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公的討議と「国防の倫理」のループ

 イージス艦のロケーションが日本沿岸を離れて北鮮の発射基地へ近づけば近づくほど、理論上、敵の弾道弾を迎撃できるチャンスは逆に減ってしまうという単純なメカニズムについては、既に書きました。

 でも米海軍と海自は、あえて何隻かのイージス艦に、北鮮寄りの配置を命ずるはずであります。その理由は、「平時のデータ採集」にあります。

 北朝鮮のロケット燃料の性能が既知でありますため、それを使った弾道弾のブースト離昇時の「加速度」をレーダーで追いかけることにより、二段目部分以上の「重さ」を計算できてしまうのです。みなさん、積分という数学を考えてくれたニュートンやライプニッツに感謝しましょう。

 できるだけ発射の直後からの加速度を測るためには、水平線より下に届かないレーダーの制約上、イージス艦は、ランチ・サイトに近づけば近づくほど、よいわけです。

 そして、最終弾着点まで、イージス艦や、対宇宙レーダー艦のリレーでトラッキングができれば、弾頭の重さも知れてしまいます。
 すると、そこから、将来、その宇宙工学技術を使って、北鮮が、特定の射程に対してどのくらいの重さの弾頭までを投射できるだろうかということも、予想することができます。
 (現在の結論は、「北鮮は原始的な原爆システムの全重量を長距離弾道弾に搭載することはできまい」というものらしく、だからアメリカは基本的には平然たるものです。)

 北鮮の近海で採集された加速度や赤外線(そこから推薬燃焼時の熱量の大小をある程度知ることができる)などのさまざまなデータは、現在の北鮮の技術力のほどを適確に教えてくれるでしょうし、また、将来のわが方の早期警戒の参考となったり、わが防禦システムの設計に役立てることができます。
 米軍にとっては、シナ沿岸から台湾やグァム島が攻撃されるさいのシミュレーションにもできるわけです。

 あと、弾道弾実験では、飛翔体から刻々の「テレメートリー」が地上に向けて送信されるのが普通です。(北鮮は異常な国ですから、それを必ずするとは言い切れませんが。)
 テレメトリーは暗号化されているのが普通ですけれども、米国の解析チームなら朝飯前にブレークしてしまいます。このテレメトリの情報内容はとにかくものすごく貴重なので、米軍では、宇宙、空中、海上、陸上から、耳を澄ましていることでしょう。

 もうひとつ。北鮮の陸上で、発射の前には、いったいどんな通信のやりとりがなされるだろうか? これにも、米軍と自衛隊のリスニング部門が関心を集中させていることでしょう。
 そのパターンを知ることができれば、将来、日本や米軍が(最上層部レベルにおいて)奇襲を喰らう可能性が低くなるのです。

 米国の情報機関は、北鮮の誰が誰に許可を求めたか、誰が許可を与えたか、その回線は何を使ったか、そんなことまで調べておこうとするでしょう。
 そうすれば、将来、その回線が活性化したときは、北鮮がまた何か発射するのかもしれないと警戒ができるわけです。

 北鮮領土近くでの、海面からのSM-3発射による「追い射ち」撃墜は、あり得ません。それは単純に不可能なのです。(将来は、北鮮の領空ギリギリの成層圏を飛行する大型輸送機に搭載した空対空レーザー砲により、ブースト段階の筒体を毀損し、上昇中に燃料自爆させてやることが可能になる、と、米空軍およびメーカーは宣伝をしています。)

 ところで、SM-3によるミッドコースの高い高度での迎撃があり得たとして(まあ、ありえないんですが)、そのデブリはどこに落ちるでしょうか? 頭の体操として考えてみてください。
 偵察衛星は、大気摩擦で燃え始める限度に近い高度200km以下までも降りてきて、なお地球を周回することがあります。しかし北鮮の多段ロケットは、人工衛星になるのに必要な速度をそもそも達成できはしないと今から想像をされていますから、大気摩擦で燃え尽きないデブリ(堅固な弾殻のRV=再突入体も含む)については、弾道コースの経路下のどこかに落ちるでしょうね。

 低い高度で、且つ人工衛星よりも遥かに低速で切り離されたブースターやサスティナーの筒体が、超偶然的に市ヶ谷や朝霞のPAC-3陣地にまっすぐ向かって落っこちてきた場合は(これまた、天文学的な偶然を前提としなければなりませんが)、破片はどこに落ちるでしょうか?
 こうしたドンガラは、湾岸戦争の映像を見る限りでは、迎撃をしないでそのまま地面まで落下させた方が被害は小さくなるかもしれないのですけれども、政府は、〈その場合は迎撃させる〉と明言をしていますね。

 もちろん、地対空部隊としては、まっすぐ落ちてくるものを撃たないで見過ごすなんてことはできません。もしその迎撃によって、わが住民の上に降り注ぐ破片の数が結果として増えたとしてもです。ドンガラのように見える〈もっと危険な何か〉かもしれませんからね。

 思い出してください。パトリオットの前に、ナイキという古いSAMがありましたが、あの巨大な第一段ブースター(4筒バンドル)は、基地のすぐ近くのどこかに(パラシュートなしで)落下することになっていたのです。 Who cares?(藁)
 PAC-3の筒体や弾頭も、日本国内のどこかには落下するでしょう。
 つまりターミナル・フェイズでの迎撃をすることによって、デブリは2倍以上になるのです(PAC-3は、落下してくる1目標に対して、2発以上、射撃することになるでしょうから)。

 第二次大戦中のロンドンでは、味方の高射砲弾の破片の落下によって死傷した市民がコンスタントに多かった。真珠湾奇襲の日のホノルルでも、同じことが起きました。高度わずか数百mから投下された軽金属製の集束焼夷弾の1本が首筋に当たっただけで、人は死にます(最近の「読書余論」で文献を紹介しましたね)。

 こういうことは、あらかじめわかっていることです。としたら、政府は、PAC-3の導入前に、市民用の防空壕や「防空頭巾兼ガスマスク」を準備させなければいけませんよね? なぜ、そのあたりまえの議論がないんでしょうか。

 わたしが、こんどの北鮮実験をめぐる騒ぎも「くだらない」と一言で片付けておりますのも、マスコミ言論上の物事の注目の順番が、根本から顛倒しているからに他なりません。

 北鮮が核爆弾をロケットで投射できる段階にないことは、既知です。
 他方、シナが、メガトン級水爆を中距離弾道ミサイルで投射して東京都を何十回でも破壊できることは、1960年代から、既知なのですよ。

 しかもシナは戦前の蒋介石時代いらい、一貫して、小学校からの反日教育も継続しています。これまた、確実な既知情報。
 つまりシナには東京を水爆で攻撃する能力もあれば意志も十分にあります。正真正銘の脅威じゃないですか?

 ならば、どうして北鮮の実験ロケットではなく、シナの実戦配備済みの高速核ミサイルから日本国民を防禦するための具体的な方法を、国会は、討議しないのですか? 異常じゃないですか。

 これが、小生が1995年刊の『日本の防衛力再考』のときから、ずっと世間に問うていることです。
 (雑誌『諸君!』にも同様の話を書きましたが、公的討議には結びつきませんでしたね。1か月で消えてしまう雑誌のハイブラウ情報と国会の教養とはリンクしにくくなったとしても、もうしかたないでしょう。)

 日露戦争いらい、この国に「国防の倫理」がなくなっていることが、日本国民を21世紀の今日いまだに群盲のありさまにおしとどめているようです。

 目覚めたい人は、拙著『予言 日支宗教戦争』を、ご購読ください。
 武道通信から配信されている「読書余論」もネ! 

「ハワイとアリューシャンの間」にチップ1枚!

 ある国の弾道弾が、隣国のABMシステムを韜晦するには、どんな手があるだろうか?

 まず、意味も無く多段ロケットにする方法がある。最終段のサスティナーや軌道変更モーターが燃え尽きないうちは、弾頭は、惰性抛物飛行に移らない。

 迎撃国の観測システムは、対象弾頭が慣性抛物飛行に移った後でなくば、その弾頭の最終着地点を計算することは不可能だ。(飛距離だけでなく、方位も確定ができない。)

 その結果、イージス艦が配備されているポイントの上空を、モーターを吹かしながら通過されてしまって、迎撃のしようがなくなってしまうことも、起こり得る。(ABMは「追い射ち」は不可能。)

 通常、弾道弾の打ち上げは垂直に行なわれ、空気抵抗が多くエネルギーを損する大気圏をすばやく抜け出たあとに宇宙空間で筒体を傾け、方位角と最終仰角を定めていく。最後に推進薬の燃焼がカットされた時点での仰角と方位角と速度が、弾頭の落下点を決定する。

 次に、抛物線の最高高度を引上げる方法がある。この場合、最大射距離は犠牲になる。
 また、初段のブースターや2段目のサスティナーを強化して、ミッドコースの飛翔速度とターミナル・フェイズの落下速度を尋常の必要以上に大きくする方法がある。

 げんざいのイージス艦からのABMは、「低い弾道」で、なおかつ「ICBMよりも低速」な弾道ミサイルにしか、対処はできない。(中距離ミサイルは、普通に設計されていれば、低い弾道で低速な飛翔をなすものである。)
 だからもし、中距離ミサイルでありながら、あえて「高い弾道」にされたり、「ICBM級の飛翔スピード」にされたり、その両方にされたりすれば、日本にはそれを迎撃する手段はなくなってしまう。PAC-3も、ICBM級の高速の落下物にはもちろん対応できない。

