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◎「読書余論」 2008年8月25日配信 の内容予告

▼Douglad Christie著、矢内原忠雄tr.『奉天三十年』岩波新書1992、原題“Thirty Years in Moukden”, London, 1914.
 戦前のシナ人の宗教観、正義観、対外人観、対朝鮮観についての優れたリポートです。どう考えても原著者はスパイなのですが……。
 シナ人はあるきっかけでものすごく興奮し、3分の間に体温が4度(華氏)上がった男をみたことがある。怒りのあまり物が言えなくなる――とか書いてあります。
 日清戦争の平壌戦で明らかに22年式村田連発小銃が使われたと考えられる証言が出ています。回教徒の左宝貴はそれで死んだらしい。
 官製暴動は昔から御家芸であること。「外国人が井戸に毒を……」という風説も、そもそもシナ政府が流布させているのではないかという疑いも示唆されています。

▼長野朗『支那読本』S3-4
 著者はシナ学に関しては定評があります。

▼井東憲『支那の秘密』S14-7
 幕末の日本の街道ヤクザは、じつは明代のシナ・ヤクザの見習のようなものだと分かります。

▼小林宗一『支那の戎克[ジャンク]』S17-6
 シナ人は朝食を摂らぬ。コメは日本のコメとタイプが違うので、粥にされる。

▼小島昌太郎『支那最近大事年表』S17-5
 1840~1941までの年表。対外人テロや武器輸入を記載。

▼『歴史公論』第6巻第7号(S12年6月)
 支那事変が起きた1937年時点で、シナのあちこちに、まだ「投げ棄て葬」が残っていること。さらに、各種の残虐な刑罰も、昭和12年にも残っていたこと。たとえば「流行」という姦通罪に対応した刑では、女子は○○に○を○○され、その傍らに男子の生首をのせた戸板が、三峡間の江上に下される。銃殺は必ず跪坐姿勢であること。などなど。

▼萍[ひょう]葉登『支那侵略者英米財閥』S16-11
 ユダヤ系 Sassoon 財閥や、怡和(EWO)洋行=Jardine Matheson & Co., Ltd.について詳しい。ドイツのハンブルクの Carlowitz(礼和) & Co. は1846に上海進出した。

▼響堂新『飛行機に乗ってくる病原体』2001
 著者は元医師。
 ウィルス性出血熱が渡り鳥のダニについていると、水際阻止は不可能であること、などなど。クレゾールは細菌にのみ効くが、エタノール、ヨードはウィルスにも効くこと。

▼甲斐克則『海上交通犯罪の研究』2001
 S63-7-23の『なだしお』事故をふりかえった、わかりやすい総括。

▼加藤繁『支那学雑草』S19-11
 城郭の話が満載。
 長江マフィアの出発点は、旅人の護衛および財物護送を商売とした「標局」であることも。

▼東浦庄太郎ed.『西伯利戦時写真帖』上・下 大8-4(哈爾賓)北満州社pub.
 国会図書館が昭和13年に受け入れている激レアな写真集です。

▼黛治夫『海軍砲戦史談』
 筆者は、麻式機銃、3年式機銃、「一番型拳銃」、陸式拳銃(南部式)も教えられた。1916~1919のハナシ。※「一番型」とは海軍の呼称だったのかと分かるでしょう。
 砲身に敵弾が当たるとくの字になる。たとえば『吾妻』。竹輪をちぎったようなのは腔発。
 40サンチ91式徹甲弾には「毒ガスのスペース」がしつらえてあったこと。
 日本海海戦の敵前回頭には危険はなかった、と、既にこの本で書かれていたのです。

▼『帝国海軍機関史』復刻版
 幕末から昭和5年までをフォロー。

▼〔補遺〕『核兵器と外交政策』1958年訳版、原“Nuclear Weapons and Foreign Policy”by Henry A. Kissinger, 1957
 ※以前にUPした摘録は8章以下。今回のは7章以前の部分。以って〔補遺〕とす。

