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兵頭 二十八

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コンテンツ[兵頭二十八の放送形式]移転のお知らせ
2005/12/19(Mon) 21:54:26

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(管理人 より)
 コンテンツ[兵頭二十八の放送形式]は下記のURLへ移転しました。
http://sorceress.raindrop.jp/blog/


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誤字の訂正とおわび
2005/12/17(Sat) 18:16:05

 今日、ピーター・パレットの『クラウゼヴィッツ』の文庫版の見本が中央公論社から届いたのですが、やべー、誤字があるぜ!
 兵頭の巻末解説の552頁のところ、「倣岸な」とあるのは「傲岸な」の誤りですので、この場でお詫びをして訂正しときます。
 言い訳をさせてください! 小生のワープロで「ごうがん」とひらがな入力して漢字変換しますと、なぜか「倣岸」になります。ハルク・ホーガンじゃねぇっつーの。皆さんのワープロは大丈夫ですかい? まあ、それをゲラで読み飛ばしてたのがマズいんですけども……。最近どうも目が悪くなっちゃって……。
 しかしこれもシナ人の手の込んだウィルス攻撃の成果だったりして……ンなことありましぇんてか。
地デジは来ない
2005/12/16(Fri) 06:17:29

 映画館で数百人が一斉に同じものを観る──この大衆的な楽しみを、数百万人規模に拡大したのが今のTVです。

 日本は米国やロシア等と違って国内に時差がありません。しかも新規放送局の許可枠がUHF時代やケーブル時代になっても不必要に統制的でした(それを利権に変えていたのが旧田中派郵政族)。
 地方局は中央キー局の系列として(しばしば同時刻に)同一コンテンツを放送するだけでした。

 つまり、真に多チャンネルを実現したCS局が増え、インターネットが普及した90年代後半まで、日本の大衆はかなり濃密に同じ電波で一斉に操縦されていたようなものだと言えるのです。毎日、数千万人が同時に同じものを視せられていた。

 これが近代自由主義にとって好ましい事態であったわけは無いですよね。戦後の呪縛は、寡占媒体である新聞とテレビとによってあざなわれていたでしょう。

 ポッド・キャスティングは、数千万人が(臨時ニュース以外の)同じものを同時に視るという戦後日本の病的風物を最終的に終わらせてくれると期待します。
 またもちろん、ことし有名になった株式投機家氏がもし「ITの今後」を本当に想像できる人物であったとしたら、既成テレビ局の買収などに最初から興味をもつことはなかったでしょう。
 「地上波デジタルTV放送」の全盛時代は、自由主義経済の国である日本には、来ません。


 ところで、日本財団というところが、他団体に対する支援チャンネルを持っていることはご存知のことと思いますが、問い合わせてみたところ、助成対象は「法人」のみだと判明しました。「法人格なき社団」は助成対象とはなりません。
 しかし年に一回、新聞で、助成を望む「公益・ボランティア」団体を公募しているそうです。「史料英訳会」は、たぶんこれには応募できるでしょう。わたくしは新聞をとっていないので、広報が出ましたら、どなたかお知らせください。
 なおまた、ネット上のみのボランティア活動でありますところの「篤志つうじ倶楽部」は、徹頭徹尾、手弁当主義で参る所存です。
懐かしい話など
2005/12/15(Thu) 07:56:41

 おととい、高田馬場のBIGBOX前のすこぶる行き届いたビジテルに泊まったんですが、この向かいの変な名前のビルの中には昔、「レーザー・クレー」の射場があったんです。これをやったことのある人はどのくらいいるのでしょうか。

 早稲田の大学院で江戸時代の朱子学研究について勉強している方から「朱熹のオリジナル・テキストでは言われていないようなことが、後世の朱子学批判者や祖述者によって創られ、それが世間に『朱子学』のイメージとして広まっている事例が少なからずあります。カギ括弧付きの『朱子学』を、本来の朱子学であるように語るのは学問的に軽率です」と、ご叱正を頂戴しました。
 まったく仰るとおりだと思いましたので、これからは兵頭はシナあるいは朝鮮の行動様式を「朱子学だから」と括ることはせず、「シナ人流の宣伝体質により」とでも言うようにしましょう。おそらく宋代以前からもうその宣伝体質はあったはずですからね。