 他には、弾頭に空力フィンをつけて、ターミナル・フェイズでコースを変化させる方法や、デコイ・バルーンを宇宙空間で放出して併行飛翔させる方法、などがある。

 北鮮はどうして真東に向けて長距離ロケットを飛ばすのだろうか。
 理由は、米国に「自衛反撃」の口実を与えることが怖いからである。真東であれば、アリューシャンにもハワイにも方位が重なることはない。そしてその中間の公海に落下するであろう。その先の北米大陸には絶対に届かぬことは、じぶんたちで鼻から分かっているのだ。

 もしハワイに届くすこし手前に落ちたりしたら、米国は「このやろう、ハワイの基地を攻撃しようとしやがったな! ならばこうしてくれるわ」と、即座に平壌を猛爆撃しかねない。

 飛翔方位を少し南にずらすと、こんどはやはり米領のジョンストン島やウェーク島を脅威してしまう可能性が出てくる。その場合にも、同じく、米国から「このやろう、わが領土を攻撃しようとしたな」と言い掛かりをつけられる恐れが生ずる。

 もしもさらに飛翔方位を南へずらせば、いよいよグァム島を狙ったように受け取られる。その角度だと、地球の遠心力をフルに利用する上でも合理的ではないから、米国はますます「自衛反撃」の確かな根拠を手にする。

 北鮮は米国に対してだけ、非常に遠慮していることが分かるだろう。
 米国もその辺の呼吸は承知だから、北鮮の真東にあたる青森県の車力[しゃりき]だけにXバンド・レーダーを置いて、北鮮の長距離ミサイル実験のデータを収集しようとしている。

 安全保障問題に関与する日本の国会議員で、説明責任というものを自覚する人がいるならば、以上のような解説をじぶんのブログで書くべきじゃないか?

 しかしそのような国会議員はいない。信じられないですよね。
 この国に足りないのは、「国防の倫理」です。
 伝統的に、欠落したままなのです。上から下まで、それがない。それがないから、米国からはしょっちゅう「指導」をされ通しであるし、他方でシナ・朝鮮からは工作のされ放題なのです。

 まず何を措いても日本に伝統的に不足している「国防の倫理」から喚作しなくてはなりますまい。

 わが国内に国防の倫理が無いゆえに、一々、米国から指図を受けねばならず、その米国の指図に国家指導層が受動的・密室的に対処して行く過程を通じて、国内の没倫理構造と脱倫理言論がいよいよ昂進するという、悪徳のループを断たねばなりません。

 没倫理と、隷属(それはシナ文明圏への隷属を含む)の悪徳循環から、この国民を救い出しましょう!
 それには拙著・『予言 日支宗教戦争』を、どうぞご一読ください。

エレクトロピテクス

 できることとできないことを整理してみましょうか。

 核弾頭ではない我[われ]のABM(Anti Ballistic Missile)で敵のBM(Ballistic Missile)を空中破壊する方法は、現在のテクノロジーでは、一つしかない。すなわち、我がABMを、敵BMのコースに対するヘッド-オン(head-on collision=正面衝突)のコースに乗せてやることだ。

 その理由の一。我[われ]から遠ざかりつつ加速して行く敵ロケットに対し、我[われ]が後方から遅れて非核弾頭のミサイルを発射し、撃破してしまうようなアルゴリズムは、現実的に、不可能。よって、敵弾道弾が垂直上昇中に我[われ]が追撃をして之れを無力化する方法は、我[われ]が非核弾頭に頼っている以上は、無い。

 その理由の二。いかなるシステムにも観測と制御の誤差があって、これを現在の技術ではゼロにできないから。それがあるために、もし敵BMの予見コースの脇から我がABMがアプローチして側撃を狙った場合は、ヒットせずに、ミスる公算が大なのである。

 もちろん、ヘッドオンの衝突コースに乗せたとしても、観測と制御の誤差により、ミスする可能性がある。お互いに超音速で接近する彼我の相対軌道が1m弱、どちらかの脇へブレてしまっただけでも、もう当たらない。
 我[われ]のABMは非核弾頭なので、かすっただけでは、敵BMの弾頭を無力化することはできない。真正面から激突して、運動エネルギーによって敵の弾殻を破砕しなければ、迎撃は失敗である。
 それでも、側撃による破壊狙いよりは、成功する確率がずっと大きくなる。もっか、これよりもすぐれた迎撃方法を、日本は手にしていない。

 イージス艦は、敵弾道弾の設定射距離の中間点(そこは同時に、敵弾頭の最大到達高度地点の真下になろう)を越えて北鮮東岸へ近づけば近づくほど、艦載レーダーによる発射探知とコースのトラッキングは容易・迅速となる。
 しかし、敵弾頭に対して我[われ]が発射する艦載ABMをうまくヘッドオンコースに乗せられるかどうかは不確実だ。

 なぜなら、敵弾道弾の飛翔方位が自艦の真上を通らぬ場合、我がABMを発射したとしても、ヘッドオンコースをとるための上昇機動中の大幅な側方回り込みのために早々にロケット推薬を使い果たして墜落する蓋然性があるからである。(それが計算できた場合には、最初からABMは発射されぬのは当然である。)

 イージス艦は、敵弾道弾の設定弾道軌道の中間点よりも少し着弾点寄りに占位し、なおかつそこが敵弾道弾の飛翔コースの真下であった場合に、理想的なミッドコース迎撃のチャンスを得たことになる。
 なぜなら、惰性で抛物飛翔を続けているミッドコースの敵弾頭は、その最大到達高度において対地速度が最低になる。(最大到達高度地点を越せば、敵弾頭はまた重力による加速を始め、着弾点へ向かい抛物落下して行く。)

 すなわち、目標が低速であるということは、我[われ]のABM弾頭が、観測と制御の誤差を補正する時間的余裕を、それだけ余分に得られるわけで、ミスる可能性はそれだけ減るのである。

 ちなみに、「観測」手段は、我がABM弾頭に内臓された赤外線受像機のみ。我がABM弾頭は、みずから電波を出して敵弾頭の位置を測ったりすることはない。敵弾頭と我がABM弾頭の相対速度があまりに大であるので、そんなことをしていたらとても間に合わないのだ。電波の反射をまって軌道を計算などしているうちに、彼我の相対位置はすっかり変化し、あっという間に擦れ違ってしまう。
 よって、我がABM弾頭は、光学的に敵弾頭の赤外線イメージにロックオンし、正面から見える標的のたてよこのブレに、自らを合致させるという単純なサイバネティクスで衝突までもっていく。ABM弾頭内臓の小さなセンサーで敵BMを光学的にとらえられる距離は至って短く、ロックオンから彼我の衝突(もしくは擦れ違ってミス)までの時間も、それに従って短い。
 イージス艦からの電波による指令誘導は、ABM弾頭が標的をロックオンする前の段階で、終了するのだろう。

 つまり宣伝されているイージス艦のABMなるものは、敵の弾道ミサイルの発射地が既知であって(実戦ではそんな幸運があるだろうか?)、それに対して我[われ]が防衛せんとする着弾地も事前に我が政府によって定義されている場合にのみ、「交戦」のチャンスを得られるというシロモノでしかない。

 もちろん、日本政府は東京を防禦の筆頭対象と決め、そのために1隻のイージス艦を割り当てるだろう。
 では残りのイージス艦はどこに展開するのか? 1艦は1都市、または1基地しか守れない。だから、政府はそれを公表できない。公表すれば、カバーされざる都市民がブータレることになろう。

 東京を狙う弾道弾が、南支もしくはシベリアから発射される場合は、日本海にイージス艦を置いておいても、偶然にヘッドオン交戦が可能になるようなチャンスはゼロだろう。
 つまり日本にとってのイージス艦の現世利益は、対北鮮のバーチャルBM限定である。(九州の諸都市については、イージス艦は、北鮮ミサイルを迎撃できる射点を得られるのかどうか、かなり疑問がある。)

 だがアメリカにとってはそうではない。海自のイージス艦が日本海に無駄に展開されることによって、シナ大陸から発射された直後の弾道弾に関するレーダー情報を、米本土防空の早期警戒情報として、いちはやく役に立てることができるからだ。
 イージス艦のすばらしい衛星データ・リンク・システムは、イージス艦が得たすべての情報を、リアルタイムで米国へ供出するようにできている。

 北鮮の弾道弾の中間飛翔高度が150km以上だったら、どうなるだろうか?
 これまでの「ミサイル防衛」試験で、迎撃が成功した高度としては一度だけ、150km台の数値が公表されたことがある。それが、理論的理想的な最大交戦可能高度なのだろう。
 弾道弾は、射距離を欲張らなければ、その分のエネルギーを、中間飛翔高度を高めることに用いることができる。シナ軍の中距離核ミサイルは、すでにそうしたABM回避策を模索していて、それを実証するための、大抛物線での投射実験も済ませている。

 北鮮が、アリューシャン沖まで到達できるポテンシャルのあるミサイルを、東京向けに発射する場合にも、余分なエネルギーを使って中間飛翔高度を150km以上に高めることができないとは思えない。
 その場合、日本海に展開するイージス艦は、日本海沿岸の原発を防禦するぐらいの役目しか果たすことができそうにない。

 このように中間飛翔高度を大きくした敵弾道弾から東京を防禦するためには、イージス艦は、東京湾内か太平洋沿岸に占位して、敵弾頭の抛物軌道の終末近くの、弾頭の高度が十分に下がってきたところで、ヘッドオン交戦を試みるしかないであろう。

 もしこの用法も考慮するとしたら、東京都の防禦のために、日本海側と太平洋側に、2隻のイージス艦を貼り付けることになるだろう。

 この用法が洗練されれば、南シナやロシアから飛んでくる弾道弾からも、将来は、東京を防禦できるようになるかもしれない。しかしそれはかなり遠い将来であろう。近未来の核攻撃には、間に合う話ではないのだ。

 もし1トンの炸薬(非核の爆薬)を充填した弾道弾が日本の都市に落下した場合、4.8人の死者が出るかもしれない。というのは第二次大戦中に、ドイツ軍が英国の大都市に撃ち込んだ1050発の「V2号」弾道ミサイルにより、5000人が死亡しているからだ。5000を1050で割れば4.76だ。V2号の弾頭が1トンであった。

 ただし北鮮の弾道弾は、射程をかせぐために弾頭を700kg、もしくは500kg以下に減量している可能性が高い。

 なおまた第二次大戦中、1トンの弾頭のミサイル1発が教会を直撃して200人が死亡した事例があるので、入園式や入学式中の学校体育館が直撃された場合の被害予測には、違う計算が必要だろう。
 日本政府は、北鮮が弾道弾を発射する可能性のある期間中は、人が一箇所に多数集まる式典を開催しないよう、自国民によびかける責任がありはしないだろうか?

