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サポナリア・オフィシナリスの種は確かに発芽しにくい

 「こぼれ種で増える」という事典の説明と、「初心者には発芽させられない」というショップのエクスキューズと、どっちが正しいのか?
 実験してみた。
 サカタのジフィーセブン×8基に市販のソープワートの種を2粒づつ播く。これなら発芽は楽勝だろうと思っていたら、10日経っても兆候が無い。透明のバックルコンテナ内に並べて湿度100%を維持したのが原因なのか? それとも室温が夜間は10度まで下がるのが原因なのか……。たぶん後者と見当をつける。

 次に(数日遅れて並行実験す)、百均の12cmプラ鉢に、ツルハドラッグの198円土を無造作に入れ十二分に潅水したものに7粒バラ播きして薄く覆土し、早朝5時から電照(電球色ネオボール)、昼は南面したガラス窓内側に置き、夕刻から夜は21時まで電照というパターンで試す。
 2個のタネが、5日目くらいで出芽した。昼の最高室温は22度くらいだったはずだ。

 もっかの仮説。
 夏に開花する多年草が、「こぼれ種で増える」と事典で解説されている場合、それは、昼夜の地温が夏の温度であるからだ。その夏場のリアルな地温を再現してやらない限り、屋内実験での発芽成績が悪いのは、ありそうなことだ。

残存する唯一の形式の旧軍の「火薬庫」(地上棟)か?

 谷地頭の「函館八幡宮」の敷地に接した土手際に、やたらに古そうな、そして小さくて奇妙な、窓に赤錆びの鉄格子の嵌まった薄いコンクリート壁+錆びまくったトタン拭き方形屋根の、独立棟が現存する。
 見た目は、質屋の土蔵とも違うし、一般人の普通の倉庫にしては設計が凝りすぎた印象。とにかく用途の見当がつかず、不思議なもの。(ブログの「なんだか函館」の銀ぎつねさんも、分からないと書いておられた。)

 現地には、戦前は、「津軽要塞司令部」があった。今は道営団地になっている。それを知っていれば、旧軍の施設であることは想像できた。

 答えは、函館産業遺産研究会編の『函館の産業遺産』No.7(2002-7-1発行)に書かれていた。
 三方を土手で囲んだ「火薬庫」であった。

 同資料によれば、津軽要塞司令部の構内には、地上式の大きな納屋のような「弾丸本庫」、同じく大きな「弾丸庫」、山裾の斜面に埋め込むようにコンクリートで造られた「地下倉庫」(これは貴重な産業遺産として市が保存措置をとっている)、そしてこの「火薬庫」があったという。

 函館山には24cmから75mmまでの各種要塞砲が据えられていた。弾丸庫はその砲弾を収めていただろう。
 「地下倉庫」は、特に威力の大きい高性能炸薬入りの重砲弾の倉庫だったかもしれない。(28糎榴弾は黒色火薬なので、むしろ湿気がよくなかった筈だ。)

 問題はこの小さな「火薬庫」だが、要塞砲兵といえども小火器を装備していろうたから、小銃弾などを収めたのではないかと、兵頭は想像する。
 明治30年代設計の火薬庫ゆえ、今のように四方を土手で囲まなくともよかったのだ。

 横須賀の猿島のように、わが国内には、旧陸海軍の弾薬庫/火薬庫は各所に現存している。が、地下部分の無い、建設当初から地上部分だけの独立棟というのは、現物がそのまま残されているのは、この谷地頭の「火薬庫」だけではないか。

 函館八幡宮の禰宜の土田紘司さんから兵頭が直接にうかがった話によると、かつて、この建物を夏期のストーブ置き場にしていたこともあったそうだが、今は、屋根からは植物が侵入し、床は土手の土砂が押し寄せて半分埋めているという状態で、中は完全な廃屋だそうである。
 ただ、木造でないために、こうして腐朽をまぬがれて建ち続けているのだ。

 教育委員会か誰かが、案内板を設置すべきじゃないだろうか。人に知られず埋もれさせておくのは、みんなが損である。

なぜ self-defense の proportionality が、自衛隊に関しては「必要最小限度」と意訳されたか?

 これはベースに昔の警察の考え方があった。
 たとえば犯人がピストルを擬して向かってきたとき、警察官が拳銃を発射してその犯人を制圧しても、「プロポーショネイト」であり、正当防衛が成り立つ。
 では多数の暴徒が警察署を取り囲んでダイナマイトを投げつけてきたときに、警察署内からも、致死性の爆弾を多数投げつけて、これに応戦してよいか?
 普通の軍隊ならば、それも十分に「プロポーショネイト」である。
 しかし日本の警察はそこまでは許されない。可能なのはせいぜい、低威力のけん銃、非致死性のガス銃、放水銃の使用までであろう。
 かかる警察流の伝統が「必要最小限度」という翻訳の観念の根底の発想だったのだろうと兵頭は見る。

