珠玉の没シナリオ大全集 part 10


自分で解説:HDを整理してみると、出るは、出るは……。まだこんなのが残っていた。『コミック’95』に提出した連載の、そのクリマス用プロットで、作製DATEが 07.08.03 となっている。これは作品化されず、没だったように記憶する(されてたら失敬)。こういう特定時期モノを書くと、没にされたときに、1年間は他に転用しようもなくなって、悲惨なんだよね。

ウェザーノート”(無題)”

※気象予報士の連載劇画の何番目かのプロット


○一二月の東京・街角・夕方4時
 クリスマスセールのデコレーションがあちこちに散見される。
 寒そうな通行人が行き交う。

○イベント屋の看板のある都内の雑居ビル

声「冬のねるとんは風がなくて寒い屋外で始めるのがいい条件なわけ」

○その屋内・イベント屋のオフィス
 滋賀部長が小規模なイベント企画会社の青年社長(36)と商談中。

滋賀「…なるほど、イブの夜に都内近県7箇所でパーティ…(メモしている)」

イベント社長「(偉そうに)でも週間予報じゃ当日、微妙みたいなのよ。お宅、ギリギリ一時間前に予報出してくれるかな?」

滋賀「お任せ下さい! 当社は予報のきめ細かさに定評がございまして、降水でしたら五キロメッシュを一五分おきに予報することも…」

イベ社長「あそう、それでいくらかかるの?」

○港区の某公園・同日夜7時すぎ
 帰宅途中の格好をした滋賀が、公園の休憩所で姿勢正しく端座している後ろ姿。
 テーブルの上には九州産焼酎の五合ビンがほとんどカラ。

滋賀「(顔だけ酔っている)フン、雪が降ろうが“砂じんあらし”だろうが、どうでんよかとよ! 女口説いてドンチャン騒ぎしよるだけじゃろが」

 その背後に人影。
 偶然公園脇の道を通りかかった風間だ。

風間『あれは、滋賀部長…?』

 風間、声をかけようとして、よす。

○翌日午前・ヘクトパスカル社長室
 風間が後ろ姿を見せ、沖石と話している。

沖石「滋賀君は三年前に奥さんを亡くしていてね…」

風間「えっ」

沖石「同じ会計事務所内の恋愛結婚だったという。子供がなかった分、いつまでも新婚みたいだった」

風間「…」

沖石「その不幸以来まだ三年。どんなショックを今も引きずってるか、察するに余りある」

風間「存じませんでした…(考え込む様子)」

○同日夜・滋賀の帰宅途中

 滋賀のマンションのある町の地下鉄出口。
 滋賀が地上に出ると、パラパラと雨。

滋賀「よく降るな! 東京の唯一の取柄は冬晴れなのに…」

 滋賀、鞄から折り畳み傘を出す。

滋賀『…澄香が持たせてくれた折り畳み傘…いかん…ほころびかけとる…」

 滋賀、そっと開こうとするが、大きな裂け目ができてしまう。

滋賀「あっ…!」

 それを見ていたのは、出口脇の雑貨店前にライトバンを停めて傘の商品補給をしている最中の、洋傘卸店経営者・涼子(36)。
 ここが最後の配送先のため、ライトバンの荷室は空になっている。

涼子「お客さん、傘がお安くなってますよ」

滋賀「(振り向きもせず)いや、結構」

 と、雨に濡れながら折り畳み傘を大切そうに手拭に巻いて鞄にしまおうとする。

涼子「(その様子を見て)あの、お直しできますけど、それ…」

滋賀「えっ、(振り向き)あなた、修繕屋さん?」

○近くのファーストフード店内
 やはりクリスマスデコレーションあり。
 窓の外は雨。
 涼子が滋賀の折り畳み傘を修繕している。
 滋賀は両膝頭を握り締め、かしこまって見ている。

