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有意義だった熊本視察

 今回の訪問で新風の選挙用レトリックの弱点を把握することができた。ポスターと地方区の選挙カーの録音はもう間に合わぬが、比例区用のテープはギリギリ間に合うようだから、さしでがましいけれども、テープ原稿の校正意見を魚谷さんに伝えた。
 続いて、うぐいす嬢用のアドリブ挿入原稿も考えたい。

 熊本県本部のスタッフの方に、金峰山のふもとの曹洞宗雲巌禅寺の霊巌洞に案内していただいた。持参の磁石で、洞窟の開口部の方位は南西もしくは西南西向きであることを確かめた。思ったよりずっと小さな寺だった。信州の戸隠神社のようなスペース感と想像していたのだが……。閑雅を得たら、また『五輪書』序文の意味を再考したい。

 熊本市内の「四時軒」に保存されている、横井小楠が暗殺された折に敵の攻撃を3太刀まで防いだ懐剣の実物(刃部でモロにうけとめた状態がまざまざと残っている)は、剣技に興味のある者なら必見。(本物に間違いなくば)実物史料として重文級ではないか。

 25日配信の「読書余論」は衝撃を与えたと思う。米国の東アジア戦略は時々刻々に変わるようなものではなく、選挙後の北鮮問題の展開も予測容易なのだ。

御礼一号。

ネット ゲリラ 潜水艦 で検索できるブログさま、わざわざ転載して下さり、まことに辱う存じます。
「日本エロ本史」の企画案がしかるべき版元の目にとまりますよう、祈り上げます。

謹んで媒体を公募いたします。

 あたらしいマッカーサー伝を書きたいと思っております。ただし、この企画は雑誌連載でないと成り立たないと思いますので、下記のように媒体を公募し、応ずる声が皆無ならば、企画そのものを無期延期します。

○執筆の狙い:
 戦後62年になりますが、いまだに日米関係は尋常妥当であるようには見えません。その原因は人々の憲法無知にあり、さらにその原因の一つには、古い世代の戦後左翼から戦後保守までに共通する「マッカーサーの神格化」があるのではないでしょうか。
 一例に挙げて恐縮ですが、渡部昇一先生のマッカーサーの神格化も、困ったものだと思うのです。
 愚生の思いますところ、ダグラス・マッカーサーは、非アメリカ的な異常な人生観をもっていたのであって、それを自己演出の才能でごまかしていました。戦場指揮官として凡庸であり、マネージャーとして有能でした。まさにその故に、フィリピン人と日本人と朝鮮人の支配者としては適任ではないかと、米国東部人からは見積もられていたのです。「マッカーサー、イコール、アメリカ」ではありません!
 日本人を特異的に良好に支配できたマックの立場に、一度なりきってみることにより、尋常妥当でない憲法と、尋常妥当でない対米関係を、クールに観察できる視力を、わたしたちは獲得できるでしょう。

○雑誌連載でないと困る理由:
 これまで愚生はあらゆるテーマを「単発書き下ろし」で追求してきましたが、1歳児を抱える家計の維持という最近の免れ難い任務から、取材に手間のかかる、この重いテーマに限っては、雑誌連載形式でないと、とうてい完遂不能――と予見しております。

○希望する媒体:
 特にありませんが、月刊ですといちばん助かります。アカ系でも宗教系でも朝鮮系でも「無問題」です。破格の稿料をいただけます場合は、愚生じしんが転向入信or顧問就任するかも……! ご連絡は、管理人さん経由で。


 ……という世知辛い話のあとで、雑談に移りましょう。
 S51刊の『最後の参謀総長 梅津美治郎』によると、二・二六事件で刑死した将校の遺家族が窮乏してその日暮らしをしているのを、昭和13年に石丸志都麿・予備少将(S6待命)が救済してやろうと運動したのだそうです。陸軍省では、天皇と世間に誤解を与えかねないというのでこれに関与することを渋りましたが、けっきょく今村均(兵務局長)が次のような方策をまとめてやったといいます。
 すなわち、遺家族のうち、10歳以下の男子を徴兵保険、女子を嫁入保険、さらに40歳以上の人々を養老保険に入れ、その掛金は陸軍省が一括払いし、保険証書を各家庭に贈呈する。もしも家族が至急に現金を必要とするときには、証書を担保として、保険会社から低利で借金ができるという特約もあったんだそうです。

