update:2006/10/4

没シナリオ大全集 Part 11

◎コメント

 このシナリオは、某社のマンガ企画のために、2006年の9月下旬の約半月を使い、特急で書き上げたものです。
 しかし担当編集者氏が気に入りませんでした。書き直してくれといわれましたが、わたしも他にやりたいことがあるため、時間とモチベーションの双方から無理だと判断し、このコーナーに提供します。
 担当編集者氏の欲している内容とは、「まわりの4カ国が核武装しているのだから、日本も核武装するのだ」という説明であるようです。
 大国の日本が核武装にふみきるという国際的に大きな影響が必至のイシューが、大衆雑誌レベルのいいかげんな世界認識に基づく、幼稚な自己都合の表明だけでクリアされて行くと考えているのでしょうか。そんな舌足らずの解説をマンガで宣伝していたら、日本の精神的な地位が下がるだけじゃないんですか?
 また皆さまご承知のように、兵頭は「北鮮は核武装などしていない」と前々から言い続けているわけです。しかしこの編集者氏はどうやら原作者のこれまでのオピニオンをフォローもしていないらしい。それでも企画を兵頭にまる投げしますというのならば結構だが、まる投げもできないというのであれば、もう別な人に書いてもらうことをお勧めするしかありますまい。
 わたくしの見ますところ、核武装すべきかどうかの国民の判断は、世界の現実が誘導してくれますので、べつに評論家が誘導しなくったって良いのです。評論家の仕事は、日本人の精神の中にある病気の指摘です。そこからさらに進んで、「パシフィスト」の婦女子をどう説得するか。これが、これから求められる作業だろうと思いますよ。
 さてところで、「ソ連の核に対するアメリカの傘」は、あったんでしょうか? これは「シナの核に対するアメリカの傘」よりは、リアルに日本の上にさしかけられていたと兵頭は考えます。米空軍と米海軍の日本国内の基地を、ソ連は「やるか、やられるか」の核戦争時に、無視することができませんでした。アメリカも、日本の経済力とソ連の核戦力の結合を阻止しなければならず、ソ連の日本に対する直接/間接侵略を黙過することはできなかったでしょう。
 ところがシナの核はアメリカにとってまだ現実的な脅威ではない。だからこそ、日本人は、シナが対日間接侵略の道具に核を使ってきた場合には、アメリカの傘をまったくあてにはできないのです。「シナが核武装しているから、日本も核武装する」という必然性を、不勉強な編集者氏も含め、すべての日本人が共有しませんことには、世界の核戦略エスタブリッシュメント達に対する大人の説得力として、まずゼロでしょう。

<日本核武装>の風景

原作/兵頭 二十八

○暗く無機質な廊下の隅(実は近代的な産院内・夜)

 廊下の隅、一人の男がポツンと事務用パイプ椅子に腰掛けて、床をじっと眺めている。
 深くうつむいたままの、会社帰りという服装の佐藤幸一(39才)。
 佐藤、フト顔を上げると、非常口案内灯の光がその横顔を照らす。
 佐藤の正面の廊下の壁にある大きな鉄製引き戸がガラガラと向こう側から引き開けられる。

看護婦「(無表情に)佐藤さん……?」

佐藤「ハイ」

看護婦「どうぞお入りください(と、背を向ける)」

佐藤「(呆然と)あ……はいっ(立ち上がる)」 

○扉の向こう側の室内

 空のベッドが4床ある、照明が暗く抑えられている妊婦の待機室の脇を、看護婦がスタスタと通り抜けていく。佐藤はその後を追う。
 前方に、非常に明るい部屋が見え、光り輝いている。分娩室である。

声「イタタタ……!」

声「あと少しですからね!」

○分娩室

 中央の分娩台に佐藤の妻・みのり(35)が仰臥し、脂汗を流して苦悶中。
 室内にはいろいろな電子的モニター、薬品の壜、手術器具など。
 分娩室の後方には新生児室への出入り口が通じており、ガラス窓越しに、その新生児室の新生児の様子が一部、見える。
 医師と助産婦が二人がかりでもうすぐ取り上げようとしているところに佐藤がとまどいの表情で入ってくる。

助産婦「がんばって、もう一回いきんで、ハイ!」

看護婦「(みのりの汗を拭いて)奥さん、だんなさんが来ましたよ」

佐藤「(その汗拭きを受け取り、みのりの頭の上から目を覗き込んで)みのり……、ここにいるからな!」

みのり「(さいごのふんばり)う〜〜ん!」

医師「(何かを助産婦に手渡しながら淡々と)ご主人、まだこちら側には来ないでくださいね」

佐藤「エッ……もう産まれた…ん…ですか?」

医師「(看護婦に小声で)午後9時37分」

 看護婦、カルテに時刻を書き込む。
 みのりは荒く息をついでいる。
 助産婦は嬰児を抱いて新生児室へ行ってしまう。

佐藤「……!」

 佐藤の感動の表情に、おくるみに包まれた子供の泣き顔、達成感と激しい疲労の混ざった妻の顔、などのコラージュ。

○十数分時間経過・産院一階の、誰もいない暗い広い待合室

 壁の時計の針は夜の10時過ぎを指している。
 「0歳児の予防注射について」などといったポスターが複数、そこここの壁に貼られている。
 自動販売機と非常口案内灯だけが明るく、他はまっ暗に近い。
 「××レディスクリニック」と裏文字のペイントが読めるガラス越しに、夜の大都会の景色が見えている。通行車両のライトが遠く近く、交差している。
 佐藤はそのガラスに正対し、病院すぐ前の道路での夜間工事の模様を見るともなしに眺めつつ、田舎の実家に携帯電話をかけているところ。

佐藤「あ、お袋? オレだよ、幸一。生まれたサ、9時37分! ……そう女の……」

 とつぜん、目をあけられないくらいのまぶしい閃光。
 広い無人の待合室が昼間のように見え、さらにフラッシュオーバーで真っ白に。
 ガラスが割れて粒状になって飛散する。
 佐藤、思わず床に倒れる。

○夜の街の俯瞰

 まるで原爆の爆発のようにも見える「きのこ雲もどき」が立ち昇っており、下のほうでは炎が渦巻いている感じ。
 ドーンという大きな響き。

○翌日の午前・都内の高架道路沿いに達つ、中堅ゼネコンの10階建てカーテンウォール構造の自社ビル・全景

 高架道路上には車が数珠つなぎに走っており、平和な日常と分る。
 ビルの「チューケン建設」という社名ロゴの入った看板、プレートなどが読める。
 その玄関にはリーマン、OLが普通に出入りしている。

○同ビル内の某フロア
 高架道路の見えるカーテンウォールを背にして佐藤の上司の岸田(47)がワイシャツ姿で椅子にふんぞりかえり、新聞を大きく広げて読んでいる。
 机上には「岸田太作」のネームプレート。
 新聞の大見出しには、「東京大田区の工事現場で不発弾爆発」。中見出し:「作業員2人死亡、12人が大火傷」。小見出し:「第二次大戦中の大型焼夷弾か?」。

岸田「(新聞をパタッと伏せて)佐藤、たいへんだったな。奥さんは無事か?」

 立って紙コップのコーヒーをすすっている佐藤は額に絆創膏を張っている。

佐藤「いやもう産院じゅう大騒ぎでしたよ。どっかの国の核ミサイルが落ちたんじゃないかってね。ハハハ……」

岸田「(腰を浮かせ、椅子にかけていた自分の背広を掴み)通行人や近隣さんに大きな被害が出なかったのが救いだな。オレたちゼネコンには他人事じゃない」

佐藤「ウチのカミさんはボンヤリしてましたが、今日が予定日の人なんかは冗談じゃないと思いますよ。ホントにムカツキますよ」

岸田「寝不足のところ朝からすまんがな、佐藤。今日は予定を変更して、地下駐車場へ来てくれ。五分後にな(と、自分は悠然とどこかへ歩み去る)」

佐藤「(怪訝そうに)はい、部長……」

○チューケン建設ビルの地階・駐車場

 佐藤がキョロキョロしながら、柱の林立する駐車場のまんなかを歩いてくる。

佐藤『部長はどの車で出かけるつもりなんだろう……って、もう五分過ぎてるし?』

 急に、柱の陰から専務の仁科(59)が現れる。

佐藤「(ギクッとして)あっ……おはようございます、せ、専務!」

仁科「佐藤主任だね。今日は昼すぎまで僕につきあってもらうよ」

佐藤「ええっ? あの……岸田部長がまだ……」

仁科「彼は来ない。さあ、こっちだ(と駐車場の壁の目的不明の鉄トビラを開けていざなう)」

 トビラの裏側には暗がりが広がっている。直径数mもある巨大な集合配管がある。その脇は点検用の通路になっている。

佐藤「(入って驚く)このトビラの裏はこんなふうに……今日まで知らなかったんですけど……」

 きしみ音とともに鉄トビラが閉められ、音が反響する。

仁科「(手にした懐中電灯をかざし、佐藤に顔を近づけ)当プロジェクトの相談は、常に上司と部下が「一対一」の場でする。三人以上いる所では、プロジェクトの名すら口に出すことを禁ずる」

佐藤「は……はあ? あの……「プロジェクト」って?」

仁科「(暗がりの中を歩いて行く)キミがこのきまりを破れば、岸田部長はそれを私に報告し、キミはクビだ。お嬢ちゃんは0カ月。奥さんは緑内障だそうだね? マンションのローンは確か……」

佐藤「ちょ、ちょっと待ってください!」

仁科「……つまり昨日からキミにはじゅうぶんな「信用」ができたのだよ(バチンと壁の配電盤のスイッチを入れる)」

 トンネル内に照明が点灯する。ものすごく長い斜坑(スロープ)で、中央に巨大な集合配管。「大深度地下集合配管・首都×××−×××号」という小さなマーキングも読める。その脇は点検用通路。奥には分岐点や壁の鉄扉もいくつか。
 他に、側溝、天井の配線なども見える。
 すぐ近くに小型の電動カートが置かれている。

仁科「乗りたまえ。この先が少し長い」

○黒バック・少し時間経過

佐藤の声「……ええっ、耐核[たいかく]チューブ? まさかその「核」って……核戦争のことっすか!?」

○狭いトンネル内を静かに進むカートの上

仁科「(運転しながら)(東京大空襲のイメージがバックにダブる)意外かね、防災工学の素人ではないキミが? 関東大震災のあと、行政が、日本の都市を不燃化させていたなら、第二次大戦の空襲被害は十分の一で済んだはずじゃないか」

佐藤「でも専務、広島の爆心の「原爆ドーム」は、あのとおりの廃墟ですが……」

仁科「(前を向いたまま)建物は蒸発したかい? 天井は壊れた。が、壁は今も残っている。あそこから150m離れたビルの地下一階にいた人が一九八三年まで健康に生存したよ。シェルターは有意義だ」

佐藤「でも……今はもっと破壊力のある水爆の時代です」

仁科「(爆発事故時のデジャブがバックにダブる)昨晩、キミは病院で事故に遭遇したね? もしあれが特殊な焼夷弾[しよういだん](*)でなく普通の爆弾(*)で、大怪我をしたとしよう。キミは、子供と奥さんを放置したか?」

(*)欄外註:少量の火薬と、火事を起こさせる燃料をたくさんつめた爆弾のことで、第二次大戦中にアメリカ軍はさまざまな型式のものを日本に投下した。ただし戦後、大型焼夷弾の不発弾が大爆発した例はありません。

