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かの よしのり 様

 ごぶさたしております。
 じつは、急ぎで調べたいことがあるのですが、小生、貴兄のメアドを承知せず、かつまた年末年始のために、郵便を差し上げると不確実になるかと懸念致しますので、甚だ変則的ですが、この場を借りて、ご質問を差し上げます次第です。

 おたずねしたいのは今月中旬の佐世保事件に関係するのであります。

一、犯人がベレッタに次ぐ2丁目として購入していたと報じられたまま続報が無い、ウィンチェスターの自動式散弾銃の、要目は分からないでしょうか?(モデルは、買えばスラグ用のバレルがおまけについてくるとも聞く SUPER X2 なのでしょうか?)

二、レーザー・ポインターの日本国内での市販状況について、ご教示ください。このデバイスは、実用狩猟にもクレーにも(擬似)ライフル射撃競技にも使えるはずがなく、「銃撃戦ごっこ」(すなわち実銃でそれを行なえば目的外使用となって違法)にしか使い途など無かろうと想像するのですが、銃砲店でこんなものを売っているのでしょうか? トイ・ガン用のものが実銃にも装着可能なのでしょうか? それとも犯人は米国から実物を直輸入したのでしょうか。

 (御多用でしたら、本件はどうぞご放念ください。ご返事は1月の中旬でも構いません。小生、掲示板は見ておりませんので、まことに勝手でおそれいりますが、FAXか手紙でお知らせくださいますれば幸甚に存じます。)

 どうぞよいお年を。また来年も宜しくご指導をお願い申し上げます。


伊藤さま:うまいものいただきました。ありがとう存じます。何のお返しもできませず、恐縮です。家庭生活は日々是修業であります。ひたすら忍の一字。

Shower to the people

 うれしいお知らせです。20日に、都内の大きな書店を皮切りに、新刊が発売されます。
 タイトルは『兵頭二十八軍学塾 日本の戦争 Q&A』。 版元は光人社さんです。

 以下、この本につきまして、少し説明があります。
 もともとこの本のタイトルは『兒玉源太郎は正しかったか ――奇襲開戦主義と半島防衛』としてご提案しました。版元の判断により、この原案は採用されませんでした。

 それから、以下に、本書の内容に補足する点を羅列しましょう。


一、室鳩巣は『六諭衍義』の明代の口語を満足に読めず、そのため徂徠があらためて将軍の吉宗から訓点をつけるように命ぜられ、それが幕府によって出版されたようです。

二、気球については、前に読書余論かどこかで紹介したかもしれぬ、野口昂著『征空物語』S16-6刊が詳しいです。
 それによれば、M32-12-23、砲工学校の卒業式で徳永中尉が気球に乗り、300mまで昇り、繋留索中の電話線を通じて偵察の模様を報じたのが陸軍で導入した当初の模様であります。
 実戦では、M37年8月17日の旅順第一回総攻撃に間に合わせ、まず毛道溝というところでガスをつくり、待機。いきなり撃ち落されてはいかぬので、まず別に持っていった76立方mの信号気球を上げたところ、たちまち砲火をひきつけた。その間にホンモノを上げて、800mから松岡大尉が偵察。次に8kmの距離を6時間、夜間に動かして、周家屯で、海軍の岩村大佐と伊集院少佐(ともに参謀)と市岡技師(民間カメラマン)を乗せて偵察。
 8月末~9月、のべ十数回、上昇した。
 海軍側も細木大尉が独自の軽気球を準備していたが、傷みがあり、使えなかった――とのことであります。

三、陝西油田に関してですが、早くもM43に数名の日本技師が同省の延長県に行き、3坑を試掘し、多少の出油をみたそうであります(『宝田二十五年史』大9)。

四、1936時点で、日本人は7000万人、シナ人は5億人いたそうです(満洲、南蒙古、チベット、新疆を含まず)。

五、タフトはフィリピン人に徹底的に英語で公教育を行なう同化政策を推進し、なんとかフィリピンをアメリカ化しようと考えました。しかし、スペイン領時代にカトリック化されていた住民をプロテスタント化することまではさすがに不可能だった。これまた、フィリピンを絶対に米国の州にはできない理由となりました。まかりまちがえば米国内のアイルランド系反英工作団体がフィリピンに足場を持ったかもしれなかったでしょう。余談ですが、敗戦した日本の皇室を米国の対英イヤガラセ戦略としてカトリックに改宗させられるのではないかという懸念に、いかに英国政府が怯えたか……。


 以下、ついでですので『別冊宝島』および『別冊正論』の記事にも補足しておきましょう。ちなみにおとといステージに上がってもらった南郷さんは、ベッタカの南京企画の仕掛け人です。ああいう企画で先制ジャブを繰り出しておいたおかげで、北京も今回は南京キャンペーンに及び腰なんじゃないですか? 宣伝戦はこういうふうにやるものです。

 さて、防研の『歩兵対空行動』という史料は、昭和18年3月にリプリントされたものです。なぜその時期にリプリントされているかといいますと、昭和17年初めの南方作戦が一段落したあと、関東軍では、砲兵と工兵を南方から引き揚げて、すぐに対ソ戦に移りたいと思っていた。それは昭和18年夏が理想的だったので、それまであと半年を切ったところで、事前配布しようとしたわけです。陸軍の総意です。
 ソ連もそれはよく知っていました。1943-6-7にソ連軍機が満州国内に飛来し、地上施設に銃撃を加えた末、関東軍に撃墜された事件があります。これは威力偵察だったのでしょう。
 〈陸軍が対ソ戦を始めるのを邪魔しなければならぬ〉という意向では、宮中と海軍は完全に二人三脚です。1942-8に昭和天皇がじきじきに、東部ニューギニアに陸軍航空を出せと要求しておられる。海軍と宮中がいっしょになって、大元帥にそれを言わせたのでしょう。

 フランスは1871年に普仏戦争が敗勢に陥る中でも、ボルドー市で国民議会を開催し、継戦リーダーとしての行政長官を選出しております。

 1916のソンム戦ではトータルで62万3907人が死んでいるようです。
 米戦略爆撃調査団のリポートによると、B-29はのべ33000機が参加し、485機を喪失した。その搭乗員の戦死は3041人でした。


追伸:大場一央さま。大兄より頂戴したプリントを半分ほど読みましたが、ここにまとめられている情報は小生にとっても甚だ啓発的です。逐次的にでもインターネット上で公開されることを是非、希望いたします。

二伸:SUN出版さん、あのマンガはいつ出るんですか? みんな待ってるんですけど。 というか、12月中に出ないとするともう来年は放っておいても中共が崩壊するので話題にもならなくなっちゃいますよ。 もたもたやってるうちに現実の方がマンガを追い越して凄いことになっちゃいますから。2年も前に書いた原作なんだからいいかげん賞味期限っていうものがありやすぜ。

衛藤さま

 チケット予約券、落掌しました。

ひまなときの質問。

 WeShow をみていたら、アメリカで小型の熊を弓矢でハンティングしている映像があったのですが、これは毒矢なんでしょうか? 初矢で斃している上、反噬を懸念することなく近寄って触っているので、かなりな猛毒でしかありえないと思うのですが……。
 米国の狩猟での毒使用の法制はどうなっているのか、詳しいことをご存知の方がいらっしゃいましたら、メールでお知らせくださいますと幸いです。
 (なお、掲示板は見ているヒマがないので、掲示板に書き込まれても困るわけです。わたしの連絡先をご存知の方だけでけっこうでございます。恐縮です。)

後藤さま

 お菓子をありがとうございました。
 あ、それから、今は高丘町の住所ではありません。