没シナリオ大全集 Part 9.5


ノンビリ子ちゃん

(96.02.03)

自分で解説:深い人物描写に理解ができるようになる年齢は小五くらいらしい。これは、さる大手出版社のマンガ誌編集長に見せたら、「田舎を馬鹿にする話ととられかねない」と、没になった。あ〜あ。もうやめよう……と思ったのはこの頃だ。日付は、諦めずに最後の整理をした日だろう。1992年の暗殺者の話から始まって、1996年の小学校の話で終ったのである(1998年の『イッテイ』で、一瞬復活するけどネ)。

第1話「ノンビリ子、レースに勝つ」

○Z市の鳥瞰・ロング
 遠く日本アルプス級の高山の雪嶺を望む、日本のどこにでもありそうな小盆地:Z市。
 市のほぼ中心まで、Z市が終点となっているJRのヒゲ線が伸びている。
 また、Z市を横切るような高速道路も建設中である。
 駅前にはビルも建ち並んでいるが、すこし市心を外れるともう郊外。
 郊外のさらに周辺部には、ゆったりとした小河川が流れ、田園風景が拡がる。

ネーム『−−ここは中部地方の Z[ゼット]市−−』

○Z市郊外
 永年の堆積のため次第に河床が高くなり、そのため江戸時代から土の堤が高く盛り上げられてきた田舎によくある二級河川。
 ほとんど水の無い河床には、子供が木っ端で造ったおもちゃの水車が仕掛けられている。
 春の雑草に覆われたその土堤の南側に、落ち着いたたたずまいの英国風庭園が拡がっている。
 よくみると、その立木には一本一本、樹木の名札が巻かれており、真新しいヘタクソな巣箱もかけられている。
 その庭園の南側に、ややプレ・モダンな4階建ての鉄筋校舎が見えてくる。
 さらにその南側は広い校庭で、小学生たちが歓声をあげて遊んでいる。
 校門は校庭につながっており、門柱には『学校法人・私立・九育小学校』『Z市指定避難所』の表札が。
 ここまでは、地方の自然に恵まれた一小学校の点描。
 と、突如その門より、ボディに“交通安全みんなの願い”と大書されたマイクロバスが飛び込んで、暴走トラックのような勢いで、校庭の中央を突っ切り始める。

声(早杉先生)「オラーッ、人生は遊びじゃねえだァ!」

生徒#1「うわーっ、暴走バスだ!」

生徒#2「なんで小学校の校庭に〜っ!?」

 生徒たち、あわててバスを避ける。

○走っているバスの運転席
 運転しているのは、熱血スピード主義教師、早杉先生(39)である。

早杉「地方の小学校と思ってェ、テレンコテレンコやってっとォ、みんなひっころされっどォ!」

○校舎3階(5年2組)のベランダ
 5年生の猫川伊香理と松羽のり子が、立木の枝を伝ってやってきたみすぼらしい野良猫とじゃれている。
 やや離れて、いかにもサッカー少年風の同級生男子、磯樹がサッカーボールを膝でドリブルしている。

