サラダ・サージェリー
没シナリオ大全集 part 1
第四話:積立金
ポルトガルの明るい、しかし観光地とは程遠い静かな岩場の入り江・現代 着古しで小奇麗に旅仕度した、一見イタリア人に見える老人、マッツィーニが、小さい旅行鞄を提げ、暖かい風景に感心しながら岩だらけの海岸歩道を歩いてくる。
足下の海中には、養殖のいけすのような広々したコンクリート堤の仕切りがあるが、長らく誰も使っていないようで、吃水線の下には蛎殻などが密生している。
マッツィーニ、コンクリート堤が海中に延び、突堤のようになっている所にやってくる。
そこには現地の、マッツィーニと同年代の釣師然とした男が、一人腰掛けて糸を垂れている。
釣師「(突然)大西洋は始めてかね? イタリアからの客は珍しいね」
マ「(足を停め)…私はバルセロナですよ。親父は移民でしたがね。……ここは、良い所ですなあ!」
釣師「…ああ。ここはポルトガルでも最高にのんびりできるところさ。夏は日陰になる。季節風もうまいこと避けて通りやがるしねェ…」
マ「この、いけすみたいな仕切りは何だったのです?」
釣師「これかい。この岩場一帯、元は小さな捕鯨の解体場だったのさ」
マ「…唐突だが、このいけすを買うとしたらいくらかかるでしょうね?」
釣師「そうさな、…○○○○エスクードだね。ただ、水産業者には売らねえよ。こん
なところに缶詰工場でも建てられた日にゃ、俺の釣果が逃げてっちまあ」
マ「なぜあんたが…そんなことまで?」
釣師「俺が捕鯨会社の元企業主だからさ。ここ一帯の地主だ」
マ「(喜色をたたえ)…!」
○バルセロナ近郊の海沿いの町にある、動物公園・水族館兼遊園地
[※ちなみにスペインの動物園は動物の扱いが酷いので世界的に有名である。]
日曜日の午後2時頃なので家族連れで賑わっている。
雑踏の中に、小さな鞄を下げ、いささか旅やつれしてポルトガル旅行から帰ってきたマッツィーニ=実は当遊園地のベテラン飼育員、もいる。
マッツィーニ、背が低いため人混みに隠れるように、園内のある一角に足が向いている。
老人の歩む方向には、“オットセイとアザラシのショー”という看板が見え、その辺りは一層の人だかりである。
○大きな水槽を半円形の観覧席が取り囲むステージ
ステージの上では、いままさに元気の良い一頭の若いオットセイが出演中で、若い男女の飼育員、ドナルテとブレンダの合図に従い、華麗なジャンプと5〜6本もの輪取りを演じて、客の拍手を得ている。[※この飼育員らは作中で名前を呼ばれることはないのだが、仮につけておきます。]
マッツィーニ、人混みに紛れるように客席の一番の前列に腰を降ろす。
隣りには親子連れやカップルがいるが、誰もマッツィーニには注目しない。
ステージ上のオットセイ、指揮台のような箱の上に飛び乗り、客席に“挨拶”する。
子供も大人もやんやの喝采。
オットセイ、ドナルテの背中の入れ物から褒美の魚を貰って、拍手の中をバックステージに通じる出入口からきびきびと退場。
ブレンダ「(進行案内役なので、胸にアナウンス用の小型マイクをつけ、首にはホイッスルを提げている)オットセイのシャラちゃん、ありがとう!(拍手鳴り止む頃)さあ、シャラちゃんの次は、タテゴトアザラシのダニーロ君でーすよー。ダニーロ君、出ていらっしゃーい!(と、ホイッスルをピピー、ピピー…と連吹する)」
観客、一斉に注目。
マッツィーニの隣の客「(膝の上の子供に)さあ見てごらん、次はタテゴトアザラシだって!」
子供「タテゴト?」
子供の親「背中にローマ時代のハープみたいな模様があるからだよ」
マッツィーニ老人も少し身を乗り出すようにステージに注目する。
