけでした。

 つまり、真に多チャンネルを実現したCS局が増え、インターネットが普及した90年代後半まで、日本の大衆はかなり濃密に同じ電波で一斉に操縦されていたようなものだと言えるのです。毎日、数千万人が同時に同じものを視せられていた。

 これが近代自由主義にとって好ましい事態であったわけは無いですよね。戦後の呪縛は、寡占媒体である新聞とテレビとによってあざなわれていたでしょう。

 ポッド・キャスティングは、数千万人が(臨時ニュース以外の)同じものを同時に視るという戦後日本の病的風物を最終的に終わらせてくれると期待します。
 またもちろん、ことし有名になった株式投機家氏がもし「ITの今後」を本当に想像できる人物であったとしたら、既成テレビ局の買収などに最初から興味をもつことはなかったでしょう。
 「地上波デジタルTV放送」の全盛時代は、自由主義経済の国である日本には、来ません。


 ところで、日本財団というところが、他団体に対する支援チャンネルを持っていることはご存知のことと思いますが、問い合わせてみたところ、助成対象は「法人」のみだと判明しました。「法人格なき社団」は助成対象とはなりません。
 しかし年に一回、新聞で、助成を望む「公益・ボランティア」団体を公募しているそうです。「史料英訳会」は、たぶんこれには応募できるでしょう。わたくしは新聞をとっていないので、広報が出ましたら、どなたかお知らせください。
 なおまた、ネット上のみのボランティア活動でありますところの「篤志つうじ倶楽部」は、徹頭徹尾、手弁当主義で参る所存です。

懐かしい話など

 おととい、高田馬場のBIGBOX前のすこぶる行き届いたビジテルに泊まったんですが、この向かいの変な名前のビルの中には昔、「レーザー・クレー」の射場があったんです。これをやったことのある人はどのくらいいるのでしょうか。

 早稲田の大学院で江戸時代の朱子学研究について勉強している方から「朱熹のオリジナル・テキストでは言われていないようなことが、後世の朱子学批判者や祖述者によって創られ、それが世間に『朱子学』のイメージとして広まっている事例が少なからずあります。カギ括弧付きの『朱子学』を、本来の朱子学であるように語るのは学問的に軽率です」と、ご叱正を頂戴しました。
 まったく仰るとおりだと思いましたので、これからは兵頭はシナあるいは朝鮮の行動様式を「朱子学だから」と括ることはせず、「シナ人流の宣伝体質により」とでも言うようにしましょう。おそらく宋代以前からもうその宣伝体質はあったはずですからね。

 函館空港で除雪を待つ間に買って読んだ週刊新潮に「チャンネル桜」の水島社長についての記事が載っており『この書き方は半分、応援か?』と思っていたところ、もうちょっと深い「プロット」だったようで、驚いております。キャスターへのストーカー行為でクビにされたアシスタントの一スタジオ労働者が垂れ込んだ情報を元に社外のよくわからない独立ライターがまとめた記事と聞きました。有名人はこの程度の「加工中傷」には慣れなければいけませんが、ただの個人と違いますのは、弱小放送局といえども「総務省(旧郵政省)」から免許をうけ、銀行からは社長の公的信用で融資を受けて営業している立場であることです。週刊誌に放送事業者の中傷記事が載れば総務省の役人は「これは事実なのか?」と当人に問詰することになるでしょう。それは弱小放送事業者には良く効く打撃なのです。どうも記事と同時に総務省に「水島の記事について確かめなくてよいのか」という連携プレイの注進もなされたのではないかと疑います。「プロの工作」が行なわれたようだと直感しました。ちなみに週刊新潮といえども売れてナンボの競争商売であります。何かの立派なポリシーに編集部一丸で殉じているわけではありません。

 プロットといえば西村議員のその後がどうなっているのか良く分かりませんが、西村氏が逮捕されたのは小泉氏の胸中に「ふたたび総選挙→続投」という意思のぜんぜん無いことの現れだろうとも想像します。小泉氏はごじぶんが辞めたあとで西村氏の人気が出てきて、あとから成り上がった西村氏により過去の自分がさんざんにぶっ叩かれる(現在のハシモト氏やミヤザワ氏やナカソネ氏……etc. のようになる)という想像に、堪えることができなかったのだと思いますよ。

