没シナリオ大全集 part 3
ACQUITAL(無罪放免)
【CASE・1】
○ニュージャージー州・トレントン市・全景
ネーム『−−ニュージャージー州は、ニューヨーク市とフィラデルフィア市の中間に位置している−−』
○トレントン市・州合同庁舎
ヨーロッパ製の地味なミニカーが、庁舎の駐車場に進入してくる。[車種は作画家の好みに任すが、外から見えない心臓部はホットロッド改造でニトロボンベまで積んでいるという設定。]
ミニカーには二人の女性が乗っている。
運転しているのは身長一六〇センチ、ガリガリに痩せた日系の弁護士、ヘイゼル・ヨコタ(30)。
ヨコタは右顎を不自然に隠した髪型[刀傷がある]。
ミニカー止まり、助手席から黒人でヨコタの助手、カラミティ(24)が現れる。
本名はカーリー・カナリーというが、身長一八〇センチ、スーパーモデルのような体格とナイフの使い手であるため、“災厄”のあだ名で通っている。[※ちなみに西部劇のカラミティ・ジェーンの本姓がカナリー。]
二人、合同庁舎に乗り込んで行く。
警備の二人のトレントン市警察官が立ち話をしている。
警官の姿を見て一瞬緊張するヨコタとカラミティ。
しかしすぐ気を持ち直し、昂然とその前を歩み過ぎる。
○州法務局
二人、ニュージャージー州の法務局の廊下に至る。
歩きながらカラミティーはポケットから少し形のヘンな十字架[後で仕込みナイフと分るシロモノ]を出して玩んでいる。
ヨコタ「オモチャは仕舞いなさい、カラミティ。ニュージャージー州法務局よ」
カラミティ「は〜い(と、チューインガムを膨らませ、十字架を手品のような手付きで仕舞う)」
廊下の奥には多数のコンパートメントが並んでいる。
“A.D.A. DANIEL SORREL”の表札のある一室に入って行く二人。
○ドア前
若い白人女性秘書が座っている。
ヨコタ「弁護士のヘイゼル・ヨコタ。彼女は法曹助手のカーリー・カナリー」
秘書「(ハリウッドスマイルで)お早うございます」
ヨコタ「“タナカ事件”の被告弁護人よ」
秘書「(オーという顔をして受話器を取り上げ)…ソレル検事補、タナカの弁護人が証拠開示請求にお見えです…」
カラミティ「(ヨコタの耳許で)漂白[←ルビ=ブリーチ]してるよ、あの髪…」
秘書「お通り下さい」
ヨコタ「有難う」
○ソレル検事補の狭いオフィス
地区検事補、つまり一番ヒラ検事のダニエル・ソレル(30)が立ち上がって出迎える。
ソレル「(明るく)やあ。私が本件の訴追を指揮するダニエル・ソ…(急に驚き)うっ…君は…!」
ヨコタ「(無表情に)その後元気、ダニエル?」
ソレル「(険しい顔つき)ヘイゼル…出所したとは聞いていたが…」
カラミティ「(二人を見比べ)なんだ、知り合いなんじゃん」
ヨコタ「私が殺したイノックの弟…」
カラミティ「(ゴクリとさせ)あ、ガムのんじゃった…」
ソレル「正確には“義理の”が付くがね。…で、トレントン市で開業してるのか?」
ヨコタ「ええ。刑務所の図書館もここの州法が一番充実してたから」
ソレル「君が獄中から司法試験に合格したのには賞讚を惜しまん。しかし、婚約者殺しの汚名を着た土地で開業するのは、僕には正気とは…」
カラミティ「(しゃしゃり出て)待てよアンタ、ヘイゼルは一度も自白はしないで、“不抗争の答弁”(*)をしたんだろ?マスコミが彼女を異常性格者に仕立て…」[※註:米刑事法廷で、有罪とも無罪とも言わず、裁判の結果に従うという、第三の訴答。]
ヨコタ「(制して)もういいのよ、あの件では服役も終わったのだから」
カラミティ「でも…!」
ソレル「おや?(じっと見つめて)…君は州立女子刑務所で“カラミティ(災厄)”の異名を取った牢名主に似てるようだが」
カラミティ「イヤミな野郎!その御本人様ならどうしたい?」
ソレル「ヘイゼル、どういうつもりなんだ?恐らく勝ち目ゼロの仕事しか、君の事務所にはやってこないだろう」
ヨコタ「一度受けた案件は投げ出せないのが弁護士倫理。さあダニエル、“タナカ事件”の公判提出証拠を弁護側に開示するのよ」