(*)欄外註:主としてTNT炸薬が充填されている投下爆弾。衝撃波と高速鉄片によって人を殺傷する。

佐藤「(新生児室にかけつけた昨夜の自分の姿がバックにダブる)まさか…! 死んでも家族は守りますっ!」

仁科「新総理の考えもキミと変わらんのだ。異常な外国が核ミサイルを発射したときに、その威力が大きいことは、日本国民の退避・生存方法を考えないで良い理由には、ぜんぜんならないだろう?」

佐藤「……!!」

 そのとき、カートがある空間の脇を通過する。
 暗がりでよく見えないが、倉庫のようなスペースで、その中に、おびただしい数の鉄製のベッドや、赤十字マーク付きのコンテナが、整然と、うずたかく積み上げられている。

仁科「これは東京がミサイル攻撃されたとき、地下鉄その他に治療所を設けるための資材だ。ロンドンでは第二次大戦前からこのくらいの準備はすませていた」

 カートは倉庫のスペースを通過する。

佐藤「……!!」

仁科「私の父は一九四五年八月九日の長崎にいた。その二年後に私が生まれた。長崎原爆の威力は広島の一・八倍あった。しかし長崎の火災発生面積は広島の四分の一。死者は三分の一だよ。核兵器の危害力は、受ける側の条件しだいで変わるもんだ」

【挿入解説文】●核兵器と通常兵器の違い

 広島の原爆と同じ破壊殺傷は、TNT爆薬325トンと、焼夷弾1000トンを使えば再現できるだろう、と計算されています(米原子力委員会編『THE EFFECTS OF ATOMIC WEAPON』1951年3月邦訳版)。しかし当時の爆撃機はいちどに7トンの爆弾しか運べませんでしたから、それはとても即興的にはなしえない規模でしょう。
 1975年から1978年にかけ、中国の支援をうけてカンボジアを支配したポルポト政権は、自国民を200万人以上も虐殺しています。使われた武器は小銃だけです(この虐殺を告発した1984年のアメリカ映画『キリング・フィールド』の主演俳優は1996年にロサンゼルスの自宅前で何者かに銃で暗殺された)。何年も時間をかけるのであれば、小銃だけでも数百万人もの虐殺ができるでしょう。
 第二次大戦中、ドイツはイギリス軍とアメリカ軍の爆撃機により、約3年間に170万トンの爆弾を落とされ、30万5000人の死者を出しました。ちなみにドイツには、原爆は落とされていません。
 そしてやはり1941年から1945年にかけ、日本はアメリカと大きな戦争をし、激しく爆撃されました。
 日本がアメリカに降伏することを決定したすぐあとの1945年8月24日に「防空総本部」が発表した統計があります。アメリカ軍が投下した爆弾による日本本土内の総死者数は26万人で、そのうち2発の原子爆弾によるものは、あわせて9万人でした。
 26万から9万を引いた残りの17万人は、通常爆弾(普通の爆弾や、焼夷弾)による被害者。さらにそのなかの10万8000人は、1945年3月10日の「東京大空襲」による都民の死者だった──と見積もられました。
 (即死しなかった数を加えると、広島の死者は14万人になったとする計算もあります。また1970年に発足した「東京空襲を記録する会」の早乙女勝元氏は、広島と長崎の2発の原爆および3月10日の東京大空襲を除いた「それ以外の空襲損害」で10万人が殺されたと、おおよそ見積もることが可能だと結論しました。)
 つまり、通常兵器でも、核兵器以上の危害を、大都市の住民に与えることは可能です。が、それには、とてつもない大がかりな準備の作業を必要とするのです。「東京大空襲」の場合、1700トンの焼夷弾を運搬するために、三百数十機のB-29重爆撃機を飛ばさねばなりませんでした。とうぜん、攻撃する側の人的・物的コストも大きく、東京大空襲ではB-29が12機撃墜され、42機は大破してスクラップになったのです。また、もし日本の都市がベルリンやロンドン並に不燃化されていたなら、東京大空襲と同じ損害を与えるのに、アメリカ軍はその数倍のB-29を集めて飛ばさなければならなかったでしょう。(日本全体では、ドイツの十一分の一の16万トンの通常爆弾を落とされただけですのに、都市が可燃であったために、ドイツと大差のない被害規模になってしまった。)
 これに対し、現代の核兵器(原水爆)による攻撃は、大規模な準備作業を必要としません。実行命令が出されたら、そくざに実行されます。準備が簡単であることは、「即興的[そつきようてき]」に使用命令が出される可能性を生むでしょう。
 しかも、それが都市に対して使用されれば、何万人も殺されることは確実なのです。そのように各国からみなされている兵器は、今日でも、核兵器だけです。たとえば毒ガスや、病原体などを用いる特殊兵器は、非常に複雑な直前の準備を必要とし、しかも負傷者数に比べて死者数が少なかったり(松本サリン事件では死者7名、地下鉄サリン事件では死者12名)、効果が出るのに長い時間を要したり、あるいはほとんど効かなかったりします(松本サリン事件では、障子1枚だけ閉めて寝ていた世帯が、無事だった)。
 核攻撃の特徴は、地上にいる住民に逃げる暇がほとんど与えられないことです。核以外の空襲では、逃げる暇があります。じじつ、東京大空襲での単位面積あたりの死者数は、広島の三分の一、長崎の四分の一で済んでいます。


○時間経過・首都地下の某地点

 ガタン、と電動カートが停止する。別なトビラの前である。

仁科「今日の説明は終りだ。(トビラを親指で示し)この上で昼飯でも喰って、社に戻りたまえ。明日の指示は、また伝える」

佐藤「(カートを降り)せ、専務……。自分にはイマイチその「プロジェクト」の全体像が、よくわかりません」

仁科「わが社が分担しているのは「プロジェクト」の防御面……しかもそのごく一部だ」

佐藤「えっ……てことは、もしかして「攻撃面」もあったりするんスか?(バックにICBMの地下サイロからの発射シーンがダブる)」

仁科「私の口から言えるのは……キミと同じように戦後教育を受けてきた各分野のスペシャリストが「プロジェクト」の主役になる。だから頼んだよ、佐藤主任(と、カートを運転して、トンネルの分岐線の暗闇の中へ消えてしまう)」

佐藤「ど、どうもお疲れさまです、専務!(と、暗闇に向ってお辞儀)」

○トビラの内側(じつは都心の某デパートの地下の廊下)

 鉄トビラがギギギ……と開けられ、佐藤が中をそーっと覗き込む。
 佐藤、少し安心して、汗をふきながら、脱力した様子で中に入ってくる。

佐藤「(数歩進んだところで、あっと驚き)こ……ここは……!?」

○デパ地下の展望

 開店後1時間ほど経って来客も多い、食品売り場とドラッグストアその他もある、某デパートの地下の賑わい。
 婆さんもいれば子供もいる。

佐藤の声「デパ地下だ!!」

【挿入解説文】●公共核シェルターと地下トンネル網

 現代の核ミサイルは、都市に落とすときは、地表から一千m〜数千mの上空で起爆させ、クレーターをつくらないようにプログラムされます。クレーターが掘られるほど低い高度で爆発させますと、火球が地面を蒸発させるときに大量の熱エネルギーが奪われてしまい、また熱線をさえぎる陰も生じて、広い面積に破壊力を及ぼすことができなくなるからです。上空で起爆させれば、地表からはねかえる衝撃波と、起爆点からの衝撃波との合成力により、水平方向への危害距離はほぼ倍増するのです。
 また、どの国も核爆弾を無限にたくさん持っているわけではありませんので、敵国の首都に配分される核弾頭の数は、4発くらいです。(「不発」や「外れ」の確率もゼロではないため、3〜4発を集中することで「保険」にもしています。)
 これは何を意味するかというと、爆心の直下ではシェルターも無傷ではすみませんけれども、爆心から3km〜4km離れますと、ただの地下駐車場のような施設が、メガトン級水爆に対しても、シェルターの代用機能をはたしてくれるのです。
 日本国政府および東京都知事は、都心のいたるところに、公共の地下駐車場を整備すべきでしょう。特に病院や官公署の駐車場は、地上式では防災の役に立たないのではないかと心配されます。
 地下鉄のトンネルや、下水道・共同溝なども、大都市が核攻撃をうけたときに、住民が安全に郊外に避難するための緊急の通路として、たいせつです。


○その日の夕方・産院・全景

 工務店による壊れた窓ガラスの張り替え作業が終わりかけている。

○産院内の廊下

 ストレッチャーや看護婦、患者、見舞い人などが歩いている。

○産院内の、カーテンでベッドごとに仕切られた、一入院室内

 ベッドの枕元に、佐藤がドラッグストアで買い込んできた壜入りベビーフードやベビー用品などが散乱している。

みのり「(その一つを、仰臥姿勢でとりあげてしげしげとながめながら)……だからねえ、“0カ月”って書いてあるかどうか、確かめて欲しいのよね」

佐藤「どうもスンマセン……(と、面目なさそうに、手にした買い物袋に“6カ月”以降用の粉ミルクの缶を再収納)」

みのり「あ、これは助かるわ。夜中に小腹がすいちゃって……(と、カロリーメイトを枕元の棚に確保)」

 ベッドサイドのストレッチャー上で赤ん坊が泣き、二人、注目。

みのり「よしよし……」

佐藤「(感心して)本当に赤い顔して泣くんだなあ」

○時間経過・夜・都内の佐藤の自宅近くの路上

 通勤カバンと買い物袋を両手に提げた佐藤が歩いて帰宅の途中。

佐藤「……!!」

 前方から、いかにも路上強盗風にみえる怪しい二人組が近づいてくる。
 その一人の手にはカナヅチが握られている。
 二人組、佐藤を挟むように密着。

路上強盗A「(手まねをまじえつつ)カネカネ……! ハヤク!」

佐藤「わかった、ちょっと待て」

 佐藤、通勤カバンから工事用ヘルメットを出して自分の頭にのせ、もう片方の手に提げた缶入りの買い物袋を半回転させて路上強盗Bの顎をクリーンヒット。

佐藤「こっちは物入りなんだ。テメエの国にはODAが渡ってないのか!」

 路上強盗Bは転倒したが、路上強盗Aは佐藤にカナヅチで殴りかかる。ヘルメットが凹み、ヒビが入る。
 おもわずヨロける佐藤にカナヅチの第二撃が振り下ろされようとする。

佐藤「この野郎……!(と、やはり買ったばかりの「哺乳瓶保温器」の箱を投げつけようとする)」

 急に、路上強盗Aが昏倒する。
 背後に黒づくめのスーツ姿のメガネ男・じつは公安調査庁の鈴木(43)。

佐藤「……えっ?」

 よく見ると鈴木の右手には金属バットが握られている。

佐藤「おい……アンタ……?」

鈴木「(手帳のようなものを呈示し)法務省公安調査庁の鈴木です」

 鈴木の背後から2人の部下らしい男たちも現れ、路上強盗ABの身柄を確保している。部下の一人はプロレスラーのようなガタイである。

佐藤「はあ……??」

【解説のページ】●安全は国の義務

 工事作業現場では、誰もが安全帽をかぶります。でももし頭上に重さ1トンの鉄骨が落ちてきたら、どんなヘルメットだろうとひとたまりもありませんね。なら、「安全帽などムダ」でしょうか?
 わずか5グラムの爆薬でも、それが耳の穴の中で爆発したら人は死にます。ところが5メガトンの水爆が自分から数km離れたところで爆発した場合、人には助かる可能性があるのです。都市の防災は、この安全帽と同じです。諸基準を見直すことにより、まんいち核攻撃をうけた場合の都市住民の助かる率は、飛躍的に高まるでしょう。
 関東大震災のような大地震のエネルギーは、最大の水爆とくらべても桁違いに巨大なものです。が、日本人はあきらめず、世界一厳しい耐震基準と耐火基準を法制化しました。おかげで日本の大都市のビルは、核攻撃の爆風に対して、世界でもっとも頑強に抵抗できるのです。
 政府は有権者から、全国民の安全を保障する仕事を期待されています。国民の一部が自由と安全をあきらめても、政府が自由と安全をあきらめることはゆるされません。


