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ニコ生 所感

 みなさまありがとうございました。
 ニコ生の画面に流れる視聴者からの打ち込み文字、あれを出演者がモニターできるようになっているのだとは、初めて承知しました。(わたしは今回はそれを見ている余裕がありませんでしたが、慣れればそれに即反応して話題を変えるという芸当ができるそうです。)

 それと、オンラインで放送される絵・音はリアルタイムではなくて、数秒(かなり長く感じる)のディレイがある、ニア・リアルタイム放送なのだということも承知できました。

 ともあれ、2週間前まですこしも存じ上げなかった方といきなりスタジオで深い話を延々展開するというショービジネス。人生はすばらしいじゃないかと実感しました。

 「このスタイルの企画ならば、いつでもどこへでも出張しよう!」という気にもなったわけでございます。

 2点、ここで補足します。

 江藤淳先生は、日米戦争の開戦の流儀が国際公法上の「侵略」に該当するとはお認めにはならなかったろうと思うのです。となると、もし小生が江藤先生の生前にそんなことを主張しようと思ったなら、かなりの用意が必要になったはずでしょう。ところがたまたま小生がその考えをまとめ始める前のタイミングで先生は長逝され、小生に準備不十分なうちから日本の開戦流儀論や戦後憲法論を展開する自由を与えてくだすった形となった。放映前の打ち合わせのとき、この事実を篠田先生に対してごく一般化して説明しようとしたために、話がわかりにくくなってしまいました。お詫びします。

 OCRについて。AIシンギュラリティ論の唱道者たるカーツワイル氏はもともと、OCR(光学文字読み取りシステム)の初期の開発者です。つまりOCRはAIのハシリのひとつだったといえます。ところが同じOCRといっても、横書きしかない欧文と、縦書き混在でしかも文字のバリエーションの多い和文とでは、AIのハードルもかなり違ってきそうですよね。殊に、戦前の仮名使いや旧漢字の活字、さらに江戸時代以前の印刷文献や草書の資料となったら、もう……。しかし、そんな特殊なOCR用の高機能AIの需要は、おそらくわが国にしかないのですから、日本政府がカネを出してどんどん先へすすめなかったらどうするんだ――という訴えをしたかったのです。
 ホントに世界から取り残されますぜ。
 たとえば米国司法は判例主義ですから、過去の全判例は連邦のも州のもとっくにOCRでデジタル文字化されてますでしょう。同じコモンロー体系を奉ずる英国の大昔の裁判記録にまで遡って関係判例を瞬時に網羅的に呼び出して確認することも(想像ですが)できるはずです。
 ケミカルの世界でも、AIが古今東西の英文論文を総ざらいしてヒントを博捜できるおかげで、新薬の開発が随分加速されてきました。
 日本語の古い文献の中には(たとい戦前の大衆向けの雑誌であっても)、今の人々からはとっくに忘れ去られた、研究者たちとすれば「未知なる金鉱」が、おびただしく眠っているんです。しかしAIがそれを博捜するためには、OCR(と、ロボットのページめくり撮影マシーン)で全部、デジタル文字化されている必要があるのです。
 いったん、その手間さえクリアしてしまえば、日本の過去の文献類は、現代の各分野の研究者たちにとって、無尽蔵の金鉱脈になってくれるはずです。サーチ用のAIがアクセスできる、すこぶる価値のあるビッグデータに化けてくれる。
 日本人研究者にとっては、これまでの日本語のディスアドバンテージが、特権的アドバンテージになってくれるでしょう。
 超高性能のAI=日本語OCRを、官でも民(パナソニックがイイ線行っていそうです)でも可いから、もっと発達させなきゃダメだということがおわかりでしょう。その先には、「知識のマイニング(金鉱掘り)」が、誰にでもできる環境が待っています。わたしが図書館の古資料の話などをしますのは、すべてこの主張の前フリなのです。
 官がこの分野にカネを突っ込みたくない気持ちは、少し分かる。たとえば仮に法務省がカネを出して超高性能OCRが概成したとしましょうか。おそらく日本の法曹界は、大量失業の事態に直面するのではないですか? 企業法務も、どれほど省力化されることでしょうか。そんなふうに天下り先を減らしてしまうような政策投資は、官にはチトできかねるかもしれません。

皆さん、ニコ生 国際政治ch 33 で会いましょう。本日20時スタート。

 Michael Carr 記者による2018-9記事「Save the Army’s 'Navy'」。
   米陸軍も船舶を運用している。現状で、300隻くらいある。
 「アーミー・ウォータークラフト」(陸軍水上機材)と称する。
 そのための人員は2000人。MOS番号(軍人特技区分)は、880番と881番だ。

 大きい船だとLSV(兵站支援船)。これは315フィートもある。いちばん小さいのは75フィートの「ST」(スモール・タグボート)。

 これらの船舶には陸軍の将校は1人も乗り組まない。いちばん偉い階級でも「准尉」であり、あとは全員、下士官/兵が操船しているのだ。 ※この記者も准尉。元・コーストガードの士官だった。

 LSVだと1隻に8人の准尉と27人の下士官/兵が乗務する。

 STは、主に港湾とか錨地内だけを走り回る。
 LSVと、128フィートのLT(ラージ・タグ)は航洋性能があり、世界中に展開している。

 これら、米陸軍の海上戦力の維持費は、年間予算にして1億2000万ドル。

 いま、この陸軍船舶部隊が苦境に立たされている。機材は酷使により傷んでいる。乗員はフル充足していない。要求される仕事がますます増え、それに陣容が追いつかない。報道されないまずい事故も複数起きている。

 昨年のハリケーン「マリア」に際しては、サンフアン港とそこに連絡する陸上道路が大被害を受けて使えなくなったので、われわれがプエルトリコへ出動する機会であった。

 われわれは、プエルトリコのあちこちの海岸に、水、食糧、天幕、医療品、発電機、車両、技師らを送り届けることができたのだ。しかし、われわれは、呼ばれなかった。

 FEMAは、サンフアン港を通じて物資を届けることにこだわった。だったらわれわれは必要ないわけだ。

 数十隻の米陸軍所属のLSVとLCU(汎用揚陸艇)は、タンパ基地、ムアヘッドシティ基地、フォート・ユースティスで待機したままだった。何ヶ月も。

 LSVなら5000トン、LCUなら500トンの物資等を満載して、米本土からプエルトリコまで、1週間以内に到達できるのだが……。

 じっさい、記者もLSVやLCUの艇長として、訓練で何度もプエルトリコのローズヴェルトローズ港やポンセ港まで米本土から往復している。

 陸軍水上部隊はデザートストーム以降、中東(クウェート)にも常駐している。しかし、活用されているとは言いがたい。

 上級司令部は、その使い方を知らないのである。

 米陸軍もまた、陸上の戦車や装甲車を整備する指針であるAMSAを一概に船舶にまで適用しているため、この船舶装備のメンテナンスは理想的な状態にはなっていない。

 同部隊は、真珠湾、タコマ、ポートフエネム、フォートベルヴォア、ボルチモアにも所在する。

 提言する。わが部隊は、現状では、陸軍輸送隊の麾下だが、これを独立させ、「アーミー・マリタイム・コマンド」とすべきである。
 ※逆だな。むしろ海岸地の基地に分属させた方がよい。初動に手間がかかるから、使われないのだ。関東軍の東條参謀が機甲を嫌ったのと同じ。駐屯地司令の一存で動かせるようになれば、機動的に大活躍する。

 次。
 Loren Thompson 記者による2018-9-26記事「Five Ways U.S. Nuclear Strategy Might Fail -- Maybe Soon」。
    ロシアは現在、静止軌道上に、米国の弾道弾発射を赤外線で察知する早期警戒衛星を、1機も保持していない。

 陸上に展開したレーダーだけが、恃みなのだ。
 そして一説によれば、この地上レーダーからの報告が沈黙したとき、モスクワは自動的に全面核戦争を決意するのだという。

 次。
 Anna Ahronheim 記者による2018-9-26記事「Pentagon to remove Patriot missile defense systems from the Middle East」。
    米陸軍は、ヨルダン、クウェート、バーレーンに展開していたペトリオット部隊を引き上げる。
 ロシアおよび中共との対決に備えるために転用すると。

 イスラエルはペトリ大隊を3個、もっている。7月にはシリアのスホイ機をこれで撃墜した。

 次。
 COREY DICKSTEIN 記者による2018-9-7記事「F-35 makes American combat debut, strikes Taliban target in Afghanistan」。
    公海上の強襲揚陸艦『エセックス』から発進したマリンコのF-35Bが実戦で爆弾初投下。アフガニスタン。

 詳しい投弾地点や機数は未公表。
 F-35の実戦初投入はしかし、イスラエル軍機である。5月。

中共のIT大手は何時「軍閥」化するのか?

 Patrick Tucker 記者による2018-9-25記事「The Pentagon’s New Ambassador to Silicon Valley Is Hawkish on China」。
   2015年にペンタゴンは、DIU(防衛発明実験隊)を創設した。これは、情報技術に関する米四軍のリクエストと、その技術を提供できる新進企業群を媒介する機関である。現在までに、84件の契約が成っている。

 ※儒教圏人は西洋近代空間に「パラサイト」したときだけ、個人の自己実現が可能になり、大発展できる。なぜならその空間には「法の下の平等」があって、弱小個人の発明や利潤も法的に守ってもらえるからだ。しかしパラサイトが成功してますます多数の留学や出稼ぎや移住を誘い、ついに数的マジョリティとなりおおせ、慣習ドミナンスが現出するや、宿主たる西洋近代空間は一転、儒教空間に変じてしまう。そのとたんに、儒教圏人は昔ながらの儒教圏人に引き戻される。その空間にはもはや「法の下の平等」はなく、弱小個人は強者のしもべとなって生きる他にない。中共のIT大手は、巨大化したあとは中共を完全に飛び出して無国籍企業になるか、さもなくば「軍閥」化しないと、けっきょく中共党のライバルと看做されて、頭を抑えつけられるだろう。

 次。
 ストラテジーペイジの2018-9-26記事。
   中共の潜水艦〔キロ級改/39B型〕のAIPがやっとスウェーデン並の性能に近づいた。連続2週間、潜航できたと発表された。つまり、いままでは1週間ぐらいだったのだ。

 2016年後半から、39B型のうち3隻が大改装された。米海軍はその音紋が変わったことを把握している。

 ※儒教圏人が西洋近代空間を溶解・破壊して行く流儀は、まず、「法的に正当な根拠が無いが些細である」ような要求から始める。これに近代圏人が応じてしまうと、その些細な不当要求を過去に受け入れさせたことを「債権」化して、さらに不当な要求をグラジュアル且つ無制限にエスカレートさせるのである。したがって対儒教圏の外交では、最初の第一歩から些細な問題で理を枉げた譲歩を絶対にしないことを鉄則として銘肝するのでなくてはならない。軍艦旗および連隊旗の旭日旗は軍隊の徽章であって政党の旗(たとえばハーケンクロイツ)とは同列に括られない。ドイツ軍隊は第一次大戦でも第二次大戦でも、戦後でも、「鉄十字マーク」を軍隊の徽章として用い続けている。誰かがそれに文句をつけても、「政党とは無関係」と、相手にしないであろう。

 次。
 Mike Orcutt 記者による2018-9-25記事「With Walmart’s veggie tracker, blockchain for supply chains will finally get real」。
    ウォルマートは、IBMに開発してもらった特別なブロックチェーンにより、食品を農場から売り場まで管理することになった。

 ついこの前も、大腸菌系のバクテリアに汚染されたロメインレタスが流通したために5人死んだ。アウトブレイク騒ぎだ。そのためウォルマートは、汚染源の農場はどこなのかが確定されるまでの間、とりあえず袋詰めのカット済みレタスの在庫全部を廃棄するしかなかった。

 汚染源農場をつきとめるためには、これまでだと7日くらいかかった。
 ところがブロックチェーンで生鮮食品を管理していれば、わずか数秒にして、どこから汚染したのかを把握ができるという。

 ※「読書余論」には集成版があります。わが国の古書には過去の智恵が凝縮されているのに、現代人はその万分の一も活用ができていない。これが日本の未来への前進力を低迷させているひとつの原因です。集成版(合本)にご関心のある方は、「武道通信」を覗いてみてください。

おしらせ。 

「読書余論」の無料公開版を「武道通信」の「無銘刀」に毎月掲載して参りましたが、長文になりますと「無銘刀」にかかる負荷が相当に大きくて運用管理の作業も大変のようです。それでいろいろと考えました結果、「読書余論」は今回の九月分をもちまして、勝手乍ら終了致すことに決めました。爾後はブログ等の場を借り、不定期的に資料備忘録の形で掲載することになろうかと思います。あらためまして読者諸兄ならびに杉山穎男様のこれまでの御厚情に、深く御礼を申し上げるものであります。

旧式機雷は水蓄火薬庫に収める必要があり、弾薬庫の増築に難あり。クイックストライクならそのハードルなし。

 Ben Werner 記者による2018-9-24記事「Navy, Air Force Test Deploys 2,000-Pound Mine at Stand-off Range」。
       ヴァリアント・シールド2018演習にて、グァム所属のB-52が快挙。
 2000ポンド投下爆弾に、滑翔翼+JDAMキット、さらに対艦船センサーをとりつけた「クイックストライクER」機雷を、北マリアナの浅海に遠隔投入してみせた。

 高度と射程と機速は非公表だが、中共軍のSAMが届かない遠くの空から敵地近海に敷設できることが誇示された。

 この模様はP-8Aによって撮像記録された。また、沈底機雷として正常に機能開始したかどうかを、ダイバーが爆弾を回収して確かめた。

 500ポンド爆弾改造のクイックストライクERの遠隔敷設実験は、ヴァリアントシールド2016において、すでに海兵隊のF/A-18 ホーネット等が成功させている。

 ※日本が機雷戦と米軍のブロケイド戦への協力を実行するためにはますます政治家の国際法理解が不可欠だろう。ところでE.W.Osborne氏著『Britain's Economic Blockade of Germany 1914-1919』という洋書は、1856パリ宣言(The 1856 Declaration of Paris)の解説から始まるのだが、篠田英朗教授のご著作のおかげで私はようやくその意義を理解したと思った。このパリ宣言(クリミア戦争講和条約のパリ条約とは別物。中立船(荷)の拿捕等につき規定した。日本語版ウィキペディアがないことから、日本人の関心の低さは察せられる)に署名したときに英本国内から、これは「Britain's belligerent rights」を不必要に放棄したものだという批判の声が起こった――というのである(p.9)。つまりそれまでは英国は交戦権をさんざん行使してきたけれども(たとえばデンマーク艦隊が敵方については困るなというだけの理由からとつぜん1807-9にコペンハーゲンに押しかけて街を焼夷ロケットで焼き討ちしたのもそうだろう)、ナポレオン戦争後には合衆国がどんどん強勢化したので、さしもの英帝国もとうとう中立国の中立権は大いに尊重をせざるを得なくなった次第。そしてWWIの緒戦に至り、英国は痛感する。欧大陸と交易している米国に中立をされただけでも、英国は欧大陸強国に対抗が不能になってしまうのだ(対独ブロケイドがザルになるので)。けっきょく米国が英国側に立って参戦するまで、対独ブロケイドは不完全であり続けた。同じことを日本もさっさと覚るべきだった。シナ大陸と交易している米国が中立しているだけでも、日本はもう蒋介石には対抗不能に陥るのだと(ならば在支の民間工業資産は手早く米資本に売り払えというオプションもあった)。英国はWWI爾来、米とは絶対反目しないことに決めた。日本はその構造を1941までも把握できずに、ノンベリジェレントにして援蒋国たる米国に挑戦してしまった。コペンハーゲンをやってしまった(ベリジェレント権をフル行使)。ところで篠田さんは察してないと思うが、英国は2003年にイラクに大量破壊兵器など無いと知っていたはずだ。だが米国による2003侵攻にはつきあった。なぜか? 英国の将来の危機にさいし、米国に中立されてしまうことが最も困るからである。米国が中立ではなく開戦を選ぶなら、英国はそれに必ずつきあうという心理工作を平生から続けておくことが、甚だ有意義だったのだ。そういう高等判断だ。今日、米国が中立をきめこんだら、日本はもちろん大陸勢力から叩かれっ放しになり、やがて大陸の属国になるだろう。しかし幸いにもアメリカは中立していない。それが在韓米軍。在韓米軍の意味は、米国は対支に関しては「中立」はしないという意思表示だ。だから在韓米軍だけは日本からカネを出してでも維持させる価値があるのだ。トランプと交渉する日本の大臣が、ここを理解しているとよいのだが……。

読書余論 臨時バックアップ

 武道通信の無銘刀の調子が悪く、九月分の全文が載らない事態になっておりますので、ここに全文を掲載しておきます。
 今後の措置につきましては、またお知らせいたします。

◎読書余論 2018-9-25 配信号 / 兵頭 二十八

▼『ベルツの日記 第一部 下』つゞき
 M33-8-4。
 パウエル氏の天津の事務所は、ロシア兵による略奪でこなごな。ブーフハイスター氏の事務所はフランス兵にやられた。しかし世間で非難されているのは清国兵だ。

 8-15。
 伊藤公の懐旧談。36年前、英国船に平水夫としてもぐりこんだとき、ハンモックで寝ぼけているところを、綱の切れ端で手荒く、背中をどやしつけられて起こされた。その動作まで再現してくれた。
 ※英国映画の『戦艦デファイアント号の反乱』を見ると、それがどういうものなのかは端的に分かる。太い麻ロープを1m弱の長さに切断し、その一端を瘤結びにしたもので打擲することが、兵曹による水兵に対する公認の体罰となっていた。

 8-22~23。
 天津で腕に2発くったビーティ艦長は、スーダンで回教をすっかり見直して敬服していた。
 欧米各国は、みずからすすんで朝貢国の地位を受け入れていたから清国人に舐められたのである、という事情は、シッドモーア著『ロングリヴド・エンパイア』を読むと知られる。

 北進事変の結果、ドイツ公使を殺害したことに対する謝罪使として清国から親王が派遣された。

 9-8。
 大磯で伊藤の話を聞く。井上の婿にあたる都築も来ていた。伊藤はさすがに老けてきたが、また欧米へ出かけようとしている。

 9-9。
 マッキンレー大統領が昨日、刺客に襲われたとの報道。

 9-15。
 伊藤は酒をなかなか控えなかった。

 9-16。
 東宮のもとで午餐。未来の参謀総長と目されている田村将軍も同席。
 東宮〔大正天皇〕は、気遣わしいほどたくさん紙巻煙草をおふかしになる。
 幼ない皇子、廸[みち]の宮〔昭和天皇〕は元気で、本当に美しい赤ちゃんだ。

 9-20。
 北進事変に志願して従軍したクラウゼ医師が尋ねてきた。欧州各国軍の派遣部隊は、志願した予備・後備兵が多く、いかがわしい連中で、兇暴性を発揮したと。
 学生はますますドイツ語がよくわからなくなるばかりだから、授業は以前ほどはもう楽しくない。

 10-4。
 東宮は、幼時のご病気いらい、おちついて一つのことに専念するのを好まれない性質。ちかごろはこれが旅行好きの形をとる。特に東京を嫌われる。いまが東京のいちばん好適な気候なのに、葉山で過ごしたいのだと。

 10-28。
 キルヒホーフ提督のための公使館晩餐会で、山本海相と大いに快談。

 11-22。
 小石川植物園にて、滞日25周年を紀念する祝典を催してくれたので、演説。
 西洋の科学について日本人にはまだ誤解がある。その本質は「機械」「道具」のようなものではないということがまだ分かってないようだ。幾多の傑出した人々が数千年にわたって努力した結果が西洋科学なのだ。西洋人教師は、科学の樹を育ててやろうと思って来日した。しかし教師たちは、果実を切り売りする人として扱われた。
 日本の国民経済の分析は、ラートゲン、フェスカ、ラインという三人の独人が書いた3冊の本がいちばんすぐれているとアーネスト・サトーも認めているのに、日本人は注目しようとしない。

 M35-2-1。
 日本人は東京の街路を非舗装で排水良好に改修する方法を知らない。透水性の悪い粘土を砂利と混ぜているので、一雨で泥田。阿呆かと。

 2-13。
 昨日の議会で桂が日英同盟を発表。震撼。

 2-14。
 慶応義塾の学生が盛大なたいまつ行列。英国公使館前で萬歳。

 2-17。
 伊藤はつねに親露派だった。だから日英同盟は伊藤の案ではないだろう。

 3-1。
 九月の地震のあとで房州の勝山の魚屋「石井」の井戸から突然、石油が出た。この石油利権を欲する外国人の折衝に一枚噛むことにする。

 4-2。
 日本医学大会で演説。多くの専門研究家は、ほとんど効果を予期しなかったような方面から、しばしば最大の成果を得ている。
 結核治療で肝要なこと。有害なことを一切阻止せよ。身体を強壮にせよ。
 解剖学の授業は骨で始まる。生理学の授業は血で始まる。
 なりたて医師は、臨床では、老練な看護婦に劣ると知れ。

 註。井上馨はM30-12からM45-3まで、毛利家一門の子弟を教育する塾として「時習舎」を監督した。場所は、麻布・内田山。資金は毛利家が出した。

 4-12。
 結氷。42年前の桜田門外の変のときも異例の寒い春で積雪があった。それ以来の異常気象だと専らの噂。

 4-18。
 浦賀にドック入りしている『ヘルタ』号の士官らとの午餐会で、山本海相のために独語通訳する。海相は26年前、候補生として『フィネタ』号に乗り組んでいた。インゲノール艦長とは、したがって、知り合いである。

 6-1。
 胃癌で最近めっきり衰弱した西郷従道元帥を見舞う。元帥は農場から本日、帰京した。あまりにも弱り方が酷く、車が自宅に着く前に死ぬかと心配された。

 6-2。
 ふたたび西郷家へ。容態はおもわしくない。たえず黒いものを吐いている。

 M35-12-12。
 ハノイで原稿を見ずにフランス語で講演。このやり方はどこでも聴衆にウケがいい。原稿を読み上げるようなスピーチは、つまらないのだ。

 ※今回はここまで。つゞきはまた次号以降。

▼マーチン・マンed.『船の話』つゞき
 ハンレイ号は、鉄製ボイラーを改造し、長さを9mに延長。照明は蝋燭とし、酸素警報機を兼ねさせた。8人がかりでクランクを回し、艦尾スクリューを動かす。7.4km/時を出せた。
 41kgの火薬を詰めた銅製の浮遊機雷を、60mの綱で引っ張り、目標艦にぶつける。※艦首の長いパイプの先にくくりつけたのではないか?

 実戦前に3度水没し、そのたびに複数の死者を出した。余裕浮力がなく、波をかぶるとオープンハッチから浸水しただけで、たちどころに沈没に至る。また、バラスト注水が速過ぎても、海底に艦首を突っ込んで動けなくなる。
 ハンレイ大尉は三度目の事故で水死。

 1864-2、夜半、ディクソン中尉が指揮し、チャールストン港外に停泊中の北軍軍艦ハウザトニック号の右舷に水雷をぶつけ、撃沈に成功。
 自艦も沈み、5人以外死亡。

 電動モーター式の潜航艇は、1886に英民間人が試製。航続距離が148kmもあった。
 スペインも高性能な潜水艦と魚雷を完成したが、普及せず、みすみす米西戦争戦争に大敗した。

 自力で発電できないのではいちいち帰港しなければならず、作戦半径が小さすぎた。そこで米人ホーランドとレイクが、それぞれ独立に、ガソリンエンジンで洋上で発電し充電する方法を思いついた。
 ホーランド式は1900完成。日本に輸出。
 レイク式はロシアやオーストリーに輸出された。実用潜望鏡もレイクが発明した。

 ワルター・エンジンはWWII中の1944に完成した。触媒で、過酸化水素水を、水と酸素に分解する。この酸素をディーゼル燃料とともにボイラーで燃焼させる。その熱で水を蒸気にし、排気とともに、タービンにふきつけて回す。
 しかし空襲被害のため量産はできなかった。

 WWII型の船形では水中で20ノット以上は出せないことが1949につきとめられる。→涙滴形のアルバコア。1963年。

 ポラリスは5年の歳月と1兆2600億円で完成した。実用化にはさらに5年かかった。
 水中発射成功は1960-7-20。ケープケネディの40km沖。

 地中海は凪が多く、軍艦は櫂が頼り。
 三段櫂船は倉庫もベッドのスペースもない。だから夜間は岸辺に引上げる。

 サラミス海戦から2000年でようやく一段櫂船に新化。1本の櫂に5人がとりつく。
 1571のレパント海戦がガレー船の最後の舞台。これ以後は火薬が海戦の主要素に。

 帆船は貿易船としてまず発達。それをフェリペ2世が軍艦化してできたのが、無敵艦隊。

 トラファルガーの主力艦は五段甲板に100門以上の大砲。乗員は900人必要という化け物だった。
 ビクトリー号は2200トン。全長68m。
 最大のカロネード砲は、31kgの球丸を発射できた。

 19世紀の帆走捕鯨船は、全長32mというところ。

 モニター号の備砲は、11インチ=279ミリの滑腔砲×2。25ミリの鉄板を8枚重ねた円柱砲塔。補助蒸気機関によって360度旋回した。

 紀元前4世紀にヘロドトス記す。深さが11尋になり、鉛の先にやわらかい泥がついたら、アレキサンドリアはあと1日の距離だ、と。鉛には獣脂が塗ってあった。

 陸地の樹木の匂いは、沖合い80kmまで漂うことあり。
 南洋航海民族は、遠くの島がつくりだす波の形を読んで、位置と方角を判別できた。

 古代の天測航法。まず、北極星が水平線上のある角度に見えるところまで帆走。そこで針路を真西か真東に転じ、北極星の見える仰角を一定に保てば、既知の緯度の島に、辿り着ける。

 鋼製の船の中のコンパスは、両側に大きな鉄の玉を置いて、影響を防いだ。
 クロノメーターの使い方。船上から、太陽が南中した瞬間を観測。その時のクロノメーターが2時30分をさしていたなら、船はグリニッジ天文台から西へ2時30分の経度にあるとわかる。なぜならグリニッヂでは太陽は0時00分に南中するからだ。

 1761に家具屋のジョン・ハリソンがこしらえたクロノメーターは、6週間にわずか5秒しか狂わなかった。

 ノットの数え方。定間隔で結び目がついた紐にとりつけた木片を舷側に落とす。船乗りは、30秒の砂時計を見ながら、指の間をすりぬけた結び目の数をカウントする。結び目=ノットである。
 この方法が普及するまでは、マイルで呼ばれていた。

 海図に無数に表記されている小さな数字は、引き潮時の平均深度(フィート)。そして、13フィート以下の海面にはアミをかける。

 本書(原1967)の時点で、ペリーという民間人が『カブマリン』号という、2人乗りの遊覧用潜航艇を製造している。30mまで潜れる。それも数時間も(p.239)。
 カブマリン号は68.6mの深度を時速14.4kmで64km航続できる。乗員用の酸素は圧力容器に入っている(p.251)。

 水中翼船でもキャビテーションが問題になる。50ノット以上になると、翼上面に沸騰泡が生じてしまう。
 しかし、飛行機翼形断面ではなくて、斧形断面とすれば、あぶくがつぶれるところには何も存在しないので、破壊されない。
 水中翼船は大型化できない。重量に幾何級数的に比例して馬力が必要となるため。
 ホバークラフトは、船体を大きくすればするほど、馬力をムダにせずに積載能力を向上させられる。

 サルベージや海底油田地質調査用の小型潜航艇。180m潜れるものがある(p.250)。
 小型であると、船体が受ける総圧力も小さいので、鈑金を薄くでき、ますます軽快にできる。

 現在、遊覧用の小型潜航艇は、ほとんどのものがウェット式。潜水服をつけた上で乗り込む方式。

 日本の『読売号』は1964進水。6名を乗せて305mまで潜行できる。時速3.2kmにて6時間航続可能(p.252)。電池の節約のため、母船式。

 ※最新情報が『學士會会報』No.931 に載っていたので補足したい。世界初の潜水調査船は1929に実業家の西村一松が製作した。豆潜水艇と称した。1935に二号機を造った。350mも潜れた。ディーゼルエンジン、水中送話器あり。深海とは、海面下200mより深い海を言う。『しんかい』シリーズは潜水艦とは違い、必ず浮くように設計されている。径0.1ミリ以下の中空のガラス製のマイクロバルーンをエポキシ樹脂で固めたものがFRP外皮の内側に充填されていて、それが浮力材になっている。潜るときは鉄板バラストを抱かせ、戻り際に投棄させる。コクピット内は常に1気圧。深さ10mですでに海面の揺れは感じなくなる。したがって船酔いもせず。

 クストーは、潜水病を予防するため窒素をヘリウムに置換した空気を試し、ダッキーボイスを体験した。

 1829mまで潜れるアルビン号は、直径2m強の耐圧殻の鋼鈑の厚さ42ミリ。
 リバティー型貨物船は、全長125.4m。
 同じく大量生産されたLSTは、全長137m。

▼福本日南『元禄快擧録』イワブン上・中・下 S15
 初出はM45の『九日』の連載。著者入朱本をもとにした。

 勅旨東下は毎年の行事だった。正月に幕府から天朝に金幣を献上。これに対して勅旨が差遣される。
 もてなしとして四座の能役者を悉く招集して観能。
 「幕府は斯くも天朝を尊敬し奉るといふ事を天下に示し、且つは京都の公卿の心を収攬するのである」。

 足利いらいの名家の子孫にして封国を失った者は旗本に収録し、その官位だけを貴くして優遇し、もっぱら典礼のことを掌らしめた。これを高家衆と称する。

 浅野家の三太夫どもがケチで、まさに「庸人國を誤る」となった。
 一夜のうちに宿坊普光院の青畳二百余畳を取易へさせた。
 新井白石は、幕府から朝鮮へ送る公書に、将軍を日本國王と称させた。
 室鳩巣は『義人録』の中で「朝廷、天使を饗す」と書いているが、この朝廷とは江戸幕府のことなのだ。

 さすがに、長裃か、烏帽子大紋かで騙す、なんてことはありえない。年中行事だから、調べればわかることなのだ。

 白書院は血に汚れてしまったので、式場は黒書院に改められた。
 烏帽子には鉄の輪がある。そこに太刀先が当たった(p.49)。

 今日御預、直ちに切腹とは、余りにお手軽いお仕置き。

 赤垣源蔵ではなく、赤埴[あかばね]源蔵だ(p.67)。
 城中備え付けの武具一式そのままに差し出さねばならんが、其の家に属する武具家財は、構いなし。

 士分以上の早籠は制度化されていた。宿場に準備があり、次々にリレーする。乗る者は胴に固く晒布を巻き、吊り紐にしがみつく。維新の頃までまったく同じであった。
 3月14日の午前11時に江戸をスタート。18日の午後10時に赤穂城に到着した。
 道程155里あり、ふつうは1日に40kmくらい。したがって15日か16日は要するところだ。

 塩硝蔵は、赤穂から1里余のところにあった。
 理義に明らかなる者に、明快な決断がある。平生の作法に拘って緩急に応じ得なかったならば、千悔すとも甲斐なし。

 夫れ緩急命を辱めざるは、唯大節ある者にして之を能くするのみ。
 曾國藩は呉子を墨守し、「【ちょう】斗」を鳴らした。これは近世の銅鑼のこと。

 浄瑠璃で「お石」というのは、香林院の姓「石束」にちなむ。力彌は、主税をちからと読むところから考え付いたのだろう。

 近藤三郎左衛門は、小幡勘兵衛に兵法を学び、浅野侯から1000石の重禄で招かれ、赤穂城を縄張りした。その子が源八(p.158)。大野と進退をともにす。

 吉良には、9月に屋敷がえを申し渡し、同月2日に本所へ。前邸は丸の内なので、討ち入れば城内に乱入したことになる。本所の屋敷はきわめて粗末で、防備は隙だらけだった。

 小野寺十内が内室におくった手紙に、主税は15歳で5尺7寸、と証言されている。※満14歳で172cmはあり得ないような気がする。

 首級をあげた者も警備に身を委ねた者もその功に厚薄はないとあらかじめ約した。

 前日の夜から三拠点に集中すること。
 敵吉良の首(しるし)をあげた者は、屍骸の上着で首を包め。
 吉良の息子の首は持参する必要がないので、打ち捨てる。
 吉良父子を討ち取ったときは、合図の笛を吹く。その笛を逓伝すること。
 総人数が引き取る合図には、鉦[どら]を打つ。
 もし追っ手が来た場合には、総人数で踏みとどまって、勝負する。
 味方の負傷者は扶けて去れ。それができぬときは、首を斬って出よ。
 退くのは、後門から。
 吉良の首を獲らぬうちにもし幕府の使いが来たら、門を開けないで待たせる。

 口上書は文箱に入れて、退くときに竹に挿んで立てておく。

 以下、中巻。
 矢頭[やたう]右衛門七[えもしち]の父は、長助。

 吉田忠左衛門は200石取りの世臣。足軽頭・郡奉行というところ。とても町人に化けられる風体ではなかったので、浪人の兵学師範を標榜して裏店に落ち着いた。この看板ならば、浪人多数が出入りし止宿しても、住民の物議にはのぼらない。
 吉田は人数を手配して夜間に上野介が米沢に逃亡しないように見張らせてもいた。

 白須賀と浜松のあいだにある「赤坂」。この近く、夜、太鼓のような音が一定リズムで響く。これは山の小川に水車をしかけ、それが土中に埋めた瓶の上を連打して音を出す、鹿や猿を驚かす装置だという(p.67)。

 千鈞の弩は鼠のためには発しない。

 維新のとき、有名になり中央で立身した人は、もとの藩では二流三流だった場合が多い。もとの藩ですでに仕事を任せられていた一流人は、維新では縁の下の力持ちに終わるしかなかった。これは運・不運である。

 文禄の役で得た明軍の捕虜の中に、孟二寛あり。浙江省の杭州府の武林の人。医者だったので帰化して武林治庵を名乗った。その子が渡辺と改姓して浅野家へ仕官。その子が武林唯七。じぶんで姓を旧に戻した。