ソレル「わかった。奇襲的挙証(*)になっちゃまずいからな。…まず捜査報告書から説明していこう…」[※註:検察側による予告なしの新証拠提出は、陪審法廷において違法とされる。]
ヨコタ,カラミティ「…」
ソレル「事件は九月十二日、ジャージーシティの住宅街で起こった…」
○ニューヨークの光芒を遠く望むジャージーシティ市俯瞰・雨の夜
○同市郊外・一戸建て平屋住宅全景・夜・雨上がり
前庭の芝生のあちこちには雨のため水溜りができている。
窓の庇からは雨の滴が垂れ、雨上がりであることを示す。
窓が半分開いており、スタンドの光でほの明るく窓枠が照らされている。
○その窓のある寝室内部
スタンドの光に照らされ、ベッドの上に、全裸の男女の影。
横たわっているのは20代後半の白人寡婦、ジョアンナ・ローク。
拳銃で脅しながら性交を強要し、果てたばかりの日本人留学生、田中悟。
田中、ふと窓の外に何かの気配を感付く。
○同家屋の芝生の前庭
日焼けし、顔に火傷の後があるがヒスパニック系らしくみえる、太った男フアン・ルイス(40)、水の滴るレインコートとボロ傘、レコード店のロゴが入ったズダ袋のようなものを提げ、芝生の上を玄関ポーチの方にゆっくり歩いてくる。
○元の室内
田中、手を伸ばしてスタンドの明りを消す。
女、窓の外を見てハッとする。
ジョアンナ「た、助け…!」
田中「(ジョアンナの口を塞ぎ)浮浪者のコソ泥か…まずい時に…ぶっ殺してやる!」
○前庭
ルイス、戸口に近付きながら、モゾモゾと懐を探っている。
ルイス、玄関前のポーチに上がる。
突然、玄関横の窓から田中が顔と拳銃を突き出す。
ルイス、驚きの表情を見せ、走って逃げ出す。
ナレーション『ここで男は、意味不明の英語を口走ったという…』
ルイス「そういうことか!」
ルイス、生け垣の向こう側に達する。
闇夜に発砲音が響き渡る。
○芝生の水溜まり
弾丸が跳弾する。
ナレーション『鑑識報告によれば、弾は雨上がりの水溜まりで一回跳飛して…』
○数十メートル離れた路上
生け垣のこちら側を走るルイスの後頭部に斜め下から弾丸が命中、顔の真ん中から飛び出していく。
顔面を朱に染め、隣家の芝生の上に崩おれるルイス。
ズダ袋からは古雑誌、小型ナイフ、SPANISH-ENGLISH辞書、紙片などがこぼれ出る。
○時間経過・現場検証
パトカー数台がかけつけ、現場検証中。
やじうまの前を、ジョアンナが婦人警官らに抱き抱えられ、救急車へ。
ジョアンナ「(泣きながら)あいつが撃ち殺したのよ!…私はレイプされたわ…!」
田中は呆然とした表情で手鎖をかけられ、パトカーへ。
警官1「(田中を連行しながら)…発言は法廷で不利な証拠にされることがある。おまえには弁護士を呼ぶ権利がある…おい、ところで英語は分るのか?」
現場の指揮をとっている刑事は私服のヘンリー・モレノ(45)である。
モレノ「芝生を踏み荒らすなよ!…おい、凶器と実包は回収したか?」
警官2「はい、モレノ警部(と、ビニール袋入のチーフススペシャルを見せる)。でも、弾頭はまだ…」
モレノ「あさっての方向に飛んでいったか…」
ナレーション(ダニエル)「最初に現場に到着したのは、近所に家のあるたまたま非番だったモレノ警部だ。彼は手際良く証拠を保全し、タナカを夜間住居侵入、強姦、殺人の現行犯で逮捕させた…」
○元のダニエルのオフィス
ダイエル「…ガイシャの身元は不明だが、所持品の記名などから、ベネズエラから来たばかりの不法移民、フアン・ルイスと推定している」
ヨコタ「現場検証を指揮したのは…モレノ警部っていったわね?」
ダニエル「ああ…そうか…五年前のモーテルの事件で、君について法廷で証言したのも彼だったな」
ヨコタ「…」
カラミティ「(ヨコタをみつめる)…」
○一週間後・州地区裁判所・正面階段
○同裁判所法廷
まだ誰も入廷しておらず、ガランとしている。
○法廷の外の廊下
法曹関係者、衛視等がたむろしている。
廊下にドアがあり、表札に英語で「第一法廷控室」とある。
○控室内
隅に衛視一人が立っている。