○都内の高級マンション・全景

声「ここはどこなんスか?」

○その高級マンションの最上階にある秘密の部屋の室内

 通信機材やモニターが壁の一面を埋め、中央にはテーブルがひとつだけある、生活臭の無い殺風景な10畳くらいの部屋。
 佐藤は椅子に座って見回している。
 鈴木の部下の一人は入り口ドアの脇で廊下を警戒するように椅子に腰掛けて菓子パンをかじっており、もう一人の部下は機材の前でヘッドセットをつけて通信をモニターしている様子。
 鈴木は隣の狭いキッチンスペースから、コンビニ弁当らしきカツ丼を運んできて佐藤の前のテーブルの上に置く。
 テーブルの上には、ヒビの入った社名ロゴ入りの安全帽と佐藤の通勤カバンと粉ミルク缶。

鈴木「まあ、秘密の隠れ家ですわ。佐藤さん、晩メシはまだだったですよね? 私のおごりでカツ丼どうぞ(と、自分も座ってアイスコーヒーをストローですすりはじめる)」

佐藤「あ、どうも……って、ちょっと待ってよ! さっきの強盗は、まさかオレのことを知っていて……?」

鈴木「(手で佐藤の発言を制し)佐藤さん、三人以上いる場所で<あの話>をしたらいけません。彼らは背後関係はありませんでした。しかし悪質なので利き手を脱臼させて多摩川べりに放ってきました。もう現れんでしょう」

佐藤「(脱力し)少なくともオレよりご承知のようだ。いろいろと」

鈴木「うちらはあなたが大事な秘密を守れるスタッフかどうか確かめろと防衛省から頼まれました。今回はまあ、特別な事故ですな」

佐藤「(荷物を持って立ち上がり)警察じゃないのなら、もう帰ってもいいですよね?」

鈴木「送ります」

○夜の首都高

○走行中のクルマの中

 鈴木が運転し、佐藤は後席で、カバンを抱え、憮然とした表情で黙って座っている。
 鈴木の二人の部下は、いない。
 結構な音量でMDの歌謡曲がずっと流れている(盗聴防止の配慮)。

○路上

 鈴木のクルマがチューケン建設脇の高架の上を通り過ぎる。

鈴木の声「おっ、チューケン建設のビルですな」

○クルマの中

鈴木「大がかりな地下の再開発をうけおうてるのに、株のインサイダー取引をする社員もおらん。さすがは戦前から信用されとるゼネコンですわ」

佐藤「……」

鈴木「(前を向いたまま)これから話すことは私の独り言ですんで、黙って聴いていてください。あなたは「プロジェクト」に参加することでストレスを感じてると思うけど、知らないとこで何倍も心身をすり減らしてるエンジニアが仰山おられます」

佐藤「(おもわず身を乗り出し)それは、攻撃面……核爆弾の開発チームじゃないか!?」

鈴木「(前を向いたまま)はて、いま独り言にこだまが返ってきたような……」

佐藤「(口に手を当てて)……」

鈴木「マトにされる被害者タイプって、ありますわな。こいつは反撃もせん、報復もできんやっちゃと思われたら襲撃を呼ぶんです。怒ったら本当は恐い人でも、不意打ちうけたら殺される可能性はありますし」

佐藤「(チビの空手の達人がチンピラに囲まれている情景を思い浮かべる)……」

鈴木「だから最初から狙われんように、隙のないようにするのが大人の智恵ちゅうことで、アメリカの男子高校生はみんなボディビルしてます。やせた格闘技選手より、太った筋肉マンが、イジメに遭いません」

佐藤「(鈴木の部下のプロレスラー体格を思い浮かべる)……」

鈴木「もうひとつの防衛方法が「報復力がある」と示しとくことです。それは喧嘩するためやのうて、そもそも喧嘩に巻き込まれない上策なんですわ」

佐藤「(黒ずくめスーツのヤクザの集団を思い浮かべる)……」

○佐藤のマンションの前の路上

 鈴木のクルマが停まる。

鈴木の声「つきましたよ」

○時間すこし経過・佐藤のマンションの室内

 隅に「ガラガラ」飾りがもう吊り下げられている部屋。電灯をつけずに、キッチンテーブルに座って、窓から都市の夜景をみている佐藤。

佐藤「……」

 佐藤、買い物袋からミルク缶を出してテーブルに。
 続いて、カバンから、ヒビの入った安全帽をとりだしてテーブルに。
 そのふたつをみつめる佐藤。

【解説ページ】●「フォールアウト」は初期ほど危ない

 核分裂反応によって生じた「灰」や、核爆発により放射能を帯びて舞い上がった土壌が落下してくるものを「フォールアウト」といいます。
 フォールアウトは、爆発から何時間もたってから、はるか風下に降ります。降った直後の灰は、特に肺に入れると危険なレベルの放射能を帯びていますので、住民は、鼻にタオルを当てて避難しなければなりません。地下施設は、フォールアウトを人体から遠ざけるためにも役立ちます。
 最も多量のフォールアウトは、水爆が海中もしくは海面で爆発して、火球が水面下に達した場合に生じることも、知っておきましょう。
 1954年3月1日のビキニ環礁での水爆テストは、海面から2m上に置かれた装置が、計算をオーバーする15メガトン(火球直径5km)の大爆発となり、海底にも直径2km、深さ75mのクレーターをつくり、かつてない大量の「灰」を吹き上げました。灰は、風下にいたマグロ漁船『第五福竜丸』の船体に積もり、まさか放射性があると知らなかった23名の日本人船員が、降った直後の放射能が強いときの灰に皮膚を密着させ、そのため寄港後の9月に1名が病死しました。
 都市に対する核攻撃では、熱線と爆風による危害面積を極大化するために、火球が地表に達しないような起爆高度が選ばれます。その場合、火球の熱がつくる猛烈な上昇流が、核分裂の灰や、連鎖反応しそこなった原料物質を高空まで持ち上げますので、成層圏のジェット気流がそれらを拡散し、フォールアウトが集中して積もる危険な「ホットスポット」は、できにくいと考えられています。
 遠くから運ばれてきて地表に降った放射性汚染物質は、長期的には自然の雨によって洗い流されます。日本は中緯度の先進国の中では世界一多雨な国で、河川も短く急で、すぐに海に注いでいることが、フォールアウト被害からの回復を有利にしています。
 汚染の直後、最も放射能レベルが高いときに、都市住民が地下の通路をつたって汚染の少ない地域に移動できることは、大都市防災上、すこぶるだいじな配慮です。


○チューケン建設ビル・全景・翌日の午前9時

○佐藤の部のあるフロア

 部長の机に岸田。昨日とまったく変わったところなし。岸田が読んでいる新聞の大見出しには「北京でクーデター」。

「岸田(新聞をパタッと伏せて)佐藤、昨日はご苦労さん」

 佐藤は立って紙コップのコーヒーを抱えている。

佐藤「あ、いえ……」

岸田「また急な予定を入れてすまんがな、今日はこの会議を見てきてくれ。報告は要らんよ(と、紙片を渡して自分は悠然とどこかへ歩み去る)」

佐藤「(少し警戒して)はい……」

 佐藤が紙片を見ると、「神奈川山地事業学術懇話会」とあり、開催場所は「座間市××町 (財)焼畑客土研究所ビル」となっている。

○場所移動・座間市内の焼畑客土研究所ビル内

 おなじ紙片を確認して顔を上げた佐藤。すでにそこはチューケン建設とはまったく雰囲気の違う、こぢんまりとした、何かの研究機関らしい建物の1フロアである。
 ガランとしたフロアには誰もおらず、一面の壁に多数のドアが並び、それぞれ小部屋につながっているようだ。
 別の壁には巨大な額入りの、富士山が大噴火している絵が一枚だけ。
 受け付けは無人で、液晶モニターだけがあり、そこに男のオペレーターの顔が映じ出されている。

モニターの案内男「(無表情に)佐藤幸一様、5番のドアからお入りください」

 佐藤の背後で、5番とレタリングされた、ドアノブのない片開きの鉄製ドアが、自動で静かにひらく。

【解説ページ】●首都機能は分散しないとダメ

 北朝鮮の地下鉄駅は、地下100mにあります。それで水爆攻撃をしのぐつもりなのです。
 しかし地下鉄のほんらいの目的は、地上で暮らしている人々を便利に輸送することですから、あまりに深いと、地上と地下の往復に大手間をとってしまい、輸送の効率を悪くします。たとえば南アフリカにある世界一深い鉱山坑道(地下3578m)の場合ですと、現場に降りるだけでも、エレベーターで30分かかるそうです。
 もしも水爆の火球の下端が地表に接するほど起爆高度が低かった場合、中性子によって放射性化された土壌物質がクレーター内壁にガラス状に焼きついたようになり、飛散しませんので、その土地は長期にわたって汚染されることになります。その場合、爆風や熱による被害面積はかなり小さくなるのですが、爆心直下は核実験場のように人が住めなくなってしまうでしょう。
 したがって、東京のように、一国の機能をあまりにも首都に狭く集めているのは、核時代には無責任な政策という他ありません。


○5番ドアの内側の小さなレクチャールーム・俯瞰

 窓が無く、装飾も一切無い。
 中央に椅子が1脚、置かれている。
 大きな映像スクリーンのある壁際に、一人の「講師」が立っている。、
 講師の片耳には、無線機のイヤホンがさしこまれている。

講師「おかけください。講師の田中といいます。佐藤さんに国際政治の話をするよう申しつかっております。もし質問があれば随時どうぞ」

佐藤「(おそるおそる椅子に座りながら)あの……田中さんは「プロジェクト」について、どのくらいご存知なんでしょうか?」

講師「その質問には答えられません」

佐藤「(憮然として)……」

 講師、映像スクリーンのスイッチを入れると、極東地図などが次々に映し出される。

講師「第二次大戦でいったん武装を解除された日本は、朝鮮戦争で再武装することになり、そのときから核兵器の研究も始められていました」

佐藤『(ゴクリとつばをのみこみ)今日は<お勉強会>ってわけだな……』

講師「……が、その前に、中国が核武装した経緯をご承知ですか?」

佐藤「(首を振り)ぜんぜん」

○1950年の中国某所・砂塵嵐

ナレーション「1950年10月・中国──」

○地下の秘密司令部らしき屋内
 国旗、地図、マルクスとレーニンの肖像などが壁に貼られている。
 朝鮮半島の地図は特に大きく、国連軍が鴨緑江に迫っている状況が書き込まれている。
 出入り口には人民解放軍兵士が立哨。
 照明は裸電球で、屋内は薄暗い。
 レトロな野戦有線電話、無線機などあり。
 人民服のスタッフ数名が立ち働いている。
 部屋の片隅のボロいテーブルに着席して頭を抱えているのは、人民服の毛沢東(57)。
 テーブルの反対側には、長距離旅行から帰ったばかりという背広姿の格好の周恩来(52)が立っている。