 高田馬場では安兵衛は、倒した敵の全員に念のため止めを刺してまわった。
 あかばね という地名は大和の初瀬越にある。赤土を赤埴と言っていたのが転じたのだろう。東京の赤羽も同じ。
 赤埴を御家流でくずして書くと、赤垣に見える。

 本所の吉良邸は総平屋づくりで、竹の腰板を打ち、壁は中塗り。そのため屋内の火が透いて見える。
 槍は短い方がいいだろうと、9尺ばかりに切り縮めた。

 5万3500石の小藩・赤穂では、100石以上の士といえば、大藩の500石以上に匹敵。47人のうち29人までが、100石以上。
 一党の三分の二までは、歴々の上士だったのだ(p.205)。
 ※そこから一挙にホームレスの失業者となるのが忍び得たはずがない。やるしかなかったのだ。さすれば息子はどこかに再就職できるかもしれないので。

 維新ではこの逆。上士はわずかであった。西郷吉之助は茶坊主よりおこり、大村益次郎は藪医者からふるひ、半島帝國の副王殿下も、もとをただせば、桂小五郎家来の者ではおはさぬ歟(p.206)。

 「昔から他人に切腹の相談をする奴に限り、腹切つた例が無い」(p.223)。

 大野九郎兵衛父子は、さいごは青森の蟹田に隠れて寺子屋をしていたとの説もある(p.244)。

 以下、下巻。
 3拠点への参集刻限は、深夜の2時。
 山&川の合言葉は、突入後の室内で互いに相手がロクに見えないときの同士討ちを避けるために決められた。

 用意したものの一部。
 槍×12。弓×4張(うち2張は半弓)。竹梯子×2(大小)。カスガイ×60本。鉞×2。大鋸×2。鉄梃子×2。大槌[かけや]×6。げんのう×2。鉄槌×2。がんどう×1。小笳[こぶえ]×数十個。ドラ×1。玉火たいまつ×数十。

 ガンドウは、首級をあげたあとの吉良の面相を改めるために用意した。
 陣太鼓は用意していない。攻めるときに太鼓を叩くのがシナ兵法だが、このたびは奇襲なので、敵に音を聞かせることはないのだ。

 堀部彌兵衛は76歳で参加した。最年長。
 鎖は、股引にも包んだ。つまり下半身まで装甲していた。
 帯の上にも鎖入りの上帯。
 襷の中にも鎖が入っている。それを縮緬で包む。
 兜頭巾と頭頂の間には、香を焚き込んだ袋を入れる。

 白布にひらがな一文字を書いて胸に付け、同グループ同士を識別しやすくした。
 大小両刀の柄は、平打ちの木綿糸で巻きかえ、巻ききり柄とし、絶対に手の内がすべらないようにした。

 知らざるを知らずとなす。これ、知る也。
 矢田五郎右衛門は新刀の太刀を火鉢にまで当ててまんなかから折ってしまったので、倒した敵の脇差を貰って持ち替えた。

 不破数右衛門は四五人と切り結んで、小手も着物もズタズタに裂かれたが、着込み(鎖)のために傷は負わず。しかし刀身の刃はボロボロに。これは原惣右衛門の証言。

 十内秀和は、不破の次に多い、ひとりで3人を斬り殺した。そのうちの1人は倒れるときに「南無阿弥陀仏」と叫んだという。

 刃向かう者がいなくなったので、捜索の方法を変えた。全員で声を殺し、足音もさせないようにした。すると、物置部屋から声が聞こえた。

 額上の傷痕は、浅すぎて、見分けることはできなかった。
 肩を調べたところ、疵がある。
 ここで早くも味方に慟哭する者がおり、その声は隣の土屋邸にまで聞こえた。
 大石が、喉元から大地にかけて太刀を串刺しにしてとどめを刺し、首を掻き切る役は、初槍をつけた間十次郎に譲った。

 撤収前に、蝋燭をすべて除去し、囲炉裏や火鉢には水をかけた。失火させないため。
 戦闘は、午前四時から六時までかかったことになる。

 首をあげた部隊はさいしょ、回向院(旧国技館近く)に入ろうとしたのだが、拒絶されたので、泉岳寺へ向かった。

 行進途中で駕籠を雇い、負傷者と老人を乗せた。
 コースはことさらに浅野家旧邸の前を通過。
 泉岳寺も俗和尚が主管していて、いったんは断ろうとした。またこの和尚は、切腹後に四大名家から納められた義徒の異物を、おおむね売り飛ばした(pp.84-5)。

 不虞に備えずば、以て軍[いくさ]すべからず。上杉家の襲撃に備えて、一党は、ねた刃を合わせた。

 寺坂が内蔵助から受けた使命は、瑤泉院への会計報告と残金始末であったことを筆写は疑わない。

 吉良邸では、何の反撃もしなかったと思われると聞こえが悪いので、ニ尺三寸の無名の刀に血を塗り、柄に一箇所の切り込みを入れて、十分に反撃したという証拠を捏造して、首なし遺骸の傍らに転がしておいた。ただし、脇差はどこにもないのである。

 表長屋は、2箇所に梯子をかけて乗り越えた。
 裏門は、かけやで打ち破った。その程度の門だということは事前偵察で分かっていた。

 吉良側の兵隊の戦死者は16人だった。重傷者は10人。
 軽傷者は12人。ただしその中に家老が3人いるのは、ただの言い訳。「かすり疵」だと自分でも申告しており、事実上、防戦に加わっていない。下水溝から這い出し、静まってから邸内に戻った。

 闘わず逃亡した兵隊が4人。名前が記録されてしまった。
 この他、邸内におりながら、終始、出合わなかった兵隊たちが104人もいた。
 婦女子以外で148人も兵隊を飼っていたのだからすごい。ふつうの旗本にはそんな資力はない。実の息子の入り婿先が上杉家であったからこそ、可能だった。

 見逃した隣の土屋家の処置は正しかったのだろうか? 新井白石はそこを問われて、一党が引き上げる際に6人ほどは、現場へ留め置くべきであったろう、と評した。
 禮、恭しうして、色、厲[はげ]し。

 細川家では、随意に書信を発するにまかせ、膳部はいつも2汁5菜の盛饌をきわめ、昼餐と晩餐とには御酒(薬酒と称す)さへ添え、お八ツには結構なお菓子。日々、水風呂を沸かす。

 怪我人を乗せる駕籠を雇ったのは、御船蔵の先。

 毛利家では、預かりの10人を運ぶ駕籠に鍵をかけ、青網までかけた。長屋の往来に向いた窓は板を打ち付けた。
 待遇は、細川家>久松家>水野家>毛利家 の順であった。

 生きながらえては、万一晩節を誤るかもしれず、あたら英名に傷がついてしまうから、と言ったのは、日光の法親王・公弁。

 四家とも首実検は最初の1人だけ。1回ごとに畳等をとりかえた。

 細川家は17人の介錯に17人の斬り手をすぐに揃えられた。
 久松家では10人を介錯するのに5人をかろうじて集めた。しかも唯の足軽からも腕の立つのを抜擢しなければならず、臨時に徒歩目付格ということにしてやった。

 毛利邸でも10人の介錯に5人のみ。そして武林唯七の首を一太刀では落とせなかった。斬り手は榊正右衛門――と室鳩巣の『義人録』が書いたものだから幕末までそれが信じられていた。ところが筆者が毛利資料を得て確認したところ、武林の介錯人は鵜飼宗右衛門であると判明した。

 間新六だけが、リアルに腹をかききった。肌脱ぎになってから三方を押し戴くのが順番だったが、その順番を逆にして急に切った。介錯人を出し抜いたのである。
 この間の遺骸のみは、脱藩いらい世話になっていた秋元但馬守の家臣・中堂又助がひきとり、築地本願寺の塔中に葬った。だから、泉岳寺の彼の墓石の下には何もない。

 まっさきに義人と書いたのが室鳩巣。義士と書いたのは浅見【糸冏】斎、烈士と書いたのは三宅観瀾。
 事件を扱った刊本は、享保4年、つまり一党切腹の17年後に最初のものが出た。『赤穂義臣伝』。書いたのは片島深淵で、綿密に取材したもの。幕府から絶版命令が出るのは必至なので、たくさん刷り溜めておき、江戸、京都、大坂、諸州に配っておいて、同じ日に一斉発売した。書林はおおいに儲けた。
 以後の諸本はことごとくこの刊本に勝手な書き加えを施したようなものである。

▼アンドレ・ジイド著、河守好蔵tr.『コンゴ紀行』イワブンS13-9
 原1927。
 献呈辞は、ジョゼフ・コンラッドの思ひ出に。
 1925年=56歳の夏、でかけた。念願したのは19歳のときだった。

 ダカールに向かう船。船長が海豚をブリッヂから射撃する。
 7-27、黒人の若者が輓く人力車に乗った。
 コンラッドは1890に旅したのだ。

 昆虫採集のため、シアン加里の入った小瓶を携行。
 コンラッドは『颱風』のクライマックスを読者の想像に委ねた。これは上手である。

 土人は例外なく、皮膚病に犯されている。
 この地方の命取りの睡眠病。
 白人用には蚊帳がある。
 しかしズボンの上から足を攻撃する蚊には悩まされる。

 産婆は木のナイフでへその緒を切る。頭の上まで伸ばし、さらに首までもっていき、それより短くは切らない。

 9-25。午後一時から四時までの暑さがこたえる。しかしパリでも7月末に36度を記録したという。

 この地方にきわめて多い生殖器の象皮病。結帯組織を切除すると平均30kg以上ある。稀に80kgを超えたものもあったと。切除が成功すれば、生殖機能はもとどおり。

 この地方の綿の繊維は、米国産より短い。
 10-8。
 皮膚にもぐりこむ「すなのみ」に足をやられ、辛い手術を受ける。
 一部落の統計。66人の出産婦が99人産んだが、うち63人は乳児のうちに死んだ。

 馬はいない。ツェツェ蝿に殺されるため。
 戦争のあと、戦士は、敵兵の耳か陰部を、指揮官のもとへ持参して、証明とする(p.113)。

 なぜ、という問いが通じない。因果で物事を説明できないのだ。いかにして? という問いには答えられる。
 熱狂的に踊るのは、どこでも、老婆。

 大ゴリラは、目の粗い丈夫な網で捕える。

 複数の死人が出た部落は放棄され、別な場所で再建される。場所が呪われていると彼らは考える。

 中世のフランスで信じられた怪物カトブレパス。首のやたら細長い馬で、それに出会うと死ぬ、と。

 白人はアフリカの鉄道敷設のために人夫の強制徴用をやってきた(p.185)。
 某部落。ここには何ひとつきまった値段がついていない。有難うに当たる言葉も存在しない(p.198)。

 中央コンゴでは、病人が恢復すると、病気であった過去の自分を厄落としするために、名前を変える。それを知らない白人が、昔の名前で呼びかけると、「恐怖と衝撃とのために、半ば癲癇的なひどい神経發作見舞はれて、死んだやうになって倒れてしま」う(pp.200-201)。

 現地の小猿は白い顔が恐ろしいらしい。誰でも土人の腕に飛びついて逃げようとする。
 土人の不健康はヴィタミン不足によるものが過半(p.220)。

 道は、自動車に乗っているために、却って長く感じられる。単調さに飽きるために。
 ある土人の町。納屋は、山羊の食害を回避するために、木の柱から吊り下げられている(p.227)。
 河畔のおびただしい小鳥が、少しも人を恐れない。

 ワニを船上から銃殺すると、いったん泥の中に潜るので、数時間の後でなければ、浮かんでこない。

 赤道のある無人島。乾燥した芝原。ところが上陸するや、脛に、小さな種子が一面にくっつき、ひどく肌を刺す。抜こうとすると、その刺が指に刺さって痛くてたまらず、しかも棘は折れて残ってしまい、そこが膿瘍になる(p.250)。

 土人たちは、管理している家畜の数を他人によって数えられることをひどく嫌がる。また、特定の一頭を指示されることも嫌がる。そのようにされた家畜には、皆、悪いことが起こると信じている(p.258)。

 ホランド&ホランド銃を暗闇に向けて1発射ったら、鴨1羽、小鳥3羽がその場に落ちていた。

 雑誌の小話。ある兵隊に中隊長が、お前は酒さえ飲まなければすぐ伍長になれるのだぞ。兵隊の返事。ですがわたしは酒を呑むと聯隊長になった気がするのです。

▼篤胤平田半兵衛『日本先哲叢書 六 出定笑語』S11-10
 長井眞琴の解説。パーリの南伝によると、釈尊の滅後400年間は、仏教は口伝によった。
 波羅蜜のことを平田は波羅密と書くが、これは富永中基の『出定後語』に倣っている。間違いである。

 以下、本文。
 鼠をつらまえるに、足や尻っぽをこはごはにつらまへては、振返って喰附きもする所を、胴腹か首筋の所をぎゅっと強くひしぎつけると、喰附くことも、ひっかくことも出来ず、其中に目玉が飛出すやうなものでござる。

 註。今のインダス河を昔はシンドゥ(身毒)といい、それがインドの地名になった。インドゥには「月」の意味がある。それゆえ漢土では月氏國とも表記した。

 セイロンの今の風俗。『釆覧異言』によれば、人々は飯を喫はんとすれば、すなわち闇において密かに食ふ。人をして見せしめず。

 ヒマーラヤには雪の蔵の意味がある。
 麻耶夫人のマヤは「幻」と訳せる。

 シャカは19歳で出家したという説と29歳だったとする説あり。南伝では29歳。

 パンダカ=黄色。ここから黄門とも訳すが、これは去勢せる男なり。
 註。釈尊やその弟子たちは、数珠を手にせず。

 パーラーナシー。今のペレナス市。昔はカーシーといい、釈迦族の首都。波羅奈國。

 儒者は儒道の外を異端という。仏教では外道という。

 人の門に立って物貰って歩くことは古には無かったこと。仏法が渡ってから僧が物を貰ってあるくを、よるべなき者共がまねた。乞食の本家は坊主(p.146)。

 袈裟はカーザーヴァ、カーサーヤの音訳。その色は樺色に近い。
 末羅はマッラー。力士の部落だった。
 曹は、ともがら と読ませる。

 津の國の難波に、富永仲基という人。俗名は、道明寺吉右衛門。町人学者。三十代のとき(延享元年)に『出定後語』を著した。これを後代に宣長が再発見し、『玉勝間』で絶賛した。平田はそれを読んであわてて江戸中の書林をたずねまわったが、書名をさへに知った者がない。ついに京都の同門の本屋が見つけ出し、早飛脚でよこしてくれた。その後、版元が大坂にあったと知れた。

 小乗は、阿含部。その経の十のなかに三、四は、実に釈迦の口から出たままの文言がある。信ずるべし。
 大乗は、凡て全く後人が釈迦に託して偽り作ったもの。
 80歳で菌の毒にあたって死んだと、ありのままに記してあるのは小乗経典。
 小乗部に、四諦という。苦すなわち煩悩が集まったものを滅して菩提の道に入る。すなおに説いてある。これをもとに大乗ではさまざま捻り、なにか高妙なる由ありげに仕立ててある跡が明瞭である。
 小乗では四元〔素〕を言うだけだったのに、大乗ではそれに「空」その他を加えた。
 小乗では眼耳鼻舌身意の六識を言うだけだったのに、大乗部では7~10識に水増しした。

 仲基はこれを、阿含部に漸々に「加上」して説を立てたものと見抜いた。
 阿含部を信ずる方でみずから陋しめて「小乗」と言うはずもない。あとから商売を始めた大乗が、先行権威をおとしめて名付けたのである。

 阿含経でさえ、弟子の迦葉・阿難よりもずっと後の人が記したもの。
 たとえば阿輪迦王(アソーカ王)は、釈迦入滅から100年あまりあとの人。この王のことが記してあるということは、そのアショカ王よりもさらに100年は後の成立だと知られる。

 大乗の諸経には、釈迦の語とて、「後五百歳」といふ語がたんと出る。まさに捏造者たちが、釈迦よりも500年後に位置していて、作りたてほやほやの法華経などを世間に売り込まんというので、「後五百歳弘宣流布」などと釈迦に託して挿入しているのだ。

 仏滅後、迦葉・阿難の輩が石室の内で結集。上座部。これが正統の阿含部。
 このメンツから漏れた曹数百人が、石室の外で結集したのが大衆部。
 その大衆部の徒の中から、仏滅の百年ばかり後、大天という者が異見を起こし、新義を別に立てる。すなわち、生死涅槃、皆是假名と。それが般若経の空假の旨である。大乗はここから後世に派生した。

 釈迦の入滅から400年ばかり後、上座部正統の大法師脇尊者が、正統阿含部を越えるものはないと、裁定を下している。空假の旨は釈迦の本義ではない、と。
 ここから、大乗部の中では般若経がいちばん古いということは確実である。
 般若の次に法華経が成った。般若の空も方便じゃとした。
 権(ごん)と実とに分類して、これまでのすべての経を併呑したのも法華経がはじまり。
 いらい、多くの人が、法華経がいちばん正しいのかと思い込まされていた。仲基は、初めてそのインチキを見破った。

 三蔵の目(名目)は、仏滅後に迦葉らが結集したときに起こったもの。ところが法華の経文中に三蔵学者とある。釈迦が説いた真経に、そんな単語が入るわけがないだろう。

 法華経の次に、華厳経が創作された。法華経までも方便じゃ、とした。
 無量義経は、法華経の一派が、華厳に遅れて製作した。
 大集経・涅槃経も、華厳の後から起こった。龍樹の大論にこの経のことが出てこない。つまり龍樹よりも後。

 続いて、頓部の契経。なかんずく楞迦経。それをヒントに達磨が説をなし、文字一切を排して禅家の鼻祖となる。
 そのきわまりにいたっては、乾屎【木へんに厥】[かんしけつ]=尻を拭く箆 を以て仏性を語る。

 釈迦は秘密の真理を南天竺の銕塔に蔵めていたのを竜樹菩薩が取り出したと吹聴したものが、大日経・金剛経・楞厳経の三部密教。もちろん龍樹より後の偽作。

 法華経は大部だが、かなめとするところは、方便品。
 ところがその方便品にも読者を説得する何の中味もない。薬のかわりに能書ばかりがある。かんじんの丸薬が法華経のどこにもない。

 法華経の第25を普門品といい、世間では観音経という。
 のろひごとや毒薬で害されようとしたなら、観音を念ずれば、その禍いは、逆に敵の身を損なうという。こんなのがどこが仏教じゃと、漢國の蘇東坡が批判したが尤もじゃ。

 観音経を念じたので首を斬られずに済んだという話は、仏祖統記が初出で、それをもとに唐代で説かれ、それを日本の謡曲が主馬判官盛久の話とし、それを日蓮宗徒が日蓮の話にした。日蓮自身はそんなことを書いてはいない(p.253)。

 左伝に、禍福は門なし、ただ人の招く所という。
 易に、積善の家には余慶あり、積不善の家には余殃ありと。つまり因果応報の思想がもともとあるのに、漢人はあとからやってきた仏教をありがたがったのである。

 わが國でむかし、臣の姓[かばね]の人を大臣に、連の姓の人を大連にした。ちょうど今の世の左右の大臣。

 俗に、釈迦に提婆、太子に守屋などという。「神道者、守屋重々理だといひ」という川柳あり。

 達磨が死んだのは、漢國の梁の武帝の大同元年。御国では、安閑天皇の2年。

 日本に渡った天台宗。漢國で、法華経の権実ということを宗旨とし、その説を龍樹の大智度論で補強したのを、桓武天皇の延暦24年に最澄が輸入した。だから伝教大師という。拠点は延暦寺。

 その前の東大寺は、華厳宗。
 唐招提寺はそれよりも早い。律宗。

 延暦寺に遅れて、真言密教の高野山。弘法大師。
 その次に禅宗が渡ってきた。じつは伝教大師が最初にもたらしているが、廃れてしまった。そこで栄西が輸入しなおした。
 ここから、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗など24派に分かれる。

 その次に流行したのが念仏宗=浄土宗。諡号は法然上人。
 これに次いだ親鸞は、夢の中で観世音に勧められて女犯の道に進んだと。一向宗。
 その次に日蓮宗が出た。今生には貧窮下賎の者と生れ、旃陀羅(チャンダーラ)の家より出でたりとも記す。吉田家の神道を習合した。
 わきまえた人は、日蓮宗は天台宗の虫食い、一向宗は浄土宗の虫食い、山伏は真言宗の虫食いじゃと申す(p.344)。

 真言がなぜ密教なのかというと、唱える陀羅尼が天竺語のままで、漢訳も和訳もされていない。だから唱える人にも意味がわからない。それで悟りが開けるのだという。
 ほとけ という日本語。これはブッダがフトとなり、それにケの字を添えた。ブダからホトケになった。ブッダとは、さとりである。さらに、さとった人の意味。

 今を去ること十二三年以前に、江戸遊所で、坊主をたんとお捕へなされて、ほうづきをからげたやうに、日本橋へ晒されたことがあったが(p.370)。

 今日、人が死ぬと僧が来て改める。これは行政として変死を吟味する必要があるため。

▼『武田泰淳全集 第十二巻』S47
 ユーモアの中国語は幽黙。
 天の概念は殷代に無く周代に始まる。
 辰野隆によれば谷崎は東大の国文学科を半途で退き、文名をかちえるまで、貧乏生活を送っていたが、苦労から生じた卑しさが微塵も無かったと。
 南方伝来の仏典である『本生経』には、仏が出現するための三つの予告が記されている。
 中学の先生いわく。水滸伝は人物の欠点まで描いているから八犬伝より面白いのだと。
 私は学生時代、数回留置場に入りましたが……(p.121)。

 東条は「たしかに戦時中、あたかも自己が最強者であるとともに最善者であるが如くふるまい得た」「東条的支配力より、更に強力な民主国家の支配が出現して、彼を打ち負かさなかったならば、その当時の狂心的国民心理にとって、彼は依然として善そのものの如く存在し得た」(p.130)。

 人間の幽霊が無力だから、日本の庶民は、猫の化け物を発明して、猫に復讐を託した(p.131)。
 魏晋から唐末にかけての民話を集めた『太平広記』。人が豚や犬や牛に変身する。インドからこのような思想が伝来したのだ。
 社会が善悪を審判することを諦めたために、宇宙的動力によって何とかそれを解決しようとした。
 弱者が動物に生まれ変わったという説を流行らせることで、権力者を怯えさせようとした。

 S21春に鹿児島まで引き揚げてきた。
 S22に北大の文学部に就職が決まった。

 青森から連絡船にのり、函館で上陸すると、DDTの白粉を頭髪や服にふきかけられる。済むと、右手甲に紫インキでゴム印を捺される。
 戦中は、点呼のさいに在郷軍人の徽章をつけ忘れているとひどい目にあった。

 火力発電所に供給するための北海道炭の増産が、優先されていた。
 燃料不足で11月に入ると教室では指がかじかんだ。
 炭坑ではコメは十分だが副食が何もない。脂肪分を得るために、カラス、ネズミを狩猟することも。
 古い親分制度が活きている。
 軍需工場の入り口には、白鉄かぶとの日本人MP。1人は自動銃。1人は女性。

 死なう団は、宮城前広場や増上寺門前で割腹して生命を絶った(p.215)。

 酒田に入ったら本間を呼びすてにしない方がいい。余目[あまるめ]は反本間派の中心地であるから、そこに立ち寄ったことは口に出さぬ方がよろしい(p.229)。

 ある庄内人。1町2反を作って、収入が5万円。その四分の一は税金その他でなくなる。これでは縮小再生産になる。標準反収は3石7斗で、それ以下だと上等の百姓とは言われない。それでも苦しいが。

 この辺から警察予備隊に入った者は、だいぶ、逃げ帰ってきた。
 農地解放で土地をもらった百姓が、それをそろそろ売りに出しはじめている。
 雌豚はいちどに12匹を産めるものの、全部に授乳すれば母豚は痩せ細る。

 硫安肥料だけでは土が酸性化してしまう。中和するために石灰窒素の需要が高い。

 熔成燐肥は雨で流出しない。毛根が分泌する酸で溶け、吸収される。
 酒田市の商工会議所の楼上に、戦犯裁判の法廷が、名所としてそのまま保存されている。石原莞爾は数十分、証人としてそこにいた。大川周明はそこで講演したという。

 郭沫若は、蒋政権の圧迫をのがれて日本へ亡命し、抗日統一戦線が結成されるや日本から脱出した。
 耳が悪い。古代社会の話はする。

 占領期間中のラジオ・プレス。二世が多い。海外放送をディクタフォンに録音してタイプ起こしする。記事は、米軍司令部、領事館、外務省、内務省、民間に渡す。筒は、外側を削り落として再使用。
 「自由日本放送」の発信源は、華北らしいと。

 戦後も、返還されたばかりの羽田から福岡に飛ぶのに、途中で2回も着陸の必要がある。安全のため最短コースを飛べない。着陸のたびに機体が傷む。

 造船所の進水用ヘットは、牛脂や木蝋でこしらえる。
 「腹うけはし木」を取り外す。

 小磯国昭は朝鮮総督だったとき、朝鮮民族は天照の弟であるすさのをのみことがつくったので、道祖同根だと言った(p.339)。

 アイヌのことを調べに8月の北海道に行った。ひと月調べたがそれは作品に書けないでとってある。その書けない間に、人肉を食べた船長の話を書いた。『ひかりごけ』(p.387)。

 茅盾の『腐蝕』は、重慶側の秘密警察の内情をあばいている。よほど腹にすえかねる怒りがあったにちがいない(p.396)。

 宋慶齢は1914=民国三年に、孫文と日本で結婚した。倍以上年齢に差があった。
 宋の父は海南島出身のアメリカ華僑で、結婚後に渡米。三姉妹はウェスレイ大学に進学した。
 孫文には17歳のとき結婚した正妻の盧氏があった。これは因習。郭沫若や魯迅も、都市若くしてわけもわからず婚姻させられた嫁が故郷にいたが、成人すると離婚するのである。蒋介石も同様。だが、離婚する前に蒋経国と緯国ができていた。宋美齢には実子はいない。
 孫文は肝臓癌で死亡。慶齢にも実子はいない。
 宋家と姻戚になるために、仏教徒だった蒋介石はいやいやながらキリスト教の信者になったふりをした。洗礼を受けたとは一言も述べていない。

 ヘミングウェイは15歳のボクシングで左目を悪くし、1917に18歳で陸軍に志願入隊できなかった。
 そこで翌年、仏軍の野戦病院輸送車の運転手になった。
 『武器よさらば』には現地の慰安所の娼婦との関係が書かれている。将校用と下士官用は別であった。

 巻末解説。
 武田は1937-10に応召し、輜重補充兵として中支に赴任。『史記』を持参し、余白にメモを書き込んだ。1939-10に上等兵で除隊した。
 敗戦日には上海の旧フランス疎開で暮らしていた。

 『月報』への斎藤秋男の寄稿。「作戦の一段落したときなど、兵隊は、捕虜の刺殺をやらされることが多いが、わたしはそれをうまく逃れおうせた」。
 泰淳が専業作家になるべく北大を辞めたのと入れ違いに斎藤が北大に就職した。

▼丹羽文雄『海戦(伏字復元版)』2000-8 中公文庫
 伏字の初出S17、復元版初出1997。
 重巡『鳥海』に乗って、S17-8-8夜のツラギ沖海戦を報道班員として体験する。もちろん艦名などは戦前は書けなかった。

 赤道を南へ4度の島でも、8月は「冬」であり、夜明けの冷気は内地の5月並。
 陸戦隊の艦上体操。内地ではみかけたことがない。

 基地の空襲警報は、空砲3連発による。
 艦内生活は、暑いのを除けば、陸上に比べて天国。とにかく清潔なので。
 軍艦内では佐官クラスでも食欲が私の2倍。

 吊り床は通路の天上から吊るが、部外者には寝られたものではない。
 通路のあちこちには下っ端水兵が寝ていた。枕元にいちいち「三直 ○○三水 四時起し」などと註がしてある。当番が起こしてまわる。

 居室のある士官の室内には煽風機がある。
 日の出になると、燈火戦闘管制もとへ となり、総員体操。

 魚雷を抱いた大編隊の中攻隊が戦闘機に護衛されて飛んでいくのが双眼鏡で見える。無声映画のように音がしない。

 ロッキード・ハドソンが1機、艦隊の前方にぴたりとついて輪を描きながら触接していた(p.59)。※なぜか活字は「接触」である。元からこうなのか?

 陸軍のラッパと違い、いかにも艦内だけに聞かせる戦闘ラッパは、細くて、よく通った。私は耳に綿をこめながら艦橋をかけ上った。

 夕食時、士官室で司令部つきの軍医大尉が、「視力恢復錠」を配る。ビタミンA。
 「除倦覚醒剤も、希望の方にはお分けします」(p.75)。

 戦闘前は燃えるものはできるだけ捨てる。機関長は、ライター用のガソリンの小壜まで海へ捨ててしまった。

 艦橋では、実戦の配置についてしまうと、もはや便所にも行けなくなる。立ったまま、任務のまま、やるしかない(p.83)。

 航海長。「百ノット出んかな」「そうしたら、しゅっとかわるからな」。※海軍ではやりすごすことを「かわる」という。しかし活字は「変わる」となっている。

 荒海で高速航行すると、重巡でもどこかにひびが入る(p.88)。

 砲術長のいるところは、測的所のもうひとつ上。
 士官用の浴室も、バスはふたつに分かれ、偉い将校用と、それほど偉くない者用を区別。戦闘モード下では、浴室内の鏡は撤去する(p.94)。

 夜間は信号旗の掲揚がないので、旗甲板は暇。
 丹羽は、S13に漢口攻略戦に従軍したことがある。

 雷跡は夜光虫が光って白くなって見えるという。
 青白い吊光弾は次から次に新しいのが光った。
 艦がぐいと左に曲がったとき、右舷から、シュッ、パチャンという音が続けて四回。魚雷発射だ。没入したあたりは夜光虫で白銀を撒いたよう。

 初弾命中、と司令塔でたれかが呶鳴った。
 旗甲板で砲戦中の重巡の主砲発射音を聞かされ続ける苦行。皮膚の感覚がひとつひとつ死んでいく。音圧が臓腑をかきみだす。寸時と間がない。

 僚艦からの高角砲弾は点線になって続いて、敵艦に届いていた。※25ミリMGと思われる。
 「機銃も加わった」(p.116)。※これは13ミリか。

 一時間もこの音響の汎濫の中に立っていたならば、私は狂人になるだろう。
 主砲が火をふくと、そのたびに艦橋はぐらりと揺れ、私はよろめいてしまう。
 上膊部の肉にめりこんだ弾片を、肉を指先でこじあけてつまみ出した。まだ熱かった。

 士官室は左舷になっていた。軍医大尉がアルコールを含ませたガーゼをくれた。頬を拭うと、赤みをおびた、どろどろした黄色だ。敵の着色弾だ。他に、緑色もある。

 敵の20サンチ砲弾の1発は作戦室の窓から窓へ素通り。1つは艦橋の隅で炸裂した。ちょうど自分はその間に立っていた。私は運命論者になった。

 ツラギからかなりはなれたところで、主砲に装填したままの1発を、射ってしまうことに。艦内拡声器で予告される。

 治療室では消毒する熱湯がたぎっているので、どこよりも熱い。軍医は上体裸。下帯ひとつの衛生士官たちもいた。

 衛生兵が、破傷風とガス壊疽の予防注射を、左右の腕にしてくれた。

 勝因のひとつ。敵の港口を哨戒していた艦が、探照灯をてらしもせず、味方の艦隊に砲声で警告するでもなく、そのまま180度転回して戻っていったこと。

 今夜の夜襲について、いい名前を考えようではないか、と砲術参謀が言った。ツラギ海峡夜戦、という案が出た。
 けっきょく大本営は、ソロモン沖海戦と命名した。

 「最後まで動かない砲があったが、電気装置をまっ先に叩かれてしまったのだろうね」(p.157)。

 煙突には、1尺大の穴がぽかんと空いていた。軍艦旗はずたずたに裂けて風になびいていた。
 重傷者が、帰港するまでに三人死んだ。出血多量のため。
 ある一室をのぞくと、線香が燃えていた。

 戦後の後日談。軍艦8隻がラバウルに戻ったとき、港の入り口で敵潜が雷撃し、いちばんうしろの駆逐艦が被雷していた。
 この海戦の頃は敵にレーダーがなかったので、助かった。

 以下、ラバウルの話。
 ラバウルの火山がS12に噴火して灰ほこりがひどいので、雨がありがたい。8月のラバウルは、内地の5月くらいに冷えることあり。

 ラバウル市街には、戦前からの支那町がある。満州・上海事変のときは、在住日本人の店頭や住宅に石を投げたり、追い出しをしたりして騒いだ。支那事変いらい、国民党クラブが何事か画策していたが、何もできなかった。

 椰子の水は、茶碗に二杯はある。このありがたさは、熱帯でないとわからない。
 茶色くなった椰子の実には、コプラだけがあり、水はない。青い実には、水が入っている。

 ここの島民の色の黒さは、南洋でも一番ではないか。しかも椰子のあぶらで磨いている。ガタイは大きい。
 S17-1-23に、当地の日本人は、シドニーへ連行された。二十何名かいた。

 ラバウルでは洗濯物は強く絞る必要はない。2時間で乾くから。

▼石川淳ed.『日本文學全集 5森鴎外集』S38
 鴎外は役所からへとへとになって帰宅したあと、ランプを細くしていったん仮眠。12時に起きて2時まで執筆する(p.23)。
 しかし、夜の思想にはすこし当てにならぬところがある。

 バルザックは深夜1時から朝7時まで、口述筆記させていた。彼は午前8時から午後4時まで役所勤務する必要がないからそんなことができたのだ。

 鴎外の役所は16時にひける。取扱中の書類は非常持出の箪笥にしまって鍵をかける。
 これを書いているとき50歳前。しかし女への関心は薄く、ただ、未知の世界だけが自分を刺戟する。※真理に興味がなく、泰西新奇を解することを同胞文士にみせびらかせるのが快。
 葉巻を出して尻尾を噛み切り、頭の方を火鉢の佐倉に押し付けて燃やす。

