珠玉の没シナリオ大全集 part 10.8
自分で解説:これも『ウェザーノート』不採用。後年、この案を突然思い出して、もの凄く縮めて『発言者』に載せようとしたのだが、それもうまくはいかなかったな……。縮めるにも限度があらあ!
ウェザーノート”落雷プロット”
1995.09.30
○栃木県のゴルフ場・曇天
造成途中で放棄され、いまや無人の荒野と化している、丘の上の旧ゴルフ場用地。
雷鳴が轟いている。
厚い雲のため、夕方のような暗さ。
○俯瞰・遠距離
誰かが必死で走っている。
○地表・近距離
走っているのは葉月である。
突然の落雷。
葉月「あっ(思わず倒れ臥す)」
泥に塗れた葉月、後方を振り返る。
と、雲間で空雷が走り、その閃光で、後方の潅木の間に立つ、狩猟用の洋弓を手にした男のシルエット。
○男の首から上のシルエットのアップ
ニヤリと笑う男の歯並び。
男の独白「逃がすかよ…」
○恐怖に見開かれた葉月の両目
○ライトニング広宣ビル・屋外俯瞰
ルルル…という電話のベル音。
声(フキダシ)「橋立主任、宇都宮の榎丸[えのまる]さんという方からお電話です」
○ライトニング広宣のオフィス室内
山下らもいる大部屋で、葉月が受話器を取り上げている。(※山下は白瀬と区別がつきにくいので、今回から眼鏡をかけさせてください。)
葉月「…瑞浪[ミズナミ]町に出した企画? …あれが復活ですって?」
○栃木県瑞浪町(架空)郊外の低山の上にある荒れ地
周り中、山。
あちらにもこちらにも、ほとんどの斜面にゴルフ場らしきものが見え、ゴルフ場のメッカであることがわかる。
崖。
その崖の上の丘。
崖際にバンカー跡。
そのバンカー跡まで、ゆるやかな下り傾斜の芝・雑草・潅木林等が続いている。
断崖の上のバンカーの近くには、真ん中から屈曲倒壊した古い高圧送電鉄塔の残骸もある。
さらに近景には、『栃木瑞浪カントリークラブ 開発予定地』『会員権予約販売中/千日観光開発』といった半ば朽ちかけた看板。
声(フキダシ)「そうなんです。やっと文部省の助成金が降りたそうで…」
○崖際、鉄塔の脇
ゴルフ場のバンカー跡のある崖っ淵に立って携帯電話で話している、何だか弱々しい感じのサラリーマン風の男、榎丸(38)。
榎丸「それで私どもはその放送施設を落札しました業者でして…」
○ライトニング・オフィス
葉月「…わかりました、それでは早速現地へ参ります」
電話を切る。
葉月「…6年前の没企画が…今頃…」
山下がいぶかしげに見上げる。
○瑞浪町のゴルフ場荒れ地
携帯電話のプッシュボタンを押し直している榎丸。
榎丸「(淡々と無表情で)もしもし…榎丸です。…ええ、あの女、ひっかかりましたよ…この瑞浪町まで来るそうです」
○栃木県・瑞浪町に通じる山道・午前
瑞浪町営路線バスがノロノロと走ってくる。
○バス車内
乗客は葉月一人だけ。
葉月は膝の上のブリーフケースから6年前にボツになったその企画書を取り出して頁をめくっている。
企画書の表紙には『瑞浪町生涯学習施設・御企画書 昭和63年×月』と標題あり。
葉月、企画書を置いて、回想するように目を閉じる。
○葉月の回想・丸の内のビル街・午前10時・雨
○超大手広告会社『報電館』のオフィス
○その廊下の給湯室
窓に雨粒が当たっている。
セミロングヘア、甘系のブラウスにタイトスカート、モデル体型のOL(実は6年前の葉月)の後ろ姿。
と、男性社員・遊佐(23)がそっと近付き、なれなれしく前髪に手を触れる。
遊佐「雨の日はセットがとけて大変だよねえ、葉月ちゃん」
ハッと振り返ったのは、6年前の葉月。
葉月「遊佐さん…」
遊佐「昨日はコンタクト合わないから休んじゃった…。僕の分もやってくれたんだって? 悪いね」
葉月「(冷たく)何の用ですか」
遊佐「お礼の代わりに知恵を貸すよ。例の栃木の田舎町の企画コンペ…」
葉月「結構です。建物よりも教材ソフト重視の生涯学習施設計画を考えましたから」
