重量物運搬船『松丸』

没シナリオ大全集 part 4

作/兵頭二十八 (96.1.14)


○『松丸』ブリッジ

番田「船長、ぶつかります! 変針を!」

船長「駄目だ! GPSが誤差10mで本船の計画航路逸脱を監視している。荷主との約束は必ず果たさねばならん!」

 ドン、という大きな音がする。

番田「な、何だ!?」

○ロング
 キャッチャーボートの舳先からブイが打ち出され、長いロープを引いて『松丸』前方の海面に着水する。
 ロープの後端にも浮きが結び付けられていて、長々と海面に漂っている。

○『松丸』ブリッジ

番田「(双眼鏡で前を見て) ブイを発射しやがった! ド畜生め、あの長いロープをスクリューに巻き付けようってんだな!」

船長「止むを得ん (と、取舵一杯)」

○ロング
 『松丸』、接近するキャッチャーボートの方に転針し、キャッチャーボートの航跡にクロスするように運動して、ロープをかわす。

○『松丸』デッキ
 水爆のアンテナ。
 水爆を固定しているワイヤーが、大転針でデッキが外側に傾いたため、不気味なきしみ音をたてる。

○キャッチャーボート・ブリッジ内

GP#1「しっかりしろ! 何やってんだ!」

GPボス「クソッタレ! 見てろ! (ウオッカの瓶を棄て、面舵をとる)」

○ロング
 キャッチャーボート、『松丸』の舷側に衝突。

○『松丸』ブリッジ
 衝撃で二人、よろめく。

番田「やりやがった!」

船長「(舵を取りながら) 積荷の固縛は大丈夫か!?」

番田「(後ろの窓をのぞき) ハッ、大変だ!」

○『松丸』貨物デッキ
 体当たりの衝撃で、積荷の固縛が切れる。
 さらに、二度、三度とキャッチャーボートがぶつかって振動が加わる。
 本船の操舵で、甲板も左右に傾斜する。
 大樽のような水爆、ワイドローデッキの上を傾斜方向に転がる。
 外舷には高さ1mほどの壁が立っているのでかろうじて落下は防がれる。

○『松丸』船底機関室通路
 機関長がジグソーパズルをしている。

声「手空きの者は上がってきてくれ! 積荷のワイヤーが解纜[かいらん]した!!」

機関長「(声に応えて) 合点だ、今いく!」

 機関長、椅子を立って駆け出す。
 ジグソーパズル、通路に落ちてバラバラに。

○『松丸』倉庫内
 直江、扉に耳を押し当てている。

直江『(青ざめて) こうしてはいられない!」

 直江、ポケットから針金を取り出す。

○後部甲板
 船の傾きにつれ、巨大な円筒が右に左に転がる。
 水爆が外舷の壁に激突するたびに大きな音が響き、外舷を乗り越えてあと少しで海中に落ちそうになる。
 船員たち、水爆のカンバスの上から捲かれているワイヤーに、ウインチとキャプスタンから延びている緊締用のワイヤーの先端のフックをなんとか噛ませようと近付くが、つぶされそうになって、逃げ戻る。