 ニーチェは芸術の夕映え、と言った。老年になり、死が近づくと初めて、芸術が、若き日の記念のように親しく思えてくる。

 日本の豆打ちは、鎌倉より後のことだろう。※これを書いたのはM42。
 ローマにも似た風習があった。五月の真夜中に、黒豆を背後へ投げ、それによわって死霊を追い退ける祭。

 日本の自然主義文学が性欲のことばかり書いているのが自分にはどうにも解せない。
 ※ヰタ・セクスアリスはルソーの懺悔録の真似。

 子供の頃、田舎の城下には辻便所はなかった。だから誰でも道端でした。
 旧暦盂蘭盆のさかんな故郷であった。全員が頭巾で顔を隠すので武士の子も加わり得た。

 とうじ、少年ということばは、男色の受身役を意味していた。

 寄宿舎では小倉の袖を肩までたくしあげていないと惰弱だといわれる。鴎外は体力弱く、いじめられっこだった。クラウゼヴィッツが、弱国は受動的抵抗をせよと言っているように、陰で反抗した。

 大学予備門には鹿児島が少ない。佐賀と熊本。これが硬派。あとはことごとく軟派。

 「盲汁」(p.54)。※闇鍋のこと。
 炭に石油をぶっかけて火をおこす。

 西洋の寄宿舎では、自慰をさせないように両手は掛け布団の上に出して寝なければならない。

 欧語の術語を覚えるためには、じぶんでギリシャ語、ラテン語の語源を調べて注記すると楽である(p.64)。
 童貞のことを「生息子」という(p.72)。
 護身用の短刀のかわりに、2尺ばかりの鉄の烟管を拵えさせた。※この話は全体がフィクション仕立てなので注意。

 自動車は、安いもので5000円。
 鬚は、四十代で赤みがかり、それから白くなる。

 自己の道を開く。自己の倫理を立てる(p.131)。※漱石の「自分本位」。
 新人とは、漢語で、花嫁のことだ。
 縹[はなだ]色=pale blue.
 未亡人[びばうじん]。

 「いくら親しくしても、気が置かれて、帰ったあとでほっと息を衝く」。※気が置けない、の意味が分かる。

 九州の大演習で、師団長が「将校集まれ」のラッパを吹かせたのを見たことがある。

 子供を二人しか生まないことにして、そろそろ人口の耗って来るフランス。
 仏文の評論表現で 大いなる coup というのは賽を投げて賭けに出て成功したという意味。

 屋内の電線の被覆は絹(p.185)。
 ドイツとアメリカは交換大学教授の制度をすでに持っている。
 日本の女子の学校では英語と仏語の外は教えない。

 ガス灯を走って点燈して廻る人足が雇われていた。片手には踏み台。

 フランスでも不審な一人旅人を宿屋は泊めさせない。
 人形喰い=メンクイのこと。
 日露戦争のあと、日本でロシアパンが定着した。
 歯ブラシというものがなく、楊枝だけ。
 ※M44の作。つくづく selfish love しかなかった男と察する。

 阿部一族。
 彌一右衛門は子供等の面前で切腹して、自分で首筋を左から右へ刺し貫いて死んだ(p.292)。

 落城のあと、忠利は数馬に関兼光の脇差をやった。1尺8寸、銀の九曜の三つ並びの目貫。目貫の穴は二つあって、ひとつは鉛で填めてあつた。

 草鞋の緒を男結びにして、あまった緒を小刀で切って捨てる。

 雁。大正2年作。
 上野広小路に自転車の競走場があった(p.325)。
 錬歯磨を売っていた「たしがらや」。さかさによむと「やらかした」。
 下手の乗っている馬はなまけて道草を食う(p.356)。※その通り! 手綱が緩いことを察している。

 水戸の屋敷は、上屋敷が小石川門外、中屋敷が本郷追分、目白の二箇所、下屋敷が永代新田、小梅村の二箇所。これらはひとつも火事に逢っていない。

 漢学者は甥のことを姪と書く。根拠は公羊伝にある(p.514)。
 元禄7年11月23日、隠居の身である義公光圀(西山公)が、藤井紋太夫を手討。

 明治以降、寺は、改葬という名のもとに、墓石を次々に処分してしまう。過去の偉い人物の墓でも容赦なし(p.527)。

 風月堂は維新前からあるが、幕末の番付では西の幕内の末の方である。

 巻末年賦。
 M29-1、陸大の教官を兼任。すでに軍医学校長。
 M31-10、近衛師団軍医部長を兼任。
 M32-6、陸軍軍医監(これはランク)。12師団軍医部長(これはポスト)とされて小倉に赴任。

 M32-9、師団の将校たちにクラウゼヴィッツを講義した。37歳。

 M35-3、第一師団軍医部長となり、東京に戻る。
 M36-11、クラウゼヴィッツ『大戦学理』(2巻)を軍事教育会より刊行。

▼高橋昭夫『証言・北海道戦後史――田中道政とその時代』S57-4
 S20-8-27に万国赤十字代表らが小樽港に入り、札幌のホテルで捕虜引渡しの予備交渉。
 S20-9-4に米第八軍のサッター少佐以下が輸送機で飛来。
 連合軍捕虜470人は炭坑地帯で使役していた。

 9-12に捕虜の第一陣が千歳から空路で出発した。

 10-5に小樽港外に50隻の米艦隊が沖がかり。空母なし。
 敗戦前、北部軍は、米軍が上陸するのは道東だと考えて、帯広に100機を集めていた。これらは丘珠に移して石油をかけて焼いた。
 陸自の東千歳駐屯地には2500m×80mの「連山」専用滑走路が残っている。
 77Dから、第306RCT(連隊戦闘団)がS20-10-4に函館に上陸した。
 米海軍では料理をつくるのは黒人兵で、ルームサービスは全員フィリピン兵にさせていた。

 松竹の『そよかぜ』はGHQ検閲第一号。その主題歌が「リンゴの歌」。
 終戦直後に創立された社会党道連。のちに航空評論家となる青木日出雄も入党した(p.45)。青木写真館スタジオが社会党道連書記局。

 江別には王子航空機の工場があった。王子製紙工場。
 77Dは、NY州出身者が多く、事故も少なかった。同師団の復員はS20-10-20からスタート。

 S21-5に真駒内の種畜場が接収され、キャンプ・クロフォードとなった。明治13年に札樽鉄道を敷設した技師の名にちなむ。

 土地柄で戦後もタコ部屋があった。北海道には。
 タコは京浜地帯の戦災者が集められていた。

 セレベス島から復員したポツダム大尉の証言。リバティー型船で名古屋まで13日かかったと(p.75)。
 日本のスチームローラーは石炭焚きなのですぐに圧が下がる。米国製のローラーは重油を燃やすので性能が数十倍あった。

 いかに石炭が必要だったか。汽車が不意にストップし、石炭の手当てがつくまで何時間も発車しない、そんなことがザラにあった。もちろん工場も休業が多い。すべては石炭なのだ。

 S22に、地方首長が初めて公選される。北海道、長野、徳島、福岡に社会党の知事が誕生した。
 山口県知事になった田中龍夫は無所属で37歳。田中義一の息子。

 本州では地元の名望家が市町村長になる。しかし北海道では、役人出身が多い。経済が官依存なのだ。
 道議会はS27春まで、米軍将校とその通訳により監視傍聴された。

 戦後、北海道でとれたニシンとイモの6割を本州へ送らされた。
 北海道CICはG2の下部組織で少佐が率いていた。エリート揃い。反ソの諜報網を構築した。

 米国機関は朝は8時スタート。

 1949-1から、第十一空挺師団が北海道から米本国へ。かわりに朝鮮から第八軍の第七歩兵師団がやってきた。八戸にも。翌年5月に朝鮮に展開し、師団長のディーン少将が休戦まで捕虜になる。

 ベニーはベンジャミンの略。
 ビアホールはS24夏に解禁された。
 S18から函館の造船所で木帆船が量産された。300トン級。道産のナラ材の長いものが枯渇したため、ほんらい3本をつなぐ竜骨が4本つなぎになり、強度計算に苦心した。

 鷹泊ダムはTVAだと考えられていた。
 1950、戦争が勃発し、真駒内でも米兵たちがタコツボを掘った。
 群馬県の旧中島工場あとのキャンプ・ベンダー。韓国から避難してきた韓国人たちをそこで速成訓練して、米軍に繰り入れた。階級章は、米軍のを逆にしていた(p.257)。

 中共兵の死体を見た人の証言。防寒服は着ていたが、素足で、ズック靴なのに驚いた。
 手が凍傷にかかると、死んだニワトリの足のように黄色く見える。

 警察予備隊の火器は、払い下げのM1カー瓶だけ。

 S26に、オクラホマ州兵(第45州兵師団)が北海道に。主力1万2000人は千歳に駐留。

▼高橋昭夫『続 証言・北海道戦後史』S58-6
 もと陸軍大佐の田中忠勝は久住忠男(海軍中佐。戦後、軍事評論家)とともにS28まで道庁嘱託だった。山口県出身で、杉山元の拳銃自殺の発射音を隣室で聞いたエリート。陸大で教えていたこともあり、ソ連軍の北海道侵攻はまずありえないと判断できた。やるなら10個師団で上陸する必要があろう。終戦直後、浅間山麓を開拓して酪農に挑戦したこともあった。

 日高海岸の門別地方は朝鮮海岸を想定した上陸演習ができるというのでオクラホマ師団は接収を望んだ。しかし反対され、十勝海岸大津(今の豊頃町)に白羽の矢が立ったが、休戦で話は立ち消え。

 S27-1、白鳥事件。日共が武装蜂起を決めた五全協の軍事方針がなければ、あの事件も起こり得ぬはずでした(p.90)。

 S30-11-29、米陸軍が恵庭演習場でオネストジョンの試射訓練。弾頭はコンクリート充填。
 径76.2センチ、全重3トン、全長8.7m。音速の1.5倍。30kmくらい飛ぶ。

 その前に御殿場の滝ヶ原でS30-11-7に試射されている。
 S32のチトセ・エアベースにはFENホッカイドーがあり、周波数は1570~1590キロサイクル。

 S33には、米第12野戦通信部隊(エリントか?)。S46にはOTHの部隊も来た。米国旗が降りたのは、S50。

 戦前の内務省で人事課長までやった町村金五がS34の選挙で知事に当選し、革新知事の時代が終わる。
 札幌の人口が函館を抜いたのがS15。S35にはじめて人口50万人を越えた。

▼上田智之『[ラーメン屋]の始め方・儲け方』2004-5
 開業資金は1000万円以上かかる(p.22)。
 無駄な従業員1人=380杯分の粗利(p.28)。

 6000万円以下なら環境衛生金融公庫で借りられることも。あるていどラーメン店で働いていた経験があると審査に通りやすい。

 居抜きの場合、立地がよくても、前の店の評判が最悪だったなら、やめておく。その評判も引き継がれるから。

 施工業者は、三社から相見積もりをとれ。
 小麦粉にかん水を入れると小麦粉の中のフラボノイド色素と反応して黄色になる。今はビタミンB2 で着色を強調する。
 卵白粉をまぜると、歯切れがよくなる。

 丼の文字は「双喜文」という。

▼正宗白鳥『生まざりしならば』イワブンS13-1
 昔の自炊。土鍋と七輪だけでOK。
 行李の上に鞄を載せれば、机代わりになる。

 身延の深敬病院は○病患者の通うところ。その昔は馬で草津へも通った(p.13)。

▼ルイス・フイッシャー著、兼井連tr.『偉大なる挑戦』S26-11
 原1946。“The Great Challenge”
  ※著者はあきらかにスターリン擁護者。

 フランスは1939-9-3の午後5時に戦争に入った。イギリスがその朝11時に宣戦したから。
 しかし英空軍は、紙片を撒布しているだけ。

 1939-11-30にロシアがフィンランド侵略。夜にヘルシンキも爆撃。FDRは48時間内に対ソの道義的禁輸。

 リトヴィノフは1937以前に「集団安全保障論」を公表している。
 ダンケルクの英兵32万5000人は鉄帽だけは捨てないで撤退した。仏兵も1万1000人。

 6-4のチャーチル演説。英本土を逐われたらカナダで継戦することを示唆した。

 1940-6-16にチャーチルは、仏国民に英国市民権をただちに享受させると言った。しかし1944には否定した。

 ドイツはイタリアを中立させておいた方が益があった。物資調達ができただろうし、反面、重荷にはならぬ(p.19)。

 戦間期にフランスは米国から軍用機をいくらでも仕入れられたのに、大蔵大臣は拒絶した。

 1945-5-14のチャーチル演説。われわれは1940-6から1941春にかけて、銃100万、砲1000を米国から搬入したと。航空機も船で届けられた。

 1941-4-5に合衆国はデンマーク領グリーンランドを保障占領した。1941-7-7には、英軍とともにアイスランドを占領。

 アメリカの家の戸口に金色の星の旗が出ていたら、その家から出征した者は戦死したことを示す。

 1941の世論調査。米国人は対スペインの禁輸を望んでいる。1935-11いらい、米国民は航空戦力の増強に賛成である。

 ジョゼフ・デイヴィスの証言。FDRは1939-7-18時点で、ヒトラーがフランスを征服したらその次はソ連だという確信を有し、その話は帰国するソ連大使のオウマンスキーにもしていたと(p.32)。

 ヒトラーは、ロシアの方が米英の連合体よりも潰し易いと判断した。

 莫大な量の飼料、穀物、亜麻、原油(1941年には石油70万トン分)、其他の生産物がロシアからドイツへ、そして日本からロシアを通じてドイツへ、流出した(p.38)。

 アメリカ共産党はドイツ製品のボイコットを中止すると宣言した。イギリスの共産主義者たちは、独軍機の空襲中にも、戦争努力をサボタージュした(p.39)。

 リトヴィノフは1938-11-27に駐モスクワのポーランド大使に、露波不侵条約を再確認した。

 ヒトラーはモスクワに対し、リトアニア以外のバルト諸国、そしてフィンランドとベッサラビアはすべてドイツ政治圏外であり、ソ連にくれてやるという意思表示をしていた。
 じっさい、数十万人の在バルトのドイツ人をドイツ本国へ引っ越させた。

 ロシアのルーマニア侵略は1940-6-27開始。ヒトラーは対英仏戦で対応できず。

 東ガリシヤと北部プゴヴィナは、かつてロシア帝国領だったことはない。そこをスターリンは1940夏までに占領支配した。

 1941ベルグラードのクーデターは英国製であると米政府は認めた。しかしドイツは、これはソ連の仕業だとした。

 ドイツはギリシャを制圧したら、さらに、クレタ島、エジプト、シリヤ、イラク、インドへ向かおうとするだろう。それはロシアにとっては朗報だ。
 1941-4、イラクでラシド・アリが英国に抗して立ち上がった。翌月、ヴィシー政権は、シリアのアレッポにある仏軍基地をドイツに提供した。ドイツはそこからラシド・アリに物資を空輸した。

 ついでドイツは意表をついてフィンランドに軍を集めた。62歳のスターリンは、5-6にモロトフをしりぞけてみずから人民委員会議の議長になった。これは首相と同義語である。国家元首だ。

 スターリンはとつじょ、ドイツに屈譲した。5-9に、亡国政権の大使(ノルウェーおよびベルギー)の外交特権を剥奪した。さらに、1ヵ月前に友好協約を結んだばかりのユーゴ承認を撤回。そしてラシド・アリを承認した。

 5-10、ルドルフ・ヘスがスコットランドのハミルトン公爵の領地近くへ落下傘で降りた。
 著者の見解。ヘスは6-22の対ソ開戦を知っていて憂慮し、あの決断をしたのだ。ただし、対ソ戦に反対だったのではなく、その前に英国と手打ちをするべきだと考えて。

 マインカムプはヘスも手伝って書かれた。反英色はなく、英国の同意の上でウクライナを獲るという論調だった。
 ヘスの勘違いは、戦間期の宥和主義の大物たちが英国でまだ勢力があると信じたこと。
 チャーチルはスターリンに通知した。

 4-21から6-21の間、ドイツ機は180回もソ連領内に侵入して写真偵察を反復した。在モスクワの記者たちは、その話を6-28に聞かされている。

 リトヴィノフが駐米大使として赴任したコースは、ハワイ経由。それは真珠湾攻撃の2日前だった。

 ホプキンズの得た感触。スタはさいごまでヒトラーがソ連ではなく英国を打倒しようとしているのだと信じていた。

 FDRは1939-12-2に、ソ連に対する道義的禁輸を課した。1941-1-21、国務次官サムナー・ウェルズは、ソ連の使節のオウマンスキーに対し、禁輸は解除されたと告げた。

 しかし14年間ソ連に詰めた記者として筆者はそれは間違っていると思い、未知のウェルズに手紙を書いた。米国がソ連に親善的態度を示すと、日本は米ソ協定ができるのではないかと考え、ソ連に対して挑発を控える。しかし日本軍の対ソ圧力は残ってしまう。最善の策は、日本が暹羅や蘭領東インドへ攻め込むようにしむけることだ。そうすればソ連も極東から兵力を西へ転用してドイツに対抗できるようになる。

 筆写の当時の見解。極東におけるソ連の目的とは、日本を弱体化させることを通じて支那を共産化することである。日本を弱体化させる最善の方法は、日米戦争を起こさせることである。

 ウェルズいわく。ロシアはこの2ヵ月(1940末から1941の2月まで)に、過去2年間にもなかったような大量の武器を蒋介石に提供した(p.60)。
 ウェルズいわく。日本海軍の提督たちは陸軍の連中よりも国際情勢がよくわかっている。だから南方に出たいと思ってはいるものの、ソ連との条約を急ぐべきだとは思っていない。

 筆者いわく。もし日本が米英と開戦したばあい、ネールは反日的になるだろう。しかし英保守党が馬鹿なことをすればどうなるかわからない。英国はインドでは少しも民主主義を実践してないから。

 筆者いわく。ドイツがブルガリアを押さえたとき、ソ連は本気ではブルガリアを防衛しなかった。ロシアとドイツはトルコを分割するかもしれない。
 ウェルズいわく。ドイツは昨年10月にそれをモスクワへ申し入れた。イスタンブールをどっちが取るのかは不明。

 筆者は、ソ連外交官のラコフスキーから資料をもらった。それによると、スターリンはトルコを敵視している。1919いらい、ボルシェビキは、ケマルパシャを反帝国主義・反イスラム主義という点でプラスに評価してきた。しかしジョージア生まれの者だけは違う。ジョージアの港だったバツームを1921-3にトルコが奪ったことを、彼らは許せない。そしてまた、ジョージアの国境である北イランに特別の関心も有す。

 対ソ禁輸解除は、当面、物質的には、何の意味もない。これはロシア人も知っている。政治的に、意味があるのだ。

 サムナー・ウェルズは、英国がイタリーから上陸してドイツを攻められることを了解していた。フィッシャーはそんなことは考えてもみなかったので、話を聞かされて驚いた。

 フィッシャーいわく。日ソ中立条約を結ぶように日本政府をけしかけたのはドイツなのだ。ヒトラーは、その結果ロシアの地位が補強されることを意に介しなかった。ヒトラーはドイツが独力でソ連に勝てると考えていた。それよりも、日本が南方の英領を攻撃して、英米の防衛資源が分散されることが大事だった(p.65)。

 「スターリンは、対米関係の好転に乗じ、日本の南方進出のあせりにつけこみ、日本を南下せしめたいというドイツの希望を利用して、まんまと日本相手に中立条約を締結したのであつた」(p.65)。

 日ソ条約に付属する国境議定書により、モスクワは日本の満洲領有を承認した。日本は、モンゴルがロシアの保護国であることを承認した。

 スタが松岡を駅で見送ったことは、その場にいたAPの記者により世界へ報じられた。すべてスターリンの計算ずくの演出だった。

 リトヴィノフは反独だったから、独ソ不可侵条約のときはスタによって棚の上に載せられたが、ヒトラーがロシアを攻撃するや、スタは2年間無職のリトヴィノフを棚から下ろしてブラシで塵を払い、英国向けのラジオ演説を1941-7-8にさせた。リトヴィノフの英語は上手であった。そののち、大使となりワシントンへ旅立った。

 このラジオ演説はリトヴィノフが原稿をまとめたとおぼしい。そこにリトヴィノフの対独観が出ている。いわく、ヒトラーのやり口は、狙った獲物が共同の抵抗線をつくることを妨害する。そうして一国、また一国と、敏速に片付けて行く。

 放送原稿は、7-3のスターリンによるロシア語(ジョージア訛)の放送に対する批判的な内容を含んでいた。過去のロシアの外交政策を憤っていた。こんなことがゆるされるのはリトヴィノフだけだった。

 戦争が進展し、ソ連の、米英に対する依存度が減ずれば、またリトヴィノフは棚に上がる運命だった。FDRは、スタが終始一貫リトヴィノフを嫌っていると気づいていた。
 理由は、スターリンがリトヴィノフをどうしても必要としたからだ。スターリンは他人に依存したくない性質なので。

 クレムリンは、左翼的知性人よりも、むしろジョゼフ・デイヴィス駐モスクワ大使のような、資本主義者であることを自信しているビジネスマンの方を好む。

 デイヴィスの国務省宛報告。いかにみすぼらしい家であっても、秘密警察の深夜臨検に襲われる。それは午前1時から3時までの間になされる。連れ去られると、数ヶ月も、その人物の消息は途絶えてしまう。

 1936~37のモスクワ粛清裁判。検事局は何の証拠も提出せず、判決は被告の自白だけに依拠していた。数ヶ月以上拘禁して、自白調書に署名させた。被告の子供たちのうちには、助かっている者がある。これは証拠がある。それが取引材料なのだろう。

 公判に付せられるのは、自白した者だけである。50名強。その他数千名の、自白を拒んだ者は、公開裁判なしで、処刑されたのだ。

 トハチェフスキー元帥ら7人の元帥大将の軍法会議は1937-6-11。秘密裁判。9人のうち8人だけが公判にかけられた。うち、ユダヤ人は2人。一切、何の報道もなかった。そして1年以内に、裁判官の大多数も処刑された。
 その後、数千人の赤軍将校が粛清された。

 それから数年、モスクワは、自白(ドイツや日本に国を売った)を裏づける何らの事実をも明らかにしていない。
 自白内容。レオン・トロツキーが、ルドルフ・ヘスと共謀してソ連を転覆させようとしたのだと。ところがニュールンベルク裁判のヘスに対する告訴内容にはこのことは含まれていない。ニュルンベルクに所在したソ連の検事はなぜ、ヘスに、トロツキーとの会談のことを訊かなかったのだろう?

 モスクワは、フィンランドに革命が起ればソ連軍を受け入れると錯覚していた。おそらくトゥハチェフスキーはそれに異を唱えた。
 フィンランドで、粛清後のソ連軍がボロボロだったことから、ヒトラーは
ロシアに楽勝できると錯覚した。ブラウチッチ元帥は大反対だったのだが。

 1941に英国に飛ぶには、クリッパー機(飛行艇)でNYCからバミューダまで5時間。そこからアゾレス諸島のホルタ飛行場まで14時間。そこからリスボンまで7時間。高度は8000フィートである。

 ポルトガルは各国スパイの巣窟。リスボン郊外のエストリルは上流避暑地で、ルーレットのカジノがあった。日本人は、いちばん神経質な賭博者だった。アメリカ人は、2~3ドルしか賭けない。

 リスボンから非武装のオランダ旅客機で6時間で英国のブリストルへ。
 英独ともに、非武装の旅客機には干渉しないことにしていた。それは定期航空であり、旅客は互いにチェックできていた。

 記者は1818に志願して英軍に入ったことがある。その当時との光景の違いは、女も軍服を着ていたこと。

 WWI従軍リボンをつけた年配の少佐と、25歳くらいの空軍の息子がプラットフォームにいた。

 英国人は、ハーモニーは大切にするが、ユニティは拒否する。
 1941時点で、英国の炭坑オーナーはあまり愛国的だとはいえなかった。良い炭層は、戦後の儲けのために残し、悪い炭層を採掘させていた(p.85)。

 英国指導層は、戦争の戦い方は知っている。だが彼らも、戦争の発生を防ぐ方法は知らない。

 チャーチルのアドリブ演説は、聴いていて安心でき、準備原稿のように古典的に洗練されており、快感だった。だから閣議でも彼が一人で、他の全員分以上に喋った。

 チャーチルは経済に関心がないが、陸海軍の将校たちと地球儀を覗き込んで作戦を考え、化学者たちと新しい爆発物について雑談した。他方で、彼は19世紀を愛しすぎていたので、もはや未来については考えたくもない様子だった。
 英国の遺産維持のために彼は全力を尽くした。だからインド人の不自由など無視したし、ムソリーニを戦前は大いに持ち上げた。

 輿論が熟してから指導するというタイプでは、彼はない。まずみずからが飛び込み、後から国民がついてくるのを期する。
 独ソ戦が始まったとき、ラジオで即座に演説してロシアを救援すると約束した。これに米国も追従した。

 戦時の挙国内閣で労働党幹部も5年間も行政と国防に参画した。だから「未熟」「売国」とは呼ばれず、1945-7の総選挙で大勝した。

 英内務大臣の署名は、H・S・=ホームセクレタリーに続けて姓のイニシャルを記す。三文字のみ。それが内務省の伝統なのである。

 アンソニー・イーデンの兄ジョンは、WWIの1年目に戦死。次兄は英海軍だがその2年後に戦死。彼自身も出征している。

 ニヨン協定。1937-9、スペイン王党へ武器を届ける船がイタリー潜水艦に沈められるので、英仏が地中海を封鎖した。

 某人いわく。ソ連の参謀は慨して無能だが、レニングラードのフォン・レーブだけは傑物だった。
 またいわく。ヒトラーがロシアに攻め入ったのは、1年以内にロシアを潰せば、対英交渉の立場は圧倒的になるので、そこで英国と手打ちをする肚だった。もし1年以上経過すれば、米国の武器供給が洪水となって、英国の立場が強化されてしまうことを、ヒトラーはよくわかっていた。

 もし英国がドイツと手打ちするかもしれないとスタが考えたら、スタは先にドイツと手を打ってしまう。だから英国は、絶対にヒトラーとはもう宥和しないんだというサインを発し続ける必要があった。

 駐米の英国大使ハリファックスとFDRは親友。というのも、ふたりとも極端なエピスコパリアンなのだ。しょっちゅう宗教の話をしている(p.104)。

 スターリンは、ヒトラーが攻めてくることは知っていた。しかし、やがて独ソ戦がはじまるという希望を英国に持たせるのは厭だったので、英国人の使節の前では、そのような「情報」を受け付けぬそぶりをしてみせた。

 英国軍が掴んでいた数値。独ソ戦の最初の10週間で、露兵は300万人、独兵は200万人死傷した。戦死者の割合は、WWIのときより遥かに多く、捕虜は遥かに少ない。アメリカの将軍たちは中西部出身が多いので、ドイツ人を尊敬しており、ドイツ軍はソ連に勝つと信じ、且つ、口にも出している。これは英国としては、はなはだ困る。どうせ敗れる国には支援をしなくていいという世論が米国内にできてしまうから。

 スターリンは英国に、第二戦線をつくらないことについて文句を言っていた。英国は、ドイツ軍はフランスとオランダに予備をもっているので、東部戦線から戦力を引き抜いて西部に回す必要がないのだと説明し、スタを納得させた。

 ロンドンに亡命していたベネシュから1941-9-23に聞いた話。
 スロヴァキアからロシアまで通じる鉄道がルーマニア内を走っている。じつはこの鉄道は、チェコスロバキアがクレジットを供与して敷設してやったもので、ドイツから侵略されたときにチェコ軍を後退機動させるつもりだった。じっさい、そのように後退した。カロル皇帝は、対独国防のためにロシア兵をチェコスロヴァキア領内に入れてもよいとまで考えていた。しかし、ポーランド人を入れるつもりはなかった。

 ロイド・ジョージの話。
 なぜWWIのときのようにすぐにフランスに歩兵を送って第二戦線をつくらないのかと。チャーチルに大不満の様子。チャーチルはWWIのガリポリで凝りすぎているのだと。記者は、今の軍隊は重装備が必要だから海送が簡単ではないだろうと言った。また、プジョンヌイはミュラー気取りだが、じつは元帥杖をもった特務曹長だと。

 記者の滞英中、バトルオブブリテンはもう終わっていて、1回の小規模空襲しか、ロンドンには無かった。警戒だけは続いていた。阻塞気球は、重量の大なトラックに強い鋼索でつないであった。気球の数はとても多く、独機は1機も、その高度より低く飛ぼうとはとはしなかった。鋼索に接触するのを恐れて。水平爆撃中心にするしかないので、高射砲が有効になる。

 投下爆弾は威力があった。1940のある日、3発が落下し、地下40フィートの地下鉄(防空壕)まで侵徹した。ヴィクトリヤ地区に落ちた1弾は、多数の電話線を切った。1941-1時点でロンドンの8000本のガス本管が破裂させられていた。
 しかし1941夏、つまりV-1が登場する前の静かなときでも、老婦人だけは毎晩、地下鉄で寝ていた。

 ロンドンの地下壕には水洗便所があり、売店やラジオ設備もあった。寝床は三段だった。しかしさすがに地下空間には悪臭がこもっていて、平時だったらそれは堪えられないレベルだった(p.115)。

 リスボンには数千人のユダヤ人が亡命先の受け入れを待って滞留していた。
 ポルトガルの闘牛は、牛を殺さないで、引き倒すだけ。複数の闘牛士が、投げ倒すのである。

 1942の春、米西部諸州の住民は、日本軍の空襲にひどく怯えていた。
 サンフランシスコ、シアトルなどの大都市の富裕層は、アリゾナやネバダの奥地に疎開したほどであった。
 実情を知る記者は、日本軍の空襲なんてありえないから、なんならここで、5セントくれれば、私的に空襲保険を請合いましょう、と講演した。

 シアトルのボーイング工場。対日開戦でてんてこまい。特にペーパーワークが殺人的だった。連邦、州、郡の三者が次々と、同じデータを要求する。キリがなかった。
 ボ社は、役所対策の文書業務のためだけに、ビル1棟を建てたほど。

 米国も女子労働力が銃後軍需工場にたくさんいたが、欠勤率が高かった。
 州外からの移住者で、病気の子供を任せられる親戚が近所にいない。だから頻繁に欠勤するしかないのだ。

 休日出勤は「ダブルペイ」だった。
 記者は新聞への寄稿で、インドの独立に米政府が力を貸せと力説した(p.127)。

 東部戦線でソ連が巻き返しに出ると、はやくも合衆国内では対ソ恐怖が増大した。
 記者は、この戦争後にソ連は隣国領土を併合するであろうことも1942のうちに予言し警告した。しかしNYCの新聞の編集部はそういうところは削除して掲載しなかった。

 米国は技師をインドに派遣して雲母(マイカ)を採掘した。
 ポーランドの外交官が支那へ飛ぶためには、クリッパー機は、エジプトとロシアを経由する必要があった(p.132)。

 FDRはブレーントラストのひとりのタグウェルをプエルトリコ長官にし、アラスカ長官には『ザ・ネーション』編集長を据え、ヴァージン諸島の長官には、『ザ・ニュー・リパブリック』誌の主筆のロヴェットを任命していた。

 南米スリナムはオランダ殖民地で、アメリカ軍が防衛した。
 クリッパー機は四発で、1発故障したので飛んだこともある。2発が回る限り、飛べるそうだ。

 ブラジルのベレム。赤道から100マイルなのに、5月でも夜は涼しい。蚊がいない。蟻もいない。雨期は1月からスタート。

 ベレムからナタルに飛び、そこから14時間でニジェールのラゴスへ到達する。英殖民地で、人口が2100万人もあり、三部族が異なる言語を話す。

 ニジェールからインドまで、点々と、米軍の輸送機の基地がある。軍の輸送機の座席は、アルミニウムの浅い鍋のような凹みに腰をかけ、飛行機胴体のぶるぶる震動する側壁に背をもたせかける。
 機内にはロシアへ供与される航空機用のゴムタイヤの箱がぎっしりと積まれていた。

 エジプトのファルークは、英国がドイツに敗れればエジプトは自由になると考えていた。そのため1942-2時点で英国とエジプトの関係は悪かった。
 ヴィシーの公使に電信や郵便の便宜を与えるなという英国の命令にファルーク国王が背こうとしたので、英軍は戦車で王宮を囲み、従わなければ国外へ拉致すると脅した。英政府は最強の報道管制を、この事件にかんして敷いた。

 バスラの近くに、武器貸与法によるロシアの飛行場があった(p.142)。
 ゴムタイヤはそこで引き渡された。

 インド婦人の額のまんなかの赤丸は、寡婦ではない印。
 テラスの外壁に厚い藁製の仕切りがあり、そこにざあざあと水をかける。気化熱が奪われ、屋内が涼しくなる。埃も侵入しない。

 ガンジーの戦いは、言論の自由が与えられているから、可能なのだ。
 1942に逢った。73歳のガンジーいわく。他へのディペンダンスによって得た独立は、インディペンダンスではない。独立闘争では、目的達成の過程のひとつひとつが、目的達成の一部なのである。

 ガンジーいわく。英国はインドを支配している限り、道義的な弱点を抱える。自己弁護ができなくなる。

 ガンジーはネールのような辛辣さがないので、英国としては、ガンジーを相手にしたい。ネールは英国で教育を受けた上層階級なのに英国に敵対的なので、英国人は怒る。

 ハイデラバードの藩王は世界一の富豪と噂される。回教徒のインド空軍将校と汽車で同室になった。彼はジョン・ガンサーの『アジアの内幕』を読んで、すっかり英国を憎むようになった。それまで、英国からインドが搾取されているとは気付かなかった。

 その時点で、英本国人の平均寿命は60歳。米国人は63歳。
 インド都市部では、最良の雇用主は政府自治体。しかし1857の大反乱で、英国は回教徒をおそれるようになり、公務員として雇われなくなった。さらにコーランが金融業を禁じているので、銀行、工場、商店はヒンヅー教徒が独占。
 大地主か小作人にしか、なれなくなった。回教徒は。都市部中産階級には、回教徒はいない。
 インドは人種的にはかなりホモジーニアスで、ヒンヅー教徒のベンガル人と回教徒のベンガル人は外観も言語も区別不可能。
 農村部では、両宗教間の軋轢はない。都市では、ある。