中ほどの小さい机を囲んで田中、ヨコタ、カラミテイ。
田中は裁判用に小ざっぱりした格好。
田中「あの…お金の件なんですけど…」
ヨコタ「(契約書を示し)これにサインして。無罪の評決が得られても得られなくても4万ドル」
田中「それ、ちょっと…即金では…」
ヨコタ「契約書にはローンの条件も明記してあるわよ」
田中「チッ…わかりました…(と、サインする)…でも高ェなー」
カラミティ「サインした後からクレーム言って、あんたバカじゃないの?(と、ペンと契約書を取り上げて鞄に仕舞う)」
ヨコタ「甘すぎる支払いにすると、弁護人も投げやりになるし、被告も勝訴のための最大限の努力を怠るものなの。…これでベストを尽くせるコンディションになったわ」
田中「でもまさか有罪ってことはないでしょうね?本当に拳銃なんか撃ってないんですから!」
ヨコタ「ミスター・タナカ。証言席でうろたえないように、あの日のことをもう一度話してみて」
田中「はい。…ボクは東京の一流大学の二年生です。去年から半年の予定でジャージーシティに下宿し、ニューヨーク大学に留学してます…」
○田中の回想・事件より一ヵ月前・シングルズバー
田中がサングラスをかけたジョアンナを出口に待たせている。
クレジットカードで支払っているのは田中。
田中のナレーション『ジョアンナとはフィラデルフィアのシングルズ・バーで知り合ったんです。彼女は最初から、飲み食いの支払いを分担しませんでした…』
○事件当夜・ジョアンナ・ローク邸
窓の庇からは雨の滴が垂れ、雨上がりであることを示している。
前庭の芝生のあちこちには雨のため水溜りができている。
窓が半分開いており、スタンドの光でほの明るく窓枠が照らされている。
ナレーション『たまたま家も近くだって事がわかり…』
○その窓のある寝室内部
スタンドの光に照らされ、ベッドの上に、同衾中の全裸の男女の影。
ジョアンナと田中だが、ジョアンナの証言とは逆に、求めているのはジョアンナの方である。
ジョアンナ、窓の外と置時計[針は十一時過ぎ]を交互に見ている。
女、うっとりした顔で更に求めるしぐさ。
ジョアンナ、窓の外に何かを認める。
○芝生の前庭
フアン・ルイス、芝生の上を玄関ポーチの方にゆっくり歩いてくる。
○元の室内
ジョアンナ「き、来たわ…(スタンドの明りを消す)!」
ジョアンナ、ベッドから降り、スタンドの下の引出しをあけ、ハンカチで包んだチーフススペシャルを取り出す。
田中「来たって、何が?」
○前庭
ルイス、家の中を窺うように近付いてくる。
ルイス、玄関前のポーチに上がる。
○室内
ジョアンナ「来てよ、男でしょ!」
ジョアンナ、片手でハンカチの上から拳銃を握り、片手で田中の右手を引っ張って、窓際へ。
田中「オイ、何をするんだ!泥棒なら、911(警察)を…」
○前庭
突然、玄関横の窓から田中を楯にしたジョアンナが顔と拳銃を突き出す。
ルイス、驚きの表情でジョアンナを見る。
ジョアンナ、田中の右手を持ち上げさせた格好で、田中の胸の前で拳銃の狙いを定める。
ルイス「そういうことか!(逃げ走る)」
ルイスが生け垣の向こうまで逃げたところで、ジョアンナ、発砲。
ナレーション(田中)『その発砲の角度はどちらかというと上向きでした…』
ルイス、ぶっ倒れる。
○室内
ジョアンナ、田中に拳銃を渡すがハンカチは取り去る。
訳も分らず拳銃を受け取る田中のひきつった顔のアップ。
田中のナレーション『その銃身が冷たくてゾッとしました。突然、ジョアンナは窓に駆け寄り…』
ジョアンナ「(窓から外に向かって)火事よーッ!誰かーっ!」
○元の法廷控え室
田中「…かけつけたモレノとかいう刑事に、訳もわからず逮捕されたというわけです」
ヨコタ「…」
カラミティ「ヘイゼル、いまの話、変!」
ヨコタ「拳銃の仰角の事ね?」
カラミティ「ううん、発砲したばかりの拳銃[←ルビ=スモーキング・ガン]の銃身が冷たいなんてことはないってことだよ。一発でも熱くなるんだ」
ヨコタ「…つまり、ジョアンナは空砲を撃ったってことに?」
