プロパージョブ

没シナリオ大全集 Part 8.5


○第四調査室内・時間経過
 机の上に出されたヒビ割れた湯呑茶碗のアップ。
 社長、朝倉、泉が向い合っている。
 お盆を脇に抱えた泉、朝倉の隣りで居心地悪そう。

社長「今日の用はな…例の、台湾の工場の失火の件や」

朝倉「ああ、あれは組織犯罪ですよ。…プンプンします。血に汚れた匂いがね…」

泉『…組織犯罪? 血の…匂い…!? (顔面から血の気が引く)』

社長「“調査”に行ってくれるか…」

朝倉「それが『第四調査室』の仕事ですから…」

社長「助かる。(内ポケットから封筒を取りだし)もう二人の航空券は秘書室に用意させてある。明日の昼、羽田発や…」

泉「ちょ、ちょっと待って下さい!(居住まいを正し)社長、せっかく北信大から採用して戴きましたが、私、今日限りで辞めさせていただきます!」

社長「泉君。もし君の辞意が固くても、労働法では、わが社はあと一ヶ月君を拘束できるのやで」

泉「うっ…」

社長「どや? この出張から帰り、手当てを貰うてもまだその気が変わらんようなら、正式退社ちゅうことにしたら…」

朝倉「泉チャンよ。お前、採用を通知されてから家賃15万のマンションに移って一人暮ししてるな。その似合わんイタリアン・スーツもローンだろう? この就職氷河期、明日からプータローになっても大丈夫か?」

 ガックリと肩を落とす泉。

○羽田空港を離陸する中華航空のジャンボジェット全景・翌日昼

○同機内
 窓際席から、小さくなる下界をながめている不安そうな泉。
 隣では朝倉が新聞を読んでいる。

泉『台湾なんかに行って、一体どんな“調査”をしようっていうんだ? ああっ、絶対に辞めてやる!』

○遠景・台北市

ネーム「16世紀にポルトガル人により“麗しの島”(フォーモサ)と名付けられた、台湾…。国民は、東部高地に多いポリネシア系先住民(高砂族)、17世紀に中国本土から移り住み人口の九割を占める漢民族(本省人)、そして第二次大戦後、国共内戦に敗れて台湾に中華民国を樹立した国民党員(外省人)からなる。国民党はながらく大陸反攻を党是としてきたが、近年では外貨準備高世界一の経済力を背景にした本省人の独立指向が高まり、21世紀中には中国とは完全に別な独立国となる見通しである。」

ネーム「…貿易は輸出入ともに電子電気機械が中心で、コンピュータを扱う中小メーカーや商社が無数にある。日本やアメリカで売られているパソコンも、現在その大半は台湾で組み立てられているといってよい。地理的にも人的にも大陸とのパイプが太いことから、香港が返還された後の世界のハイテク市場の十字路となるであろう。」

○工場用地の焼け跡・夕方
 近くにランクルを停め、泉と朝倉が焼け跡を歩き回っている。

泉「これが焼けた工場…? 何も残ってないですね…あ、イッテ…! 釘踏んづけた!」

朝倉「(無言で現場検証していたが)詐欺だな…」

泉「(片足を抱えながら)えっ!?」

朝倉「周囲の植生に何の変化もない。アセチレン爆発はこんなもんじゃない。…それに家庭用上水以外のインフラも皆無。工場立地として問題外だ」

泉「それじゃはじめから…」

朝倉「ダミーだろう。機械課のやつらが成績を上げようと、特約付きのF.O.B.なんぞを受け入れてつけこまれたのだ」[※F.O.B.=船荷取引契約の一定型。]