 回教徒のいうシオンとは天国のこと。1940にジンナーが、シンド、パンジャブ、ベルチスタン、西北国境州、ベンガル、そして回教徒は少ないがアッサムを、まとめてパキスタンにしようと構想した。

 ジンナーは、モロッコから支那へひろがる「回教徒帝国」を計画している。パンイスラミズム。ユダヤ人のパレスチナ復帰運動がこの計画の邪魔になるだろう、とも。

 ジンナーの週刊誌が『ドーン(曙)』。
 記者の印象。ガンジーにインタビューすれば常に新しい話が引き出されるが、ジンナーの受け答えは蓄音機と同じで、常に同じ結論しか語らない。

 英国はジンナーの機嫌をとった。ジンナーは全アジアの脅威になる。さすれば世界はインド殖民地のことは忘れてくれる。

 インドにはまだ義務教育すらない。
 インドの共産党はモスクワの指令により、インド唯一の戦争支持派。おかげで英国からも支援が受けられた(p.194)。

 1941からインド総司令官のアーチボールド・ウェーヴェルいわく。英国は何世紀も錫の採掘とゴムの栽培しかせず、東南アジアで怠けていたので、日本にやられた。彼は左目が見えない。

 英国は多額の宣伝費を投じて米国内で、インドの自治不能を宣伝していた(p.203)。
 1943のベンガル飢饉はインド人を怒らせた。300万人もが餓死した。マラリアでは毎年1千万人が死んでいる。
 1941の国政調査で、わずかでも読み書きができるインド人は13.6%であった。

 アラビヤ人はロムメル将軍がイギリス軍をやっつけたことで溜飲をさげていた(p.215)。

 記者は若いときにシオニストだった。フィラデルフィアにいたとき、英軍のユダヤ人部隊に応募して、1918~1920にパレスチナで勤務した(p.217)。
 1921から1939までは欧州暮らし。
 だがシオニズムは、イギリス帝国主義の肯定とむすびついてしまった。だから記者は、醒めた。

 合衆国は、他の大きな人口稀薄国――豪州、カナダ、ソ連、アルゼンチン、ブラジル――とともに、ユダヤ人の移民を許していない(p.219)。

 WWII後の欧州ではソ連だけが、アンチ・セミティズムを罰している。
 アメリカには、「キリスト教徒のお客様に限る」というホテルがある。
 キリスト教徒はユダヤ人から分離しようとして、自分たちの名前まで聖書からつけないようにしている(p.220)。

 1942の北アフリカ戦線の英軍の中にポーランド部隊もいた。緒戦でロンメルにやられたのでマーシャル参謀総長はただちにM3中戦車を米国内の訓練部隊から取り上げて北阿の英軍のために海路輸送した。それはとても的確な判断だった。この話はスティムソンが、1945-9-19の辞任演説で明かした。

 訳者・兼井連のあとがき。ルイス・フィッシャーは1896生まれ。1922にソ連旅行。ソ連とスペインに最も長く滞在。ソ連には延べ14年も。
 1926には『石油帝国主義』を著した。
 1933には『ロシアにおける機械と人物』。
 1941には『スターリンとヒトラー』。

 この訳書は、じつは原著(1946)の前半部分でしかない。前半部分は、1946のうちに訳し終えたが、出版の機会が1951までなかった。やっと月曜書房が出してくれた。後半部分はソ連問題と中国問題。その下巻は、まだ訳されていない。

▼岩永胖『自然主義文学における虚構の可能性』S43
 明治文豪のうち花袋だけが、学校教育を受けていない。武士の子だが。
 M42の啄木の花袋評。作を読む語ごとに、真面目な心持を要求されるが、しかしいまだかつてそれ以上を要求されたことがない。

 花袋の祖父は、館林=秋元藩で、17俵2人扶持。父は、22俵。

 実弥登は史料編纂所で『埋れ木』をまとめた。館林藩の岡谷勝益に関する史書。題言は繁実が書いている。

 おかね(横田まさ)と旦那(岡谷繁実)の奥方(美津――通称光子)の死とは同年であり、それは事実通りである。岡谷美津はM44-6-4に死亡。

 切腹した勤皇党は2人だが、墓碑に「無二三足の墓」とあったので小説『時は過ぎ行く』では3人にした。

 繁実は久米邦武と編纂所の路線をめぐり抗争した。その余波で山田実弥登は馘になった。
 ※じぶんがまとめた未公刊の稿本より、他人がまとめた公刊物の編纂人に史学上の優先権が生じてしまうことを、繁実は憂慮したのか。

 ※『蒲団』はモーパッサンの「死よりも強し」の模倣じゃないのか。

 小説『かた帆』の芳雄のモデルは柳田国男。燃ゆるが如き狂熱をみて、幾度、われ及ばずの嘆を発したか。
 柳田は書簡の中で、めしよりも好きな詩集 と書いている。

 短編「赤い夕日」は、退却する日本軍隊が機宜の処置をなし得ない、非近代性を皮肉る。「大隊長の帽子」は、2人の兵卒の脱営、妓買い、そして不時点呼での露見と、全く軍隊を馬鹿にした作品。

 「重右衛門の最後」の取材地は、長野県上水内郡三水村大字赤塩。実名は、藤田重右衛門。M26-8-30死。公式記録にはただ溺死とある。それから10年後に花袋がフィクションに仕立てた。

 三水村では池を「ためけ」という。田池とは呼ばない。
 リンチの下手人の名は昭和20年代にも村民の口碑に残っている。リンチは半ば公然の裁判だったと考えるしかない。

 赤塩村を流れるのは斑尾川。しかし小説では尾谷川とす。
 リアルでは放火は、物置にはしたが、現住家屋に対してはしていなかった。
 長野地方検察庁の次席検事による調査報告。M35からS19までこの村では灼30回の放火あり。放火村だと。
 県警本部の刑事部長らの証言。この村では人を怨むとすぐ火をつけたり、リンゴの立木の皮を剥いで枯らすなどする文化があるのだと。

 筆者は藤村こそ花袋の諸作品を模倣して成功したのだという(p.226)。

 「田舎教師」のモデルの小林秀三は中学を卒業したのが18歳で、代用教員として単身で遊郭通いをするほどの経験はあったはずがない。しかし小僧上がりの花袋には、理解できなかったに違いない(p.267)。

 リアルの小林は乙種合格している。

 繁実は水戸の青山延光に入門した。そして寒香園叢書の中に「浮世能夢」と「繁実日記」を残した。じぶんで「寒香園四狂」と称し、人からは「山稜狂」と呼ばれた。花袋はこれらの叢書も読んだに違いない(p.293)。

 繁実は「岡谷繁実永之暇記」も書き残している。
 東京帝国大学は、裁判一件では明らかな悪役。繁実と、花袋の兄は被害者である。しかるになぜ花袋はこの大不正事件を自然主義小説に仕立てなかったのか?(p.313)。
 ※高級役人以外は公憤は抱かなくてよいのだという情けないセルフィッシュ路線が文人によっても肯定されたのが日本の自然主義だろう。花袋個人には葛藤がない。その描く人物にも葛藤がないのは道理。

 「一兵卒の銃殺」。仙台第四連隊の東の練兵場で執行された。親戚知人の面前で。
 罪刑は、放火罪。

▼クリス・アンダーソン著、高橋則明tr.『フリー』2009、原2009
 膠の主成分はゼラチン。
 米国では、戸別訪問販売のセールスマンに、ライセンスがある。町ごとに。

 アトム経済 vs. ビット経済。
 ラテン語系言語では 自由 と 無料 はまったく違う単語になる。
 ゲルマン語系では、奴隷ではない自由 がプラスの意味が強く、それが、費用からの自由 にも適用された。

 典型的オンラインサイト。5%の有料ユーザーが、残りの無料ユーザーを支えている。
 デンマークのあるスポーツジム。週に一度以上利用すれば会費無料。一度も来店しなければ、その月の会費を全額納めなければならない。

 バビロニア人は「ゼロ」の記号を作っていた。それは傾いた楔を二個並べたものだった。ギリシャ人とローマ人は、ゼロを拒絶した。
 ピタゴラスの定理はピタゴラスが生まれる前から知られている。

 インド人は現実の物質と切り離された数字を構想することができた。インドのゼロがアラビアを経由してラテン語のゼフィルスになった。

 16世紀に貨幣流通量が増え、銀行制度が発達し、金利は三分の一近くに下がった。

 英国の人類学者ロビン・ダンパーは、集団の人数が150人を越えると相互扶助と相互監視の社会的絆が緩んでしまうと発見した。

 フリーランチは19世紀末の米国の酒場で創始された。酒を1杯でも注文すれば、食事は無料になる。じっさいに酒場で酒1杯だけという客は少ないので、これでもペイした。そして真の貧乏人にとっては、慈善団体よりもありがたい救済のチャンネルだった。

 1940に米最高裁は、ラジオ局がレコードを買えば、それをオンエアしてよいと判決した。

 フリッツ・ハーバーは空気と天然ガスを高温高圧にさらして空中窒素をアンモニアの形でとりだした。
 安価な窒素肥料は1910にカール・ボッシュが商品化。
 現在、世界の天然ガスの5%は、アンモニア製造に使われており、それは世界のエネルギー消費の2%にあたる。
 窒素肥料と殺虫剤、除草剤のおかげで、世界の食糧生産は100倍に増えた。
 1955の米家庭は収入の三分の一を食費に使っていたが、いまでは15%以下だ。

 セルロースを分解する魔法の酵素の発見が、待たれている。

 合成樹脂は1907にベークランドがつくり、商品名をベークライトとした。

 慈善目的で配るものであっても、タダにしてしまうと、それをなくさないようにしようというモラルがユーザーの脳内に励起されない。だから、やたらなくされると困るものは、ごく僅かな名目的な意義の値段をつけて、徴収すること。こうするだけで誰もなくさなくなる。
 宣伝目的で世間に拡散させたいものは、名目的な僅かな代価でも、徴収してはならない。無料と1円との間には心理的な懸崖が立ちはだかると考えるべし。

 著者は「DIYドローンズ」という会社を始めた。飛行ロボット技術一式を開発してそれをオープンソースにした上で、ハードウェウの販売もする。
 操縦システムは、アルドゥイーノというオープンソースのマイクロプロセッサ。客はこれをじぶんで組み立ててもいいし、会社から完成品を買ってもいい。
 アルドゥイーノ設計チームは、そのプリント基盤をつくって売る者から、特許権使用料を得る。
 まず人々を集めて群がらせ、消費者コミュニティを成立させ、その中のリッチ層を狙って、拡張機能を有料で売る。

 クロード・シャノンは1939には「インテリジェンス」という語を用いていたが、1948には「インフォメーション」を使った。

 リーナス・トーヴァルズがユニックスのOSを簡素化したのでリナックスという。
 リナックスのライセンスはGPL=ジェネラル・パブリック・ライセンス。オープンソースにもとづく派生物もすべてオープンソースにすることを求めている。

 グーグル社のデータセンターは、電気料金の安い大西洋岸の北西部の水力発電所のそばなどが選ばれる(p.162)。
 マイクロソフトやヤフーも、水力発電所の近くにデータセンターを建てることを余儀なくされた。二酸化炭素排出抑制問題を意識せざるを得ないので(p.302)。

 雑誌業界では、定期購読をすすめるダイレクトメールの返事が2%以下なら失敗だと考えている。

 グーグルのネットワーク効果。市場シェア1位の企業が、2位の企業にますます差をつける(p.176)。

 ゲームの売り上げは、発売から6週間がすべて。映画のように、二毛作、三毛作を展開できないので。

 第二週末効果。映画の出来が予告編のイメージよりも悪いと、怒った観客が悪い評価を口コミで広げる。

 大衆音楽分野では、CDや著作権収入よりも、ライブ収入が数倍多い。人々は、思い出に残る経験のために、カネを出そうとする。イーベイは2007年、最大級のチケット転売業者である StubHub を買収した。

 ティム・オライリーいわく。作家の敵は、著作権侵害ではなく、世に知られないでいること。

 ある製品が他のものよりも圧倒的にすぐれていると消費者がみなすとき、価格を決定するのは、限界費用ではなく、限界効用。

 ウェブのリンク機能は1989年に開発された。
 グーグルは検索結果の相関性をライバルの検索エンジンより高く維持することで、選ばれる価値を維持する(p.244)。

 米国ライター業の相場。1語書けば1ドル。売れっ子ならば、3ドル。
 アダム・スミスは正しかった。人の最強の動機に、啓発された利己主義は、なり得る。なぜネットには、メーカーの発行するものよりも詳しく親切な、投稿されたマニュアル類が溢れているのか。コミュニティの一員としてその繁栄に貢献したいという動機が強い。注目を集めたいという動機も。

 機械が人間の一生のめんどうをすべて見てくれるというSFは1909年にE・M・フォースターによって書かれている。小池滋訳「機械が止まる」。みすず書房の、フォースター著作集の5に所収。そこでは人間はマシーンを崇拝するようになる。

 イスラム教の聖典によると、天国の住人は男は皆32歳で、身長も同じだ(p.281)。

 経済において起こることは、かならずしも起こるべきことではない。

 マイクロソフトは、創業まもない中小企業に対して、ビジネスソフトのオンライン版を無料で提供するサービスを始めた(p.318)。

 ユーザー全体に対する有料ユーザーの割合は、5%を損益分岐点にする。望ましい割合は10%で、もしそれ以上の有料ユーザーがいるときは、最大数の潜在顧客を無料版ユーザーとしてとりこめていないのだと思え。逆に割合が10%未満のときは、利益が足らず、あなたのビジネスの持続が苦しい(p.330)。

 企業が創業まもないときの買い手は、数年後の書い手よりも価値が高い。

▼平・阿部 校注『近世神道論 前期国学』(日本思想体系39)1972-7
 両部習合。天照大神は大日如来だとする。日吉は薬師だとする。
 中臣が卜部に改姓し、卜部は吉田氏と平野氏に分かれた。

 墓所の前に立てる門を華表という。
 ホロに母衣という字を当てたのは、胎児を包む ヱナ にかたどったのである。
 万の災は虚言より起こる(p.45)。
 以上、林羅山の「神道伝授」。

 異国の「しんちう」をこがねといはば同じからず(p.98)。
 ノビルのことをアララギという。とうがたつ、ことにかけて、伊勢神宮では塔をあららぎと称する。

 以下、山崎闇斎。
 田の区画が町。
 経津主神=香取はカンドリと呼ばれた。※楫取り、つまり水夫・漕運の神だったのか。

 野茂とは野面であり野外の意味である。
 茶店は「さてん」と言った。

 以下、増穂残口。
 拍手[かしはで]は日本だけの風俗。天竺は合掌。「支那[から]」は拱手[こうしゅ]。
 伊勢神宮や住吉神社では、平人が拍手を打つと、とがめられる。それは神職の技だからである。平人は、神前では、ただ両手をつき、頭[かうべ]を地につけて、礼[らい]し奉るべし。

 ゑびす神の総本社は、兵庫県の西宮神社。
 享和4年刊本の「神路手引草」では「支那」と書いて「から」と読ませる(p.213)。

 日本では男女は一双にして高下尊卑なし。女は男の奴[やっこ]の如くなにごとも男に従うとするのは支那の礼格であり、我国の道ではない(p.214)。

 今も熊野の浦人は、死骸を海へ捨てる。鯛になっておじゃれ、と呼びながら。これは往古の遺風なのだ(p.215)。

 神社の中には出家が境内に入ることを禁じているところもある(p.225)。
 支那儒教では来世があるとは言わない(p.226)。

 頭註。三種神器のうち、真の草薙剣は熱田神宮にあり、宮中には代用品が奉安されていた。平家とともに壇ノ浦に沈んだのは代用品の方だとされる(p.230)。

 神道では黄色を忌む。そして五色のなかに紫を用いる(p.233)。

 以下、「恭軒先生初会記」/藤塚知直。
 頭注。「神道」の初出は日本書紀の用明天皇の即位前紀。

 神道を「行ふ」のはあくまで天皇のみ。百官は、ただ命を承りて勤めるだけである。臣下が神道を行なうなどと言ってはならない(p.237)。

 陽成天皇は、陸奥から鹿の乾し肉を御膳に奉られている。しかしその後の天皇からは獣肉が禁ぜられた。

 頭注。九字護身法とは「臨兵闘者皆陣列在前」。道教で創始し、密教に伝えられた。神社はこのようなものには関与しない。

 以下、「戸田茂睡」。
 寛文5年頃、「中[ちう]がへり」というのは、途中でこころざしを変えて後戻りすることを言った。

 武士は、名を第一にし、理をつぎにする。
 頭注。伊南芳通の『甲陽軍鑑評判』を別名「鉈の記」とよぶ。

 歩[かち]若党、中間、小者は、小袖を着用し、かつ、その裾を帯に挟んで、尻を出しているのが礼である(p.305)。

 以下、契沖。
 万葉集を見るときには古代人の心になりきらなければいけない。今の心を忘れよ。

 智者の千慮にかならず一失あり。愚者の千慮にかならず一得あり。

 以下、荷田春満。
 頭注。燕石とは、玉に似ているが、宝石の価値は無いもの。

 以下、賀茂真淵。
 後のあやは、中つ世のにしきにしかず、中つ世のにしきは、かみつ代のしづはたにしかざる也。

 天の下には事多かれど、心とことばの外なし。
 古今集は、ことばがおもしろく、短くて、しかも、理[ことわり]が聞こえる。

 仏教は罪の報いを教えている。だがそれが嘘であることはあきらかだ。いまの平民は、過去の戦で一人も殺さなかった者の子孫である。いまの旗本は、乱世に少々殺した者の子孫である。もうちょっと多数を殺した者の後裔は大名家になっている。最も限りなく人を殺した者の子孫こそ「いたりてやむごとなき御方」(将軍家)として、世々さかえているではないか(pp.388-9)。

 以下、巻末解説。
 羅山いわく。人あってこそ神をあがむれ。もし人なくば誰か神をあがむる。
 鏡は智、玉は仁、剣は勇に対応するので、神道と儒教は通ずるとした。
 中庸に、智仁勇は三達徳だとしてある。
 吉田神道は、室町後期から神道界の実権を掌握した。
 吉田神道の最高奥秘は、君臣道。

 1615生まれの度会延佳は、伊勢神宮の外宮の権禰宜だが、古い神書がどんどん湮滅してしまうのを問題視し、古事記をみずから校訂し刊行した。それが『鼈頭旧事記・古事記』。他にも多数の資料を救い、慶安元年に「豊宮崎文庫」を設立し、その側には学舎を建て、講習と討議の場とした。

 闇斎は京都の浪人の子。
 玉木正英は神軍伝を中心に兵家神道を確立し、武家社会にすりよった。橘家神道。

 真淵の「にひまなび」。歌はいささかでも違うと歌にならない。だからよく考えながらこれを幾度も唱えるうちに、古言を理解できるようになる。

 契沖の弟子に有名人はいなかった。真淵も独立していた。
 高野山に失望した契沖は「住む人はいかにあふがん出でてこそ高野の山を高しとは見め」と読んでそこから脱した。
 水戸の光圀からも招かれたが断っている。
 国学は規範性と抽象化が不足。そのため儒仏には匹敵し難かった。

▼ローゼンバッハ&シュタルク著、赤坂・他tr.『全貌ウィキリークス』2011-2 原2011
 ブラットリー・マニングをFBIに密告したのは、元ハッカーのエイドリアン・ラモ(p.15)。

 欧米のリベラル学生運動ピークは1968。
 米国公務員はウィキリークスIPアドレスへのアクセス禁止。議会図書館もアクセス遮断(p.27)。

 米サイバーコマンドは2010-5に設立された。
 FBIがアサンジを起訴したさい、根拠にしたのは、1917防諜法。米軍の軍事行動を妨害する情報の流布を罰する。
 ウィルソン時代だけで、900人以上が、最長20年の禁固刑を言い渡された。

 1989の木製探査機ガリレオは、各11kgの二酸化プルトニウムを積んだ発電装置×2基を搭載していた。

 アサンジの髪が白くなりはじめたのは15歳(p.61)。
 メルボルン大学の数学統計クラブの副部長だったことあり。
 メルボルン大の数学科は米陸軍からの受託研究として、砂の挙動を数値化しようとしていた。

 送信者が情報提供の事実を否認できるようにアサンジは、暗号化したCDを普通郵便で送付し、その後、オンラインでパスワードを届ける方法を考えた。

 エルズバーグのペンタゴンペーパーズは7000枚もあった。それを自分の子供たちにも手伝わせてコピーし、新聞各社に送りつけた。

 北京近郊と広州付近で、中共政府のハッキングが行なわれている(p.87)。

 フォレンジックな真贋みきわめ。素材のメタデータを調べる。たとえばマイクロソフト社のアプリケーションの多くは、文書からしばしば作成者が判明する。誰がいつ、内容を編集したかもわかってしまうのだ。

 ケイマン諸島にハリケーン接近の警報が出されると、所在の金融機関はサーバーのバックアップコピーを島外へ持ち出す。

 ドイツの財団法。寄付者の氏名の秘密が保たれる。

 アサンジは、国家に共感せず、政党政治も否定し、労組だけが頼りになると考える、サンディカリストに近い(p.131)。

 イースターの月曜日は、ニュースが少なく落ち着いた日なので、センセーショナルな特種を流すには適している。

 オクラホマ州はバイブルベルトに属し、白人率が高い。そのようなコミュニティは、オバマよりマケインに投票した。
 マニングは13歳で同性愛者であることをカミングアウト。
 オクラホマシティのソフトウェア会社に就職。
 2007に軍隊に志願。4年勤めて大学に行こうと考えた。
 ドント・アスク、ドント・テルは本人には苦痛だったという。

 Noforn とは、外国に転送してはいけないと分類された、軍の秘密文書類。

 ウォーターゲートのディープスロートはFBI副長官のマーク・フェルト。
 米国では私企業が、FBIと契約し、怪しいインターネットユーザーを当局に通報している(p.185)。

 米国法の「重要参考人」。ある人物に対する進行中の捜査に重要な証言をなし得る目撃者が、その意思に反して拘束され、訊問される。米国に旅行する者は知っているべきだろう(p.194)。

 WIAは、戦闘負傷。
 捕殺の優先順位を記したNATOの名簿をJPELという。公式名ではない。
 米軍は、アフガニスタンの独立系メディアにポジティヴな報道がいっぱい詰まった番組を作って渡し、その放映のために何千ドルも出していた(p.232)。心理作戦の公文書から。

 ロシアは公人の顔をつぶす目的で性絡みの告訴をする。それをコンプロマート(妥協の材料)と呼ぶ。ウズベキスタンに駐在した英国大使もやられた。

 米国でおそらく一番重要な祝日は11月の感謝祭(p.280)。
 ロシアとの天然ガス取引で、ベルルスコーニが巨額を手にしたという疑惑。
 アブダビの皇太子。「イランに核兵器を開発させない唯一の道は、国を内部分裂させることだ」。大使館電。

 イスラエルでは新聞検閲が実施されている。同国内の各新聞社に報道の自由はない(p.300)。

 2008夏のグルジア侵攻を見てバルト三国はただちに米国と相談を開始している。
 2009-7-31に米国務長官は、国連と国連の要人たちについて正体を洗い出せとスパイ指令を発した。ナショナル・ヒュミント・コレクション・ディレクティヴの一環。
 国連内部で盗聴をしてはいけないことになっているが、米国はやっている。

 2009-2に米国はリストをつくった。米国にとって重要で、守らねばならないインフラの全世界版。アフリカの鉱山、豪州近海の海底ケーブル、中共の水力発電所、日本の複数の港、オーストリーの製薬会社、ドイツのジーメンスとBASF社、大西洋のジュルト島近海の海底ケーブルなど(p.309)。

 カダフィは、航空機で海上に出ないように気をつけていた。

 クァンティコはポトマック川沿いにある。FBIやDEAも同居。
 ここにある海兵隊の刑務所の独房は、本と雑誌をそれぞれ1冊だけ持ち込むことが許されるが消灯前に返さねばならない。体操禁止。朝5時から夜8時まで、眠ってはならない。※寝だめをして夜間に脱走準備に精出すことをおそれるのか。

 WWII中、米国内で破壊工作したとして、特別軍事法廷でナチス党員6名が死刑に決まり、執行された。

 タンゴ・ダウン は、テロリストを斃した、という意味。

 2007にエストニア政府がソ連軍の記念銅像をタリン市外に移した直後、エストニアの政府・銀行・新聞がDos攻撃を受け、それは2週間続いた。

 FAS=米国科学者連盟は、原子力科学者が中心のNGO。
 1991-4-3にNYTがすっぱぬいた「ティンバー・ウィンドー」計画。原子力エンジンでロケットを打ち上げようというものだった。1年個、この計画は正式にとりやめになった。
 ※そしてロシアが今、巡航ミサイルに応用せんとしているのか。

 オバマはシカゴの弁護士時代、内部告発者の弁護もした。大統領選挙中は「政府による浪費、嘘、権利の濫用についての適切な情報源となるのは、多くの場合、自分の意思を表明する覚悟のある政府の職員だ」とHPに書き込んだ。それで人命が救われることもあると(p.386)。

 バーブラ・ストライザンドは2003に自宅を無断で撮影した写真家と掲載したウェブサイトを訴えた。そのため却って自宅住所は広範に知れ渡ってしまった。

▼柳宗悦『民藝四十年』イワブン1984、原S33
 沖縄には、鎌倉から足利にかけての和語が数多く保留されている。『おもろ双紙』のおかげで、万葉の不明歌詞の語義が闡明せられてきた(p.206)。
 この双紙には12世紀から17世紀の古歌謡が集められている。

 八重山では誰もが唄い手。一人が唱えれば、他が和する(p.215)。※台湾とひとつづきの歌垣の原型。

 柳はS13に初めて沖縄へ渡った。
 この方言をぜったいに消滅させてはいかんと論陣を張ったら検事局で訊問され、留守宅は刑事に調べられた。

 巻末注。
 朝鮮の光化門は柳が保存してやったが、朝鮮動乱で消失した。

 ルカ伝はイエスの生地をナザレとする。マタイ伝では、ベツレヘムを生誕地とする。

 M22うまれの柳の父は、柳楢悦[ならよし]海軍少将。初任がM4-2で少佐。つまり海軍黎明期。水路関係ひとすじのキャリア。退役後、貴族院。M24に60歳で没。本貫は三重県。

▼マイケル・ルイス著、東江[あがりえ]一紀tr.『世紀の空売り』2010-9、原2010
 ※南西諸島地方では、東はアガリ、西はイリというそうだ。
 クイーンズで育つと、カネのありかには敏感になる。それはマンハッタンにある。

 サブプライムの自動車ローンはまだ良心的だった。手数料は高いが、金利は固定。ところがサブプライムの住宅ローンは、中流と下位中流の人たちを騙して破産させる仕組みになっていた。
 最初の2年はティーザー(釣り)金利。たとえば6%固定。ところが3年目から変動金利となり、11%になったりする。

 釣り金利の時期が終わると、人々は、借り換えをせざるをえなくなる。そこで手数料がまた入る。

 NBAの有名選手は、非有名選手とくらべて、トラベリングの反則を見逃される確率が遥かに高い。正義感の強い観客は、NBAは観ない。

 米軍でよく言われること。われわれは一般人が1日にすることより多くのことを、朝9時前にやってしまう。

 株を空売りする際のリスクには、理論的に上限がない。
 1930年代、住宅価格は、全国規模で80%下落した。

 ウォール街には就職できない人間が、格付け機関に就職している。
 サプフライム以前、平均住宅価格と年収は3:1だった。これが10:1にまで膨れ上がった。

 サブプライムの借り手の多くは、冷蔵庫が故障したぐらいのことで債務を滞らせてしまう。

▼朱熹著、和田武司tr.『宋名臣言行録』1976
 通行本は合計97人を挙げている。そのうち16人をえらんだ。

 科挙は、男しか受けられない。出身階層は、地主の子弟におのずと限られていた。

 宋の太祖は、五代の周の世宗につかえた節度使(一種の軍閥)だったが、近衛兵の推戴によって、天子の位を譲り受けた。シナ史最後の、禅譲による革命。

 科挙は太祖の前からあるが、試験官の同郷贔屓等、不正がまかりとおっていた。そこで太祖が、最終試験の殿試に臨場し、みずから試験することにした。
 これによって官僚の成績順位が決まる。エリート官僚組織が天子の意向を何よりも尊重し、且つ、天子に絶対の恩義を感ずる仕組みが確立した。
 宋の中央政府は、民政、軍政、財政を、それぞれ、中書門下省、枢密院、三司に担任させた。
 中門下省の長官たる宰相は複数名。しかもその下の参知政事の権限が宰相とあまり違わない。集団指導制にして同僚同士を牽制させた。
 ※江戸幕府の老中制度と似る。

 人の言と行に注目する言行録のスタイルの嚆矢は、「論語」と「史記」。

 黄巣の乱の当時、文官出身の節度使の無能ぶりが露呈した。唐朝への忠誠心のうすい土豪から成りあがった武人節度使がしぜん台頭した。

 曹彬[そうひん]。1歳の誕生日に、親がおもちゃを多種ならべて選ばせてみたところ、左手にほこを取り、右手に祭祀の器具をとり、さらに宰相の印をとり、他の玩具には見向きもしなかった。
 ※子連れ狼。

 呂蒙正は、地方の下僚に面談したときは得意分野について訊ね、相手が退出したあとに手帳に控えた。また、ある役人について数人の者が褒めたならば、その役人は有能の者なのだと考えた。こうして平時から人材のデータベースを整備しておいたので、突発事態に適材抜擢が必要になったとき、すぐに選び出すことができた。

 役所が毎日政務を天子に報告し、天子がいちいち裁可を与えるという慣行が宋朝で確立して以後、シナの天子にはあまり愚かな者は出なくなった。

 公事はすなわち公言す。宰相が天子に対して1対1の密談などはしかけないものだ。

 杜衍が門生をさとす。かけだしの役人は、上司に迎合して、「良二千石」の与えられる地位を目指せ。高い地位まで上ったあとなら、自分流にしてもいいだろう。
 ※徳富蘇峰が中曽根康弘に説教したというのはこういう話か。

 一網打尽という成語は、杜衍がパージされたときに政敵がうそぶいた。

 「大軍ひとたび動くは、万命の懸かるところなり」「このときにあたりて、勝敗を度外に置き難し」(范仲淹)vs.「事の是非いかんを顧みるのみ。成敗に至りては天也。」(韓琦)

 かつて韓非子は、君主は賞罰の権を重臣に委ねては危険だと警告した。宋代では、この君主が宰相になった。官僚制度が整ったので。

 太原は宋代でも貧しい地方で、住民は角弓ではなく木弓を使っていた。

 宋代、契丹は南宋のことを外交文書で「南朝」と呼んだ。対して宋朝は自国のことを「中國」と呼び、契丹のことは「北朝」と呼んだ。

 欧陽修は『新唐書』や『新五代史』を編み、国家意識をつよく打ち出した。
 君子は道を同じくするをもって朋となし、小人は利を同じくするをもって朋となす。

 寛なる政治とは、苛急をしないことであって、甘やかすことではない。
 簡なる政治とは、繁砕を求めないことであって、制度を弛廃させることではない。

 宋朝の○○軍というのは、部隊ではなく、州や府とならぶ地方の行政区画。

 王安石が登場したとき、宋朝の軍事費は国家総予算の8割に達していた。ほとんどが余計な人件費。そこで、専任のプロ軍隊ではなく、辺境の農民を民兵に組織せんとした。保甲法。

 「祖宗之法は、変えるべからず」と言ったのは司馬光。

▼高木惣吉『日本の運命――軍事地理学的に見た東亞』港出版合作社 S25-12pub.
 これを書いた家は茅ヶ崎。擱筆した日付は1950-10-20。

 セント・ジョーヂいわく。人間最高の仕事は、おのれ自ら生み出した妖龍怪獣を屠るにあり。

 1947の本でJ・Burnhamいわく。第三次世界大戦は、1944にギリシャ共産党が扇動して水兵が、英国地中海艦隊司令官に叛乱したとき、もう始まっている、と。
 ソ連はWWII後に平時体制にもどさず、ひきつづき第四次五ヵ年計画を進め、民生品を製造させずに武器弾薬を製造させ、徴兵を復員させずに世界制覇に乗り出している。

 極東海域の島をぜんぶ数えれば1億6000余万もある。
 コムソモリスクでは潜水艦も建造している。
 カムチャツカ半島のアヴァチンスカヤ湾にあるペトロパウロウスク港は、厳寒の年を除いて結氷しない。
 水深10m~24mの泊地は17平方マイル。重巡でも60隻以上、収容できる。
 同湾内のタリンスカヤ泊地は、風が吹き込まないので、潜水艦が1~2隻、利用する。
 この地方は5~8月は南風。9月から北風となる。10~4月は暴風。しかし南東海岸のため、湾内には風が来ない。
 霧は5~8月。南風にともなって生ずる。したがって冬は生じない。

 千島の松輪島にかつて陸上飛行基地があった。
 宗谷岬とノシャップ岬のあいだの沿岸は、上陸作戦向き。ロシアからみれば、美幌は無理でもオホーツク沿岸は北見ぐらいまで制圧したい。

 1806~07年、ロシアは、樺太、択捉、国後、利尻島に相次いで侵入した。利尻島はロシア海軍により一時占領された。
 日本にとり運がよかったのは、ロシアからみて、衰微した清国の辺境の方が、はるかに好餌だと映った。

 日本海の最広部は、能登半島東岸の七尾→ウラジオで、410カイリ。日露戦争中の巡洋艦はこの距離を走るのに1昼夜を要した。

 ウラジオは1月~3月、凍結。砕氷船を使えば不自由はない。

 1861、ロシア軍艦は対馬に6ヶ月居座った。
 1884、ロシアは永興湾(元山)を海軍根拠地にしようと狙った。英国極東艦隊の示威により退散。
 1886、露軍艦はしばしば対馬近海を測量して占領計画をほのめかした。
 1889、ロシア公使ウェーベルは、元山と絶影島(釜山港外にある。牧の島)に貯炭場を置くことを要求した。イギリスが威圧し、撤回。