カラミティ「…でも、そうするとルイスはどうして…」
ヨコタ「…トリガーやグリップにタナカ君の指紋がついてなかった鑑識報告と合わせて、リーズナブルダウト(合理的疑義)の切り口になるかもね…」
廷吏「(控室の入口から)被告人および弁護人、ご入廷ください」
田中「先生…」
ヨコタ「あなたは大金を支払った以上、勝つのよ。さあ、行きましょう」
カラミティ「ヘイゼル、あたし、また聞込みに行ってくる」
ヨコタ「頼むわね」
三人、立ち上がる。
○法廷の入口前後
ダニエル・ソレル地区検事補と、そのアソシエイトの検事補(28)、別な控室から廊下に出て入廷しようとするところ。
アソシエイト「(ヨコタらを見とがめて)ソレル検事補…ありゃ確か、あなたの義兄を惨殺した、猟奇殺人者の…」
ダニエル「ああ」
アソシエイト「監獄内での刃傷沙汰か、顎に切り傷までつけてますよ。あんな小さい体なのに…全く驚いたな…」
ダニエル「…容赦はしないさ」
法廷内に入る。
○裁判所全景・陽が高い
○時関経過・法廷
十二人の小陪審法廷である。
既に検察側冒頭陳述が始まっている。
ネーム『−−検察側冒頭陳述−−』
ダニエル「(陪審員席の前を歩き回りながら)…同夜十時二十分頃、被告タナカ・サトルはかねて目をつけていた寡婦ジョアンナ・ローク宅に強姦の目的をもって侵入、就寝中の同女を不法所持の拳銃にて脅し、劣情を満たしました。その犯行途中、タナカは前庭を近付く足音に気付き…」
ヨコタ、田中、黙って聞いている。
法廷内でのヨコタは、顔に普段より生気がなく、ガリガリに痩せた体と相まって亡霊を彷彿とさせるが、みずからこの世の絶望を知ったその目だけは、底知れぬ気迫を湛えている。
ヨコタ『…やはりこの検事補、自分の足では捜査してない…』
ダニエルの冒頭陳述、続いている。
○マンハッタンを遠望するユニオンシティ・同日昼頃
貨物列車が轟々と通りすぎる。
ゴミゴミした資材置場で、カラミティが二人のやくざっぽいプエルトリコ人から情報を聞き出そうとしている。
プエルトリカン1「この街区は、いわばプエルトリコの自治都市だ。“外国人”のカギ回る処じゃないんだがなあ…」
プエルトリカン2「ぐずぐずしてると、その長いアンヨの間に傷がつくぜ(と、アイスピックを出す)」
カラミティ「(やおら片方の鼻の穴に十字架仕込みナイフを突っ込み)その前にこいつで東西の鼻の穴を統一してやろうか!」
プエ2「ウッ…!」
プエ1「威勢がいいな。まあ双方手を引け。サツの手先じゃなきゃ話だけ聞こう」
カラミティ「フアン・ルイスについて何か知ってるんだね?」
プエ2「あんたよ、“ベネズエラから来た不法移民”なんて警察発表、真に受けてるのか?フハハハ…」
カラミティ「なんだって、それじゃあれは…別人の擬装?」
プエ1「被害者の旦那…サミュエル・ロークよ」
カラミティ「ええっ?でも、ジョアンナの亭主は二年前に南米で墜落死したことに…」
プエ1「そんなのは夜逃げの方便だァな」
カラミティ「あの晩の野次馬だってサミュエルだとは気が付かなかったのにかい?」
プエ1「事故で顔面を火傷した上、ジャングルに二年も隠れ住んでりゃ、骨相も変わるだろうがよ」
プエ2「ヤツはコカインの運搬を副業にしてた。それが“直売”に手を出したんで、輸送機に爆弾を仕掛けられたんだ」
カラミティ「そ、その証拠は…?」
プエ1「仲買人をマークするこった。おっと、俺達もシゴトがあるんでな…」
○ジャージーシティ近郊の工場廃屋・同夜
工場の廃屋を半月が照らしている。
鉄柱脇にたたずむ影になってよく見えない男。
その影男、何かに気付いた様子。
マウンテンバイクを転がしてきた白人少年、影男の前で停車、背中のピギーバッグを下ろす。
少年「(催促するように口を開けたバッグを差し出して)さあ…早く!」
影男「品切れだ、ボーイ。“商店”の回りが騒々しくなってるってことは聞いてるだろう。“サミーの家”が静かになるまで、暫く開店休業よ」
少年「ファック!バイヤーは待ってくれないぜ、ネッティ!市場を取られちまうぞ」