 函館空港で除雪を待つ間に買って読んだ週刊新潮に「チャンネル桜」の水島社長についての記事が載っており『この書き方は半分、応援か?』と思っていたところ、もうちょっと深い「プロット」だったようで、驚いております。キャスターへのストーカー行為でクビにされたアシスタントの一スタジオ労働者が垂れ込んだ情報を元に社外のよくわからない独立ライターがまとめた記事と聞きました。有名人はこの程度の「加工中傷」には慣れなければいけませんが、ただの個人と違いますのは、弱小放送局といえども「総務省(旧郵政省)」から免許をうけ、銀行からは社長の公的信用で融資を受けて営業している立場であることです。週刊誌に放送事業者の中傷記事が載れば総務省の役人は「これは事実なのか?」と当人に問詰することになるでしょう。それは弱小放送事業者には良く効く打撃なのです。どうも記事と同時に総務省に「水島の記事について確かめなくてよいのか」という連携プレイの注進もなされたのではないかと疑います。「プロの工作」が行なわれたようだと直感しました。ちなみに週刊新潮といえども売れてナンボの競争商売であります。何かの立派なポリシーに編集部一丸で殉じているわけではありません。

 プロットといえば西村議員のその後がどうなっているのか良く分かりませんが、西村氏が逮捕されたのは小泉氏の胸中に「ふたたび総選挙→続投」という意思のぜんぜん無いことの現れだろうとも想像します。小泉氏はごじぶんが辞めたあとで西村氏の人気が出てきて、あとから成り上がった西村氏により過去の自分がさんざんにぶっ叩かれる(現在のハシモト氏やミヤザワ氏やナカソネ氏……etc. のようになる)という想像に、堪えることができなかったのだと思いますよ。

 HP「篤志つうじ倶楽部」に、新しいコーナーが増えます。
 一つは「この本を是非、抄訳&紹介すべきだ」という日本語によるリスト。過去にファンサイトの掲示板にご投稿くださった方々、お手数ですが、あらためまして、よく整理した情報を、こちらの方にお書き込みください。
 もうひとつは、良文献を日本語でかいつまんで紹介するコーナーです。これによって、要約作業と翻訳作業を1人で兼業するのではなくて、分業することが可能になるでしょう。
リンクはご自由にどうぞ。
2005/12/14(Wed) 19:40:03

 リンクがゼロなのでグーグルで検索しても「篤志つうじ倶楽部」が出てこないという苦情を頂戴しました。
 すいません。
 HP「篤志つうじ倶楽部」は、リンク・フリーです。
 その際、リンクの通知等はいっさいご無用です。どんどん張ってください。
 よろしくお引き立ての程を。
ていせい。
2005/12/12(Mon) 14:18:55

 JRの湘南新宿ラインと埼京線(この2つはつながっているらしい)は、新宿と池袋の間はノンストップだそうです。
 つまり高田馬場駅は通過してしまうのだそうです。
 やはり地方から東京に出て行くのは無理なのか……。
地方の方へお知らせ
2005/12/12(Mon) 05:27:05

 かねて広報がなされておりますように、12月13日(火曜日)の夕方16時台(午後4時台)から18時ころにかけまして、東京都内の高田馬場[たかだのばば]というところで兵頭が講演をいたします。

 このたびの「篤志つうじ倶楽部」や「史料英訳会」の趣旨につきましても、ご説明をさせていただこうと思っております。

 高田馬場には、横浜方面からは「JR湘南新宿ライン」、大宮方面からは「JR埼京線」、西船橋方面からは「営団地下鉄東西線」が、それぞれ直通しています。

 もちろん、JRの品川駅、東京駅、秋葉原駅、上野駅、西日暮里駅、池袋駅、新宿駅、渋谷駅、目黒駅などから「JR山手線」に乗ってしまえば、どちら回りでも、45分以内でかならずたどりつけます。

