●”■×”(数字)  『WIRED(ワイヤード)』

没シナリオ大全集 Part 5


Part 2:一瞬の落下


(ヘリは都心の一角にそびえる、“MOTODA・MOTORS”と彫刻のある高層ビルの屋上ヘリポートに降りていく。ビルの上部階の壁面では窓拭きの清掃員1名を乗せたゴンドラが見える。)

(ヘリがビルの屋上ヘリポートに着陸するところを窓拭きのゴンドラの中から見上げる清掃員。逆光で顔がわからないが、●”■×”のようにも見える。)

(屋上に出迎えているのはいかにも律儀者の常務、川上。ヘリが着陸する。挨拶する川上の前を、ヘリから降りた元田はスタスタと歩きすぎてビルの中に入ってしまう。その後から永山が出てきて川上に近付く。)

川上
「首尾はどうでした、社長?」

(永山、ダメだ、というように首を振る。永山と川上、連れ立って屋上のビル入口に向かう。パイロットとコーパイロットがヘリの点検をしている。)

(指がボタンを押す。エレベーターのドアが開く。永山と川上の乗ったエレベーターが下りはじめる。)

川上
「えっ、社主はF1から撤退してもよいとおっしゃったんですか?それは朗報じゃないですか、社長!」

永山
「川上常務。ピュア・1がいい成績をあげるわけはないよ。結局どちらも底無し沼を金で埋め立てようとするような事態になるのじゃないか?」

川上
「それは最悪です。困ったことになりました…」

永山
「川上君、とりあえず、今後は開発費の配分面でうまく調整していくしかないと思う。すまんが知恵を絞ってみてくれんか」

宇治野
「ですが、元田社主は組織なんて糞食らえという江戸っ子カタギ。結局は予算を好きなだけ使ってしまいますよ。やはり、あの金喰い虫のF1事業からの撤退を、重役会議の総意として社主に迫るのが、額から言っても至当だと思いますが…」

(エレベーター、ビルの中程でとまる。ドアが開く)

永山
「宇治野君、そのことは何度いってもダメだ。F1レースへのエンジン供給は、親方が会社を創立する前からの夢だ。親方が死ぬまで撤退はありえない」
(永山、エレベーターの外に歩き出ていく。)

宇治野(閉じかけるドアの隙間ごしに永山を見送りながら)
「…社主の命日までダメ…ですか…」


(“社主”と書かれた机。壁には、過去にモトダ・エンジンが勝利したF1レースの優勝表彰式の写真がズラリとかかっている。その椅子にどっかと腰を駆ける男。元田である。若いセクシーな秘書がお茶を運んでくる。窓の外ではゴンドラが丁度この社長室のある階に止まり、さきほどの清掃員がゴンドラの中で腰を屈めて何か準備しているのが室内から見える。窓の方を見たなり急に盆を落す秘書。)

元田
「オイ、どうした?君がそんなにそそっかしいのはめずら…」

(突然、パパパパ…と、マック10型サプマシンガンが窓の外から室内に撃ち込まれる。飛び散るガラス破片。わけもわからず咄嗟にマホガニーの机の下に伏せる元田。元田の目の前に女性秘書の倒れた足がある。その足はみるみる拡がる血の海に浸されていく。)


(階下にあるガランとした会議室。川上が若い技術者・宇治野とふたりだけで、机上の他社の極秘資料をはさんで意見交換している。宇治野の名前は、胸の名札によって読者に知れる。)

川上
「それじゃ遂にトヨサキ自工はフリクション・ウェルディングによるセラミックホイールとボロンシャフトの接合にメドをつけたっていうのか?」

宇治野
「はい。量産移行は半年後。そのときは従来型排気タービンとコストは同じでイナーシャは約50%軽減、ラグは機械式スーパーチャージャーに比べて遜色なくなると…」