毛「(テロップ「毛沢東」)(やつれ顔を上げて)周くん、スターリンがこんなドジな奴とは思わなかったよ。なぜ電撃戦で南朝鮮を征服できなかったのか……?」

周「(テロップ「周恩来」)同志、日本のせいです。日本がすぐ近くになければ、アメリカ軍の来援にはもっと時間がかかったはずなのです! 日本の共産党も役立たずで、暴力革命に失敗しました」

毛「ええい、もう遅いわい! (と、立ち上がり)それより我が中国のことだ。スターリンはさらに20万の援軍を出せと言ってきた。それは可能だが、問題はその先だ」

周「左様ですな。アメリカの原爆をぜんぶアジアで消費させてやれという魂胆が見え見えです」

毛「(壁の西欧地図の前で歩き回る)けっきょくモスクワの目標は西欧なのだ。ドゴールが昨年、核武装を決意した。フランスが核武装してしまえば西欧を共産化できなくなる。さりとて今すぐ西欧に電撃戦をしかければ……」

周「米軍のもつ二百数十発の原爆が、ソ連の都市に落ちましょう。ソ連はまだ原爆を5発しか有せず、しかもアメリカ本土を空襲できる飛行機は無いときています」

毛「(着席する)仕方ない。……やろう!」

周「(同じく着席し、机におおいかぶさるように身をのりだして)人民解放軍を、アメリカの原爆の餌食として差し出すと?」

毛「周くん、ソ連の援助なしで我が中国共産党は立ち行かない。スターリンが寿命で死ぬまで、適当に付き合わねば」

周「わかりました。では蒋介石とつながる華南人をかり集めて兵隊にします」

毛「原爆は張子の虎で怖くない、と大衆を教育せよ。中国の人口は多く、アメリカがもつ二百数十発のすべてを落とされても、人民の3%が損なわれるにすぎん」

周「(ニヤリとして)もちろんアメリカはヨーロッパ有事用に原爆をとっておかねばならず、せいぜい半分の50発以下をアジアで使えるだけでしょうな」

○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「当時の原爆は、長崎型からあまり進化していなかったのですね?」

講師「よくご存知ですね。重さが4・5トンもあり、重爆撃機から投下しました。戦前の日本の町のように木造家屋が密集した都市でないと、効果は限定的だったのです」

佐藤「中国の家屋は壁が石造りで延焼に強く、天井や床が燃えても壁が残るので復旧がしやすかったようですね」

講師「その前に、4・5トンもある爆弾は野戦に使えないのですよ。敵の軍隊に対する戦術兵器とならなかった。だから都市に関心の薄い毛沢東は強気でいられたのでしょう」

○ホワイトハウス全景

ナレーション「──朝鮮戦争中のワシントン──」

○ホワイトハウス内の会議室

 トルーマン大統領を中心に、文民のスタッフ数名が、ブリーフィングの真っ最中である。

トルーマン「(テロップ「合衆国大統領 ハリー・S・トルーマン」)どうも中国は、アメリカが数の少ない貴重な長崎型原爆をアジアでは使えまいと高をくくっているようだね。水爆(*)の完成はまだなのか?」

(*)欄外註:核融合反応を利用し、原爆の十倍〜百倍のエネルギーも発生できる爆弾。ただしエネルギーがn倍となっても、爆弾としての危害半径は「nの三乗根倍」にしか増えていかない。たとえば1メガトン爆弾は10キロトン爆弾の100倍のエネルギーを出すが、危害半径は10キロトン爆弾の10倍。


スタッフA「1952年末までにはなんとか……。実験が成功すれば、北京も強気ではいられません」

トルーマン「1年以上も先か……。長崎型原爆の小型化と量産の方は?」

スタッフB「特別な大砲から発射できるほど軽くしたものが1〜2年で完成します。量産に入れば中国軍を戦場から一掃できます」

スタッフC「実験が成功したら、大々的に宣伝させます。いくらモスクワのパシリの毛沢東も、映像をみたらグラつくはずですよ」

トルーマン「早くそうして欲しい。しかしマッカーサーは異常な軍人だったな。ホワイトハウスがもつ核爆撃機の指揮権を要求するとはね」

スタッフA「ええ。スターリンの術策にはまり、原爆を満州の荒野で使い切るつもりだったんでしょうか」

スタッフB「(吐き捨てるように)日本が自分の軍隊にではなしにスチムソン国防長官の原爆に降伏したのが彼のトラウマさ。それで政治家になろうとしたが、朝鮮戦争で、原爆は戦争をなくさないと気づいた。あわてて、日本国憲法の非武装条項は幣原首相が提案した──と責任回避に必死だよ」

【解説ページ】●原爆でヤケを起こしたマッカーサーの憲法
 今の「日本国憲法」は、第二次大戦直後に日本を占領したアメリカ軍のダグラス・マッカーサー元帥が、自己宣伝のために作らせたものです。
 成績優秀な軍人だったマッカーサーは、第一次大戦後に史上最年少でアメリカ陸軍の参謀総長となり、そのあと、フィリピン植民地軍の司令官に再就職しました。
 第二次大戦では米陸軍に復職し、日本軍と戦うよう命ぜられます。
 1945年についにマッカーサーの米陸軍は沖縄を占領します。次は南九州、その次は東京を攻略するはずでした。ところが、以後の作戦が無期延期となります。沖縄戦の途中に、アメリカ本土で原爆実験が成功したためでした。
 8月、昭和天皇は、B-29が投下した原爆に言及し、ラジオで降伏の決意を表明しました。
 マッカーサーはこの事態にたいへんなショックを受けました。彼は自分こそが日本を降伏させて、米国史に不滅の名を残すつもりでいたのです。原爆については何も知らず、広島への投下の10日前に、本国から簡単な予告を受けただけでした。原爆投下作戦は、ホワイトハウスの文民が秘密に指揮をとり、マッカーサー元帥や航空司令官のルメイ将軍などプロ軍人はみな蚊帳の外です。文民が、たった2発の原爆で、戦争に勝ってしまったのでした。
 プロ軍人の価値はもうゼロになった──と、マッカーサーはうちのめされました。そこで彼は、残りの人生を政治家として名を残そうと考えます。
 1945年9月にマッカーサーは日本占領軍の総司令官とされました。彼には、戦犯裁判(東京裁判)で誰を罰するかを選ぶ権力が与えられました。
 マッカーサーはこの立場を最大限に利用し、幣原総理大臣に対し、<天皇を死刑にされたくなくば、オレのいう通りの憲法を採用しろ>と迫りました。なんと草案には、日本はもう軍隊を持たないと規定してありました。日本をフィリピンと同じアメリカの属国にする、そのような「契約」を結ばせることで、マッカーサーは有名人となり、トルーマンの次のアメリカ大統領の椅子も狙えると踏んだのです。
 マッカーサーには、若いときからの軍事教育と、植民地支配の経験しかなく、近代国家の常識が理解できませんでした。民主主義は、有権者が自由を戦いとらなければ成立せず、維持もできないものです。軍隊のない国の安全は、しょせんは奴隷の安楽でしかなく、それは民主主義とは別なものになってしまうはずでした。
 アメリカ国民は、マッカーサーほど非常識ではありませんでした。朝鮮戦争の途中にクビにされて帰国したマッカーサーは、次の大統領選挙の候補にすら、なれませんでした。


○暗い部屋(じつは北京の行政ビルの一室)・1953年5月下旬

ナレーション「1953年・中国共産党本部──」

 毛沢東と周恩来が腰掛けを並べてニュース映画を見ている。他にも数人の高官たち。
 スクリーンに投影されている動画は、アメリカの沙漠で280ミリ「原子砲」がテスト発射され、沙漠にキノコ雲が立ち上っているのを、米軍兵士たちが見物しているものである。

周恩来「(画面をながめつつ、となりの座席の毛沢東に)同志、もう勝ち目はありません。アメリカがこんなものを量産する以上、われわれの人海戦術は無意味だ」

毛沢東「わかっている。スターリンも死んだ。イギリスが昨年に核武装をなしとげたのが祟[たた]った。西欧征服が不可能になったのでな」

○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「アメリカの同盟国であったイギリスが敢えて核武装した理由は?」

講師「ソ連が核爆弾を米本土まで投射する爆撃機やミサイルを開発するのは時間の問題でした。そうなったら、アメリカはソ連の核報復をおそれてヨーロッパを見殺しにする可能性があったのです」

佐藤「イギリスは第二次大戦でひどく疲弊したのに、よくそんな予算が出ましたね」

講師「おかねの問題ではなくて、自由の問題だととらえられたのでしょう。1950年代のイギリス国民の生活は『喰うものも喰わず』という表現がピッタリの苦しいものでした」

○北京の行政ビルの一室・続き

周恩来「しかし、まだアジアは……! ソ連は囚人を動員して間宮海峡にトンネルを掘らせたそうです。日本に暴力革命が起きればアメリカは南朝鮮を放棄するはずだ」

毛沢東「(たしなめるように)その前に台湾だよ。朝鮮ではアメリカと休戦しよう。そして同盟国ソ連が原爆を量産するのをまって、台湾を征服するのだ」

○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「毛沢東の動機がわからない。民生を犠牲にして、核武装なんかする理由は何ですか?」

講師「権力欲ですよ。中国人にとって、他者とのつきあいとは、その人を支配するか、さもなくばその人から支配されるか、二つに一つしか考えられないのです。台湾を放置すれば、その台湾からいつか支配されてしまうと考えるのです」

佐藤「近代的な「対等の自由」を認められないってこと?」

講師「おっしゃる通りです。ただし自分が相手を支配するまでは、それを口に出さない「ずるさ」もわきまえている。強い立場に立つまでは、周囲をうまく利用しようとします」

佐藤「じゃあ、ソ連に「指導」されていた時から、核武装を考えていたんだろうか」

講師「たぶんはね」

【解説ページ】●「ドゥームズデイ・ボム(地球終末水爆)」はありえるのか?