遊佐「(フンと鼻で笑って)苦学生らしい世間知らずだねえ。…いいかい、ああいう自治体は、タダ盗りできるアイディアを集めるためにコンペを開くんだよ。それで零細シンクタンクはみんな泣き寝入りさ」
葉月「(ムッとして)報電館は泣き寝入りしないんですか」
遊佐「ウチは地方ボスが何をお望みか心得ている。クビチョウってのは豪華な建物を我が事蹟として残したいのさ。日曜5時には閉まる名ばかりの生涯学習会センターの絵を描いて出しなって。相手も喜び、君も確実なビジネスになる(と、肩に手をかける)」
葉月「(振りほどこうとし)なれなれしくしないで下さい!」
遊佐「(給湯室のドアを内側から閉めて)その健気さがいい…縁故揃いの報電館に実力で入ってきたんだって? しかも片親というハンデを乗り越えてだ…」
葉月「な、なぜ家のことを…!?」
遊佐「何でも知ってるさ。…君のお父さんは徳島の山師で、子供の君を連れて関西を転々とし、今は…(と、やにわに迫り、腰に手を回して壁に押し付ける)」
○給湯室の外の廊下
通りがかりの男女社員数人、中からドタバタという音が聞こえるので何事ならんと立ち止まる。
急に給湯室のドアが開き、頭から大きな薬缶を被せられた遊佐がよろめきでてくる。
男女社員、中を覗くと、中には服装の乱れた葉月が。
○ヘクトパスカル社内
滋賀「風間、栃木のゴルフ場といっても“トーナメント一日予報・六万円”てやつじゃないからな」
風間「(サンダーメーターの動作チェックをしながら)知ってますよ。橋立さんがそんな仕事を急に頼んでくるわけがない」
滋賀「正確には『旧ゴルフ場予定地』でな。報電館の後押しで造成を開始したが、バブル崩壊で今は荒れ地だそうだ」
風間「(顔を上げ)えっ、ライトニングじゃなくて、報電館ガラミですか?」
滋賀「いいや、橋立さんだよ。あの人は元・報電館だ」
白瀬「(横から急に)ウソー、広告超大手の報電館?? それがナゼに、今は格下のライトニングなんかに?」
滋賀「知らんよ。(風間に)とにかく電車に遅れんようにな。先様は一足先に現地に向かっとる(と、出て行く)」
風間『(動作チェックの手を止め)…』
○瑞浪町・旧ゴルフ場造成予定地
広漠たる元ゴルフ場で、榎丸が葉月を案内している。
倒れて朽ちた鉄塔が見える。
葉月「…ミニFMには電界強度の規制があって…でもこの丘が取得できるなら、山間の瑞浪町全域に微弱電波を到達させられる…」
榎丸「(何となく元気なさそうに)生涯学習コミュニティ放送、大賛成です。私も働きながら勉強をしました。テキストが要らず、耳だけで学べるような昼間のラジオ講座があったら本当にどんなにいいか…」
[※建築士の受験は20回失敗する人も珍しくないそうです。]
二人、崖際に出る。
そこからは、瑞浪町の中心部と、周辺の村落が見渡せる。
葉月「(絶好の立地に感嘆して)ああ! これも開発会社が倒産したおかげね」
榎丸、喜ぶ葉月を見て動揺の色。
葉月「それで榎丸さん、瑞浪町の助役の方は…?」
振り返ると、そこには葉月に向けてゴツい狩猟用アーチェリーを引き絞った男が立っている。[※日本では狩猟に弓を使うことは禁止。だからこれはアメリカ製ということに。]
葉月「…!!」
雷鳴が轟く。
閃光に照らされた顔は、不精ヒゲを生やした遊佐だ。
榎丸「橋立さん、す、すいませ〜ん!」
榎丸、その場から走って逃げ去ろうとする。
放たれる矢のアップ。
走っている榎丸の背に狩猟用の矢が深々と突き刺さる。
ドウと倒れる榎丸、直ちに痙攣を始める。
驚き見るのみの葉月。
遊佐「(弓をダラリと提げてタバコを一服つけ)半端仕事を回してやっていた食い詰め建築士に、最後の報酬だ」
葉月「あなたは…遊佐さん…!?」
遊佐「あの騒動の後、俺も報電館の窓際に追いやられてね。…再起をかけたこのゴルフ場開発企画も結局失敗…」
葉月「それじゃ、瑞浪町生涯学習施設の企画復活の話は…!」
遊佐「世間知らずは相変わらずだな。微弱電波でも教育放送となれば郵政省や文部省の役人が傍観するわけがなかろう」
葉月「救急車を呼んで!」
遊佐「(二の矢を矢壷から抜いて薄気味悪く矢尻を舐め)この矢尻にはリシンというアミノ酸が塗ってある。ゆっくりだが確実に人を殺すやつだ」