 HP「篤志つうじ倶楽部」に、新しいコーナーが増えます。
 一つは「この本を是非、抄訳&紹介すべきだ」という日本語によるリスト。過去にファンサイトの掲示板にご投稿くださった方々、お手数ですが、あらためまして、よく整理した情報を、こちらの方にお書き込みください。
 もうひとつは、良文献を日本語でかいつまんで紹介するコーナーです。これによって、要約作業と翻訳作業を1人で兼業するのではなくて、分業することが可能になるでしょう。

リンクはご自由にどうぞ。

 リンクがゼロなのでグーグルで検索しても「篤志つうじ倶楽部」が出てこないという苦情を頂戴しました。
 すいません。
 HP「篤志つうじ倶楽部」は、リンク・フリーです。
 その際、リンクの通知等はいっさいご無用です。どんどん張ってください。
 よろしくお引き立ての程を。

ていせい。

 JRの湘南新宿ラインと埼京線(この2つはつながっているらしい)は、新宿と池袋の間はノンストップだそうです。
 つまり高田馬場駅は通過してしまうのだそうです。
 やはり地方から東京に出て行くのは無理なのか……。

地方の方へお知らせ

 かねて広報がなされておりますように、12月13日(火曜日)の夕方16時台(午後4時台)から18時ころにかけまして、東京都内の高田馬場[たかだのばば]というところで兵頭が講演をいたします。

 このたびの「篤志つうじ倶楽部」や「史料英訳会」の趣旨につきましても、ご説明をさせていただこうと思っております。

 高田馬場には、横浜方面からは「JR湘南新宿ライン」、大宮方面からは「JR埼京線」、西船橋方面からは「営団地下鉄東西線」が、それぞれ直通しています。

 もちろん、JRの品川駅、東京駅、秋葉原駅、上野駅、西日暮里駅、池袋駅、新宿駅、渋谷駅、目黒駅などから「JR山手線」に乗ってしまえば、どちら回りでも、45分以内でかならずたどりつけます。

 電車およびバスは夜遅くまで各主要駅方面へ頻発していますので、帰りの交通機関の心配は、あまりありません。

 会場ですが、早稲田大学の大隈講堂[おおくま・こうどう]という講堂です。周辺は都市部の市街地ですので、この講堂を、遠くから目で探すことはできないでしょう。これまでそこに一度も行ったことのない方は、高田馬場の駅前からタクシーを使うのが、迷うことなく、早いです。

 会場の講堂は一般道路に面しており、早稲田の学生でない一般の人も、老若年齢に関係なく、ぶらりと立ち寄ることができます。当日は入場無料です。遅く入場されますと、講演そのものは終わって、質疑応答の時間に入っていると思います。

ワン・スクールの私立小学校はなぜありえない?

 日本は朱子学儒教圏ではないのが真の救いですけれども、学習塾の流行という点では某半島と同じであるのが後進国的で暗い現実といえるのではないでしょうか。児童が私塾に通っているのなら、小学校の相当学課授業は融通単位で全欠席が認められても良いはずですし、私立小学校がある地域には、そもそも進学塾は必要がないはずなのです。
 どこか、文科省の役人の決めている制度が、不合理で不自由なのではありますまいか。
 某韓国では宿題がどっちゃり出る代わりに夜中の10時まで学校の中に残って有料で補習を受けることができるようになっている小学校もあるようです。なぜ日本の私立小学校でこれができないのでしょうか?
 某米国では小学生用に家庭教師は普通にいますが塾は例外的のようです。それで米国の複数の最高レベルの大学では日本の東大以上の水準を実現しており、毎年ノーベル賞の受賞者を出していることを、わたしたちはどう考えるべきでしょうか。