▼ペティ『政治算術』大内兵衛・松川七郎tr. イワブンS30-8、原1690
 訳者のあとがきによれば、労働が富の父である、と最初に言ったのがペティ(W.Petty, 1623~87)。また本書は、近代の経済統計学のオリジンの一つ。※時の英国の最大の課題は、急に力をつけてきたオランダとどう戦い、かつ、付き合うか。すなわち今の日本の立場と重なるでしょう。

▼トーマス・ペイン『コモン・センス 他三篇』小松春雄tr. イワブン1976、原1776-1
 コッカスパニエルの spaniel には、「追従者」という意味がある。※だから、ディズニーの『わんわん物語』の Lady のキャラにふさわしいのだ。どうして江藤淳氏はそんなブームに乗ってしまったのだろう?

▼(財)史料調査会ed.『太平洋戦争と富岡定俊』S46-12
 『陸奥』が沈んだブイ、あそこに『長門』があって、海軍省への直通電話があった。
 新造のDDとDEは、艦首を強化して対潜用衝角とした。これはWWIいらい英米がやっていることを、日本として初めて真似したのである。
 英士官は、全員が偵察の着眼をもっている。だから短時間の儀礼訪問でも、甲板厚、外板厚、鋲ピッチなどを目測して覚えて帰るのである。

▼宝文館pub.『郷土の地理 2』S35
 チベット問題が浮上する中、「日本のチベット」といわれた岩手県以北の昔の農業を偲びたい。ヒエ作について詳しい。

▼中島武『機械化の発展は土臺から』国防同志会pub. 初版S15、再販S16
 序文は陸軍技術本部部長の原乙未生少将。

▼加藤弁三郎『機械科学の驚異』偕成社 S16-5
 プラット&ホイットニー社の航空用ギア・グラインダーは、精度は「40,000分の1」インチ。約0.0006ミリ。

▼チェスター・ニミッツ&エルマー・B・ポッター『ニミッツの太平洋戦史』実松譲&冨永謙吾tr. 1992、原1960“The Great Sea War”
 MIに成功すればアリューシャンは失われるが、その逆は無意味だったのだから、日本は愚かだった(pp.66-7)。※はたしてそうだろうか?

▼防研史料『事変ノ教訓 第四号 砲兵訓練ノ部』S13-6
 F.O.で使えるのはペリ型の光学器材だけだ。それ以外は敵眼に対して暴露してしまって、やれたもんじゃない。

▼防研史料『戦法戦術等よりの教訓綴』
 日本軍の手榴弾は安全栓を抜くときに被帽も落ちてしまうことあり。そのついでに撃針も脱落し、不発となるものが多い。※だから沖縄で民間人の自決し損ないが多かったのです。


 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が紹介し、他では読めないコメントを附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 東京都内の大きな図書館や、軍事系の充実した専門図書館に、毎日通うわけにはいかない人。しかし過去の軍事知識の cream をどうしても舐め取りたい……そんなシブい意欲のある貴男のために、「ここが特に珍しいポイントですぜ」とわたしが摘録したノートを作成しました。
 お忙しい貴男は、ご自分の時間を有効にご活用ください。1号200円で、スペシャルな知識のための時間を買ってください。

 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は200円です。
 バックナンバーも1号分が200円で、1号分のみでも講読ができます。
 2008年6月25日号以前のバックナンバーのコンテンツは、配信元の「武道通信」のウェブサイト
http://www.budotusin.net
 の「告知板」をスクロールすれば、確認ができます。