影男「(高額紙幣一枚を渡し)これでペロペロキャンディーでも買え。リムスキーやホッジソンの奴にも、当分注文は取るなと伝えるんだぞ」
少年、札をひったくるように受け取り、贋札ではないかをチェックしている。
突如、影男の後ろから別な男−−ダニエル・ソレル地区検事補−−が現われ、近付く。
ダニエル「州地区検事補のダニエル・ソレルだ。君に事情を聞きたいことがあるんだが」
影男、走って逃げようとする。
ダニエル、影男にタックル。
その間、少年は泡を食って自転車で逃亡。
影男、揉み合いながら回転式拳銃(アメリカンルガー6連発4インチ、シルバー仕上げ)を取り出してダニエルを撃とうとする。
ダニエル、影男を殴り、拳銃を奪って逆に鼻先に突き付け、髪をつかんで明るいところで顔を確認しようとする。
ダニエル「お前は確か…!?」
顔が明るみに出ると、影男はヘンリー・モレノ警部である。
カラミティ「(ローラーブレードを履き、物陰から少年の耳を引きずりつつ現れ)あたいの情報は純度百%の混ぜモン無しだろ?」
少年は額と両頬をカラミティのナイフで×印に切り刻まれ、すっかり抵抗心を無くしている。
○州法務局建物外貌・早朝
上階の部屋の窓ひとつだけ明りがついている。
○ニュージャージー州検察局・取り調べ室
机に座らされたモレノ、それを囲むダニエル・ソレルと速記タイピスト、監視役の制服警官。
ダニエル「家宅捜索は終了したよ。ベテラン刑事がヤクの仲買人とはな…。モレノ、奥さんに逃げられた頃からか?」
モレノ「司法取り引きになんぞ、俺は応じねえぜ、小僧」
ダニエル「お前はタナカの硝煙反応検査を急がせる一方で、ジョアンナ・ロークの衣類や持物は一切保全しなかったな。なぜだ!?」
モレノ「(プイと横を向いている)…」
ダニエル「お前が持っていたこのスタームルガー(*)357マグナム…デカのものにしちゃ、ちょっと変わってるな(と、押収用ビニール袋からシルバー仕上げ、6連発4インチ銃身のリボルバーを机の上に落とす)」[※註:同じルガーでも綴りはRUGERと書き、ドイツの有名なLUGERとは別。]
モレノ「俺は署内のマークスマン(優秀射手)だよ。精度の高いリボルバーを持つのがどこが悪い?」
ダニエル「ただでさえ貫通力の大きいオートマチック用9ミリ弾を使えるのに、この(と実包数ダースの入った別のビニール袋を摘み挙げ)弾はテフロン加工だ。これじゃ犯人の骨もそのままスッポ抜け、市民が危険だろう」
[※註:コンマ・インチ表示である357マグナムおよび38スペシャル口径は9ミリ弾と同径。]
モレノ「最近のチンピラ共は防弾チョッキをつけてやがるからよ」
ダニエル「(別のビニール袋を開け)…それじゃこのサイレンサーは何だ?刑事といえども滅多に所持許可は降りないアクセサリーだぞ、モレノ」
モレノ「病気の犬を撃ち殺す必要があってな…」
ダニエル「おまえは調べるほど胡散臭い奴だ。麻薬の他に何をやっている!?(机を叩く)」
モレノ「ミランダ告知(*)を忘れてねえか、検事補さんよ」[※註:尋問開始前に被疑者の権利を知らせる義務。]
ダニエル「五年前…そう、おまえが女房に逃げられた頃、酒気帯び勤務で譴責を受けたことがあったな。まさかあの“ヨコタ事件”でも、仕事中の飲酒を隠すために、見てもいないことを証言していないか?」
モレノ「(激しく動揺している様子で)お、俺を冤罪に陥れようってんだな!?もう完黙するぜ!」
ダニエル『今回、予備審問(*)まで捜査の陣頭に立ったのもこいつだ。もしこいつの報告書がでっちあげだったとしたら…?』[※註:被告を陪審法廷で裁くかどうかを決定する裁判手続き。]
○法廷内・午前十一時
審理が再開されている。
証人席には市警鑑識係レジナルド(50)が居て、検察側による証人質問が今しも終わったところ。
判事「(ダニエルが検事側席に着席すると同時に)弁護側の反対質問はありますか?」
ヨコタ「はい。(立ち上がり)レジナルドさん、ベテラン鑑識係として、あなたは被告が三〇ヤード先の暗闇を全力で走るフアン・ルイス氏を狙撃できたと思いますか?」