滋賀「代々の傘屋さんとは…なるほど、手慣れたもんですなあ」

涼子「でも私の本職はデザインなんです」

滋賀「えっ、そりゃ申し訳ないです」

涼子「いいんですよ。いま倉庫にある分を全部売ってしまったら、もうお店を畳むんです」

滋賀「そりゃまたどうして?」

涼子「中国からの輸入傘が高級傘分野にも入り込んできて、原価が違いすぎて、勝負にならないんですわ」

○時間経過・屋外・雨は止んでいる

 涼子、ライトバンに乗り、エンジンをかけている。

滋賀「いや本当に有難う御座いました。でも、会社整理の税務ならいつでも相談に乗りますよ」

涼子「御親切にどうも(と、会釈して車をスタートさせる)」

滋賀「(修繕された傘を手の中でしげしげとながめながら)…大事な女房の傘を…本当に恩人だよ…」

○地下鉄出口の雑貨屋前
 涼子と分れた滋賀は、再び地下鉄出口まで舞い戻り、涼子の納品した傘を確かめている。

滋賀『このデザインも全部彼女が…? うーむ、惜しい…待てよ…!』

○近くの公衆電話ボックスで・雨
 滋賀は敢えて傘を脇に抱えたまま雨に濡れて電話で話している。

滋賀「…あ、諸田? 俺だよ滋賀。…お久しぶり。 お前たしかさ、大連市の注冊会計師(*)の免許持ってたよな? あ、上海か。ちょうどいいや、実はちょっとな…」
[※註:中国の大都市で交付する税理士の資格。外国人でも取ることができる。]

○翌日午前・ヘクトパスカル社

風間「どうしたんですか? いつもこの位のオーダーではそこまでのフォローは…」

滋賀「いいから、この7会場のうち、当日傘が必要になるミクロ気象を何としても見つけてくれ!」

風間「わかりました、事情は聞きません。(パソコンをいじりながら)…おっ、ここは…」

滋賀「どこだ? 川崎市? すると川崎会場が雪になるのか、風間?」

風間「雪じゃないですね。雨です。夜になって湿った南風が入ってきそうな…」

滋賀「よっしゃ、分ったァ!(と、勇んで走り出て行く)」

○涼子の洋傘製造卸店・昼間
 前に、あのライトバンが停められている。

○その小さな倉庫内
 棚は半分空になっているが、まだ半分は傘で埋まっている。

涼子「(両腕にいっぱいの傘を抱えながら)あと半分かぁ〜。でも今のペースじゃ金利負担の方が大きくなっちゃうかも…」

滋賀「(急に後ろから)涼子さん、探しました」

涼子「あら、滋賀さん、どうなさいました?(と、傘を下に置く)」

滋賀「実は私はこういう者なんです(名詞を差し出す)」

涼子「へえ、滋賀さんって、気象予報会社の営業部長さん…?」

滋賀「(ズカズカと中を見回り)これが在庫の全部ですね。…涼子さん、この傘、一晩で売り切る方法があります!」

涼子「…??」

○川崎市内某所のねるとん会場・クリスマスイブの夕方
 高層ビル群に囲まれた、噴水のある大きな広場。
 広場に屋根はなく、空の雲行きは怪しい。
 会場は幻想的に照明された立食パーティ会場にセットされ、すでにいくつかのゲームが進行している。
 参加している大学生風の男女の数は、数百人を下らない。