 ウェブサイトでわからない詳細なお問い合わせは、(有)杉山穎男事務所
sugiyama@budotusin.net
 へどうぞ。

 以下は雑談です。
 いま、年間になんと7万点もの和書が、新しく出てくるそうですね。
 この内容を全部把握するなんて、どんな本好きな日本人にだって無理でしょう。ぜんぶに目を通すことすら、不可能だ。
 それなのに、分厚い新刊本の書評が、単行本の発売直後に月刊誌に載るなんて、もうインチキ以外にあり得ないと思いませんか? その通り。それは「良書」として書評者や編集者が7万点のなかからピックアップしたのではなくて、書籍の版元と結託した雑誌社サイドが、プロモーション活動そのものとして書評担当ライターに対して「これを書いてやって!」と指定をしているのです。

 もし良書を選別してからライターに書評原稿が発注されて、それが掲載されるとすれば、刊行から3ヶ月とか半年くらい後になるのが自然でしょう。しかし1ヶ月以上も経てば、書店側では売れない本を棚から撤去して返本作業にかかりますから、それじゃ版元の営業の間に合わぬわけです。

 わたしは、良著は、刊行されてから1年以上してからその真価が評定されると考えています。書店に出てから1年以内に印刷されている書評なんて、自分が書いたものを含めて、信用しません(w)。
 たとえば拙著『逆説・北朝鮮に学ぼう!』は、週刊『朝雲新聞』を除けばどこにも新刊紹介も書評もされていないと思いますが、1年、2年と経つほどに予言の的確性が知れ渡り、やがて古典の殿堂入りが果たせるかも知れないと思っています。

まめのまめちしき

 小さい子供がいる家庭だと、「常夜灯」が必要です。
 「常夜灯=豆電球」という定義は、そもそも無かったろうと疑うものですが、今日では、5ワットで「ダイダイ色」に光る白熱灯――いわゆる「ナツメ球」――が、イコール「常夜灯」と、照明器具業界では呼ばれているらしい。

 ところで、このナツメ球の明るさが、ひょっとして子供の深い眠りをさまたげているのではないかと思うことが、子育てをしていますと、ときどきあるわけです。
 吊り下げ式照明器具の近傍では、けっこうまぶしいかもしれない。
 それが瞼を透過して網膜と視神経を刺激し続けている蓋然性があります。

 ナツメ球は、5ワットとはいえ、発熱しています。それゆえ、たとえば黒いビニールテープで「ドット」を切り抜き、球の下端に貼り付けるといった、素人流の簡単な「遮光」は講じ難い。いろいろと、不便を感じている親御さんも多いのではないでしょうか。

 それでわたしは以前、「LEDを使って、ナツメ球よりもちょっと暗めの100V豆電球をメーカーはつくってくれないだろうか」とどこかで希望表明した覚えがあります。そのことはすっかり忘れていたんですが、この前、寿命が尽きたナツメ球を買い換えるため、ホームセンターの電気器具売り場に出掛けたら、あの(株)オーム電機さんが、消費電力 0.7Wで、「E12」型口金に嵌合する「常夜灯(黄)」を、390円ぐらいで売っていた!

 この単価は、白熱灯タイプの旧来型の常夜灯のほぼ4倍弱、といったところでしょうか。
 常夜灯はとにかく夜はつけっぱなしなので、旧来の白熱灯タイプのものは、1年ちょっとでもう寿命が来てしまいます(ウチの場合)。LEDならばフィラメントが燃え尽きることもないし、その4倍の寿命は軽くあるでしょう。

 また、消費電力0.7ワットというのは、メーカーの効能書きによれば、毎日8時間点灯しても、1年で¥50円也の電気代にも達しないという。
 なにより、発光ダイオード×3ヶだから発熱が無いに等しい。真下での直視を妨げるような遮光の措置も工夫しやすいだろうと直感しました。

 じっさいにとりつけてみましたら、明るさは、旧来の5ワット常夜灯よりも、やや暗めになっていると思しく、そのまんまでもOKでした。

 さて、豆知識の本題は、これからなんです。
 OHM電機では、この「3LED常夜灯」のラインナップとして、黄色ではない、白色のものも出していました。これが、イイ! 市販の最も明るいタイプのソーラーライトに匹敵する白色光線を、たしかに出してくれやがるのです。