船員#1「あ、あぶねえっ!(間一髪で飛び退く)」

番田「(船員たちを後ろに下がらせ) みんな、船の安定を待て! うかつに近付けば、スルメだぞ!」

船員#2「そんなこと言ったって番田さん、このままじゃ積荷が落水だよ!」

番田『(苦悩して)…!』

声(直江)「積荷を絶対に落としちゃだめだーっ!!」

 番田ら、振り向くと、監禁を脱した直江が、必死の形相で走ってくる。

機関長「あ、あのガキ…どうやって倉庫の錠前を…!」

 直江、船員からワイヤーフックをもぎとって、動揺を続ける水爆に突進する。

番田「やめろ、正気か!」

直江「こいつは、海中に落ちたりして衛星からの電波が受信できなくなると、大爆発を起こすような仕掛けになってるんだ!」

 直江、うまく水爆の動きをみながら、ワイヤーを一本かけることに成功する。

番田『…あの身のこなし…どうみても、ヤク中の妄想患者には見えんぞ…』

 直江、つまづく。
 キャッチャーボートが外舷に当たり、反動で水爆が逆回転して直江に迫る。

直江「(観念して)…わーっ!」

 ミシッという音がして、水爆の回転は直江の寸前で止まる。
 直江が目を開けると、番田が渾身の力で鉄材を差し込んで止めている。

番田「(他の船員に) 何をしている! ウインチを捲き上げんか!」

○『松丸』ブリッジ
 船長が一人だけで、決死の形相で舵輪を握っている。
 キャッチャーボートが衝突するガンガンという音が響く。

船長『(海図を片手に持ち) 海図によると、この先に暗礁がある…!』

○キャッチャーボート

GPボス「どうしたっ、2発目はまだかよ!?」

GP砲手「(捕鯨銃にロープ付きブイの第2発目を装填しながら) ま、待ってくれ、もう少しで装填が終る!」

○『松丸』ブリッジ

五島「(レーダースクリーンをのぞき込みながら) 暗礁らしきものを探知! 左舷前方100m! そこだけ砕波のエコーがあります!」

船長「よ〜し、向こうのレーダーは取付け位置が低いから、直前まで気づかない筈だ」

 取舵をとる船長の手。

○俯瞰
 『松丸』、キャッチャーボートに当たっていく。

○キャッチャーボート

GPボス「(衝突を避けながら) くそっ、2発目はまだかよ!?」

GP砲手「できたっ! す、すぐにお見舞してやるぜ!」

 GP砲手、舌舐めずりしながら『松丸』の前方を狙う。

GP砲手「(前方の波浪に気づき)あっ…あれは…?」

○『松丸』ブリッジ
 船長、急に面舵をとり、キャッチャーボートから離れる。

○ロング
 キャッチャーボート、ガリガリと暗礁に乗り上げる。

GP一同「うわーっ!」

○『松丸』貨物デッキ
 積荷はやっと再固定をし終えたところである。
 後方に、座礁したキャッチャーボートがどんどん小さくなっていく。

船員たち「やったぜ!」「ざまあ見さらせ!」

 番田と直江、顔を見合わす。

○『松丸』ブリッジ

船長「ふう…(額の汗を拭う)」

五島「(無線室から紙片を持って出てきて) 新オーナーから、いまの航路逸脱について厳重警告です…!」

○ロング・同夜
 航走する『松丸』。
 海図がオーバーラップ、現在、南氷洋を抜け、真北に向かっていることを示す。

○ブリッジ
 船長、直江、番田、五島がいる。

船長「…すると、あの積荷の正体は荷主たちが密造した水爆で、本船がムルロアに最も近付いたとき、GPSの数値によって自動的に起爆する…というのだな?」

 直江、黙ってうなずく。

船長「二等航海士、君はその話を信じるのか?」

番田「こいつは体を張って積荷の落水を防いだんです。俺たちを困らせたいなら、倉庫の中にいて傍観してりゃよかったんだ」

五島「なぜ荷主が本船のマストじゃなく“積荷”にアンテナをつけたかも、こいつの説明を聞いてやっと腑に落ちましたわ」

船長「…(反芻するように) 船を止めても、コースから外れても、荷主には分る。制御信号が停波されて受信できなくなれば、積荷は自動的に爆発する…か」

直江「だから海没させるわけにもいかないんだ。そしたら我々は船ごと蒸発です!」

五島「よしてくれ、そんなんじゃ船員保険も降りやしねえよ」

船長「だが、君が本当に国連職員だという証拠はない。新オーナーから無線封止を言い渡されているから、確認もできないな」

番田・直江「(抗議するように) 船長…!」

船長「番田君。だいたい船を自動操舵にして、島も商船もない海域に無人で航走[はし]らせ、乗員はボートで反対方向に離れるなどということが、海員のモラルとして許されると思うのか?」

