歌舞伎町×番地

没シナリオ大全集 Part 8.9


2場

翌朝。
 寒そうな数羽のスズメのさえずり。
 そのスズメがパッと飛び立つと、葉子が上手から登場。
 オープニングの時と同じようにして、着替えるところからすぐ歌になる。
幕。


 葉子のソロ:東京の冬の道路って美しい−−と歌う。(この街を汚いなんて思っている人は、いっぺん警備員になって冬の道路を一日中ながめていたらいい。この冬の空色が反射したアスファルトの道の美しさは、ローマのアッピア街道にも、ロンドンのアビーロードにも、決して負けはしない、という内容。)


ちょうど拒馬を片付け終ったところで歌終り、肱片登場。

肱片「(ホットの缶コーヒーをすすりながら)オーッス!」

葉子「お早うございます。今日は誘導はあるんですか?」

肱片「誘導はしないでいい。もう来ている」

葉子「えっ、どこ?」

肱片「あれを見な(と桟敷方向を指さす)。俺たちが来る前からもう鉄骨を山積みしたトラックが何台も停まっているだろう」

葉子「(遠くを見るように)ああ、あそこで、運転席で寝ている……」

肱片「ありゃあみんな九州や新潟の鉄工所からはるばると資材を運んできて、混雑しねえ深夜のうちに都心に入り、建築現場近くで朝までずーっと待ってるんだぜ」

葉子「そういえば、よく深夜の国道に大きなトラックが何台も停まってますよね」

肱片「(時計を見て)いま×時か。まだ休んでいていいが、もし8時半前にマグニフィック開発のお偉いさんが来たら、俺に知らせてくれよ。あっちの車ん中にいるから」

葉子「お偉いさん……ですか?」

肱片「ああ。去年大病を患った社長にかわって、この現場の一切をとりしきるようになった人でよ。まだ若いのにすげえヤリ手だって話さ。ここに『総合カジノビル』ができるのも、その人がこの辺り全部の地上げを成功させたかららしいぜ」

葉子「はあ……なんだかこわそうな人ですね」

肱片「事実上の次期社長だから、粗相でもあっちゃあならねえんだ。てなわけで、たのむわ。8時半からクレーンで一気に組み上げるからな(と、下手へ退場)」

 葉子、肱片が退場したのを見送ったあと、気を緩めて腰かけようとすると、またしても数匹のネズミが足元を横切り、飛び上がる。
 ネズミが右往左往して上手側から客席に飛び降り退場すると同時に、その上手から隣りのアパートの最後の住人、一人暮しの高年女性、せつ(68)が歌いながら登場する。
 せつも、ネズミが走って行くのを目で追う仕草。

葉子「(次のせつの歌が少し途切れたところで独白挿入)あっ、あれはきっと、お隣りのアパートに、最後まで一人暮らししている人じゃないかしら(と、舞台下手の奥の方で様子をうかがっている)」


 せつの悲しげなソロ:ネズミはいつでも引っ越しできるけれども、自分にはどこにも行くあてなどない−−と歌う。(これはCATSの“メモリー”に相当する歌。
  私は信州川中島の田舎ではじめてトラクターの運転免許をとった娘。そのときは地元の新聞に写真まで載ったもの。でも洋裁の先生になりたくて東京に出てきた。東京には本当に驚いた。その頃の新宿にはこういう劇場があって、こういう役者がいたものだ[これはコーラスラインの“EVERYTHING WAS BEAUTIFUL IN BALLET”のノリ]。そのあと男に惚れて捨てられて……等と、現在までの自分史と新宿史を歌い込む。)


 
葉子、同情を覚える。
 そこに、ダブルの高級スーツ、黒地に赤バラ刺繍の幅広ネクタイという、どうみても地上げ屋風の御巫覡[みかなぎ](28)が、せつを追って上手から登場する。

御巫覡「いた、いた、こんなところに。おいっ、まだこのあたりをうろついているのか。工事の邪魔をしようったってそうはいかないんだ。ゴネてもうちの社長はもう一文も余計に出すもんじゃない。さあ、はやく荷物をまとめてあのアパートから出ていったらどうだ」
 と、御巫覡、驚く葉子を尻目に、せつの右腕をねじ上げて連れだそうとする。