 日露戦争前、露極東艦隊は、冬営泊地として南鮮の鎮海湾を利用したことがあった。

 横須賀が佐世保より軍港としてすぐれているのは、広さ、水面防禦の容易さ、訓練地域が近くに得られること。

 間宮海峡のいちばん狭いところは可航幅が2海里弱しかない。しかも直線ではない。霧、風、雪に悩まされる。

 対馬の東水道の可航幅も、狭いところは25海里。
 東海とは、東シナ海のことである(p.20)。
 東海には、黄海や渤海を含めることもある(p.27)。

 釜山は、大船の横付繋留ができる。
 対馬の浅海[あそう]湾は幕末いらいたびたび英露が注目した。
 しかし対馬には飛行場の適地がない。それは済州島にあり、そのため沖縄の次に米軍が上陸してくるのではないかと懸念した。

 1885-4に英海軍が巨文島を占領した。ロシアが反対して失敗。
 1890に英海軍大佐が私見を公表。英国が極東でロシアと開戦した場合、日本は局外中立するので英軍艦は石炭を香港やルーバン島から補給しなければならず、修理もまたそこでするしかない。これでは大不便だから、日本政府に交渉して対馬を貰い、そこに修船ドックと貯炭場を整備すべきである、と。

 北鮮の飛行場としては、咸興、永興、元山、平壌、温井里。
 今日、航続距離の短いF-80/84/86 等の「噴射式戦闘機」でも、北九州から740kmの平壌まで往復できる。だから飛行場を造成できない対馬は軍港の候補地としても価値が下がった。

 半島勢力が日本の助けなしに大陸に勢力を広げた唯一のケースが、高句麗の200年間。

 露帝ニコライ2世は、世界平和会議をM31に提唱しつつ、極東シベリア狙撃大隊を輸送船サラトワから3-29に旅順に上陸させ、要塞根拠地化工事を始めた。

 S19-5に大本営は、沖縄本島に4、宮古島に3、伊江島に3ヵ所の陸上飛行場建設を計画した。

 勝連半島北側の金武[チム]湾は、険礁が散在し、錨地として狭い。
 沖縄の梅雨は5月下旬から6月下旬。

 馬琴の『弓張月』には南西諸島の台風がヤケに詳しく書かれている。おそらく、清国の気象学書を参考にしたのだろう(p.35)。

 米軍から見ると、1、2発の原爆で機能を喪失する孤島は、今日もはや真の基地と銘打つ資格はない。沖縄やグァムでもだめ。結論は、日本列島と比島を基地化すること(p.38)。

 ブルネイから100海里離れたところにミリ油田がある。
 ブルネイの乾季は2~5月と、8~10月。乾季には暑熱が特にきびしい。

 米軍として日本に反攻するには、ハワイ、サモア、フィジーから豪州に連絡する輸送路が合理的な主軸なので、その中間(ニューヘブリディスと豪州のあいだ)に楔入しているソロモン方面の日本軍拠点から片付けようとかかってくるであろうことは、海図とコムパスだけによっても察することができた。
 すべては輸送力。インドの英軍も、蒋軍も、この米軍の輸送力に依存して作戦するしかなかった。

 B-29の巡航速力を500km/時とした場合、横須賀、沖縄、レイテには4時間半、門司、マニラには5時間強で達する。

 台湾海峡は、9月下旬から北東信風が始まり、10月から1月にかけて強風化する。天候は曇りか雨。
 3月に風が和らぐ。だから秋から3月までは侵略しにくい。

 南西信風は4月下旬から9月初旬。強さのピークは7月。天候は天または曇りが多い。
 結論。大陸側から台湾を侵略するなら9月が適する。

 台湾の西海岸は遠浅が多い。上陸適地は、北岸の三貂角~富貴角。および、安平港より南側。

 宮崎市定いわく、シナでは安邑に近い解州に鹽池があった。この産塩と黄河屈曲部が貿易を栄えさせた。

 北陸海岸に多数の浮流機雷が漂着した。これはウラジオ付近にソ連海軍が敷設した繋維機雷の索が切れたもの(p.75)。

 大和族が隠岐、対馬、壱岐を占領してしまうと、出雲族は、半島との海上連絡を遮断され、弱まった(pp.75-6)。

 神功皇后が日本海沿岸ルートで北九州に前進したのは、その海岸には新羅と交通していた地方勢力があり、それらを背かせないため(p.81)。

 白村江は、錦江河口の群山沖にあり。敵指揮官は、唐将の劉仁軌。

 文永、弘安の役で元軍+高麗軍が出帆したのは、南鮮の馬山浦。江南軍は、杭州湾から無帰港で志賀島まで押し寄せた。

 文永の役は11月。なので大陸性の旋風。弘安の役は6~7月。なので熱帯性低気圧。

 秀吉の征韓軍は、釜山と安骨浦(熊川)に上陸した。

 日清戦争では、日本軍の本隊が仁川、支隊が釜山と永興湾内の元山に上陸した。半島戦局が進捗するや、第二軍は仁川を中継地として遼東の花園口へ海路運ばれた。

 日露戦争では黒木第一軍が大同江口の鎮南浦、奧第二軍は遼東の塩大澳、乃木第三軍主力は大連、川村独立第十師団(のち野津第四軍)は大孤山にそれぞれ上陸。

 カルタゴは本国面積は狭い。が、地中海いたるところに海港を確保。それを通商の基地としたネットワーク国家であった。海港を拠点に、その後背地を経済的に支配せんとした。セム系人種=フェニキア人。

 カルタゴ時代のシチリアはすでに人口100万。島の西半分で栽培される穀物の十分の一を収税していた。島の東半分にはギリシャ人が暮らしていた。

 カルタゴと違い、ローマは征服した相手に献金を命じない。そのかわり、兵力を提供させた。その義務の代償として、自治政府を許した。
 つまりローマの支配は軍事的には酷なのだが、政治的には明るい。

 シチリア島の東北端がメッシナ海峡。ここをカルタゴに支配させたままではローマの海上の自由はなくなる。
 そこでB.C.264に、三段橈船と小舟艇で夜間機動して上陸。メッシナを占領した。これがポエニ戦争の始まり。

 シチリア全島の制圧は手間取った。カルタゴとの海上交通を完全に遮断するまでは実現しなかった。
 イスパニアには銀が出た。それを使えば蛮族を傭兵化できる。

 ローマはシチリア征服以後、支配方針を転換。直轄のプロヴァンチア(属州)からは税金を集めることにした。

 1885にフランス艦隊は、清国の条約違反を理由として台湾と福建を攻撃。揚子江を封鎖した。しかしイギリスが妨害。99年に、広州湾を租借して矛をおさめた。

 日清戦争の当初プラン。清国軍を半島北部に圧迫。それをエサとして清国艦隊を誘致して、海上決戦。それに買ったら渤海湾に第五師団を直航上陸させて直隷平野で陸上決戦。
 清国側プラン。大同江口に増援を海送し、平壌を陸軍の主基地として、日本軍を南方へ逐次に圧迫する。海軍の主基地は威海衛。

 丁汝昌は騎兵出身。しかも上官の李鴻章から細事まで干渉された。
 黄海海戦まで、日本艦隊の基地は、巨文島の北30海里の長直路と、木浦の西20海里の八口浦。

 文禄・慶長の役では、日本艦隊は、半島南岸よりも上には廻らず。

 対露開戦時の日本のプラン。ロシアより早く韓国を占領する。制海権に不安が残った場合は1コDをとにかく渡して京城[ソウル]だけは占領する。
 満州では遼陽に向かって攻め上る。
 支作戦として、羅津に上陸させた1個師団(独立第八師団)をウスリー方面へ機動させ、敵を牽制す。

 朝鮮を占領するのが第一軍(近衛、第2、第12D)。
 満州で作戦するのが第二軍(第9、第10、第11D)。大孤山から上陸。

 連合艦隊の通信基地は、八口浦に設置された。

 ロシア側のプラン。南ウスリー支隊をラズドーリノエとポジェットの間に配置する。
 ウスリー支隊は、南ウスリー沿岸に上陸する日本軍に対して沿海州を掩護し、ウラジオ要塞の機動予備軍となる。

 対露戦では、陸軍は広島(宇品)を「策源地」とし、海軍は佐世保を策源地とした(p.137)。※陸軍は「策源」という。策源「地」と呼ぶのは海軍流。

 満州の交通結節点はハルビン。

 1935にイタリアがエチオピアを支配せんとしたとき、英海軍は干渉できなかった。イタリア空軍が軍艦の脅威だったので。
 支那事変の初盤、日本海軍の航空隊はまず済州島に前進し、戦場が武漢に移ると、その支援のために台北に展開した。96陸攻でも、台北から長沙や広東まで往復爆撃できた。

 対米戦では、わが陸軍は、南方の最重要基地を、シンガポール→マニラ→サイゴンと移した。
 海軍のほうは、トラック諸島→パラオ→瀬戸内海と後退させた。

 日本海軍は、1942~43に、ソロモン諸島の島々に秘密裡にレーダー監視哨を設けた。おかげで、ガ島の米軍機によってラバウル基地が奇襲されることはなかった。
 しかしその監視哨を置いた島が次々と占領されてしまった。
 ラバウルにはトータル15万mの地下坑道が掘られていた。最後は陸海10万人がそこで空しく遊兵化した。

 トラック、パラオ、サイパンが米機動艦隊から奇襲されたのは、レーダー哨戒網を設ける時間と場所がなかったせいである(p.173)。だから通信解析だけを敵情洞察の頼りとしていた。

 香港、シンガポール、ラングーン、マニラ、サイゴン、バタヴィア、スラバヤを占領した陸軍は、それらをネットワーク化するつもりが毛頭なかった。それらは旧宗主国が違うために、もともと孤立経済系である。それをそのまま別個独立の指揮系統に委ね、相互になにひとつ融通しようとしなかった。

 海軍は、ボルネオ、セレベス、モルッカ、ニューギニアの基地を分担占領した。

 大本営は、同時に4方向に作戦させ、資源を遠心的に消尽させた。すなわちシナ大陸、インドシナからビルマ、マレーとスマトラ、フィリピンからジャヴァ。この陸軍の4軸と、ビスマルク諸島~ソロモン諸島の海軍の軸。

 対する米海軍はハワイを起点にしてマーシャル、カロリン、ニューヘブリディスに出てきた。
 米陸軍は、豪州東岸を起点にして、ニューギニアから比島へ。
 この2軸は、進むにつれて共闘的となる。レイテで集中合撃。

 1944-10にレイテ決戦を呼号したとき、ビルマ~シンガポールの第七方面軍や、セレベスの第二方面軍は、遊兵でしかなかった。マニラの第十四方面軍が、単独で米軍に対した。

 ナポレオンは1800イタリア戦役と、1805ウルム会戦では、敵軍の右に機動した。
 隋の煬帝が612年に半島を攻めたとき、遼西から進んだ陸軍は補給が尽きて自滅したが、水軍は【サンズイに貝】水=大同江から遡航して平壌近くまで迫るを得た。
 唐の太宗は645年にまたも陸から攻めて失敗。
 高宗は660年に水軍を送って成功。陸戦は新羅軍に負担させて、海上で日本軍を排除して、ついに百済を滅ぼした。

 1189に頼朝が泰衡を討ったとき、支隊(比企&宇佐美)は、高崎→信濃→越後→羽前のコースで北上。

 上野[こうづけ]国府は前橋市の西郊にあった。

 進駐軍が東京湾地区に進駐するに先立ち、日本軍を所在させてはならない地域が指定された。それは、時計回りに、千葉市-天津-野島崎-新島-石室崎-大月-八王子-川崎 を包摂するエリア。

 シャーウッド著『ルーズヴェルトとホプキンス』によれば、もし独軍がジブラルタルを占領したときは、英軍はカナリア諸島を占領し、アメリカ軍はアゾレス諸島を基地化しようと相談していた。

 地理と陸戦の関係を論じた古典としては、仏人Sironiの1876本、De Marga の1880本、英人Maguireの1899本、MacDonnellの1911本がある(p.161)。

 クラウゼヴィッツの論文中にでてくる Operationbasis を高木は「策源地」と訳す。Verbindungslinienは交通路、Gegend und Boden は地形、Uberhohenは瞰制、Schlusselは鎖鑰。

 横須賀~釜山の航路は640海里。輸送船だと2昼夜かかる。輸送機で直行すれば3時間かからぬ。
 サンディエゴ~釜山の航路は6200海里。船団速力14ノットなら、積載卸下に2週間かかるので、現役師団を即時乗船出発させたとしても、33日後でないと増援できない。

 じっさいにはどうしたか。開戦6日後の7月1日に、九州駐屯の第24師団から歩兵1個大隊が空輸された。6日間は準備や集結に費やされたわけだ。
 14日後の7-9に第二次増援。
 24日後の7-19に第一騎兵師団の浦賀上陸。
 36日後の8-2に、米本国からの海兵第一師団と陸軍第五戦闘団が来着。

 38度線から釜山までは540kmなので、北鮮軍は1日に14km南下できれば、40日で到達できると、敵は計算したのだろう。

 近年の新聞報道の「軍事基地」は、ミリタリー・ベースの訳語だろう。
 「古くは策源地(策源)、根據地(作戦根據)、戦略要點(戦略點)などの術語が區別して用いられた時代もあつた」(p.166)。
 メッケルの『基本戦術』には、鎖鑰點という術語が出る。

 策源地とは、かつての横須賀や宇品である。
 根拠地とは、策源地と作戦目標との中間にある陣地や港湾。日露戦争当時の旅順、ウラジオ、鴨緑江はそれに当たる。
 西欧では、ライン川、ムーズ河、モゼル河は、作戦根拠地によくなる。

 インド海岸のポルトガル領としては、ヂウ、ダマン、ゴア。フランス領としては、マエ、カリカル、ポンヂシエリ、ヤナオン基地群。
 英国の基地群(アデン、バーレーン、ツリンコマリー、マドラス、カルカッタ、ペナン)はそれらを包囲している。

 マジノ線は確かに線だった。しかしジークフリート線は、幅60km以上の帯。
 日本軍は、比島に47ヵ所あったゲリラ地区を、最後まで戡定し得なかった。そのため比島は最後まで、日本にとっての安全な「基地」にはならなかった。
 スイスとスウェーデンの大きな違い。
 スイスは、いくら中立を標榜していても、欧州全域戦争になったとき、国境を接する独・仏・伊・墺より以外の外国と経済的に交通することがほとんど難い。
 スウェーデンは海を持っているから、理論上は、世界中と交易し続けられる。

 ネルソンは、コルシカ島の陸戦で仏軍の炸裂砲弾のために右目を失い、カナリア諸島のテネリフ島攻めでは上陸作戦中にやはりスペイン軍砲兵の榴弾のために右腕(肘から下)を失った。
 18世紀末、コルシカのパオリ一家は、フランス革命政府に叛旗をひるがえし、英国地中海艦隊長官のフードに救援を求めた。そこでネルソンが派遣された。
 1794、ネルソンは艦砲16門を山頂まで運んで在島の仏軍を砲撃させた。

 1797、英艦隊長官ヂァーヴィスは、ネルソンに9艦をあずけてテネリフを攻略させた。それまで延々とカヂス港を封鎖していたため乗員が倦み疲れ、叛乱を起こす気色だったので、気分転換をさせたもの。

 右腕は艦上で手術切断され、それから本国へ。トラファルガーでの戦死は1805である。

 タラワでは米海兵隊は戦没762名、行方不明169。

 1866年、イタリアは、普墺戦争に乗じてオーストリーを南から挟撃し、ヴェニスを回復しようと図った。
 アドリア海からオーストリー艦隊を駆逐せよとの命をこうむったベルサノ提督は愚将で、攻撃精神に欠け、オーストリー艦隊を撃滅する前に、リッサ島の陸上砲台と緩慢な砲戦を続けた。しかも麾下艦隊を3ヵ所へ分散した。
 そのため攻撃精神を有するテゲトフ提督の墺艦隊のために簡単に撃破された。墺政府はむしろ攻撃を控制していたのだが。

 今の日本の鉄道の「トキ15000」型貨車。30トン荷重の新貨車である。これを120両編成とすれば、一列車で900トン積載できる。
 ところが貨物船は、航洋中型の5000トン級であっても、その9倍量を1隻で運搬してしまうのだ。

 今、ソ連軍が満州と東部シベリアに4900機の軍用機を展開したとしよう。それで朝鮮を守る米空軍の1500機に勝てるかといえば、難しいのだ。
 理由は、消耗した飛行機の穴埋め補給、そして燃料の輸送が、ソ連側にはネックになるから(p.190)。

 ソ連は1日に30列車を半島へ送り込むことはできない。30列車を、ぜんぶ貨車編成として送り出しても、月額輸送量は120万トンを越えぬ。

 これに対して米本土西海岸から半島に1ヵ月に120万トンを送り届けるためには、船腹90万トンで足りる。稼働率90%として。
 もし200万トンの船腹を稼働率80%で運用すれば、月に230万トンを補給できる。つまり陸上最大輸送力の2倍。
 この仮定値は、WWII中の米軍の実行値に基づいているので、現実的。

 米軍が仁川と大田に上陸したのは83日後。しかしそれより早く、日本海側の浦項に、24日後に上陸している。
 釜山には、14日後と36日後に増援を送り込んでいる。

 テヘラン会談のとき、マーシャル参謀総長は、カウンターパートのウォロシーロフ元帥に語った。渡河作戦は、失敗したらやり直せる。しかし上陸作戦は、一度失敗したらそれが最後である。
 マーシャルがWWIで学んだことは、道路、河川、鉄道の実際。ところがWWIIでは、海上輸送について一から学ぶ必要があった、と(p.193)。出典は『ルーズヴェルトとホプキンス』。

 1914年8月、ドイツはラーテナウの提唱によって陸軍省内に戦時原料課を設け、国内生産のあらゆる原料と占領地にある物資の管理、外国からの原料輸入、軍需工業と平和産業への配給、価格の統制当にあたらしめた。
 日本はこのドイツに倣って1937-1から輸入為替を管理し、その8月には事業資金を統制し、9月には軍需工業動員法を制定した。
 ※貴重な外貨(ドルやポンドやgold)はすべて工作機械や石油、航空機サンプル等の輸入に優先的に回され、不要不急で内製も可能なモノ、たとえば応召将校用の外国製拳銃などには、外貨を使うことが許されなくなった次第である。これが「統制経済」。

 日本の石炭生産は、昭和17年を100とすると、昭和20年には39に落ち込んだ。

 高木は、大阪経済圏の方が、戦後の日本の貿易物流では首位を占めるだろうと予想した(p.200)。理由は、東京湾にはソ連の潜水艦が北方から簡単に接近できるから。

 「戦略の前駆として地方選挙あり」(pp.201-2)。共産軍は、なんの下地もできていない土地にいきなり着上陸することはない。

 舞鶴も佐世保も鉄道運輸が不便でよくない。しかし鉄道アクセスが劇的に改善されれば、大陸・半島から取り寄せる物資のうち、名古屋伊東への物資は敦賀から、近畿地方向けは舞鶴から、搬入することが合理的だ。

 1913年に帝政ロシア内には200万人のドイツ人がいた。

 釜山から油谷湾または博多湾までは213km、対馬の浅海湾までなら93kmである。14ノットの船団を日没後に釜山から発航させれば、敵部隊は、8時間後のまだ暗いうちに、福岡あるいは阿川に上陸開始できる。
 浅海までなら4時間航程。

 対馬海峡では、おおむね4月から10月まで、北ないし北東からの風が多い。
 6月、7月、8月には、南西風が吹くこともあるが、その平均風速は2m余で弱い。
 9月、10月には、北ないし北東の風に変わり、雨量は減るが風力は強まる。
 11月から翌年3月まで、北北西の強風が連日、吹き荒れる。北九州陸岸の波浪は、上陸作業には不便となる。
 霧は、3月~7月、北寄りの風とともに発生する。

 宗谷海峡および手塩沿岸は、比較的、霧は少ない。
 樺太の南岸は、6~8月、ほとんど間断なく霧が生じては消える。

 北海道の西岸では、利尻水道、奥尻海峡付近に霧は多く発生する。
 北海道近海の季節風は、9月、10月頃から北寄りの風に変わり、翌年2月までは北風が連吹する。暴風は11月から翌春にかけて多い。雨雪量は、11月~3月が著しく多い。

 結論として、ソ連軍が北海道に上陸するなら6月から8月の間。第五列に対する武器弾薬補給も、この期間にこっそり実行するのが楽である。

 1940-4、7個師団の独軍は大挙してデンマークを占領し、スカゲラック海峡を跳り越えてノルウェーに対する電撃的上陸作戦を敢行。
 これは無理だと思われていた。優勢な英海軍が監視していたから。
 じっさい、独軍の支援重巡1隻、軽巡2隻、駆逐艦10隻、潜水艦8隻が沈められている。
 だが、バルト海の出口を完全に押さえることで、将来、ソ連海軍が何もすることはできなくなる。この意味はとても大きい。
 かつまた、英国の対独海上封鎖が事実上、破綻した。
 だから、英政府は、アメリカによびかけて、グリーンランドとアイスランドに進駐し、封鎖の穴を埋めなくてはならなくなった。

 勝敗の決め手は、スカゲラック海峡上空までの、戦闘機の往復距離の差だった。独軍の単発単座戦闘機はデンマーク基地から発進し、悠々とその上空を制圧することができた。が、英本土基地の単発単座戦闘機は、航続距離が足りず、同海峡にはエアカバーをさしかけられなかった。これを解説してくれたのは、1942年A・セヴァスキー著の『Victory Through Air Power』である。

 中共の成立にはじつは西欧が関係している。西欧諸国は、WWII後の米国の支援資源が、できるだけ欧州だけに注がれるように外交した。そのためアジアには隙が出来、共産勢力が拡張したのである。

 高木が参考にした資料に、シー・デー・ヨング著、海軍教育本部tr.『英国海軍史』水交社pub.あり。また、カスパリー著、陸軍経理学校研究部tr.『経済戦略と戦争指導』あり。

▼田原総一郎『ドキュメント東京電力』文春文庫新装版2011
 ※1986の文春文庫『ドキュメント東京電力企画室』の改題。

 東電の創業経営者の木川田一隆は、通産官僚に主導権を奪われぬために原発導入に踏み切った。
 1953-2のアイク発言に、35歳の国会議員・中曽根康弘が最初に反応し、原子力開発予算2億3500万円を引き出した。

 アメリカに完成型軽水炉があった。日本人はそれ(GE型とウェスティングハウス型)をひたすら学ぶだけだった。米国製の完成品なのだから、最初からもう安全であり安心であると思い込んだ。米原子力委員会の「10年以内に石油よりも安くなる」も鵜呑みにした。

 西ドイツはそうではなかった。自前の原子炉方式を考究し、ついに「ビブリス型」を完成している。

 著者による新装版まえがき。すくなからぬ原発専門家たちには、フクイチの建屋内の気圧が8倍に高まったということは、格納容器か、その内側の圧力容器に異常が起きたのであると理解できていた。だが政府も東電もそれに全く触れなかった。隠蔽したと非難されても抗弁はできないはずである(p.9)。

 電源開発とは、戦前の統制会社であり、戦後は通産省の資産となって、民間電力陣営内に砦をキープしている。

 明治生まれの産業人や知事経験者は、戦前から変わらぬ戦後の無責任官僚どもに原発などを仕切らせたらとても危険であると直感できた。

 1979に通産省は、1989時点で成長率5%を維持しているためには、逆算して日本国にエネルギーはどれだけ必要か、を試算し、「暫定見通し」と称した。

 1980年度の電力会社全体の設備投資額は3兆7155億円。比較して、自動車産業は、8770億円。ケタ違い。

 1980年の私企業の資本金のナンバー1が東電、二番が新日鐵、三番が関西電力、四番が中部電力、五番が東北電力。八番が中国電力、九番が九州電力。
 これでは、官僚も含めて、誰も電力様には逆らえない。

 電力を国家の支配下におく電力国管法は、1935ナチスのエネルギー事業法のコピー。逓信省の革新官僚だった奥村喜和男と大和田悌二が旗をふった。
 豊富で低廉な電力を円滑に供給するには国家統制しかない――というレトリックもナチスの宣伝文句をそのまま輸入したもの。

 電燈会社は、M14には738社もあった。
 大14当時、法令で、他社の電柱が立っている地域には、別の電燈会社は割り込めないことにされていた。

 大正8年にブラッセルの国際商事委員会に出席した松永安左エ門は、WWI講和会議の全権西園寺の随員、近衛文麿と意気投合。帰国前に2人でロンドンに滞在してそれぞれ高級娼婦を買った。ところが近衛は何度目かに、しらじらしい嘘をついて相手の女をすっぽかし、他の娼宅へ行った。これは欧州では貴族がしてはいけないことの一つだった。このときから松永は近衛を信用せず、近づかぬように気をつけたと。

 S13成立の電力国管法によって、電力会社は配電だけを担任。発電所と主要な送電網は、すべてひとつの国策会社「日本発送電」(S14発足。略して日発)が吸収。

 ところが役人は石炭を事前に確保しておくという心得もなかった。結果、各地で停電騒ぎが頻発したが、役人側には国家総動員法があるから、電力が足りないと騒ぐ事業者には、逆に電力消費量規制を割り当てて黙らせた。

 敗戦後のUSSBS調査報告の指摘。日本は戦時中、なぜか水力電源をほとんど開発していない、と。役人は、民営時代の半分のペースでしか、電源を開発できなかった。

 GHQの「ポツダム政令」により、日発は解体された。そこから、9つの電力会社が新生。S26-5-1のこと。
 江別の火力発電所などは、再軍備を防ぐ意味で賠償施設に指定され、撤去されるはずであった。S21-11来日のボーレー調査団。
 しかしS23-6にソ連がベルリンを封鎖した頃から風向きが変わった。
 財閥こそ解体されたが、その次の金融解体はうやむやに。
 火力発電所も結局ひとつも撤去されずに済んだ。

 松永と、その腹心の木川田が熱心にGHQに運動して、官僚・政府・野党を黙らせた。有力GHQ顧問を動かし、一年生議員の池田勇人を通産大臣に就任させ、一挙に9電力体制を実現。
 政治家たちが皆、電力の民営に反対していたのは、日発から袖の下接待をされていたためだろう。

 炭労とならんで強力であった労組「電産」を弱めることもGHQの課題であった。日発を解体すれば、電産の生命力もなくなるのだ。1952に事実上、消滅。
 しかし日発も、大野伴睦を動かして1952-9に「電源開発株式会社」を再生させた。逆襲だ。

 木川田は戦中、小林一三の秘書だった。元商工大臣ながら電力国管に反対する小林に、政府は憲兵を使って嫌がらせを続けた。それを見ていた。一、二年でポストが変わる無責任な役人が、統制指導と暴力装置とで産業経済人の精神活動を思うままに縛り上げようとするビヘイビアを、木川田は憎悪した。

 1962年には石炭に対する石油のコスト上の優位性が疑いもなくなっていた。しかも石油は無尽蔵にあると信じられた。

 9電力は、1957に「日本原子力発電」を設立し、そこがイギリスからコールダーホール型原発を導入せんとした。

 米国は降伏直後のドイツにも日本にも、核武装研究関連の実態を調べて資材を接収または破壊する専任のチームを即座に送り込んでいる。「オペレーション・ハーバレッジ」と称した。

 アイクが米国独占だった核情報の部分開放を決意したのは、ソ連が1953-8-12に水爆実験したから。だったら西側友邦も巻き込んでソ連に対抗しよう、と舵を切った。
 ほとんど同時に日本の政権党である自由党内から、核兵器と原発を研究開発する科学技術庁を創設せよという声が上がった。

 東電の社長室に原子力発電課が新設されたのは、1955-11-1。
 9電力は、正力とタッグを組んだ。

 河野一郎は、売り先に悩んでいた鮭・鱒の缶詰をイギリスに買わせ、資金源である漁業界をよろこばせ、代わりに、コールダーホールを買うと決めた。
 コールダーホールの受け皿が、日本原子力発電。そこには電源開発も20%出資する。それで河野の顔も立つ。

 木川田一隆は、福島県梁川町の医師の息子。
 東電は明治30年代からGE製の火力発電機材を導入していた。そのGEが軽水炉を完成したというので、木川田も前向きになった。

 通産省は、日本原子力発電を特殊法人化して、官僚の牙城に変え、そこで米国製の軽水炉を仕切れるように仕向けたかった。

 関西電力の芦原義重社長は、ウエスティングハウス社製の軽水炉導入で話をつけた。こうした素早い決定によって民間電力は、通産役人の非望を封じ込めた。

 1975年度、通産官僚は石油会社には43人もが役員として天下ったが、電力会社には合計8人、しかも、社長になったのは、北海道電力の岡松成太郎(元次官)のみ(p.104)。

 1966から1974にかけて、公開されている政治献金額をくらべると、一位が銀行、二位が鉄鋼、三位が電力。

 柏崎原発は、当初、自衛隊の施設科を誘致するという風聞を流しておいて、刈羽村の村長(越山会に所属)が土地を買占め、そののち原発用地に供された。土地は何度か転がされ、生じた巨利は田中角栄に貢がれたのだと人々は想像した。

 まず関西電力の美浜の電気が、1970-8-8の大阪万博会場へ給電された。東電の福島原発の運開よりも7ヶ月早かった。

 西ドイツはウエスティングハウスの軽水炉で学んだあと、独自技術の加圧水型原発を完成し、オランダ、スイス、オーストリア、イランへの売り込みに成功した。

 役人側の言い分。民間電力が、政府資金の投入を嫌ったのだ。そして米国型原発は完成品の輸入であり、研究も開発も必要ないと言い張ったのだ。ならば西ドイツ並に国費を投ずる名分もなかったわけである。

 もちろん民間も研究や開発をしたかったのは山々。だがそこに国費を導入したが最後、かならずや役人に電力を支配されて、戦前の暗黒の統制経済に逆戻りしてしまうはずだ。それは共産主義と同じなのだ。

 田中角栄が通産大臣だったとき、大臣室に冷房はなかった。だから扇子。
 フランス留学四年の両角良彦が次官として「資源エネルギー庁」の構想をつくり、角栄が実現した。両角は、角栄のエネルギー政策のアドバイザーになった。

 1973にニクソンがやっと気付いた。中東のナショナリズムは、米国経済の危機をもたらすと。
 そこで通産省も試算した。マルコフ過程式を用いると、中東原油が半年、輸入できなくなれば、日本人の半数の5000万人は死線をさまようだろう、と。

 内務大臣も務めた大物官僚・後藤文夫は巣鴨プリズン内で原発について知った。1948-12-24に出所。出迎えた橋本清之助に、いきなりその話をした。
 丸の内三菱村とよばれていた赤煉瓦ビル街にある「昭和研究会」は後藤文夫が中心だった。
 橋本は、エネルギー大政翼賛会をつくろうと考えた。

 しかし木川田は醒めていた。たとえば和製の石油メジャーという官側の思いつきにも反対した。メジャーのエクソンには1000人以上の地質探査エンジニアが雇われている。1社でだ。それに対して日本は僅々数十人の地質探査エンジニアで「和製メジャー」をこねあげるという。役人は夢想するばかりで現場感覚がゼロなのだ。

 両角と、資源エネルギー庁の官僚たちは、欧州各国と合弁で核燃料サイクルを構築することで米国依存を減じようと目論んだ。それがエネルギーの自立なのだという。
 が、1974-11-26に角栄が失脚して、チョン。

 『むつ』漂流は、責任の所在がはっきりしないお役所仕事の欠陥が露呈したもの。
 ウランを軽水炉の燃料として使用するには……。
 濃縮したウランは、ガス状の6弗化ウランである。それを燃料に加工する前に、二酸化ウランという粉末に転換する工程がある。これが「再転換」。

 三菱原子燃料だけが、濃縮ウランの再転換をしていた。
 しかし三菱は関電系(PWR)のメーカー。
 だから、東電=BWR系のメーカーの東芝と日立は、アメリカの業者に再転換を委託していた。(西日本では中国電力に1基のBWRがあったのみ。)
 そこで、日本ニユクリア・フユエル社を創るつもりだった。

 エイモリー・ロビンスは、1976に『フォーリン・アフェアーズ』誌にソフトパスの論文を発表。通産省はそれをパクって「ローカル・エネルギー・システム」と呼号した。再生可能のソフトエネルギーを総エネルギー消費の三分の一にまで増やす。

 岡本和人の試算。出力100万キロワットの石炭火力発電所は、稼働率が70%だとすれば、年間に200万トンの石炭を燃やす。そこから大気中へ放出される放射性物質は、ウラン238が13ミリキュリー、トリウム232が6ミリキュリー、ウラン235が0.6ミリキュリー。原発の約10倍だろう(pp.206-7)。

 1979時点でイランは世界の石油消費量の1割を生産していた。
 イラン革命直後の8月、通産省の御里が知れた。「石油多消費設備計画には政府が計画の変更を勧告できる権限を持ちたい。そして、電力、鉄鋼、紙パルプ、セメントなど各業界の新増設設備や既存設備の更新についても、これを適用したいと考えています」(志村嘉一郎『通産省エネルギー官僚の大陰謀』潮出版社)。まさしく戦中の産業統制と同じことを夢見だした。

 フランスでは原発所在地の住民の電気料金は、消費地よりも安くされている。
 第一次オイルショックのときは、OPECの生産量はちっとも落ちていなかった。西側先進国は、彼らの値上げ戦略にひっかかった。
 第二次オイルショックは、じっさいにイランの石油生産がストップしている。にもかかわらず、ホメイニ革命以後の5ヶ月弱の日本の原油輸入量は、前年同期より11.6%増えていた。
 オイル・ショックなど存在しなかった(p.233)。

 ショックの敗者は、実はメジャーズだけなのだ。第一次では大幅な値上げを呑まされた。第二次では、メジャーを通さない国際原油取引ルートが開拓されてしまった。日本も、産油国と直接取引するようになった。
 メジャーズにはそれがわかっており、意図的に、石油ショック、石油危機というデマを煽った。
 通産省は二度ともそれに便乗して、省の権力を拡張しようと図った。

 参考文献として、大谷健の『興亡』(産業能率大学出版部)が特に貴重だったという。■

死を招くしおまねき。

 Ezra Dyer 記者による2018-9-18記事「How the Honda EU2200i Generator Is Getting Me Through Hurricane Florence」。
    記者はノースカロライナにて連続4日間の停電を体験した。ハリケーン「フロレンス」にやられた。