遊佐、二の矢をつがえ葉月の胸元に向ける。
葉月「今なら…まだ取り返しがつくわ」
遊佐「俺はもう何にも興味はない。だが、お前だけは俺のモノにするぞ、橋立葉月!」
と、遊佐、更に凄みのある笑いを浮かべながら、つがえた矢をゆっくり引きしぼる。
その時、遊佐の背後に激烈な落雷あり、分岐の一つが朽ちた鉄塔に落ちる(このとき、別の分岐が画面外の鉄道架線に落ちているという設定)。
同時にバラバラと雹が降り始める。
思わず首をすくめて後ろを振り返る遊佐。
葉月、すかさず走って逃げ出す。
○旧ゴルフ場から遠くない東武日光線の線路・同時刻
雷鳴。
○その電車車内
急に減速する電車の音。
乗客#1(オヤジ)「おい、停まっちゃうよ」
乗客#2(主婦)「いまのカミナリが架線に落ちたんだわ」
乗客#3(子供)「(窓の外を見て)あっ、雹だ、見て、雹が降ってきた!」
風間、ラップトップからミニ・ファクシミリのロール紙を取り出して読み取る。
風間(独白)「高度四百m〜八kmの雲を伴う寒冷前線か…」
○冒頭シーンの反復
再び落雷があり、葉月、思わず転ぶ。
遊佐「(ゆっくりと追いかけながら)逃がしゃしねえよ…」
○元の電車車内
風間「ん…?(ふと窓から望める旧ゴルフ場の斜面に目がいく)」
稲光に照らされて、葉月が何者かに追われているのが風間にだけ見える。
風間「あれは…!!」
○元ゴルフ場の潅木林
表面に焦げた痕跡の残る木や、まっぷたつに裂けた大木なども混じっている。
その中を振り返りながら走る葉月。
○葉月の視点
潅木の中を走り抜けようとする刹那。
突然男のシルエットが脇の薮から飛び出して前に立ちはだかる。
○第三者視点
葉月「きゃっ!」
風間「(抱き止め)俺です! 大丈夫ですか?」
風間は直線コースを通ってきたため、ズボンの裾は泥だらけ、衣服には木の葉が付着している。
葉月「武器を持った男が追いかけてきてるの。町の方向はどっち?」
風間が町の方向を振り返ると、突然、風とともに濃密なガスが辺り一面を覆う。
周囲の視界は極端に悪くなる。
葉月、震え出す。
風間「丘全体が過冷却の雲の中に入ってしまった…。ここにいたらいつ落雷にあうかわからないぞ!」
二人、方向を決めて濃霧の中を歩き出す。
雷鳴しきり。
○やや時間経過
葉月「(突如風間を引き止めて)風間さん、危ない!」
風間、足元を見ると崖である。
風間が爪先で蹴飛ばした小石がどこまでも転がり落ちて行く。
二人、前に進めないので崖沿いに横へ進むと、倒れた鉄塔にいきあたる(霧のため方向を維持できず、元の場所に戻ってしまったのである)。
葉月「ここは…最初の場所…」
声「そこを動くなあ!!」
二人が鉄塔を背に振り向くと、近くのバンカー跡の窪地の中から、矢をひきしぼった遊佐が上体を現わす。
風間「(小声で)俺が盾になるから走れ、橋立さん」
橋立「この件に他人は巻き込めないわ。彼の狙いは私だけよ(と、一歩前に進み出る)」
風間「一体、あいつと何があったんだ?」
と、突然、三人の髪が逆立ち、指や身に付けた物の先端からジリジリ…という音がし始める。
二人「…?」
遊佐の弓矢の各端部からもジリジリ…という音。
遊佐「…??」
近くの立木の先端からも同じ音が。
風間「セ、セントエルモの火だ…!」
ジリジリという音がフッと止む。
風間「来るぞ…でかいのが!」
葉月「…?」
風間、突然葉月を抱きかかえて、屈曲倒壊した鉄塔の下に転がりこむ。
葉月「何するの! ここじゃ落雷を…!」
風間「いいから姿勢を低くしろ!」
遊佐「フハハ…、恐怖のあまり血迷ったか!(と、まさに矢を放たんとす)」
と、そこへ大閃光と轟音。
遊佐のアーチェリーの先端、および鉄塔に枝分れ電撃。
遊佐はバンカーの窪地に倒れ、消える。
葉月「(我に返り)ハッ…生きてる…」
風間「この鉄骨がファラデー・ケージ(*)になったのさ」
○俯瞰
一陣の風が止むと雷雲は去っていき、視界が開けてくる。
黒こげの遊佐の死体の前にたちすくむ二人の俯瞰。
(終)