司会者「(腕時計を見て)さあビンゴゲームの次は、おおっと、運命のカップルを決める、最後のショータイムだ! ここでサクッと決めなきゃ、来年も何もないぜ!」

参加者「イエ〜イ!!」

○楽屋裏

イベント社長「(空を気にしながら)こりゃ本当に降りそうだよ、なんとかあと三〇分もってくれ」

滋賀「(涼子とともに司会席の裏に箱詰めの傘を運んできて)間もなく降り出します」

イベ社長「畜生! やっぱり屋内の第二会場、使うことになるか…とんだ計算違いだ(と、どこかへ歩いていく)」

滋賀「(最後の段ボールを積み重ねながら)これだけの在庫、決算月前に処分しなければ資産課税されて大変です。…転業資金のためにも少しでも高く売りましょう…」

涼子「滋賀さん」

滋賀「えっ」

涼子「どうしてそこまで…?」

 雨が降る。

イベ社長「(頭を抱えて走ってきて)降ってきたあ! よりによって最大会場のここだけ…!」

滋賀「(お伺いを立てるように)では、お話した、あの演出…」

イベ社長「ああ、採用しますよ! 早く準備して!」

涼子「有難うございます!」

○会場
 雨が降り始めたため、会場は動揺している。

司会「…さあ急いで女性だけ左手のビルのホールに雨宿りしてください。おお〜っと、男性はそのままそのまま!」

 スタッフにより、ステージ前に傘が並べられる。

司会「(手渡されたメモを見ながら)エ〜、天候急変のため、これより2ブロック離れた屋内会場まで、男性に愛々傘でエスコートしてもらいましょう。ただし、女性は男性の顔をみて相手を選んではいけない! 彼の選んだ傘…こいつにピンと来たら、それが趣味の一致した野郎さいうこと! では傘選び始め!」

野郎ども#1「この傘をくれ! えっ、有料!?」

スタッフ#1「すべてオプショナルとなっておりますので…。また、傘の中には高いものも安いものもございますから…」

野郎ども#1「そうか…僕は安くてもこのデザインだな。ほら、三〇〇〇円(金を払う)」

涼子「有難うございます。御釣り二〇〇〇円です!」

野郎ども#2「よーし、こっちにはその一番高級なやつをくれ」

野郎ども#3「まて、それは俺も目をつけたんだ」

滋賀「(絶妙のタイミングでヌッと顔を出し)仕方ない、競売ですな。さあ、値札プラス二〇〇〇円からどうです?」

 時間経過。
 わずかな時間で在庫の傘は正札以上の高値ですべて売れていく。
 見上げれば、雨足が次第に強まる。

○閑散とした広場・もうじき止みそうな小雨
 スタッフがステージを片付け終えるところ。
 滋賀と涼子が立っているところに、見回り終ったイベント社長がニコニコ顔でやってくる。

イベ社長「いやあ…悪天候のイベントがここまで盛り上がったのはお宅のおかげですよ。ではよいクリスマスを(と、帰って行く)」

涼子「滋賀さん、実は広東省にある日本向けの洋傘工場の人から、日本の会計事務所を通して…」

滋賀「ほう?」

涼子「マーケティング・アドバイザーとして来てくださいって…」

滋賀「(いつもの税理士顔に戻って)請われたわけですな。それで、家業を諦めかけていた貴女としては、どうなさるおつもりで?」

涼子「私、腕試しがしたいんです」

滋賀「ふむ、女の身で、大きなリスクを顧みず、単身中国へ渡ろうと…」

涼子「(うなずき)父から受け継いだ家業…投げ出したくないんです、どうしても…」

滋賀「(突然)その勇気ですよ! その意志力さえあったら、きっと成功します!」

涼子「そ、そうでしょうか?」

滋賀「本人にやる気がなけりゃ、周りがいくら応援してもムダですがね。貴女ならやれるでしょう、うん」

涼子「それで…明日のフェリーで発つことに決めたので、今夜の新幹線で博多までいかなくては…だから…」

滋賀「そ、そうですか…それではいろいろ準備がある筈だ。残務は私に任せ、すぐにお行きなさい」

 涼子、深々と頭を下げる。

滋賀「なあに、女房の傘を修理してもらった、ホンの御礼ですよ」

○地下鉄の出口・2時間後
 滋賀がトボトボと歩いて出てくる。

道端のケーキ売「旦那!」

滋賀「…?(振り向く)」

ケーキ売「遅くまでお疲れさんでやす。どうです、奥さんに、クリスマスケーキ?」

滋賀「(やや間)…そうだな…そのシャンペンとセットのやつ、貰おうか」

 時間経過。
 ケーキ売りの「有難う御座いました!」の声を背中に、ケーキの紙包を提げて歩き出す滋賀。
 滋賀、すぐ近くのバス停を前にふと立ち止まり、鞄から亡妻の折り畳み傘を取り出す。
その間に、最終バスが、いってしまう。
 滋賀、傘を開いてさしてみる。

滋賀「今夜は歩こうか、澄香…」


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