 また北鮮が原爆を弾道弾に搭載しない保証もない以上、日本政府は、東京に人口その他が集中しすぎている現状を変革する責任があるだろう。

 第二次大戦中に英米軍から空襲を受けたドイツの諸都市の消防活動を、ドイツ占領後に調査した米軍の科学者たちの結論(ダニエル・ラング『鉛の服を着た男』参照)。
 消防機関を大都市の中心部に置いておくと、その大都市で大火事が発生した場合に、何もできなくなる。消防署は郊外に配置すべし。食糧や石炭のストックも、大都市の外側に分散すべし。いっしょに燃えてしまうから。また、A市の消防機関が、隣のB市の被災を救うため2/3ほど出張しているとき、そのA市が敵の大空襲を受けた場合、A市はなすすべなく灰燼に帰してしまう。

 もし20キロトンの小型核弾頭が東京に落下した場合にどうなるかの予想は、高田純教授にしてもらうとよかろう。
 その被害を防ぐために責任ある政府がなすべき仕事とは、当たるか当たらないか分からない、1発数億円の対空ミサイルを買い続けることだろうか? 大阪や京都は防衛しなくて良いんだろうか?

 日本政府/防衛省が、そうした科学的シミュレーションをこれまでやろうともしてこなかった怠慢、そしてそれを国会議員の誰も指摘してこなかった無気力の責任は、有権者である日本国民にある。

 とりあえず今はそんなくだらないことよりも、もっともっと大事な話があります。『予言 日支宗教戦争』(並木書房から発売中)で、みなさん、真の危険について学びましょう! お近くの図書館に購入させましょう。

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 ヘリ空母の名前をなんで『あかぎ』にできないかといえば、日本で最初に「ミニ空母」(8000トンでヘリコプター6機搭載)をつくろうと呼びかけた防衛庁長官が赤城宗徳さん(1959-6就任)なので、まさか個人名を軍艦につけたような印象は避けたかったんだろうね。困ったことに赤城さんの息子がまた現役代議士なんだ。というわけで空母『あかぎ』は当分、就役できない。

 中曽根康弘長官のとき、この「赤城構想」を「1/2」化した形で、ヘリ3機搭載型軽巡の一番艦が起工された。中曽根さんの選挙地盤は上州。そこからよく見える榛名山の名前が、この一番艦につけられた。(くわしくないんだが、『はるな』はもうそろそろ退役かな? 白根山も上州の山と言えなくもない。)

 「海空戦力」重視で戦後の日本人の独立心を取り戻そうと叫んでいた野村機関(東京裁判にひっかからなかった野村大将と保科中将を中心とし、コーストガードしか持たせるつもりのなかったGHQをアーレイ・バーク経由で説得してついに海自を設立させた)や造艦界(保科軍務局長が多くの旧海軍将校を斡旋して再就職させていた)が、感謝の気持ちをこの艦名に篭めた。
 戦後の海自にとってはヘリ空母の名前は特別なのだ。(『ひうが』の命名の背景は知らない。だれか内情に詳しい人に教えてもらいたい。)

 『はるな』の起工年が1970年で、中曽根長官の就任年だ。
 〈海軍も陸軍も絶対に強大化はさせねぇ〉との鬼の信念から、二次防のときからヘリ空母の邪魔を徹底してし続けた旧内務官僚の海原治さん(そのバックには戦前に陸海軍省の権力を苦々しくおもわざるをえなかった大蔵省と内務省と外務省がいただろう)とのバトルに、中曽根長官が勝ってくれた。

 ネットによると、いまは小沢一郎さんが発言して叩かれている主張らしいのだが、〈米軍は平時の日本からは出ていってもらい、有事のさいにいつでも再駐留してもらえばいいじゃないか〉というのは昔の中曽根さんの願望で、そのためには海軍を自前で強化するのが、なにより対米アピールになる、と思っていたのかもしれない。

 昭和19年に保科善四郎中将の下で主計中尉(もちろん短現だから、少尉時代はない。いきなり中尉で、そのまま終戦)をやっていた中曽根さんが長官に就任するという時点で、海原さんの防衛庁内でのキャリアは終わった。
 前にも書いたかしれないが、同じ高等文官でも海原さんは海軍短期現役制度を利用しそこねた。キチガイじみた末期の陸軍にさいしょ一兵卒として召集されちまったものだから、死ぬまで恨み骨髄だった次第だ。

 保科さんがどれほど偉大な人かは、あまりにも人々には知られていない。100歳まで生きた人だ。4期連続の衆議院議員を1966にやめたあとには、自伝を書く暇がいくらでもあったはずなのにもかかわらず、己れの戦後の自慢話や青年時の面白懐古談を何ひとつ公表していないのだ。それゆえに無名なんだと思う。

 そのかわりに、天皇の真価真髄は「無我」にあるんだと、終戦工作の回想記(対米戦の全期を通じて海相や軍務局長から重要会議のつど聞き取りをしてきた「保科メモ」の活字化)で結論した。
 この結論は、兵頭の知る限り、保科さんのオリジナルの結論であり、終戦の御前会議に参列していた人の言葉だけに、聞く価値がある。わたしは決定的な影響を受けた。

 この定義にくらべると「血統論」は価値が劣る。おそれおおい余談だが、もし「無我」「無私」になり得るのなら、誰が天皇におなりあそばしても天皇制は持続可能なはずなのだ。
 もちろん、誰でも昭和天皇のように無我になれるわけがなく、「私」を宮中に持ち込みたがる勢力もたくさん控えているから、血統が防波堤として重視されるのだけれども……。
 保科さんの著書はそこまで考えさせてくれる。おそらく、昭和天皇に倣うべきだとの感奮が、保科さんに自叙伝を書かせなかったのであろう。

 ちなみに、同じ宮城出身の先輩である井上成美さんは、上司(海相)に尽くそうという熱意が保科さんほどなかったようで、終戦工作からは外されている。保科さんの選挙地盤は宮城県だったが、敗戦後の井上さんは郷里とは疎遠になっただろう。

 さて、警察予備隊をつくった旧警察官僚の海原治さんは、旧軍恐怖と旧軍蔑視の両方をもっていた。
 シーレーン防衛はすべきではないし、できもしないのだ――という理由からまず大反対。〈じぶんの名前は陸原だ〉とジョークをかましつつ、海自の次に、陸上自衛隊そのものにも反対した。
 〈大きな陸上自衛隊などいらない。もつべきでもない。その代わりに郷土防衛隊を持て〉と終生、こだわった。
 とにかく米軍様に永久駐留してもらって旧軍復活に対する壜の蓋としなければならない、と考えたのは、旧軍恐怖の裏返しだったろう。

 しかし、民兵を中心とする郷土防衛隊がベストなのだという海原さんの独特な理論が、わたしにはどうも、わけがわからなかった。
 敗戦前夜の旧陸軍の醜状を見てしまった海原さんには、陸自をどう強化しようと単独でソ連に対抗することなど不可能だと思っていたのか。それは1950'sのヨーロッパ諸国にもあった諦観らしい。

 ところが、たまたまこの前、ジョージ・ケナンが1957年にBBCで放送した講演原稿の古本を読んだら、ずっと謎であった海原さんの理論が、突如として理解できてしまった。
 朝鮮戦争直後のソ連の勢力がどこまで伸びるか、予断をゆるさなかった時期に、スイスなどヨーロッパ諸国には、〈万一の被占領後も徹底抵抗をし続けるという態勢が住民のあいだにできあがっていれば、赤軍による間接侵略も直接侵略も抑止できる〉という考え方が、あったようなのだ。

 つまり海原さんは、――住民が平時の〈反共憲兵〉となり、かつまた、有事の〈反共パルチザン隊〉になるならば、たとい将来、いまいましい海自の増強のせいで米軍様が日本列島から撤収してしまったとしても、陸自を弱いままにしておいてよい。そうなっても、ソ連は日本を軍事占領しようとは思わぬはず――と考えたのだろう。

 海原さんは旧陸軍を恐怖していた。できれば陸上自衛隊を「警察予備隊」に戻したかった。その後ろ盾(米軍が万一日本を見捨てた場合も自前でなんとかする保険)として、〈反共隣組〉を強化すればいい、という理論武装をしておいたのだろう。もちろん本音の願望は、米軍の永久駐留だった。

 海原さんは、米軍の後ろ盾なしでは、陸自はソ連軍の前にひとたまりもあるまいとも信じていたのだろう。それで、空自がF-4のような滑走路依存型の航空機を中心装備に据えることにも反対した。
 海原さんは、戦後の日本における、最も行政上の高いポジションに居たところの「ハリアーVTOL信者」だったのだ。
 高速道路利用STOLの「ビゲン」をとびこえ、いきなり「ハリアー」というところが凄かった。
 ソ連から核の先制攻撃を受けたあとでも抗堪できる空軍をまじめに考え、その著書でもハリアーだけを推奨し続けたという点では、海原さんは、空前絶後の防衛政策立案文官だったと言える。
 フォークランド紛争でハリアーが(昔は想像もできなかったほどに進歩したサイドワインダーを武器に)大活躍したのを見て、一昔前に海原説をわらった多くの人が、心中で海原さんを見直していたのではないだろうか。