レジナルド「たまたま街灯の光が当たっていたりすれば、あながち無理でもないでしょう」
ヨコタ「(現場の写真を示し)これは夜間に現場を撮ったものですが」
廷吏、写真を判事と証人に届ける。
ヨコタ「これだと、ローク邸の窓からは途中の生垣がじゃまになって、身長三mの巨人でも無い限り三〇ヤード先の人物を見通せませんね」
レジナルド「…むむ…確かに…」
陪審は印象を受けた様子。
傍聴人がガヤガヤする。
ヨコタ「あなたの鑑識報告によれば、三八口径の拳銃弾が雨上がりで水溜のできていた芝生に跳弾となり、フアン・ルイス氏の後頭部から貫通したとなっていますが」
レジナルド「…そう見積もられると書いたのです。頭蓋骨への射入角度は下側二〇度であり、その弾道はあの窓からの直射によっては不可能なので、跳弾と推定したのです」
ヨコタ「ルイス氏の立っていた場所から下向きに二〇度の線を引くと、(現場の写真を示し)ちょうどこの生垣のあたりになりますね」
レジ「はい」
ヨコタ「何者かが三八口径またはそれに等しい口径の銃器でこの生垣の中から伏せ撃ちでルイス氏を撃ったとしたら、体内弾道上の近似の銃創が生じませんか?」
レジナルド「うーん…(考えこむ)」
ダニエル『ハッ…!』
○ダニエルの一瞬の空想・モンタージュ
ダニエル『もし…ジョアンナが嘘をついていて…モレノと組んでタナカを罠にはめようとしたのだとしたら…』
ジョアンナがブランクカートリッヂ(空砲の薬莢)を拳銃に一発装填している手付き。
夜、生け垣の下にサイレンサー付きのスタームルガーを手にしたモレノが潜んでいる。
ジョアンナ、窓からブランクを空に向けて発射。
同時にモレノ、生け垣の下から両手撃ちでフアン・ルイスの頭部を撃つ。
ダニエル『…いや、彼女にはゆきずりのルイスを殺さねばならない理由など何もない』
○空想終り・元の法廷
ダニエル「異議あり、弁護側は強引な特殊化をしています」
判事「異議を認める。弁護人は質問を変えるように」
ヨコタ「では反対質問を終ります。…裁判長、私は現場検証をした警官の怠慢により見過ごされていた物証を本法廷が受理されるよう申請致します」
ヨコタ、キズや汚れのある弾頭の入ったビニール袋を廷吏に渡す。
判事「ヨコタ弁護人、それは何かね?」
ヨコタ「現場から一ブロック先のアパート管理人が壁から回収した九ミリ拳銃弾です。この弾は、三八口径と同じ銃創をつくりますが、タナカ被告が発砲したというリボルバーからは発射できません」
判事「つまりオートマチック・ピストル専用なのだね?」
ヨコタ「はい。ですが、特殊なリボルバーの中にはこの9ミリ弾も装填できる構造のものがあります。それを使えば、現場に薬莢も残りません」
ダニエル『…(床の一点を見つめ、思考を集中している)』
判事「よろしい。警察鑑識は遅滞無くこの弾頭の血痕、旋条痕等を鑑定するように」
レジナルド、承った様子で退場。
傍聴席からどよめき。
陪審員達も関心を持った様子。
ヨコタ「弁護側は、次の証人として、ローク未亡人を喚問したいと思います」
判事「結構。…だが、午後一時まで休廷としよう(槌)」
判事、陪審、傍聴の順にザワザワと退廷していく。
ダニエルのアソシエイト「彼女、やりますね…」
ダニエル『…(退廷するヨコタを見送る)』
○裁判所全景・午後
○再会された法廷
証言ボックスにジョアンナが着く。
ジョアンナ「(廷吏の持つ聖書に手を置き)私はすべてのまさに真実のみを話すことを誓います、神よ助けたまえ…(座る)」
ヨコタ「あなたは二年前、造林技師でご主人のサミュエル・ローク氏と死別されましたね」
ジョアンナ「(神妙に)はい。南米上空の小型機墜落事故で行方不明に…」
ヨコタ「それは何の商用でしたか」
ジョアンナ「現地政府の委託で不毛の山林にユーカリを植林してパルプチップを生産できないかを研究していたのです」
検事席で手並み拝見の態のダニエル。
ヨコタ「ご主人亡きあとの生計はどのようにお立てになっていましたか?」
