没シナリオ大全集 Part 11
<日本核武装>の風景
原作/兵頭 二十八
○チューケン建設ビル・全景・翌日の午前9時
○佐藤の部のあるフロア
部長の机に岸田。昨日とまったく変わったところなし。岸田が読んでいる新聞の大見出しには「北京でクーデター」。
「岸田(新聞をパタッと伏せて)佐藤、昨日はご苦労さん」
佐藤は立って紙コップのコーヒーを抱えている。
佐藤「あ、いえ……」
岸田「また急な予定を入れてすまんがな、今日はこの会議を見てきてくれ。報告は要らんよ(と、紙片を渡して自分は悠然とどこかへ歩み去る)」
佐藤「(少し警戒して)はい……」
佐藤が紙片を見ると、「神奈川山地事業学術懇話会」とあり、開催場所は「座間市××町 (財)焼畑客土研究所ビル」となっている。
○場所移動・座間市内の焼畑客土研究所ビル内
おなじ紙片を確認して顔を上げた佐藤。すでにそこはチューケン建設とはまったく雰囲気の違う、こぢんまりとした、何かの研究機関らしい建物の1フロアである。
ガランとしたフロアには誰もおらず、一面の壁に多数のドアが並び、それぞれ小部屋につながっているようだ。
別の壁には巨大な額入りの、富士山が大噴火している絵が一枚だけ。
受け付けは無人で、液晶モニターだけがあり、そこに男のオペレーターの顔が映じ出されている。
モニターの案内男「(無表情に)佐藤幸一様、5番のドアからお入りください」
佐藤の背後で、5番とレタリングされた、ドアノブのない片開きの鉄製ドアが、自動で静かにひらく。
【解説ページ】●首都機能は分散しないとダメ
北朝鮮の地下鉄駅は、地下100mにあります。それで水爆攻撃をしのぐつもりなのです。
しかし地下鉄のほんらいの目的は、地上で暮らしている人々を便利に輸送することですから、あまりに深いと、地上と地下の往復に大手間をとってしまい、輸送の効率を悪くします。たとえば南アフリカにある世界一深い鉱山坑道(地下3578m)の場合ですと、現場に降りるだけでも、エレベーターで30分かかるそうです。
もしも水爆の火球の下端が地表に接するほど起爆高度が低かった場合、中性子によって放射性化された土壌物質がクレーター内壁にガラス状に焼きついたようになり、飛散しませんので、その土地は長期にわたって汚染されることになります。その場合、爆風や熱による被害面積はかなり小さくなるのですが、爆心直下は核実験場のように人が住めなくなってしまうでしょう。
したがって、東京のように、一国の機能をあまりにも首都に狭く集めているのは、核時代には無責任な政策という他ありません。
○5番ドアの内側の小さなレクチャールーム・俯瞰
窓が無く、装飾も一切無い。
中央に椅子が1脚、置かれている。
大きな映像スクリーンのある壁際に、一人の「講師」が立っている。、
講師の片耳には、無線機のイヤホンがさしこまれている。
講師「おかけください。講師の田中といいます。佐藤さんに国際政治の話をするよう申しつかっております。もし質問があれば随時どうぞ」
佐藤「(おそるおそる椅子に座りながら)あの……田中さんは「プロジェクト」について、どのくらいご存知なんでしょうか?」
講師「その質問には答えられません」
佐藤「(憮然として)……」
講師、映像スクリーンのスイッチを入れると、極東地図などが次々に映し出される。
講師「第二次大戦でいったん武装を解除された日本は、朝鮮戦争で再武装することになり、そのときから核兵器の研究も始められていました」
佐藤『(ゴクリとつばをのみこみ)今日は<お勉強会>ってわけだな……』
講師「……が、その前に、中国が核武装した経緯をご承知ですか?」
佐藤「(首を振り)ぜんぜん」
○1950年の中国某所・砂塵嵐
ナレーション「1950年10月・中国──」