 ビキニ環礁で行なわれた「ベーカー」という原爆実験で、爆心近くに置かれた小型空母『インディペンデンス』は、ひどく破壊されたうえに、高濃度の放射能にも汚染されました。が、そのまま放置をしていたところ、3年間後には、残留放射能は1週間に0・3レンチェンという安全レベルに戻ったそうです(米原子力委員会編『THE EFFECTS OF ATOMIC WEAPON』1951年3月邦訳版)。
 当時、科学者は、地球全体を放射能で汚染することができるのかどうかも試算しました。結論は、20キロトンの長崎型原爆を、地表の約200平方マイル毎に1発づつ、百万発ほど同時に炸裂させれば可能──ということでした。「同時に」とされたわけは、放射能は時間の経過とともに減衰したり希釈されてしまうからです。
 その後、米ソとも、冷戦のピーク時の1980年代にそれぞれ数万発の核弾頭を保有しましたが、1990年代以降、弾頭総数は急減しつつあります。


○クレムリン・全景

ナレーション「モスクワ・1958年──」

○クレムリン内の会議室の出口

 憤懣やるかたないという表情の中国の外交使節団が廊下へ退場していくところ。

○会議室内

 大きなテーブルにフルシチョフその他のソ連要人が着席して中国人の退室を見送っている。
 秘書官によって大きなドアが閉められる。

ソ連要人a「(うんざりした表情で)中国人は戦争キチガイか? 台湾などのために、どうしてわがソ連がアメリカと核戦争を始めなくてはならないのか」

ソ連要人b「スターリン時代にあれほど武器弾薬を援助してやった恩も忘れおって。図にのるな!」

フルシチョフ「(テロップ「スターリンの権力を引き継いだソ連共産党No.1 ニキータ・フルシチョフ」)同志諸君、警戒すべきだ。彼らはソ連の指導に従わないぞ。とりあえず核技術の供与はもう止めることだ」

ソ連要人a「ご安心を。目下、中国共産党内にわれわれのエージェントを多数、育てておりますから。彼らが毛沢東や周恩来を追放します」

○中国国内の某都市郊外の荒れ地・初冬の早朝の日の出どき

 目隠しをされ、後ろ手に縛られた縄付きの中国人5名がひざまづかされている。いずれもインテリ風で、背広の者、白衣の者など。いずれも「反革命反党分子」と書かれた紙切れを衣服に貼り付けられている。
 その後ろから人民解放軍将校が近づいて、拳銃で至近距離から後頭部を射って、次々に処刑。
 周囲は軍警と、地方の党幹部らがとりまいている。民間の見物人はいない。
 処刑された者たちが、前方の地面の大きな穴に転がし落とされる。
 するとその穴の中には、すでに同様に処刑された数十体もが折り重なっている。

将校「(軍用無線機の受話器をとりあげ)同志幹部、モスクワの手先の第一次処刑を終えました。次のご指示を待ちます」

○中国某所・冬

 毛沢東が党員多数を前にして演説している。

毛「偉大な中国は、人民の着る物すらないとしても、必ず原爆を独力で製造して保有しなければならない!」

 大拍手。

○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「アメリカ政府は共産主義の中国の核武装計画を気づいていなかったんですか」

講師「もちろん気づいていましたよ」

○12月のホワイトハウス・全景

ナレーション「ワシントン市ホワイトハウス・1963年──」

○大統領執務室内

 ケネディ大統領とスタッフ数名がいる。

ケネディ「(テロップ「ケネディ新大統領」)偵察写真によれば、中国はもうすぐ原爆を造りそうだな」

スタッフ1「はい。早ければ今年、遅くとも来年には……。ソ連は、わがハリマン国務次官に、米ソが共同で中国を先制核攻撃しようと誘いました。どうしますか?」

ケネディ「うーむ……(悩む)」

スタッフ2「放置すればいい! 中国のミサイル開発はこれからです。ニューヨークに届く長距離ミサイルの完成はずっと先で、その前にモスクワに届く中距離ミサイルができる。きっとソ連が単独で中国と戦争を始めますよ」

ケネディ「そうだな。様子を見よう。だが、これを聞いたら、空軍参謀長のルメイ将軍は怒りそうだ」

スタッフ1「ルメイは日本を核武装させればいいじゃないかという考えですね」

スタッフ2「彼はただの全面核戦争マニアだ。ソ連が長距離核ミサイルを大量配備する前に、アメリカ空軍が先制核攻撃すれば勝てると公言している」

ケネディ「それは勝てよう。しかしソ連の武器はミサイルだけではない。地上軍で西欧に突進し、大都市を戦術核爆弾で破壊してしまう。そんな世界戦争を起こしたら、アメリカの道義的指導力がなくなるだろうよ」

●解説ページ アメリカの原潜の寄港を断った池田内閣

 ソ連の核爆撃機が高高度で東京上空に達する前に撃ち落とすため、日本は1961年に「ナイキ・ハーキュリーズ」という射程の長い地対空ミサイルを、アメリカから導入しようとしました。ところが、この防空ミサイルには、空中核爆発を起こさせる小型の核弾頭の装着も可能であるというので、日本国内でソ連のために世論工作をしている勢力が、大反対運動を起こしました。けっきょく「ナイキ・ハーキュリーズ」の導入はできなくりました。
 じつは1957年8月に、ソ連がアメリカ本土に届く長距離核ミサイルを完成したときから、アメリカは日本がソ連や中国から攻撃されたときは、日本を見捨ててしまうのではないかとの心配が生じていました。やがて1964年までには中国も核武装をするだろうと予測されて、この心配はますます強まったのです。
 そこでアメリカ政府は1961年以降、横須賀港や佐世保港に、ポラリスという核ミサイルを搭載した原子力潜水艦を頻繁に寄港させることで、核戦争のときにもアメリカは日本を守り抜くという意志を示そうと考えます。ところが、ナイキの論争のような騒ぎが、より大規模に繰り返されることを嫌った池田勇人総理大臣は、1963年、このアメリカの申し出を正式に断ってしまいました。


○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「いったいそれまでの間、日本政府はどんな対策をとろうとしていたんだろうか?」

講師「できることは限られていました。ごく一部の人たちだけが、問題を的確に把握し、日本人の将来の安全のための政策を推進しようとしました」

佐藤「茨城県の東海村に原子力発電所をつくるのだけでも、大変だったでしょう」

講師「そもそも、被占領下からの戦後再出発でしたのでね」

○巣鴨プリズン・昭和22年の前半・夕方・全景

ナレーション「1947年・巣鴨戦犯拘置所──」

○獄舎内の湯気もうもうの浴室

 洗い場は、ほどほど広いが、バスタブは5人くらいしか一度には入れない狭さである。 風呂は蒸気パイプで水を熱する方式なので、そのパイプが天井から浴槽につながっている。
 入り口には、若いアメリカ兵のMPがヘルメットをかぶり警棒を右手にし、椅子に座って監視をしている。左手には人数分の安全カミソリを握っている。
 八字髭や顎鬚を生やした、将軍級らしい60歳代のA級戦犯容疑者が4人、湯船につかっている。

戦犯1「(あごまでつかりながら)う〜、この歳になると旅順の古傷がうずいてならぬ。ワシはなんも悪いことしとらんのになぜA級容疑なんじゃ……」

戦犯2「マッカーサーはいつ釈放してくれるかのう。悪さはみんな部下がやりおったんだから」

 洗い場では全裸の岸信介(51)がヒゲをあたっており、隣にもう一人。元警察官僚にして、読売新聞社のオーナーであった正力松太郎(62)が体を洗い終えたところ。
 正力がツイと仁王立ちに立ち上がり、岸がそちらに顔を向ける。
 正力は柔道十段の筋肉隆々、首から下はとても62歳には見えない。迫力ではまったく軍人たちに負けていない。
 正力、いきなり手桶を湯船の奥にガバーッと乱暴に突っ込み、洗い湯をザバザバと自分の裸体にかけ始める。途中でこぼれる大量の湯しぶきが湯船の老人たちの頭の上から容赦なくふりそそぐ。

湯船の中の老人戦犯4人「うわっ、なんて乱暴な!」「よさぬかっ、正力!」「喧嘩ならやめとけ、柔道十段だというから」

正力『(湯をかけつづけながら)こんな卑怯未練な大将・大臣たちが日本を破滅させたのか……! 恥を知るといい!』

岸『(テロップ「元商工大臣・岸信介」)(正力の様子をみつめながら)正力松太郎……元警察官僚の気骨か。あの歳で帝国陸軍人たちを逆に威圧している……』

○都内の高級料亭の玄関・夜・昭和30年

ナレーション「それから7年後・1955年──」

○その料亭内の一間

 白黒テレビで力道山v.s.外人選手のプロレス中継をやっているが、和服の女将の手がのびて、そのスイッチを消す。
 ともに高級スーツに身をつつんだ、岸信介と正力松太郎が、胡坐で対座している。卓上には贅沢な日本料理と酒。
 女将は両手をつき退室。

岸「(テロップ「日本民主党幹事長・岸信介」)正力さん、あなたは昭和9年にラジオ放送とプロ野球を結合させて成功されたが、戦後さっそくTV放送とプロレスの組み合わせにご注目とはさすがですよ」

正力「(タバコをふかしながら)ハハハ……岸くん。だてに巣鴨で『リーダーズダイジェスト』を講読しとりゃせんぞ。新しいメディアと時代にそくしたコンテンツは何かを考えとったのじゃ」

岸「そのメディア王の肩書きを捨て、ビキニ実験後の今年の総選挙で“原子力産業革命”をかかげて新人代議士となられた。感服の他ありませんよ(酌をする)」

正力「(真顔になりタバコの火を消し)モスクワの手先は日本転覆工作を継続中だ。北京もきっと核武装するだろう。そのとき日本の危機がくる。こんなとき出馬要請に応ずるのは元警察官僚の義務じゃろが」

岸「次の内閣がどこになるにしろ、新設される原子力委員会の委員長には正力さんが最適任です」

正力「噂だが、初代科学技術庁長官も兼任するかもな。まず原発から日本の核武装がスタートするんだ。キミも賛成だろ?」

岸「当然です。左派新聞と学界はソ連にあやつられ「平和利用三原則」(*)など反対プロパガンダを打ってくる。反日圧力にめげずに世論を導ける人はあなたしかいない」

(*)欄外註:1952年に吉田茂の自由党が発表した科学技術庁設立案は、核兵器開発を視野に入れたものだった。そして1954年に改進党の中曽根康弘代議士の働きで初の原子力予算案が可決されると、国防に無関心な学者たちの集団は、日本人学者は原子兵器に関わる一切の研究をすべきでなく、米国の原子兵器政策にも非協力を貫かねばならず、一切の研究に「公開・民主・自主」のチェックを入れろ、と唱えた。政府はこの要求を1955年12月制定の原子力基本法の中に、研究・開発・利用の原則として反映した。


正力「わしは軍人も怖くなかったし共産独裁も許さん。だがね、東京裁判で近代国民の気概を否定された大衆を、また新たな外敵に立ち向かわせるのは、難事業だよ」

岸「同感ですな。まず日米安保条約、次にマッカーサー憲法を改正せぬことには……(と、盃を上げる)」

正力「やがてモスクワは米英仏という三つの核武装国と向かい合う。ところが北京の敵は米国だけだ。そのとき日本が核兵器も含めて自前で武装できなかったら、次世代の政治家は北京の思想的奴隷になる。若い者は中国人の手練手管を知らなさすぎる」

岸「(頷く)道は遠いかもしれませんが、わたしも一身を日本に捧げます。同志もいます」

正力「そうだな(盃をかざす)」

○科学技術庁の建物正面

 役人たちが同庁の墨痕あたらしい看板を玄関脇にかけている。

ナレーション「1956年1月、原子力委員会が設置され、日本民主党の鳩山一郎総理大臣は、正力松太郎をその初代委員長に任命した。正力は同年5月、やはり新設された科学技術庁の初代長官にもなる。また1957年からの岸内閣でも1年弱、この両職に再任された。東海村1号炉に導入が決定されたコールダーホール型炉は、兵器用プルトニウムの生産も可能な「黒鉛減速・ガス冷却式」だった。正力は日本の核武装を見届けることなく1969年10月に永眠した。」

○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「しかしけっきょく日本は核武装するどころか、NPT(*)に調印したのではありませんか」

