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クリントン氏の「名迷言探し」の旅――はじまる予感

 4年、できれば5年以上も賞味期限を保ち続ける、そんなインパクトのある「名失言」を考えてくれ! ……という指令が、選挙参謀を通じて、全米脚本家組合の民主党支持者に耳打ちされているんじゃないかと想像する。

 その念入りに計画された自発的失言を機に、民主党の指名を争うヒートから、カッコよく「暴走脱落」してみせるという寸法だ。

 ただし、脱落したあと、米国有権者から存在が忘れ去られてしまっては、何にもならない。5年や6年では忘れられないような暴走名言を世に刻印してから、引っ込まねばならない。そして来年以降、何かあるごとに、繰りかえして、彼女の「失言」が人々の脳裡に再生されねばならない。さすれば「次の次」への希望が育ち続ける。

 果たして、そんな名句が探せるだろうか? おそらく「自分への叛逆」が要求されるだろう。「紀伊半島でキーハンター」レベルの発言ではどうにもなりそうにないことは申すまでもない。


 雑談。
 AVG7.0のアップデートが5月末でうちきられますというご親切な日本語のポップアップが出るので「さいきんのフィッシングはすごい」とかビビっていたら、リアルでした。いつのまにか、日本語版もできていたのねんのねんのねん……。でもダウンロードしたら8.0は英語だけですね。いや、フリーのユーザーですので、それで当面、なんの文句も御座いません。

どうも解し兼ねる「田舎の豪邸の共産党シンパ」の立ち位置。

 また25日がやってまいりました。
 お楽しみください。「読書余論」の配信日です。今月も特濃です。

 「読書余論」をご存知ない方は、キーワード「武道通信」「告知板」「読書余論」などで検索してみてください。武道通信の旧URLが無効になっているので、お気をつけ下さい。

あたらしい武道通信のURL http://www.budotusin.net

 なお、2ヶ月ほど前に「杉山穎男事務所」のメールアドレスが変更になっているようです sugiyama@budotusin.net ので、併せてご注意ください(住所・電話番号・FAX番号は不変です)。

 なんと今の並木書房の社長さんが若い頃に原書房で担当して作ったという安倍源基の『昭和動乱の真相』、これの中公文庫版を読み返していていまさらのように認識したのですが、昭和51年9月の臨時国会でリンチ事件について質問して稲葉法務大臣から「宮本氏は、司令部のおかげで助かったといってさしつかえない」との答弁を引き出していたのが公明党の矢野書記長だった(同書168頁)んですね。この矢野氏と公明党が現在バトル状態に入っているのは、公明党が共産党と手打ちをしたいからなのか? 注目したいと思います。

 さて、ところで、どこの田舎にも共産党系の婦人団体はあり、「共産党です」とは表立っては名乗らないで、子育て支援活動などを地道に積極的に展開している。ある面、市役所以上。営利活動ではないのですから、見上げた根性です。ついでに『赤旗』を購読してくれ、と迫ることもないという。

 それで立場上わたしも「よ~し、パパ、仄聞しちゃったぞ」と思わされることが時々あるのですが、このすばらしき任意活動に身を投じて推進をしていらっしゃる共産党シンパのご婦人方の家が、高い割合で豪邸であり、しかもそれを見せびらかすことに特段気後れする様子もないのだと。
 どう考えても生活互助など必要としとらん富裕階層に属し、熱心に会のために尽くしている。いったいダンナはどういう人なんだ?――と疑問に思っても許されるでしょう。

 憶測すれば、「労働貴族」なんでしょう。そして多くは官公庁関係かもしれません。
 そうした「有閑リッチ」な生活を、いまの共産党は、地方でのPRにしたいのかもしれないな、と思いました。あるいは、そろそろ「貧乏人の党」を標榜・指向するのが疲れちゃったのではないか。既得権の利益代表に成り果て、「共産党支持者がカネモチだっていいじゃないか(社会的エリートなんだから)」と開き直っているのではないか。

 かつて北海道南部では、カトリック教会が貧乏人のための互助会でした。「女子修道院」の機能とは「老婆ホーム」そのものだったのです。これは今でも似たようなものです。身内にカトリックのインサイダーがいるから自信をもって書ける。しかし今日の日本に「マザー・テレサ」は見当たりませんね。教会は「そこそこ余裕」を得た人達のレジャーの集まりになっているでしょう。共産党や公明党も、同じ道程にさしかかっているのではないか。

 わたしのみるところ、地域での子育て関係の各種団体の活動には、真の貧乏ママは参加してきません。どの会も、「そこそこ余裕」な空気を蒸散させているので、そのフェロモンが、警戒・排除信号として、貧乏ママの嗅覚に作用するからでしょう。
 地方末端の政党系・諸団体系の活動現場が「有閑リッチ」のフェロモンを出している限り、貧乏ママのDQN再生産を誰も止めることはできそうにない。

 底辺と日本国を同時に救える真のネットを構成するのは誰なのか? 次の選挙までに考えつかなくては。

あれから言論は自由になったか?