 多くの住民はピックアップトラックを仕立てて遠くの避難地への逃亡を余儀なくされた。だが私は、その前の週に調達しておいたホンダの「EU2200i」発動発電機(重さ22kg)のおかげで、文明生活からまったく遮断されずに済んだぜ。

 ちなみに米国内ではアマゾンがこの商品を999ドルで売っている。2200ワット、120ボルト・AC60ヘルツの超静粛ポータブル・インバーター発電機だ。

 じつは、これ以前に、発電機を買ったことがない。停電のたびに、1台必要だな、とは思うのだが、電力が復旧すると、そのことは忘れてしまう。その繰り返しだった。

 キミたちにアドバイスする。快晴の日に、発電機は買っておけよ。
 そうすればハリケーンが来たとき、量販店の前で5時間の行列を作って並ぶ必要なんてなくなるぜ。

 買うならインバーター式の発動発電機だ。
 このインバーター・ジェネレーターは、消費電力の負荷に応じてエンジンの回転数も自動的に変わってくれる。だから省エネ。

 たとえば、つないでいる先の冷蔵庫のコンプレッサーが作動すると、発発の回転数も上がるのが、分かるよ。コンプレッサーが止まると、発発の回転数も静かになる。したがって消費燃料は最少に抑えられる。

 電気の質も良好だ。インバーターという部品がフィルターになり、交流の波形(サインウェーヴ)やサイクルの乱れを整えてくれるのだ。

 おかげで、電気の質には特に敏感なコンピュータの電源としても、何の問題も起きない。
 もちろん、非インバーター型のジェネレーターがあなたのテレビをオシャカにしてしまう、なんてことは決まっていないのだが、もしテレビが大型の高価なものであったなら、インバーター式の方が、そのテレビにとって望ましい電源であることは間違いない。

 発電機は小型のもので十分だ。最大の電力消費家電である冷蔵庫のコンプレッサー作動時にもせいぜい1200ワット。それ以外のときは200ワットだろうから。

 室内のLED照明は、1灯が数十ワットだ。

 米国では、ハリケーン襲来のたびに、発動発電機の一酸化炭素による中毒事故死者が出る。

 多くの発動発電機は雨ざらし状態で運転することが推奨されない。だからつい、密閉した屋内で運転してしまう。だが停電時には換気扇もストップしている。それで、死が招かれる。

 ガレージの入り口に置いて、排気口が外側を向くようにしていても、風向き次第では一酸化炭素が屋内まで逆流してくるから、できれば雨のかからない屋外に据えて、延長コードを窓から引き込むようにし、人の居室には一酸化炭素警報機を設けるとよい。

 この延長コードは特に線の太いものを用意しておくのが非常時には安心だ。そして端末にコンセントが3つくらい付いたものだと便利だろう。

 EU2200iは、記者の体験では、ガソリンを一回補充しておけば、10時間近く連続して発電してくれる。だから、給油時刻を計算しておけば、夜のまだ暗いうちに燃料補給作業を強いられるような羽目には陥らない。

 発発への給油には、調理用のスポイト式ポンプ(ターキー・ベイスター)がとても便利である。もちろん一回使ったら、もうキッチンへは戻せない。ガレージに置くしかないだろう。

 次。
 Kyle Mizokami 記者による2018-9-19記事「Syrian Air Defenses Downed a Russian Spy Plane with Russian Missiles」。
      昨日シリア軍が誤射して撃墜してしまったのはロシアの情報収集機「イリューシン20M」であった。

 このときイスラエル空軍機は、シリア領内にあるイラン革命防衛隊の先端的兵器システムを空爆中であった。

 イリューシン20Mは、民航機のイリューシン18Dを改装したものである。製造は1976に終了している。4発ターボプロップ。

 腹の下に対地用のサイドルッキングレーダーを抱える。また地上のレーダーや無線通信の電波を収集し解析するシステムも機内に搭載。

 イリューシン20Mは地中海上空を飛行中であった。任務は、同海域に所在するNATO軍艦艇のレーダー波等を集めて、帰投後に分析することにあった。
 撃墜したのはロシア製の「S-200」、NATO呼称「SA-5」である。中高度用の防空ミサイル。

 『エルサレムポスト』の主張。イスラエル空軍が調べたところ、この撃墜事件は、イスラエル軍機が空襲を終えてイスラエル領空に戻った後で発生しているようである、と。

 シリア兵が見境無く付近の在空機にミサイルを発射したことが想像される。不思議なのは、S-200はロシアからの供与武器であるから、味方のロシア機を識別できるようなIFF装置が備わっていたはずなのに、なぜそれは機能しなかったのか。イリューシン20Mの方で、IFFのリスポンダーを切っていたかもしれない。

 ※機体は旧式だが搭乗していたのは電子戦の精鋭ばかりだったろうから、その人的損失が露軍にとって痛いところだ。10人以上乗り組んでいたとして、それが全滅したのだ。「報復」発言が飛び出したのがそのダメージを裏づける。またこの一件により、イスラエル空軍はロシア製最新SAMを回避できるECMの方法を有していることや、とうぜんにその情報は米空軍に渡っているであろうことが、天下に宣伝されてしまった。

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 Joe Pappalardo 記者による2018-9-18記事「'Fake News' Is Sparking an AI Arms Race」。
      カリフォルニアにある「ファイアアイ」社は今年、フェイスブックおよびグーグル社に対して、米国人民に影響を与えるべくイランが設定しているフェイク・アカウントの数々を列挙して内報した。

 両社はバックエンドデータ(ユーザーは読むことができない管理情報)を調べて、イランの工作機関がそれらを立ち上げていると認定し、ユーチューブからブログまで、多数のチャンネルやアカウントを取り消した。

 敵の工作機関は、リツイートをAIロボットに自動生産させることにより、宣伝したいと思うコンテンツを急速に人気番付上位へと押し上げ、米人民の眼につきやすくしようとする。

 だが間もなく、コンテンツそのものをゼロから自然にこしらえてしまう強力なAIが、インターネット上の国際宣伝戦に投入される見通しだ。

 宣伝用の高度AIはまた、ターゲットの読み手を「層」分類どころか「個人」の単位で細かく分析し、その個人にまさにぴったりな宣伝文句や画像を揃えてアプローチするはずだ。 ※だからグーグルその他が保持するオンラインユーザーのビッグデータには至大な価値が秘められている。個人のアクセス履歴なくして個人の好み分析などできないから。

 ファイアアイの社長のフォスター氏いわく。われわれは、スプートニクやRT社が本日何を報道したか、なんてことは注目しません。その2社がロシア政府の宣伝軍だという正体は皆、知っていますからね。問題は、アメリカ人になりすました謎のアカウントが、RTやスプートニクの嘘半分の宣伝報道を支持したり、人々に知らせようとしたり、改変して拡散する活動に励むことなのです。それが、敵機関のいま最も注力している情報影響工作なのです。

 AIが制作した偽ニュースを暴くためにも人々はAIの助けを借りるようになるだろう。いたちごっこは、続く。

 ※あなたがもし政治的な秘密を握る人物なら、ある日、あなたの前に理想の女(または男)が現れる。なぜなら敵機関はあなたの画像閲覧履歴から、あなたの個人的な理想像をすっかり把握しており、苦も無くそれに似た工作員を選抜して送り込めるのだ。ところがここに問題がある。AIが発達すると、「お絵かきソフト」も発達する。あなたは理想の女(または男)を、自分の脳の中からPC上に超リアルに投影し創造することができるようになる。それはオフラインだから、敵機関にはあなたの真の理想像は把握できなくなるのだ。

中共は11月の中間選挙でトランプ派をボロ負けさせるには、交渉しない方が良いと判断したのか。

 Loren Thompson 記者による2018-9-21記事「'Mad Dog' Defanged: How A Missing Missile Defense Report Explains Mattis' Impending Departure」。
         マティスは、トランプの意向とは反対に、駐アフガニスタン米兵を増強した。NATOの国防費にはうるさいことを言わず、イランとの核合意は守るべきだとする。

 1年目のトランプは素人自覚ゆえマティスの言うことをきいてきたが、しだいにマティスは自分と同じ安全保障観を持っていないと疑うようになった。そして、ハードライナーである、ポンペオとボルトンをトランプは引き立てた。

 ついに9-15に『NYT』は、マティスが政権を去るだろうと報じた。

 ペンタゴン内から見るとただの思いつきでしかない大統領の意向を白紙に還す仕事に、マティスは疲労しつつあるという。

 だが真相はどうかな? 報道とは逆に、じつはトランプの方が、マティスを含めたペンタゴンの高官たちよりも、アメリカの問題と為すべきことを把握できているのではないかな?

 たとえば将来、正気かどうか定かではない独裁者が米国を攻撃できる核ミサイルを持っていることについて、強度に心配して早い措置を命ずるのは、大統領として至当なのではないか。

 それに、ロシアや中共が米国の民主主義そのものを破壊しようとかかってきているのに、アフガニスタンなんぞに底なしに軍事費を注ぎ込んでいる場合なのか?

 北鮮のGDPは、ロサンゼルス市の財政規模よりも小さい。トランプが在韓米軍の費用負担を問題視するのも、自然なことだ。

 アフガンからは撤収し、カネを本土防空網にまわせというのがトランプの結論だ。

 ところが安全保障専門家たちは、米軍の基地が世界の最前線にたくさんあれば抑止になるので、本土防空は必要ないと主張している。

 マティスは現状維持にしか関心はない。本土防空強化には反対である。こんな国防長官は、追い出されてもよいのだ。

 ※マティスがトランプに言ったとされる、在韓米軍は第三次世界大戦を防ぐためにあるというレトリック。マティスからの敷衍説明を聞いた記憶がないが、想像するとこういうことか。北鮮が南侵して半島で大兵乱が起きると米軍の戦争資源がアジアに釘付けになってしまい、そこを衝いてロシアがバルト海を侵略すると。もしもこのレベルの発想をしているのなら、マティスは戦略家ではない。

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 Jude Clemente 記者による2018-9-21記事「The US Natural Gas Pipeline System Needs to Be Expanded and Upgraded
     マサチューセッツで、老朽化していた都市ガス(天然ガス)の埋設管が破裂し炎上した。
 じつは米国の都市ガス管は1930年代とか40年代に敷設されたものが多い。そろそろ、これらの総とっかえが必要になっている。

 米エネルギー省は、2050年時点でも、米国は石油と天然ガスにエネルギーの55%を依存しているはずだと予言している。

 ある専門家いわく、2018年において遂に米国人が消費する最大のエネルギー資源は石油ではなくて天然ガスとなる。そして1985年いらい、米国からの二酸化炭素排出は最も少なくなる、と。

 ニューイングランド地方ではガスパイプラインの拡大や工事に反対する勢力(風車とソーラーを推す)があり、これが今後の悩みである。
 ニューイングランドでは、発電所の熱源も、天然ガスが大宗となりつつあるのに……。

 エネルギー省の予測では2050年にニューイングランド人は天然ガスにエネルギーの36%を依存しているはず。

 米国ガス協会の統計。全米には210のガス供給管網がある。ガス輸送管の総延長は30万マイル。パイプラインの途中に設けるコンプレッサーステーションは1400箇所以上。ガスを気化させて消費者に配給する工場は1万1000箇所。ガスを外部から受け入れる基地は5000箇所。州間のパイプライン結節点は1400箇所。

 問題はトランプの新関税。
 500マイルのパイプラインには、6万4375トンの鋼鉄が必要だ。

 その特殊鋼管はほとんどが輸入である。よってガスの消費者は鋼鉄の関税を将来、余計に負担せねばならない。

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 Alex Howard 記者による2018-8-22記事「US election campaign technology from 2008 to 2018, and beyond」。
   オバマが当選した2008大統領選挙。この都市はアイホンがデビューして1年目だった。

 オバマが二期目を決めた2012選挙。この時点ではもう政党のテレビCMよりもフェイスブックの方が、有権者にアピールするようになっていた。

 民主党はテクノロジーをうまく使い、共和党はぜんぜんダメだった。ロムニー候補は「オルカ」というシステムでボランティアを投票に行かせるつもりだったが、このシステムはもののみごとに故障してくれた。

 2016大統領選挙では、トランプのツイッター書き込みが、ヒラリー陣営の新設計アプリケーションを圧倒した。

 トランプが雇った分析会社が、有権者の心理プロファイルをしていた。フェイスブックから盗取されたデータが使われたと非難する者もいるが。

 2016選挙でトランプとヒラリーがフェイスブックにつぎ込んだ宣伝工作費用は総額数千万ドルだったろう。それにロシアが10万ドルかけた不法工作で介入した。ある機関の推定によれば、2016選挙そのものの総コストは65億ドルだったと。

 ヒラリー陣営はフェイスブックに埋め込む広告のために数千万ドル使ったが、そのフェイスブックを見ている者のプロファイリング分析がおおまかで、相手の視聴者のカテゴリーに細かく対応した宣伝内容を考えておらず、結果、有効ではなかった。

 2016-6~11月に展開されたフェイスブック広告数。ヒラリー陣営は6万6000。トランプ陣営は590万。
 トランプ陣営は毎日6万種類の異なった広告をフェイスブックに打ち続けたことになるという。

 選挙に使える資金集めツールというのが複数ある。そのひとつの「コールタイム」はAIを駆使して寄付者の気を惹くという。

近代の迂儒にはいちど曲学を勧める。

 仮にテキサス州とメキシコの間で軍事的な緊張が高まったときに、もしテキサス州知事が「国家(ネイション/ステイト)の自衛権」と発言すれば、ニューイングランド諸州や連邦政府は怒るだろう。しかしテキサス住民は怒るだろうか?
 日本政府代表が1928パリ不戦条約に調印するときに日米覚書を交わし、「人民の名に於て」という言葉は「人民の代理者として」といった意味ではないと確認させた。また批准にさいしても、「人民の名に於て」という言葉は、「帝国憲法の条章より観て、日本国に限り適用なきものと了解することを宣言す」と述べた。条約幹事の米国はそれを受け入れているのではなかったか。
 日本国の実態はテキサス州以上に、概ね「ピープル=ネイション」である。これが英帝国や合衆国連邦の実態と差異がある歴史的な事実は、日本人民の功でもなければ罪でもない。
 「ピープル=ネイション」であったことにより、日本人は古代には大陸勢力に支配されず、近代には西洋列強に自由を奪われずに済んできた。特殊な国体は偶然にも「近代的自由」に親近であり、自由主義革命であった維新の前後には絶大な功利が認められた。この国体を軽んずれば日本人はすぐに自由を失うに至る。わが国周辺の反近代集団の本能的対日憎悪を舐めていてはいけない。儒教圏人は「序列」に命を懸けている。他者を下位序列にハメ込んで自由を奪い取る手練手管の前に、団結の中心をなくした日本人(パーソン)は対抗不能である。
 人民(ピープル)を国際法空間の主人公に据えるのはイデアではあり得るかもしれないが、闇雲にスタンダード化しようとしても百年河清を虚しく待つに似て非現実的である。英政府も米政府もそんなことは疾うから承知して内外を経営している。

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 COREY DICKSTEIN 記者による2018-9-21記事「Army misses 2018 recruiting goal, which hasn't happened since 2005」。
    もうじき9月30日に「FY2018」が終わる。にもかかわらず米陸軍は、新兵募集目標を6500人も下回る見通し。これはFY2005いらいの、久々の不調である。

 陸軍の2018会計年度の目標値は、7万6500人である。当初は8万人としていたが、4月時点で予期したよりも現役兵の除隊意向者が少なく、それだけ新兵募集はしなくてすむことになった。

 人があつまらない主因は、米国の景気が良いので他にたくさん職があるから。特に大都市で、人気がない。
 ただし、空軍、海兵隊、海軍は、それぞれ今年の募集目標を達成している(いずれも陸軍よりは小所帯で募集人数も少ない)。

 ペンタゴンによれば、米国居住者の13%は、米軍に勤務してもいいかな、と思っている。

 他方、米国では17歳から24歳が徴兵適齢なのだが、そのうちの7割は、教官から見て「こんなのは徴兵したくねえ。軍隊に来るんじゃねえぞ」と申し渡したくなるレベル(体力的、頭脳的、情緒的、犯歴的、社会思想的、国籍的に)だそうだ。

 米陸軍は、現勢だと47万6000人だが、これを2024年までに50万人に増やそうとしているので、募集に負荷がかかっているのである。

 2018-10-1〔この日からFY2019がスタートする〕までに陸軍は、できれば48万3500人にしたかった。

 米陸軍は、ソーシャルメディアを通じた募集広報活動の他、双方向オンライン・ゲームを通じた募集もしているところだ。

 ※とつぜんひらめいた。高齢で退職しなければならない陸自下士官のうち、体力検定を問題なくクリアしている者については、定年の撤廃と「募集出張サービス部隊」への所属を認め、全国に派遣して、田舎の少年たちのサバイバルゲームの相手チームになってやるというのはどうだ。「中隊の主」「中隊の神」レベルの先任古参下士官が原隊に居残られては若い者がやりにくくてたまらないだろうが、古巣からサクッと追い出して他所の派遣専用の部隊に単身赴任させるのならば特に問題ないはずだ。あらゆる「雑用」が考えられる。たとえば「雪祭り」の手伝い業務などはこういう老人部隊にさせるのが筋だろう。

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 TARA BAHRAMPOUR 記者による2018-9-21記事「In 1960, about half a million teens took a test. Now it could predict whether they get Alzheimer's」。
    ソ連からスプートニク・ショックを喰らわされた米政府は1960年に大規模な才能調査を試みた。全国の44万人の高校生(15歳)に、2日半もかかる総合的な知能テストを受けさせたのだ。

 後に有名ミュージシャンとなる、ジャニス・ジョプリン(テキサス州の高校生)やジム・モリソン(ヴァジニア州の高校生)も偶然、被験者だった。

 当時の15歳の若者たちのうち、生存者は今、73歳くらいになっている。60歳を過ぎれば、人はいつ、アルツハイマーを発症してもおかしくない。
 それについて追跡調査をしたところ、「やっぱり」な結果が出た。
 15歳で頭がシャープだった者は、老齢となってもアルツハイマーにはなりにくいようである。

 これら被験者の追跡はインターネット以前の時代には至難であった。インターネットのおかげで、追跡可能になったのだ。

 かれらは2009年には高校卒業50周年のリユニオン(同窓会)の年を迎えた。その時点でだいたい四分の一が死んでいることが判明している。

プーとプレデター。

 Will Knight 記者による2018-9-20記事「Alibaba’s “honey badger” AI chip company hopes to take on bigger beasts」。
    アリババが、コンピュータチップ(ハードウェア)の開発と量産に乗り出す。米国からシリコンチップの禁輸をかけられてもいいように。

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 Charlotte Jee 記者による2018-9-13記事「How to hack an election――and what states should do to prevent fake votes」。
     選挙の投票集計マシーンは細工され得るというMIT内でのデモンストレーション。

 架空の選挙を実施した。
 候補者は、一方はジョージ・ワシントン。一方は、ベネディクト・アーノルドである(知らん人は兵頭著『アメリカ大統領戦記』全2巻を見るとよい。戦争英雄にして国家叛逆者であった)。

 この2候補が、全部で3人の投票者の3票を争った。
 有権者3名は、いずれもGWの名にチェックして投票した。したがって開票は3-0でGWの圧勝にならねばならないはずである。

 ところが、入力して、結果をオンラインで紙にプリントアウトさせてみると、なぜか得票スコアは、1-2でアーノルドが接戦を制したことになっていた。

 この実験の場に持ち出された投票集計用コンピュータ「AccuVote TSX」は、全米の18の州でじっさいに公職選挙に使われているものと同じなのである。

 選挙のたびに、選挙管理委員会は、このマシンの中に、候補者の名前をプログラミングした「メモリー・カード」を挿し込まねばならない。
 不法工作員は、そのカードにあらかじめ細工をすればいいのだ。

 このような誤魔化しをやり難くする方法はある。絶対に「紙」を捨てないことだ。紙の廃止などもってのほかである。紙さえ残っていれば、あとから選挙管理委員会がチェックできる。それは誤魔化しの企図を抑制するはずだ。

 ところが、ウェストヴァジニア州〔人口の少ない田舎州である〕は、この秋から、ブロックチェーンによる投票確認を導入すると決めている。
 MIT内の問題提起人氏はもちろん、これは大間違いだと批評する。

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 Prashanth Parameswaran 記者による2018-9-19記事「Why Japan’s First Submarine Visit to Vietnam Matters」。
    今週、海自の潜水艦が初めてベトナムを訪問した。
 9-17にカムラン港に接岸したのは、海自の『くろしお』。※わざわざ古いやつを選んでASW演習させたり親善寄港させているのにもいろいろと理由があるのだろう。音紋を採られても苦しゅうはないということか。

なぜ北電は老朽石炭火力発電所を「天然ガス混焼」に緊急改造しないのか?

 旧海軍は石炭焚き、練炭焚きだった明治時代の軍艦用蒸気ボイラー機関を、大正時代にひとっとびに「重油専焼」機関へ切り換えたわけじゃない。

 中間ステップとして、石炭(練炭)/重油の「混焼」を試みた。
 なんで同じことが発電所でできないんだ?

 LNG商売では「北ガス」に完全に出遅れてしまったため、いまさら動けないのか?

 次。
 ストラテジーペイジの2018-9-19記事。
   衛星写真によれば、5月と6月だけでも30隻以上の北鮮の貨物船が中共の港に入り、石炭を積み降ろしている。

 ヴァジニア級SSNは、電子潜望鏡を各種8本備えている。
 うち2本がいわゆる潜望鏡の機能。1本は壊れたときの予備。
  ※ぐるぐる回す必要はないし、いちどに全周のビジョンも瞬時に取得できて、それをしかも艦内の複数のモニターで共有させられるのだろうな。

 のこり6本は、衛星通信やESMに使う。しかも頂部のセンサーは艦内でいろいろと交換ができる。

 外見は、旧式の光学潜望鏡とまったく同じようにしてある。さもないとESM活動を敵に意識させてしまうから。

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 Yasheng Huang 記者による2018-8-22記事「China’s use of big data might actually make it less Big Brother-ish」。
   2020年までに中共は「ソーシャルクレジット(社会的信用)・スコアリング」を全人民に適用する。書籍などの買い物の記録や、友人関係等がすべてビッグデータベースに集積され、そこからスーパーコンピュータが、特定の個人の、中共支配体制にとっての安全度/危険度を細かくランキング付けする。スコアの悪い者は、汽車の切符も買えないというイヤガラセを受けるのだ。

 数年前、歴史家のテッド・ウィドマーが「いかにしてプライバシーは米国の価値になったか」という論考を『ボストン・グローブ』紙に載せた。
 それによると、《収入、健康状態、余暇活動等は、本人だけが知ることで、国家に把握させるべきではない》という考え方がもともとイギリスにあり、それが米国に持ち込まれて定着したという。

 合衆国憲法修正第四条にも、身柄や家屋や文書や家財を勝手に政府が捜索したり押収したりできないと謳われる。

 シナ人は、それらの価値よりも、経済成長を、もっと好む。

 ただし、クレディブルという個人金融ウェブサイトが、今年1000人のアンケート集計をしたところ、もし学生ローンの残額負債がチャラになるなら、この次とそのまた次の大統領選挙における投票権を放棄してもいい、と答えたアメリカ人が半数近くいるのも事実だが。

 中共では1980年代にプライバシーという言葉が攻撃された。それには儒教の伝統がある。人と人との間に秘密を設けるな、と促すのだ。良いことならば、なぜ他者に隠す? 隠すのは、悪いことだろうというわけだ。こうして儒教圏ではプライベートということが「反社会」と同義になった。

 ビッグデータとSNSは、狭い個人間の親密関係だけを信用する儒教圏の文化を破壊するだろう。

 「ウィーチャット」を使えば、ほとんど知らなかった数千人と友達になれる。
 「アリババ」を通ずれば、未知の人とビジネスが可能である。

 互いにプライバシーの無い、近隣の人々同士の団結。デジタル・エコノミーは、そのようなものを壊す。

 秦いらいシナには保甲制(隣組制)があり、5~10世帯が相互監視するようになっていた。 ※原文には3~5世帯とあり、また古代限定のような書き方でもあり、清朝まで採用していたことは御存知ない感じ。どうやらこの記者は、漢文は読めぬ人である。

 シナは、ビッグデータなど無い時代から、ずっと権威が人々を抑圧する社会であった。
 現代技術は、政府による抑圧を精密化しただろう。だが、精密な抑圧は、進歩である。無差別抑圧よりは改良されている。

 アリババは本社のある杭州市当局と結託して「シティ・ブレイン」というシステムを2016に構築した。市の交通局が有している路上監視カメラに自在にアクセスすることで、慢性的な渋滞に悩む同市において、緊急車両の最適ルートが探しやすくなる。

 ※漢文の読めない「名前だけチャイニーズ」なのに、この記者は何の義理あって中共社会の弁護なぞに、MITの学内で励んでいるのか? じつに面白い。ここから想像できることがある。もし日露戦争直後にシナ大陸市場をぜんぶ米国企業にくれてやったとしたら、いまアフガニスタンで起きているような文化間摩擦が、泥沼化したことだろう。日本はあくまで大陸には立ち入らずに日本の港において米支双方の商人と取引を続けることによって、直接投資よりも安全に外貨を稼ぐことができただろう。

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 Will Knight 記者による2018-9-18記事「China’s leaders are softening their stance on AI」。
   今週上海で世界AI会議というのがあったんだと。
 シナの副首相は、みんなでいっしょに開発しましょうと演説。

 現況、アルゴリスムのシェアは国境を越えて、在る。だがデータのシェアはない。データは、マシン・ラーニングに必要である。

兵頭二十八の、「日本国憲法《代理作文》説」。

 ニコ生そのものについて、わが子がハマっているひかきん氏のことぐらいしか、まるで知らなかったので、このたびせっかくお呼ばれしている「国際政治チャンネル」の篠田英朗さんについてアマゾンから本を取り寄せる等したところ、痛快無比な理論家・行動者であられたとおそまきながらに承知ができた(まだ1冊の半分しか読めてないが、間違いない!)。
 多忙にめしいていたわたしはベツレヘムの上空に何年も前から光り出していた明星に気付かないでいたようだ。
 プラクティカルには、自民党はこの篠田教授を最有力顧問にして着実に改憲を目指すのが総合的に吉だろう。

 以上はポリティカルな愚生の立場表明でござる。以下は、それでも変わらぬ「筋論」に関し、偶懐。

 私は旧著『「日本国憲法」廃棄論』(草思社文庫)で力説した〈形式的にでもいったんは廃棄しなければ、将来の安全保障上の禍根になる=旧連合国が幾度でも脅迫や間接侵略によって新手の不平等条約を日本人民に押し付けられるものと思い込みかねない〉説を引っ込める。
 理由は、AIの急進が世の中をかきまわすはずなので、日本人民が落ち着いて改憲(または廃憲)論議に付き合う時間も、じきになくなるはずであるから。いまの調子だと、わが国の「法令空間の正常化」は、世界の進運に致命的に間に合わなくなるおそれがある。

 それよりもむしろ、一刻も早くケリをつける「オプション」が求められているのだと、篠田先生の著作を読んでいるうちに、思えてきた。

 そこで、ここに私は豹変し、日本国憲法「代理作文説」を唱える。
 大日本帝国憲法は、日本国政府が「五箇条の御誓文」を蹂躙して、国民を道連れにして自爆を遂げたことにより、無効化した。
 火急に新憲法が必要になったが、わが国の指導層の法学教養レベルは「セルフ ディフェンス」の国際的通念すら持てない「12歳の子供」だと近過去の歴史が暴露し、且つ敗戦後に自覚もされたので、とりいそぎ、「45歳以上」の大人であったアメリカ人に作文を頼んだ。
 こうして現行「日本国憲法」が仕立てられ、通用させられることにもなった。
 しかし9条2項が、「セルフ ディフェンス」を否定しているようにも読めてしまうことは日本人民を危険にするとわれら人民は大人になって憂うようになったので、ここに、民主主義的に選挙されている政府が、最高裁判所から「9条2項は制定時に遡って無効」という判決(判断)を引き出す。

 これにより、「代理作文」された日本国憲法の総体は、外見的にも実体上も、日本人民が撰文した憲法として、磨き上げられ、いちだんと完整した。それは中外に闡明されもした。

 「制定時に遡って無効」の最高裁判断が、9条2項についてだけでもこのように為され得た以上は、爾後、この憲法を誰も「押し付け憲法」と呼ぶことはできない。

 われらは平成天皇を、旧連合国とその第五列の魔の手から守り抜いた。国体は、危機的なピリオドを乗り切ったのである。

DARPAはどうやって天下りを排除しているのか? 経産省の軍民共用技術育成課はそこを調べたらよい。

 Erin Winick 記者による2018-9-18記事「World’s first hydrogen-powered trains are now running in Germany」。
    ドイツの旧ディーゼル線区を、このたび、フランスのアルストム社製の燃料電池機関車が2両、走ることになった。

 最高速度140km/時。陸マイルにして600マイルの航続力。運行区間は62マイルなので、無補給で4往復半できることになる。

 この燃料電池は、水素と酸素を結合させて電力を取り出し、電気モーターを回す。排出されるのは、水蒸気と水だけだ。

 ドイツは2021年までにこの機関車をさらに14両、買うつもり。フランス国内でも2022年から走り出すだろう。

 ※燃料電池を一般の乗用車やトラックで普及させるのはロジスティクス上の不都合がある。しかし鉄道なら、ほぼ無問題。ブラックアウトを体験したJR北海道こそ、これを研究すべきではないのか?

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 Connor S. McLemore and Eric Jimenez 記者による2018-9-18記事「Who is the Admiral Rickover of Naval Artificial Intelligence?」。
    ハイマン・リッコーバーいわく。良い思いつきが自動的に実現されることなんてない。勇気のある堅忍不抜の努力がそれを実用化しなければならないのだ。

 リッコーバーは8年の努力で原子力潜水艦を実現させた。すなわち1947から1955にかけ。

 米海軍の偉大なレコード。原潜用の核エンジンは、これまで運転炉数と運転年数の積が6200(炉年)に達している。なのにただの一度も放射能漏れ事故を起こしてない。

EV車の給電ステーションはブラックアウト時にどうなったのだろう?

 記事「Facebook might finally be making progress against fake news?but Twitter needs to do more」。
   2018-9-14に公表された数値。
 フェイスブックは2016年いらい、570の偽ニュース・サイトを把握。2016年にはそれら偽ニュース・サイトに毎月2億回の閲覧があった。しかし2018-7には、毎月7000万回の閲覧にまで削減させることに成功している。
 これに対しツイッターの方は、2016年から2018にかけて偽ニュース・サイトの数が減っていないが閲覧の絶対数が一~二桁すくない。

 ツイッターよりもフェイスブックの方が、偽ニュースの拡散に適していることはハッキリしている。

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 Morgan Wright 記者による2018-9-16記事「China may be copying Facebook to build an intelligence weapon」。
    中共がこれまでデータの巨大ぶっこ抜きを成功させた対象。OPM(2015年、650万人の米公務員の詳細個人情報)、ユナイテド航空、ヒルトン、ヤフー(35億人分)、リントクイン、マイスペース。
 2017年には「Equifax」も。

 この記者も国務省で働いていたことがあるので、OPMデータブリーチされたファイルの中の個人情報が完全に中共に把握されたと信じられる。
 「スタンダード書式86」というやつだ。その中では、自分が米政府にとってどれだけ信用できるのか、136ページにわたって口説かれているのだ。

 あらゆる前職、受けてきた教育、親戚、友人、隣人、パスポートの全情報、過去10年間の引越し履歴、軍歴、配偶者とその家族、などなど。

 親戚欄は、義理の両親、異母兄弟、異父兄弟、養子を含む子供、従兄弟や甥姪まで全部埋めるのである。

 中共は、これらのビッグデータを下に、彼らだけがアクセスできる「フェイスブック」式データベースを構築しているのだろう。つまり、ある属性で検索をかけると、米国人の適合人物が瞬時に浮かび上がる。複数の属性を入力すれば、さらに絞り込まれる。よく行く旅行先とか関心分野とか、丸分かりだから。

 米国から飛来して中共内の空港に降り立つ民航機の乗客の中に米連邦職員が何人乗っているのかも、リアルタイムで把握できる。

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 記事「Facebook beefs up its defense against election interference」。
   ザッカーバーグ氏はサイトに投稿し、米国の選挙に容喙する偽アカウントをフェイスブック内から除去する活動を強化したと発表した。
 この作業にはマシンラーニングが応用され、連日、何万ものフェイクアカウントをブロックする。3月から9月までの間に10億アカウントを取り除いたという。

 この清掃作業に従事させるマンパワーも、2017年の1万人体制から、今年は2万人強に倍増したという。

 ロシア発とイラン発の工作が多いという。また、ブラジルやミャンマー向けに国家転覆を狙った工作組織の書き込みも排除した。

 この11月に迫った米中間選挙に向けて、外国工作機関はコーディネートされた不法活動を展開中である。

 次。
 記事「Google’s search engine for China would link searches to phone numbers」。
   グーグルは中共国内向けにドラゴンフライという特注サーチエンジンのプロトタイプを完成した。

 この検索を使用すると、自動的に使用者のアンドロイドスマホのアプリにリンクする仕様。すなわち中共政府は、人権とか天安門などの事項を検索した個人の電話番号を即時に把握ができる。

 グーグル社内ではこの事業への反発も見られ、米連邦議会もグーグル社の公式回答を聞きたがっている。

 次。
 KIM GAMEL 記者による2018-9-16記事「Gen. Robert Abrams nominated to take over as top US commander in South Korea」。
    ブルックス大将の後任は、ロバート・エイブラムズになりそうだ。陸軍大将。
 ブルックスは2016-4から韓国にいる。

 エイブは、アフガンの脱走兵バーグデイルの軍法会議にも深く関わった。
 陸士は1982に卒。サウジ、クウェート、イラク、アフガニスタンと転戦してきた。
 軍人一家で、彼はエイブラムズ家から出た三人目の四つ星大将である。
 父は1972-10から1974-9まで米陸軍の参謀総長であったクレイトン・エイブラムズ。M1戦車の名前はこのクレイトンからついたものである。

追分ソーラー節。

 Kyle Mizokami 記者による2018-9-11記事「France Accuses Russia of Space Satellite Espionage」。
   仏国防大臣はロシアを非難した。仏伊合同で運用中の高性能通信衛星「Athena-Fidus」に、2017年、ロシアの電波傍受衛星がまとわりついて電波盗聴したと。

 重さ6トンの同衛星は軍民共用で、欧州NATO同盟国がアクセスできる。2014に仏領ギアナから静止軌道に投入された。
 高周波帯を用い、毎秒3ギガビットをやりとりできる。

 ロシアの盗聴衛星は「Luch-Olymp」といい、異常に接近した。

 「Luch」シリーズは冷戦中からある。最新の「Luch-5V」は、他国の通信衛星に寄り添うことで、中継される情報を盗み取ることができる。

 「Luch」衛星は2015年にも、2機のインテルサット衛星の中間に割り込み、インテルサットの会長から「無責任な行為だ」と非難されたあとも、他のインテルサット衛星をストーキングした。
 接近距離は、10km未満だったという。

 Kyle Mizokami 記者による2018-9-13記事「Sheep Glands Point to Nukes as Source of Mysterious 1979 Explosion」。
      1979-9-22に米国の核爆発見張り衛星「ヴェラ」が、核爆発に特徴的な「ダブル・フラッシュ」をインド洋中に探知した。

 大気圏内の核爆発は、二度、光を発する。
 一度目は、空気が急激に非常に加熱されることで発せられる光。人の目にもよくみえる。

 二度目の光は、バングメーターという機械の眼で探知できる特徴的なスペクトラムである。

 核爆発の見張りをしているNDSというシステムは米空軍の管轄である。空軍の地上局員からの報告は、指揮系統を上昇してカーター大統領まで届けられた。

 探知した場所は、南極大陸と喜望峰の中間海域だった。
 すぐに、イスラエルと南アが合同で実験したという結論に落ち着いた。ちょうど雲がかかっていたので、彼らは監視衛星をごまかせると思ったのだろう。

 近年、豪州の綿羊の甲状腺に残った放射性沃素の変化の記録が発掘され、疑いは裏づけられたそうだ。

 核爆発は2~3キロトンだったとされる。野戦で砲兵が使用する戦術核弾頭だ。

 1973年の中東戦争でイスラエルは危ないところであった。特に空軍機が短時間で100機以上も損耗したことが重大視された。投下核爆弾を運搬する航空機がなくなってしまう可能性が、実戦ではあるのだと悟られた。
 だから、できれば175ミリ長距離加農砲で発射できるような戦術核が欲しいと考えたのは自然である。

 次。
 David Agrell 記者による2018-9-12記事「Should You Buy a Standby Generator?」。
      据え置き型の、つまり、ちょっと大仕掛けの常備用家庭発電機。1個が2万ドル以上するし、サイズは物によっては「フィアット500」くらいもある。
 米南部市民は、ハリケーンのブラックアウトに備えて、この機械を購入すべきか?