しかし、バックステージに通じる出入り口には、何も現われない。
ステージ上手のブレンダ、下手に立っているドナルテに、困惑した目線を送る。
ドナルテ、肩をすくめてブレンダに同情の意を返しつつ、出入口の様子を見に行く。
マッツィーニの隣りの子供「(ステージを指さし)パパ、タテゴト君が出てこないよ!」
隣りのマッツィーニも心配そうに注目。
ブレンダ「(観衆に向かい)ごめんなさいねー。ダニーロ君は実はもうおじいちゃんなのねー。すこーし年をとっているので、若いシャラちゃんみたいな元気がないの。
(出入口を向き)さあっ、ダニーロ君、大丈夫かなー?」
ブレンダが言い訳している間にバックステージ出入口に行っていたドナルテ、ダニーロを押し出すようにステージ上に。
ドナルテに押し出された勢いで、濡れたコンクリートのステージの上を中央の指揮
台の方に、体を動かさずに滑ってきて、指揮台の前でそのまま停止してしまうダニーロ。
それを見て観客皆笑う。
観客の子供「パパ見て、あのアザラシ、台の上に乗れないよ!」
マッツィーニ『おお、ダニーロ…』
ブレンダ「どうしたの、ダニーロ、台の上に乗るんでしょ? 何百回もやってきたことよ。さあ、今日は日曜日だからお客さんも一杯でしょ? だから元気を出してー!」
なお動かないダニーロに、ますます哄笑する観客たち。
ダニーロの怪訝な顔のアップ。
ダニーロの視野。
魚眼レンズで見た世界のようで、前に指揮台、左右にローマのコロセウムのような観客席が壁のごとく迫り、すぐ右手の近くにブレンダの気遣わしげな顔が歪んで在る。
ブレンダ、指揮台の前で静止してしまったダニーロに対し、台の上に乗るように、手とホイッスルの連吹で数度の合図を送る。
爆笑の観客。
ひとりマッツィーニ老人だけが、客席にあって固唾を呑んでダニーロを見ている。
ダニーロ、よっこらせという調子で、台の上にやっと乗る。
観客、爆笑。
ブレンダ「(苦笑するドナルテに同じく苦笑を返した後)やっと乗ってくれたわねー。
それじゃ、ダニーロ君、今日は調子悪いから、輪取りだけにしとこうか。ハイッ(とドナルテに合図)」
ドナルテ、ステージ下手からプール水中に投げ輪を1個投ずるが、ダニーロは乗った姿勢のまま真正面を向いていてプールの中の輪を拾ってこようとはしない。
ぼんやり前を見ているダニーロ、困惑するドナルテ、焦るブレンダ、爆笑する観客。
ダニーロ、正面の客席の前列に何かを発見する。
マッツィーニ「(両手を上下させ)おお、ダニーロ、わしに気付いたか!」
ダニーロ、喜々として前足を掻き、首を上下させる。
ダニーロの表情の変化に、ダニーロの視線を追って、マッツィーニの存在に気付く
ブレンダ。
ブレンダ『あれは、マッツィーニさん…』
マッツィーニ「ダニーロ、あれを拾ってくるんじゃ、あっちじゃ!(と、腕を振って方向を示す)」
ダニーロ、ステージ下手のドナルテの方に向き直る。
ドナルテ「頼むぞダニーロ、古い芸だぞ! 思い出したか!(もう一個輪を投げる)」
プールに飛び込んで輪を短い太い首にかけて回収するダニーロ。
客席、拍手と口笛。
マッツィーニ「(ダニーロが、ドナルテの投げた2〜3個の輪を次々と水中で回収する
のを見ながら)そうじゃ! ダニーロ、そうじゃ!(満場冷やかしと喝采の中で、いつしか一人泣いている)」
隣りの子供「(マッツィーニを指さして)パパー、隣りのおじいさん、泣いてるよー」
子供の父親、そういわれて、怪訝に隣りのマッツィーニを見る。
ブレンダ『(客席中のマッツィーニの様子を遠く視認しながら)有難う、マッツィーニさん。あなたが育てたダニーロですものね…』
3個の輪を首に通して取り終えたダニーロ、プールから顔を出して、得意そうにマッツィーニの方を見る。