 発熱が無く、電気代をほぼ無視できるということは、真夏でも、自宅を何日間か留守にしなければならないようなときに、この0.7Wの常夜灯を屋内の要所々々で昼夜を通じて点けっ放しにしておいていい――ということではないですか。
 つまり、夜分に窓や戸の隙間から光を漏らして「なかに人がいますよ」と演出してくれる防犯の灯火として、使い勝手がいい。(注意:リモコン式や人感センサー連動の照明器具には、LEDは使えないそうです。なぜそうなるのか、誰かわたしに分かりやすく説明してください。実験したところ、たしかに、「自動的には消えてくれない」という現象が起こるようでした。薄暗くなるだけなのです。初めから最後までつけっぱなしとするならば、問題はありません。)

 げんざい、防犯に関心のあるすべての人に、これをご紹介したいと思いました。

のっぺらぼうの十円玉

 「ネット・ゲリラ」さま。
 たびたび拙著をウェブサイト上でお取りあげ下さいまして、どうも有り難う存じます。御サイトは毎朝、愛読しております。いつも、目覚まし時計無しで朝の4時台に起きまして、回線をつなぎまして最初にPC画面に出てくるのが、ニュース更新の早い「東京新聞」のサイト。次にその日のローカル天気情報を確認したあと、「池田信夫」さんのブログを読んでスカッと眠気を覚まし、次に「泥酔」さんの日経の解説を読んで新聞を読んだつもりになり、次に御サイトに目を通すというパターンで、40分前後のあいだに、だんだんに血圧が仕事モードに突入していくわけであります。たいへんおもしろく拝読いたしております。

 以下、本日の余談(怪談)。69歳で死んだ親父(元・消防士)が、現役中、世にも珍しいコインを見せてくれたことがあった。10円玉と同じ材質・サイズなのだが、裏表ともに、のっぺらぼう。なにも刻印されてなくて、ツルツルだった。縁のギザギザ等もなかったと思う。エッジの角は、丸みを帯びるまでにとれていた。表面の錆びっぷりは、真に使い古された10円玉と同じ色合いであった。
 親父いわく、これは職務中、火事場の連絡で公衆電話を使わなければならないときのために、消防士が持たされている代用硬貨なのであるという。それならば、1人で何枚も所持しているのかといえば、なぜか、たった1枚だけであり、それも、財布に入れているようではなく、どこかの引き出しの中に忘れ去られたように放置されていたのだった。
 当時の10円玉は、使いでがあった。運輸会社の社員向けに設置されている自動販売機などをよく探しせば、350ミリリットル入りのファンタ・グレープを、50円かそこらで買うことができたような気がする。
 しかし、いったい、このような「一部の公務員に対して公的に支給された擬似10円玉」なるものは、本当に正式な制度として、かつて存在したのだろうか? あれから何十年もたった今頃、気になる。なにしろ、それ以後、わたしは他所では、一度として、そんな硬貨を見かけたこともなければ、話として聞いたこともないのだ。わたしの私的なミステリーである。

さすがに火薬の発明を強調はし辛いので、ひたすら花火でサジェストかい

 「バグダッド空襲」北京版は、こんな感じになるのか……と思って拝見しました。

 偶感。
 なぜ「北京原人」が登場してこないのか。さいしょから文明人だったと言いたいわけか。

 粘土板に文字を書くことを発明したのはメソポタミアの住民。シナ人は数千年遅れてその刺激を蒙った。
 粘土板に印章を捺すことを始めたのもメソポタミアの住民。ここから「活字」が発案されるのは時間の問題だろう。

 鄭和はインド洋を渡ってシナ沿岸に住み着いたアラブ系イスラム教徒の子孫ではないか。つまりインド洋と南支那海の航路は羅針盤の発明に先行してアラブ人によって冒険的に開拓されていたのだ。とすれば羅針盤を需要したのは誰だったのか?