 電車およびバスは夜遅くまで各主要駅方面へ頻発していますので、帰りの交通機関の心配は、あまりありません。

 会場ですが、早稲田大学の大隈講堂[おおくま・こうどう]という講堂です。周辺は都市部の市街地ですので、この講堂を、遠くから目で探すことはできないでしょう。これまでそこに一度も行ったことのない方は、高田馬場の駅前からタクシーを使うのが、迷うことなく、早いです。

 会場の講堂は一般道路に面しており、早稲田の学生でない一般の人も、老若年齢に関係なく、ぶらりと立ち寄ることができます。当日は入場無料です。遅く入場されますと、講演そのものは終わって、質疑応答の時間に入っていると思います。
ワン・スクールの私立小学校はなぜありえない?
2005/12/11(Sun) 17:10:59

 日本は朱子学儒教圏ではないのが真の救いですけれども、学習塾の流行という点では某半島と同じであるのが後進国的で暗い現実といえるのではないでしょうか。児童が私塾に通っているのなら、小学校の相当学課授業は融通単位で全欠席が認められても良いはずですし、私立小学校がある地域には、そもそも進学塾は必要がないはずなのです。
 どこか、文科省の役人の決めている制度が、不合理で不自由なのではありますまいか。
 某韓国では宿題がどっちゃり出る代わりに夜中の10時まで学校の中に残って有料で補習を受けることができるようになっている小学校もあるようです。なぜ日本の私立小学校でこれができないのでしょうか?
 某米国では小学生用に家庭教師は普通にいますが塾は例外的のようです。それで米国の複数の最高レベルの大学では日本の東大以上の水準を実現しており、毎年ノーベル賞の受賞者を出していることを、わたしたちはどう考えるべきでしょうか。
せんでんせん
2005/12/10(Sat) 08:57:54

 ──山本五十六は、「20ミリ機銃」に執着するあまり、けっきょく「三国同盟」を承認したのではないか? その点では米内とは大いに違う立場ではなかったのではないか? ──といった大きな疑問をもしお持ちの読者がいたら、是非『パールハーバーの真実』の文庫版をお買い求めください。
 三国同盟を陸海軍人に必要視させた最大の理由は、「アメリカから買えなくなった航空機の設計および量産に関連した諸技術をドイツから買えること」です。山下ミッションの山下が山本とこの点について語らった史料が出てこないか、それが気になっていますが、どうも出てきません。
 山本(明治17年生まれ)も山下(18年生まれ)も東條(17年)も、「航空本部長」を無事つとめた上で、首相レースに臨もうとしていました。米内(明治13年生まれ)はそうではありません。この、たった4年の違いは、とても大きな違いだったのです。
 『パールハーバーの真実』は、げんざい、書店の文庫本コーナーにあります。版元はPHPです。
よい博奕だったミッドウェー海戦
2005/12/09(Fri) 13:11:51

 源田實は、「日本の空母は6隻まとめて運用することで、艦隊上空の戦闘機による直掩が成り立つ」と、真珠湾の前から結論を出していました。
 それにもかかわらずなぜ山本五十六はアリューシャン作戦(ダッチハーバー空襲)に軽空母の『龍驤』と『隼鷹』を分派してしまったのか? つまり、珊瑚海で損傷した5航戦(『翔鶴』『瑞鶴』)の穴埋めに『龍驤』『隼鷹』を同道させてやるのが「集中の原則」に最も適っていただろうに……というわけです。
 この疑問には海軍人も誰も答えておらず、戦後の評論家は「愚かな失策」だと決め付けます。