○夕暮れの遊園地・俯瞰
広場のポール上の時計が5時半を指しているその下を、客が三々五々出口に向かい、帰り始める。
○客席のがらんとした、あしかショーのステージ
ブレンダとドナルテが夕日を浴びながらデッキブラシでステージを清掃している。
客席にはたったひとり、マッツィーニ老人。
マッツィーニ、そろそろ腰を上げようとするが、ハッとある人物に気付く。
園長(40)「(いつのまにか客席出入り口に立っていて)マッツィーニ、南方旅行から帰ったのか。休暇明けは明日じゃなかったかな? まあいい、ちょっと来てくれ」
マッツィーニ「園長…?」
園長とマッツィーニが事務棟の方へ歩いて行くのをステージ上から見送るブレンダとドナルテ。
○事務棟全景
○同棟内、マネージャー室ドア
○同室内
マッツィーニ「ダニーロを譲渡する? いったいそりゃ、どこへだ、園長…!?」
園長「お前の知ったこっちゃない。ちゃんと余生を全うできるところさ」
マ「嘘をつけ! あのマドリードのハンター上がりの成金だな? やつの白熊にアザラシの脂肪が必要だというのか」
園長「黙れ、動物園オーナーの悪口とは聞き苦しい。それに本当の買い手は日本人の学者だそうだ」
マ「学者?」
園長「なんでも、高圧環境下での脳内圧と学習記憶がどうのこうのと……、いや、そんな話は知ったこっちゃないのだ」
マ「動物実験じゃないのか、それは? (園長を指さし)やっぱりダニーロを殺す気だ!」
園長「現実を見ろ、マッツィーニ! アザラシはオットセイより首が短い。輪の数はオットセイの半分以下。高くジャンプする芸もできん」
マ「だが若いうちは可愛さで人気を集めたじゃろう!」
園長「ダニーロはもう三十歳だ。耄碌して失敗ばかりするようになっては、もう何の価値もないわ。(指さして)…お前と同様にな!」
マッツィーニ「あんたは俺を飼育係から外しただけじゃ気がすまないのか?」
園長「何を言う。今度の旅行ギフト券は、お前の退職慰労金の代わりだったんだぞ。
こんな情け深い雇い主が他所にいるか?」
マ「そ、それじゃ…」
園長「ああ。今日限りで辞めて貰うよ」
マ「…(ガックリと膝をついて)頼む、せめてダニーロだけは生かして…」
園長「(くどい、という顔で)もう決めた事だ。いいか、明日以降もし園内をウロチョロしていたら、すぐ警備員につまみ出させるからな!」
マ「……」
○夜の遊園地
動物園の獣舎の並ぶ前を警備員の懐中電灯が通りすぎると、隙間にハンチング帽を被りドロボウ然とした格好のマッツィーニが潜んでいる。
マッツィーニ、周囲を警戒しながら、アザラシの獣舎に侵入する。
突然うしろの暗闇からポンと肩をたたく手。
ギョッとしてマッツィーニ、振り向く。
私服姿のブレンダとドナルテであった。
ドナルテ「手伝いますよ。ダニーロを運び出すんでしょう」
ブレンダ「大きなビニールシートも用意してあるわよ、マッツィーニさん」
マッツィーニ「…君達…有難う…!」
敷地の柵のすぐ脇に駐車したポンコツの小型バンに、ビニールシートで巻きくるん
だダニーロをかつぎ込む3人の俯瞰。
ドナルテ「(運転席におさまったマッツィーニに)気をつけて」
ブレンダ「エサ箱も積んでおいたわ」
マッツィーニ「すまん。それじゃ…!」
走り出す小型バン。
バンの荷台に、ビニールシートにくるまれたアザラシの無表情な顔。
○朝靄の海岸
水平線上に日の出。
人気の無い砂浜に、後扉の開放されたバンが停まっている。
砂の上、バンから波打ち際まで、2本の足跡とアザラシが這った跡が並行して続い
ている。
マッツィーニは砂の上に座り込んでダニーロの頭をなでている。