番田「ですが、機関を止めてから退船したのでは、数百mも離れないうちに荷主に気づかれ…結局全員蒸発です」

船長「(やや気色ばんで) その話がもしも全くのデタラメだったら…!? かつて荷主の期待に一度も反しなかったこの私と『松丸』の履歴は、どうしてくれる?」

番田「…どうやらそれがあんたの本音なのですな。仕方ない。私が船員を率いて退船させます!」

船長「反乱か? 二度と船会社のメシは食えなくしてやるぞ!」

 番田と船長、にらみ合う。

ブリッジの外に立っている見張りの下級船員「右90度、軍艦のような同航船、追蹤[ついしょう]してきています!」

船長「なにっ!! (双眼鏡を掴む)」

 番田、直江らもギョッとする。

○ロング・払暁
 豆粒のようなフリゲート艦のシルエットが、朝焼けを背景に水平線上に見える。

○船長の双眼鏡映像
 フリゲート艦がやや大きく見える。

声(船長)「むうっ…、ニュージーランドのフリゲート艦のようだ」

○ブリッジ内

番田「(吐き捨てるように) 目をひいたのは当然だ。妙な形の積荷と、南氷洋からムルロアへ北行するという不自然なルートをとってるんだから!」

船長「…」

直江「もし臨検のため停船を命じられたら…!」

船長「うろたえるな! ここは公海上だ。臨検などめったにできるものじゃない」

見張り船員「同速・同航のまま、ゆっくり距離を詰めてきます!」

○ロング
 朝焼けを背景に、やや近付いて見えるフリゲート艦

○『松丸』ブリッジ内

直江「五島さん、こうなったら無線で連絡を取ろう! 船を自動操舵モードで放棄し、救命ボートではなく、あの軍艦に移乗して反対方向へ全速離脱するんだ!」

 五島、ためらう。

船長「通信長、勝手なマネは許さんぞ!」

番田「船長、私も無線連絡をすべきだと思います」

船長「ダメだ!」

五島「すまん、船長、ワシ、もう堪えられんけん!!(と、無線室に飛び込む)」

船長「五島、待て!(後を追う)」

 船長、体で止めようとした直江を乱暴に突き退ける。
 が、次に番田がいきなり船長を殴り倒す。

船長「(尻餅をつき、顎をさすりながら) 貴様…!!」

番田「いつぞやのお返しですぜ!」

○無線室
 マイクを取り、ダイヤルを操作しようとした姿勢のまま凍り付いた五島。

五島「ああっ…なんちゅうこった!! この通信機、送信機能が全部外されちょるぞ!! 無電封止せんでも、初めから受信しかできゃせんのじゃ!」

○ブリッジ内

3人「なにっ…!!」

五島「(泣き顔で無線室からよろめき出てきて) 遭難信号すら打電でけんようになっとる! わしら、やっぱり荷主にハメられたんじゃあ!!」

船長「出港前、無線機を最新型に交換していったときにか…人非人め…!」

直江「船長、船舶の命綱というべき通信装置にそんな細工をしているのを見ても、この積荷がいかに不正で危険な性格のものか、分るじゃありませんか」

船長「(ガックリと肩を落とし)…信じたくなかった…私の技能を陸ではなく、海の上でもう一度証明したかった…」

番田「船長、軍艦に救助を乞う旗旒[きりゅう]信号の用意をさせます」

船長「仕方ない…か…」

見張り船員「軍艦、反転していきます! 速度を上げて遠ざかっています」

 4人、いっせいにブリッジ右側窓に駆け寄る。
 東の海上から朝日が昇っているので顔がまぶしい。
 軍艦、加速の印の煙を上げ、ほとんど見えないくらい遠ざかっている。

番田「(悔しそうに軍艦を見送りながら窓ガラスを叩き) クソッ…!」

直江「どうして急に反転していったのだろう?」

船長「分らんか? 仏領ポリネシアの所属界を超えたからだよ」

番田、直江、五島「えっ…」

船長「…ムルロア環礁も、もうすぐの筈だ!」

番田、直江、五島「…!」

見張り#1「右30度、現地民のカタマランボートです!」

見張り#2「左90度、同航船、漁船です!」

 凍り付く4人。

○俯瞰
 穏やかな南東太平洋を航走中の『松丸』。

○『松丸』舷側
 ボートを吊したダビットの脇に、機関長と下級船員十数名が整列している。
 その前に船長が立っている。

船長「(厳格な面持で) …事情は説明した通りだ。機関長の指揮の下、直ちに退船せよ。残りの幹部船員も後からいく!」

