川舟

没シナリオ大全集 Part 10.9


白紙やり直し検討案メモ
(97.7.1)

○神田川・月夜
 五助のシルエットが川縁に出てくる。
 五助は手に仔猫の首玉を掴んでいる。
 猫は激しく抵抗している様子。
 五助、その猫をポーンと川面へ放り投げる。

○縫物部屋
 着物を縫っているおゑつの部屋にもギャーンという猫の悲鳴が届くが、おゑつはそれに気付かず、無心に針を運んでいる。

○神田川
 水面に猫の水死体、流れてもやい舟につきあたる。

○下女の部屋・時間経過
 おゑつ、仔猫の行方をおたおたと探して階段を上がってくる。
 部屋には数名の下女が草紙を読んだりムダ話をしている。

下女#1「(火鉢に手をかざしながら)おゑっちゃんは田舎じみてるが愛敬のある顔だねえ」

 おゑつ、部屋の中に猫がいないか探す。

下女#2「旦那様も、お物師(*)の見込みがないから、三月の出替りに品川の岡場所に売ってしまおうとの相談かもねえ…」[※註:縫物をする女中]

おゑつ『(下女らの唇を読み)…!!』

 おゑつ、動転して部屋の外に飛び出す。

下女#3「(下女#1#2に)ちょいと、あの娘は唇が読めるんだよ。ちゃらくらを言って脅かすもんじゃないよ」

 下女#1#2、舌を出す。

○母屋一階の座敷・同時刻
 明るい灯火と火鉢がある。
 そこにはローティーンの小僧だけが集まり、にぎやかに、一人の手代により習字と算盤の稽古をしている。

○牛小屋
 凍える月の下、捨松、砂地に指で字を書いて手習いの練習をしている。
 その地面にポタリと涙が落ちる。
 と、そこへ、男の足。
 捨松が見上げると、到着が遅かったため今晩は河岸に停泊して舟宿で夜を明かそうという船頭だ。
 捨松、船頭の口元を凝視する。

船頭「おラは今夜ァ河岸泊まりの船頭だがの、こちらの手代さんがこいつを水に投げ込むのを見たで…」

 船頭は、板きれの先にボロ雑巾のようにまとわりついた猫の屍を捨松の前に置いてきびすを返す。
 猫の変わり果てた姿に息を呑む捨松。
 そこへ、いつのまにか牛小屋近くに出てきて、先程から物陰からこの様子を見ていたらしいおゑつが飛び出してきて、猫の死骸を抱き締める。
 おゑつの出現に驚き、あわてて涙の跡を袖で拭う捨松。

○月に群雲・時間経過
○牛小屋
 捨松とおゑつ、おゑつの所持していた小型の和鋏で猫用の穴を掘っている。
 板切れ製の卒塔婆には断哲が書いた“三色掃冷丸”の名札が結び付けられて脇に転がっている。
 掘りながら、過去の走馬灯的回想。
 聾唖であるが故の、あの苦労、この苦労…。
 田舎の生家の葬式の門口で意地悪そうな口入屋風の二人が「男の子は寺にでも放りこみ、女の子は女郎にしたらいいのサ…」などと相談しているところを盗み見た鮮やかな記憶、奉公人となり、商店へのお使いで他の客からジロジロ見られたこと、町中で悪ガキどもに所持品を奪われたこと、炊ぎ場で下女に『そのかまど、大焚きしてるじゃないか、何を見てるんだい!』と叱られたこと、小さな子供にまで『か・な・つ・ん・ぼ・う』とからかわれたこと、etc.
 適当な穴を掘り終えた。
 溜息をつく二人。
 仔猫の溺死体は、しかし安らかな死顔をしている。
 捨松、その死顔に見取れながら、おゑつの持っている小型の和鋏に手をのばす。
 捨松、その冷たさに、我ながら驚いてハッとおゑつの目を見る。
 おゑつ、自分の手その上に重ね添えて、捨松の瞳をのぞき込みながら頷く。
 捨松、もう一方の手をその上に重ねる。
 互いにこの世にたった一人だけの理解者。
 牛が長鳴きする。
 月は黒雲に隠れ、霙が降り始めた。

○品川宿の豪勢な旅篭・同時刻
 宿の外風呂から上がり、中庭の廊下を部屋に戻る途中の惣衛門と断哲。

惣衛門「句会にかこつけた口入れ相談、八方よろしく収まり…」

断哲「…すっかり用は隅田川、と!」

■↓ここが弱い。あの二人は惣衛門のナンなのだ!?■

惣衛門「いや断哲先生のお陰です。郷里の古朋輩の遺児二人、これで行く末も定まりました」

断哲「只紋の断哲、身は太鼓持ちとなっても、法眼・法印(*)のツテは欠きませぬ」[※註:いずれも医師の階級]

惣衛門「元は手習屋育ちの二人。いずれは人の役に立つものと、金貸しどもから引きさらうように、手代どもにも知らせず身請け人を買って出ましたが…」

断哲「脈を取るのに耳は要りませぬ。むしろ他言をせぬが奥医師には好都合」[※註:内科以外を言うが、特に皮膚病科の役割が大きかった]