マ「本当は海に帰すにも段階的訓練が必要なのじゃが…そんなことをしとったら、おまえは北極熊のエサか、脳解剖じゃ…」
マッツィーニ、ふと手元近くの砂地を見ると、古い船材にからまって、光沢のある
鎖の断片が打ち上げられている。
鎖を拾い上げ、付着物を擦り落としてみるマッツィーニ。
いよいよ光沢がまばゆくなる。
マ「純金の鎖…! 古代ローマの貿易船が、この近海のどこか、二百mも深いところで泥に埋もれているそうじゃが」
無表情にマッツィーニの話を聞いているダニーロ。
マ「ダニーロ、こんな金鎖がもっとたくさんあったら、ポルトガルに素晴らしい入り江を買って、お前をのんびりさせてやれるんじゃが…。さて、もう行くときだの(立ち上がって、金鎖の断片をダニーロによく見せてから、思いきり遠く、海へ投げる)」
ダニーロ、芸の訓練だと思い、それを追って滑るように海中へ。
金鎖はどんどん深い海に沈んでおぼろになる。
ダニーロ、50メートル程の沖で、一旦海から首だけ出してマッツィーニを見返る。
マ「(手を振り)取る必要はないぞ! 行け! もう芸をする必要はないんじゃ!」
ダニーロ、スッと海中に消える。
マッツィーニ、しばし砂浜に佇んだまま、間。
マッツィーニ、やがて踵を返して立ち去ろうとする。
バンの扉を締めようとすると、鰯の入った大きな餌箱が目につく。
マ「おお、しまった! 最後に餌をやるのを忘れるとは…!」
マッツィーニ、海を振り返る。
と、海上に小さい飛沫が上がる。
マ「ダ、ダニーロ…?!」
間。
今度はより大きな飛沫、さっきより近くに。
マ「お、お前、どうして戻って…?」
ややあってダニーロ、ひときわ大きな波と共に、ゴロゴロと浅瀬へ打ち上げられ
る。
マ「(駆け寄りながら)ダニーロ、どうしたんじゃ、もしや怪我でも…!」
ぐったりとしたアザラシの首には、泥にまみれた長い金の鎖が…。
マ「(抱きかかえながら)これは…! お前はその老体で二百mも潜水してきたのか…! だが、でかしたぞ! これだけあれば、あの入り江を買い取るのにも十分じゃ
!!」
ネーム註(一コマ使用)『−−海獣類の中で最も水中生活に適するよう進化したアザラシは、深度二百m以上も潜った記録があり、これはマッコウクジラを除けば哺乳類中最深である−−。』
マ「(ダニーロを再びバンに乗せようと引きずる俯瞰)動物病院に運ばんと…! ダニーロ、死んだらお前が命をかけたこの“老齢年金”も何にもならん!」
砂浜から海岸道路に上がるバン。
すると、T字路から動物公園のロゴのあるステーションワゴンが猛スピードで追いかけてくる。
運転席のアップ、園長とその配下の警備員A、B名だ。
マッツィーニ、あわてて海岸通りを断崖沿いに突走らせる。
うしろを振り返るマッツィーニ。
その途端に凸凹の路面にタイヤをとられるマッツィーニのバン。
マッツィーニのバン、海側ガードレールに衝突して停止。
園長らが追い付いてきて停車、バラバラと人が降りる。
園長「(マッツィーニを運転席から引きずり出し)温情をかけてやれば、これは何のマネだ! 警察に突き出してやるからな」
マ「(餌箱=実は中に金鎖が入っている=を手にしたたまま)待ってくれ、その前にこいつを病院へ…!」
園長「その必要は無い。(荷台のダニーロを親指で示し)“死肉”になったら冷凍車に保管して、日本人の学者に渡しゃあいい(と、憎体なニヤニヤ笑い)」
マ「それじゃ…やっぱり…貴様〜っ!(園長に掴みかかろうとする)」
警備員A「コラ、園長に何をするっ(マッツィーニを乱暴に突き飛ばす)」
マ「うわーっ(押された反動でガードレールを超えて海に転落する)」
園長「(マッツィーニの消えた辺りの水面を見下ろして)…馬鹿なやつだ」