 「軍事情報」さま。拙著をご紹介くださり、ありがとう存じます。
 またすばらしいご提案をしてくださいましたこと、併せて感謝いたしております。
 さっそく、新たに作画家さんや原作シナリオを募って、シリーズ展開を検討します。

 ※このプロジェクトに関しての原作シナリオの公募は、特別に間接的な方法を採用します。まず、各自のブログで、その原作シナリオを公開してください。「これは!」と思ったものに、わたしの方からコンタクトを取ります(ブログにこの件での連絡先を表示してくださるようにお願いします)。ちょくせつにわたしのところへ持ち込み/売り込みをしても相手にしませんのでご注意ください。
 劇画の原作の書き方が分からない人は、「読書余論」2008年6月25日配信の、『やっぱり有り得なかった南京大虐殺』の日本語オリジナル脚本を参考にしてください。
 どういうテーマでどんなテイストの作品を書いたら良いか分からぬ人は、最初からホワイト・プロパガンダ活動に不向きだと思いますので、どうぞお時間を無駄になされぬよう、お気をつけ下さい。

「ステルス住宅」高騰の予感!

 なぜかグーグルのストリートビューの日本版の最初の12都市の中に函館市が入っているというので、「手前のウチはあるか?」と捜索してみました。
 なんと、家から数十mのところにある生活道路まではバッチリ、フォローされています。そのある地点から90度横を見れば、ヒゲ道の数十m先のどんづまりのちょっと手前に、我が家の軒先のソーラーライトが1個見える……はずなんですが、写真の解像度が低いようで、それは確認することはできませんでした。

 でも、これはぜったいに普通乗用車の天井につけたカメラじゃないですね。視点が、人の身長よりはずっと高い。通常は覗けない高い塀ごしに、ひとんちの庭の様子が少し見えちゃってるんですから。いやこれは泥棒に下調べの情報を与えているようなもので、ますます次の本を書くときに、一章をまるまる「空き巣防犯対策」に充てる必要を痛感しました。

 だって普通は、用もないのに路地に立ち止まって、道路からちょっとばかりひっこんだところにある他人の家の窓などのディテールをしげしげと眺めたり、周辺情報を撮影したりは、しないですよね。「ストリートビュー」のおかげで、以後はそれが、誰にも怪しまれることもなく、こころゆくまで観察できるようになってしまったのですよ。えらい時代だ。

 そこで予測します!
 これからは「ストリート」に面した地所、「ストリート」から直視可能な住宅は、個人の住居としては「価値」は下がるでしょう。
 つまり、「個人情報」に続いて、「個人用住居情報」=家屋のプライバシーが、これからは高い価値を獲得するに違いない。

 個人庭園も、「表の庭」の時代は終りますね。地中海式邸宅のような「中庭」こそが最高の贅沢となるでしょう。それに次ぐのが「裏庭」か。
 「目隠し用」の背の高い植木も、需要が伸びるでしょうね。しかし、「目隠し板」などをめぐらしては、防犯と両立しませんから、けっきょく、「中庭」こそが新たな理想となるはずです。

 そしておそらく、江戸時代の武家屋敷街がそうであったように、玄関にも門にも「表札」は付かなくなる時代が、再びやって来るでしょう。
 少なくとも、ストリートビューの解像度の写真に写るような大きな文字では、家人の姓などは表示されなくなるのではありますまいか。

 逆に、店舗や事務所にとっては、ストリートビューの解像度の写真でハッキリと読めるような分かりやすい看板を、ストリートに向けて掲示しておくことが、必須となるでしょう。

 そうそう、以前、「正直へたばった庄司山」の登山リポートでスナップ写真をご紹介したことのある石川町の「ニート・ハウス」も、グーグルのストリートビューで確認することができました。が……、あの写真ほどのインパクトは無いですね。こういうところは「流し撮り」の限界でしょう。