 また海原さんは、地対空や地対艦の戦術ミサイルで針鼠のように日本列島をカバーせよという主張もしていた。師団や陸自定員や艦隊を増やされちゃかなわないが、戦術ミサイル部隊ならば旧陸海軍の復活にはなるまいと高をくくったのだろう。
 今、ABM予算がこんなに優遇され、他が削減されているのを見たら、海原さんは「わが意を得たり」と言うかもしれない。「イージス艦? 米海軍のシステム奴隷でしょ。だったら大いに結構」と褒めるかもしれない。

 さて、今日のASWは、固定翼哨戒機とヘリコプターでほとんどカタがついてしまうので、騒音源でしかない水上艦は、邪魔だというほどだ。しかしヘリコプターの連続活動時間等に制約が大きいため、プラットフォームおよびアスロック発射役としての水上艦がひきつづき、要る。
 今日の進化したASWのシステムは、同時に6機ものヘリコプターが飛ぶことを要求はしない。だから、3機でも十分なんである。

 実戦では、部品取りのカニバリズム用に、予備機を余計に艦内に格納しておくことはあるだろう。ソマリア沖へ海賊狩り用に派遣された護衛艦(ヘリ2機搭載可能型)も、1艦は同時に1機しか飛ばさない。システムがそうなっているのだ。2機持って行くとしたら、やはり部品どり用である。

 軍艦には半透膜を利用した強力な造水機が備わっているので、航行中であれば、帰艦したヘリを洗浄する真水にはこと欠かない。なにかの事情で真水が足りないようなときも、ローター表面の洗浄だけは必ずやるそうだ。それだけで、揚力がぜんぜん違うそうである。インド洋は塩がつくだけじゃなく、砂塵も飛んでくるでしょうからね。

 揚力といえば、今の海自の対潜ヘリはもういろいろな追加品が重くなりすぎて、ローター・ハブの強度の限界に達しているらしい。エンジンを強化したけれども、ローター・ハブはいまさら太くはできないから、リミッターを効かせないとぶっ壊れるおそれがあるという。ちょうどステロイドで筋肉増強した選手が、強化不可能な靭帯や骨にいっそう気を遣わねばならぬようなもので、軽快な機動ができなくなってしまったのだ。
 操縦席のサイドに防弾鈑も追加されるそうで、ただでさえ窮屈な脚の横がますますスペースが無くなるらしい。

 ASWヘリやマインスウィーパー・ヘリの任務は、次の次ぐらいの世代には、たぶん無人機によって代行されているだろう。固定翼の洋上哨戒機/捜索機は、もっと早く無人機化するだろう。
 『ひうが』はやがては無人機用のスウォーム母艦(Swarm Carrier)になるだろう。

 空母よりも重大な国防課題については『予言 日支宗教戦争』〔発売中〕を読もう!

自我自惨

 『エヴィエーション・ウィーク』のサイトをみていたら載っていた Amy Butler さんの署名記事(2009-3-17付)。
 以下、ちょっと意訳してみます。

 ――ボーイング社は、韓国・シンガポール・日本・イスラエル・サウジ向けに、ストライクイーグル改である「サイレント・イーグル」を提案する。

 セントルイスのボーイング工場は、ジョイントストライクファイター提案でロッキードマーチン社に敗れたので、いまのところF-18の仕事しかなく、必死だ。

 セールスポイント。
 拡大したコンフォーマルタンク内にAAMと対地攻撃兵装を収納してしまう。

 燃料搭載量は犠牲となり、航続力は減る。
 大型の対艦ミサイルまでは収納できない。
 といっても、この新型タンクはボルトで着脱できるから、元のストライク・イーグルの姿にはいつでも簡単に戻せる。

 垂直尾翼は15度外に傾けてステルス性を増す。
 将来は、「ステルス・コーティング」でアンテナ部などの強い反射を抑え、またすでにF/A-18E/F のエンジン吸気口部にとりつけられているようなレーダー・ブロッカーも後付けをして、F-35並の正面被探知率にする。

 このような「サイレント・イーグル」は、韓国が最初に調達するかもしれない。F-15クラスのF-Xを60機、求めているからだ。
 ちなみに韓国はそれと別にステルスのKFXを独自に開発国産して120機配備する計画でもある――。【部分意訳おわり】


 これを読んでの偶懐。

一、航続距離が減るというだけでも日本式の用法にはそぐわなさそうですね。ステルス性よりも滞空時間=航続距離を劇的に改善する工夫はないんですか、ボーイングの技師さん。

二、エアインテイクのレーダーブロッカーやアンテナのコーティングなるもの、どうして国内メーカーは独自に工夫をしないのか。

三、ええ、わかってますよ。予算が取れないんでしょう。だったらどうして国民向けの啓蒙と対内宣伝を強化しないんでしょう、防衛省さん。

四、金丸長官以後、涜職構造が昂進してしまった防衛族=防衛省の世界は、DoDがとっくに開催しているような、安全保障テクノロジー系のブロガーを集めての会議を設けたとしても到底しょうのないレベルに当分はあるのだろうが、必要な予算獲得のための啓蒙宣伝を堂々と彼らに依頼することはできるはずだ。というか、若い内局官僚がとりあえずできることはそのぐらいだ。

五、防衛省は、軍事ケインズ主義がどうしてバラマキにはあたらず、日本の景気を救済し、日本の競争力を高められるのか、「経済が分かっている防衛通ブロガー」を集めて会議を開いて対内宣伝しないと、じきに一切が間に合わなくなるでしょう。

六、ついでながら、内局大臣官房広報は、TV局クルーと同等以上の映像取材便宜を、映像発信が得意なオタク系ブロガーに与えるべし。早くやるべし。


 じつは日本の敵はハードウェアで攻めてくる敵ではなく、日本と近代世界のしきたりを破壊するのが得意なので、その対策を講ずることなしには安全保障も独立もおぼつかないという話を、『予言 日支宗教戦争』で書いております。「サイレント・イーグルを買おう」などと反応してしまいそうな「分かってない」オタクは、『予言 日支宗教戦争』を購入するか最寄の図書館に注文し、「概況」から勉強いたしましょう。

「携帯学校」を創立しよう!

 かねがね小生は、「高校全廃論」を唱えてきた。今の日本国には、高校は要らない。中学と大学だけあればいいのだ。

 余分で有害な3年間! 呪われた戦後の新制高校――。このくだらない既得利権が、全日本の中学生徒から、健強な独立心を奪い去り、万事に卑屈たらしめ、少数の世界レベルの天才の芽をもまた17歳前にして早々と枯らし尽くして来たのだ。
 のみならず、他国には稀な、終身あらたまらぬ種々の変態キャラクターをこの日本社会にビルトインする、悪徳ビョーキ製造工場ともなっていよう。

 しかし遺憾ながら、余輩の高校全廃論は世論の説得に一向成功しなかった。
 そしてとうとうこの度、貧困限界線の世帯が、高校3年間の家計負担を支えきれないとの予測から、有為の子女の高等教育を諦めてしまう、なげやりの垂直ループを懸念すべき経済景況に、わが国は突入するに至った。
 もはや議論や説得の余暇はなくなったと観ぜねばならない。

 「携帯の学校」(ケータイ高校)が必要である。それしか救いの道はなかろう。

 14~18才くらいの、限界学力少年が、その携帯サイトを一日ながめていれば、三流高校に一日通学した以上の学徳が身につく、そのようなコンテンツを、すぐにも有志教育者が開発し、有志資本家が提供しないならば、今から10年後には、日本国はとりかえしのつかないことになっているだろう。

 困ったことに、わたしは携帯電話を所持したことがなく、今後も所持する予定(予算)が無い。
 そこで、まず、携帯サイトの仕組みに詳しい人で、わたしにレクチャーしてくれる方を探す。ご連絡を乞いたい。
 そのあとで、雑誌記事を書いて訴えよう。
 最初に正しい方向と仕組みを示すことができれば、あとは有志の活動によって、回転が始まるだろう。ちょうど、あの「史実を世界に発信する会」が軌道に乗ったように。


 ……では、30歳代ヒキコモリはどうやったら救済できるのか? そこが知りたい方は、巨大書店ですでに発売中の『予言 日支宗教戦争』を探せ!