 下級船員たち、一斉にボートに乗り込み、ダビットで海面に。

船長「(上から声をかけ) 強い光を感じたら、すぐ水に飛びこめ! 西に向かって漕げば、必ず島か漁船に遭うからな!」

○ブリッジ
 番田、直江、五島が残っている。

船長「(入ってきて) さて、今度は君達が退船してくれたまえ!」

番田「(くってかかる) 一人で残って、どうなさるつもりですか!?」

船長「船長には最後まで船にとどまる義務がある。二等航海士、それを知らないわけはあるまい」

直江「でも処置を誤れば、多数の現地民が被曝することになります。みんなで最後まで対策を考えましょう!」

船長「もう時間がない。すぐに下船するのだ! これは船長命令だぞ!」

声(五島)「フランスの警備艇だ!」

 3人、一斉に左を見る。
 五島が窓に張りついて外を見ている。

○ロング
 フランスの警備艇が三色旗をはためかせて近寄ってくる。

○『松丸』ブリッジ

五島「(双眼鏡をのぞきながら) 警備艇から発光信号! 停船を要求しています!」

 警備艇の上で、チカチカ光るのが見える。

番田「いよいよ臨検か! 連中は最近ピリピリしているそうだぞ」

船長「通信長、手旗でこう伝えろ。“本船に核爆弾あり、停船すれば起爆するものなり、無線は故障、連絡員を寄越されたし”とな!」

○フランス警備艇・全姿
 『松丸』の左舷を、250mほど離れて同速で並走している。

○フランス警備艇・ブリッジ

フランス艇長「(不機嫌そうに) なぜ停止しない? あの手旗信号は何と言ってきている?」

フランス士官#1「(双眼鏡を見つつ) 下手な英語で、核兵器がどうの…と繰り返しています」

フランス艇長「チッ…また反核団体か。アメリカの核の庇護を受け、ヌクヌクと暮らしている日本人が、何を言いに来るのだ!」

発光信号係「退去勧告を致しましょうか?」

フランス艇長「生ぬるい。威嚇射撃用意!」

○『松丸』から見たフランス警備艇
 船首の機関砲がくるりとこちらを向く。

○フランス警備艇・前甲板
 機関砲の砲口から激しい閃光と、重々しい連射音。

声(艇長)「まず一連射、撃て!」

○ロング
 『松丸』の船首周辺に多数の水柱が立つ。

○『松丸』ブリッジ内
 前方のガラスに水柱の飛沫がかかる。

番田「えらいことになった…」

直江「マジかよ、あいつら!」

五島「(手旗を脇にかかえ、逃げ込んだブリッジ内からおそるおそる窓越しに外を見て) 発光信号! 今度は船尾の舵を狙って撃つ、と言ってます!」

船長「絶体絶命…か。みんな、すまない、この私が…」

 突然、シュルシュル…という音がする。

直江「何だ、あの擦過音は?」

番田「分らん…」

○ロング
 轟然、『松丸』と警備艇の中間に巨大な水柱が立つ。

○フランス警備艇
 崩れた水柱に突っ込み、滝のように海水を浴びる。

フランス士官#1「(ずぶぬれで) 大変です! 国籍不明の軍艦から砲撃!」

フランス艇長「なんだと…(砲声のした方角を見て) おわっ!?」

○ロング
 4隻の高速駆逐艦が、単縦陣で、白波を蹴立てて、まっしぐらに突き進んでくる。

○『松丸』ブリッジ
 船長、双眼鏡を目に当てる。

○船長の双眼鏡映像
 艦名は、前から『ちくま』『てんりう』『とね』『くろべ』。[※これらの艦名は海自には実在せず。]
 駆逐艦の艦尾、旭日旗がハッキリ見える。

○『松丸』ブリッジ

船長「信じられん…日本の…護衛艦隊のようだ…」

番田「海上自衛隊が?」

直江「(ハッと気づき) そうか、手紙は届いたんだ! やった、これでなんとかなるかも!!(と、へたりこむ)」

 船長と番田、直江に注目。

○俯瞰
 護衛艦隊の旗艦『ちくま』が、フランス警備艇と『松丸』の間に割って入る。
 警備艇は、上空を乱舞するヘリコプターに威嚇され、タジタジと遠ざかる。

○ロング
 『ちくま』はほとんど『松丸』に接舷するばかりに近付いている。

○『松丸』貨物デッキ
 『ちくま』から離陸したSH-60Jヘリコプター、『松丸』の後部甲板に近付き、海将および二佐の肩章をつけた2人の幹部海上自衛官 (護衛艦隊司令と同副官) が、無線機を持って飛び移る。
 ヘリコプター、飛び去る。