 しかしさいきん兵頭は、これは愚かではなく、考え抜かれた必然の選択だったと思うようになりました。山本はおそらく日本海軍の通信がぜんぶ解析されていることをMI海戦のずっと前から知っていたのでしょう。もし6隻まとめてMI方面に押し出していけば、数で劣勢の敵は勝てないと察知して逃げてしまい、またしても「決戦的海戦」には応じてはくれないことになるだろう、と山本は正しくも判断したのでしょう。

 1944年になれば『エセックス』級が続々と就役してくることは、1941年末時点の日本のオタク少年たちですら月刊『航空朝日』などを読んでよく知っていたことです。また、珊瑚海海戦は「日本の戦術的勝利」などといわれますが、もともとパイロット数の分母が米国に比べて桁違いに少なく(だいたい自動車の運転をできる奴がいない)、しかも日本の参謀本部と軍令部は第一次大戦後も「日本の戦争=短期戦勝利」と考えてきましたから、たった数十人のベテランパイロットの損害は、それだけで日本海軍全体にびっこをひかせるに十分だったのです。つまり、もし珊瑚海式の「戦術的勝利」をあと1、2回も繰り返したら、日本海軍は1944年を待たずして、ベテランパイロットをリカバー不能なまでに減らされ、「決戦」の能力を喪失していたはずなのでした。
 海軍に対米戦勝利の可能性がなくなるということは、日本の戦争指導は爾後は陸軍だけがとりしきるということになります。それは昭和天皇が皇室の滅亡につながるとして最も怖れた「対ソ戦」の開始を意味していました。海軍と天皇は「陸軍に対ソ戦を始めさせない」という一点では終始「共闘」していたと思います。

 だから山本には急ぐ理由がありました。
 『龍驤』と『隼鷹』を北方に送り出したのは、米軍の信号分析チームに対して「日本は『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』の4空母だけでMI海面まで出て行く。おまえたちには2隻か3隻の空母でわれわれを阻止できるチャンスがあるだろう。もし邀撃をしないで退避すれば、ミッドウェー島はいただく」と知らせたのです。

 ですから、MI上陸部隊を連れて行ったこと、MI島爆撃をしたことが間違いだという後世の評論家の方が間違いです。このスキームでなければ、敵はわざわざ不利で不必要な決戦に応ずる必要はないわけです。彼らは1942年2月〜3月の、ウォッゼ、クェゼリン、マキン、ヤルート、ウェーク、南鳥島、ラエ、サラモア空襲のようなヒットエンドランを続けながら1944年を待てばよかったからです。このヒットエンドランでは、いずれも日本軍は米空母を捕捉できませんでした。会戦するかしないかのイニシアチブは、米軍にあったのです。
 しかしハワイに近いミッドウェー島を占領されることは、彼らは座視できません。

 こうして3隻の敵空母が決戦海域に誘い出されたのです。山本の博奕は大成功しましたが、南雲の魚雷主義は失敗しました。
 以上は、現在書店に並んでいる兵頭二十八著『パールハーバーの真実』(PHP文庫)を御買い求めになりますれば、より一層理解が進むでしょう。

 ところで18世紀にできた合衆国憲法案には「遡及処罰法 ex post facto law は制定してはならない」(1条第9節3項)と明記されていました。200年以上前から近代市民法の常識であることが、朱子学的世界、すなわちシナや韓国の政府および議会には、永久に分かるつもりもないということが推知されます。

 合衆国憲法案には反逆罪も規定されています。すなわち合衆国に対する反逆罪を攻勢するのは「敵に援助および助言を与えてこれ(合衆国に対する戦い)に加担する行為」だとしてありました。これを犯した者に対する罰が、古い英国の刑罰である「血統汚損 corruption of blood」です。具体的には、その人一代の財産が没収 forfeiture され、その人には相続権も被相続もなくなり、すべての地位が奪われます。この規定は英国では1870年に廃止されましたが、多くの国の不文の掟として、反逆罪を犯した者の子孫は「将校」にはなれません。
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