○地下の秘密司令部らしき屋内
国旗、地図、マルクスとレーニンの肖像などが壁に貼られている。
朝鮮半島の地図は特に大きく、国連軍が鴨緑江に迫っている状況が書き込まれている。
出入り口には人民解放軍兵士が立哨。
照明は裸電球で、屋内は薄暗い。
レトロな野戦有線電話、無線機などあり。
人民服のスタッフ数名が立ち働いている。
部屋の片隅のボロいテーブルに着席して頭を抱えているのは、人民服の毛沢東(57)。
テーブルの反対側には、長距離旅行から帰ったばかりという背広姿の格好の周恩来(52)が立っている。
毛「(テロップ「毛沢東」)(やつれ顔を上げて)周くん、スターリンがこんなドジな奴とは思わなかったよ。なぜ電撃戦で南朝鮮を征服できなかったのか……?」
周「(テロップ「周恩来」)同志、日本のせいです。日本がすぐ近くになければ、アメリカ軍の来援にはもっと時間がかかったはずなのです! 日本の共産党も役立たずで、暴力革命に失敗しました」
毛「ええい、もう遅いわい! (と、立ち上がり)それより我が中国のことだ。スターリンはさらに20万の援軍を出せと言ってきた。それは可能だが、問題はその先だ」
周「左様ですな。アメリカの原爆をぜんぶアジアで消費させてやれという魂胆が見え見えです」
毛「(壁の西欧地図の前で歩き回る)けっきょくモスクワの目標は西欧なのだ。ドゴールが昨年、核武装を決意した。フランスが核武装してしまえば西欧を共産化できなくなる。さりとて今すぐ西欧に電撃戦をしかければ……」
周「米軍のもつ二百数十発の原爆が、ソ連の都市に落ちましょう。ソ連はまだ原爆を5発しか有せず、しかもアメリカ本土を空襲できる飛行機は無いときています」
毛「(着席する)仕方ない。……やろう!」
周「(同じく着席し、机におおいかぶさるように身をのりだして)人民解放軍を、アメリカの原爆の餌食として差し出すと?」
毛「周くん、ソ連の援助なしで我が中国共産党は立ち行かない。スターリンが寿命で死ぬまで、適当に付き合わねば」
周「わかりました。では蒋介石とつながる華南人をかり集めて兵隊にします」
毛「原爆は張子の虎で怖くない、と大衆を教育せよ。中国の人口は多く、アメリカがもつ二百数十発のすべてを落とされても、人民の3%が損なわれるにすぎん」
周「(ニヤリとして)もちろんアメリカはヨーロッパ有事用に原爆をとっておかねばならず、せいぜい半分の50発以下をアジアで使えるだけでしょうな」
○5番ドアのレクチャールーム
佐藤「当時の原爆は、長崎型からあまり進化していなかったのですね?」
講師「よくご存知ですね。重さが4・5トンもあり、重爆撃機から投下しました。戦前の日本の町のように木造家屋が密集した都市でないと、効果は限定的だったのです」
佐藤「中国の家屋は壁が石造りで延焼に強く、天井や床が燃えても壁が残るので復旧がしやすかったようですね」
講師「その前に、4・5トンもある爆弾は野戦に使えないのですよ。敵の軍隊に対する戦術兵器とならなかった。だから都市に関心の薄い毛沢東は強気でいられたのでしょう」
○ホワイトハウス全景
ナレーション「──朝鮮戦争中のワシントン──」
○ホワイトハウス内の会議室
トルーマン大統領を中心に、文民のスタッフ数名が、ブリーフィングの真っ最中である。
トルーマン「(テロップ「合衆国大統領 ハリー・S・トルーマン」)どうも中国は、アメリカが数の少ない貴重な長崎型原爆をアジアでは使えまいと高をくくっているようだね。水爆(*)の完成はまだなのか?」
(*)欄外註:核融合反応を利用し、原爆の十倍〜百倍のエネルギーも発生できる爆弾。ただしエネルギーがn倍となっても、爆弾としての危害半径は「nの三乗根倍」にしか増えていかない。たとえば1メガトン爆弾は10キロトン爆弾の100倍のエネルギーを出すが、危害半径は10キロトン爆弾の10倍。
