フォール・ライン

没シナリオ大全集 Part 8



○目的地近く・急峻な雪渓地帯
 星野がGPSと地形を見比べている。

木橋「星野さん、そろそろ目的地ですが、どこにも集落らしい物は見えないんですけど…」

三ツ石「俺もずっと不思議だったんだ。こんな酸素の薄い万年雪の谷に、人が住んでいる訳がないですよ」

星野「黙ってろ!(酸素が薄いので荒い息をしながら、先にスタスタ歩いていく)」

 木橋、三ツ石、顔を見合わせ、後を追う。
 二人、星野に追い付く。
 星野は立ち止まって前を見ているのだ。

木橋「(星野の肩越しに前方を見て)あっ…!」

三ツ石「(同じく)あれは…!?」

 岩棚状のクレバスだらけの雪渓に、ラップトップを抱えた安藤課長の死体。
 二人、急いで大きなクレバスを飛び越え、その死体に近寄る。
 星野は二人の後からゆっくり近付いてくる。

三ツ石「(木橋に)他に遭難者はいないかか?」

木橋「よしっ、上を探そう(と、三ツ石とともに更に上流に向かう)」

星野「(一人残されて)あんたが安藤課長だね。…とうとう見付けたぞ…(と、ラップトップを死体の手からもぎ離す)」
 二人の行った上流の谷を見る星野の目。

○更に上流の谷
 大岩を越えてやってきた木橋と三ツ石、立ちすくむ。
 上流にビジネスジェットの残骸。
 その脇では、正副パイロットの屍体が鳥についばまれてなかば白骨化している。
 その鳥たちが一斉に飛び立つ。
 二人、後ろを振り向くと星野が立っている。
 星野の手にはスコープ付きの小型エアーピストルが。

木橋「星野…さん…!?」

三ツ石「だからあいつおかしいっていっただろ、俺」

星野「観念しろ。もうあのシェルパも助けてくれんからな」

木橋「F1を越えてからの連続事故は、全部その銃を使ったんですね!」

星野「まあ悪く思うな。もっとも、エアーピストルの4ミリ弾では楽には死ねないと思うが…(と、狙いをつける)」

 突如、斜面の上で表層雪崩が起きる。
 雪煙が墜落機を覆い、次いで三人をも巻き込もうとする。

三人「…!!!」

 星野、全力で走り逃げる。

木橋「泳げ、三ツ石!」

三ツ石「おう!」

 二人は雪崩に巻き込まれてしまう。
 しかし、あがくうちに何者かがザイルを握らせる。
 それにしがみつく木橋と三ツ石。
 雪崩、収まる。
 二人は岩蔭にいる。

木橋「アマトさん…!」

三ツ石「生きていたんですか!」

 雪まみれ、顔などに擦り傷のあるのアマトがいる。

アマト「君達はここにいたまえ」

 反対斜面に駆け登った星野、両手雪の上についてゼイゼイ息をしている。

星野の背後からアマトの声「四千五百mの高地で全力疾走するのは元自衛隊員でもこたえるだろう」

 星野、ギクッとするが、動かない。
 アマトは星野よりも高い位置に立っている。

星野「なぜわかった?」

アマト「その左肘の内側の変色は、相当激しい銃剣術訓練でしかできないものだ」

星野「フン、いかにも俺は“冬戦教”(*)…しかもエアピストルのマークスマン(*)だ」
[※註1:自衛隊冬季戦技教導隊。札幌市真駒内にあり、ノルディック選手養成の他、日本で唯一のゲリラ戦専門部隊も兼ねる。][※註2:優良射手。]

 星野、ゆっくりと右手でエアピストルを探る。
 星野、急にそれを掴んで立上り、アマトの方を振り向く。

星野「お前の目だって射ち抜けるんだ!」

 ほぼ同時に、アマトの石礫が星野のアイゼンに命中する。
 アイゼンのかかとの止め金具が折れ、アイゼンが靴から脱する。
 星野、雪渓斜面を滑落しはじめる。

星野「うおっ、うわわーっ!」

 星野、そのまま雪渓クレバスに頭から転落、底無しの闇に吸い込まれて消える。

○安藤課長の死体付近・やや時間経過
 アマトと二人の大学生、安藤課長の死体を挟んで立っている。
 アマトはラップトップからハードディスクを抜き出している。

木橋「あの八神とかいう男も、番組制作会社なんかじゃなかったんだ」

三ツ石「…それを破壊することが星野たちの真の目的だったんですね」

アマト「そうだ。そして、私の請け負った仕事は、これを回収し、内容を公表させることさ」

木橋「それじゃアマトさんは誰から頼まれて僕達のパーティに潜入したんですか?」

アマト「南洋化工建設の湾岸=中国パイプラインは、日本の膨大な援助資金を投入するものだ。そうなると、困るのは沿線国以外の諸国だ」

三ツ石「たとえば、アセアン…とか?」

木橋「あっそうか、天然ガスがマラッカ海峡を通過せずに極東に運ばれるようになれば、東南アジアの重要性も低くなってしまう!」

アマト「フフ…後は想像に任せるよ」

木橋「…アマトさんはやっぱりシェルパ族なんでしょ?どうして、シェルパを名乗らないんですか?」

アマト「私は友を殺した外国の登山家に復讐を誓っている。しかしそれは、山案内中の秘密を守るというシェルパ族の伝統に背くことだ。だから“ハイポーター”なのさ」

木橋「…」

三ツ石『この人には日本人の血が流れているのかもしれない…』

アマト「(ザックにハードディスクを放り込み)さあ、日のある内に前のキャンプ場所まで戻ろう。この高度では君達は眠れないだろう」

 三人、連れだって下山開始。

三ツ石『…でも、聞くのはよそう。僕達も、この日本人の顔をしたシェルパの秘密は、守ってあげたいから…』  

(第一話・完)


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