ふところ手でGET

 櫻井忠温についてネットで調べようとすると、たいてい、旅順の第一回総攻撃で「全身蜂巣銃創」を負っただとか、〈死体と間違われて火葬場に運ばれる途中で生きていると確認された〉という話が出てくるのだが、昭和5~6年の『櫻井忠温全集』をサラリと斜め読みした限りでは、誤りだらけである。いったいこの無名人たちは、揃いも揃って、何のつもりで、確認容易な他人の経歴を脚色するのか?
 ネットで古書の『肉弾』を注文するだけで、こんな誤りはチェックできるだろうに、それを誰もしていないようだ。その手間を惜しむのなら、さいしょから、赤の他人の履歴なんぞ、書かなければいいじゃないか。
 ネット上に歴史上の公人のありもしないエピソードをもっともらしく書き込んで得々たる者たちの無責任感覚は理解を超絶する。半ばはチラ裏か。

 「全身蜂巣銃創」は、身に数十弾を受けて死んでいるために1発ごとの詳細な検死所見をとても書類に書き込んでおれないことから軍医が苦し紛れにつくり出した用語であることは、全集1巻の『肉弾』の147~8頁に書いてあることから推定容易である。櫻井の受傷はそのようなものではなかった。櫻井は両手両足だけをやられたから生還したので、その傷のひとつひとつの具体的な診断は全集6巻所収の『顔(自叙伝)』の501ページに列記してある。
 個々の傷について個々の観察をせずして負傷者を治療なんてできないんだから、あたりまえの話だろう。ちなみに最も酷かったのは右足で、脛は貫通銃創で完全骨折し、腿には盲貫銃創を受けた。軍医界の大幹部の菊池常三郎がじきじきに術式を指図して、この骨をつなげたのだ。

 右手は、吹っ飛ばされたとは『肉弾』には書いてない。ブラブラになったことまでは書いてある。『顔』には、大正10年後半の小倉聯隊附の中佐時代に、サーベルを紐で右手に縛りつけて抜いたけれども苦しかった、とある。切り離したとすれば、病院で切断手術を受けたのであろう。全集にある著者の写真には、両足(足袋着用)は写っているが、右手は写っていない。
 左足が義足になったというネットの文章も見たのだが、その切断はいつなのですかとお尋ねをしたい。

 火葬直前に生きていると判明した……という話に至っては、出典の見当がつかない。全集を隅々まで読まないうちは断言できないが、『肉弾』には生還の模様も具体的に記してあって、疑問の余地はないと思う。
 誰が最初にこの話を広めたのか、そっちをむしろ知りたい。

 『肉弾』と『銃後』の間には7年のインターバルがあるが、櫻井は『肉弾』の直後にも雑誌に何篇か寄稿していた。その副業的な活動が陸軍内で不快がられ、〈寄稿を止めないなら陸軍を辞めろ〉という圧迫を受けたので、彼は生計の方を重視して著作活動の方を一時中止したのである。『肉弾』中の表現が陸軍部内で問題にされたとは兵頭にはとても思えない。あの程度の悲惨な体験描写なら、日露役直後の出版物の中にいくらもある。

 『肉弾』の初版を乃木が見て、何箇所かの修正を櫻井に求めてきたので二版でそれに応じたことが『顔』に書いてある。この「差分」はどんなものだったろうか。誰かもうすでに調べてくれた人はいるんだろうか。

 『銃後』には、松山に捕虜になっていたロシア将校の証言として、対陣中に日本軍は、松山捕虜収容所は風光明媚で温泉もある良いところだから来いという伝単を播いたけれども、そんなものに引っかかる者は少なかった――とある(全集第2巻p.10)。
 然るに、わたしは未読なのだが、ネットによると、櫻井が敗戦後の1954年に書いた『哀しきものの記録』中には、この投降勧告ビラがすこぶる効果があったように書いてあるらしい。
 ひょっとして櫻井は昭和20年8月以後になって思い出を改造するようになったのではないかとわたしはピンと来た。すると、火葬場の逸話も、晩年に至って櫻井が語ったことでもあったのだろうか。

 とにかく、弥助砲や四斤砲の話を書いていたり(きっと新聞班の古い資料にアクセスしたのだ)、陸軍宣伝映画の脚本を書いたり、内務省のナワバリだった新聞雑誌検閲に陸軍省を割り込ませたり、対ソ戦のための国論喚作を考えていた田中義一に見い出されたりと、興味深すぎる人物だといまさらながらに気がついたから、次の次の「近代未満の軍人たち」で、是非とりあげようと思っております。(過去には、乃木調べのかたわら、スルーしてしまったんですよね。彼の孫子解説は国会図書館で読んだ覚えがあります。そのときは特色がないと思いました。孫子に挑んだ下地は、彼の「ニー」好きにあるんでしょう。)


 他では読めない「老子の兵法」解説を収めている、兵頭 二十八の最新刊『予言 日支宗教戦争』(並木書房)は、現在、好評発売中です。地方にお住まいの方は、各種ネット通販や、セブンイレブンの店頭経由の注文、などの方法で、ご購入ください。
 図書館を利用できる人は、リクエストしましょう!

シナ大陸に花粉症は無い――というのは本当か?

 森さま。スポーツ用品を拝受しました。ありがとう存じます。

 さて、7日の質疑応答の時間が足らず、余した質問用紙が多かったのは甚だ遺憾でありました。そこで、記入済み用紙のコピーを軍学堂さまから頂戴しましたので、この場で簡単にお答え申し上げたく存じます(一部重複と割愛あり)。

Q:日本軍が作った風船バクダンというのは、無人兵器か?
A:その通りであります。サイバネティクスを応用した兵器はロボットだと申せましょう。つまり直進魚雷がすでにロボット兵器だったのであります。そして、高度12000~15000mを維持するように工夫してあった、わが「ふ号」兵器も、立派なロボット兵器でした。

Q:無人兵器を敵に奪われたら、困るのではないか?
A:そんな心配をする前に、日本の周辺国が、有効な無人兵器を、日本より先に、日本より大量に整備したらどういうことになってしまうか、それを心配するべきでありましょう。防衛族は利権まみれだし、既存の大メーカーは提案をしないし、防衛省は2流官庁化まっしぐらだし、軍事評論家はまだF-22がどうとか言ってるし、このままだと、どうしようもないですぜ。

Q:オバマ大統領は、軍需産業に白紙小切手を切る時代は終った、といっていますが。
A:既に大きな産業に公的資金を突っ込んでも乗数効果が生ぜず、不景気への治療薬にならんということですね。ちょうど、支那事変中の日本の軍事予算がそうでした。ほとんどが、弾薬代に消えてしまいました。しかし、小さなハイテク産業を大きく育てる場合は違うんです。長期的にその国の競争力を高めることは間違いがないからです。ですので、DARPA予算などは減らぬはずです。

Q:集団自衛権を認めたうえで、日米安保条約の片務性を解消すべきだと思うが。
A:おっしゃる通りです。『属国の防衛革命』などの太田述正さんの記事がご参考になるでしょう。

Q:もし79年にベトナムがカンボジアのポルポトを打倒していなければ、東南アジアはどうなったか?
A:「ポルポト=中共=北朝鮮」ですから、東南アジアは暗黒時代に遷移したでしょうね。

Q:世界不況の中で、中国・北朝鮮が、食うに困って他国を侵略する可能性は?
A:ないです。侵略者は、国ぜんたいの元気が余っているときに近隣を侵略するものです。これは歴史から誰でも簡単に読み取れるパターンの一つでしょう。

Q:最悪の事態である亡国状態に日本がおちいった時に兵頭氏はどこの国に逃げますか?
A:「官僚は国民と運命を共にせよ」と公言している小生が、日本国外への逃亡なんて考えるわけないでしょう。でももし宝くじで200億円くらい当たったら、アンティグアみたいな暖かそうな島へ移住したいですね。

Q:最近の注目のSF作家/SF小説は?
A:ヴェルヌ、ウェルズ、チャペックですね。新しい発想を得たくば、だんだんと古典へ遡ってみることです。これは、何の分野でもそうです。

Q:ロボコンはどうですか?
A:無異議だとは申しません。しかし、「撃ち合い」の要素を採り入れることは文科省の支配下である限りは不可能でしょう。「穴掘り競争」とかの新発想が欲しいですね。

Q:無人兵器をどの国と組んで開発すべきか?
A:国ではなくメーカー単位で考えるべきです。「ダッシュ」のメーカーが左前になったときがありましたが、そういうときに、買収してしまうという着眼も必要かもしれませんよ。たしかDARPAは外国人にもプロジェクト応募の門戸を開いていたでしょう。その真似をすれば良いだけです。

Q:国産兵器技術の進化・発展に関して国内でいちばん決定権を持っているのは、防衛省でしょうか、国民世論でしょうか。
A:いまのところは、天下り受け入れ法人なんじゃないですか。とにかく自民一党支配が続く限り、腐敗は止まりません。

Q:なぜ1920~60'sのSFなのか。70's~現代のものはどうなのか。
A:もちろん米軍は最新SFも参考にしています。しかしほとんどのアイディアは過去に何度も出てきているものなのです。それを読み漏らすことの方が、怖いでしょう。

Q:無人兵器の運用も民間委託できませんか。戦争請負会社に。
A:戦場で人殺しをする権限を民間人に与えていいわけないじゃないですか。

Q:新しい別な有料メルマガを配信する意向は?
A:ありません。もっかのところ、「読書余論」がわたしの活動のメインです。

Q:軍事や兵器に関する数字をリアルに把握する方法は?
A:多読しかないですね。「読書余論」は役に立ちますよ。

Q:国の規制がありすぎるので、街工場の自動車参入は至難ではないのか。
A:その通りです。だから法律を変えて、ふつうの車道の法定速度を「時速35キロ未満」にしなくてはなりません。私有乗用車の最高速度が人の全力疾走以下に規制されれば、車体の安全基準も簡単になり、町工場の技術力・資本力でも参入が可能になります。

Q:Youtube などで見られる瀬戸弘幸さん、西村修平さんらの「行動する保守」運動について、どうお考えでしょうか?
A:わたしが新風を買っているのは、瀬戸さんがいるからですよ。

Q:我が国が真の独立国となるために、個人レベルで何から始めたらよいか。
A:新風の選挙運動にボランティアで飛び込んでください。ポスター貼りの仕事からあります。それと、今週から好評発売中の拙著『予言 日支宗教戦争』の宣伝カキコなどを、諸方のサイトで展開してくださいませんか? ご批判でも構いません。

