update:2011/2/3
エピソード:騙し討ち艦隊の出撃
○1941年12月のウラジオストック港
ナレーション「――ウラジオストック軍港・1941年11月23日――」
米国旗をはためかせた貨物船がタグボートに案内されてウラジオストック軍港内の埠頭に横付けされようとしている。
遠くには複数の潜水艦も繋留されているのが見える。その潜水艦に食料などが積み込まれている。
また、別な水面では、連絡用の水上機が離水したり、着水している。
埠頭の上のあちこちには、ソ連の水兵たちがライフルを肩に警備している。
荷役作業は乞食同然の格好の労働者が黙々と従事。まともな靴がなく、脛にボロ切れをまきつけている。
鉄道の引込み線上には、石油タンク車、トラックを積んだ無蓋貨車などなど。
岸壁から貨物船に梯子がかけられ、ソ連海軍将校、ソ連陸軍将校、政治局の下っ端、通訳などが貨物船に乗り移る。
○貨物船のブリッヂ
米国人船長(民間人で壮年)がコーヒーを片手にタバコをふかしている。
そこに、ロシア人たちが入室してくる。
ソ連政治局の下っ端「やあキャプテン、いつもお土産を感謝しますよ」
船長「(ファイルを陸軍将校に手渡しながら)今回の積荷はモービルの潤滑油だ。タンク貨車ごと運んできた。あと、兵隊の長靴も山ほどある。サインしてくれ」
ソ連陸軍将校「とても助かります。ナチの侵略軍どもを来春までには必ず……」
政治局の下っ端「(もっと大事な話があるという風情で)無線室へご案内ください」
船長「(出口へ向かい)どうぞ。お客さんもお待ち兼ねの様子でね」
○ブリッヂ内の無線室
壁を埋め尽くす器材は、とうていただの貨物船の設備ではない。ほとんど諜報機関の盗聴基地である。
オシロスコープを睨みながらヘッドフォンで聞き耳を立てているのは、若い米海軍将校だ。
政治局の下っ端「千島沖でなにか、収穫はありましたか、同志?」
米海軍将校「(政治局員に気付いて椅子から立ち上がり)大ありさ。大至急、アラスカ行きの飛行機に乗りたいんだ。貨物船で帰ったのでは間に合わん」
政治局の下っ端「そんなに重大な情報が得られましたか。わかりました、乗り継ぎの飛行場までお送りしましょう。米軍の輸送機隊司令部には電話をしておきます」
米海軍将校「(コートを羽織りつつ)くれぐれも頼みたいのは、あんたらの潜水艦を太平洋側に出すのは控えて欲しい。ジャップには、見張られていることは感づかれてはならん!」
政治局の下っ端「お言葉どおり、当局に申し伝えます」
二人が揃ってブリッジの外に出ると、上甲板では、麻袋に入ったおびただしい数の長靴が船倉からクレーンで吊られて下ろされようとしているところ。
声「もたもたするな! 次のアメリカンスキーの輸送船が午後には着くんだぞ!」
○単冠湾沖・潜航中の英国潜水艦の内部
艦長が潜望鏡を一心不乱に覘いている。
副長「(うしろから声をかけ)艦長、露頂が1分を超えています」
艦長、無言で潜望鏡の把手を畳み、潜望鏡を下ろす。
副長が紅茶を差し出し、艦長は受け取る。艦長の額には汗が滲んでいる。
艦長「ありがとう(すする)。うまいぐあいに霧が出てきた。ジャップの哨戒機はやる気ナシナシだな。私なら銃殺にする」
副長「何が見えましたか」
艦長「後からやってきたフネから、空母に魚雷を移し始めた。かなりな本数だな」
副長「同盟国に連絡しますか?」
艦長「ああ。今夜の報告ポイントまで、移動する。すぐ行こう」
副長「(敬礼し)了解、これより微速で回頭します!」
○俯瞰・単冠湾
南雲艦隊の大部隊が集結しているのが雲間から俯瞰できる。海面は靄がかかっており、しかも風も強そうだ。
○その夜・アリューシャン近海の空
雲間から月が顔を出す。
米海軍のカタリナ飛行艇が旋回している。
○カタリナ機内操縦室
操縦士が、チラと腕時計を見る。腕時計は3個も巻きついている。
操縦士「どうやら今日も連絡事項は無いようだな」
副操縦士「(斜め前方を指差して)上がりました。信号火箭です」
海中から細い花火が断続的に打ち上がっている。
それは風ですぐに流されて消えてしまう弱々しいものである。
操縦士「高度を下げる。こっちのエンジン音をソナーによく聴かしてやる。回光信号の準備!」
副操縦士「(何かのスイッチを操作しながら)翼端灯と編隊灯をON」
○カタリナ機内ブリスター
下士官のクルーが、手持ちの発光信号機で、海面に向け、点滅信号を送る。
機は高度60mで旋回を続けている。
○海面
英国の潜水艦が浮上する。