○海の俯瞰・時間経過
○海岸から1〜2キロの沖合い・午後
餌箱につかまって今にも死にそうな顔で漂流しているマッツィーニ。
マッツィーニ、ふと見上げると、モーターボートが目の前に。
その舷側から、佐良土が手を差し延べている。
操舵室には、マルセラが舵輪を握っているのが見える。
マ「(驚いて)日本人……まさか、あんたが?」
マルセラ「(舟縁に出てきて)おじいさん、話を聞かせてもらうわよ」
○岸の突堤の上
見覚えあるバンとステーションワゴン、そして男達の人影。
突堤脇に小型の団平舟。
警備員A、Bが車から団平舟にあざらしを押し込めた木箱を移している。
園長は突堤上に立ち、水平線の方を見ている。
警備員A「(腕時計を見ながら)なんとかオーナーが日本人を連れてやってくる時間に間にあいましたね」
園長「(うなずいて)時間通りに“お土産”を準備できていなかったら、大株主様の機嫌を損ねるところだったわい。全くおいぼれめ、冷汗かかせおって!」
警備員B「いまごろサメの餌になってますよ」
警備員A「(中空を指さし)あっ、水上機が見えました!」
振り仰ぐ園長。
○水上機の運転席
いかにも金満家然とした動物園オーナー(66)、ハンターのようないで立ちで、自
ら操縦桿を握っている。
隣りに座っているのは、湯口だ。
オーナー「(ハンディマイクで)園長、約束の動物はその車の中か?」
○突堤
園長「(団平舟の上に飛び降り、水上機を見やりつつ、携帯無線機で)ちゃんとここにピンピンしておりますとも!」
警備員Bが団平舟のエンジンをスタートし、警備員Aはもやい綱を解く。
○水上機コクピット
オーナー「(湯口の方を見て)聞いたとおりだ、ドクトル・ユグチ。私はペット用に脂肪を取り、あんたには望み通り脳を分けるが、それにしても何に……?(訊こうとして止める)」
湯口「(前を向いたまま)それを聞いてどうする?」
オーナー「……そうだな(と、操縦桿を押す)」
○水上機のロング
降下姿勢から奇麗に着水。
手前の方から団平舟が向かう。
水上機、そのまま団平舟の方に向かって滑走を始める。
○水上機のコクピット内
オーナー「…んっ、何だ!?」
○海上
水上機の後方からモーターボートが矢のように水上機に追いすがってくる。
○水上機コクピット
湯口、モーターボート上の佐良土と視線が合う。
オーナーの目には、モーターボート上で自分に対して拳を振り回している老人の姿が映る。
オーナー「どういうつもりだ……危ない!(ボートの接近をかわそうとする)」
湯口「(冷笑を浮かべて独白)術式を知りたいか、佐良土……」
○団平舟の上
警備員A「(マッツィーニを認め)チッ、死にそこないめ!」
園長「(二人の警備員に)オーナーに危害を加えようとしているあのボートを撃たんか!」
警備員A、B、拳銃を抜いてモーターボートを撃ち始める。
○モーターボート
操舵室の窓に穴が空く。
マルセラ「姿勢を低くして!(と、大きく舵をきる)」
一弾が命中し、後部デッキのマッツィーニ、海に転落する。
佐良土「(マルセラに)老人が転落した!」
○水上機コクピット
オーナー「ふざけおって! 園長たちの銃口の前に追い込んでやるぞ」
○ロング俯瞰
水上機とモーターボートはそれぞれ逆方向の弧を描いていったん分れる。
○団平舟
モーターボートが作った航跡波に大きく揺られ、後部に積んであった浮輪がバラバラと海面に転落。
一つの浮輪は長いロープで団平舟まで結ばれている。
園長「(舵棒を握り)しっかり狙え! いまあのジジイの近くに寄せる」
発砲中の三人の気付かぬうちに、箱の中からダニーロが抜け出し、海に飛び込んで浮輪の方へ泳いでいってしまう。
