カスピの砲煙
没シナリオ大全集 part 4.9
Part 10:裏切り
○ブリッジ
士官1「なんだ、いまの銃声は?」
士官2「通信室で何があった!?」
士官3「艦長はどういう決断を下したんだ?」
そこへ、泣き顔の副官が出てくる。
副官「諸君…艦長は…自決された!」
士官1,2,3「…!!」
副官「バクー艦隊の撃破とマクシモフの死で目的は達成された、自分一人が責任を取る、とおっしゃって引金を…(と、血染めの拳銃をコンパス台の上に載せる)」
士官1「それじゃ、これからわれわれは…」
副官「名誉ある投降を行なうべし…それが艦長の御遺志である!」
士官1,2「…うっ…(泣き臥す)」
士官3,4「ううーっ…サホノ艦長…!」
副官「これより艦長に代り小官が指揮を取る。…停船信号、機関停止、ただし蒸気圧は維持せよ!」
士官1「では、原爆装置もあのまま引き渡すのかっ!?」
副官「それについて艦長の極秘の指示を伝えたい。全員、船底倉庫に集まってくれ」
○ロング
港内に停止している曳船と浮ドックに向かい、一隻の連絡艇が走って行く。
乗っているのは、マクシモフ、参謀、武装水兵多数。
○連絡艇
マクシモフ「…反乱士官の中にお前の血縁がいたとは…。ペテルブルグ育ちならば民族意識が希薄でも不思議はない」
参謀「子供の頃から口のうまい奴でしたが…まさか土壇場で仲間を裏切り、己の釈放と引き換えに原爆を売り込もうとは」
マクシモフ「類が友を呼んだか」
参謀「は?」
マクシモフ「とにかく、これで奴ら全員を処刑してしまえば、わしの責任も軽くなる」
参謀「いや、処刑の必要なら、不要であります」
マクシモフ「何だと?」
○曳船
○曳船の船底倉庫
士官と下士官・水兵の全員があまり広くない倉庫室に集合している。
士官1「ハチャトゥリアン大尉はどこだ?全員を集めたぞ」
士官2「しかし何もわざわざこんな倉庫で…」
突然、外から扉がガチャンと閉められる。
士官3「副官が扉を外からロックした!」
士官4「何だって、どういうことだ?」
○倉庫の外の廊下
内側から扉をドンドンと叩く音が響いている。
副官、ニヤリと笑って、近くの太い蒸気パイプのバルブを左に数回まわす。
○倉庫内
突如、剥き出し配管されているパイプの一本が割れ、多量の蒸気が倉庫内に噴出しはじめる。
兵1「蒸気パイプから漏出!」
下士官1「すぐバルブを閉めろ!」
兵1「(バルブを回しながら)いくら回しても利きません…壊されてます!」
士官1「副官の奴…!」
士官2「裏切ったか、ハチャトゥリアン!」
激しい蒸気噴出が続く。
倉庫内には高温高圧の蒸気が充満していく。
兵たち「頭が…!」
他の兵たち「すごい熱だ…た、助けてくれ!」
気圧のため、棚にあるペンキ缶の蓋が次々と飛び上がる。
天井の裸電球も次々に割れる。
士官2「(頭を押さえながら)高圧と高温で…このままでは全員死ぬ…!」
士官3「早く…なんとかドアをぶち破れ!」
必至でドアを破壊しようとする努力。
しかし、兵たち、両手で耳を押さえ、鼻血を出して次々と昏倒。
配管からの蒸気漏出は容赦無く続いている。
○倉庫の外の廊下
扉を内側から叩く音がだんだん弱くなっていく。
音、ついに止み、シーンとする。
扉の下から大量の血が流れ出てくる。
扉に耳を近付けて、内部の全員の死亡を確認する副官。
副官「アチチッ…!(耳を離し)まるで圧力鍋だわ(と、立ち去っていく)」