惣衛門「だが娘の方も御匙見習になどなれるもので?」

断哲「薬師たる拙者が太鼓判を押しているのですぞ」■<不自然!>

惣衛門「一本取られましたな」

断哲「早く帰って知らせてあげたいですな」

惣衛門「あいや暫く!ここは品川ですぞ。色街を覗いてから帰っても、早駕篭に猪牙を乗り継げば夜半前には…」

断哲「そう来るのではと思料致し、これなる細見[さいけん](=色街ガイドブック)をば持参つかまつりました」

 と、断哲、着替えをくるんだ風呂敷の中から、薄い和綴じの印刷本を取り出す。
 その表紙、『品川細見』のタイトルが読める。

惣衛門「(横手を打ち)さすがは先生だ。さあ、そうと決まれば…」

断哲「この霙[みぞれ]の中です。粋な柔らか物の上に田舎拵えの古ミノで繰り出すというのは?」

惣衛門「いよいよ渋いご趣向かな」

 二人、急ぎ足になって、喜々として中庭から母屋内へ。
 その中庭に降る霙[みぞれ]が少し強さを増す。

○上州屋

○上州屋から一里ほど離れた所にある神社の長い参道・みぞれ・宵
 下町は、明日の七五三の祭礼のための灯籠や出店を準備する町人達の灯火が明るく、賑やかである。

声#1「明日の七五三は待っちゃくれねェ。さあ精を出して祭礼準備にかかれ」

声#2「その幟はこっちだ」etc…

 この喧噪の中、二人の兄妹が寄り添いながら参道を神社境内へと歩いていくのに気をとめる町人はいない。
 二人のクロースアップ。
 まったく音のしない、二人だけの長い道行。
 二人は雪駄をはいているが、裸足の足はあか切れで、血がにじんで痛そう。
 歩きながら捨松、懐より一かけらだけ食べかけたままのチョコレートを大事そうに取り出す。
 おゑつ、その匂いをかぐ。
 捨松、おゑつに全部渡す。
 おゑつ、半分にして返す。
 二人、一緒にチョコレートを頬張って笑顔で見合わす。

○神社境内
 広い神さびた境内に古い小さい本殿がある。
 うっそうと古木の茂る境内は明りもなく、人も誰もいない。
 本堂の床下を寝ぐらとしている野良犬(冒頭に登場した)が丸くなって寝ている。
 うっすらと積った雪の上に、子供二人の新しい足跡が、本殿の階段の上までついている。
 捨松とおゑつ、本殿に向かい手を合わせている。
 二人、食べ残しのチョコレートのかけらを大事そうに紙でくるんで、賽銭箱の上に乗せる。
 二人、手をとりあって石段を降り、本殿の裏手に消える。
 本堂の床下の野良犬、片耳だけを上げ、目は寝ている。
 間。
 野良犬、急に何か物音を聴いたように目を開き、首を持ち上げて本堂の裏側を向く。

○上州屋
 店は戸締りしているが、表口が僅かに開けられ、数名の奉公人が提灯や小型のあんどんを掲げて表裏口に出てきている。

惣衛門「捨松とおゑつはどうした?ちょっと話があるんだ」

五助「(進み出て)それが…」

惣衛門「なに…?」

○積上場・数分の時間経過

五助「あ、その炭俵を捨松が別に分けようと致しましたのを意見いたしましたので…」

惣衛門「待っておくれ。五助、この俵からはみ出ている炭を嘗めてみてごらん」

五助「へ、へい…?」

惣衛門「甘いか、塩っぱいか?」

五助「こ…これは…!?」

惣衛門「おとつい割れ船(=難破船)になった紀州の備長炭だ。こんな横領品を上州炭と偽って仲買に卸してごらんよ。私の手が後ろに回るんだよ!」

五助「そ、それじゃ捨松は、この荷が漂没物と気付いて…!」

 そこへ八蔵と下女たけが走ってくる。

八蔵「捨松はどこにもいません!」

たけ「旦那様、おゑっちゃんも見えないんです」

 五助、氷ついたように立ち尽くすのみ。

惣衛門「五助、この掻き入れ時にあえて店を任せたのは、いよいよ番頭久三郎が暖簾分けときわまり、重手代のお前の采配を試すためだったのだ」

五助「(両手で顔を覆い)め、面目次第もござりません…」

八蔵「旦那さま、それより捨松とおゑつの迷子探しを…!」

惣衛門「おおそうじゃ。だが鐘太鼓は無用じゃぞやい、皆明りを持て」

 そこへ断哲、駕篭かきを連れて現れる。

断哲「上州屋さん、二人をお社の参道で見かけたものがあるそうだ。駕篭屋を呼んで参りましたぞ」

惣衛門「さすがは先生だ!(駕篭にとりつき)迷子探しだ。酒手は弾むよ!」

駕篭かき「ようがす! やってみやす!」

○神社境内裏の古池・時間経過
 五助、数人の手代、惣衛門、断哲が提灯を手に古池のほとりに無言で佇んでいる。
 みぞれで泥になった地面の上に、二人分の足跡。
 その足跡は池の水際で途絶えており、水面には血染の雪駄が二足浮いている。
 慙愧の念にかられた五助、その場に膝まづき、詫びるように両手を合わせる。

○荒川上流

船頭「この水は唐天竺までだってつながってるんだ。お江戸ばかりが江戸じゃねえや、なあ!」

船頭「おっと、もうしばらく筵ン中に入えっていねえよ。舟番所[←OK]の役人共に見られたら人さらいと間違えられっちまうからよ」

 筵の中でチョコレートをかじっている二人、顔を見合わせてニッコリする。

 月が皓々と川舟を照らしている。

 (完)

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