川上
「くそ!ノーマルアスピレーションの3.5リッターエンジン[※註:現行のF1エンジンの定格]なんぞに予算と技術者を注ぎ込んでいるうちに、わが社は次世代の希薄燃焼技術でどんどん他社に遅れをとってしまう!」

(突然頭上から響き渡るドガガガ…という音に天井を見上げる川上と宇治野。ビルのあちこちから女子社員の喚声が聞こえてくる。窓の外にガラスの破片が降るように落ちていく。それを見る二人。)

川上
「宇治野くん、なんだろう?」

宇治野
「まさか、32階の社主の居間じゃ?」

川上
「30階の社長室かもしれんぞ」

(ふたり、会議室の窓際にかけより、上を見上げる)


(ゴンドラの中のマシンガン男、硝煙の晴れ間から社主の部屋をしばし確認する様子。)

清掃員(顔は相変わらずよく見えず、●”■×”のようでもある)
「どうやら、一丁あがりのようだな…」

(清掃員、ガラスの割れた窓から室内に入ろうとする。そのとき、右方向から一弾が飛来し、ゴンドラをつるしている3本のケーブルを同時に切断する。)

清掃員
「うわっ、わああーーっ」
(マック10を片手に握り締めたままゴンドラと共に高層ビルの壁沿いに落下する。しかし相変わらず●”■×”本人なのかどうか判然としない。)


(会議室の川上と宇治野。窓際に並び、下を見ている)

川上
「いまの男、銃のようなものを持っていたぞ」

宇治野
「とんでもない事件が起きましたね」

(上から見た下の路上。かけつけた複数のパトカーから警官が降り、野次馬を遠ざけている。)

(下をみる宇治野の顔のアップ)

(翌日の朝刊のアップ。“モトダ・モータース本社ビルで白昼の銃撃”という大見出し。他に、“窓拭きのゴンドラから機関銃乱射、女性秘書一人死亡”“元田前社長は奇跡的に無事”“犯人転落死、日系の国際テロリストか”などの小見出しが読める。)

(永山が青い顔で鞄持ちの社員2名を従え、ビルの1階フロアにそそくさと降りてくる。するとちょうど玄関から入ってきたカジュアルな服装のリノ・サビーニが永山をみつけ、かけよっていきなり永山の胸ぐらをつかむ。)

リノ
「このやろう、人殺してまでして会社の実権を握りたいか!」

(永山の鞄持ちや周囲にいあわせた社員があわててリノを取り押さえ、引き離す)

社員A
「やめろ、リノ!」

社員B
「いきなり何ていういいがかりだ、リノ・サビーニ!」

リノ
「おまえらはわからんのか?!こいつが殺し屋を雇い、たったいまミスター・モトダを亡き者にしようとしたのが!」

永山(盾となってかばう社員をかきわけて一歩進み出て)
「サビーニ君、それはどういうことだ?聞き捨てならんよ!」

リノ(自分の両脇を押えていた社員を振り放し、胸を張って)
「とぼけるならいってやる。アンタはむかしF1事業部長だったのに、昇進して社長となってからは社主の意向に面従腹背、グランプリレースにも、こんどのレーサー仕様車にも反対なんだ!アンタ以外に誰が元田社主の暗殺なんか依頼するものか!」

(周囲の社員たち、ギョッとした顔で永山を注目。)

永山
「確かに私は大所的な判断から、F1事業継続にもピュア・1プロジェクトにも賛成しかねる!しかしリノ君、そのことなら次の重役会議の議題にとりあげられることで既に根回しが進んでいるよ」

リノ
「ど、どういうことだ、それは?」

永山
「つまり、その議決で、F1とピュア・1はともに正式に葬られるんじゃないかな?だから私には社主を襲わせる理由などないし、その時はテストドライバーの君ともサヨナラというわけだ。…あ、諸君、いまの会話はすべて他言無用だからね」
(と、リノを尻目に歩き去る。)

(はぎしりして立ち尽くすリノ。両者を交互に見ている社員たち。)

Part 3

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