 それと関係はないのですけども、昨日(8月6日夜)、陸自の函館駐屯地内の盆踊りに出かけてみました。地元のイベント情報サイトをみても、これに関する情報は載っていません。わたしは、『MAMOR』という(拙宅には只で送られてくる)雑誌を見て知ったわけです。(ちなみに8-1の港祭りの花火大会での海自基地一般開放というのは、「見物人のために打ち上げ場所から最も近い一等地の座り場所を夕方から貸します」というだけです。掃海艇などを公開するわけじゃないようです。)
 駐屯地は駐車場に余裕がありますから、遠くからでも参加できるのが有り難いんですよね。それと、あらためて感心しましたのは、テキヤが入り込めない空間ですから、夜店がぜんぶ「自前」です。
 ただ一点、感心しかねましたのが、「イカ踊り」という、じつにしょーもない「ご当地エレクトリック盆踊り」を採用していたことです。市内には、これを積極的にパワープレイする盆踊り会場と、「こんなものは盆踊りじゃねえ!」と顰斥する会場とがあります。古くからのコミュニティならば排除するのが当然だ。歌詞に風情は皆無で、これいじょう味わい薄く軽躁な、まるで観光客相手の魚市場で金髪ニイチャンが連呼しているだけみたいな音曲ってのも、全国的に珍しい。これに市が税金を投じたのだとすれば幾重にも情けないはずなんだが、それを恥ずかしいとも悔しいとも感じられないのが、まあ、無気力公務員の仕切る地方の現実なんでしょう。自分の子供の幼少時代の記憶にこんなノイズィな盆踊りを刷り込んいて、彼らは平気でいられるのかな? こういう地方の頽廃っぷり、無神経ぶりが、いまや逆に国政レベルにも波及し、模倣されようとしているんでしょうか。
 以前噂に聞いた話では、あの北島三郎氏が一貫して出身地イベントに冷たいのも、有名になったあとで函館市当局から受けた対応が酷いものだったから、といういきさつがあるのだと。さもありそうなことだと、この頃では考えるようになりました。とにかく地方は無気力すぎるぜよ。

 ところで皆様、マンガ『やっぱり有り得なかった南京大虐殺』の英語版 : " Out of Drawings of Scenes of War; From Shanhai (August, 1937) to Nanking (December, 1937) " (c)Hyodo Nisohachi & Kosaki Takeshi には、ざっと目を通していただけたでしょうか?
 ちょっと見ただけでもまだミススペリングが残ってますね(テキストファイルじゃないのでもう修正はできません。あしからず)。わたしが大学生時代に習った話では、スペル間違いが1個でもあると、英米のビジネス界では、その男の信用はゼロになってしまうから気をつけろ、と。
 しかしこういう脅かしにビクビクしていれば、けっきょく日本人が英文で真実を訴える機会も縮小して限りなくゼロになってしまうでしょう。それではシナの「腐らせソフト・パワー」に負けてしまう。もっと大胆になりましょう。
 「アウト・オブ・ドローイング」にはもちろんシャレも含まれています。

"From Shanghai (August, 1937) to Nanking (December, 1937)"  (c)Hyodo Nisohachi & Kosaki Takeshi, 2008 が、ウェブ上でついにリリース!

 英文版です。なお、日本語版は書籍(¥1,000-)だけです。
 英文版は、「資料庫」にUPされています。
 こんなに読みやすくできるのだとは意外でした。管理人さんの技量は凄すぎる。

 それにしても、まさかこのわたしが、英語でマンガを発表する日が来ようとは、思いませんでしたね(作画はもちろん小崎氏ですけども……)。
 オレに出来るのだから、キミにもできるぜ! チャレンジせよ!