 スタンドバイ発電機は、ポータブル発電機と違い、屋外のコンクリートのベタ基礎の上にボルトでガッチリと固定される。

 そして配電盤を介して、家屋内の電灯線につながれる。

 燃料は、天然ガス、液化プロパン、もしくは軽油。※米国では家庭用灯油というものはない。また「ディーゼル」といえば軽油であって重油ではない。ポータブル発電機の燃料は、米国ではおそらくガソリン一択。

 エンジンの冷却方式が空冷のものは小型であり、液冷のものは大型であり、給電力はそれに比例する。

 給電を開始する前には、家屋が、電力会社の電灯線から安全に切断されたことが、内蔵回路によって確認されなくてはならない。要するに停電時でないと、動かせない。停電を感知すると自動的にエンジンがスタート。
  ※発電機から屋外の電灯線にまで逆に電力が供給されてしまうと、近所で復旧作業中の人が感電したり、火事を起こす。よって確実に分離する。

 内燃エンジンの燃料は、米国では、都市ガス(LNG)が多い。
 都市ガスを使えない地域では、プロパンか、軽油にする。

 停電が復旧すると、このシステムは自動的に停まるようにできている。

 大きな問題は、騒音。ハーレーをアイドリングさせるような音がする。
 市町村の騒音条例も守らねばならない。

 多くの州では家の外壁や可燃物から5フィート離して設置する必要がある。
 24~48時間運転したあとでは、念入りな点検整備も必要とされる。

 燃費だが、たとえば7キロワット発電機は、1時間に、140立方フィートの天然ガスを燃焼する。

 運転している間は、日に一度、エンジンオイルも点検しなければならない。

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  Roy Berendsohn and Timothy Dahl 記者による2018-9-11記事「Home Generator 101: How to Power on When the Power Goes Out」。
    ポータブル発電機を買うときは、長時間常態出力(running wattage)の値に注目せよ。往々、商品は、緊急最大短期出力(surge wattage)の値を売り物にしているが、それに惑わされるな。

 ぜったいに屋内やガレージ内で発動発電機を回すな。一酸化炭素中毒になるから。窓を開けていてもダメである。
 機械が熱いときに給油するのも禁止。火事になる。

  ※イワタニのガスカートリッヂで1時間ばかり、超小型内燃機関発電機を回せるシステムを、キャンプ用品会社が開発するべきだ。もちろんいったん付属のリチウム電池箱に蓄電するのだ。これなら真冬の北海道でブラックアウトが起きたときに、人々を救うことができる。ただし問題はここでも排気の処理、なかんずくCO対策。イグニッション点火サイクルではCOが出てしまう。なんとかディーゼル方式にできないだろうか?

 次。
 Bob Sorokanich 記者による2018-9-12記事「Robots Replace Humans the One Place We Least Expected: Motorcycles」。
    BMWは無人運転オートバイの研究でかなりイイ線まで到達している。この研究成果は有人オートバイの安全性向上に役立つ。具体的には、乗り手が急カーブでヘタをやらかしても、マシーンが咄嗟に立て直してくれる。急ブレーキでも転倒せずに済むのだ。

 ※兵頭いわく。これからは、集合住宅や老人ホームでは、貯水槽・貯油槽のような大容量蓄電池がふつうに併設されるようにならないと……。もしオフィスにまでそれが普及すれば、電気の質は問題ではなくなる。電気こそ、いったん溜めて使うのを常習化すべし。これは途上国には特に向いている。

 ※発電エンジン+蓄電池のハイブリッド電気オートバイがあれば、その外部出力端子が、停電時にオーナーを救済するはず。つまりエンジンで発電してリチウム電池に溜め、その電力でハブ内のモーターを回して走る「原動機付自転車」だ。もしこのエンジンの調子が悪くなったなら、自走によって販売店で整備してもらうことは簡単だ。いろいろと、心理的ハードルも低い。「メンテナンスの容易性」と、ふだんの「省スペース性」と、洪水から逃げる足にもなる「機動性」が、いちどにぜんぶ実現するわけだ。

なぜ入浴中や掃除中に名案が浮かぶのか。

 一人で風呂に入っている時とか、一人で部屋の清掃をしている時は、とりあえずわれわれは外来の不意の危険に警戒して注意力を四周へ分配する必要が無い時だろう。さりとて、就寝中のように脳と身体との間の信号の送受が曖昧朦朧としてもいない。
 ベルクソンが1896年に見抜いたように、身体との神経連絡のおかげで脳内空想の現実味はチェックされ続け、頭脳は軽度の身体刺戟を受けて覚醒も保たれ(睡眠に陥らず)、その上で、活発に空想に集中し続けることができる。
 ここから数々の発明・発見が生まれて来なかったら、その方がおかしいのだ。

 次。
 「SkyGuardian Remotely-Piloted Aircraft」。
     ジェネラルアトミクス社の「スカイガーディアン」は、プレデターB(MQ-9B)の派生型である。
 海上監視に特化したものは「シーガーディアン」という。
 さいきんはUAVとよばず、RPA(リモートリーパイロテドエアクラフト)と呼ぶ。

 2012年から開発が続いていた。2016年に英国防省が、英空軍用にスカイガーディアンの採用を決めた。武装型である。同年、初飛行している。

 2017-5の試験飛行で48時間滞空を達成している。
 スカイガーディアンという名前は2017-1についた。

 FAAの承認は、2017-8に得た。
 2018-7には、米国のノースダコタ州から英国まで、大西洋を無人横断飛行。
 リモコンの電波は基本的にCバンドである。
 9箇所のハードポイントに2トン強まで爆装できる。
 防氷システムが備わっている。

 次。
 ストラテジーペイジの2018-9-15記事。
   ヘルメットバイザーに緑色光線が強すぎる問題があり、従来、F-35Cで夜間の空母着艦をゆるされたのは、夜間着艦経験50回以上のベテランに限られていたが、ようやく、ヘルメットが改善された。

 LEDを有機LED(OLED)にすることで解決したという。

 次。
 TAYLOR TELFORD 記者による2018-9-15記事「A Coast Guard officer on hurricane duty made a hand signal on TV. Some saw a white-power sign」。
    片手でOKサインをつくると、立っている三本指が「W」と読める。これは「ホワイト・パワー」(白人萬歳)の符号である。

 次。
 DAVID S. CLOUD 記者の2018-9-15記事「Never a seamless fit, Mattis and Trump show growing signs of discord」。
   マッド・ドッグだと信じたから起用したのに、じつはモデレート・ドッグだった――とトランプは失望している。

管理人 より お知らせ[ニコニコ動画 2018/09/28(金) 開演:20:00 兵頭二十八×篠田英朗「AI,核,空母…朝鮮半島危機後の安全保障」 #国際政治ch 33]

管理人 より

お世話になっております。
兵頭[動画]情報です。
兵頭ファンにとっては玉音放送みたいなものです。
どっかの学校の校庭に正座して必見ですよ。

ニコニコ動画 2018/09/28(金) 開演:20:00
兵頭二十八×篠田英朗「AI,核,空母…朝鮮半島危機後の安全保障」 #国際政治ch 33

http://live.nicovideo.jp/gate/lv315651448

「AI大戦」は近い。

 複数のタクシー乗務員さんその他から聞いた話。
 6日はフェリーが動いていたので、フェリーでNHK記者がやってきた。それを未明、函館港から札幌市まで運んだ(さすがに厚真町までは無理だったので)。
 高速は停電以降、不通であったが、地上の国道5号線がフリーハイウェイ状態。誰も走ってない直線道を平均100kmで飛ばした。オービスも停電で作動していなかった。戻るときは、3時間半で来られた。

 このタクシーは燃料が満タンだったのだろう。

 他に何台かのタクシーが函館→札幌の直行に乗り出したようだが、始動時にメーターが少しでも減っている車両を出した者は、途中でガス欠になって、洞爺湖あたりからレッカー車に引かれて戻ってきたそうだ。お客はどうしたのかな?
 もちろん、停電と同時に、タクシー用の液化天然ガスの給油所も機能停止していたので、どうしても給油をするとすれば、「手回しポンプ」を使うしかなかったらしい。

 停電直後は、通信が途絶し、住民が携帯電話でタクシーを呼ぶことも不可能であったことを、証言によって確かめることができた。ただし、タクシー無線用に発動発電機を用意していた会社は、運行無線だけは通じた由。

 函館空港は、停電後も、こちらから内地へ飛ぶ便は、飛んだそうである。しかし、内地からこちらへ来る飛行機は、着陸できなかったと思われる。

 もっとも困った人は、高層マンションに暮らしていた要介護の老人。停電直後、上水も停まってしまい、トイレを流すこともできない。町のケースワーカーも自宅待機であったが、さすがに見かねて、1Fから階段で水を運び上げてやったとか。

 オール電化の家に住んでいる人に頼まれて、いっしょに量販店を回ってポータブルガスコンロを探してやったタクシー乗務員さんもいた。けっきょくどこでも売り切れており、最後に街のプロパン屋さんに相談したら、その家の個人の所有物であるコンロを貸してくれたんだと。

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Will Knight 記者による2018-8-17記事「Fake America great again」。
     ある政治家の政敵が、みっともないことをしているビデオを捏造するのには、それほど、動画編集のスキルは要求されない。時間は数時間かかるが。

 たとえば、動画の人物の顔だけを、別人ととりかえて編集してくれるというソフトが、ダウンロード可能なのだ。フェイス・スワップと言われるもの。
 今は「ディープ・フェイク」の黎明期である。両目だけをハメ込み合成しても、一定の人は、騙されてくれる。しかし将来は、本人も騙されるほどの仕上がりになろう。

 たとえば「OpenFaceSwap」というソフトは無料でダウンロードできる。
 ただしグラフィック関連のハードが強化されたPCでなくては使えず、そのために数千ドルの追加出費が要るかもしれない。

 その資力がない人は、「Paperspace」のようなクラウドサービスをレンタルすれば、1分あたり数セントの料金で、動画加工AIを駆使した作業ができる。

 2017年に、ポルノスターの顔だけセレブ女優にとりかえた合成動画が、セレブ流出映像投稿サイトに投稿された。創ったのは「ディープフェイクス」という人物だ。

 声色を捏造できるソフトもすでにある。ある投稿者は、バラク・オバマとドナルド・トランプの、それぞれ100%創作であるところの偽発言を、もう投稿している。

 人物動画が3D合成かどうかを見破るコツとしては、体内の「脈動」が人物の表皮に現れているかどうか、とか、瞬きが自然であるかどうか、などがある。今のところは。

 リアル映像とそうでない映像を見分けるAI。その裏を掻こうと努めるAI。この2つのマシーンを対立させて学習させ続けると、フェイク動画は極限まで本物らしく整って行く。この技術を「GAN(generative adversarial network)」と呼び、『MIT技術評論誌』は、2018年における10個のブレークスルー技術の1つに挙げた。

 この4月、SNSのワッツアップで流布した動画。BBC風のアナウンスが、ロシアがNATOを核攻撃しはじめたと報じ、映像では、マインツ市とフランクフルト市が吹っ飛んでいる。
 そしてロシア政府は同じ4月、英国政府がシリアにおける化学攻撃の偽映像を根拠にして軍事行動を正当化しようとしていると非難した。

 ※書店で絶賛発売中の『日本転覆テロの怖すぎる手口』。まだ読んでない人は、急いで勉強しよう!

 次。
  Dave Majumdar 記者による2018-9-13記事「Why China's Stealth Fighter Can't Touch an F-22 or F-35 in Battle」。
      「殲20」には、第五世代機に必要な「センサー・フュージョン」のソフトウェアが備わっていない。

 「スパイク・マネジメント」もできない。
 F-22やF-35は、飛行中に、敵地または空中のどこからどのようなレーダー波で自機が探索または補足されているか、ディスプレイで一目で承知できるようになっている。

 だからSAM陣地をすりぬけて侵攻することができるのだ。しかし米国メーカーも、このソフトウェアを大成させるのに、何十年も試行錯誤を重ねた。中共メーカーに数年でできる仕事ではないのだ。

 ※「殲20」は電子装備品的には「F-117A」にとても類似していることがわかってきたので、またぞろF-117がオプフォーの殲20役としてひっぱり出されているのか。

北海道の「禍を転じて福となす」は、まず「ソーラー式街灯」から

 このブログの2010年からの読者、および「勝手にソーラーライトを愛好する会」の古いメンバー諸兄ならば、ご案内のこと。

 冬期に「夜」が9時間も続く北海道では、一般向けに市販されているガーデン用ソーラーライトのほとんどは、夜明けまでの発光を続けられない。それどころか、宵口の19時頃に、もう放電し切って、消えてしまう。

 しかし稀に良心的な設計のソーラーライトは、たかだか3000円前後の売価帯でありながらも、冬至前後の不良な日照条件日において、しっかりと終夜の連続点灯が持続する。残念ながら、過去のそうした優れた商品は、安さだけが長所の不良商品群によって、いずれも市場から駆逐されて行った。けれども、拙宅に残してある一製品などは、今回のブラックアウト時も、黎明時まで「目印灯」の役目を果たしてくれた。

 これとは別に、赤色LED1灯でしかも明滅式にするなどの、省エネ回路を採用したソーラー標示灯(工事用標識灯よりグレードを落としたもの)も、ロットによって出来のばらつきはあるものの、概ね、終夜点滅が持続する。価格は2000円未満である。

 より高額(5000円前後)の、ソーラー電池式の工事用標識灯に、すぐれた耐久性や耐候性、信頼性があることは、ここでわたしが解説するまでもなく、皆さんの方が御存知だ。(アマゾンで誰でも買えます。ホームセンターでは見かけない。)

 ソーラーライトに、既存の(100~200Wぐらいもある)街灯の「照明」機能を代替させようとしても、それは無理な話。
 昔の30~60Wの裸電球の代わりにもならない。
 それは、わたしがさんざん実験したり観察して得た、現実的な結論だ。

 しかし、ソーラーライトを、街灯が停電したときの「目印灯」として役立てることは、自治体の負担にならないコストで、じゅうぶんに可能なのである。

 この「目印灯」があるとないとでは、大都市の中心市街や一級国道ならともかく、町の辺縁部や、田舎の寂しい山道などでは、たいへんな違いになる。北海道の皆さんは、ようやく「真に光の無い戸外の不安」について、認識をあらたにしてくださったのではないか。
 暗闇は、いろいろと危険なのだ。

 設置は、既存の街灯柱の「笠」より高い位置に、架上するとよい。さすれば、通常の夜間は、既存の電燈とソーラーライトがアンサンブルで光る。ソーラーライトは「電飾」を担当し、地域を演出する。
 そしてブラックアウト時には、ソーラーライトだけが光り、「目印灯」の機能を果たしてくれるわけだ。

 この「目印灯」が普及し、自治体によって大量に需要されるようになれば、やがてしぜんに性能の向上が促されて、じきに、驚くほど安価に、「限定的な照明機能」も備えた「ソーラー電池式街灯」が、自治体に対してメーカーから売り込まれるはずである。

 そうなったら、こんどは、一部の街灯を、ソーラー街灯で徐々に置換して行くことができよう。
 最終的には、北海道の街灯の半数以上を、ソーラー街灯化できるだろう。

 函館山の山頂展望台から夜間に見下ろした街の灯が、すべて発色と発光パターンの異なるソーラーライトであったとしたら、それはどのような光の芸術だろうか? 今の夜景よりも、数等倍、人々を魅惑してくれるはずだ。

 次。
 Mark Galeotti 記者による2018-9-12記事「Don’t Fear the Russian Military」。
   ボストークは「東」。ザーパドは「西」をそれぞれ意味する。

 前回の露軍のヴォストーク演習は2014年だった。こんかいの規模はその2倍。
 この演習は、スウェーデンとフィンランドがNATOに加われば侵略するぞという脅しである。

 昨年のザーパド演習でロシアは動員人数を過少申告して、NATO武官のインスペクションを拒否する姑息な手に出た。
 今回は動員人数を逆に過大宣伝している。30万人も動員されてはいない。15万人前後であろう。それでも巨大だが。

 しかも、将兵の多くは、普段起居している兵舎から遠出することもない。駐屯地内の屋内に開設されている指揮所を手伝うだけ。ザーパドでもそうだった。だから野外に出ているじっさいの人数はいっそう少ない。

 軍事評論家のマイケル・コフマンが指摘してくれたこと。露軍は、旅団内からただ1個の連隊を演習に派出しただけでも、公式には「旅団が参加」と記帳させる。「水増し会計」主義なのである。

 ロシアのGDPは、テキサス州のGDPよりも小さい。
 ロシア政府は歳出の三分の一以上をセキュリティのために投じなければならない。
 他方で老齢年金の支給開始年を逐次に引き上げざるを得ない。
 30万の兵力を西から東へ運送する経費の捻出は、ハナから無理なのである。

 核動力の巡航ミサイルのプロトタイプをロシアは過去4回、テスト飛行させた。どれもクラッシュしたという。

 カーネギーモスクワセンターのアレクザンダー・ガブエフによると、演習に3200人の支那軍を混ぜた理由は、米政府へのメッセージなのだという。アメリカがロシアを追い詰めれば、中共と本格軍事同盟するぞ、という。

函館市内の我が借家でも、停電は地震の直後には発生していない。

 本日の『北海道新聞』朝刊に奇妙な記事が出ている。北海道内でも、3時07分の地震の直後に停電した地方と、ブラックアウト発生時である3時25分に停電した地方とがあった、と。そして、函館市内の自動スタート式緊急発電機のある病院は、同紙の取材に対して、地震とほぼ同時ぐらいに発電機が起動したとと答えた模様で、そこから記事は、函館市全体の停電が地震直後だったとミスリードしている。いったい道新の函館支局の当直たちは、その時刻に寝ていたのか?

 わたしはもう老人なので近年では毎日、未明の3時前後に自然に目が醒める(よほど疲れていれば4時半にズレ込むときもあるが、それは稀)。あの9月6日も3時00分前後にはすでに起き出していて、通信用PCの前に座って軍事系英文ニュースを拾い読みし始めていた(いつものパターンではまず「スターズ・アンド・ストライプス」を見、そこから「リアル・クリア・ディフェンス」に行き、それから「ストラテジーペイジ」等へ……。記事はすぐに読むのではなく、まずテキストを範囲指定&コピーをしてその日のテキストファイルに収束しておき、朝メシなどの雑用処理後に自室で精読するのだ)。
 すると隣室で寝ている女房の枕元のスマホが「地震です!」を連呼(だんだん音声は大きくなる)するのが聞こえてきた。どこかで大きなP波が発生したためS波が広がる前に警報を発する自動システムだ。たしかに、微かな縦揺れも感じた。
 たちまち、やや強い横揺れが来た。3時08分くらいだ。後で知ったが、函館市では震度5だったという。ウチは借家の一軒屋という気安さがあるため、このレベルの揺れでは正直、精神的に動揺することは、あまりない(プロパンガスの自動閉塞装置も作動していなかった。後で点検したが、目で見える被害としては、書棚の本数冊が、わずかにズレていた程度)。別室で寝ていた子供も、女房があわてて起こしに行くまでは、目がさめていなかったそうだ。

 わたしはいちおうポータブルラジオのダイヤルをNHKのAM局に合わせて、「リアル・クリア・ディフェンス」の注目記事中の「これは」と興味を惹かれるモノを、テキストコピーのために2、3、展開していたところで、停電が来た。
 記憶するつもりで時計を見たわけじゃないが、その時刻は、3時20分のプラスマイナス3分だと思う。後で報道された「3時25分」で合っているとも思ったがこれはどうにも断言はできない。まさかあんな大停電になるとは、その時点で思うわけがない。だから時計を睨んで正確な時刻をメモせねば、などとも考えなかった。
 ともかく、横揺れがおさまってからすくなくも10分間は、電灯線の給電に異常はなかった。地震と停電の間には、十数分間の時間は確かにあったと証言できる。

 停電になると町の様子が気になる。玄関から戸外に出て周辺地域を見回したが、全方位、真っ暗で、ただ、集合住宅のいくつかの窓がほの明るい。おそらくは懐中電灯などの電池式照明であろう。

 我が通信用のラップトップPCは、さる人から戴いた便利なもので、充電池がビルトインされている。町や家が停電になっても、この画面だけは消えず、文書作業やファイル作業は続行できる。フレッツ光のルーターはダウンするから、それから通信しようとしてもダメだが、すでにPC上のウインドウに展開してある記事画面は、残っている。
 しかしわたしは停電が2分以上も続くのでこれは長時間停電になるかもしれないとだんだんに思い始め、選んだ数本の記事(スターズアンドストライプス紙にはめぼしい記事がなくて、リアルクリアディフェンスには3本くらいコピーをとって読みたい記事があった)は超ナナメ読みで済ませてコピーなどとらずにPCをシャットダウンし(電池の電力保存のため)、兼ねて用意してある十数本の各種LEDライトを点灯して、真っ暗な屋内の各所に設置する作業の方に、とりかかったという次第である。
 いちおう当事者証言として、ここに残しておく。

 次。
 Patrick Tucker 記者による2018-9-10記事「The Military Now Has Tooth Mics For Invisible, Hands-Free Radio Calls」。
     軍隊のVoice通信用の革新的なマイク&スピーカー。なんと奥歯の裏に装着することができる。
 外側からはヘッドセットも送話器も見えない。したがって街中に潜入した便衣偵察者にはうってつけ。
 口の中に超小型のスピーカーを置いて、それでどうして相手の無線の音声が聴けるのか?
 震動が、歯→頭蓋骨[とうがいこつ]と伝わって聴覚神経まで達するからである。
 耳から聴くのと同じ感覚であり、違和感が無いという。

 このマイクを装着してシリアルを食べると、受信した側では、なんとも旨そうな音が聞けるそうである。

 送信の方式だが、ブルートゥースに似た、暗号化された電磁誘導信号だという。これは傍受を困難にし、水中を透過できる。

 ヘリからホイストで下ろされたレスキュー隊員が、首まで水に浸かった状態でも、この口中特殊マイクによってパイロットと普通に交信できることが、2017の「ハリケーン・ハーヴェイ」を利用した実験にて立証されている。

 次。
 Matthew Cox 記者による2018-9-11記事「Army Orders Emergency Fix on Bad Apache Rotor Blades」。
     アパッチ・ヘリコプターのローターブレードは8個の「ストラップ・パック」ナットで固定されているが、悪天候と臨海地方の塩害が、その留め金の疲労を早めることが、今年、米陸軍によって認識された。

 この2月には、整備兵は、アパッチの飛行前と飛行後に、このストラップ・ナットを念入りに時間をかけて点検するように命令された。

 陸軍とメーカーが到達した結論は、「メガ・ナット」と呼ばれる、より安全を確実にできる「輪っか(collar)」を嵌めること。これでブレードが空中で飛散しないようにする。

 しかし全機にこのレトロフィットが行き渡るのは来年夏になりそうだ。
 米陸軍はあと30年はAH-64を使い続ける。

次の夏までに プール/遊泳場用の監視ソフトが必要だ。浮き輪が反転したり、潜った人が何秒か浮上してこないときに必ず警報を鳴らす。

 定点監視のビデオ画像に刻々と映じ出されるモノの変化をするどくも見逃さないのは、AI技術の身近な安全への応用である。
 中共市場向けには、エスカレーター監視ソフトも売れるだろう。

 次。
 ストラテジーペイジの2018-9-10記事。
   2017-6-23にロシアはコスモス2519を軌道投入した。同衛星はその後、2回、軌道を変更してみせた。

 2017-8-23に、そのコスモス2519から、子衛星コスモス2521が放出された。ロシアは、それは、衛星監査機だと発表した。

 コスモス2521は、それから2ヵ月間、コスモス2519の周囲を動き回った。

 2017-10月末、コスモス2521から、さらに小型の孫衛星コスモス2523が放出された。この孫衛星は、特別な機動を示さなかった。※他の2機を同一フレーム内におさめて撮影する役目か。

 続いて、2018年1月にかけて、こんどはコスモス2519が、コスモス2521をターゲットとして、さまざまに機動した。

 2018-2に入ると、コスモス2521が再び、コスモス2519の周囲をさまざまに機動した。

 2018-6~7月、コスモス2519がまた機動開始。セベラル回、軌道を変更し、7-19に、おとなしくなった。
 7-20にコスモス2521が軌道を1回変更し、いらい、現在までおとなしくしている。

 ロシアはボリヴィアとメキシコに衛星観測拠点を維持している他、自国内で90年代に閉鎖した拠点も何箇所か復活させている。

 ロシアは米国のデータベースよりも40%多く、宇宙周回物体について登録したものをオンライン公開している。

 米国は非公開データベースを抱えている。そこには各外国衛星の「状態」が仔細に報告されている。
 米国の関心は、中共がこっそりと周回させている秘密衛星の把握にある。※そのためにも日本の地ージス基地にはオーバースペックレーダーを持ち込みたい。

 2013前半にロシアは、1個の衛星が中共のデブリに衝突して損傷したと発表。そのデブリは中共軍が2007のASAT実験で盛大にぶちまけたもののひとつだった。

 2009には米国の生きている衛星が、ロシアの死んでいる衛星にぶつけられて破壊された。

 この衛星は60機あるイリディウム電話通信衛星群のひとつで、高度770km、衝突地点はロシア中央部の上空だった。スラスターは搭載していなかった。
 ぶつけた衛星は1993に打ち上げられた「コスモス2251」で、電源として核崩壊熱利用のアイソトープ発電機を搭載していた。スラスターは使い果たされており、軌道を変えられなかった。
 この2機の衝突により、デブリが600個、軌道上に散った。

 ※マッケンローが破壊し一変させた、英仏流のプロテニスの品格。爾来三十有余年、野獣選手肯定の米流風潮にはつきあえねえというのが、我慢していたBBCの本心の叫びなのだろう。アーサー・アッシュの再来だと。

発電設備にでなく、「蓄電池」設備世帯を減税優遇すべし。

 過去の拙著で三、四回も強調警告した気がするのだが、自宅の屋根にソーラーパネルなんぞを設置して、発生させた電気を電力会社にすべて「売電」して小銭を儲けた気になっていても、社会インフラである地域送電グリッドがダウンするような非常時には、自分と家族の生存維持のためにその投資から何の助け(電力)も得られることはない。
 それのみか、却って自宅の構造重心は不必要に高くなり、破壊的外力を受けたときの物的損害(目に見えない傷みも)が増してしまう。木造家屋の寿命が縮むのだ。

 こんなものを「エコ」だと唱えている、いかにも経産省的な浅はかな因果教を、北海道民はすぐに棄てるべきである。

 真に家族のためになる投資は、相当な容量の「蓄電池」であるはずなのだ。
 その蓄電池に充電するための電力は、深夜の電灯線からでも、趣味のソーラーパネルからでも、自転車ペダル漕ぎ型運動器連動ダイナモからでも、引き入れてかまわない。
 大事なことは、電気を「かなりの量」×「長い間」溜めておくことができること。そしてある時刻に前触れもなく地域送電グリッドがダウンしたときに、ただちに、その蓄電池から家庭の非常時必需電力(必ずしも100vでなくとも、6v~12vくらいのローボルトでも可い)が取り出せること。そして、9時間から数十時間ぐらいは、その電力取り出しが持続することだ。

 このような家庭用規模の蓄電池が普及していない理由は、ローボルト仕様のものは、まず認知度不足に帰せられるだろう。
 100v仕様のものでは、重すぎて本格工事を要したりと初期投資が甚だ面倒に思われる上に、設置後に年月が経過するにつれていつのまにか性能が劣化したり機能しなくなるなどといった不安も、最新の製品にすらも、つきまとうからだろう。
 つまりシステムを導入するときもだが、先々、それを維持して行くのが、電気の技師でも専門家でもない一般の家庭人にとっては、じつに楽ではない負担だと思えてくる。「便利な家電品」のように、いちど購入しただけではダメというハードルが、高すぎるわけだ。

 買って数ヶ月後に使い物にならなくなって、メンテナンスをそこで放棄した場合には、自宅の一スペースを占有するやたらに重い粗大ゴミとなり、まったく不経済な買い物だったという後悔だけが残るかもしれないなと、さいしょから想像されるほど。
 ゆえに、本格的な家庭用蓄電池は、ほとんどすべての庶民にとって心理的な障壁の向こう側にあるのだろう。

 人々が買わなければ、その商品の性能(信頼性、簡便性、高融通性、メンテナンス不要性、決して感電事故や漏電事故が起きないフールプルーフ性)も、向上しない。悪循環だ。

 だが、この事情は、国が税制を変えるだけで、まったく逆転する。

 すなわち、家庭用規模の蓄電池を購入したり設置している世帯に対して、政府が特別税制によって手厚く多重に報いたならば、今は継子のようにネグレクトされている大容量蓄電池は、かならずやソーラーパネル以上の脚光を浴びる。そして、普及率と製品の信頼度向上とが、相ともなう良循環を開始するはずである。

 「恒久無税」等の「甘味料」が添えられていれば、導入した蓄電池が数年にして機能が劣化してしまったとしても、腹は立つまい。そのうちに、耐久性が向上した新型がメーカーによって開発されてくる。税制を変えれば、こうした、日本社会の福利に資する好ましいインセンティヴが働くのだ。

 全国の、莫大な個人資産をほとんど退蔵させている有産老人たちは、いまさらソーラーパネルなどに投資する意味を見出していないと思う。
 だが、大容量蓄電池が完全無税の設備資産として児孫に遺贈可能なのだと周知されれば、話は変わる。いっせいに、蓄電池を自邸に導入しようとするだろう。
 これは、いかがわしい政商たちが暗躍した輓近のソーラーパネル/風力タービン・ブームなどと違い、震災時にじっさいにその家庭の居住者を助けてくれるのである。

 しかも、すべての自宅保有者に購買の動機があるので、国民的な景気浮揚に直結しやすい。
 ここにおいて、またしてもバブルは可能なのである。蓄電池バブルが。

 家庭用大容量蓄電池は、強風や地震にめっぽう弱い大規模太陽電池や風車等とは違い、実質的に日本国民の安全を向上させてくれる。
 電力会社のパワー・グリッドが予期せぬ大災害でダウンしたときから、各家庭はバックアップ電源(蓄電池)に切り換えられる。テレビは映るし、煮炊きもできるし、携帯電話の充電に困ることもない。そうやって自力のみで罹災初期の数日間を凌ぐことができるのだ。

 世帯ごとに大容量の蓄電池やローボルト家電品があるのもあたりまえとなった暁には、総体で日本経済は一層の省エネ構造にも脱皮しているはずだ。
 というのは、電力会社の水力発電による深夜電力が、かつてなく有効に活用されるようになるからだ。

 ソーラー・パネルを流行らせるよりは、世帯ごとの蓄電池を普及させる方が、公共政策としては、質が良い。救われ、幸せになる人の数が、はるかに多いのである。

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 Andrew Moseman 記者による2018-9-1記事「Cargo Ships Are Turning Back to Wind Power――But Don't Expect Big Triangular Sails
   貨物船の燃費を向上させるため、「ローター・セイル」という回転タワー状の「機械の帆」を甲板から屹立させるという新案。
 昔風の布製の帆よりも、推進効率は高いのだという。

 バスケットボールに激しいバックスピンをかけてダムの堤上から投げると、落下弾道が大きく変化する、そのような実験がある。
 原理はこれと同じで、タワーを回転させることで「マグヌス効果」を発生させる。

 このたびMaersk社は、高さ100フィートのローター塔を1隻のタンカー『ペリカン』号に取り付けてみた。

 これでタンカーの燃費が10%軽減されるのだという。
 世界的な船会社は、毎年、燃料代だけで30億ドルも支払っている。もしその10%が節約されたなら、3億ドルが浮くわけ。

 ※ロシア軍は、火力発電所を2箇所ばかり爆撃すれば全北海道をブラックアウトさせられるのだと理解してしまった。この対策をどう立てるべきか? JR北海道の新幹線、なかんずく、新青森駅(もしくは八戸駅)から新函館北斗駅の間の《青函》区間用には、むしろ「ディーゼル発電&電池式ハイブリッド機関車」が向いているのではないか。パンタグラフからの給電には一切、依存しない方式にするべきだろう。もちろん、燃費は悪くなるし最高速度も特急並に下がる。しかし、平時の燃費がいくら良くても、非常時に動かないのでは、公共交通機関として意味がない。内地から北海道へ、あるいは逆に北海道から内地へ、兵力や避退者を迅速に機動させなければならぬとき、「停電で動かせません」では話にならないのだ。鉄道の信号と通信に要する電力も、向後は鉄道会社が自前で「発電」して自給をするべきだろう。鉄道会社はじゅうぶんな敷地を持っているから、小型のLNGガスタービン発電所を建設するのに、特に苦しむことはない。既存の電力会社による「政治的妨害」だけが障害だと思う。JR北海道だったら、たとえば「北ガス」と共闘すればいいのだ。

業務上過失国家叛逆罪

 北本連系線の北海道側のDCケーブルが上がってくる海岸が、自宅から12kmくらいのところにあるため、ウチのあたりに限っては、全道ブラックアウトなんて関係ないのさと思っていたのは甘かった。

 北本連系を立ち上げるための外部電源は、七飯町峠下の、北電七飯発電所(水力)の1万キロワットの一部を充当することで、この次からは、なんとかできるんじゃなかろうか? (まさか、1万キロワットでも立ち上げには足らんのか?)