(*)欄外註:「核兵器の不拡散に関する条約」。アメリカの強いよびかけで日本も1970年2月に調印した。国会での批准は1976年6月。ただし至高の国益がかかったときには、脱退して核武装することができる。なお、これ以前に核武装している調印国は、まだ核武装していない国の核武装を支援してはならないと定められたにもかかわらず、中国はパキスタンの核武装を実現させ、それで何の罰もうけていない。


講師「戦後のアメリカ政府から見て、日本人も中国人も信用しにくい国民に見えました。そんな中で、先に核武装している中国は、アメリカの対ソ抑止政策に関しては、日本よりも頼りになると判断されるのです」

佐藤「つまり岸首相(*)に続く、ガッツのあるリーダーは出なかったのか……」

(*)欄外註:岸信介は1957年から1960年まで内閣総理大臣をつとめた。


【解説ページ】●アメリカの核の傘は対中国に関しては1971年になくなった

 1969年1月にアメリカに新しいニクソン政権が誕生すると、北京は積極的な外交工作をしかけました。まず1970年4月に人工衛星をうちあげて、中国が核弾頭でアメリカ本土も攻撃できる能力に手が届いたことを誇示しました。つづいて1971年には、東京を核攻撃できる「東風3」という中距離弾道ミサイルを実戦配備しました。
 そうしておいて中国は、東京近郊の基地からアメリカ空軍の核攻撃機(F-4ファントム)部隊を撤去するよう、非公式の国務省関係ルートで大統領に求めたのです。ニクソン政権はこれをうけ、1971年春に、それらの部隊を米国本土と沖縄に移駐させました。
 もしも、横田基地など東京近郊の飛行場にアメリカ軍の核攻撃部隊が展開したままであれば、どうなるでしょうか。中国が「東風3」を東京にうちこむことは、自動的にアメリカ軍の核部隊に対する攻撃ともなってしまうでしょう。つまり、中国はアメリカとの核戦争の危険をおかさずには、日本を核攻撃することはできませんでした。それでは事実上、中国は、日本政府を核兵器で脅かすことができないわけです。
 しかし1971年以降は、中国政府は日本をいくらでも核兵器で脅かすことができるようになりました。
 アメリカ国防相は、このような国務省の対中国宥和姿勢には反対でした。そこで1972年からは、空母『ミッドウェー』を日本に寄港させようと運動をしています。


○ベトナムとラオスの国境のジャングル・1969年

 遠くの空で、B-52戦略爆撃機の編隊が、バラバラと爆弾を落としている。その遠雷のような音も聞こえる。
 ジャングルの奥から続く、無限に長い、無数の中国人の男たちの行列が、ぜんいん、自転車に山のような物資をくくりつけたものを手で押しながら、道なき道を進んでいく。

ナレーション「インドシナ・1969年──」

 手前に防空カモフラージュされた北ベトナム軍の歩哨所があり、双眼鏡をもった兵士たちが空を監視している。

北ベトナム兵士1「(ふと、行列の方を見て)しかし中国からの物資援助はすごい……空恐ろしくなるような量だな」

北ベトナム兵士2「<ベトナム戦争>といったって、じっさいは米中戦争だろ」

北ベトナム兵士3「ああ。ソ連は武器だけのプレゼントだが、中国は軍服を脱いだ兵隊たちが、戦線のすぐ後方まで弾薬を届けてくれるんだ。おれたちはただ撃つだけでいい」

 とつぜん、奥のジャングルの中から地対空ミサイルが轟音とともに発射される。

北ベトナム兵士3「おっと、忘れるところだった。対空ミサイルを操作しているのも、おれたちベトナム人に変装した中国兵さんだよ」

 地対空ミサイルは遠くの空で1機のB-52に命中する。

声「また1機、落っことしたぞ!」

声「米軍め、早くアジアから出て行け!」

○ワシントン市内の政府建物内

 <NSC>と書かれたエンブレムが正面の壁に貼り付けてある、大きな会議室。
 そこにニクソン大統領が一人で、立ちすくんでいる。

ナレーション「ワシントン・NSC(国家安全保障会議)会議室──」

ニクソン『(テロップ「ニクソン大統領」)(フーバー元大統領の姿を思い出しつつ)20年前、駈けだしの私に、共和党の大先輩のフーバー元大統領が教えてくれた。中国人は一時的に利用できるが、条約を守らないので同盟は結べぬ、と』

ニクソン『(南ベトナムに上陸した米海兵隊の姿を思い出しつつ)理想的には、日本が英国と同じ道を選択し、GNPにふさわしく重武装し、アメリカとともにソ連に立ち向かってくれることだ』

ニクソン『(佐藤栄作首相との1965年会談の模様を思い出しつつ)しかし日本の与党指導者には、有権者に向かってそれを説明する能力も気力もない。なにが「核の持ち込みも許さず」だ。あきれたものだ』

ニクソン『(ソ連の赤の広場のパレードでトレーラーに載ったICBMが続々と通過する映像を思い浮かべつつ)ベトナムでアメリカは勝てるだろうか? ソ連はいまのところ疲れ知らずの軍拡中だ。日本に対ソ共闘が頼めないとしたら、あとは中国と手を結ぶしか……?』

●解説ページ 「二国のカギ」方式による共同核抑止はなぜ無効か

 1960年前後、西側で新たに独自に核武装をする国をできるだけ増やさせまいとした米国は、ヨーロッパ各国に対し「共同で対ソ報復核戦力を運用しようではないか」と呼びかけました。
 具体的には、米国軍人が指揮官として核弾頭を管理する共同核ミサイル部隊をヨーロッパ大陸や大西洋に展開します。そこに、ヨーロッパの小国から派遣された「発射係」将校も常駐させておくのです。そして、もしソ連が核兵器を使用して西欧を占領支配しようとした場合には、ヨーロッパ小国政府とアメリカ政府の合意の下、米国人指揮官とヨーロッパ人発射係の二人が同時に発射キーを回せば、モスクワに向って報復核ミサイルが飛び出していく──といった按配でした。
 が、この提案は、ほとんどの国から相手にもされませんでした。どうしてでしょうか?
 「核抑止」は、「あの国を核攻撃したら、ただちに必ず同じ核で反撃されてしまうだろう」と敵が信ずるからこそ、なりたちます。この確からしさのことを「クレディビリティ」と言います。
 しかし、アメリカが提案したような「二国のカギ」方式では、アメリカ政府がちょっとでもためらったがさいご、発射は絶対に行なわれないでしょう。
 考えてみれば、アメリカの有権者には、なにもヨーロッパ国民と心中をしなければならない理由はありません。
 これでは「クレディビリティ」はゼロに等しいですよね。ソ連としては、アメリカ本国を直接おどかしておいてからヨーロッパ小国を攻撃し、核で反撃されないでヨーロッパを支配するという可能性を追求できたでしょうから。
 なお、統一前の西ドイツは、核武装を諦める見返りの名誉として、アメリカ軍が西ドイツ内にもちこんでいた核ミサイルの一部について、「二国のカギ」方式での共同発射権を与えられていました。戦後も米英仏三国に占領されていたも同然の西ドイツには、自前で核武装ができるチャンスはゼロでしたから、しぶしぶ、この名目的にすぎぬ権利を頂戴していた──というのが真相です。


○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「60年代ですか……。世界の石油消費が急に増えていた頃だから、産油国のソ連は軍事費には少しも困らなかったのでしょうか」

講師「まあ、ソ連兵をベトナムに送り込んでいたら、いくら資金があってももたなかったでしょう」

○中国の沙漠にある宇宙ロケット基地・1969年

 沙漠の真ん中に打ち上げ支援タワーがあり、中国製の宇宙ロケットが据えつけられている。
 多数の技師が準備作業に立ち働いている。
 タワーから離れた場所に、VIP用の屋根つき見学席があり、視察にやってきた毛沢東らが迎えられているところ。

ナレーション「中国・ゴビ沙漠・1969年──」

○屋根つき見学席

技師長「(うやうやしく)かならずや来年には、人工衛星(*)を打ち上げて見せますっ! これに水爆を搭載する研究も、着々と進んでおります」

(*)欄外註:1970年4月に成功させる。大陸間弾道弾の軌道は、人工衛星の軌道を短縮したものと異ならない。ちなみに日本は1970年2月に初の人工衛星を打ち上げて長距離ミサイルの開発能力を世界にみせつけてから、核拡散防止条約に署名した。


毛「(説明を続ける技師長には目もくれず、隣の党幹部らに)人民解放軍の奮闘により、ニクソンはアジアから米軍を撤収させたくなった。問題は、その穴埋めに、日本の軍事大国化を願っていることだ。われわれは日本の核武装だけは絶対に阻止しなければならない」

若い党幹部「どうしたら良いでしょうか、毛主席?」

毛「アメリカ国内で<日本の脅威>を宣伝しろ! 旧日本軍の非人道性を日本人インテリに糾弾させ、それを英訳するのがいちばん上策だ」

中年の党幹部「ついでに真珠湾の騙し討ちも思い出させてやるといいでしょう。核の真珠湾が再演されるぞ、と。中国贔屓なキッシンジャー(*)なら使えそうです」

(*)欄外註:田久保忠衛氏によると、ニクソン政権の大統領特別補佐官キッシンジャーは1970年8月に<日本は明治維新で封建主義を天皇崇拝に変えた。第二次大戦後にまた民主主義に変えた。二度変われば三度変わろう。特に軍事力を持ったらアメリカの脅威になる。だからアメリカは日本を軍事強国にさせてはならない>等と語っていた。出典:『反米論を撃つ』2003年刊。


毛「(満足そうに頷き)うむ、その調子だ。中国はまもなくアメリカを攻撃できる長距離ミサイル能力を手にする。だがそれを配備するかどうかはニクソンの政策次第であると、非公式チャンネルで伝えよ」

若い党幹部「日本向けの言論工作はいかがいたしましょうか?」

毛「中国は日本の脅威ではなく友邦であり、また、核が大国の条件である時代は去った、核では外交は安全にならないと、日本の学者どもに発言させるがよい」

中年の党幹部「(ニヤリとして)それは実に簡単です。日本のインテリは皆、腰抜けですから」

○5番ドアのレクチャールーム

講師「じっさいは、核ミサイルが最終ラインに控えているからこそ、中国政府は、周辺国に対して好きなように軍事的な冒険ができるのです」

佐藤「「使えない兵器」どころか、現に核兵器は「機能」しているのですね。世界政治の中で」

講師「国家ではないテロリスト集団なら、すぐに使うために核兵器をつくりたいと思っているでしょう。しかし国家は、敵に「ヒロシマ・ナガサキ」の再演を絶対に許さない「抑止」の目的で核武装をします。世界には警察がいないので、被害者になる可能性のある国は自衛するしかないでしょう」