泉「それじゃこのガレキを虱潰しに探したら、保険会社を納得させられるような悪質な詐欺の証拠が…よ〜し(と、素手でガレキを掘り起こしにかかる)」

朝倉「(タバコを捨て、車の方へ歩み去りながら)やめろ。ここでいくら探してもムダだ。証拠は高雄港にある」

泉「高雄港…?(朝倉について車の方へ)」

○工場跡から高雄港に向かい山道を飛ばすランクルの車中・宵口

泉「ど、どうしてこんなに飛ばすんですか? 誰か人を待たせてあるとか?」

朝倉「(前を見た運転姿勢のまま)確かに今夜“パートの女子社員”と落ち合わねばならん」

泉「パ、パートの女子社員…(いろいろ想像する)」

朝倉「だが問題は、時計の針が夜七時を回ったこと…。今からは超過残業とされ、手当てが付かないのだ」

 S字カーブを猛然と通過するランクルの後姿。

泉(声)「ひえ〜っ!」

○台湾高雄港・コンテナヤード・夜

ネーム「…台湾・高雄港・コンテナヤード…」

 二〜三段に積み上げられたコンテナの畝の間を、二人の人影が通る。

泉「朝倉さん…広いっスね…ココ」

朝倉「(コンテナ一個一個に目を光らせながら)香港、シンガポールにつぐ世界第三位のコンテナ取扱港だからな、高雄は。ヤードの規模では日本の港はNIES以下だ」

泉「でもこんなところでパクリの証拠が見つかるというアテは…?」

朝倉「狩野の調査によればな…」

泉「狩野サン…? それ、誰です?」

朝倉「んっ!?(ひとつのコンテナの山の前で立ち止まり、表面のロゴを読んで)T&Sフレート[freight]…何かと噂のある海運会社だ…」

泉「仕向け港はアラブ首長国連邦になってますが」

 二人の様子を窺う人影。

 きしみ音がして、一個のコンテナの蓋が開けられる。
 中には厳重に梱包された機械が。
 朝倉、梱包を一部破る。

泉「煤けた機械だなあ。台湾はこんなものを外国に輸出してるんですか?」

朝倉「よく見ろ、火事で焼け残った贓物[ぞうぶつ]だ。密輸出だよ」

泉「エッ、それじゃあ、これは…」

朝倉「煤けちゃいるが、ウチが輸出した新品機械だ。…このインボイスのコピーも貰っておくか」[※INVOICE=発送貨物内容明細。ここではそのコピー。]

泉「やっぱり、粉微塵になったなんて嘘だったんですね。よし、このカメラで盗難転売の証拠を撮れば保険金も全額…(と、カメラを出す)」

泉「はい、二枚目撮りますよ室長、あ、室長のことじゃないって、どいて下さい」

 突如、ナイフを手にした屈強の男がコンテナの山の上から泉の上に降ってくる。
 朝倉、泉をつきとばし、泉はかろうじて男の切先を逃れる。
 男、今度は朝倉に向かってじりじりと間合いを詰めてくる。
 朝倉は足元に落ちていた麻のロープの切れ端を手にして身構える。

泉「け、警察呼びましょうか?」

朝倉「バカ、保税区域に不法侵入してるのはこっちだ!」

朝倉「(男に)台湾国軍の海兵隊崩れだな…」

男「フッ…そういうお前はただの日本のサラリーマンか(攻めかかる)」

 殺陣、展開。
 ナイフ対ロープの戦いでは朝倉有利。
 朝倉は男のナイフを叩き落とす。
 ナイフを跳ね飛ばされ、タジタジとなった男、急に拳銃を抜く。

男「遊びはオワリだ!」

朝倉「遊び? こいつは俺の仕事だ。プロパー・ジョブさ」

男「なんだと…」

 男の背後から狩野現れ、男を昏倒させる。

朝倉「遅刻だぞ、狩野」

狩野「オレまでサラ公にすンなよ」

朝倉「(周囲を見回し)おいっ、泉!」

 泉、小走りに出てくる。

朝倉「今度、俺の下でやってもらう泉だ」

泉「いっ泉です…よろしくお願いします」

朝倉「彼は俺のパートナーの狩野だ」

泉「よ、よかった…ウチの室ってボクと室長しかいないのかって少し不安だったんスよ」

狩野「勘違いすんな。オレは三京の社員じゃねえよ」

泉「ヘッ、それじゃ嘱託とか…」

狩野「(朝倉に)“女子パート社員”って費目になってたかな。オレの手当ては」

朝倉「ああ。経理部長は“女子”といえば低廉労働者としか思わん奴だから、すぐに三、四人分の予算を認めてくれるのさ」

泉「この人が例の“女子パート社員”…」

朝倉「狩野は元・冬戦教[とうせんきょう]の二尉だが訳あって脱走…いまじゃアンダーグラウンドの人間だ。ヤバい仕事になりそうなときは、頼りにする」[※自衛隊冬季戦技教導隊=札幌・真駒内にある。表向きは五輪や国体のノルディック選手を養成しているが、実は日本で唯一の遊撃戦(ゲリラ)部隊。]

泉「はあ…」

狩野「オレの紹介は最小限に願うぜ。それよりいつこっちの世界に来るんだ、朝倉? 知り合いの客家[ハッカ]の大物が、使える秘書を探してるんだが…」

朝倉「バカを言え、オレはフツーの商社員だ。たまに暴力の売り買いもするだけさ」

○時間経過
 大型コンテナ船(空荷)が横付けしている深夜のコンテナ岸壁。
 先程のコンテナの中に、気絶した台湾人の男が安置されている。

朝倉(声)「こいつが今回の詐欺にも関わってるのか」

狩野「ああ。トーワ電子の社主とは同じ穴の狢…トライアドの末端構成員だ」

朝倉「では、お前にそっち方面を頼む。三京のビジネスに二度とチョッカイを出さないように、な」

狩野「ウム。連中とはまんざら他人でもないから、明朝、話をつけてくる(と、コンテナの扉をしめてしまう)」

泉「あれっ、狩野さん…どうしちゃうんですか?」

朝倉「このコンテナなら明日、船艙の一番下に格納されて中東に向かうはずだ」

泉「と、途中で目を覚ましたら…?」

狩野「周りも数百個のコンテナががっしり積み上げられ、船員も近付けない。アブダビまで、叩こうが叫ぼうが聞こえはせん」

泉「えっ…赤道直下を三〇日の航海でしょう? クーラーもないし…」

朝倉「ああ。今度外気に触れるときはすっかりミイラかもな」

泉「ゲゲッ…」『何なんだこの人たち…ひ…ひょっとしたら、超悪党なのでは…!?』

○時間経過・夜道を三叉路にさしかかるうランクル
 ヘッドライトに照らされた道標が、『←高雄 台北→』と読める。
 ランクル、台北方面に曲がり、去る。

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