 災害地への見舞金を公共機関が募集するという話が出るたびに思い出されるエピソードを話そう。
 あれは阪神地震のときだった。
 わたくしは関東地方に住んでおり、たまたま「FM東京」(すでにトーキョーFMだったっけ?)を聴いていた。

 当時、関東地方のFM放送番組にはちょくちょく出演していた女の芸人がいた。声色をさまざまに使って、一人で痛烈なコントを、たおやかに語る人だった。
 名前を記憶していない。
 テレビで有名だったかどうかも、知らない。
 実年齢も無論知らないが、わたくしには、20代から30代の声のように印象された。

 当時わたくしは、TV受像機そのものを捨てて暮らしていたと思う。だから、朝の神戸市上空に黒煙がたちこめて下界も暗くなっている、あの壮絶な空撮映像は、『四季報』の別冊か何かの「校正」のアルバイトにでかけた『東洋経済』のビル内の編集部で、初めて見かけた覚えがある。

 さて、その女芸人だが、地震発生から間もない日に、彼女の表だった芸人キャリアで、おそらく最高の傑作を語った。
 (もはやおぼろげな記憶であるが、それは夜の放送ではなくて、ランチタイムより少し後の時刻であったように思う。)

 新作(?)の一人コントの最後の方で、彼女は、――地震の見舞金の募金に、協力しようかしまいか、悩んでいる貧乏な「ワタシがいる」――と述懐したのだ。

 それは、バイトの身としては、正直共感できる心の声であった。然れども、誰もオープンにはできまい。そんな「同化圧力」のタブーを破った発言が、救恤募金をよびかけている当の放送局の番組のなかから、あっけらかんと飛び出したのだから、神戸や淡路島と接点が無い立場から聴いていた人なら、だれもが、笑いをこみあげさせたろう。

 そして、オチは、「あっ、そーか、パンツ売ったらいいんだ~〔エコー〕」であった。

 そこで番組は、普通の音楽紹介か何かに戻り、CMが入ったかもしれない。
 突如、男子アナウンサーの畏まった声が、割り込んできた。

 そのさい、強いて冷静に淡々と読み上げられた〈お詫び原稿〉を、ここでリアルに再現できないのが、どうも残念である。「不適切な」「不謹慎な」「不愉快な」の、どの修飾語を用いたか、それを断言することができない。

 短いが、放送ブースのガラス窓の向こうで、〈この「放送事故」は責任問題になるかも……!〉と焦りまくっているディレクターのあぶら汗が眼前彷彿するような、割り込みであった。

 『あぁ、やっぱり。昼間っからFM聴いてる暇なババアのリスナーから、さっきのコントに文句をつける電話がガンガン殺到しやがったな』と察するのに、それは十分であった。

 かかる急転直下の〈空気〉大ギャップで、わたくしが二重に失笑したことはいうまでもない。
 《おのおのがた、ただいまのは夢でござる。夢でござるぞ~》と、無言の呪文でもサブリミナルしたげに、通常の番組は、軽快に、しぜんに、進行するのであった。(お詫びコメントは、そのあともう一度、CMのあとで挿入されたかもしれない。CM中の修羅場が目に浮かぶ。)

 暫しの間、わたくしの大きな関心事は、この芸人が、この先、長期間の「局出入り禁止」を喰らわずに、生き残れるのかどうかにあった。
 しかし、彼女は干されたようであった。またわたくしも、テレビはおろか、ラジオも聴かずに仕事をするようになってしまったために、いらい、あのエコーのエフェクターがかかった嬌声を耳にしたことがない。

 あの才能が、一回の出演のために失なわれたのかと思えば、いまさら、惜しまれる。
 みんなも、偽善には、お腹いっぱいでしょ?

瀬戸 弘幸 先生へ。謹んで御礼を申し上げます。

 未だ拝眉の機会も得られずに居りますけれども、いつもブログを拝見しております。
 この度は、思いがけなくも、わざわざ拙著をご紹介下さりまして、洵に辱う存じました。

 じつは一部の雑誌編集者や出版社へは、「インターネット時代と政治・大衆」に関係したテーマで、瀬戸先生との対談・鼎談もしくは座談会をとりこんだ紙媒体企画をやれないだろうかと提案したこともあるのですが、〈極右の人とのおつきあいはご遠慮したい〉とか言われてしまって、なかなか通りません。しかし、いつかは実現し度いと念じております。

 当節は御多忙のことと拝察します。いずれ好機あらば、拝趨します。
 それまでどうか、ご自愛ご専一になすってくださいまし。