兵頭先生に会ってきた!

                     いんとろだくしょん

TVとベッドしかない精神病院の病室みたいな部屋で携帯のアラームが鳴った。

今日は兵頭先生からお誘い頂いた小宴に参加させていただく日である。

御指示の通り、開催場所を知る為に坂本イーペーコー氏(仮名)に電話せねばならないのが午後4時くらいなのだが─── 再度葉書を見てみるに、午後『4時』などの指定はどこにもない。

完全に私の勘違いで、単に「当日午後に───」と書いてあるだけ。
まったく、最近の私は完全にイカれている。なんといっても本日の午前まで住所不定のホームレスだったのだから(計二日間) それも当然かもしれない。

寝床を貸してくれた埼玉県在住の知人には本当に感謝している。東京都民から都落ち。本日正午より私は神奈川県民である。

ともかく、携帯番号をプッシュする───「はい」

「あ、あの・・・わ、私は『管理人』と申しますが、坂本イーペーコーさん(仮名)でしょうか? き、今日、兵頭先生の小宴に誘っていただいて・・・」
情けないが、いきなりテンパる私である。

「はい」

本人と確認はできたが、まったく私が誰だかわかってない声音だ。

声紋を採ったら『「なんだコイツは?」と思っている声ですね』と診断されるに違いない。どう考えたって私は疑われている。 なんといって、素性を語ればいいのか、しばし考える。 あれしかない。

「あの、兵頭先生のファンサイトを作ってまして…」

「ああ!いつも見させています」

初めて3ヶ月の、まだ6000ヒットのサイトなのに、うれしいお言葉である。そこからはすんなり場所と時刻は、聞けた・・・が。

「場所は浜松町の貿易センタービル・38階の中華料理店に7時なんですが・・・」
電話口で凍りついた。携帯電話を握る手が震えた。頭痛がした。

「・・・(勘弁してくれよ・・・)」
鏡で自分の服装を確認しなくとも、どう贔屓目に見ても単なるプータローである。
浜松町はともかくとして、貿易センタービルの、それも38階なんて世を見下ろす高い所になどとても登らせてもらえる服装ではない。 スーツだってクリーニングに出してしまった。

『羽田近くで予定しております』と葉書に書いてあったからか、 何の根拠もないけれど勝手にそこらの焼き鳥屋で一杯呑むのかと思っていたのである。

帰宅途中に松屋で牛丼を食べたって、5,000円もあれば十分じゃないか。
大誤算である。 慌てて財布を覗くが1万円札一枚しか入ってない。

「・・・(足りるわけねーよな・・・)」

とはいえ御金は、実際には別に、あんまり気にしてはいなかった。
私は福岡にいた頃、唐沢俊一氏率いるお笑いユニット『オタクアミーゴス』のトークライブを毎年楽しみにしていた。ボウリング場で開催されたりと、やたらに貧乏臭いライブだったけど、それでも200人のキャパで3500円。今回私は、開祖を間近で見れるのだ。例えチケットが3500円の10倍だろうと惜しくは無い。


大体それ以前に『貿易センタービル』なのだ。

ドルで支払えとか言われたら私にはもう御手上げである。

自慢じゃないが今まで一度もドル札に触った事がない。

「・・・(完全に場違いだろ?)」

『はい場違いです』と返されたら残念無念であるが、しかし一応聞かねばなるまい。

一拍置いて二の句を告げる。

「あの、本当に行っていいんですか?私は、小汚い格好してるんですが・・・」

なんぼなんでもそこまで卑屈にならんでも・・・と目頭が熱くなるが、テンパっていたのだ。

「はい、かまいませんよ」

その後「場所わかりますか?」と聞いて下さったが、場所はわかっている。登れるかどうかが問題なのだ、私には!

電話を終えた直後にもう一度頭痛がした。本当に、登れるのか?あのクロックタワーに。

現在時刻は16時を回ったところ。悩み多き事であるが、しかし行かねばなるまい。

こんな機会は多分、一生に1度だろうし、何より兵頭ファンとしては是が非でも。
第一、私にはどうしても言わねばならぬ事がある。
コラム集を出してください、と。
無論言下に拒否されるだろう。それは当然だ。
先生は簡単に前言を撤回する人ではないし、大体、それはあまりカッコ良い事ではない。
筒井康隆氏が断筆宣言を撤回した時、歓迎よりも「撤回しなくていいよ」と皆思った筈だ。まぁ、復帰後の作品があんまり面白くなかったからだろうけど。
しかし開祖はそうではない。コラムは傑作、読みたいではないか。
皆が皆、バックナンバーを買ったり大きな図書館に行けるわけではないのだ。

此方には友人も数人しかいないので最近よくTVを見るのだが、
ヘアヌード写真集の出版人氏が語っていた。
女優氏に「ヘアヌード、ウチから出しませんか。出してください」とお願いしても、
まず絶対断られるという。私の知人でキャバクラのスカウトの元締め(?)をしている人間が言っていたが、それも絶対、ホントはやる気がある女のコも、最初は断るそうである。勝負は1度断られてから、だそうだ。
ともあれ、ヘアヌード出版人氏は、拒否されるのが当たり前で、当然のように土下座する。しかし、それでも断られる。だから、最後の手段として、地面に穴を掘って、其処に頭を突っ込み「そこを何とか!」と懇願するという。
兵頭コラム集誕生の為なら、私は喜んで地面に穴を掘ろう。

まぁ、仮に「OK」といわれたとして、私が出版できるわけじゃないのが悲しいけどよ。

途中使い捨てカメラを物色したり、どう考えても時間が早すぎるので川崎駅前のマンガ喫茶に行ったり、 サインしてもらう為のマジックペンを買ったりして───浜松町。真っ直ぐ目を向けるとピカピカの東京タワーだ。マンガ「レピッシュ」(ひうらさとる)の登場人物”一条エイジ”(だったと思う)はそれを「イカした女の脚」と評したが、私には東京そのものに見える。
視線を転じて決戦場・天を突く威容の貿易センタービルを見上げる。私の今までの生活環境には無い舞台だ。

帝都の編集者氏はやっぱ違うな・・・と嘆息した。

「(ここで酒池肉林の大宴会が催されるのか・・・)」

きっと38階には羽の生えた仮面をつけている紳士淑女がいるに違いない。

改めて───思う。私には場違いだ。

御金はさらに一万円おろしたが、足りる確信などない。

が、何といっても貿易センタービルなのだ。カードだって使えるだろう。

だったら現金を多く持っていっても仕方ないじゃないかと割り切る事にした。

プロバイダ料金とネットで本を買う以外にカードを使うなど初めての経験になる。踏み込んだタワーの一階はプリクラもあるし、意外と普通だったが38階までの登り方わからないので、 はっきりいって泣きたくなった。昨日までは神と決戦しても完勝できる心境だったのに。

○○トラベルのお姉さんに聞いて私はそれを知ったが、あのビルは2階にエレベーターホールがある。

1階から直通で高層階に登る手段は無いのだ。

38階に登るエレベーターの中、スーツでキメたエリートビジネスマン(多分)の視線が痛い。

『あんな風になっちゃいけませんよ』

まだ子供だった頃、近所の橋の下に住んでいるフリーマンを指差して 大人が私に諭したが、どうも私はあんな風になっちゃったみたいである。

厚い絨毯。38階。目的地の中華料理屋。入り口付近には「斉藤様」の文字がある。
深呼吸をして店員のお姉さんに、一応御一行の一人である旨を告げると案内してくれた。

ついに開祖と対面である。

開祖登場


2002/11/28


戻る