副官が去った後の扉は、内圧のために大きく外側に膨らみ、隙間からは熱い蒸気が炊飯器状の細い白筋となって吹き出している。
扉下から浸み出した血で、廊下は血の河状態。
○曳船・ロング
曳船に連絡艇が近付く。
舷側に副官が一人、姿を現わす。
副官「(白旗を振りながら)皆さーんっ、逆徒どもは私が殲滅しました!」
参謀「よーし、急いで乗り移れ!あの“装置”の説明を聞かせてもらうぞ!」
○曳船・浮ドックのロング俯瞰
副官を載せて、浮ドックに向かう連絡艇。
○連絡艇
マクシモフ「ひとつ尋ねるが、お前は副官としてサホノの企てを助けてきた。それなのに…」
副官「…なぜ突然変心したか、ですか?…それは“装置”の前で説明申しましょう」
浮ドックの上、操作パネルのところに残っていた反乱側の下士官一名、連絡艇に気付いて銃を構える。
副官「あっ、あの逆賊を撃って!」
連絡艇の水兵数人の銃が一斉に火を吹き、浮ドックのサホノ側下士官は撃たれて落下、海中に消える。
○浮ドック
その落下点のすぐ脇の海面に、ヴィンクラーが顔を出し、水を吹いて荒い呼吸をつく。
ヴィンクラー、連絡艇が近付くのを認め、浮ドックの影に隠れる。
ヴィンクラー、浮き輪代りにしているバッグのファスナーを開けると、ビニールに入ったSMGが出てくる。
連絡艇が浮ドックに乗り付ける。
マクシモフと参謀と副官、船台の上に乗り移る。
彼らの目の前には、薄板ロールを溶接して造った原爆装置がワイヤーで床に固定され、横たわっている。
副官「(顔がパッと輝く)見て下さい!シンプルで確実な芸術品でしょう!」
マクシモフ、参謀「…」
副官「(マッドサイエンティストの恍惚を見せ)これは一個人により完成された世界最初の原爆だ!…これが設計通りの威力を発揮するところを、是非見届けたいじゃありませんか!」
マクシモフ「…だから爆発と同時に心中するのが嫌になったというのか」
副官「今世紀最後の工芸品を私よりナスタロフスキー大統領閣下へのご進物としたい。何卒よしなに、お取りなしの程を…」
マクシモフ「うむ…確かにこれならば最高の土産…」
相好を崩す副官。
マクシモフ「…ただし、贈り主はこのわしじゃ」
ギョッとする副官。
参謀「君には軍刑務所での無期重労働という温情措置を用意した」
副官「約束が…違うぞ!」
参謀「貴様が約束などと言えた義理か(指で水兵をさし招く)」
武装水兵の一群が浮ドックに乗り移ってくる。
副官、急に駆け出して筒状の原爆装置の一方の端にとりつく。
副官「よーく聞けぇ!この原爆装置は手動起爆もできるんだぞ!」
参謀「血迷ったか」
副官「大統領をここへ連れて来い!さもないと今すぐ爆発させるっ!」
マクシモフ「まあ話を聞け」
副官「お前らなんか信じられるか!直接大統領と交渉だ!さあ、早く呼べっ!」
○浮ドックの壁の頂上
水の滴るヴィンクラー、いつの間にか銃を手に立って、この模様を見下ろしている。
ヴィ『あちら側がガン・バレルの“砲尾”か…』
○浮ドック船台
副官「(マクシモフの部下水兵が銃を向けるのを見て)畜生、そんなに見たいんだな?よし、見せてやる!フハハッ…この通り…」
と、スイッチに手をかけた瞬間、ヴィンクラーの銃弾が副官の脳天を貫く。
船台の上に転がる副官の死体。
参謀「(見上げて)カザフの公安局員…!?」
ヴィンクラー、続いて水兵達を射殺しはじめる。
マクシモフと参謀、浮ドックの内壁にへばりついて射弾を避ける。
水兵達は原爆装置を遮蔽物にする。