せんでんせん

 ──山本五十六は、「20ミリ機銃」に執着するあまり、けっきょく「三国同盟」を承認したのではないか? その点では米内とは大いに違う立場ではなかったのではないか? ──といった大きな疑問をもしお持ちの読者がいたら、是非『パールハーバーの真実』の文庫版をお買い求めください。
 三国同盟を陸海軍人に必要視させた最大の理由は、「アメリカから買えなくなった航空機の設計および量産に関連した諸技術をドイツから買えること」です。山下ミッションの山下が山本とこの点について語らった史料が出てこないか、それが気になっていますが、どうも出てきません。
 山本(明治17年生まれ)も山下(18年生まれ)も東條(17年)も、「航空本部長」を無事つとめた上で、首相レースに臨もうとしていました。米内(明治13年生まれ)はそうではありません。この、たった4年の違いは、とても大きな違いだったのです。
 『パールハーバーの真実』は、げんざい、書店の文庫本コーナーにあります。版元はPHPです。

よい博奕だったミッドウェー海戦

 源田實は、「日本の空母は6隻まとめて運用することで、艦隊上空の戦闘機による直掩が成り立つ」と、真珠湾の前から結論を出していました。
 それにもかかわらずなぜ山本五十六はアリューシャン作戦(ダッチハーバー空襲)に軽空母の『龍驤』と『隼鷹』を分派してしまったのか? つまり、珊瑚海で損傷した5航戦(『翔鶴』『瑞鶴』)の穴埋めに『龍驤』『隼鷹』を同道させてやるのが「集中の原則」に最も適っていただろうに……というわけです。
 この疑問には海軍人も誰も答えておらず、戦後の評論家は「愚かな失策」だと決め付けます。

 しかしさいきん兵頭は、これは愚かではなく、考え抜かれた必然の選択だったと思うようになりました。山本はおそらく日本海軍の通信がぜんぶ解析されていることをMI海戦のずっと前から知っていたのでしょう。もし6隻まとめてMI方面に押し出していけば、数で劣勢の敵は勝てないと察知して逃げてしまい、またしても「決戦的海戦」には応じてはくれないことになるだろう、と山本は正しくも判断したのでしょう。

 1944年になれば『エセックス』級が続々と就役してくることは、1941年末時点の日本のオタク少年たちですら月刊『航空朝日』などを読んでよく知っていたことです。また、珊瑚海海戦は「日本の戦術的勝利」などといわれますが、もともとパイロット数の分母が米国に比べて桁違いに少なく(だいたい自動車の運転をできる奴がいない)、しかも日本の参謀本部と軍令部は第一次大戦後も「日本の戦争=短期戦勝利」と考えてきましたから、たった数十人のベテランパイロットの損害は、それだけで日本海軍全体にびっこをひかせるに十分だったのです。つまり、もし珊瑚海式の「戦術的勝利」をあと1、2回も繰り返したら、日本海軍は1944年を待たずして、ベテランパイロットをリカバー不能なまでに減らされ、「決戦」の能力を喪失していたはずなのでした。
 海軍に対米戦勝利の可能性がなくなるということは、日本の戦争指導は爾後は陸軍だけがとりしきるということになります。それは昭和天皇が皇室の滅亡につながるとして最も怖れた「対ソ戦」の開始を意味していました。海軍と天皇は「陸軍に対ソ戦を始めさせない」という一点では終始「共闘」していたと思います。

 だから山本には急ぐ理由がありました。
 『龍驤』と『隼鷹』を北方に送り出したのは、米軍の信号分析チームに対して「日本は『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』の4空母だけでMI海面まで出て行く。おまえたちには2隻か3隻の空母でわれわれを阻止できるチャンスがあるだろう。もし邀撃をしないで退避すれば、ミッドウェー島はいただく」と知らせたのです。

 ですから、MI上陸部隊を連れて行ったこと、MI島爆撃をしたことが間違いだという後世の評論家の方が間違いです。このスキームでなければ、敵はわざわざ不利で不必要な決戦に応ずる必要はないわけです。彼らは1942年2月〜3月の、ウォッゼ、クェゼリン、マキン、ヤルート、ウェーク、南鳥島、ラエ、サラモア空襲のようなヒットエンドランを続けながら1944年を待てばよかったからです。このヒットエンドランでは、いずれも日本軍は米空母を捕捉できませんでした。会戦するかしないかのイニシアチブは、米軍にあったのです。
 しかしハワイに近いミッドウェー島を占領されることは、彼らは座視できません。