せつ「アイタタタ……!」

葉子「ちょっと、何をするんですか!」

御巫覡「なんだ、警備員か。アンタもここの現場の警備に傭われて来てるんだろ、だったらこいつを二度と近付けるな」

 葉子、ハッとする。
 御巫覡もハッとする。

葉子「(やや間があって)…御巫覡さん…!」

御巫覡「えっ…やっぱり、葉子ちゃん…なのか!?」

 せつ婆さんは御巫覡の手が緩んだ隙に、舞台下手へ退場する。

葉子「やっぱりそう! 御巫覡さん、その姿……あなたは今、何をしているの!? あの、建築士になったんじゃ……?」

 面目なさに思わず御巫覡、あとじさって顔を隠そうとまでするが、一瞬後、すぐに照れ笑いの冷笑を浮べ、やがて開き直った態度へと変わる。

御巫覡「フフ……ハハハ……。そうさ。ひさしぶりだねえ。えっ、なんだって? 俺が建築士? 一流の建築家なんて、誰もがなれるもんじゃないのさ。この格好を見りゃあ分るだろう。おれが今どんなことをしているか」

葉子「(独白)御巫覡さん……ウソ……すっかり、変わってしまった……!」


 御巫覡のソロ:きれいごとでは食べていけない−−と歌う。(おれは現実に目覚めただけだ。誰だって最初の夢がかなうものじゃない。あこがれだけではスターになれない。死ぬほど努力しても目の出ないやつもいる。みんなこうやって生きているんじゃないか。だからおれをそんな目でみるのはやめろ。)


 歌い終ったところへ肱片、下手から登場。

肱片「やっ、これは御巫覡さん! わざわざのご来駕、恐縮です。(図面を拡げて見せ)エー、今日はここに鉄骨を組み上げてしまいます……」

 と、舞台手前で肱片が御巫覡に説明を続けているところで8時半になって、職人たちが上手下手からドッと登場し、肱片と御巫覡の背後で歌い躍りながらクレーンを使って鉄骨を高く高くどんどん組み上げていく。


 高い鉄骨にまたがった職人たちの歌:高いところは恐くない−−。(どんな汚い街も、高いところから見下ろせば捨てたもんじゃない。)


 この歌が1/3くらい進んだところで、肱片と御巫覡は口パクを続けながらゆっくり下手に退場していく。
 葉子はその間に、動揺した様子で徐々に上手に移動し、御巫覡が下手に退場するのを情けなく見送る。
 職人たちの歌の終盤で、葉子、泣き出して上手に走って退場。
 職人たちは、鉄骨が組み上がるにつれて全員上へ上へと昇っていって、舞台の天井から退場して一人も見えなくなる(建設作業を続ける音だけは聞こえている)。
 歌がFOすると、そこへ、下手から、せつ婆さんの背中を手荒く押しながら御巫覡が登場。

せつ「乱暴にしたって私は出ていきませんよ。私はこの街が好きなんだから」

御巫覡「そんな住民のわがままをいちいち聞いていたらなあ、どんな地域の発展もありゃしないんだよ。ウチは開発すると決めたらどんな住民でも必ず追い出してきた。『マグニフィック開発』が、まだ『川中島ビルディング』といっていた頃から、そうやって大きくなってきたんだ」

せつ「なんだって、それじゃ『マグニフィック開発』は、昔の『川中島ビルディング』だったのかい?」

御巫覡「ああそうだよ。おれが入って地上げを手伝うようになって、ますます会社がでかくなったんで、ちょっと前に社名を変えたんだ。それがどうしたい、ええ、婆さん?」

せつ「教えておくれ、それで、社長は、『川中島ビルディング』の時と、同じ社長なんだろうねえ?」

御巫覡「ああ、同じさ。もっとも、社長は去年大きな病気をして、今度の再開発を最後に経営をおれに任せて引退しようとおっしゃってるんだ。わかるか、それをあんた一人がじゃましてるんだぜ」

せつ「それなら……あたしは、出て行きますよ」

御巫覡「(耳を疑い)なんだって、出ていく?」

 ここで葉子、上手に現れ、舞台中央でのせつと御巫覡のやりとりに気づき、以下、しばらく隠れて窺っているが、すぐにトラックなどがやってきてしまい、その交通整理をする様子で退場。

せつ「三十年住んだ歌舞伎町だけど、今日を限りに、あのアパートを出ますよ」

御巫覡「そうかい! いや、よく決心してくれたぜ、そりゃありがたい!(急いで鞄から事務封筒を出し)前にも説明したが、これは箱根の有料老人ホームの会員券だ。(事務封筒の中から金色に輝く会員券をせつに押し付け)これさえ持っていけば、何不自由なく暮らせる。毎月必要な小遣いだってウチの会社から振り込まれるから、もう一生安心さ」