参謀「撃て、撃てっ!アゼルバイジャンの原爆を守れ!」
水兵a「(射撃しながら)原爆…!?」
水兵b「(射撃しながら)聞いてねえよ!!」
ブイの上のヴィンクラーと、曳船甲板上の水兵たちの撃ち合い。
ヴィンクラー、ファイア・パワーにおいてやや不利となる。
○曳船
○曳船の下層デッキ
内圧のためドアが外側にたわんでいた倉庫、遂に大音響とともに蒸気爆発。
○曳船の船殻
吃水部で外壁に大きな破孔が開き、白煙がもうもうと吹き出してくる。
しかし次の瞬間、海水がドッと流れ込み、曳船はたちまち沈み始める。
沈むにつれて、浮ドックに繋がるワイヤーを海中にたぐり込む。
○浮ドック
ワイヤーに引っ張られ、ドック全体が大きく横に傾く。
水兵たち、尻餅をつく。
ヴィンクラーもよろめくが、咄嗟に、原爆装置が転がらないように固定してあるワイヤーを射撃で切断する。
筒状の原爆装置、転がり始め、水兵ら武器を捨ててあわてて海に飛び込んで、スルメになるのを避ける。
参謀も逃げようとするがマクシモフに足に絡み付かれ、逃げ損じる。
ゴロゴロと転がりながら二人の方に迫る原爆装置。
マクシモフ、参謀の体を楯にしようと悪あがき。
マクシモフ、参謀「うわーっ!」
原爆装置、二人を押し潰して壁際で止まる。
ドックの傾斜は止まらない。
○沈みつつある曳船
○曳船ブリッジ内
仰向けに横たわったサホノの死体を海水が洗い始める。
眼帯が波でめくれ、義眼が現われる。
すぐに海水がサホノの体を覆い尽くすが義眼だけプカプカ浮かんでいる。
○浮ドック
ヴィ『(眼下の原爆装置に狙いを定めながら)“砲口”部のタンパー(*)さえ分離すれば、起爆薬に点火しても臨界は起こらない!』
[※註:二塊のウラン235の連鎖反応が十分進行するまで四散しないよう押さえておく頑丈な蓋。]
ヴィンクラー、原爆装置の筒の帽子に相当する金属のぶ厚い蓋を溶接線に沿って銃撃する。
これでタガは緩んだが、タンパーはまだ取れない。
曳船は完全に水没したのが望見される。
ワイヤーに引きずられ、ドックの傾斜は危険なほどになっている。
ヴィンクラー、曳船から延びるワイヤーを銃撃し、切断する。
浮ドック、引っ張られる力が消えたので、やじろべえのように急激に復元する。
揺り戻しで原爆装置、反対側の壁まで転がり激突、その衝撃でタンパー溶接部が割れ、筒状の空洞内からケーキ状のウラニウムがこぼれ出す。
蓋の取れた原爆装置、壁で跳ね返って今度は海中に転がり落ちんとす。
ヴィンクラー、“砲尾”部分にある手動起爆装置に狙いをつける。
装置が海中に落ちかかると同時に、ヴィンクラー、手動起爆装置を撃つ。
ヴィンクラー「オール・クリアー!(*)」
[※索具引き揚げ、出港よしという海事用語と、ご破算の意をかける]
水中で起爆用TNTの大爆発。
○ロング
ヴィンクラー、爆発と同時に、銃を捨てて浮ドックの壁から海にダイブする。
爆発の衝撃で浮ドックにも亀裂が走り、沈没し始める。
○連絡艇
ずぶ濡れの三人の水兵だけが乗っている。
水兵a「(首をすくめながら閉じていた目をおそるおそる開け) か、核爆発か…!?」
水兵b「いや、どうやら起爆薬のTNTに着火しただけのようだ!」
水兵c「早く逃げよう!それなら濃縮ウランが海中に飛散してる!」
急いで現場海域を離れる連絡艇。
その船尾の古タイヤに、ヴィンクラーが片手でしがみついている。
航跡の残る波間を、サホノの義眼が漂っていく。
(完)