update:2011/2/3

甲越戦争のエピソードの劇画部分シナリオ


○今の長野県南部あたりの山村・戦国時代のなかば

 晩秋の昼。
 里山のあいまに細く街道が延びており、その両脇に農家が点在している。刈田、麦畑、雑木林、用水池などが雑然と散らばる風景。
 農夫Aが庭先で鎌を研いでいる。

農夫A「(ふと見上げる)……!?」

 視線の先の山の端に、白煙が断続的に立ち上っている。もちろんノロシである。

○農夫Bの納家の裏
 ナタで割った薪を整然と積み上げる作業中の農夫Bの背後から農夫Aが声をかける。

農夫A「ノロシだ、甚兵衛。出かくるべい!」

農夫B「それじゃ、来たか? こんだは甲州勢の落ち武者かやのう?」

 農夫Bがガラリと納屋の戸を引き開ける。
 その中には、ピカピカの各種火縄銃が数丁、長短の槍が数本、複数の太刀、脇差、小具足などが整然と並んでいる。あたかもテロリストの武器庫のよう。

○村の俯瞰

声1「早よ、村じゅうに知らせずばな!」

声2「風向きによく気をつけろ! 火縄をば嗅がすでねえぞ!」

○村境の峠道
 駄馬の曳き馬×1を含む10人前後の落武者一行、疲れ切った様子で退却してくる。
 足軽もいれば、身分ありげの者も混じる。

先頭の男「……!」

 横合いからヒョイと出てきた村の子供1人。ちまき状の稗団子をザルに盛って、それを売ろうという様子。

子供「稗団子はいらんか、お武家衆!」

先頭の男「ありがたい。ぜんぶ貰おう。幾らだ?」

 早くも、男たちの手が延びて餅をむさぼり食らう。

落武者2「白湯はないか? 出してくれれば、買おう!(と、小さい袋から金の小粒を手のひらに注いで示す)」

子供「おじさんたちのあとからも誰か来るのかや?」

先頭の男「(銭を支払いながら)いや、わしらは行くところがあって、本陣とは別なのじゃ」

声「だら、片っ付け易い!」

 声とともに、風下の猪垣(ししがき)から20人ほどの農民が一斉に姿をあらわし、その半数がいきなり鉄砲を打ちかける。残りの半数は槍と、先端にカマを縛り付けた長い梯子を手にしている。
 たちまち数名の落武者が斃れる。
 残りの落武者はてんでばらばらに逃げ散ろうとするが、こんどは風上側の草むらから、太刀、投網、弓などを持った10名ほどの農民が湧いて出て、逃げ道に立ち塞がる。
 数名の落武者は投網と梯子でからめとられてしまい、さらに回りから大きな石を多数、投げつけられて殺される。
 かろうじて2名、由緒ありげな武士と、先頭の男の主従だけが、ガケを転がり落ちるようにして逃げて行く。後ろから矢玉が追ってくるが、かするだけのように見える。

農夫A「こん、下手糞! 外した!」

農夫C「(火縄銃を再装填しつつ)畜生、当てたはずじゃが……! 薬の無駄をした」

農夫B「(2名を指差し)一匹も生かして逃がすな。逃せばあとで村を焼きに戻ってくンだから!」

農夫D「おう! あの先は崖続きで、逃げ道などない!」

○深い山林
 俯瞰。

○山林の中
 最後の落武者が大木の根本に座り込み、わき腹をおさえて、息を衝いている。
 胴巻きからは出血が。じつは弾丸が当たっていたのだ。
 あちこちから山狩りの声。「間道はふさいだか?」「崖の下もよく探すべい」

最後の落武者「土民に囲まれたな……。もはやこれまで。十五兵衛、世話になる」

先頭の男「かしこまって候!(と首を打ち落とす)」

 山狩りの声がさらに近づく。

先頭の男「御首を晒させたりはしません。首実検もできぬように面皮を剥いでから、どこか山の中に……(と、首を包んで立ち上がる)」

背後から声「そいつは少し待ちなよ!」

 大口径の高級な火縄銃をもった農夫C、数mの距離から「先頭の男」の背中に向け、発砲。
 先頭の男、バッタリとうつぶせに倒れ付す。

 農夫Cの後ろに、鎌を持った少年が追いついてくる。
 農夫Cが燃えている火縄を黙って差し出すと、少年は黙って鎌でその火縄の先端数センチを切断する。

 先頭の男の死骸の脇に、切り離された火縄の先がポイと投げられる。
 あたかも線香のように煙がただよう。

声(農夫C)「さて捨吉、おまえは鉄砲の手入れじゃぞ。錆びつかすな」

声(少年)「うん!」

 ※以上のシーンは、戦乱期の「土民」は決して竹槍などではなく、蓄えた火器で武装していたのだという話をビジュアルで示すものです。


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