せつ「有難くもらうよ(と、会員券を受け取り、引き裂いて捨てる)」

御巫覡「ど、どういうつもりだ! 出ていくといったのは、嘘か!?」

せつ「(平然と)出て行きますよ。ただし、あんたの世話にはならない。部屋に残したものは、もういらないから勝手に処分しとくれ(と、御巫覡を置いて上手へ歩き出す)」

御巫覡「(心配してうろたえて)おい、それじゃホームレスになっちまうだろう!」

せつ「あんたなんかの知ったことじゃない(と、退場)」

御巫覡「……(すっきりしない気持ちで立ち尽くしている)」

 そこへ、歌のイントロ始まり、照明落ちてスポット2箇所に当る。
 ひとつは中央の御巫覡、ひとつは下手で道路警備をしている葉子。


 葉子と御巫覡のデュエット:葉子=あの人は前と同じなのだろうか、それとももう別な人なのだろうか。御巫覡=ああ、この姿を彼女に見られ続けるのは堪えられない。どうすればいいのか。二人=現実はひとつでも、夢はひとりひとり違う−−。


 スポット消え、葉子退場。
 照明戻る。

声(高蔵)「御巫覡、御巫覡はいるか!」

御巫覡「あ、社長!」

 下手から、口髭を生やし、ステッキをつき、かっぷくのいい高蔵[たかくら]社長(65)が登場。
 元気のいいイントロ。


 高蔵社長のソロ:不動産屋こそ最高の男の職業−−と高らかに歌い上げる。(日本の経済は土地が中心だ。ビッグになりたきゃ、土地を扱ってみろ。男だったら、まず金持ちにならなくちゃはじまらない。老人ホームでボランティアするよりも、税金を十億円納めた方が社会に貢献するだろう、と終始強気の歌。)


 歌のエンディングで高蔵社長、突如おおげさに咳き込む。
 伴奏も、未解決音階でストップする。

御巫覡「(かけより)だいじょうぶですか、お体の方は?」

高蔵「(介抱しようとする御巫覡の手を払いのけて)ええ、なんでもないわ!(鉄骨の上の方を眺めて満足そうに)ほう、こっちは順調にすすんでいるな。あとは隣りのボロアパートだけだぞ。御巫覡、どうなっている?」

御巫覡「(元気なく)それが、最後の住人が、たったさっき、出ていきました」

高蔵「なに、本当か! さすがわしが後継者と見込んだお前だけある。でかした! よくやったぞ! (御巫覡が元気がないので)……なんだ、どうかしたか。やけに元気がないが……?」

御巫覡「なんでもありません」

高蔵「で、いったいどんなババアだったんだ、さんざん我々をてこずらせたその根性曲がりは?」

御巫覡「年金生活者のようですから、よくわかりませんが、ここに住民票の写しが……(と、紙を渡す)」

高蔵「(紙を開き見て)どれどれ見せてくれ……なになに、オッ、生意気にわしと苗字が同じじゃないか。高蔵せつ……高蔵せつ……(表情が変わり)なんだと!」

御巫覡「どうかしましたか?」

 舞台照明、夕方のそれに変わる。

高蔵「おい、これはわしの姉さんだ……四十年ちかくも行方不明だったわしの姉さんだよ。この生年月日、この本籍、ま、間違いないっ。わしの実の姉さんだ!(と、ハゲ頭をかきむしる)」

御巫覡「なんですって!?」

 ここに、今日の仕事を終えた職人たちが鉄骨の上から、また、葉子は下手から、つぎつぎに登場して高蔵を取り囲む形に。

高蔵「……わしの実家は信州の川中島にあった。ところがわしが子供のとき、実家の田畑[でんぱた]を悪いやつに全部とられてしまった。それで姉さんは洋裁学校にいく夢をあきらめて、東京へ水商売に出た。わしも中学を卒業してすぐに上京し、不動産屋の見習いになったんだ。そうして姉さんは、自分が必死で稼いだ金で、わしが独立するのを助けてくれた。いまこんなに大きな会社があるのは、ぜんぶあの姉さんのおかげなんだよ!」

一同「ええっ!?」

葉子「そんな大事なお姉さんなのに、どうしてアパートで一人暮しなんてさせてきたんですか?」

高蔵「分らなかったんだぁ! わしが川中島ビルディングという小さな不動産会社を興したのを見届けると、しばらくして姉さんは姿を消してしまったんだよ。わしはずっと姉さんの居所を探していた。しかし、探偵を雇って探させたのに、とうとう今日まで見つからなかったんだ。信じてくれ、本当の話だぁ!」

 このセリフの途中で、御巫覡は、せつ婆さんを連れ戻すため、上手から退場する。

葉子「それじゃきっとお姉さんは、ここの地上げをしているマグニフィック開発の社長が弟さんだって気づいて、自分からアパートを明け渡す気になったのだわ」

高蔵「でも、どうしてだ! どうしてわしから逃げるんだ? たった一人の肉親なのに! どんな恩返しでもするのに!」

葉子「きっと、いままでどおりに静かに暮らしたかったのよ。歳をとってからガラリと生活が変わるなんて、いやだったんだわ、きっと。……あっ、警備員のくせに出すぎたことを言っちゃって、ごめんなさい…」