 こうして3隻の敵空母が決戦海域に誘い出されたのです。山本の博奕は大成功しましたが、南雲の魚雷主義は失敗しました。
 以上は、現在書店に並んでいる兵頭二十八著『パールハーバーの真実』(PHP文庫)を御買い求めになりますれば、より一層理解が進むでしょう。

 ところで18世紀にできた合衆国憲法案には「遡及処罰法 ex post facto law は制定してはならない」(1条第9節3項)と明記されていました。200年以上前から近代市民法の常識であることが、朱子学的世界、すなわちシナや韓国の政府および議会には、永久に分かるつもりもないということが推知されます。

 合衆国憲法案には反逆罪も規定されています。すなわち合衆国に対する反逆罪を攻勢するのは「敵に援助および助言を与えてこれ(合衆国に対する戦い)に加担する行為」だとしてありました。これを犯した者に対する罰が、古い英国の刑罰である「血統汚損 corruption of blood」です。具体的には、その人一代の財産が没収 forfeiture され、その人には相続権も被相続もなくなり、すべての地位が奪われます。この規定は英国では1870年に廃止されましたが、多くの国の不文の掟として、反逆罪を犯した者の子孫は「将校」にはなれません。

200年前から変わらない格差

 大衆がもし大衆として理性を発揮できる存在であるならば、大衆による「議会」が一つあればよかろう。政府や裁判所も、議会の言うなりに仕事をしていれば、それが国民の福祉にいちばん適うじゃないか──。
 こういう単純素朴な“民主主義”をもし実施すれば、それはすぐにも自己破滅的な恐怖政治や独裁政治に変貌するのは歴史的に疑いないことだと、口を酸っぱくしてニューヨークのローカル新聞紙上で力説しましたのが、ジェイムズ・マディソン(1751〜1836)とアレグザンダー・ハミルトン(1755〜 1804)とジョン・ジェイ(1745〜1829)の三人です。

 彼らの85度におよぶ匿名新聞投稿を一冊にまとめた『ザ・フェデラリスト』(1788)は、英国から独立を果たしたものの、まだ「合衆国」をつくるのには必ずしも積極的でなく、てんでバラバラに暮らしていた東部13国(ステイツ)を、新しく選んだたった一人の大統領の下に「連邦」として束ねるための、決定的な説得となりました。
 つまり、この3人の自由言論が「アメリカ」という超大国を創ったといっても過言ではないわけです。

 マディソンらは、人間は天使ではないので、議会に最高権力を与えたままでは、議会は必ず暴走するだろう、と、古代ギリシャ・ローマ時代から18世紀に至るヨーロッパの民主政治の長い実験例をふまえて、警告しました。
 ではどうすれば良いか?
 かつて、モンテスキューも考え抜いたように、議会の暴走を食い止められるだけの権力を、「行政首長」(アメリカの場合は大統領)と「司法」(最高裁判所)にも与えることです。
 かくして、米国大統領には、議会が満場一致で可決した法案をも拒否する権能が与えられ、また最高裁判所は、議会の立法が違憲である場合はそれが無効であるとすぐに確認できるようにもなっている。もちろん大統領だって議会がつくる法律に従って行政する以外にはなく、自身も4年毎の選挙で選ばれるのですから、一から十まで議会に逆らってばかりはいられませんが、この拒否権によって、議会の暴走や議会の独裁は防がれてきたわけです。

 建国以来、今日まで、米国人にとって『ザ・フェデラリスト』は「憲法解義」のようなもので、いやしくも政治家をこころざす者にとっての初等読本になっているようです。州知事と州議会の関係にも『ザ・フェデラリスト』の教えがよく反映されています。たとえばもし今、カリフォルニア州議会で、北京コミンテルンの奨励する反日捏造教科書を州のすべての学校の授業で使えという議員が数の上で優勢になったとしましても、シュワルツェネガー知事の一声で、そんな州法が可決されることはありません。
 そしてもし、得体の知れない外国人に「人権」についての捜査権と裁判権の両方を与えるなどというトンデモ法案が州議会や連邦議会を通過することがあれば、首長はそれを当然のように拒否するでしょうし、裁判所もすぐに違憲認定(三権分立違反と、行政の責任者は常に一人でなければならないという建国の原則への違反)を宣告することになるでしょう。