のり子「(校庭の騒ぎに気づき) あぶないわね〜っ」

磯樹「(ボールのドリブルを続けながら顔だけ校庭の方に向けて) あれのどこが“交通安全”なんだよ」

伊香理「あっ、運転してるの、私たちの担任の早杉先生じゃない?」

○校庭
 バス、急ブレーキで停車。
 もうもうたる砂塵の中、首からストップウォッチを提げ、手にはメガホンを持った早杉が、おもむろに降りてくる。

早杉「(メガホンを校舎に向け) 5年2組、集まれ〜っ! これから交通安全センターにいく〜っ!」

○5年2組の中

生徒#3「(焦った様子で) 聞いたっ、今の!?」

生徒#4「早杉先生が呼んでる!」

生徒#5「えーっ、まだ休み時間、5分残ってるよ〜!」

 と、愚痴をこぽしつつも生徒たち、本や遊び道具を捨て、一斉に廊下に向かって走り出す。

○ベランダ

磯樹「おい、猫川にノンビリ子、おまえらも遅れるぞ!(と、サッカーボールを捨てて駆け出す)」

のり子「(憤慨して) の、ノンビリ子〜っ!?」

伊香理「(背中に呼びかけ) 磯樹君、人にそういうあだ名をつけるのは『イジメ』なんだから!」

磯樹「オレがつけたんじゃないよ。松羽はじっさいにのんびりなんだからそう呼ばれるんだ (と、教室を走り抜けて廊下へ消える)」

のり子『(一瞬、呆然として) ショック…!!』

伊香理「(のり子の表情を見てハッと気づいたように) のり子、あんた…そうだったんだ…」

○校庭に停めたバスの前
 生徒たち、息せききって次々とバスに乗り込んでいる。

早杉「(手の中のストップウォッチを睨みつつ) 遅い遅い! 全員90秒以内にバスに乗りむだ!」

 最後に猫川が走ってくるが、早杉先生の目の前で転んでしまう。

伊香理「アイテテテ…」

早杉「猫川伊香理! また迷い猫なんかかわいがってるからだ」

伊香理「だってェ〜」

磯樹「(伊香理を追い抜いてバスに飛び乗り) ふーっ、今日は朝ごはんぬきでクラブ練習に出てきたから、何だかフラフラするよ」

早杉「(伊香理も乗車したので) めずらしいな、磯樹が遅れるとは。…よ〜し、全員乗ったところで…」

 早杉がバス内を見渡すと、座席に空席がひとつある。

早杉「おおんっ!? だれだ、まだ乗っとらんヤツは…?}

 その隣りに座っている伊香理、アッと口を押さえる。

早杉「さては…(と、校舎1階の下駄箱付近を見る)」

○校舎1階入口の下駄箱

のり子「ヒーッ、この靴、もう小さくて履きにくいよ」

声(早杉)「コラ〜ッ、松羽のり子!」

 のり子が振り向くと、すぐ後ろにマイロクバスが来てアイドリングしており、すべての車窓からクラスメイトがじっとのり子に視線を注いでいる。

のり子「(凍り付き)えっ…!」

早杉「(運転席から降りてきて) だからおまえは『ノンビリ子』などと言われてしまうだ。いいかげん久育小の生徒らしくならんと承知せんぞ!」

のり子「ふあ〜い!(早杉の前を走り抜け、バスに飛び乗る)」

○すぐに走り始めたバスの中
 のり子が猫川の隣りの座席に座ると…

速川瀬華「松羽さん、身長の伸びは人一倍早いけど…」

速水翔子「…ほかは全部ノロなのよね…」

 と、同級生である二人が、聞こえよがしに笑う。

のり子『そこまで言うか…速川瀬華に速水翔子さん…!』

伊香理「超ムカつく二人組よね…!」

早杉「(運転しながらマイクを通じて) みんな聞け〜っ! 日本のニューギニアとよばれたこのZ市にも、いよいよ都会から高速道路ちゅうモンが伸びてきただ」

○ロング
 バス、建設中の高速道路の末端の脇を通りすぎる。

声(生徒たち)「ハ〜イ、知ってま〜す!」

○バス車内

早杉「そこで、日頃ボヤボヤしているお前たちが、都会の自動車から身を守れるよう、今日は交通安全センターでみっちり学習しま〜す!」

声(生徒たち)「イエ〜イ!」

早杉『わかってんのかなー、こいつら…?』

 荷車付き耕運機や荷馬車などを追い越し、爆走するマイクロバスの後姿。

○Z市交通安全センター・正面入口
 『Z市交通安全センター』のネームが彫り込まれた、やたらにでかいアーチ。
 その内部は、田舎にはまったく場違いな感じのテーマパーク風。
 早杉の運転するバス、アーチの前に到着し、急ブレーキをかける。
 早杉、ドアを開けておりてくる。

早杉「よーし、着いただ! 全員30秒で降りろ〜っ!」

 その早杉の背後から、ぬーっと一人の人物が…。

声(行杉校長)「えらく遅かったが、渋滞でもあったのかね、早杉くん?」

早杉「な、なんだと、私が遅かった…!?」

 早杉が振り向くと、白いカイゼル髭をたくわえ、明治時代の官吏のようなフロックコートを着込んだ行杉校長(60)が、フロントサスが10mも前に延長された直線レース仕様の改造ハーレーの上から見下ろしている。