A:無人兵器を開発するために旧軍のような「工廠」が必要か。
Q:あたらしく別な機構をつくるまでもないのでは。

A:本を探したり読んだりする秘法はないですか。
Q:いちど、公共図書館の分類番号の000から999まで、数冊づつランダムに読んでみることです。乱読から入門すると、自分の興味が分かってきます。自分の興味が分かれば、その分野での必要な案内人も、おのずと見えてきますでしょう。

Q:『経○○学会』という雑誌と兵頭のかかわりについて。
A:『ヤーボー丼』所収の2篇の「研究ノート」(「論文」よりも完成度の落ちるもの。研究ノートよりも学術的に格が下がる文章は「エッセイ」です)をまず御覧ください。初出が書いてあります。それが『經○○學会』であります。研究者は無論のことですけれども、修士課程の大学院生でも、できれば、何らかの学術雑誌に論文やエッセイを載せると、若いうちから箔がつくわけです。また、「この発見はオレが世界で最初だぜ!」という公的な証明にもなります。学術雑誌に寄稿するには、その学会に所属しなければならず、それには年会費とか推薦人とかが必要です。しかも、権威のある学術雑誌のレフェリーは、出来のよくない論文が寄稿されてもリジェクトしてしまいます。ところが、中には、会費さえちゃんと払っていれば、推薦人も要らず、かなり〈?〉な内容の論文でも、ときおりは載せてくれるという、間口が広くて鷹揚な「学会誌」もある次第です。おわかりでしょうか? 今日では、自分の特異な見解を一刻も早く世界に公表したかったら、インターネットにアップロードすればよいだけです。ところが、20年くらい前は、商業雑誌に載らない文章をいかにして活字の紙印刷媒体に変換してもらうかを、苦労して考えねばなりませんでした。学会誌は「抜き刷り」というものを別に印刷して寄稿者に売ってくれますので、寄稿者は、その抜き刷りを他の研究者に郵送したりして自己宣伝をしたわけなのです。

 ――こんな感じで、雑駁ですいません。
 あとN・龍太さん。管理人さん経由で絵を見せてください。いつでも良いです。

 以下は余談。
 英文サイトの「ディフェンス・ニューズ」を見たら、 William Matthews 氏が、石炭から合成ジェット燃料をつくろうという米空軍の本気プロジェクトの話を書いている(09-3-2)。
 ちょっと部分意訳をしてみよう。

 原油はバレル150ドル弱から40ドル以下に下がったが、そんなの関係なく、USAFは、石炭、天然ガス、動物脂肪等からジェット燃料を取り出すつもりだ。
 2016までに米国内のジェット燃料の半分は合成品にしたい。

 モンタナのマルムストロム空軍基地で、石炭合成ジェット燃料の本格計画がスタート。 すでに B-52、 B-1、 C-17 で合成燃料を使って確認。次は、 F-22、 F-16、 B-2、 KC-135、C-5、 T-38 を、半分合成燃料を混ぜたJP8で飛ばすつもりだ。
 国際民航協会IATAでも、2025までには四分の一の燃料は合成油にしたい、と。

 原油が バレルあたり60~70ドルになれば、合成油は経済的に競争力をもつ。
 米国は全消費油の7割を輸入している。そうである以上、原油はいつか必ずバレル170ドルにもなるに決まっていよう。※そうそう。「投機家の操作だ」とか言ってる能天気な経済専門家が日本には多いんですけどね。安全保障関係者ならそんな甘い見通しは抱かないわけ。常に最悪の可能事態を考えましょうよ。

  Fischer-Tropsch 法という製造工程を用いると、石炭、コークス、木材、トウモロコシの茎などを、華氏1600度でガス化できる。
 そのガスから水銀や硫黄を除去し、一酸化炭素と水素を残す。二酸化炭素と水素を反応容器に注入すると、鉄の小片が触媒となって合成ワックスができる。それを精製すると航空燃料やらディーゼル燃料やらが取り出せる。
 製造過程と燃焼消費時とをあわせ、ふつうの石油に較べて2倍近くも二酸化炭素を生じてしまうのが、合成石炭油の一大欠点だ。
 これについても解法は研究されている。たとえば液体中から二酸化炭素を隔離・捕獲して土中に埋めてしまう方法。実用化すれば、JP8よりも1~2割、二酸化炭素を減らすことができる、と開発メーカーは主張。
 〔部分意訳、おわり〕

 どうです、この本気度。
 これから、我が国が原発を百基つくったとしても、飛行機だけは液体燃料で飛ばすしかないんですから、日本でもマジメに取り組みましょうや。この分野でもアメリカに置いていかれたら、目も当てられませんぜ。

 ちなみに、日本にも炭鉱の鉱脈なら、まだいっぱいあるわけです。ただし、採算が合わないので、もう掘ってないというだけ。
 石炭をうまく液化できるなら、なにも地上まで掘り出す必要はないんです。プラントを地下に設けて、ロボットに掘らせながら、その場で液化すればよい。そのやり方なら、日本でも採算は合うはずなのです。
 全力で取り組むべきだと思いますね。

お詫び第二弾!

 『予言 日支宗教戦争』の206ページの手紙の画像が違っておりました。
 正しくは ↓ であります。

http://www.namiki-shobo.co.jp/image/yogen_206p_02.jpg

 関係者の皆様に謹んでお詫び申し上げます。

本日は書店に行かばや!(ただし大都市居住の方のみ)

 ミリタリーのコーナーが特別に充実している大型書店だと、おそらく10日(火)の夕方までに、『予言 日支宗教戦争』が、棚に配列されると思います。鵜の目になって探してみてください。
 ついでに、月刊『文藝春秋』では別宮先生が座談会にご登場ではないか! だが、待つんだ! もし貴男の今月の可処分所得が2300円くらいしかなかった場合、先づは『予言 日支宗教戦争』(¥1600円)の方をお求めくださいね。両方買えば2350円になっちゃいますからね。

 新渡戸は、もちろん「ウルトラC」を狙ったのです。まったくゼロから、近代日本教としての“BUSHIDO”を捏ね上げようとチャレンジしました。いわば、パウロやアウグスティヌスがやったような仕事に手を掛けた。この新渡戸の後続を断ったままにしてはいけない。ルース・ベネディクトの誘導に、アクロバットで応じてみせなければならない。漢字で書く「武士道」は、最後には閉塞する道でしかないのです。

 ところで、いきなりで申し訳ないんですけども、直しがあります。


○53頁 うしろから4行目
 しかし「自衛の倫理」を人材を欠いた日本政府は
  ↓
 しかし「自衛の倫理」と人材を欠いた日本政府は


○108頁 最終行目
 材木製品として切り削などの加工をほどこす前の
  ↓
 材木製品として切削などの加工をほどこす前の

 ※送稿原稿は「切削」なのです。しかし、なぜか活字は「切り削」と変わっている。なんでだろ~? 読み方はもちろん「せっさく」ですよ。


○211頁 うしろから5行目
 最先端を行なってますね。
  ↓
 最先端を行ってますね。

 ※わたしはこういう混同が厭なので、「おこなって」と読ませるときには必ず、「行なって」と、「な」を加える主義です。しかしこの箇所は「いって」と読ませたかったのです。だからモトゲンでは「な」は加えていなかったのですが、校正をした人が統一したいという欲求に負けたらしい。


 ミリタリー専門書店の無い地域に居住しておられる大多数の皆さん! 書籍はもうフツーの本屋で探す時代じゃないですぜ。貴重なサーチコストを節約しましょう。
 インターネット環境の無い方でも、セブンイレブンなどの一部コンビニで、店頭で取り寄せることができるようになっていますよ。店員の方にご相談ください。

 近所の図書館なら利用できるという方。図書館備え付けの、購入リクエストカードに、『予言 日支宗教戦争』と書き込みましょう!

皆様、どうもありがとう。

 講演出張から帰りました。
 ノーカットだと2時間くらいになるんでしょうか。誰かが音声または絵音を、長尺でアップロードしてくださるだろう。

 「軍事情報」さま。拙著についての(またしても)過分のご紹介を賜りまして恐悦至極に存じました。並木書房さんに聞いたらば、あの紹介だけで、『予言 日支宗教戦争』のアマゾンのランキングがガラリと変わったそうであります。改めて御礼を申し上げます。

 「ネットゲリラ」さま。今まで一面識も無かったにもかかわらず親しくお話をうかがうことが出来、望外の勉強をさせて戴きました。わたくしはお連れのドライバーの方を拝見して、ふと、1991年頃のいくつかの映像ソフトに出演していた方にえらく似ていらっしゃるなという不適切な連想をしてしまいました。お許しください。
 とにかく「隠士」は現代日本にもいるんだ――とびっくりしました。
 もしヨットで北海道南岸にお立ち寄りの節はぜひ事前にご一報をください。わたくし海岸で焚き火をしながら、イカとコップ酒を炙りつつ、お待ち申し上げたいなと念願します。

 応援スタッフの皆さん。まさかこっそりカンパまで頂戴できようとは思いませんでした。これは現物で何か拝領するよりも、遥かに有り難いのであります。局地災害の場合、毛布など現物の「災害救恤品」は実は誰にもよろこばれず、ほんとうに被災者やレスキュー機関のためになるのはマネーなのであるという、世の中と人生の非常時の機微がよ~く分かっていらっしゃる方々だなぁ……とつくづく感動を致しました。これからもコジキ街道をまっしぐらに歩みます。(プリンターは寄付者があらわれるまで待ちます。今回の講演は手書きメモだけでやってみまして、それでなんとかなるということが分かりました。)

 廣宮さま。あなたはかならずメジャーになれるので、さらに間口を広げてどんどん攻めましょう。

 武道通信ご一同さま。わざわざ恐縮です。また面白い話を聞かせてください。Kenさんの運動はできるだけ広めないとね!