 米国憲法は制定されてから210年以上機能しています。これに比べて明治憲法をせっかく作りながら外国軍がそれを一夜にして廃棄するのを全員一致で傍観してしまった日本人の基礎教養は、確かに100年以上のハンデがあるかもしれないと考えざるを得ません。近時話題の「人権ナントカ法案/条例案」なるものの内容は、合衆国では「ありえない」のです。あれで日本の“民主主義教育”のレベルの低さは世界に宣伝されたようなもので、誰もシナ人を哂えません。
 ちなみに『ザ・フェデラリスト』の抄訳が岩波文庫になったのがやっと1999年であるというのも、驚くべきことではないでしょうか。これほど重要な古典でありながら、完訳の文庫は、未だ存在しません。

 『ザ・フェデラリスト』は、「必要最小限度の防衛力」などという考えを最初から否定していました。ジェイいわく、「戦争には正当な理由とともに、虚構の理由もある」。だから国家は他国の軽侮を招かないことが大事だ。国家の常備軍がなかったり、地方が独立して分裂していては、海外の列強の軽侮を招くことになるのです。
 さらにハミルトンいわく、「国家存亡の危機について、その範囲や種類をあらかじめ予測し定義することは不可能であり、かつまた危機を克服するに必要と思われる手段について、そのしかるべき範囲や種類をあらかじめ予測し定義しておくことは不可能」だと。
 よって、およそ国民の安全を脅かすいかなる事態にも応じうるようにするため、「社会の防衛と保護のための権能については、その有効適切な措置に必要ないっさいの事柄──つまり、国家的軍隊の建設・統帥・維持に必要ないっさいの事柄に関しては、制約があってはならない」。
 要するにマッカーサーは米国憲法に違反する精神を極東に押し付けようとしたのでしょう。そして、そういう真実を指摘してはならぬぞというGHQ指令が、講和後までも東大法学部を中心に伝承されてきたので、すべての出版社が『ザ・フェデラリスト』の訳出を1990年代まで先送りにしたのでしょう。

 独立戦争の経験は、民兵は正規兵に敵し得ないという現実を教えました。「戦争は、他の事柄と同様、勤勉によって、忍耐によって、時間によって、訓練によって、はじめて習得され、完成される一つの科学」です。米国13州は「コンチネンタル・アーミー」という正規軍を臨時に編成して、かろうじて敗北を免れました。
 コンチネンタル・アーミーは1783年に解散されたのですが、『ザ・フェデラリスト』は、平時に軍隊を募集できないなら、侵略が現実化するまで準備ができないではないか。そんな憲法はあるものではない、と訴えます。
 当時の13州の人口はインディアン(課税対象外だった)をのぞいて300万人でした。ヨーロッパでは一国の常備軍は全人口の100分の一、もしくは武器を使える人数の25分の一をこえないので、合衆国がもつとすれば25000人〜3万人になる。これに対して、州政府は数十万人の市民に武装させることもできるから、連邦軍を手にした連邦政府がヨーロッパ流の中央集権的な専制統治を敷くおそれもありませんよ、と『ザ・フェデラリスト』は述べています。

 なぜ行政は「大統領」というたった一人の男によって担任されなければならないか?
 常に一人のトップが責任者として世間に曝されているようにしないと、世間は行政について不満があるときにいったい誰を非難してよいのかが分からない。それが最もいけないのだ、と『ザ・フェデラリスト』は断言します。
 公人や公共機関は、合法だが非難さるべき行為を働くことがよくあります。それを世間がチェックできるようにするには、責任者はたった一人でなければなりません。「行政権は、それが単一であるときこそ、限定される」。
 権力が一人の人間の掌中に帰する場合には、彼はまさしく一人であるという理由のために、厳重に監視され、すぐに疑われ、しかも、他の有力者数人と共謀協働しているときほどの圧倒的な支配力をふるうこともできないでしょう。
 米国の戦時統制経済がうまくいったのも、in charge な人物、つまり権力と責任とを併せ持つたった一人の命令者を、要所に任命したからです。それもまた、米国憲法の精神に準拠していたのです。

 今日は12月8日ですが、『ザ・フェデラリスト』の中には「開戦を正式に宣告するという儀式は、最近実施されなくなっている」という記述もあります。

チラ裏魂もってるかい?