高蔵「……(下を見て考え込んでいる)」

職人#1「それより、探さなくていいんですかい? その姉[あね]さんとやらを」

高蔵「おお、そうだった。御巫覡、御巫覡はどこへ行きおったか!?」

 と、大型トラックの急ブレーキの音が響きわたる。
 一同、何事かと上手に注目。
 ややあって、

声(肱片)「どいてくれ、どいてくれ! 誰か救急車を呼びにいけ!」

 一同、顔を見合わせ、驚き騒ぐ。
 上手から、肱片ほか職人数人によって、車に轢かれて大怪我をした御巫覡が担ぎこまれてくる。
 そのすぐ後に、せつ婆さんも静かに付き従っている。

葉子「御巫覡さん! ……ひどい怪我!」

高蔵「姉さん……! いったい……!?」

肱片「(御巫覡の体を舞台中央に横たえて)高蔵社長! いまそこで、(せつを指さし)あの人がトラックに飛び込もうとしたのを、この御巫覡さんが間一髪で助けたが、代わりにご自分がタイヤの下に……!」

高蔵「なんということだ!」

職人#2「(下手から現れ)救急車を呼んできました! もうすぐかけつけます!」

葉子「御巫覡さん!(かけよる)」

御巫覡「(葉子に)…よかった」

葉子「ええっ?」

御巫覡「…おれは本当は君に会わす顔がなかった。おれは建築家の才能なんてない、意志の弱い男なんだ。しかし、これで、すこしは、見直してくれるか…」

 照明落ち、御巫覡と葉子にスポット1条。

 
 葉子と御巫覡のデュエット:−−内容略す−−


 照明戻る。

高蔵「…御巫覡、知らなかったぞ、おまえに建築家の志しがあったなんて……。姉さん、もう、どこにもいかないで下さいね!」

せつ「この人が私たちのせいで死ぬようなことになったら、私もとても生きてはいられませんよ」

肱片「(御巫覡の傷を改め)でえじょうぶです! ひかれたのは胸で、腹じゃねえから、これだけ話せるんなら、きっと助かる!」

高蔵「姉さん、私といっしょに暮らしましょう!」

せつ「(静かに、毅然と)ことわります。としよりを長年住み慣れたアパートから追い立てて事業を大きくするような、そんなお前の世話になどなる姉でない! 昔、信州の私たちの土地をだましとったあの連中と、今のお前はどこが違いますか。東京で苦界[くがい]の泥水をすすり、お前のためと思って尽くしたことは、すべて無駄でした(と、立ち去ろうとする)」

高蔵「(すがりついて)ああ、何十年もの年月はとりかえしがつきません! ではこうします! この総合カジノビルは、新しいアパートに設計を変更します。(一同、驚きの表情。)姉さんは、ずっとこの新宿に住みたいんだ。だったら、それができるアパートをつくらせてください。私が何だってつくりますよ。そうだ、昔の、あの信州の家みたいに、街の中でも静かに暮らせる、そんな、いままでにはないアパートにしましょう! ね、どうです、これなら? ですから考え直してください、姉さん!」

せつ「その言葉に偽りはないか」

高蔵「嘘じゃありません。嘘でない証拠に、この場で私は御巫覡に設計変更を命じます。御巫覡、怪我が治ったら、私は社長を退くぞ。あとは、やってくれるな?」

御巫覡「高蔵社長……」

肱片「ヘッヘッヘ、このビルの外装・間取りをすっかり変えちまおうってんなら、頼もしい助っ人がいますぜ!」

 と、肱片、葉子の背中をドンと突いて前に押し出す。

葉子「えっ…あの…?」

高蔵「どういうことだ? この警備員が…?」

御巫覡「(やや苦しげに)社長、彼女はただの警備員じゃありません。彼女のデザイン能力は私がよく知っています。彼女なら、都会の真ん中でどんな高齢者でも不自由なく一人暮しのできるアパートを、考え出してくれます」

高蔵「そうか、なら、万事まかせたよ。……姉さん、もういいでしょう?」

せつ「もし今の約束に偽りあらば、私はこのビルから飛び降りて死ぬまで……」

高蔵「(泣き笑いで)もうよしてくださいよ」

 職人一同、これを見てドッと笑うところへ、救急隊員がかけつけ、慌ただしい動きのうちに、幕。

◎ネズミの幕間コント<その2>。


[※これは<その1>で出てきたネズミと同一キャラクターであることが望ましい。また、二つの幕間コントだけで、ひとつのミニストーリーに出来上がっていることが望ましい。]

3場・フィナーレ

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