寒風と、しぶきが吹き付けている。
すぐにセイルのハッチが明き、カッパを着込んだ英海軍将校が、発光機でカタリナになにやら信号を送る。
○カタリナ機内ブリスター
下士官のクルーが、発光モールスをクリップボードの上の受信紙に書き取っている。
○カタリナ機内操縦室
副操縦士「あのイギリス潜水艦は、どこで燃料の補給を受けるんでしょうかねえ。カナダ沖かな?」
操縦士「おい、失業したくなけりゃ、余計なこと考えるんじゃねえ! アリューシャン手当のおかげで来月は女房に七面鳥だって買ってやれるんだ」
副操縦士「……」
下士官「(後部からクリップボードを持ってやってきて)機長、メッセージを取りました!」
機長「ご苦労。だが、まだ、どこにも打電はするなよ。ここから十分離れるまで、送信機はOFFだ」
○海面
カタリナは大きくバンクして直進コースをとり、緩やかに上昇しつつ、北斗七星の方角へ遠ざかっていく。
セイル上から帽子を振って見送る英国海軍将校。
早くも手すりには、小さいツララが下がっている。
声「艦長だ。タバコを吸いたい者はセイル下に集まれ!」
○ワシントン・キャピトルヒル・昼
○ホワイトハウス
○ホワイトハウスの裏庭
車椅子のF・D・ローズヴェルト大統領を、コーデル・ハル国務長官がうしろから押して散策している。
大統領「国務長官、ジャップはもしかすると、対ソ援助のわが商船をオホーツク海で撃沈でもする気じゃあるまいか。近海のジャップの無線が不自然に沈黙し、空母は確かに北方へ移動した」
ハル『……国務省ルートではなく、海軍ルートの情報だな……』
大統領「(振り向いて)アドミラル野村はまだ、演技を続けそうかね?」
ハル「彼は東京からの訓電とは無関係な行動基準をもっています。人の心の中はスパイできませんから、行動[アクション]を待つしか……」
○11月26日未明・単冠湾沖の海中
英国潜水艦が浅い深度でとまっている。
ナレーション「――日本時間11月26日未明――」
声「艦長、入ります」
○艦内の艦長室
3畳ていどの物置のような狭い艦長室の扉を副長が開ける。
艦長「(寝台に寝たまま、時計を見て)どうした、副長」
副長「ジャップの艦隊が湾外へ出て来そうです。ソナーに潜水艦と飛行機の音が入ってきました」
艦長「(起き出して)前路警戒か? 空母が続くかどうかだな。駆逐艦の煙がはっきり見えるようになるまで、辛抱だ」
副長「湾に近づきますか? 奴らが一斉に蒸気圧を上げていれば、探知されにくいでしょう」
艦長「いや、やり過ごすまで潜ったまま音を聴く。われわれは、サイレント・サーヴィス(潜水偵察)の最中なのだ」
○ワシントン市街・夜
車道を黒塗りのリムジンが走っている。
後部座席の主は、公務を終わったハル長官。
うしろから、警察のオートバイが追いついて、手で止まれの合図。
ハル「……?」
リムジンが道路の右に寄って止まる。
警官「(開けられた窓越しに)国務長官閣下、大統領がお呼びです。大至急、お引き返しを願います」
○ホワイトハウス・執務室
ビリビリ……と書類が引き裂かれる。
破いたのはFDRの手。
大統領「(愉快そうに、葉巻を吹かしながら、二つに裂いた書類をハルの目の前にポンと投げ出し)こんな微温的な回答はもう必要なくなったよ、長官。一大攻撃艦隊が、数時間前に南千島の泊地を出港した。空母が6隻も含まれているそうだ」
ハルはドアの前に立ったままである。
ハル「一体、彼らはどこを襲撃するんでしょうか? 日本大使館に動きはありませんし、暗号電報にも何ら変わったところがありません」
大統領「随伴船舶と周到な欺瞞工作から見て、これは演習ではないよ。ウェーク島かミッドウェー島を爆撃し、グァムに向かうのかも知れん。東京はアクションを始めたんだ」
ハル「では、もう『あやす』必要がないのですね」
大統領「そうだ。国務省の役人たちは日本を怒らせたがっていたっけな。君の部下の好きなように書き直させるといい」
ハル「では明日・27日の朝までに見直して、閣下のご高閲を願います」
大統領「ノムラには明日の夕方5時に手渡したまえ。敵の第一撃の前に、余裕をもって、アメリカの正義の立場を世界史に公式に刻みつけておこうじゃないか」
ハル「ごまかしの返事もできないようなキツい要求をつきつけてやります」
大統領「ただし、絶縁状と受け取られてはいかん。非のうちどころなく紳士的な、提案の覚書[ノート]だ。『ハル・ノート』だな」
ハル「……ハル・ノートですか……」
《このエピソード終わり》