佐藤「核の被害者になってからでは、なにもかも遅いということは分かります」


【解説ページ】●なぜ世界に対して無責任な国には核武装が許されないか

 世界は、言葉によって「意味」が与えられています。みなさんは自分がゼロ歳のとき、たくさんのいろいろなものを見たはずですが、ほとんどそれを覚えてないでしょう? なぜなのでしょうか。
 じつは、人間は、まだ言葉を知らないうちは、何を見ても、それを「意味」として把握できないからなのです。ですから、わたしたち人間が暮らしているこの世界は「言葉」でできているのだと考えてさしつかえありません。言葉を知ることで「ヒト」は「人」になります。その大事な言葉の意味を、正しくするか、自分勝手にするかで、人や国の価値も変わります。
 みなさんが小学生のとき、教室には、いろいろな人がいましたね。そのなかには、まわりのともだちから、信頼されている人と、信頼されてない人が、いただろうと思います。
 違いは、どこにあったでしょうか?
 自分が攻撃されたわけでもないのに他人を攻撃する人。つくり話で他人の悪口を言う人。気の弱い人に対しては、約束を平気で破る人──。こんな人たちは、まわりから信頼されませんでしたよね。その人の言葉の意味は、自分勝手なんです。
 いっぽう、自分や友達が攻撃されればそれなりの反撃をした人。他人の話をするときは確かな事実だけを話した人。気の弱い人に対しても、約束したことは必ず守った人──。こういう人たちは、まわりから信頼されていたろうと思います。その人の言葉の意味は、誰からみても正しいと思われたのです。
 全部で200近い国々からできているこの世界も、小学校の教室と似たものではないでしょうか。理由もなく他国を侵略し続ける国。つくり話で他国の悪口を言う国。条約を破って平気な国……。そんな国は、まわりから信頼されません。
 この地球には、教室の「先生」がいませんので、信頼できない国にはまわりの国々が核兵器をもたせないようにするのです。もし持ってしまった場合には、信頼できる国どうしが団結して、同じ核兵器で対抗するしか方法がありません。
 国の信頼度は、国の経済規模と、相当の関係があります。経済規模が小さいと、世界に対する責任が軽いので、嘘をついたり、約束を破ればよいという誘惑に、抵抗しにくいためです。
 逆に、経済規模が非常に大きいのに、核武装しない国も、信用されません。そのような国は、すでに核武装している自分勝手な国の子分となって、いっしょに悪いことをするかもしれないからです。


○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「日本が核抑止力を構築するとしたら、その攻撃面はどんな構成になると考えられますか」

講師「一般論でお答えしましょう。どこの核武装国でも、最初は飛行機からの投下爆弾をまず完成しています。次に、それを小型化して、弾道ミサイルに搭載することになるでしょうね。イスラエルの場合は、スーツケース核爆弾を完成して、それをモスクワに通告して、ソ連からの核攻撃を抑止したともいわれていますよ」


【解説ページ】●航空機による核爆撃ミッション

 航空機が、投下爆弾によって敵国の政治都市に核爆撃を行なう場合、電子的な「目潰し」と、運用上の「撹乱」が成功の鍵となります。
 まず敵軍の地上のレーダーや迎撃機のレーダーを妨害してやらなければなりません。このためには、核爆弾を搭載した飛行機の前と横に、敵レーダーの妨害を専門に行なう飛行機を先行させます。しかもそれらのレーダー妨害用航空機は、核爆撃機とはまったく別の飛行場から発進させて、囮りの役割もになう。たとえば核爆撃機が青森県の三沢基地から飛び立つとすれば、レーダー妨害機は青森県からはずっと離れた沖縄基地などから飛び立たせることになるでしょう。
 このとき、真の核爆撃機がどれか、敵に分からないようにするため、あらゆる航空基地から、それらしい飛行機を発進させ、日本がどの目標をどのようなコースで狙うのか、誰も正確に判断ができないようにも仕向けるのです。
 このような攻撃技法は、米軍がもう何十年も前から完成させているものです。日本の自衛隊は、米軍からそれを学べる立場にあります。
 ちなみに中国軍の電子戦技術は、西側に一世代以上遅れた旧式なものです。最先端の電子妨害を受ければ、沿岸諸都市はもちろん、首都北京の防空も成り立たないだろうと見積もられています。


○5番ドアのレクチャールーム

佐藤「巡航ミサイルはオプションに無いのですか?」

講師「小型で長射程のものは技術的に弾道弾よりも難しい。開発に何十年もかかってしまいます。潜水艦の魚雷発射管から射ち出せるサイズで、しかも射程が2000km以上ある巡航ミサイルは、現時点でもアメリカしか造れないのですよ」

佐藤「トマホーク巡航ミサイルですね。アメリカからそれを買ったら良いのではありませんか?」

講師「(薄笑いをうかべ)ご冗談を。アメリカはNPTを呼びかけた幹事国じゃないですか。NPTは、核武装している国が核武装をしていない国に核兵器要素を売ることは禁じています。だからアメリカはトマホークをイギリスにしか売れないんです。イギリスは以前から核保有国で、しかもアメリカの軍事同盟国として世界に対して責任を果たしているから、そこまでできる(*)」

(*)欄外註:それでも核弾頭はいかなる外国にも売ることはできない。イギリスはトマホーク・ミサイルを買っているが、その弾頭は通常弾頭として使用している。


佐藤「だとしても、アメリカ政府の同意と黙認がないことには、日本の核武装は不可能でしょう」

講師「もちろんそうですよ。不可能じゃないが最善策にもならない。しかし佐藤さん。この研究所が座間市にある意味を考えてください。すぐ近所に在日米軍の総司令部があるというこのロケーションを、ね(薄笑い)」

佐藤「……!」

講師「(耳のイヤホンをいじりながら)すでに政府は根回しは終えているのです。さてそこで今日の本題ですよ、佐藤さん。ドアの窓からホールをのぞいて見てください」

佐藤「……?」

 佐藤はドアの小さなのぞき窓のフラップをあげて、さきほどの無人ロビーをのぞく。

講師「(すぐうしろに立ち)見えますか。彼は7番ドアのレクチャールームで説明をうけていた。でも「攻撃面」への参加のふんぎりがつかなかったようです……」

○のぞき窓から見た風景

 無人ロビーを、頭を抱えた一人の若い技師が、フラフラと、歩み去る。

○5番ドアのレクチャールーム

 佐藤、顔面蒼白になってまた着席。

講師「政府はこのプロジェクトのために多数のエンジニアをリクルートしていますが、参加と協力はあくまで自由意志ですから」

佐藤「彼は……どうなるんだ? まさか……?」

講師「ハハハ……。日常に戻るだけですよ。ここは共産圏じゃありませんからね」

佐藤「オレの「プロジェクト」への貢献は、住民の地下避難路の強化じゃないのか?」

講師「それには別な技師がリクルートできた。で、腕の良い佐藤さんには、できたら北上山地に耐核トンネルをつくって欲しいのです」

 壁のスクリーンに北上山地の地図が出る。

佐藤「あなたもタダの講師じゃなさそうだ。では答えてくれ。それは攻撃ミサイル用か?」

講師「「抑止」は、こちらの報復力が敵の第一撃では除去されず温存されるという確からしさがあって、はじめて有効になります。いかにも攻撃ミサイル用です。しかし、あなたのトンネル設計が十分に強固ならば、そのミサイルを北京に対して発射しなければならぬ事態は起こらないのです。なぜなら敵が第一撃を諦めますのでね」


【解説ページ】●山岳の横穴トンネルこそ最強のシェルター

 地面から地下に何百メートルも穴を掘り下げていくのはたいへんな作業ですが、千メートル級の高い山の裾に横穴を掘るのは、それほど困難ではありません。しかも、敵の水爆が炸裂したときの衝撃は、千メートル下のトンネルには大してこたえません。
 そこで、こちらの核報復用のミサイルは、千メートル級の山岳地帯の地下に水平に掘りめぐらせたトンネル網のなかに温存しておくのが、比較的に安全になります。
 トンネル網には複数の出口が、あちこちの峡谷に面して設けられます。報復のためにミサイルを発射する必要があるときには、出口の一つが、ランダムに利用されます。
 出口の一つがもし敵の水爆で破壊されても、他の峡谷の出口が使えます。
 ミサイルは、トンネル内では横に寝かされた姿勢で機動し、出口で垂直に立てられ、発射されます。
 このトンネル温存方式は、ミサイルの発射までに時間がかかるので、こちらから奇襲的に外国を核攻撃する目的には、不向きでしょう。つまり「核を先制発射するつもりはないけれども、もし外国から核攻撃されたら必ず日本は報復する」という「抑止」の政策に、かなっているといえるものです。
 ちなみに、スイス政府と国民が核戦争に生き残る自身を強くもっているのは、この横穴シェルターが充実しているからのようです。


○やや時間経過・焼畑客土研究所ビルの裏口・夕暮れ

 通用門と書いてあるドアから、佐藤が裏路地の路上に歩いて出てくる。

佐藤『(悩んで)とうとう「プロジェクト」の深い部分にコミットしてしまったぞ……』

 佐藤の携帯から着信音。

佐藤「……?」

○同時刻・大田区の産院内

みのり「(ベッドの上で赤子を抱えながら、携帯電話に)あ、わたし〜。3日後に退院できることになったから!」

○裏路地の路上

佐藤「(携帯に)そうか。爆発事故で転院にでもなるかと心配したが、よかった。……それで3日後の何時に迎えに行けばいい?」

 少し離れた物陰から、ペットボトルを抱えた怪しい女(じつは外国に雇われた工作員)が聞き耳を立てている。


【解説ページ】●核弾頭の材料と組み立て

 水爆(核融合爆弾)の起爆装置は、原爆(核分裂爆弾)です。その原爆の材料は、濃縮されたウランや、不純物のないプルトニウムですが、それらはいずれも、原子力発電用の燃料に関連した日本国内の工場で製造されます。
 この入門書では、日本がどうやって原爆をつくることができるかの、技術的な説明はしません。というのは、それを推進するための障害は、技術の上にはほとんどなくて、残るはただ、政治の問題だけだからです。
 日本は、原爆や水爆を1年〜2年で組み立てる技術がありますし、その材料もすでにあります。ただし、アメリカ政府の非公式の合意と黙認が事前に得られないと、それは政治的に、できないようになっています。
 アメリカ政府の非公式の合意と黙認を得るためには、「日本は自由主義の国であり、世界の自由のために責任を維持し、現在もまた将来も戦いを辞さない国である」ということを、政府と国会議員の言葉と行動とで、世界に対して証明できていなければなりません。国会議員を選ぶのは国民ですから、国民の意識もそうでなくては始まらないでしょう。
 歴代の日本政府が、北朝鮮に拉致された自国民を軍隊で救出する努力もせずに放置し、中国という専制主義国家に多額の援助を提供し続け、世界の自由のために自衛隊を海外派兵して経済大国にふさわしい責任を分担しようともしないあいだは、アメリカ政府は、日本の核武装政策を、とうてい承認も黙認もできますまい。
 なぜなら、そのような調子の日本は、いつまた専制主義の中国などとタッグを組み、アメリカや西側自由主義諸国に敵対する「大アジア主義」政策をとるかもしれぬ──と、疑われてしまわざるをえないからです。日本人が「中国は敵だ」という態度をハッキリさせないかぎり、日本国は欧米世界からは仲間としてうけいれてもらえず、さいごには間接侵略によって、核保有国の中国の召使いとされてしまうでしょう。
 つまらない小人物であるマッカーサーなどに脅迫されて押し付けられた「軍隊を持ちません」と規定した憲法を、戦後60年以上も放置し続けていることも、日本をアメリカから見て信用ならぬ国にしているでしょう。宣言していることと実施していることがまるで違ってもぜんぜん気にしないような人を、あなたは親友として信用できますか?