 FDR(パソ通時代からある軍事フォーラム)の関係者の皆さん。いつもネタを貰うばっかりですみません。有効な提案に結び付けられるよう努力を続けて参ります。

 かなり遠方よりお越しの皆々様。講演につきものの質疑応答コーナーは時間無制限でやりたいというのが小生の本来の希望なんであります。しかし会場レンタルの都合上、そうはいきませんのが、いつもいつも詢に残念でございます。面倒な講演部分は抜きで、もう質疑応答だけをオープニングから延々と素面でやり続けるというイベントを、誰か企画してくれないでしょうかね?
 答え切れなかった質問用紙についても後日、なんとかどこかでコメントできればいいなと思っております。

 軍学堂さま。NHKの国際報道部の偉い方であったとか別宮先生から承りまして驚愕致した次第でございます。その人脈でプロのアナウンサーの方も司会を引き受けてくださるわけですね。

 皆様のますますのご発展を、心よりお祈り申し上げます。

選挙が(小沢氏にとり)至福のレクリエーションではなくなる日

 ひきこもっていると一生絶対にわからないのが、選挙の面白さです。

 そこでわたしは杉山穎男さんが平成13年の参院選に出る(それも前田日明さんの代打として)と聞いたとき、『落ちるに決まってんだろ。家族の人もたいへんだな』と思いつつ、面白半分で街頭演説を何度かひきうけました。佐山サトルさんや、一水会の木村さんと肩を並べてね。いや~、あの一夏で、あまりに多くのことを学ばせていただきました。

 街宣車は、選挙期間中は、交通警察の取調べを、事実上、受けないのです。ふだんは駐停車などゆるされぬような場所、たとえば駅前ロータリーに停車させて、拡声器で演説を始めることができる。「法律われに関して何かあらん」という、〈法的な透明人間〉になれるわけです。

 何という非日常の2週間! そしてそこから生まれる同志的な共感。ふだんは気づかなかった、組織的な気色の悪い「政敵/公敵」が街のあちこちに潜伏していたことへの気付き。(大橋巨泉は憎々しかったね。)ここには学生クラブ活動の延長線上の異時空があるのです。これでわたしはピンと来た。小沢さんは、こういう演劇興行空間の中毒力からもう脱けられなくなっちゃったんでしょう。ショウほど素敵なものはなかったんだ。

 GHQ民主主義の議会実験の土台として「聖化」されてきたがゆえに、触法行為に対して部分的に錦の御旗となってくれる、国政選挙。しかし選挙が終わると、関係者は、法的な透明人間ではなくなってしまいます。つまりませんわね。

 若い時に司法試験にチャレンジして果たせなかったと聞く小沢さんには、高級国家公務員式の法運用スキルに対して、コンプレックスがあるだろうと想像します。選挙のときだけ、その法匪どもに対してじぶんがオールマイティになれるんだという錯覚が、彼をやみつきにしてしまったと想像しています。(でも御父君が「一郎」なんていう単純明快な名を敢えて息子につけたのは、はじめから息子を将来の代議士選挙に立候補させる用意であって、法科英才教育などさせなかったから、弁護士になれなかったんだと想像ができますよね。とすればご本人は、弁護士資格をとってみせることで、己れの父親を乗り越えようとしたのかしらん。)

 また、小沢氏とマスコミの相性の良さも、シンデレラ舞踏会中毒の同病だというところにあるんでしょう。時計の針を何度でも12時前に戻し、日常の埒外の楽しいイベントだけを、永久に、延々と、死ぬまでも反復して行きたいという共通願望。
 わたしは、小沢氏退場後の検察がヒーローになり、その検察とマスコミが、演劇空間中毒の麻薬注射の射ち回しをし始めぬように、今から祈りたいと思います。

 それじゃ皆さん、横浜でお目にかかりましょう!

オピニオンを「買わせる」ことの不自由さ

 『諸君!』が休刊ですって? ネットで聞き及びました。不況と「政界ドゥームズデイ」に敏感なのでしょうね。文藝春秋社の株(もちろんバーチャル)は、上がるんじゃないでしょうか。

 社内では、ウン十年前みたいに、総力を投入した重量級のインベスティゲイティング記事のために、優秀な記者さんたちを五、六人くらいも貼り付けて行ける、そんな体制を、また、とりたいのかもしれません(むろん、これはアウトサイダーの憶測です)。
 考えてみれば、「第二の立花氏」も、未だに社内で育成できてません。

 としますれば、月刊『文藝春秋』本誌や、『週刊文春』の、近未来の破壊力増強が期待できそうだ。
 しかし個人的には、週刊誌の発売日が遅い田舎のヒキコモリ自営業であるために、わたしは週刊誌をタイムリーに読む機会がゼロですので、とても残念です。

 文春の雑誌記事のために社会的評価を致命的なまでに落とす「巨悪」が次々と出る――、そういう時代が近々、来るのだと信じて忍ぶことにしましょう。(あるいは、庶民が誰も予測もしなかったような大疑獄事件が、まもなく立て続けに表沙汰にされるのかもしれませんね。)

 追懐です。
 1997年頃と思いますが、自分の力作の寄稿が載った『諸君!』の最新号(書店発売日よりも早く郵送されてくる)をママチャリのカゴに放り込み、上野の不忍池まで出掛けて、ベンチでじぶんの記事だけ2回繰り返し読んでから、また文京区のボロアパートに戻って行った、あの初々しい痛快感を、新人寄稿者がもう味わうことはないのだな…と思いますと、寂しいですねぇ。(これらの記事はそのご私の単行本には収載されていませんから、図書館で読んでみようという人以外には、存在しないも同然ですな。)

 雑感です。
 プロ・ライターの気分は、輓近、「編集長」化してます。ネット普及が一定以上に達した、だいたい西暦2004年以後の、日本国内の傾向でしょう。
 そのせいでしょうか、近ごろは、あちこちの大物ライターが、自己都合で書きたい記事を押し込んでくる圧力に、異動の頻繁な、あるいは多忙すぎる編集者たちが、イージーに屈しているんじゃないのか――、と思うような誌面に、しばしばお目にかかります。

 (それを言うと、オレの96年論文も江藤淳の押し込みですよ。でも、斉藤禎さん時代、つまりオレが学生だったときには、原稿は江藤のプッシュに関係なく、見事にリジェクトされているのです。その原稿がどんな内容だったかは、1995の『日本の防衛力再考』の巻末附録から、ご想像ください。)

 こうした記事の共通な特徴は、1頁で語れるはずの話を3頁くらいにも引き伸ばしていることです。要するに読者本位ではなく、ライターの営業収益本位(字数に応じて原稿料が増え、取材費は編集部に負担させた上、何号かまとめて単行本にすれば二期作で印税も稼げる)なのです。
 江戸時代の民間大工がわざと工期を延ばそうとチンタラ仕事をしていたのを武家屋敷の発注主も強腰の監督指導ができなかった、そんな図が思い浮かぶでしょう。

 もしそんな記事が1号中に複数、いつも登場するような状態になったなら、左翼主義雑誌だって閉塞するのではないでしょうか。つまり、雑誌社が特定のライターたちにたかられている状態ですよ。わたしもたかる術はないかと冀求し続けているコジキの一人ですけども、長い記事を書くときには読者にぜったいに損をさせないように新ネタを仕入れます。当然なことに、それはネット上の無料テキストと重複がないようにしなければならない。

 オピニオン雑誌に、興味の細分化している現代の読者の気をひくような、短くて高濃度の完結記事が、ひとつ載っていたとします。それは、立ち読みされておしまいでしょうね。
 しかも、ほとんどの読者は、異論を脳内でスルーしますので、真のオピニオンは伝達されないことが多いんです。(たとえばわたしは公然たる反遠洋捕鯨、反霊璽簿、反田母神論文、一億総背番号制大賛成の記事を何度か書いてきていますが、雑誌の常連購読者は誰も認識してないでしょう。この空しさたるや……。)

 オピニオン雑誌向けの長い記事の2~3本分の文字量(=労力)で、薄い新書を1冊つくることができます。新書は、興味の細分化している消費者に、立ち読みでなく購入を誘いかける引力をもつでしょう。
 良心的ライターにとっては、実売部数の少ないオピニオン雑誌で1ヶ月間だけ力作が掲載されるよりも、書き下ろしの新書をプロデュースしてもらった方が、いまやメリットが大きいかもしれません。

 おしまいに、『諸君!』4月号の「秦 v. 西尾」対談について。わたしは秦氏を支持します。しかし田母神論文のタイトルは「日本は侵略国家であったのか」なんですから、秦氏はこれに対して明瞭に「日本は侵略国家であった。なぜなら……」と答えねば、スッキリしないんじゃないでしょうか。編集者はどうしてそこをはっきりさせないんだ?

 わたしは、はっきりさせました。並木書房の『予言・日支宗教戦争』は、昨日、見本が刷り上ったようです。田母神論文騒動に興味がある方は、是非、この本の前半3章をお読みになってください。

 以上、「オレにもっと書かせていれば、『諸君!』も潰れなかった」と歎いているあまたのライターの代弁にはすこしもなっていないカキコでした(w)。

そろそろ「日仏防支協定」を結ぶ時じゃね? ア○公は抜きでさ。

 尊敬する台湾のメーカーにご提案したい。
 3000円くらいのA4モノクロ・プリンターを作ってくれないか。
 とにかくエプソン/キヤノンはもういい。
 カラーインクが一色なくなりかけただけでプリントのコマンドを受けつけなくなるとか、突如、原因不明の故障を起こすとか。……うんざりなんだよ。

 墨汁だけ補給したらとりあえず印刷できる、モノクロ・プリンターを作っとくれよ!
 印刷後に透明ラッカースプレーでもかけりゃあ、雨の日に出すハガキにも使えるだろうし(まあ、オレは出さないけど)。

 あれほど潜在需要のあった2万円ラップトップPCを、日本のメーカーがどっこも作れなかったのと同じで、この3000円プリンターだって、作れるとしたら、きっと台湾のメーカーだけだろう。期待してますよ。

 圧倒的にエコだし。携帯につないでFAXを受信できるようにもなるよ。そうなれば、貧乏フリーライターにとって、どれほど朗報になるだろう?