ジョアンナ「はい、主人が掛けていた保険金で細々と…」
ヨコタ「それにしては、事故の半年後には家の地下にガレージ付きのゲストルームを増築されましたね」
ジョアンナ「そ、それは…」
ヨコタ「工務店では、あれはコカイン・パーティ用ではないかと噂していましたよ」
ダニエル「異議あり!その伝聞は証拠とはなり得ません」
判事「異議を認める。ミス・ヨコタの今の質問を記録から削除するよう命ずる」
ヨコタ「御主人が行方不明になった直後から、何人かの男性と、デートの費用だけでなく生活費も出させる“援助交際”の関係を持ったことは?」
ダニエル「異議あり!被告のプライバシーは本件と無関係です」
ヨコタ「判事、弁護側は被告もローク未亡人と“援助交際”の関係にあったと主張するものであり、未亡人の収入を知ることが重要です」
ジョアンナ「嘘です!私は淫売なんかじゃありません!彼は凶悪なレイピストよ!!」
書記が証言をタイプしている。
判事「静かに。…検察側の異議は却下する。が、弁護側も質問の表現を改めるように」
ヨコタ「ではこの質問は後回しにします。…事件直後、あなたは市警察による硝煙反応検査を受けましたか?」
ジョアンナ「いいえ。ネティー・モレノ警部が、すぐ病院に行った方がいいと、救急車に乗せてくれましたから…」
ダニエル、ハッと顔を上げる。
ヨコタ「おや?ヘンリー・モレノ警部なら私も知っていますが、気難しい性格で、ネティという呼び名も親しい身内以外は知らない筈ですよ」
ジョアンナ「(反発して)じ、じゃああなたは、なぜ知っていらっしゃるのよ?」
ヨコタ「家族に聞いて回りましたから。モレノ氏は前の奥さんへの求愛の印に黒真珠のブローチを贈ったそう。…ちょうど、今貴方が身に着けているような黒真珠をね」
ジョアンナ「(顔面蒼白となり落ち着きがなくなる)…!」
ヨコタ「病院では何の検査を受けましたか…?外傷は全くなかったんですよね?」
ジョアンナ「…残留…体液…だけです」
ヨコタ「そう。医師はせめて強姦犯の精液を採取し、後の証拠にしようとした。ところが…ここに診断書のコピーがありますが…何も見つからなかったのですね?」
判事、興味深そうに顎肘をつく。
ジョアンナ「見つからなかったわ…」
ヨコタ「なぜあなたを一時間余りも玩んだというタナカの精液があなたの体内に無かったのでしょう?」
ジョアンナ「(判事に)やめさせて下さい、こんな質問!」
ヨコタ「…それは、タナカがコンドームをつけていたからではないですか?」[※註:ヨコタはキャラクターとして決して法廷で怒鳴ったりしない。最後まで淡々と事実を暴いていく。]
傍聴人、ざわめく。
判事「(槌)静粛に。静まらない傍聴人は退廷させます!…ロークさん、タナカは性交を強要するとき、コンドームをつけていたのですか?嘘をつくと偽証罪になりますよ」
ジョアンナ「…つけていたかも…しれません」
陪審の間に動揺が走る。
ダニエル、瞑目する。
カラミティ『(ざわめく傍聴席の後方入口で)レイピストがエイズ予防の心掛けとはね…』
ヨコタ「質問は終りますが、弁護側はここで、フアン・ルイス氏の遺体解剖所見を、サミュエル・ローク氏の生前診療カルテと照合することを要求いたします。と申しますのも…」
ジョアンナ、ついに切れる。
ジョアンナ「そんなことしたら、目ン玉ァえぐり出してやる!(と、ヨコタに飛びかかる)」
カラミティ「ヘイゼル!(駆け寄ろうとする)」
しかしヨコタの亡霊のようでいて動じない顔、人間の最悪の哀しみを見据えてきた目で見返されると、ジョアンナはあと数歩の所で立ちすくんでしまう。
ジョアンナ「あのグータラ亭主さえ戻ってこなかったら…私は誰はばかることなく幸せになれたのよ!…ネティと!」
ダニエルの隣のアソシエイト「…あの死体、フアン・ルイスはサミュエル・ロークで、ジョアンナはモレノ警部とできていただって!?(仰天)」
ダニエル『…!』
○ダニエルの一瞬の空想・モンタージュ