 また、要らない仕事をどんどん増やして自己利権の増殖の好機にしようと役人たちが策動してますが、「ビルが倒壊したり、倒壊しそうであることを理由として入居者や隣接住民が退去等を余儀なくされた場合には、保険会社が保険金を支払う」「その保険料はビルのオーナーが納める」という制度にしておけば、民間の保険会社が入念に構造安全度を審査するわけですよ。
 大震災でも倒れないビルは事実上の保険料はゼロ円に近いでしょう。逆に震度5で倒れそうなビルはベラボーな保険料が必要となりますから、「異常に安い、危険なマンション」はありえないことになるでしょう。
 悪質な保険会社は市場原理で駆逐されるでしょう。一回地震が来れば厭でもそうなります。入居者も前もって保険会社の信用力に留意するでしょう。
 高層ビルがもし崩れれば、迷惑は必然的に周辺に及ぶわけです。したがって建蔽率に反比例して、ビルのオーナー(部屋を買った者も含む)には社会に対する責任が発生して当然です。
 このように制度を工夫すれば、しょせん責任を取るつもりのない役人たちに仕事を任せる必要などありません。役人に頼れば、二重、三重にわたしたちの税金が無駄になるだけでしょう。

 嬉しいニュースがあります。「史料英訳会」の先行日本語版HPは、朱さんのサーバーを借り、近々オープンできそうです。また「篤志つうじ倶楽部」のコンテンツの方も続々と増える見込みです。あのアマチュアっぽさが良いんですよね。頑張りましょう。

チラ裏はどこまで続くのか【それも朝から】

 よく不祥事が発覚いたしますと、テレビ局の報道クルーが「渦中の人」の出勤時を捉えまして、駐車場から勤め先ビルの玄関入り口までのわずかな間、「突撃&喰らいつきインタビュー」が試みられます。「○○さんですよね。談合は本当にしていたんですか!?」……なんてね。

 たいていの「被疑者」氏は無言のまま、困った表情を浮かべつつ、できるだけ足早に歩き過ぎて、その「晒らされ」状況から逃れ去ろうと焦ります。インタビュアーもわざとらしく息を切らして小走りに追いすがる。それをカメラが重ねて撮って行く、揺れたフレームの映像が、非日常的な切迫感・臨場感を茶の間へ伝えてくれます。

 ところで、これがもし、性格の非常にひねくれたテレビ好きの人物だったら、どうするであろうか。
 「○○さんですね。談合は本当にしていたんですか!?」──と突然横あいから声。そして指向性マイクが突き出される。インタビュアーの背後にはカメラマンとバッテリー持ちも見える。出勤予定のオフィスの表口まではあと50mの距離がある。
 その瞬間、男は急に歩度を落とす。

 一歩約70センチの歩幅は変えないが、その一歩を踏み替えるのに、たっぷり4秒ぐらいづつもかけるのだ。無名戦士の墓を警護する衛兵の動哨よりもゆっくりとである。手の振りは、あくまでナチュラルに足の動きに合わせる。だからロボット風マネキンのぎこちなさはない。表情は固い。そして、何を聞かれても「無言」……。

 どうせインタビュアーは2段階くらいの「問い詰め」の言葉しか、あらかじめ考えてきていない。
 だから、一歩に4秒もかけられると、ご当人が3歩も進まないうちに、第三、第四の「問い詰め」を発せねば間がもたなくなり、もし同じ言葉をくりかえせば、とても間抜けに見えるだろう。
 しかも50m先の玄関に消えるまで、たっぷり280秒、あと4分半ははかかる計算である。
 インタビュアーは、この己れの無能が全国の茶の間に無様に曝されかねぬ絶体絶命のピンチを、いかにして乗り切るであろうか……?