 それから、3-7の横浜講演ですけど、割高入場料金で当日ブラリと立ち寄ることも可能みたいです。なお、録音・撮影・録画した人は、かならずインターネットにアップロードしてくださいね。個人として楽しむことは厳禁します。

「読書余論」2009-3-25配信予定のコンテンツ謹告

▼吉森實行『ハワイを繞る日米関係史』文藝春秋S18-12
 M27~33の日本からの移民の質が悪すぎたことが差別の原因だと、戦時中に説得しようと努めてもいる労作。しかしこういうのを読むと、『山椒魚戦争』を書いたチャペックは偉かったと思いますよ。

▼William R. Castl Jr.『Hawaii ――Past and Present』 1913

▼Isabel Anderson 『The Spell of the Hawaiian Islands and the Philippines』1916

▼白山友正『箱館五稜郭築城史』北海道経済史研究所 S41年

▼鈴木章『助川海防城』1978

▼小田治『地名を掘る――鉱山・鉱物による考察』S61

▼玉城 哲ed.『灌漑農業社会の諸形態』1979
 日本人がいちばんよく分かっていると思い込んでいる水稲作についてじつはぜんぜん己れを知らないのだよと思い知らせてくれる玉城節炸裂。

▼林武ed.『水利の社会構造』1984
 1983年に玉城氏が死去しているが、内容は玉城説の再確認になっている。年貢と地租の違いも分かる。

▼土井三郎『クラウゼヴィッツ戦争概論』労農書房、S7

▼『中央大学論集』1996-3所収、清水紘一「近世初頭の海防体制」

▼『江戸文学』11号(1993)所収、小谷野敦「『八犬伝』の海防思想」

▼『日本文学』1996-10所収、川西元「『本朝水滸伝』と兵学」

▼『東方学』S60-1所収、湯浅邦弘「『尉繚子』の富国強兵思想」

▼『国文学 解釈と鑑賞』1991-8所収、加美宏「政治・軍学の書として読まれた『太平記』」

▼長 文連『皇位への野望』図書出版社1980-5、初版?年
 今上陛下の母方の祖父にあたる「中川宮」こそが公武合体の政策リーダーで、孝明天皇などその傀儡にすぎなかったと力説。失脚させられた彼こそ、じつは最終勝利したと言える、と。子沢山であることがロングスパンでは公卿の最善戦略になるのか。本書は平成年間中はまず再版されないだろう。が、幕末の力関係を知りたくば、必読。数万石ていどの石高の大名では、とてもリーダーシップはとれなかったことも、よくわかる。

▼正宗白鳥『人を殺したが…』福武書店1983
 しょうもない小説だ。

▼『歎異抄』金子大栄・校注、イワブン

▼防研史料『地下工場建設指導要領案』S20-2

▼防研史料『米軍戦法ノ参考』S18-9
 米軍を褒めている貴重な資料。

▼防研史料『國土決戦教令』S20-4-20

▼防研史料『四式十五糎自走砲説明書』S20-1-31

▼防研史料『試製九糎(空挺隊用)噴進砲竣工試験要領』S19-7

▼防研史料『簡易投擲器(弓及弩弓)説明書』S20-2
 明智光秀が竹槍で刺されたわけがないという、その傍証を示そう。

▼防研史料『試製四式四十糎噴進榴弾説明書』S20-3
 100キロ・オーバーの弾薬をどうやって8人で担いで運ぶか。その答え。

▼防研史料『兵器取扱法 第十陸軍技術研究所』S20
 4式中戦車を満州で使うつもりであったというその傍証を示そう。

▼徳永凡『後方部隊』S14-11

▼公家裕『もぐら兵隊』S17-6

▼竹定政一『実録・満洲阿城重砲』S55

▼遠藤寛哉『蕃匪討伐記念写真帖』M44-5
 空き瓶で鳴子を作る方法、等々。

▼スタニスワフ・レム著、沼野・他tr.『高い城・文学エッセイ』2004
 ポーランドのギムナジウムでの軍事教練とはどんなものだったか。ウェルズ論は読ませます。しかしヴェルヌ批判は屈折しており、チャペック無視はもっと屈折していると思う。

▼スタニスワフ・レム著、沼野・他tr.『天の声・枯草熱』2005
 ネタバレ注意です。「天の声」を読めばアーサー・クラークなど馬鹿らしくて読めなくなるが、しかし新約聖書に囚われているところは共通だ。

▼齋藤清衛『精神美としての日本文学』S13-10初版、S20-11repr.

▼「大橋氏自筆稿」(三康図書館・大橋文庫蔵)
 じつはガトリング砲は河合継之助の手には渡っていなかったんじゃないか、っていう……。

▼有坂【金召】蔵『武器武装』雄山閣、S4?

▼太田才次郎『諸芸指南』M34-2
 背の立たない深い水中を、重い装備をかついだまま渡る方法……。誰か実験してくれんかな、コレ。

▼『国際交流』1998-7
 武士道についての充実した要約。佐藤一斎は「独立自信」といい、福沢は「独立自尊」といった。

▼古川哲史『日本倫理思想史研究 2 武士道の思想とその周辺』1957-2

▼成瀬関次『臨戦刀術』S19-3
 山浦真雄の文の中に「切味にぶうして堅物にかかりてはのるぞかし」とあり、ここから、『五輪書』の中の「のる」は、〈表面を滑る〉の意味ではないかとも考え得るんじゃ……?

▼成瀬関次『手裏剣』S18-4
 屍体実験までしちゃっている著作は、日中友好化した戦後はもうありえないです。

▼有賀弘・他ed.『政治思想史の基礎知識』S52

▼レイモン・アロン『戦争を考える』佐藤毅夫tr.S53、原1976
 キッシンジャーの『核兵器と外交政策』の次には、この論文を読まんことには、「戦略」は語れませんぜ。

▼レイモン・アロン『世紀末の国際関係』柏岡富英tr.1986、原1984
 1905生まれのアロンは1983秋死去。死ぬまでソ連の軍事力をかいかぶりすぎていた。アメリカの宣伝にしてやられていたのだ。

▼J・L・Payne著『The American Threat』岩島久夫tr.1971、原1970

▼D・J・ダーリン著、直井武夫tr.『ソ連と極東 上』S26、原1948

▼H・B・モース&H・F・マクネア『極東国際関係史 上巻』浅野晃tr.S16

▼宮崎繁樹『戦争と人権』S51

▼伊達源一郎『極東のロシア』大4

▼S・ズナメンスキー『ロシア人の日本発見』

▼J・G・マッキーン『バビロン』岩永博tr.1976

▼北海道立北方民族博物館ed.『人、イヌと歩く』1998-7

▼『別冊 日経サイエンス 119 核と戦争の20世紀』1997-6
 10年以上も前からちっとも前進してない技術があるので驚くでしょう。たとえば小銃弾の発射点を探知する方法など。今どうなってるんですかね?

▼齋藤進『バード少将南極探検』S5-11

▼東京市役所ed.『帝都文化施設一覧(第一輯)』S15-8
 海軍館などの正確な番地がわかります。

▼平山喜久松『盗難防止の研究』S11repr.
 『予言・日支宗教戦争』の第5章で参考にした文献の一つです。

▼三宅泰雄『日本の雨』S31

▼河南林男『科学の生んだ驚く可き独逸の富強』大7-6
 まず小学校教員から厳選しとかないとダメなんだ、という話。

▼松村松年『大日本害蟲図説』S7-4
 アリの巣を撃滅する方法、など。

▼谷本亀次郎『農山村天産物の利用』S10
 スイカの種は駆虫剤になる、といった、戦前のお役立ち情報。

▼市川節太郎『東西接待法要訣』M45-4
 明治の海軍少佐が若い将校のためのエチケットマナー集を書いたもの。明治末になっても、まだ欧化で苦労していたんだ。

▼F・A・ハイエク著『個人主義と経済秩序』嘉治tr.1990、原1949
 「読書余論」の試みじたいが、一つのハイエク主義である。しかしハイエクは、貴族階級を愛する趣味から「累進課税=所得再分配」に反対するという間違いを犯している。

 ◆   ◆   ◆

 「俗悪な紙屑同然の本の氾濫で今に価値ある貴重な出版物が溺死してしまうにちがいない。なにしろ、十冊の粗悪な本の中から一冊の良書を見つけるほうが、百万冊の中から千冊を選ぶよりはるかに容易なはずだ。」
 ――これは1968年にスタニスワム・レムが書いたSF『天の声』に出てくる文章(深見弾氏訳)です。
 百万冊の中から千冊を選ぶ作業を、あるいは1000ページのなかから10ページを指摘する作業を、消費者と文献そのものとの中間に立って情報整理する係が要請されています。すべてのジャンルで、誰かがそれをひきうけるべきでしょう。

 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)

 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。

 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。

 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は200円です。
 バックナンバーも1号分が200円で、1号分のみでも講読ができます。
 2008年6月25日号以前のバックナンバーのコンテンツは、配信元の「武道通信」のウェブサイト
http://www.budotusin.net
 の「告知板」をスクロールすれば、確認ができます。

 ウェブサイトでわからない詳細なお問い合わせは、(有)杉山穎男事務所
sugiyama@budotusin.net
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