スタッフA「1952年末までにはなんとか……。実験が成功すれば、北京も強気ではいられません」
トルーマン「1年以上も先か……。長崎型原爆の小型化と量産の方は?」
スタッフB「特別な大砲から発射できるほど軽くしたものが1〜2年で完成します。量産に入れば中国軍を戦場から一掃できます」
スタッフC「実験が成功したら、大々的に宣伝させます。いくらモスクワのパシリの毛沢東も、映像をみたらグラつくはずですよ」
トルーマン「早くそうして欲しい。しかしマッカーサーは異常な軍人だったな。ホワイトハウスがもつ核爆撃機の指揮権を要求するとはね」
スタッフA「ええ。スターリンの術策にはまり、原爆を満州の荒野で使い切るつもりだったんでしょうか」
スタッフB「(吐き捨てるように)日本が自分の軍隊にではなしにスチムソン国防長官の原爆に降伏したのが彼のトラウマさ。それで政治家になろうとしたが、朝鮮戦争で、原爆は戦争をなくさないと気づいた。あわてて、日本国憲法の非武装条項は幣原首相が提案した──と責任回避に必死だよ」
【解説ページ】●原爆でヤケを起こしたマッカーサーの憲法
今の「日本国憲法」は、第二次大戦直後に日本を占領したアメリカ軍のダグラス・マッカーサー元帥が、自己宣伝のために作らせたものです。
成績優秀な軍人だったマッカーサーは、第一次大戦後に史上最年少でアメリカ陸軍の参謀総長となり、そのあと、フィリピン植民地軍の司令官に再就職しました。
第二次大戦では米陸軍に復職し、日本軍と戦うよう命ぜられます。
1945年についにマッカーサーの米陸軍は沖縄を占領します。次は南九州、その次は東京を攻略するはずでした。ところが、以後の作戦が無期延期となります。沖縄戦の途中に、アメリカ本土で原爆実験が成功したためでした。
8月、昭和天皇は、B-29が投下した原爆に言及し、ラジオで降伏の決意を表明しました。
マッカーサーはこの事態にたいへんなショックを受けました。彼は自分こそが日本を降伏させて、米国史に不滅の名を残すつもりでいたのです。原爆については何も知らず、広島への投下の10日前に、本国から簡単な予告を受けただけでした。原爆投下作戦は、ホワイトハウスの文民が秘密に指揮をとり、マッカーサー元帥や航空司令官のルメイ将軍などプロ軍人はみな蚊帳の外です。文民が、たった2発の原爆で、戦争に勝ってしまったのでした。
プロ軍人の価値はもうゼロになった──と、マッカーサーはうちのめされました。そこで彼は、残りの人生を政治家として名を残そうと考えます。
1945年9月にマッカーサーは日本占領軍の総司令官とされました。彼には、戦犯裁判(東京裁判)で誰を罰するかを選ぶ権力が与えられました。
マッカーサーはこの立場を最大限に利用し、幣原総理大臣に対し、<天皇を死刑にされたくなくば、オレのいう通りの憲法を採用しろ>と迫りました。なんと草案には、日本はもう軍隊を持たないと規定してありました。日本をフィリピンと同じアメリカの属国にする、そのような「契約」を結ばせることで、マッカーサーは有名人となり、トルーマンの次のアメリカ大統領の椅子も狙えると踏んだのです。
マッカーサーには、若いときからの軍事教育と、植民地支配の経験しかなく、近代国家の常識が理解できませんでした。民主主義は、有権者が自由を戦いとらなければ成立せず、維持もできないものです。軍隊のない国の安全は、しょせんは奴隷の安楽でしかなく、それは民主主義とは別なものになってしまうはずでした。
アメリカ国民は、マッカーサーほど非常識ではありませんでした。朝鮮戦争の途中にクビにされて帰国したマッカーサーは、次の大統領選挙の候補にすら、なれませんでした。