 このいやがらせは一発目は有効だろうが、翌日、もう一回やってみせると、危ない。こんどは彼は有名人になっているので、「あっ、あそこでまたやってるぞ」と見物人が蝟集してくる。また、人気に便乗した他の局のクルーも合同で彼を取り囲むこととなるだろう。
 すると群集心理でインタビュアーは次第に意味もなく強気になり、激昂し、怒号し、怒漲し[これはしてはならない]、テレビの中継では言ってはならないような罵言を浴びせるようになる。「死刑だ死刑!」「こっちだって寝てないよ!」「豊○商事を覚えとらんのかこの糞ガキゃワレ!」「人が死んでんねんでん腸捻転やでん!〔※どこの人ですか?〕」……と、本当に殴りかかっていき兼ねない。嗚呼、街道でイク。マスコミも時に墓穴を掘るという、諸刃の剣のお話ですた。

地方書店でも

 今日あたり文庫の棚にPHP ひ-24-1『パールハーバーの真実』(680円)が置かれているだろうと思います。
 また、巻末解説を書いた中公文庫の『クラウゼヴィッツ』は、12月17日以降ではないかと思いますが、ハッキリしましたらまたお知らせします。

 それから、鎖帷子剣士さまのご周旋により、タウンゼントの『暗黒大陸中国の真実』と『アメリカはアジアに介入するな!』の訳者であられる田中秀雄先生から、原文のコピーを借覧できる目処が立ちました。
 両先生、どうもありがとうございます。

 1933刊の『暗黒大陸』は米国で1997にバーンズレビュー社から再刊されているので、やはり原文のアップロードをすれば触法することも確認できました。
 『アメリカはアジア〜』は、タウンゼントが自費出版した冊子を中心に、タウンゼントによる複数のテキストを編合し、訳されたもので、現在のオリジナルの著作権保有者は不明であるそうです。
 この2冊の英文サマリーを「篤志つうじ倶楽部」のためにボランティアで書いてくださる方はLO-01氏までご連絡ください。なお、サマリーは非常に短いものでも結構です。

チラ裏日曜版──なあに、反日免疫力がついて、心配のしなさすぎではないか。

 クリミア戦争から第一次大戦まで、戦争と革命を焚き付けたメディアは新聞(パンフレット)でした。戦間期は新聞とラジオと映画です。第二次大戦後はテレビが取って代わりますが、焚き付ける効果と同時にインドシナやソマリアから米軍だけ撤退させる影響力も発揮しました。
 テキスト系やオーディオ系のメディアの場合、真に効いた工作は、自国民の文言が自国民に向けて発せられたときです。隣国のアナウンサーの絶叫に感応して祖国を裏切ろうという気になる住民集団は、ほとんどいません。尤も、すでに祖国を裏切っても良いという気になっているマージナルな個人に海外から語りかけるラジオ工作は有効です。が、それをやったら必ずジャミングをかけられますし、外交問題にもなります。
 そこで、対外工作の基本は、「現地人を雇ってそいつにやらせろ」となりました。戦前、モスクワ・コミンテルンが日本国内で雇ったのが、尾崎秀実その他でした。今日、NYTが反日記事を載せたいと思ったら、朝日新聞社の記者を雇わねばなりません。ただし編集デスクにおいて、東京から入稿された英文にリライトをかけているのではないかと思います。あの新渡戸稲造ですら、ネイティヴの妻が英文をリライトしてくれていたので、その発言内容が米国のインテリ層にうまく受け入れられたのです。
 現地人をパッケージの製作段階で密接な協力者として雇う必要がなく、それでありながら外国に持ち込んで通用させ易いメディア工作の有力なものが「テレビで放映される番組」です。米国のようにケーブルで多チャンネル化が進んだ国でも、人気映画や高視聴率ドラマはやはり「大勢の人が同時に視る」ことになります。これこそ大衆が最も満足する体験です。まして日本のようにチャンネル選択幅の狭い国では、連続ドラマを放映させることが強力な宣伝になります。
 その代わりの難点として、宣伝教化媒体としてのTVドラマや映画には、もし真に宣伝したいイデオロギーを直截的に盛り込むと、テキメンに娯楽的でなくなってしまい、大衆が悦ばなくなるという特性があります。そこをさりげなく処理していくテクニックは、ハリウッド以外では未だどこも完成の域には達していません。

書誌データ等を英語で表記するときのしきたり

 一般に、以下のような略号は、よく使われます。

n頁を中心に至るところに────pp.n-n et Passim

匿名──────────────anon.