○モーターボート
佐良土「マルセラ、老人を救助するんだ!」
○水上機コクピット
オーナー「ちょっと脅かしてやるか」
○ロング
水上機、モーターボートに正対して突っ込んでいく。
○海面
ダニーロ、一つの浮輪に加えて、長いロープのついた浮輪にも首を通す。
そのずっと先に、溺れかけているマッツィーニの顔と手が遠望される。
マッツィーニ「ダニーロ! 生きていたか!」
○ロング
水上機とモーターボートの中間でマッツィーニはダニーロから浮輪を受け取る。
○海面
発砲しながら団平舟が近付いてくる。
マッツィーニが浮輪を掴む。
そこに水上機が突っ込んでくる。
○モーターボート
マルセラ、かろうじて水上機をかわす。
○団平舟
三人「あっ……!」
○ロング
水上機のフロートが浮輪をつっかける。
それはロープのついた浮輪である。
ロープがピンと張り、フロートがもげる。
○団平舟
ロープに引っ張られて大きく揺れ、三人ともデッキの上に転倒。
そこに、海面上をもんどりうつように転がりながら水上機がカーブして突っ込んでくる。
警備員B「こっちに突っ込んでくる!」
園長「わあーっ!」
○水上機コクピット
オーナーは必死で態勢を立て直そうとしている。
湯口は右側ドアを開けて逃げ出そうと……。[※湯口の生死は最終的には不明とします。]
○ロング
水上機、団平舟と激突し、爆発炎上。
○モーターボート
行き脚は止まっている。
マルセラ「ユグチは? 彼だけが知っていた術式は……?」
佐良土「……」
○海面
浮輪につかまって気絶しているマッツィーニのそばに、ダニーロが間抜けた顔を突き出す。
○ポルトガルの入り江・数カ月後
すっかり整備されたいけす。
陸上部分には、獣舎のような小さい施設も完成している。
岩場には引退者スタイルのマッツィーニと、その横に仰向けに寝転がったダニーロ。
突堤の途中では、前の地主が相変わらず釣り糸を垂れている。
マ「(ダニーロの腹を撫でながら)ダニーロよ、この国はボルトガルといってな…」
ダニーロ、すっかりボケ状態で、無反応。
マ「…ま、新しいことは、もう覚えんでいいわい。ここではもう誰も笑うものなどおらん」
冒頭と同じように背を向けて釣りをしていた元地主が、振り返って呵々大笑。
平和な入り江。
少し視線を引くと、そこには、遠くからマッツィーニの様子を確かめに来た佐良土とマルセラが。
しかし二人、マッツィーニ等には気付かれることなくそのまま歩み去る。
○場所不明の手術室・時間経過
佐良土が横たわっている。
声「準備が整いました」
佐良土「それじゃ、頼む」
室内には助手数人と手術衣のマルセラ。
マルセラ「私の考え通りにやってみるけど……」
佐良土「ああ……それでいいんだ。君になら、任せられる」
マルセラ「保証するわ。目が醒めたときもあなたはあなたよ」
助手「麻酔をかけます!(と、佐良土のマスクに通じる麻酔ガスのバルブと点滴麻酔のバルブの両方を開いていく)」
佐良土『(手術室の天井を見つめたまま)本当に、この麻酔から目が醒めたときに、
俺は佐良土錬なのだろうか? ……元のままの』
助手「(頭皮を綿で消毒しながら)大丈夫ですよ」
佐良土『そうだな…。俺は君に賭けたんだ。(だんだん麻酔が効いてくる)その、賭けた俺を、俺自身が、信用できなくて、いったい何を……』
ふと、佐良土の目には、マルセラの隣りに手術衣姿の湯口が見える。
佐良土『湯口……なぜ……ここに……? いや、まさか……これは錯覚だ……』
ぼやけた視野の中、笑みをたたえたマルセラが、最初のメスを受け取るのが見え
る。
意識の混濁が進み、佐良土、全ての感覚がなくなる。
暗転。
(完)