 この逸話には、これから最も市場で歓迎されそうな現代の金融商品のヒントが隠れているような気がします。
 また、おびただしい資産を退蔵させている団塊世代から、より消費性向の強い若い世代に、途中で贈与税を抜かれないように「遺産」を「安心(綜合保険)」に転換して移転(生前継承)させてやるという便法は、もっと私企業によって研究され、また国によって奨励されるべきではないのかと思いました。

上甲板がない構造の舟で日本海を渡るのは自殺と同義

 海上自衛隊・函館基地隊(主幹は第45掃海隊)の浮遊機雷の処分のピークは1955年であった。朝鮮戦争でウラジオストックを防御するために仕掛けられたソ連製触発機雷の係維索が切れて浮遊化したものの中には、津軽海峡を抜けて、苫小牧まで流れ着いたものすらあったのである。
 1951年5月から1953年3月まで、日本海から太平洋に常に流れている潮流に乗って次々に入ってくるソ連の浮遊機雷を、目視で避けて走る必要から、すべての青函連絡船は、日没から日の出まで、運航が停止されていた。
 (もっと詳しい情報は、隔月刊の『北の発言』のバックナンバーの兵頭記事を見れば、載っているだろう。)

 つまり、ウラジオに近い北鮮の東海岸から何かを漂流させたとき、それが青森に漂着する場合があることは、別段、不思議なことではない。
 もちろん、ボロ船に人間が乗って沖に出て、その人間が生きたまま無事に日本まで辿り着ける確率は、日本海がおだやかになる夏季であっても、ごく低いだろう。そんなマネが確実にできるくらいなら、とっくに何千雙ものタライ船が、日本を目指して脱出してきているはずだ。

 今回の漂着事件は、北鮮軍にまた一つのヒントを与えてしまった。――乾舷高をギリギリに低くした木造ボロ舟の舟底に、海面上からは視認できぬように、航続力の大な低速の小型船外機をとりつけて、青森県または秋田県沖まで、漂流木同然のスピードで到達する。海保ではこれに注意することはとてもできぬ。そして、海の深いところで、特殊船外機は切り離し、海底へ投棄してしまう。かくしてどこから見ても真のボロ舟の姿となって、あとは手漕ぎで、海岸に達着。もし海岸に日本の警察の有力な部隊が待ち構えているようであれば、脱北難民を装う。さもないときは、コマンドー部隊のミッションを継続し、白神山地~八甲田を夜間に縦走して、三沢もしくは六ヶ所村に向かう……。

 漂着鮮人のためにわざわざ裏日本に迎賓館を建ててもてなす必要は無論ない。なかんずく東北地方の良いところは、シナ人や朝鮮人などがうろついていれば、すぐに分かるというローカル性にある。特亜人収容所などを造ったらその地域の長所は失われてしまう。よろしく旧式軍艦の船倉に留置し、そこから韓国政府さしまわしの伝馬船に移乗させるようにはかることだ。

 北鮮にいくらボロ舟があろうと、港や海岸は自国警察と密告隣組によって厳重に監視されており、地元漁民でもない者がおいそれと漕ぎ出せるような環境ではない。それより気になるのは現今の同地における「櫓」の普及度だ。船外機の普及で、櫓漕ぎの技能など廃れてしまっているようであれば、ますます、生きたまま日本まで到着できる確率は微小である。

ミアシャイマー教授の間違い

 訳書『大国政治の悲劇』へのコメントは、6月25日配信の「読書余論」(有料)の中でする予定だ。
 ここでは一点だけ……。
 教授は宣言している。リアリスト理論では、各国の内部の構造は捨象されると。外部の環境だけが大国の行動に影響を与えるのだ、と。
 また彼は認める。ドイツは1914より1905に、対仏or対露戦争を起こしておいた方が、はるかに有利であった。それをしなかった理由は、彼のオフェンシブリアリズム理論では説明はできない――と。
 然り。重ねて然り。彼の構造本位論のまさに反証が、1905のドイツと1941の日本であろう。
 どちらも特異な「参本」にかかわる国内事情により、やりたい戦争ができなかったり、あるいはすべきでない戦争に踏み込んだ。
 日本について、どうやら以上の説明を、英語で主張してこなかったらしい日本の政治学者や現代史学界は、恥ずるべきである。