早杉「あっ…! 行杉校長、これはお早いお着きで…」

校長「学校設立者であるわしの教育方針を、学級担任の君が守っているか、見回りにきたのだよ」

早杉「ご安心ください。今日一日で5年2組の児童たちを立派な“交通サバイバル戦士”に仕立てる予定です!」

校長「そうか。この生徒たちが将来どんな都会に行こうとだれにも遅れをとることはないように、きたえてくれよ、早杉」

早杉「ハハーッ、肝にめいじまして…(顔を上げる)…あれっ、もういない…!」

 早杉が見ると、ハーレーに跨った校長は既に遠くの点となっている。

早杉『いつもながら、電光石火なお方よ…行杉校長…』

○視聴覚室内
 生徒たち、座席についてガヤガヤとしている。

早杉「(16ミリフィルムのリールを手に持って) それではまず、『交通安全のオキテ』を上映するから、みんな静かに見るように (と、映写機室の中に入る)」

伊香理「視聴覚室ってさ、なんか、ワクワクするね」

のり子「うん!」

 視聴覚室内、暗転すると、スクリーンに光が投影される。
 ほんの一瞬で、映写が終ってしまう。

のり子「あれっ、映画、もう終っちゃったの?」

伊香理「フィルムが切れたんじゃない?」

 視聴覚室内、パッと明るくなる。

早杉「(映写機室から出てきて、のり子達の脇で) な〜にが映画だ? 今のはスライド上映だぞ!」

のり子「ええっ、そんな、一瞬で見えない…」

早杉「見えないのは久育小学生として修業が足りないだ。[情けないやつめ]速水、何が映っていたか説明してみろ」

翔子「(立ち上がって) はい。1コマ目は右側通行、2コマ目は左右の安全確認についてでした」

早杉「そうだね! じゃあ、後半は何だったかな、早川?」

瀬華「(立ち上がって) えーと、『自動車の高速走行時におけるシミー現象およびハイドロプレーニング現象』…だったと思います!」

のり子[なんじゃそりゃ〜]

早杉「その通りだね、よく見ていたぞ。 みんなもこの二人のように注意力を集中するように」

伊香理「(翔子と瀬華を横目で睨み、小声で) ケッ…お前ら人間ビデオカメラかよ」

早杉「猫川! 女子のなかではおまえがいちばん不注意だぞ」

伊香理「(憤懣やる方ない表情で)グッ…!」

 瀬華と翔子、伊香理を指さし、クスクスと笑う。
 怒る伊香理をのり子がまあまあとおさえる。

早杉「(ストップウォッチを見て) おっと、次は実地か…。みんな、15秒で教習場に出ろ〜!」

 一斉にバタバタと移動する中で、

伊香理「(手の爪をネコのように顕し、のり子に)…あの二人とはいつか必ず決着をつけなきゃ…!」

○屋外教習場
 呆然とたちすくむ生徒たちの顔、顔、顔…。

磯樹「これが…教習場…?」

 屋外には巨大な地下トンネルが前後にふたつ、大きな口を開けており、その間を一本の太く短い道路が結んでいる。

声(早杉)「なァ〜にしてるだ。みんな、この教習車に乗るだ」

 生徒たちが振り向くと、その道路の中央にあるスタート/ゴールラインに、ホットロッド仕様のオープンカーが20台ほど並べて置いてある。
 早杉は既にその一台に乗り込み、V8ターボ・エンジンをスタートさせている。

のり子「えーっ、わたしたち小5なのに、自動車を運転するんですか?」

早杉「九育小学生に早すぎるということはないだ。それに地下サーキット専用車だから、免許なしでも大丈夫 (と、ヘルメットを被る)」

生徒たち「(ゴクリと唾を呑み込み) 地下サーキット…」

磯樹「いったい、どんな教習コースなんだ…?」

瀬華「(ひとりだけ不敵な笑みを浮かべ) フフフ…おもしろそうじゃない」

○スタートラインから少し引っ込んだ所
 生徒たちが車に乗り込み、エンジンをスタートさせる様子を、物陰からじっと窺っている男。
 いつのまにか戻って来ていた、行杉校長である。

校長『やがてZ市から都会にはばたいてゆく子供たちよ、このワシを鬼と思ってもいい。どうか、試練に堪えてくれい!』

○屋外コース上

早杉「1台に3人づつ乗ったか? それじゃみんな、最初はゆっくりと先生のあとからついてこ〜い!」

 と言うが早いか、早杉、先頭を切ってトンネルの中に入っていく。

○後続ののり子の車内
 のり子のオープンカーには、運転席に猫川、助手席にのり子、リアシートに磯樹が座っている。
 フロントパネル回りは、もちろんフルオートマチック仕様である。