 草の根「ホワイト・プロパガンダ」戦士のみなさんは、世界中に情報リンクを張ってください。戦いはこれから始まります。
 この英文公開版のデータの一部または全部をコピーして利用するときのご注意は、冒頭の挨拶文で書いておきました(日本語)。ご参照ください。

 さて、また「空き巣にやられた後日談」の続きをしようか。

 玄関の旧式のピンポン・ブザーを、最新のTVカメラ付きのドア・ホンに取り替えた。これほど容易に自分でできるとは思わなかった。ホーマック石川店の技術指導員のおじさんが親切にレクチャーしてくれた話を受け売りすれば、技術革新により、もはや映像信号を同軸ケーブルで送る必要がなくなって、ブザー用の既設の信号コードをそのまま転用できるようになったおかげである。もちろん、天井近くにあるブザーから信号コードを延長しなければならず、その結線部分の接触を確実にするための小部品が必要なのだが、その2点のささやかな買い増しを除くと、あとは、プラスとマイナスの安物ではない螺子回し、小型すぎないペンチ、あたらしい螺子孔のガイドを最初につくるためのキリだけで、作業は完了した。もっと具体的なことは次の単行本で一節を割いて詳説したい。そのころには、ますます多彩な防犯器材について、いささか知見を得ているであろう。またこのモニター画像が素晴らしい。夜でも街灯の明かりで人物の顔がちゃんと見える。ウチの場合は夜はセンサー・ライトも作動するから、警察の取調室状態だ。こんご、いままでチラシを片手に時折訪れていた営業マンが、1年くらいも現れなくなったら、わたしはそのサラリーマン風の人物もサスペクトすることになるだろう。これが「第二の仮説」だ。第三以降も、いずれ語りましょう。でもみんな、「人の心の闇」についての想像力が、足りないと思うよ。わたしはじつは今回の空き巣でむしろ緊張が緩んだ。こんな用意周到で、インターネットではおそらくない情報伝達慣行を保持する犯人グループが身近な町内に棲息しているうちは、当地の事態はまだ「平和」だと思えるからだ。つまり、まだここは、新宿や秋葉原やバグダッドには、なってはいないのだ。そこまでアノミーにはなっていないのだ。あるいは犯人は誰とでも普通の会話のできる男女で、しかも現行犯逮捕された場合に失うものが、世間の常識では驚くぐらいあったりするのかもしれぬ。そして動機が「生活苦」ではなく「心の闇」だとするならば、いつか、ダイスの目当てが外れ、ウォータールーの日はやってくる。そしてわたしはそのニュースを聞いて、ひょっとしたら残念に思うかもしれない。
 ともあれ、すべての家庭はカメラ付きドアホンを装備すべきじゃないか? そうすれば町内の1ブロック全体が、空き巣を排除するオーラを発するであろう。

 さて、他方、防犯効果はおそらくゼロではなかったにしろ、わが家に関しては事実として無力であったことを証明してしまったソーラーライトの電池交換情報につき、かつての熱烈推薦者の責任として、ここにリポートを残しておこう。
 輸入品であるソーラーライト・マルチムーン・イエローの製品に最初からついていたオリジナルのバッテリーは、メーカー不明の、緑色の、単四ニッケル水素電池(Ni-Mh)AAA 1.2ボルト 650mAh ×2本である。これの寿命が来たので、Panasonic HHR-4SPS/2B ニッケル水素単4(typ.800mAh、min.750mAh)電池×2本(\600-)に交換してみた。動作はいまのところ良好です。つまり、互換性があるように思われる。不具合が認められたら、またリポートしましょう。
 感心したのは、雨水シールドが完全で、虫類はもちろん、埃の内部侵入も認められなかったこと。しかも、手の力だけで螺子蓋を外すことができた。やはり、高いだけのことは、あるのだ。
 ただ不思議なのは、最初に買ったやつはまだ電池に寿命が来ていなくて、あとから買った方が、先にダウンしたことである。