ペンネームと併記する実名────〔  〕で囲む

その他4人以上の著者あり────et al.

刊行年不明───────────n.d.

推定──────────────〔○○○?〕

ママ──────────────sic.

複製版─────────────fac.


…………なお、関係ないのですが、本日あたり書店の文庫の棚のPHPのところに『パールハーバーの真実』文庫版が並びます。
 税別定価¥648- と思います。

情報収集要請(敵の海外工作活動の痕跡を洗うお!)

 篤志つうじ倶楽部が立ち上がりましたが、英文ホワイトプロパガンダ活動のネット結節点として、敵による工作の基本情報の集積もして参りたいと思います。

 「特定アジア発のブラック・プロパガンダを真に受けて欧米メディアが取り上げたと疑われる新聞記事、雑誌記事、報道特番映像などの要約情報」を、篤志つうじ倶楽部HPの適当な場所に集積してください。

 その際、すくなくとも「何年何月何日」の「何という媒体」であるのかはハッキリさせましょう。「何という記事タイトル」で「何という記者」によるものか、まで分かれば信頼度の高いデータベースになります。

 日本人の倶楽部員が検索をしやすくするために情報内容は日本語で要約し、欧語原文の一部を引用しておいて下さると、いよいよ便利かと思います。

 このデータベースが充実すれば、日本の言論人も、篤志つうじ倶楽部のHPを参照することで、いちいち具体例を挙げつつ敵の欧語工作について警鐘を鳴らす記事を、簡単に書くことができるでしょう。

 内外同胞有志のご協力をお願いします。なお、このデータベースのことは来年売りの雑誌『SAPIO』で広報しようと思っています。みなさまには年末でご多端の折と存じますが、なにとぞ一臂のお力をお貸しください。

ネット活動 << 篤志つうじ倶楽部 >> がスタート

 この度、「史料英訳会(仮)」の「醵金あつめ→プロ翻訳家が有料でまるごと1冊づつ英訳」のスキームとはまったく別に、「ボランティアが勝手に英文サマリーを書く→それをHPに集積し公開する→訳文に問題があれば公開的に指摘し、公開的に修整を進めていく」というスキームを立ち上げました。

 これからホワイトプロパガンダの役に立つ英文サマリーを書いた方は、篤志つうじ倶楽部のHPにご投稿ください。(ファンサイトの掲示板にご投稿を下さった「666」様も、お手数ですが、あためて重投を願い上げます。)

篤志つうじ倶楽部のホームページ
http://hoaj.minidns.net:81/homet.htm

篤志つうじ倶楽部の掲示板
http://hoaj.minidns.net:81/flexbbs/forumup3/forumup.cgi

以上は「南島」さんのホームページからもリンクしている筈です。

 まだ工事中の部分があり、不具合もあり得るかと思いますが、おいおい修整して参りますので、宜しくお願い申し上げます。

 篤志つうじ倶楽部の性格について、ご説明申し上げます。

 12月中に発足予定の「史料英訳会(仮)」は、「法人格なき社団」で、会の代表(加瀬英明氏内定)がいて、会の印鑑をつくり、東京都内に会の住所があり、会の口座があり(正式発足後)、会の定款(現在細部検討中)があり、定期決算報告が行なわれ、会員になるには入会金も必要です。

 他方、本日(2005年12月1日)スタートの「篤志つうじ倶楽部」は、あくまでインターネット上のボランティア活動です。運動の音頭を取っている兵頭と管理人の「南島」氏は、定期的に連絡し合い、倶楽部の運動方向を誘導しますが、NPO団体として実体のあるものではありません。

 篤志つうじ倶楽部と、史料英訳会は、法的にも、運営の上でも、意思決定のルールでも、互いにまったく独立です。ただホワイトプロパガンダの目的だけは共有しているのです。

 篤志つうじ倶楽部は、兵頭や「南島」さんも含めて、全員がボランティアです。金銭の寄付は一切受け取りませんし、入会金なども徴集しません(これに関する詐欺等にご注意ください)。篤志つうじ倶楽部のHPには、どなたでも無料でアクセスし、寄稿し、意見を投書することができます。