 1906に、ある参謀が退任した。シュリーフェンが! 彼の精緻な内戦機動戦争計画が完成し、採用になったので、満足して、引退したのだ。
 逆に言えば、参謀本部が一つの壮大で総合的な戦争プランをまとめて隅々までチェックし終えるまでは、ドイツは、千載一遇の環境が完備しているのを見てさえ、拙速な開戦は、いくら君主がしたくとも、できなかったのである。ロシアの日本に対する大敗と、同国内での革命騒ぎの混乱は、ドイツ参謀本部に、対仏戦争の全計画の根本からの見直しを促していた。外部の環境ではなく、参本が戦争計画を決めるという内部コンスティテューションが、大国ドイツの行動を縛るものであったのだ。

 1941の日本は、正気の君主が開戦=破滅と理解して反対しても、参本の開戦計画が9月6日に東条陸相のプッシュでひとたび走り出したら、誰もそれを止めることができなくなった、というケースである。これもオフェンシヴ・リアリズム理論などで説明ができるわけがない。ミアシャイマー教授もそんなことは感づけるはずだと想像できる。だが、シカゴ大学にすら、教授の説の明白な反証となる、日本の開戦を詳述した適切な英語文献は、皆無なのだろう。
 わからない人は、『東京裁判の謎を解く』を未だ買っていない人だから、まずはそれを買って読むことだ。幸か不幸か、編集長が替わった『諸君!』が、仰天するほど低調化しつつあるので、その3号分の予算でも廻しては如何。

 さて、このたびわたしは、政党機関紙『新風』の平成19年6月1日号に、次の激励文を寄稿した。

 この選挙を傍観することは許されぬ。「一票の価値」が、これまでとは違う。これまで何度も国政選挙に失望してきた有権者よ。ただ、一票を行使せよ! その一票が日本を変える日が、ついに来る。一票が一議席を実現するだろう。その一議席が、日本を変えてしまうのだ。戸外に出よ! 歴史が改まる瞬間に、立ち会わん。

 活字ではなぜか、上掲原稿のエクスクラメイション符号がぜんぶ「。」に変えられている。政党の新風に、果たしてアジ文の骨法を理解する者がいるのかどうかはわたしには疑問と思えるのだが、瀬戸氏を候補に公認したのは奇跡的なほど正しい。瀬戸氏のキャラクターはネット時代の有権者の言語レベルに絶妙にマッチしていて、余人の追随がありえないほどなので、20歳代のネットユーザーの当日の投票率さえ上げることができれば、1議席は考えられる情況だ。
 是非とも支持者たちはK明党の向こうを張り、当日の朝、「そこのおまえ、ネットサーフィンなんかしてる場合か」という尻叩きを、オムニプレゼンスに、書き込むべきだろう。単に、投票場に行け、とだけ煽動を試みるのは、公職選挙法には違反をしないとわたしは認識をしている。

 ところで、政党のインサイダーではないわたしの希望は、1議席獲得の、そのさらに先にある。
 「バカ右翼が、バカのままでは困るだろ」との自覚ができなければ、党勢は決してそれ以上には伸びて行かない。昔の「新自由クラブ」よりも早く、尻すぼみになるか、分裂してしまうだろう。

 「消えた年金」問題に関して、いちばん説得力のある解決ビジョンを示すことのできる政党が、全国の中流以下の有権者に、圧倒的にアピールするはずだ。「格差社会」なる標語はパンチ力不足であり、たぶん論点とはなるまい。保険と税金を、時勢についていけない低所得or高齢の国民に本能的に信頼されるくらいに、どうやって極端なまでに単純化してやれるのかが、最大のイシューとなるだろう。

 厚労省&市区町村役場に向いた目下の小噴火の下には、全国の老人が郵便局のATMを操作して年金を受け取らなければならなくなっていらい、ずっと昂進しつつある、「オンライン弱者のオンライン不信」「PC弱者のPC不信」というマグマがわだかまっているのだ。その不信感・不快感が、政府や役所や役人や公務員労組への不信感・不快感と、ピタリ、重なるときに、日本社会の「ノン・エリート」が全「エリート」に向かってアナーキーな大噴火を起こす。

 類似事故の発生防止のキモは、おそらく公務員の天下り規制などではない。衆議院議員である政治家が、配下の役人を随意にクビにしたり配転できない法制と慣行が癌なのであり、その大元は憲法なのである。

 そこで、ミアシャイマーの誤謬に話が戻って行く。外部要因ではなく、まさに1941年の日本国内の公務員制度が、自衛戦争とは呼べない対米戦争を引き起こした。これが分からないというバカ右翼には、戦後の公務員制度の問題も、把握できる道理がないのだ。〈あいつは高級官僚に勝てない政治家だ〉とひとたび知れたら、有権者の支持は、そこまでなのだ。国民は、敗北することに、飽きている。