副官(二佐)「(足元を気遣い) 司令、お怪我は?」

司令(海将)「大丈夫だ。(見回して) それより国連職員の直江君はいるか!?」

直江「(甲板に迎え出て) 私です。ブリッジへどうぞ!」

司令「手紙は確かに受け取った! 捜索に手間取ってすまん!」

直江「(2人をブリッジに先導しながら後ろを指さし) あれが水爆です。推定される起爆座標まで、あと僅かなんです!」

○ロング
 『松丸』の進む前方遥か、いよいよムルロアの島陰が見えてくる。

○ブリッジ
 5人が揃っている。

船長「…というわけで、私は海員の義務としてこの船を棄てるわけにはいきません。皆さんはこの3人を連れ、できるだけ本船より遠ざかり、住民の避難方を…!」

司令「何を言うのです。貴方に海員の義務がある如く、自分達も日本国のケツを拭いて回る海軍人の端くれですぞ」

船長「しかし、本船がコースや速度を変え、あるいは水爆を移送・投棄しても、爆発は起こってしまうのです!」

番田「(どこからか、消防斧を掴んできて) 直江さんよ、こうなったらあの水爆、俺達がぶっこわしゃいいんじゃねえか?」

直江「外殻は特殊ステンレス鋼の溶接ですよ、とてもそんな道具では歯が立ちません」

副官「それに破壊を試みれば、自爆回路が作動する恐れがあるのだろう? 放射性物質も飛び散るし…」

直江「いや、それはありません」

司令・副官「なに?」

直江「あの水爆のコアには火薬もプルトニウムも入っていません。自爆回路が作動する前に瞬時に弾頭部を破砕することができれば、中味はただの二重水素で…」

船長「なぜそれを早く言わん! ならば司令、あの積荷を…!」

 全員、船長に注目。

司令「…?」

船長「…あの積荷を…砲撃で…破壊して下さい!」

番田・五島「船長…」

司令「よろしいんですね?」

船長「もう島も見えてきました、予想される爆発のポイントまで、ほとんど時間がありません!」

司令「…わかりました! ただし、腹を切るのはあくまで小官です。…副官、『ちくま』艦長に命令伝送!」

副官「ハイッ!(携帯無線機を掴む)」

○ロング
 4隻の艦隊が『松丸』の100m左側で密集単縦陣を組み、一斉に砲門を『松丸』後部デッキに指向する。
 ヘリが遠巻きにしている。
 島はすぐそこに見え、多数の現地民の漁民らが、遠巻きに何事かと見物している。
 フランス警備艇はあとから必死についてくる。

声「合戦準備。弾種は徹甲弾! 右舷砲戦用意!」

 5インチ砲と3インチ砲が、『松丸』の積荷にゼロ距離照準をつける。

声「目標、商船後部甲板上の積荷、前端部! 射撃は各砲1発のみ! 精密に狙え!」

 水兵たちは、合戦用のヘルメットを被っている。

○『松丸』ブリッジ
 5人が頭を抱えて床に伏せている。

司令「副官、艦隊[ウチ]の砲術の腕は大丈夫だな?」

副官「前回の訓練検閲での講評は“優秀”です。信頼してやって下さい」

番田「(直江に) 失敗すれば、周囲数キロ四方は蒸発だったな…?」

○『ちくま』砲塔

声「一斉射、撃て!」

 十門近い砲が一斉に火を吹く。

○『松丸』貨物デッキ
 激しい閃光と爆煙に後甲板が覆われる。
 シーンとする。
 煙が晴れると、水爆の頭の部分が破砕され、中味の重水はすっかり流れ出し、外舷の隙間から海に落ちる。
 水爆本体は、固縛ワイヤーが一部切れ、上から見て斜めにずれている。
 水爆のアンテナ、アップ。
 突然、アンテナ基部の、列になったインディケーターランプの端の一個が光る。

