ウェザーノート”ミラー、ミラー…”


自分で解説:こっちは作品化されているもの。『コミック95』の実際の作品の仕上りとの異同を調べてみたいという超ヒマな方がいたら、TRYしてみてください。作製DATEは、95.08.18 と記してある。

単行本では[タイトル:ミラー、ミラー]


○ヘクトパスカル社・風間の机
 古代中国の銅鏡の精密なレプリカがゴロリと机上に転がりでる。
 風間が沖石から貰ったクリスマス・パッケージを開けたところ。

風間「…な、何だこりゃ?」

 隣りの白瀬、それを見て

白瀬「おっ、古代鏡じゃないですか? 社長も洒落たクリスマス・プレゼントするなあ」

風間「古代鏡? まさか、これホンモノ?」

白瀬「(手にとって)材質は青銅ですが…精密なレプリカですね」

風間「詳しいな、白瀬?」

白瀬「エヘン。この真ん中の半球状に盛り上がった部分を磨いて、暗いところでじっと見つめるんですよ」

風間「…で?」

白瀬「やだなあ、占いですよ! 周りの模様が反映して、それが未来像を結ぶというわけです」

風間「(感心して)つまりは水晶珠みたいなもんか」

白瀬「大昔の鉄剣や曲珠など反射性のものはすべて卜占用にも使われたんです。自分の心の中と対話する鏡っつーか…」

風間「(独白)“ミラー・アップ・トゥ・ザ・ネイチャー”(*)だな…」
[※註:シェークスピア『ハムレット』より]

白瀬「へ…?」

風間「いや。ところで、お前は何もらったんだ?」

白瀬「(自分の机の上から、パッケージを開いたばかりのモノを摘み上げ)鉛筆一ダース…次の予報士試験で合格しろってか!」

○東京郊外の路上・同日午後2時
 滋賀と風間、スーツケースを下げ、営業のため、都下にあるトラック運送会社を訪問に行くところ。
 風景は寒々しい。

滋賀「…銅鏡の意味だと? さあな。それよりコートは入口前で脱いで手に持ってくれよ。以前天谷を同行した時も二重に冷汗かかされたからな」

風間『…天谷か。ベターウェザー社でもクライアントへのお詫び説明なんかさせられているのだろうか…』

 前方に、『群馬ローリー』という運送会社の建物と巨大ヤードが見えてくる。

○トラック運送会社の応接室・時間経過
 手前に滋賀と風間が座り、滋賀がハンカチで額を拭いながらしきりに何かを説明している。
 向かいに座るのは群馬ローリー社の部長(46)と課長(30)。
 ただし部長はイライラと煙草をふかしながら仏頂面で聞いているだけだ。

運送課長「私共はねえ、ジャストインタイムを求められる高額なハイビジョンパーツも扱わせて戴いてるんですよ。だから高速の突然の霧も確実に予測してくれなくちゃ」

滋賀「それで、今回は何時間の通行止めになりましたでしょうか?」

運送課長「二〇分よ! しかしそんなこと分らないから結局代替輸送を手配したんよ。これじゃお宅に金払ってる意味ないでしょ!」

風間「(当日の気象データを見て)ルート周辺の風の流れと無風時間帯は正確に予測しています。ただ、当日のデータからはどうしても霧が発生するとは…」

滋賀「(小声で)風間、フォローになってないぞ」

運送部長「ダメだこの会社は(と、煙草の煙を滋賀の顔にフーッと吹き付ける)」

○元の路上・午後3時半
 滋賀と風間、群馬ローリーの社屋を背に、元気なく元の道を逆に歩いてくる。

風間「すいません。営業の邪魔をしただけでした」

滋賀「(あくまで不機嫌な顔で)気にするな。景気がデフレ局面に入っちまったんだ」

風間「デフレ…?」

滋賀「何か投資しても、見合った儲けが出ない。企業は苦しくなって全経費を見直す。今度の件は、契約を切る口実に過ぎんのだろう」

風間「(ウジウジと)…何か一つのデータが間違っていたんです。計算ルーチンは妥当なものだった…」

滋賀「もういい。それより営業の役得、バスが来るまでこの喫茶店で甘いものでも食おう。勿論、経費で落とす」

 二人、ちょうど喫茶店の前にさしかかる。
滋賀、先にさっさと店の中へ入って行く。
 風間、ふと足元の大きな水溜りに気付き、立ち止まってじっと見つめる。
 水溜りには青空と白い雲が映っている。

風間『…子供の頃、こういう空の映った水溜りを踏むのが怖かった…。高い空の中にどこまでも落ちていきそうで…』

 風間、そっと靴先で鏡のような水面に触れて見ようと足を出す。

風間『ミラー・アップ・トゥ・ザ・ネイチャー…まてよ…水を張った…蒸散率計…そうだ!』

 喫茶店のドアが内側から開く。

滋賀「(また出てきて)風間、今日は早仕舞いだと! 田舎だよ! 本当に東京都か、ここは!」

風間「(手をとらんばかりに喜び)滋賀部長、ハズレの原因が分りました! ある測器の整備不良だったんです! すぐ引き返して説明します!」

滋賀「(肩を叩きしんみりと)風間よ、大学の研究じゃないんだ。一度ハズして切られたら、もう復活なんてありゃせん。帰って社長に報告だ」

風間「(ガックリと落ち込み)…すみません」

滋賀「(あくまで淡々と歩き出し)よくあることだ」

 風間、滋賀のあとからトボトボと歩き出す。
 点在する地場の商店は、クリスマスデコレーションをしている。

風間「…それにしても、銅鏡とエンピツ…そうか…!」

滋賀「(振り返って)今度はどうした」

風間「いえ、その…デフレの時にも投資できるものがあります!」

滋賀「(無表情に)何だよ」

風間「それは自分自身ですよ!」

滋賀「それがどうした」

風間「予報にだけ詳しくても…ダメなんだ!」

滋賀「ヤレヤレ、若いな…」

○ベターウェザー社の薄暗い地下会議室
 七名前後の男たちが会議テーブルを囲んで起立している。
 もったいつけて顔は見せない。

声(ベ社長)「…ここに“K計画”班を発足させる。…中心メンバーは、昨日からウチの仲間になった天谷君にやってもらう」

天谷「(全員を見回しながら演説)気象予報はもはや当て物ゲームであってはなりません。数値予報をつきつめていけば、必ず機械による全自動予報になるでしょう。先にそのハード市場を席巻した者の勝ちです!」

 天谷、テーブルの上のカバーを取り除ける。
 と、紙でつくった立体模型が露われる。
 それは、超小型レーダーと小型オフコンの2ユニットシステムである。

天谷「この小型システムをソフト込みでエンドユーザーに売ってしまうのです。刻々の雨予報に人間は一切介在しないので、気象庁の許認可もいちいち必要ありません」

社員#1「ウチがレーダーを開発するだって?」

社員#2「こんなもの作って売ったら、相当数の予報士が失業するぞ!」

ベ社長(43)「その通り!!」

 全員いぶかしんで注目。

天谷「現在、民間気象予報の大半が、ごく狭い地域のごく短期の雨予報です」

ベ社長「そんな仕事は機械だけでも十分できるではないか」

その場の全員「うっ…」

ベ社長「アメリカが次世代高品位テレビにNHKのハイビジョンとは異なる走査線を採用しそうなため、某家電メーカーがこの新しい共同プロジェクトに乗り気になっている」

天谷「私は勝算大いにあり、と思っています」

 息を呑むその場の面々。
 自信満々の天谷の表情。


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