兵頭先生に会ってきた!
開祖登場
池上遼一のマンガに登場するような部屋だった。
チャイニーズマフィアの首領クラスが会合してるような部屋である。
席に座っているのは数人。知らない方ばかりで、部屋を間違えたのかと戸惑った。
開祖の顔は、無い。入ってすぐに複数の紳士から名刺を頂いた───皆社長だったり編集者だったりするのである。
「(すげー。社長だってよ)」
完全に被害妄想だろうが「一体誰だコイツは?」という皆様の無言の声が痛い。
私の紹介もしていただいて、皆さんから本当に暖かい御言葉を貰ったのだけど、
「はぁ、恥をさらしているようなもので・・・」と返すのが精一杯だった。
ついつい「あの、ホントに私来て良かったんですか?」と坂本氏に尋ねてしまう。
下層民の根性が染み付いている。
四谷ラウンド編集者(自由契約社員)───とはいえ、1年くらい其処で仕事はしてないそうなのだが───の坂本氏は温和な笑みと共に「勿論ですよ」と言ってくれた。
一応席に座ると隣の方は、ナイフ使いのようなクールな顔した佐野氏(仮名)。
氏も編集者であるそうだ。
私は今まで『編集者』という職業の方と話した事はなかったのだが、同じ人間。
話せばわかるという『世知』も手に入れた。来て良かった。
佐野氏は非常に気さくに話しかけてくれて、本当に助かった。
無言で座っているのには堪えられそうにもなかったから。
しかし、どうも私は浮いている。当たり前だけど。
ぼんやり入り口を見ていると続々と入室してくる方々がいる、当然どれも知らない顔ばかりで───それはあちらにしても同じだろうが───我らが開祖兵頭二十八先生の御顔がない。
時刻は19時を回った───定刻である。
兵頭先生以外の人間は集まった事でともかく先に呑んでいようと提案があり、皆ビールを注いで一応の乾杯もした。
私は焼酎や日本酒が好きなので普段あまりビールは呑まないのだが───
比較的公的な席では最初だけ呑むのが私の数少ない『世知』だ───
この日呑んだビールはこの数年で一番美味しかった。
宴は兵頭先生が函館に御引越しされるから開催されたわけだけど、
その理由は「良い図書館があるから」。だが私は全く信用していなかった。
少なくとも其の時までは。皆さんはまるでそれが真相のように語っておられるけれども、先生を個人的に知っているわけでもない私は実はあまり信用していなかったのだ。
だから『ホントにそんな理由で引越しされるんですか?』と皆さんにお聞きした。
答えは明確な『YES』だ。
だが、本当なのか?私の勝手な予測では、北海道の駐屯地にいた時代に密かに交際していた女人と20年の恋を成就され、函館で同棲するから───というシナリオである。
考えても見て欲しい。「良い図書館がある」と聞いて「よし、引っ越そう」と君なら思うか?