○『松丸』ブリッジ

司令「(腹をさすりながら) 誘爆は…起こらなかった…」

副官「(手帳を見ながら) あっ、訂正…あいつらの前回の成績は“優秀”ではなく、2ランク下の“可”でした」

五島「わしら、助かったんですかいのう!?」

○『松丸』貨物デッキ
 アンテナ基部のインディケーターランプが既に数個点灯している。
 ウィーンといううなり音がし始め、次第に高まる。

○『松丸』ブリッジ
 5人、それぞれの表情で生存の喜びを噛みしめている。

司令「副官、EU警察に連絡し、ホルテン一味を逮捕に向かってももう大丈夫だと伝えるんだ」

副官「はい。司令、間もなくヘリが近付きますから、それで旗艦にお戻り頂きます」

 そこへ、後部甲板から水爆のうなり音が聞こえてくる。

船長「あの音は…積荷から聞こえてくるようだが?」

直江「内部のフライホイールだ…! あれが高速回転に達すると、今度はそれを一挙に電力に変換して強烈なレーザーを励起するんです!」

 5人、再び凍り付く。

拡声器の声(フランス艇長) 「日本艦隊に警告する!」

○ロング
 フランス警備艇が、『松丸』の針路を阻むように危険なほど急接近してくる。

拡声器の声(フランス艇長)「ここはフランスの領海である! 貴隊の意図は何か、知らせ!」

○『松丸』貨物デッキ
 フライホイールの超高速回転のため、巨大な円筒が震えている。
 うなり音が最高潮に高まる。
 インディケーターの最後の一個のランプも点灯。

○『松丸』ブリッジ

直江「レーザーが発射される! 急いで船首を…何もないところに向けて!」

 船長と番田が、同時に舵輪に飛びつく。
 番田は左、船長は右に回そうとして力が拮抗する。
 一瞬、顔を見合わせる二人。
 番田、手を離す。
 船長、左に舵輪を回す。

船長「面舵では陸の住民を危険に曝す。君の取舵で正解だ…」

番田「…船長[キャプテン]…!」

○『松丸』貨物デッキ
 激烈な閃光。
 水爆後端部のまだ生きているレーザー起爆装置が作動、強力なレーザーパルスが前方に飛び出していく。
 水爆の本体が先程の砲撃を受けたとき竜骨に対して斜めにずれてしまっているので、光芒は『松丸』のブリッジを避け、射線上にあたったフランス警備艇のマスト頂部を一瞬にして蒸発させる。

○フランス警備艇

フランス艇長「(マストを見て) ひえ〜っ! マ、マストが…!」

○ロング
 レーザー、上空の海自ヘリを危うくかすめて、孤空に吸い込まれて消える。
 と、レーザーの電離作用により、南洋の空なのに、オーロラが現れる。

○『松丸』貨物デッキ
 水爆、煙を上げてバラバラに自壊している。

○『松丸』ブリッジ

直江「(司令と副官に説明し) レーザーの電離作用で、オーロラが生まれたんです」

司令「こんな南の海でなァ…(と、見とれている)」

副官「(司令の袖を引っ張り) 司令、後甲板にヘリが来ています。さあ、直江さんも…(と、ブリッジ出口に誘う)」

船長「(番田にだけ聞こえるように)…私の船長歴でとうとう、積荷を全損させてしまった」

番田「船長…船長こそ真の海の男だ! 次の船でも、是非お供させて下さい!」

船長「いいや…私はもう、君とは組まないつもりだ」

番田「そ…」

船長「帰ったら、私が君を一等航海士に推挙するからだよ。私の船には馬見塚君という一等航海士を乗せることに決めているのでな。君は他の船に行き、そこで船長を目指せ」

番田「(感激の涙を目に浮かべ)…!」

○ロング
 司令、副官、直江を載せた護衛艦搭載ヘリが『松丸』後部甲板を離れていく。
 船脚を落とした『松丸』の近くに、いつの間にか、離船した乗組員全員が現地島民のカタマランボートで漕ぎ寄せてくる。
 ボートの先頭には機関長が。

機関長「(ブリッジに手を振り) オーイ、舷門を降ろしてくれィ! 機関長以下、全員の帰船じゃ!」

 遠くに、午後の太陽が映えている。                   

(完)


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