 自衛隊は創設の当初は「警察予備隊」といって、19世紀のドイツ司法学(西洋法学のなかでプロポーショナリティを最初に論じた)に詳しかった元内務省官僚たちが、20世紀の安全保障のことはあまり考えないで、いやむしろ、敢えてミスマッチな運用理念として導入させた。それは世界の安全保障の常識とは、いたしかたのないズレがあった。

 相手がもし大量破壊兵器を先に使ってきたなら、こちらも同じような手段で反撃しても、それは「プロポーショネイト(比例的)」な自衛と認められるのが、戦時国際法の標準的な釈義だ。

 個別的自衛の遵守綱目たるプロポーショナリティを「必要最小限度」と警察風に意訳したのがそもそもボタンのかけ間違いであった。「集団的自衛権を行使しているわが日本軍」というイメージと、「必要最少限度の」という日本語のイメージは、常人の頭の中では合致し難いだろう。

 九条2項の中でなぜ「交戦権」がわざわざ念を入れて禁じられたかの理由は、拙著『「日本国憲法」廃棄論』で推測した。1941年12月8日の開戦を「戦闘状態に入った」とだけ伝えた、世界に対して無責任すぎるラジオ放送原稿の空虚さが、原因である。あれと同じ、説明責任ゼロの流儀での侵略は二度と日本にさせないと、アメリカが豪州を説得する必要があった。
 その2項の縛りと「集団的自衛権」はマッチさせようがないと法制局はずっと思ってきた。それは文法的には正しい。つまり日本国憲法は、国際法違反なのである。

 話を戻す。
 「均衡性」という日本法学界の半公定の訳語も、(特に昭和生まれ以降の世代に対して)ミスリーディングで、よくない。それは「プロポーショナル」の訳語としては似つかわしいだろうが、「プロポーショネイト(proportionate)」を訳すなら、どうして「比例的な」「比例した」を選ばないのか? 反軍的な文官たちに、何か底意があったのではないか。

 あらためて、「釣り合いを失して過剰にわたらざること」等と、誤印象の余地が無いように、丁寧に訳し直されるべきだろう。
 さすれば、その言葉のイメージと、日本軍が集団的自衛権を行使する姿とは、内閣法制局の人々の頭の中でも、違和感なく整合するだろう。

 わたしたちはもともと、proportionality のイデアを、とりそこなっていたのである。

「読書余論」 2014年3月25日配信号 の 内容予告

▼徳川夢声『夢声戦争日記(1)』中公文庫 S52
 S16-12-8から始まる日記。S35にハードカバーで初版を出す時、その時点で生きている知人に迷惑と思われる箇所は修正されている。

▼徳川夢声『夢声戦争日記(2)』
 潜水艦にやられたときの注意事項。
 体に縛り付ける救命具の紐は、コマ結びにして、着水の衝撃で外れないようにすること。
 帽子は被れ。その上から手ぬぐいで縛着せよ。海に浮いているときに、さらに上から物が落ちてくるから。
 細引き縄を用意しておけ。漂流物と身体を縛着できて、心強い。

▼法性 弘ed.『ザ・レスキュー 航空自衛隊災害派遣・救難活動の記録』1995-7
 チヌークに目一杯人を詰め込むと、いちどに53人運べる。通常は30人だが。
 ホバリング時の横風に対する安定性では、ツイン・ローターはシングル・ローターに勝る。

▼小山松吉『名判官物語』S16-5
 江戸時代の裁判の逸話・伝説。

▼伊藤桂一『秘めたる戦記』1994光人社NF文庫

▼防研史料 海軍pub.『火薬火工兵器取扱規則』S9-9
 砲弾用信管と投下爆弾用の信管の一覧あり。
 「特種弾」とは、曳煙弾。吊光弾。照明弾。榴霰弾。焼夷爆弾。投光弾。目標弾。星弾。片鋼弾。

▼J.Bathelor & L.S.Casy共著『Naval Aircraft』1975
 崖の横穴を攻撃する目的で、米軍は、VT信管付きの爆弾を太平洋戦域で投下した。

▼防研史料『独伊派遣軍事視察団報告資料 技術 其二』S16-7-20調製

▼三沢市企画部基地対策課『三沢市の在日米軍基地と自衛隊基地』H4-11

▼防研史料『水雷全体を通じ生産技術向上の為に努力した経過』
 海軍技師・北 新吾が、戦後に書いた。

▼防研史料『機上作業教範資料(固定銃射撃の部)』S17-11-4〔7/航空教範/93〕

▼防研史料『水中爆発に関する研究』S31-3-25
 寄贈著者は、大八木技術少将ら。

▼防研史料 『昭和10年度 陸軍造兵廠歴史』

▼福田恆存『言論の自由といふ事』S48
 「乃木将軍と旅順後略戦」…初出 S45『歴史と人物』11月(20号)を収めている。
 今読んでも感服する他に無し。当時よくここまで調べたものだ。

▼『福田恆存全集 第6巻』の、巻末覚書(p.695)。
 やはり旅順と乃木関係。

▼『水交社記事 No.149』M41-3-31
 「幕末 及 明治初年に於ける我 海軍艦船 及 沿革」――海軍省M21年報の抜粋。
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