ナレーション『そうか…何かの事情で南米に隠れていたルイス…いやサミュエルは、二年ぶりで妻の元に連絡を入れた…が、すでにモレノがいたジョアンナは前夫の帰宅を望まず…タナカを誘い、すべて計画的に…あの晩、サミュエルを呼びつけた…』
○ダニエルの空想終り・元の法廷
判事「証人は発言を控えなさい!もう一度あなたの権利と義務を説明しますが…」
ジョアンナ「“援助交際”のどこが悪いのよ!教育も受けられなかった女が奇麗な自分を売っちゃいけないっていうの!?あんたみたいな干からびたインテリとは違うんだ!」
と叫びながらジョアンナ、廷吏によって退廷させられる。
法廷内、シーンと静まり返る。
判事「検事と弁護人は集まるように」
ダニエルとヨコタ、判事席の前に来る。
ヨコタは相変わらずだが、ダニエルは蒼白になっている。
判事「ソレル地区検事補、市警察のタナカ現行犯逮捕の手続きならびに証拠保全には不備があったようだね」
ダニエル「はい…」
判事「本件は評決するまでもなく審理不成立とするが、宜しいか」
ダニエル「はい、申し訳ありません。すべては公判指揮をした私のせいであります」
カラミティ『(傍聴席の後ろから見ていて)あいつ土壇場でなかなかやるね!これで自分の出世は棒だっつーのに…』
ダニエル「(ヨコタに)ひとつ聞かせてくれ。君はなぜモレノを証人喚問しなかった?」
ヨコタ「ニュージャージー州では一夜でもベッドを共にした男女はコモンロー(慣習法)上の夫婦なのよ。夫に妻についての偽証を禁じたりできないわ」
ダニエル「…」
ダニエルとヨコタ、それぞれの自分の席に戻る。
判事「(槌)検事側の起訴取り下げにより、被告にアクウィタル(無罪放免)を申し渡す」
傍聴人「ウオーッ!」
新聞記者が外に飛び出して行く。
判事「静粛に。これにて結審します。陪審の皆さん、ご苦労さまでした…(席を立つ)」
続いて陪審員、傍聴人、一部の廷吏らの順で退廷。
ざわめく法廷。
ダニエル「(ヨコタの後ろから近付き)…ヘイゼル、僕は君が五年前、義兄さん[←ルビ=イノック]を痴話喧嘩で殺したものと信じていた」
ヨコタ「…」
ダニエル「しかし、あの現場を見たモレノは当時泥酔していた!彼はそれを隠すため、君についてもでたらめの証言をした可能性が…」
ヨコタ「…」
ダニエル「今ではあの事件にも重大な疑いを持っている。つまり、君は異常性格者なんかじゃ…」
ヨコタ「私は構わないわ」
ダニエル「えっ…?」
ヨコタ「人間の正常さは、異常さを含んだもの。…失礼、ダニエル(無表情のままきびすを返して立ち去る)」
○控室
カラミティひとりだけで手持ち無沙汰にしている。
そこに入ってきたヘイゼルは、法廷内よりも幾分生気が蘇っている。
ヨコタ「あら、ミスター・タナカはどこに?」
カラミティ「(肩をすくめ)それが…無罪になったら、弁護士費用が高すぎるって捨てゼリフを残して、空港へ…」
ヨコタ「えっ、何ですって?」
カラミティ「でも、トーキョーまで飛行機に乗るにはパスポートが必要だよね」
ヨコタ「ええ、多分」
カラミティ「(ポケットの中からパスポートを出し)あれっ、こんなところにパスポートが落ちてる!“サトル・タナカ”って、誰?」
ヨコタ「(苦笑して)カラミティ…!」
○裁判所横の駐車場
ヨコタとカラミティ、例のミニカーに乗る。
カラミティ「疲れたでしょ。今度はあたしが運転する!」
ヨコタ「どうぞ(と、4点式ハーネスでガッチリと固定)」
カラミティ「あたいがチューニグしたこの○○○○○[車種名]、隠れた性能見せてやろうか?」
ヨコタ、もう寝ている。
カラミティ、何の変哲も無いダッシュボードを開ける。
そこには、SUPER CHERGER,TURBO CHERGER,NITROGEN COOLER,METHANOL…などのスイッチ、バルブ類が並んでいる。
カラミティ、その一つ一つをONにしていく。
ミニカー全体が吠え出す。
ヨコタ「(目をさまし)…?」
前輪はスキッドしていて、後輪だけ回転し、煙が上がる。
カラミティ、ハンドブレーキ解除。
ミニカー、猛然と駐車場を飛び出していく。
ヨコタ(声)「カラミティ!!」
(【CASE・1】結)