 この小規模水力発電所は、標高の高い「大沼」の水を、山の地下を貫通させた導管によって大野平野に落としてタービンを回す仕組み。通年、この「水甕」が涸渇することは、まず考えられない。
 だから、「北本系起動用」として常に頼りにできるはず。
 もし1万キロワットでは足りないのならば、緊急補助用の小型ガスタービンを増設するしかないだろう。というか、とっくにそのくらいやっとけよ――って話だろ。プンプン。

 もういちど、全道ブラックアウトを想定し、その状態から「北本」を立ち上げてみる、実戦的な訓練をやっておいて欲しい。
 また「プランB」として、森町にある北電の地熱発電所の1.5万KWを充当することによっても北本連系を即座に立ち上げられるかどうか――も、試しておくべきじゃないか。

 それと、北海道新幹線の、海峡トンネルの青森側の今別駅から、北海道側の木古内駅までの区間。せめて、ここに限っては、青森側からの給電だけでも運行が続けられるようにしておいたらどうだい。海峡の連絡補給路だけは止めちゃいかんだろ。

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 Patrick Tucker 記者による2018-9-6記事「It’s Now Possible To Telepathically Communicate with a Drone Swarm」。
   DARPAからの資金援助を受けてでネブラスカ大学で2015年から続けられている研究。脳に小さなチップを1個埋め込み、それによって、たとえば寝たきりのパイロットがF-35をリモコンできるようにする。

 今年は、開発目標を、1人で複数機のジェット戦闘機をリモコン操縦できるところに据え直す。

 ネイサンという本物の身体麻痺者が実験に参加している。
 「ブレイン・ジョイスティックだよ!」

 研究者いわく。航空機の側からも信号をこの人の脳にフィードバックするのだと。
 「航空機とのテレパシー会話と言ってもいい。」

 すでに3機からの信号を同時に受信させている段階。

 DARPAは2007年から革新的な「脳=コンピュータ」直結インターフェイスを委托研究させてきた。
 2012には、非侵襲的な装置によって合成テレパシーを実現してくれ、という課題が与えられている。 ※今回のは埋め込み式なので「侵襲的」である。

 義肢を脳によってコントロールするのが初期の達成目標だった。
 いずれは「記憶修復」も目指す。

「断水デマ」を飛ばした最初の人物を各地で特定しよう!

 まさかと思うが外国からのSNS書き込みじゃないだろうな? 全道の主要都市で同工異曲の流言が飛んでいたなんて、不審すぎるぞ。

 このリアル・ケースで、誰がいつSNSにカキコしたかのビッグデータを洗っておけば、将来、サイバー戦争/ハイブリッド戦争になったときに、防禦策を講じ易くなる。是非とも、やっておくべし。

 こんかいリアルで価値を見直したもの。(とっくに製造中止されている)パナソニックのワンセグTV。3万2000円もしたと思うが、防水であるうえ、停電中でも単三電池×4本で視聴ができたのは、なんともありがたかった。家族の気分の上でね。

 今回は「リスク分散の鉄則」「多重バックアップのありがたさ」が銘肝されたと思う。なんでもひとつに整理すりゃいいってもんじゃないよ。コストよりも大事なポイントがあるだろう。
 公衆電話は残すべし。否、増やすべし。
 ロランCやオメガは日本単独でも復活させておけ。(次はGPSがダウンするから。)

 「電動シャッター」はこれからは売れなくなるだろう。7日の早朝に、あちこちの商店主が困っていたよ。停電で、開けられないので。片付けも準備もできやしねえ。

 ラジオの交通情報アナウンスで、ホントに気が利かぬと思ったこと。
 道路の区間名をズラズラと七個も八個も列挙してから、それが「使える」のか「使えない」のかを教えてくれる。

 そんなリスナーをイライラさせるやりかたをしてどうするんだ。平時じゃないんだぞ。
 道路の区間名1個を読み上げたら、すぐにそれが「使える」のか「使えない」のかを明らかにせよ。
 そしてそれに続けて、二番目の道路区間名を読み上げて、それが使えるのか使えないのかを知らせよ。
 逐次に順番に、それを区間の数だけ繰り返しなさいよ。
 そうするのが、非常時式の、お知らせの方法として、ふさわしい。

 それと、災害直後のラジオ生放送で、5秒以上の無音声時間を作ったらダメだ。そこに気が利くのか利かないのかで、局スタッフの「器量」が判る。

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 Brian Melley & Michael Balsamo 記者による2017-9-7記事「North Korean Charged in Crippling Sony Hack, Wannacry Virus」。
    ソニーピクチャーズから2014年に、近日公開予定の映画作品のデジタルデータ(『フューリー』を含む)などをまんまと盗取し、また、別な年に、ランサムウェアのワナクライで全世界を混乱させた、北鮮のハッカーが特定され、米連邦捜査局によって9-6に起訴された。

 被告は現在は北鮮領内にいるであろう。
 バングラデシュの政府銀行から8100万ドルを盗ったのもこやつだと。

 このハッカー、同じ偽名でロッキードマーチン社などにもスピアフィッシングのメールを送っていることが判明している。

 バングラ銀行以外でも各国合計10億ドルくらいがハッカーに盗まれているので、捜査は続行されている。

 ワナクライを仕掛けた集団は「ラザルス・グループ」とも呼ばれる。
 FBIは、大連市郊外の「Chosun Expo」なる北鮮政府フロント企業がハッカーの巣窟だと睨んでいる。同企業のウェブページは2016-7月頃に消えた。

 2014にオバマ政権は5人のシナ人をハッキング犯罪者として起訴した。また2017には複数人のロシア人ハッカーがヤフーに侵入したとして訴追されている。

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 DREW HARWELL 記者による2018-9-7記事「DARPA says it will boost investment in artificial intelligence programs」。
    DARPAのAI開発五ヵ年計画。
 2019からの5年間で、総額20億ドルを投入するつもりだ。

 問題は、シリコンバレーの超大手が必ずしもペンタゴンの企画に協力的ではないこと。
 グーグルの創立者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジも、DARPAから資金協力を受けていたおかげで大卒ぐらいから結構な研究ができたのだが、この6月にはグーグル社が社員の多数意見として、米軍とは戦争ビジネスの新規契約(途切れなく大量に送信されてくるドローン映像をロボットが淡々と解析するソフトの開発=プロジェクト・メイヴン)をしないと声明した。


 DARPAは、「グーグルがやりたくないのなら他社を探すまで。予算はこれだけあるよ」と言っているわけだ。
 6月にDARPAのナンバー2であるピーター・ハイマンいわく。たぶん数百社が手を挙げるだろう。

 プロジェクトは単一ではない。他には、オンライン上の人の声や面相の映像がフェイク加工品であるのかないのかをAIで見破ってくれるソフトだとか、マシンと人間を「共生」させる環境づくり、などもある。

 すでに米連邦行政の事務がパンクしている、新たに雇ったり昇任させたい職員のセキュリティ・クリアランスお墨付きのための身元調査を、人に代わってしてくれるAI、といった開発プロジェクトもある。

 結論だけをポンと示すのではなくて、その理由を人が分かるように説明もしてくれるAI。この「エクスプレナブルAI」のコンセプトも追究される。

 ちなみに、アップル社のアイホンに搭載されている「Siri」も、DARPAが開発に協力したのである。

 トランプ政権は、米国が先頭を走るべき分野として、製造業・宇宙探検・医療における発明を第一、AIを第二番と位置づけ、その順番で研究開発予算も投入すると6月に発表している。

 ペンタゴン内には、「四軍統合AIセンター」が6月に発足している。これは四軍バラバラのAI開発の無駄を避ける調整をすすめる機関だ。

 FY2017に米政府全体でAIに投じた予算は20億ドルだった。

 中共ではアリババやバイドゥが政府と密接に結託しながら無人自動車運転やヘルスケアや国防へのAI応用を進めている。
 街中の監視カメラで全住民の顔をすべて認識する北京政府のAI国民統制網は着々と完成に近づいている。
 そして2030年までにはAI技術で中共が米国を抜くと豪語している。

 しかしながらマイクロソフトとアマゾンの社員は、移民局や地方警察のための顔認証ソフトの開発には反対だとキャンペーンを張っている。

 ※今次災害で内地の自衛隊は道内の諸都市に何を搬入すべきだったか? リアカーに載せた、スマホ充電端子多数付きの給電バッテリー(燃料電池)。これをヘリから兵隊とともに街の目貫に近い公園へ降ろして、6日の夕方から7日の払暁まで、周囲をLEDで煌々と照らすべきだった。集まった民衆は、ほとんど「神さま」扱いしてくれたはず。その場で隊員募集もしたら1万人くらいもサインしただろう。もう遅いけどね。これから地本が倉庫に用意しておくべきアイテムが、ひとつ、決まったと思う。3トン半トラックで牽引できる、水タンクトレーラーと同サイズの「給電機トレーラー」も新開発しようよ。

 次。
 ストラテジーペイジの2018-9-6記事。
  2018-6に英SASの二人組チームが、普通のM2 キャリバー.50 MGを単射モードにし、精密スコープをとりつけて、IS幹部を距離2300mで狙い撃ったところ、胸に命中。斃した。

 過去には、1967に米海兵隊の狙撃のプロが、スコープを取り付けたM2重機で2250mの単射対人狙撃を成功させた例がある。それに次ぐ快挙。

 狙撃専用の12.7mmライフルだと、2500mくらいの狙撃はできるようになっている。2017-5にはカナダ特殊部隊兵が「TAC50」という専用の狙撃銃を使い、3540mの狙撃距離レコードを樹立している。

 ※もとから保有されていた古資産に、比較的安価な最新のデバイスを装着することで、パフォーマンスが倍増することもある。このようなポテンシャルは日本の自衛隊既存装備のいたるところに探すことができるものだ。ただし組織全体に創意を活用する文化が根付いていなければ、無尽蔵の精神資産も、空費されておわり。残念だが。

正直、「FMいるか」よ、ありがとう!

 このコミュニティFMのアナウンサーたちの田舎の大学生的な喋り方は正直従来わたしの耳には苦痛であったのだが、このたびの真っ暗な停電期間中(わが街区に限れば、2018-9-6日の未明3時15分頃から、翌7日の午前8時47分までの約29時間半)、いちばん役に立ったメディアは、ポータブルラジオにて聴取できた「FMいるか」であった。

 遠くの地震に起因する長時間停電に陥った地域住民がとりもあえずいちばん知りたいと思っていることは何か? 震度の見直しでも、震源が活断層かどうかでも、閣僚や気象庁の誰彼の公式発言でもありはしないのだ。

 そんな腹立たしく無益な古情報をLP盤の終末トラックのように漫然と繰り返してくれる放送局ばかりが多かった中で、わが函館山の「FMいるか」放送局は、「復旧変電所情報」「通電再開街区情報」「信号再開道路情報」「給油営業中のGS情報」「営業続行中の食料品店情報」「閉鎖病院情報」等を、主に住民や関係者からのタレコミ情報に基づいて(裏は取らずに)逐次に速報してくれた。後半に至り、同局が契約しているフレッツ光の回線が7日朝4時半にダウンし、インターネットSNS配信は断念されたようだが、携帯電話のボイス通信等で収集は続けられたと察する。
 こうしたコミュニティFM局の電界強度は平時からもっと強くしてもいい。特に災害時には出力を上げられるような準備と法規が必要である。発動発電機の燃料が尽きた南茅部~椴法華方面の僻地中継局が数時間にして早々と停波したらしいのは、じつに気の毒であった。僻地こそ電波情報が必要なのに、これでは社会的使命は果たせない。

 停電が実は全道ブラックアウトだと分かった昨日時点ですぐ考えたこと。
 これは米国発のリーマンショックに準ずる経済的な大災厄である。
 よって、消費税増税はもはや許されなくなった。
 ぎゃくに「復興国債」の発行を検討しなければならないだろう。

 十数年にわたり、女房から馬鹿にされつつ、非難されれつつ、さげすまれつつ続けてきた、戸外におけるLED灯設置実験の意味が、ようやく理解してもらえたのは、嬉しかった。

 これからインフラが復旧すると、北海道じゅうの懲りた人々が、LED懐中電灯を購求せんものと、電気店に殺到するかもしれない。
 各種の懐中電灯をランタン代わりに一晩中点灯してあらためて確認できた所見を記す。
 プッシュボタンスイッチでON/OFFする型式の安物LED灯は、放置しているうちに接触不良を起こして消えてしまう率が高い。
 スライドスイッチ式、または、胴体をねじってON/OFFする型式の、売価1000円弱~2000円弱のスイッチ方式のものが安定していると実感した。電池は、単三を1本か2本使うものが、補給面でいちばん安心ができる。
 単3は、スマホ用のモバイル充電器に装填する電池だから、非常時を想像できる、こころがけのよい人なら、多数のストックを保有している。

 ガスカートリッジ式の卓上コンロは、とても重宝する。冬場だったら、これが文字通り、命を救うだろう。

 家族で朝飯~昼飯代わりに一人2~3個のアイスクリームを食べるときが来るとは思わなかった。長期停電となったら、冷蔵庫の中の冷凍食品から、とっとと始末をつけて行く着眼が必要なのだ。他方、常温保存が利く食品は、最後の命綱として、残しておく。

 長時間停電からの復旧後、最初に急いでやらねばならないのが、冷蔵庫内の大清拭だ。ハイターを使わないと、カビが大繁殖するはずだ。……というわけで、我が指先は今、非常に痛む。爪の隙間に塩素が入っちまうんだよね。

 近所のスーパーマーケットの中には、6日のひるま、店の前の駐車場にて、冷凍食品をすべて無料で配布したところがあった。ぼやぼやしていると融けて腐ってしまうからだ。
 彼ら従業員にもこれから、大清掃の一仕事が待っているはずだ。

 陸上の冷凍設備が使えないのでは、地元の漁船だって出漁しない。
 しかしわたしは「こんがり焼き鯵」の干物をストックしていたので、影響ほとんど無し。

 このような大規模長時間停電では、温泉専用施設だけはでなくて、自家発電機がある大きなホテル付属の浴場もダウンするらしい。これは勉強になった。

 必然的に開眼したのが、「水シャワー」の浴び方である。
 まず、びしょぬれのタオルで全身を拭い、ついで、頭を洗う。そのうちに全身から発熱してくるゆえ、最後は冷水の直噴にも堪えやすくなる。修行者の気分になる。しゃがんで洗うのがコツと思った。そして、夕刻前の明るい時刻に済ませるのが安全也。

 家庭用の風呂用の湯沸し器は、燃料は灯油ゆえホームタンクにふんだんにあるのだけれども、その運転には100V電源が必要な仕様であるので、停電中はまるで使えなくなる。
 北海道の地場メーカーよ! 電力は一切必要としない灯油燃焼式の家庭用給湯機の開発を急ぎなさい!
 さもないと、今回懲りた道民は、プロパンガス燃焼式の家庭用給湯機材に、乗り換えるだろう。個人的には、それでもいいんだけどね。

 女満別空港は、発動発電機用の燃料が涸渇して、6日のうちに運用をギブアップしてしまったとラジオで聞いた。
 安いからといって重油を燃料にしていたのか?

 もし今次の災厄から彼らが教訓を汲む気なら、空港の発動発電機は、燃料を「ジェット燃料」に統一しておくべきだろう。さすれば、航空機に給油するための容量の大きな燃料タンクの残量がある限り、飛行場の機能を維持する電力も保つはずだからだ。

 ブラックアウトの危険が伏在することがわかった北海道に限っては、ドラスティックな「燃料行政」の見直し指針も必要と思う。
 北海道用版のディーゼル燃料として「灯油」を普及させるべきだ。
 発動発電機も、ディーゼル乗用車も、トラックも、そしてビル用暖房、戸建住宅用暖房も、基本的に「灯油」かLNGにする。
 燃料の「灯油での統一」は、米陸軍が世界的にやっていることである。彼らはトラックのディーゼルを、ヘリコプター用の灯油(ジェット燃料)で回している。それで、何の問題もないのだ。兵站がとても単純になるので、車両を動かすときの灯油の仕事効率が軽油よりすこし悪くても、補給コストの低さでペイしてしまうのだ。
 北海道もその方針を採用すれば、将来、冬に大停電や大災害が起きたとき、内地から灯油だけを補給すれば、人々は助かる。

 「デマ」が流れたのは新鮮な驚きだった。6日早朝に「本日午前10時で断水する」とかいう流言が広まった。配水施設は標高の高い所にあるし、ウチは平屋なので、理性では、上水の水圧の不足はないはずだと思いつつ、それでも万一に備えねばと、「水溜め」大作業に励んでしまった。

 さっきPCのメールのフォルダーを開けたら、モノやカネを送りましょうかというご提案を多数いただいており、甚だ恐縮した。
 せっかくなので、停電中でも(モデムやルーターを必要としないで)メールを受信したり送信できる機能のついているモバイルPCの中古品でもあったら、何台でも貰います。

 拙著『空母を持って自衛隊は何をするのか』の中でさまざまに提言した防災上の着眼に関し、今回、特に修正の必要を感じたことはなかった。

 しかし、付言したいことは、おかげさまで、たくさん思いついた。それらはまた、ぼちぼちと語って行こう。

 とにかく皆様、ありがとうございました。当方、無事です。

さきほど8時48分にわが町の停電は復旧しました。

というわけで更新までにしばらくお待ちください。

 ネタ ありすぎなので。

もしブッシュプレーンが自由に飛べないのならば、「飛ぶ車」が発明されたとしても誰も買わない。

 したがって誰も開発を考えない。
 空の分野では、法制をなんとかしない限り、技術も日本では発展しようがないのだ。

 次。
 Stephen Blank 記者による2018-9-4記事「Russia’s Vostok-2018: A Rehearsal for Global War?」。
      9月11日から15日まで実施される「ヴォストーク2018」大演習は、1981年の「ザーパド(西方)1981」演習以来の規模になる。

 露兵30万人と中共兵3200人参加。モンゴル軍も。

 これほどの大規模演習をする理由は、露軍がいつでも急速総動員をともなう本格大戦争ができるよう、民間人と、地方の役所等も含めて全組織に、活を入れることにある。

 かつての「ヴォストーク2010」は中共を脅しつけるためのシベリア核演習だったが、こんどは中共兵を混ぜてやることによって敵対関係がないことを宣伝する。誰に対する宣伝か? もちろん対NATOだ。

 ロシアはもうじき「スホイ35」も中共に売ってやる。これらによってモスクワ政府はNATOに対し、欧州戦域で開戦した直後に中共を使嗾してロシアの背後を撹乱させようとしても無駄だぞと宣伝しておきたいのだ。

 ロシア側には、事実上の「露支軍事同盟」を結んでおきたいという強い動機がある。

 2012-12発足の安部内閣は露支間に対立緊張があることを前提としてモスクワに粘り強くさまざま秋波を送り続けた。しかし日本がロシアから引き出せたものは5年間、遂に何もなかった。こうして「ヴォストーク2018」が、日本の希望も目に見えるように打ち砕く。

 日本政府は、露支がほんらい似た者同士であり、日本に都合よく対立などしてくれないという現実を受け入れる必要がある。安部内閣の対露構想は、アマチュアたちの夢想に立脚していたのだ。

 豪州などアジア諸国もこれからは「露支一体」を前提として国防国策全般を検討し直す必要があろう。

 ※習近平が弱気になっている。露・支は「宣伝重視」という「癖」では相似ているのだが、その中味には大きな差異がある。簡単に言うと、露軍はじっさいに戦争ができる。アメリカ向けのフェイク宣伝をしていないリアルの「使える」秘匿戦術も持っているのだ。ところがシナ軍は、じっさいにいかなる戦争もできない。徹頭徹尾、フェイク宣伝とフェイク装備とフェイク軍隊しかないためだ。その現実に熊プー(習近平)はさいきん、気付かされた。それゆえ、対米関係が緊張するや、露支間の「気分」の優劣が、たちまち露側に優位になった。平時にシベリア経済を労働者の人海で侵食していても、そんなのはシナ軍の「張子の虎」性をいささかもカバーしてくれない。労働者は脅されれば国家を裏切る気満々なのだ。

 ロシアは、《NATO軍がシリア沖で「毒ガス空襲」を準備している》――といういつもながらの偽ニュースをでっちあげ、アサドがシリア人民を毒ガスで攻撃する口実を用意してやっている。

 例によってプーチン周辺ロシア人特有のパラノイアと虚言症のミックスだが、さいきん、露軍は「NATOを抑止する」という名目でイドリブ市の総攻撃のために北海からも黒海からも軍艦をシリア沖にかきあつめている。ゲリラの潜む市街地に向けて「カリブル」でも乱射させる気なのか?

 そうではない。
 この露海軍の動きは、じつは「ヴォストーク2018」の一環なのだ。さすがに燃料代その他に余裕のないロシア海軍は、全艦隊を極東に集中させる予算など捻出できそうにない。それでやむなく、海軍の大規模動員訓練だけは、シリア沖で済まそうというつもりなのだろう。

 ただし、集中した艦隊は訓練後にまとめて黒海へ移動させ、ウクライナでまたもや新攻勢を始める算段かもしれない。ウクライナでの陸上作戦中、艦隊は、アゾフ海を海上封鎖するのだ。

 もちろんその封鎖は、核の先制使用をチラつかせた対NATOの脅迫を伴う。その「核脅迫」の事前演練が、地中海東部で、見物のNATO海軍相手になされるはずだ。

 このように「ヴォストーク2018」はけっして地域的演習ではない。全地球的な、核兵器運用も包含した大戦争の予行であり、21世紀のプーチン流の瀬戸際外交なのである。

 ※おかげさまで新刊『日本転覆テロの怖すぎる手口』は堅調な売れ行きです。オウムの死刑囚がいなくなって公安調査庁が局に格下げされ、そのかわりに「入国管理庁」が新設されようという流れのその先に、どんな危機が待っているのか? 知りたい人は一読しましょう。

 ※こんどの台風21号の強風が各地で「新記録」を残しました。来年ももっと「新記録」は続くはずです。それに備えるいちばん合理的な方法を知りたい人は、既刊『空母を持って自衛隊は何をするのか』の6章、8章、9章をごらんください。

「東風41」のバスが12個のRVを分離してしまうのは、発射から5分後である。

 これを見張るレーダーを置く場所がない。だから日本のレーダーが強化される。日本のためじゃない。合衆国のため。

 次。
 Fox News の記事「Iran's secret weapons-smuggling air routes to Lebanon reveald by intel sources」。
  イランの表向き民航会社が、ダマスカス経由(2018-7-9)、および直航便(トルコ上空飛行、2018-8-2)で、レバノンのヒズボラに精密機械の製造機械を届けた疑い。
 ボーイング747型機派生の輸送機で、中味は、短距離弾道弾の工作機械ではないかという。

 先週はロイターが、イランがイラク政府軍のために短距離弾道弾を供給したと報じた。イラク政府は否定した。

 ※イランのカネはどこから湧いてくるのか、じつに神秘也。トランプが拡大制裁したら、日本政府としてつきあうべきなのは当然だ。中共が漁夫の利を得るとか、そんなの世界向けの言い訳として説得力あると思ってるのか。

 次。
 Jeffrey Lin and P.W. Singer 記者による2018-7-12記事「China's latest quantum radar could help detect stealth planes, missiles」。
   ステルス機も探知できるとする「量子レーダー」。中共の軍用電機大手であるCETC社が、6-22に、高々度飛行物体については探知ができるようになったと吹かした。

 会社の目標としては、まずは成層圏での飛行機探知に用い、ついで、大気圏外の低軌道にも探知範囲を広げたい。
 ※米陸軍は2028までにハイパーソニック兵器を長距離砲代わりに用いるつもりでいるので、その探知は必要。

 簡単に言うと、光のビームが絡んだマイクロ波を上空に向けて発射し、跳ね返ってくるものを観察する。※そうではなく、地上サイトまで跳ね戻ってこなかったとしても、上空で何かにぶつかってビームが乱されたときには即時にその光量子の変動を地上においてリアルタイムに魔法の鏡のようにモニターができるという理屈なのではないのか? 双子同期的な量子の挙動現象を観察して。

 このとき、従来の電磁波ECMのように敵側が反射信号を細工しようとしても、光量子の場合は、発射した側で、細工の有無を確実に識別することができる。したがって原理的にECMされなくなる。

 光量子(フォトン)がぶつかった物体の表面が、いったいどのような物質であるか、それを地上で識別することもできる。プラスチック製のバルーンデコイとソリッド金属の見極めがつくので、ミサイル防衛に役に立つ。

 中共は高度2万mに浮かべる飛行船も考えている。
 これをプラットフォームにすれば、ハイパーソニック飛翔物体の接近を早期警戒できる。

 CETCは2016-9に、世界最長レンジ(といっても100kmだ)の光量子レーダーを建造したと吹かしていた。

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 Stephen Carlson 記者による2018-8-10記事「Bukkehave to provide Toyota pick-up trucks to Syrian allies」。
    「CJTF-OIR」は、イラクとシリアでISと闘っている地元勢力の合同機関である。クルド部隊や、イラク政府正規軍も含まれる。米国防総省は、日本で製造されているトヨタのハイラックスを、フロリダの改造屋「Bukkehave」社の手で「テクニカル(汎用軍用軽トラック)」に改造させ、 「CJTF-OIR」に供給することにした。

AIは、ちっとも人手不足を解消していない。

 ストラテジーペイジの2018-9-2記事。
   「殲20」の量産が依然として進まない理由が国営テレビの報道で明らかにされた。熟練工が集まらないのだという。

 少子化社会になっている中共国内では、民営も官営も、工場労働者が足りない。

 J20 の製造は、やっつけ仕事では絶対にできない。
 胴体の一部は複数の合金から成る複雑な構成である。このモールドと工作は、特に時間を要する工程である。

 殲20が必要とする特殊な部品の供給も、タイトである。

 中共は、J20の開発コストが44億ドルであったと明かしている。製造単価は1億1000万ドルだという。

 殲20は全天候性にも問題があり、その問題はまだ解決されていない模様。
 2017前半に「12機以上がすでに空軍部隊に配備された」とした公式報道は、真っ赤な嘘であった。未だに開発途中なのである。

 ※ブッシュプレーン(アラスカ型の超軽量STOL機)のメーカーや学校が北海道にないのが不思議でならない。量産の反対の、1機ごとの手作り。それも僻地で本人修理が可能なスチールパイプ構造。ツンドラタイヤ(+スキー)の固定脚。昔の九六艦戦みたいにアレスティングフック無しでフラットデッキ船上にも降りて連絡飛行ができる。何の問題があるんだ? 日本の有閑大金持ちは、なぜこの分野に投資をしない? のびしろありまくりだろ。

Gaupillat【ゴピヤー】という名の武器メーカーがあったのねんのねんのねん!

 いや杉浦久也さんにはすっかりご面倒をおかけしてしまった。「Gaupillat」という名のフランスのメーカーがあることを直接にご示教くだすった。
 学匠の手によりそこまで調べがついているのに愚老が余計な憶見妄譚、いまさら慙愧いたすほかなし。まっ平ご容赦を賜ります。

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 Neil Fotre 記者による記事「F-35B Lightning IIs need protection from ... lightning」。
      岩国基地の海兵隊は、LBAテクノロジー社から、14本の避雷針を調達する。
 この避雷針は移動式。ハンガーの外に駐機しているF-35Bを落雷の被害から守る。

 特に電撃に弱いのが、F-35のウリであるALIS=自動ロジスティクス情報システムだ。

 地上で機体に被雷した場合、燃料タンクの中にある気化ガスに火が着く恐れもあるという。

 移動式避雷針は、天気予報で雷雲が接近しそうなときにだけ、引っ張り出す。

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 Avery Thompson 記者による2018-8-23記事「Clever New Tech Could Let Subs and Planes Talk Directly」。
     MITが、潜水艦から上空の味方飛行機に、無線ブイを使わずに、信号を送り届ける方法を考えた。
 強力なスピーカーで潜水艦の直上の海面(表面の1ミリの厚さ)を震動させる。
 使用する音波を2種類に決めておき、それを「1」と「0」の代用にする。
 その振動波形を、味方飛行機が、レーダーによって読み取る。バイナリー信号を解読すると、メッセージになるのだ。

 ※室内の会話が窓を震動させるので、外からスパイしている者が窓の震動を可視化できれば会話音声も再現できる――という話と同じなのかと思ったら、違いました。

 ※じつは似たような「軍艦のデコイ」を想像したことがある。一般に、何もない海面は、上空からのレーダー電波を反射しないので、SAR画面ならば黒く映る。しからば、敵のアクティヴ・ホーミング式対艦ミサイルの発するレーダーを強烈に反射できる波形の「さざなみ」を人工的に付近の海面に発生させてやれば、その海面だけ「まっ白」になって際立ち、エグゾセ・タイプの敵の旧式な対艦ミサイルは、ぜんぶその海面へ吸引されるのではないか? 水面のマイクロ波散乱強度を大きくする薬剤は開発できないだろうか?

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 David Hambling 記者による2018-8-30記事「The Science of Russia's New Silent Sniper Rifle」。
     ことしのロシア陸軍エクスポには狙撃銃「MTs-116M」の消音バージョンが出展された。

 MTs-116Mは20年前からあるボルトアクションで、7.62ミリ弾を使い、700mまで狙えたもの。
 ところがメーカーは今回それを12.7mmに増径し、なおかつ無音化したという。

 7月に公表されたところでは、中東ではISも、クルド部隊のYPGも、消音小火器を使っているのだという。大流行のブームだ。

 ライフルの弾が飛びすぎるときにシーツを引き裂くような音が聞こえる。これが、超音速銃弾が作るソニックブーム。

 そこでタマの初速を亜音速に設定しておけば飛翔中にノイズが出ることはなくなる。問題は、弾速が減少すればタマの貫通力もなくなってしまうこと。
 そこで、5倍も重い12.7ミリ弾を選んだ。これなら亜音速で飛ばしても300m先での対人殺傷威力は維持される。
 メーカーは、ボディアーマーも貫徹する、と主張している。

 ※いっぱんに銃弾の命中時のエネルギーは弾速の2乗に比例するけれども、弾重には1乗でしか効いて行かぬ。さいわい、ライフル弾を亜音速に減速するためには、初速を半分にする必要はない。それに対して12.7ミリ弾の弾重は7.62ミリ弾の5倍あるという。4倍以上あればエネルギー減の補償が可能ではないかと単純に思う。あとは、12.7ミリ弾の素材と形状の工夫か……。

 次の問題は、銃口部からの発射音。ふつうにライフルの筒先に消音機を付け足そうとしたら30cm以上もの長さが加わっちまう。

 だがロシア人は1970年代に、「キャプティヴ・ピストン」というおそろしい発明を、暗殺拳銃用になしとげていたのだ。
 これは、発射薬の燃焼ガスの膨脹が、薬室から前方(すなわち銃身の方向)へは、少しも漏れ出さぬようにしたものだ。だから銃身内にはガスは入らない。
 とすれば、そのガスが銃口において急に大気中に拡散して「パン」という大きな音を立てることもない。したがってサイレンサー自体が不要なのだ。
 拳銃名を「PSS」といった。

 想像するとよい。太く短い薬莢だけを前後さかさまにして、長い薬室に装填する。その薬莢のケツには小さな弾頭部が接着されている。
 薬莢内の発射薬が点火されると、薬莢は後ろ向きに前進するが、薬室の先端部(銃身の尾端部)で、前進は阻止される。片道運動のピストンのようなものだ。しかしその急激な運動エネルギーは、薬莢のケツに接着された弾頭がひきとり、小さな弾頭だけが銃身内を前進・通過し、ターゲットの人体に向けて飛翔する。
 現場に空薬莢が転がることもないし、ポケット内からでも発射ができるし、スパイの暗殺用拳銃としては、メリット大であった。

 このPSS拳銃を試射して発射音を計測したところ、9ミリのグロックの1/6であり、また、0.22インチ口径拳銃の1/8であったと。

 「PSS」拳銃は2011年に改善されて復活し「PSS-2」と称されている。その実包は非常な高額だそうである。「MTs-116M」は、その特殊実包を12.7ミリに応用した。