私ならそんな理由では絶対に引越しなどしない。
第一帝都にいなくちゃ、御仕事に差し支えだってあるだろう。
私は皆さんの『YES』を聞きながらも、密かにそう考えていた。
『いまどき珍しいタイプの天才だよね───』
そうやって歓談を皆で交す中、私の耳に並木書房の社長閣下の声で思考が中断した。
印象的な言葉だった。やっぱり出版社の社長さんも『天才』だと思っているんだなぁ、とぼんやりと思った。先生はどうやら『論壇』では無視されている感が有るし、だとすれば社長クラスにもあまり支持されていないのではないか、と危惧していたからだ。
しかし、良く考えてみれば、支持されてないなら、あんなに本が出るわけないじゃないか。
並木書房社長閣下から視線を転じて対面の人物に目を向けると、『コンボイで〜す』とよく響くテナーで話しかけられた。
そう、この御仁こそが、ある意味で兵頭先生を作った男でもある。
この佐藤B作似の御方こそが、開祖の御学友であるコンボイ鈴鹿氏(仮名)である。
きっと私が適当に付けた、このサイトでしか通用しないマイナーネームに御立腹であるに違いない。私は恐怖で目を逸らしていた。
鈴鹿氏の御隣に座っているのは色々とサイト構築の面で御世話になってもいる
(あまりうまく使えずに本当に申し訳無いです)某有名新聞社の記者であり、
有名大学の大学院生に見える田崎氏(仮名)。
見た目は異常(失礼)に若く───それであんなに活躍されてるのかと───
ビックリしたけれども、実は活躍に伍した年齢であるそうだ。
そりゃそうだ。能力の有無はともかく、二十歳かそこらであんなに活躍できるほど
日本の新聞社の物分りが良い訳がない。
ともあれ、私はまだあまり話の輪の中には入っていなかったけれども、相変わらずのプレッシャーと共に、皆さんの話に聞き入ってもいた。
しかしやはり、居辛い。
携帯を見ると、私がこの会に参加している事を知る友人から電話が入っていた。
何とはなしに部屋から出たくなって、コールを3回。
「どうどう?」
「なんか、凄い頭良さそうなヒトばっかや。私はアホやから、あんまヘタな事喋れん。
社長さんとかも何人もいるし…」
私が以前働いていた会社の社長は買春で逮捕された。
(去年の話なんだが、懲役刑になったわけでもないのに、サーチエンジンで検索すると未だにヒットするのが高度情報化時代とやらの恐ろしさよ…)
ボーナスを10万円しか出さなかった時期に、女子中学生を8万円で買って、新聞にも載った。ロクなもんじゃない。(一番ロクでもないのは、警察にバレた事だ)
まぁ、確かに、腹をかかえて笑えたから良かったともいえるけど、ともかく出所(拘置所だけど)後、獄中で知り合った犯罪者との文通をしているらしく同僚数人と机の中を漁って手紙を発見、速攻コピーして読んでみたが(私もロクなもんじゃない(笑))反省など何一つない見事な開き直りっぷりな手紙であった。
とまれ、宴に参加されている社長氏方は一見して、そういうタイプでは無い事は明白である。
『ちゃんとした社長』である。私は頭の良い方と話しなれていないと同時に、ちゃんとした方と話す事にも慣れていないのだ。
「とにかく、がんばれ」
何やら忙しいらしく、それだけで切ってしまった。
今更ながらに思うが、私の友人は何の役にも立たない。
もう一人着信があって、其の人と部屋の入り口近くの椅子に座って話していると、
私の目の前を二本の足が横切った。
時間も時間だ…まさか…顔を上げて見てみると、開祖である。
先生がやや早足で、二つの紙袋をぶら下げて私の前から離れていった。
ファンサイトなんかをやってはいても、実際に「動く開祖」を見るのは始めてである。
「おいおい…本物だぜ…」電話口で私は誰知らず呟いていた。
まさしく呼吸する兵頭流軍学 開祖 兵頭 二十八先生であった。
やっぱ似てるな、ルー大柴に!
慌てて電話を切って兵頭先生に付いていくと部屋の中から主賓登場の拍手喝采が
沸き起こる。先生の後ろから手を叩いてそっと入室した。
皆さんの表情が先ほどと一変した事が節穴の目でも理解できた。
頭がぼんやりしていた。マジかよ、本物だぜ。
私の前に開祖がいる内に、今まで色々な写真や切り抜きや御手紙などを貰った御礼をすると、私に紙袋を1つ渡してくれた。
『これは後で見てね…』と声と共に先生は主賓席に行ってしまわれたが、チラと見ると開祖御勧めの道路地図だ。感激であります。
短い談笑を先生や皆さんが交された後、すぐに再度の乾杯と相成った。
先ほどとは熱気が違う。私の期待はいやがおうにも高まる。
ずっと、福岡にいた頃から嫌気が差していた。福岡や、東京でも聞かされたゴールデンタイムのTVの話やアイドルの話なんかじゃない。肌がヒリつくようなシャープな言葉が聞ける筈だ。