○座間市のある路上

 佐藤、歩きながら携帯電話を畳んでポケットに。
 佐藤の前に人影が現れる。

佐藤「……!」

 現れたのは専務の仁科だ。

佐藤「仁科専務……!」

仁科「(温厚に)重い決心をしてくれたようだね、主任。晩メシでもいっしょに、どうだ?」

○なにかの工場の長い塀に沿ったさびしい路上・日没直後

 佐藤と仁科は何か雑談をしながら並んで歩道を歩いている。

佐藤「……必要は分るのです。ただ、日本という国に、その根性があるのか……と思っています」

仁科「都市設計の話をしよう。昔の中国や中世のヨーロッパでは、都市は住民まるごとを城壁で囲む設計だったね。しかし、京都はどうだい?」

佐藤「平安京いらい囲壁はないようですね。……不思議だ。唐の長安をモデルにしたのに」

仁科「唐の城壁は、王族が奴隷を城下に閉じ込めておくための備えだった。ヨーロッパの市壁は、市民が自由の敵と戦うための砦[とりで]さ。日本には奴隷と市民のどちらもないから、市壁とも無縁なんだ」

佐藤「日本に奴隷階級がないのは……異民族がやってきてすぐに日本列島を占領することができなかったためでしょうか」

仁科「たぶんね。要は日本は大昔から「大国」だったんだろう。極東で、中国から一度も占領されたことがない。中国からみれば警戒すべき勢力だろう」

佐藤「でも市民もいないという理由がわかりません。町人は市民ではないのですか?」

仁科「(近世初頭の欧州の都市攻防戦のイメージがかぶる)自分の住む町が攻められたとき、持ち場の城壁を守って戦死するのが市民だ。占領されれば自由を奪われたのだからね。京都の町衆は、京都が占領されても奴隷にはされない。だから武士の戦争をいつも傍観していたろう」

佐藤「(源平合戦を物を食いながら京都郊外で見物している町人たちの姿がかぶる)そういえば日本の町人が合戦で徴兵されたという話も聞いたことがありませんね」

仁科「(ペロポネソス戦争のイメージがかぶる。奴隷は戦士のはるか後方で荷物を運搬するだけ)古代ギリシャでは、自由な市民が武士であって、奴隷階級は前線には出なくてよかった。中国では奴隷も戦わされるけどね」

 この二人の様子を、さっきのあやしい女が、道路の反対側の物陰からこっそりとうかがっている。
 女の手には、あいかわらずペットボトル。

佐藤「政府の核武装研究には、多くの市民団体が反対を表明していますね」

仁科「日本に「市民」はいないよ。明治以前の町人そのもので、たんに国防を他人任せにしたいだけさ。そもそも全国を外国に占領されたら市民はできない」

佐藤「マッカーサーの日本国憲法は、日本国民に自由を与えているのではないでしょうか」

仁科「それは逆だろうね。有権者の合意があって近代国家の制度ができる。その制度が国民の自由を約束しているということは、国民には国防の義務もある」

佐藤「……外国に占領されてもいいのなら、政府もいらないでしょうからね」

仁科「市民が自由を戦いとったのが西洋の近代国家だから、これは当然だ。ところがマッカーサー憲法は国軍を禁止した。「自由を戦いとらなくて良い」と規定したんだ。ということは、明治憲法と違い、戦後憲法は、国民が市民になることを禁ずるのだ。それを丸暗記しないと裁判官にも外交官にもなれない。とうとう戦後の日本には武士も市民もいなくなったのだよ」

佐藤「ようやく分りました。どうして世界第二のGDP大国が核武装することが、これほど難しい話となるのか……。おかしな憲法が国民から自由主義の精神を奪っていたのですね」

仁科「だが、あと一息だ。僕も、関係する「プロジェクト」に目鼻がついたら、引退して離島で暮らすつもりでいる」

佐藤「えっ、亜熱帯生活ですか。例の無人島の「沖ノ井央島」(*)のボーリング調査の基地が気に入っちゃったんスか?」

(*)欄外註:これは実在しない島であるが、日本の核実験は、日本領土である無人島の地下で行なわれることになるだろう。

佐藤「(ニッコリとし)扶養家族はおらんし、持病もあるのでね。まあ最後のご奉公と思っているのさ。あとは君のような若い者が……」

 急に、物陰からあやしい女が2人の前に飛び出す。

佐藤「……!!」

仁科「(警戒して)誰かね!?」

あやしい女「ウェーハハハ……行きずりの通り魔ちゃんよん」

 あやしい女の両手に持った2本のペットボトルから中味の液体が勢い良く噴出して、佐藤と仁科は全身を濡らされてしまう。

佐藤「うわっ、石油臭っ!」

 あやしい女は空のペットボトル×2を足元に転がし捨てる。

あやしい女「(ジッポーライターに火をつけ)偉大な中国は、日帝の核武装を必ず阻止する」

仁科「(佐藤をつきとばしながら)離れろ、雇われ工作員だ!」

 あやしい女、仁科にライターを投げつけて点火。
 仁科、たちまち燃え上がる。

佐藤「仁科専務!」

仁科「来るな!(仁科、火達磨になりながらあやしい女にタックルし、工場の壁に押し付けて動かさない)」

あやしい女「(壁に押し付けられながら)くそっ、じじい、放せ! (小型ナイフを逆手に振り上げて仁科の背中を刺すが)ぐわぁぁぁぁ〜〜っ!」

 仁科とあやしい女、ともに黒焦げになって路上に崩れ落ちる。
 そこに、消火器をもって佐藤がかけつけ、消化剤をふりかける。
 炎は消える。

佐藤「(火傷患者なので抱き起こさずに)専務! (携帯をとりだし)今、救急車を呼びますから!」

仁科「……佐藤くん、市民になれ! 町人に……なるな(ガクッとおちいる)」

 そこに急ブレーキの音。
 佐藤が振り向くと、鈴木のクルマがすぐ近くに停止。

佐藤「えっ……鈴木さん?」

 ドアが開き、鈴木が転がり落ちる。
 鈴木のワイシャツは血まみれで、頭からも血が流れている。
 背中はナイフのようなもので切り裂かれている。

佐藤「どうしたんですか!?」

鈴木「スマン、この前のチンピラ2人組、やっぱり背後関係ありよった! はよ産院へ行け! 奥さんと子供さんも危ない!」

 佐藤、全部を聞かず、鈴木を置いたまま、クルマに飛び乗って、急発進して行く。


【解説ページ】●空襲損害を局限するには何をしなければならないか

 広島でも長崎でも、死傷者の四分の三は火傷が原因でした。
 長崎では最大1万4000フィート、広島では最大1万2000フィート離れたところで、熱線火傷患者を出しています(この違いは、長崎原爆の出力が広島原爆より大であったため。1フィート=約30cm)。
 これに、火災による犠牲が加わったのです。有事に一時に大量に発生する火傷患者をどう治療するかをよく考えておかないならば、防災行政として無責任でしょう。
 行政中枢の配置されている地形が、戦災損害の程度を大きく左右するであろうことも、わたしたちはよく知っておかなくてはなりません。
 1945年8月の核攻撃で発生した火災によりひどい被害をうけた地域は、広島市では4・4平方マイルで、これは長崎市の4倍でした(米原子力委員会編『THE EFFECTS OF ATOMIC WEAPON』1951年3月邦訳版による。1マイル=1・609km)。
 広島は沖積平野で地形に起伏が少なかったのに、長崎は丘陵地で地形に起伏が多かったのが、これだけの差になったのです。
 丘陵の陰になって核爆発の被害を受けない地域が多ければ、それだけ、無傷で生き残る病院や消防署も多いことになるでしょう。
 ちなみに、合衆国戦略爆撃調査団が1946年にまとめている報告によりますと、原爆投下時の広島市の1平方マイルあたりの人口は3500人、長崎市は6500人でした。破壊された面積は、広島が4・7平方マイル、長崎は1・8平方マイルでした。死者と行方不明者は、広島が7万人、長崎が3万6000人でした。破壊地1平方マイルあたりの死亡数は、長崎の方が大でした。
 なんと、わずかな地形の差だけで、2倍前後もの核被害の差ができてしまうのです。
 水爆時代のいま、東京のような広い平野の中心部に行政機能をまとめておくことは、戦災対策の観点から、まったく許されないということを、こうしたデータは教えてくれているのではないでしょうか?


○深夜の産院の一室

 みのりが熟睡している。

○新生児室

 多数の新生児が並んでいる。

○クルマの中

 高速道路をとばす佐藤。
 鈴木のクルマの助手席や床には、金属バットなど、いろいろな武器が転がっている。

○時間経過・産院の真っ暗な廊下

 前に路上強盗を働いた外国人風のチンピラ2人組が、ポリ缶から石油を床に撒きながら、階段を下りていき、さらに一階の廊下の端までくる。
 すでに経路は石油だらけ。
 二人は片方ずつ、肩関節をいためつけられているので、片手しか使えない。
 路上強盗Aは頭にも包帯を巻いているし、片手は三角巾で吊っている。

路上強盗A「撒き終わった」

路上強盗B「まだ火はつけるなよ。オレたちまで煙にまかれて焼け死んだらシャレにもならねえ」

路上強盗A「シッ……!」

 どこからか嬰児の泣き声が聞こえてくる。

路上強盗B「中国様に逆らう日本人が悪いんだ。中国様に逆らうやつは、家族も罰を受けるんだ……という話だ」

路上強盗A「もうカネ貰ってるんだから、早く終わらせて逃げるでよ」

路上強盗B「よし。オレが点火する。さがってろ(と、百円ライターを取り出そうとする)……アイテテテ、あのクソ公安にやられた肩が……だが恨みは晴らしてやった」

 二人、数メートル後方の非常口を背に、廊下にしゃがむ。
 目の前には石油の帯の端。
 とつぜん、非常口扉が外から開けられ、人影が立つ。

路上強盗A・B「(ふりかえり)……!!」

 現れたのは佐藤。右手には金属バットを持っている。

佐藤「(怒りの形相)火をつけてみろ。お前ら二人とも、この場で殴り殺す!」

路上強盗A「チッ……!(サバイバルナイフをフトコロから取り出して片手で構える)」

路上強盗B「へへッ……タマ無しの日本人に、で、できるわけがねえ!」

佐藤「やってみろ(極度の気迫でジリジリと二人の前に出る)」

 路上強盗A、自分の片手のライターと、佐藤の金属バット、そして佐藤の表情を、交互に見る。
 佐藤、さらに一歩前に出る。

佐藤「家族を殺されて、復讐しないとでも思うか? おまえたちだって、同じだろう」

 強く金属バットを握り締めた佐藤の手。
 いきづまる間。

佐藤『殺す……!』

路上強盗B「(急に)み、みのがしてくれ……!」

路上強盗A「(動揺し)エッ……?」

 佐藤、仁王立ちのまま。

路上強盗B「捨てるっ! ほら、ライターを捨てた! みのがしてくれっ」

 路上強盗B、身をひるがえし、廊下の窓をぶちやぶって仲間をおいて外へ逃走する。
 非常ベルが病院に鳴り響く。
 あわてて路上強盗Aもあとを追って窓から外へ転がり出る。
 不動明王の形相でそれを見送る佐藤。

○病院の庭の俯瞰

 ちょうどパトカー数台と消防車がかけつけ、警官たちが二人を取り押さえる。

○病院の二階廊下

 階段を駆け上がってきた佐藤。
 廊下の反対側から、いま駆けつけたばかりらしい岸田が、赤ん坊を抱いたみのりをエスコートしてくる。

佐藤「無事だったか……!」

みのり「(わけがわからず)ちょっと! ただでさえ3時間おきに授乳で起きて寝不足だっつーのに、何、この騒ぎ?」

《完》


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