伊香理「(早杉に続くよう運転しながら) ねえ磯樹君、あなたが運転してよ、得意そうじゃない?」

磯樹「(元気なさそうにシートにうずくまり) 悪いが、今日はちょっと力が出せないんだ…」

のり子『そうか、磯樹君の家…お母さんが入院してるから、朝ごはんを食べずに学校に来てるのね…(と、同情の表情)』

○後続の瀬華と翔子の車内
 こちらのオープンカーには2人しか乗っていない。

翔子「(前を走るのり子の車を見ながら不平顔で) ちょっと、磯樹くんをノンビリ子の車なんかにとられちゃったじゃないのよ」

瀬華「(慣れた手つきで運転しながら不敵な笑みを浮かべ) 翔子、レースで勝つには、まずよけいな重量を減らすことよ。勝ってしまえば、何でも好きなものが手に入るわ」

○早杉の車

早杉「(後席のスピーカーにつながっているハンドマイクをとり) ここから先は自由に走るだ。ただしおまえたちの車にブレーキはない! ハンドルだけで衝突を避けてゴールするだぞ!」

○のり子の車

のり子「なんですって、ブレーキついてないの、コレ?」

磯樹「(車がどんどん加速しているので心配し) 猫川、あぶないからそんなにアクセル踏み込むなよ!」

伊香理「違うのよ磯樹君、どんどん下り坂が急になってるんだってば!」

のり子・磯樹「えーっ!?」

 メーターが一気に100km/hを超える。

○ロング
トンネル内コースを走る生徒たちの車、滝壷に落ち込むような急坂を転がっていく。

声(生徒たち)「ヒーッ、助けて〜っ!」

○激走する瀬華の車
 周りでは、他の生徒たちの車が急カーブを曲がりきれず、次々に岩壁や砂山にクラッシュして、阿鼻叫喚の騒がしさ。

翔子「(シートにしがみつきながら) 瀬華っ、あんた、よく平気ねっ?」

瀬華「ホホホ…山中平公園のサーキットで“スピードクイーン”の名をほしいままにしているのはこのア・タ・シ! さあ翔子、後席にある『ゴミ』をとりだしてちょうだい」

翔子「えっ、『ゴミ』…?」

 薄汚れたネコのぬいぐるみがある。

翔子「こんなもの、いつの間に持ちこんだのよ? 車がよごれるじゃない」

瀬華「(不敵に笑いながら) これから伊香理の車の前にでるから、それ、投げつけて」

○のり子の車

のり子「(すぐ後ろに迫る瀬華らに気づき) あっ、早川さんたちの車が…!」

 すでにレースはこの2台の先頭争いになっている。

瀬華「(危険な割り込みで前に出ながら) 猫川さァ〜ん、私からのプレゼント、受けとってネ! (と、翔子に目で合図)」

 翔子、ぬいぐるみを後ろに投げる。
 ぬいぐるみ、伊香理の目の前に飛んでくる。

のり子・磯樹「あっ、あぶな〜い!!」

 伊香理、急ハンドルを切る。

磯樹「わーっ!(大きくよろける)」

 伊香理、避け切れず、ぬいぐるみを顔面で受け止める。

伊香理「ブッ…!」

瀬香「(伊香理に) ホホホ…よくお似合いよ、そのゴミ箱に捨てられていたネコぐるみ…!」

伊香理「…早川瀬華…今日という今日は許さん!」

 その間、磯樹は急ハンドルの遠心力で大きく前方に飛ばされ、瀬華の車のリアバンパー上に落ちかかり、上半身だけでかろうじて瀬華の車のリアシートにしがみつく。

磯樹「お、落ちるっ…!」

翔子「(後席に身を乗りだし) 磯樹君、さあ、私の胸の中へ…!」

のり子「(心配して) 磯樹君…!」

瀬華「(伊香理に) 久育小学生らしく、ゴール順で決着をつけようじゃないの!」

伊香理「(瀬華に) 望むところだわ!」

のり子「やめてよ伊香理、それより磯樹君が…!」

翔子「(のり子に) 見てよ、磯樹くんはもう私のものなんだから…!(磯樹を引き上げ際に抱き締めて無理やりにキスしようとする)」

磯樹「ああっ、いま、手をはなさないでくれっ…!」

のり子「…速水さん、なんてことを…!(カーッとなる)」

翔子「(磯樹に) 落ちて大けがしたくなかったら、わたしを思いきりだきしめるのよ!」

伊香理「(あきれ顔で) おまえには女としての尊厳[そんげん]はないのか、速水翔子?」

のり子「伊香理っ、ハンドルかして!(と、むりやり運転席を奪う)」

伊香理「(後席に弾き飛ばされて) どわっ…の…のり子…!?」

 前方に岩が狭まっている、S字カーブの入口が見えてくる。
 『S字カーブ入口』というサインボードあり。

瀬華「(舌舐めずりし) あの入口…一台分の幅しかない…見てらっしゃい、ここでブッちぎりよ!」

のり子「早川さん、そうはいかないわ!(と、急な幅寄せをする)」

 のり子の車の横腹が瀬華の車の頭を抑えたかっこうで並走。

瀬華「あっ、あぶないじゃないの! 離れなさいよ!」

のり子「磯樹くん、今よ! こっちに飛び移って!」

磯樹「(2台の中間付近で宙ぶらりんになりながら) バカいうなよ、前を見てくれ!」

 岩の狭隘箇所がぐんぐん近付いている。

翔子「(喜々として) みんな、聞いた、ねえ? 松羽さんは“バカ”だって、磯樹君が言ったんだから…!」

 岩の狭隘箇所がさらに迫る。

磯樹「(瀬華とのり子に) おまえら10歳で死にたいのか!? どちらかがコースアウトしなきゃ、2台ともあの岩に激突するぞ!」

瀬華「ノンビリ子、あんたが離れなさいよ!」

のり子「絶対に離れない!」

磯樹「どっちでもいいから、コースアウトしてくれ〜っ!」

○地上のゴール付近
 早杉がトンネルの壁をコンコンと叩いている。

早杉「フフフ…だれが見ても本物の岩肌だが、実はみな発泡スチロール…。(急にマジな顔で遠くの雲を見つめて) “安全”は決して口先のきれいごとだけでは得られんからな。必要な演出だ…」

 早杉、ふとストップウォッチを見る。

早杉「おっと、もう12時か! パンと牛乳の準備をしといてやらんと…」

○トンネル内
 岩の狭隘部はすぐそこに迫っている。

瀬華「く、くやしいっ! (と、ハンドルを大きく切る)」

 瀬華の車、コースアウトして砂地に突っ込む。
 磯樹は、のり子の車の中に転がりこむ。
 のり子の車、S字の関門に突入。

伊香理「やった! 早川さんたちはコースアウトしたわ! 見直したわよ、のり子、あんたすごい度胸が…あれ…!?」

 のり子はハンドルをしっかり握ったまま、硬直している。

伊香理「あっ、この子、目を開けたまま失神してる!」

 S字コースなのに直進を続けているため、すぐ目前に岩壁が。

磯樹「(伊香理に) 今度はあの岩壁にぶつかる! 猫川、ハンドルをっ…!」

伊香理「(のり子がしっかりと握って離さないハンドルをなんとか回そうとしながら、絶望的に) ダメ〜っ、硬直[こうちょく]してるんだもーン!」

 もはや激突は避けられない距離となる。

磯樹「(両手で顔を覆い) ああっ、死ぬときはサッカーグラウンドで死にたかった…!」

 のり子の車、岩壁 (実は発泡スチロール) に激突。

○地上・ゴール前
 早杉、パンと三角牛乳を野外テーブルに積み上げている。
 トンネルの出口の脇の岩肌が、ゴゴゴ…と鳴動する。

早杉「…んっ? (ストップウォッチを見て) まだ先頭車のゴールには早いようだが…?」

 突如、岩肌が破れ、のり子の車がすごい勢いで飛び出してくる。

声(伊香理)「キャーッ! 早杉先生、止めて〜っ!」

早杉「(逃げまどいながら) うわーっ、お前たち、早すぎるぞ〜っ!」

 のり子の車、ゴールラインを超え、パンと三角牛乳の山にクラッシュしてストップ。

○時間経過。
 早杉は牛乳まみれの姿。
 硬直したままののり子の腕を、伊香理が足を踏ん張ってハンドルから引き離そうとしている。
磯樹だけ、昼食にありつけて、ホッとしている。      

   <第一話・完>


設定、登場人物表

第二回以降の展開について

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