没シナリオ大全集 part 4.3
●”■×”(数字) 『TOWER OF POWER』
※この劇画原作は、終始台詞のない、ト書きだけのシナリオです。
自分で解説:○学○の当時の担当の記者さんが、「主人公が終始口をきかない作品を一回やってみたいんだ」と酒の上で願望を語っていたので、ある日私はこの小品を彼に示した。すると彼は、とても激昂したらしかった。もちろん不採用だ。いまだに、どこが彼を怒らせたのか、よく分らない。彼が将来○学○の役員になったら、尋ねてみようと思っている。なお、慧眼なる読者には、この試作と、『発言者』の一エピソードとの類似に気づくだろう。
1
○中央アジアの荒野・真昼頃
高度五百mくらいから見渡した、地平線まで茫漠と続く荒野。
全体に薄曇りで、西の空には黒雲がわだかまっている。
視点をどんどん下げていく。
と、羊の群、牧人のテント、さらにそのテントに徒歩で近付く、一人の男が見えてくる。
○地上
男は○”×▲”である。
○”×▲”は小型の肩掛け布カバン(但し、銃入)だけを携え、徒歩で荒野を歩いている。
地図のような紙片を取りだし、前方の地形と照合しようとする○”×▲”。
しかしどの方向も同じように見える。
一箇所だけ、小さなテントが目に付く。
○牧人のテント
羊の牧人である老人(60)が一人、粗末な折り畳み椅子に腰掛けて群を見ている。
そばでは男の子(10)と女の子(7)がキャッキャと鬼ごっこをしている。
男の子は木の枝を削って羊の鍵を結んだようなオモチャの弓を持っている。
老人「…!」
遠くから、テントおよび羊群のあるこちらに向かって、人影が近付いてくる。
子供たち、気付いて遊びをやめる。
○”×▲”、老人のすぐ前に至る。
子供たち、物珍しそうに○”×▲”に近寄ろうとする。
男の子は、オモチャの弓に木の枝の矢をつがえて悪気なく○”×▲”に向ける。
老人、あっちへいってろ、という合図をして子供たちを追い払う。
男の子は羊の群の中に消えてしまう。
女の子はテントの裏に回って、隠れて異邦人を見ている。
○西の空
さっきまで見えなかった黒雲が、今は牧人のテントの位置からも見えるくらいに西の空の一角を覆いつつある。
その遠い黒雲の中で稲光りが見え、遅れて神鳴りが聞こえる。
○女の子がテントの影から見た視野
○”×▲”は老人に略地図のような紙片を見せて、道を尋ねている。
老人は、黒雲の発達中の西の方向を指さす。
○▲”×○”のクロースアップ
○”×▲”、老人が指さした方向を見る。
○西の空
黒雲がさっきよりも広がってきつつある。
その雲の中で再び稲光り。
○女の子がテントの影から見た視野
○”×▲”、軽く謝意を表すしぐさを残して、一人で黒雲の覆う荒れた地平線を目指し、歩き去っていく。
遠くからまた雷鳴が聞こえてくる。
○老人のクロースアップ
老人「…(暫く複雑な表情で○”×▲”の立ち去る方向を見送っている)」
老人、何を思ったか、やがて意を決する眼差しで、テントのフラップドアのすぐ裏手に立てかけてあった、年代物の半自動カービンを取る。
老人、半自動カービンを構え、歩き続けている○”×▲”の背中を狙う。
○サイトに重なる○”×▲”の背中
○西の空
西の地平線で、黒雲から地表に落雷が一閃する。
○ロング
○”×▲”は一挙動で布袋からライフルを取りだし、腰ダメで発射。
ドーンという遠くの神鳴りの音が被さってくる。
老人、胸を撃たれてゆっくりと膝をつく。
テントの影から女の子が駆け寄って老人を支えようとする。
○”×▲”、ライフルを提げたまま、くるりと向きを変えて歩み去る。
○女の子のクロースアップ
腕の中で息絶えた老人。
女の子、○”×▲”の方を見る。
○女の子の視野
○”×▲”の背中。
その更に遠くの西の地平線に、またしても黒雲からの落雷が光る。
○俯瞰・時間経過
○”×▲”は牧人に道を尋ねた地点から相当に遠ざかり、○”×▲”の後方には羊の群も見えなくなった。
○地上
○”×▲”、歩きながら前方に注目。
上空は、1/4近くが黒雲で覆われてきた。
その黒雲を透過して、正午の太陽が認められる。
前方には、異様に高い高圧送電線の鉄塔の列が、視野の右から左まで横切るように5〜6基、点々と並んでいるのが見えてくる。
鉄塔は、巨人が両手で天を支えているようにも見える、複雑な形状のもの。
それが地平線上に一列に立ち並んでいる姿は、黒雲を背景として一層不気味である。
それらは今は使われておらず、錆びた塔部分のみが残っているもので、電線は既に朽廃したか盗み去られていて無い(近寄るとこの模様がより克明に判る)。
○”×▲”、また略地図を出して照合、確信したように正面の鉄塔の方角に歩き出す。
と、視界の右端、最も遠いところにある鉄塔の一つに強烈な落雷が…。
○正面の鉄塔上からの俯瞰(実は狙撃者の視野である)・やや時間経過
○”×▲”が次第にその鉄塔の方に近付いてくる。
一段、更にまた一段と近付いてくる○”×▲”。
と、上から見下ろした○”×▲”のその胸に、何者かのライフルの照門が重ねられる。
○地上・○”×▲”のクロースアップ
○”×▲”、その鉄塔の基部から数十歩まで近付く。
○”×▲”「…!」
不吉な気配を頭上に感じた○”×▲”、鉄塔の脚部の影へ一目散に走り飛び込む。
同時に極めて正確な着弾あり。
○”×▲”、上を窺いながらライフルを向け、反撃しようとする…が…。
○Ω”×▲”の視野
鉄塔はサビだらけの古いものだが、骨組みはガッチリと、しかも錯綜しており、真下から真上を見通すことができない。
○Ω”×▲”のクロースアップ
銃の構え方をいろいろに変えてみるが、相手の姿を捉えることができない。
一瞬、チラと人影が見える。
すかさず、続けて二発、発砲する○”×▲”。
○ロング・鉄塔そのものの俯瞰
鉄塔の部材のあちこちに衝突、跳弾となる音が荒野に響きわたる。
○地上
○”×▲”の撃った弾の一個が、跳ね返されて数十m先の地面にボトリと横様に落ちる。
○”×▲”「(それを見て)…」
再び上を窺う○”×▲”。
と、○”×▲”、急に頭を引っ込める。
そこへ、強力なライフル弾が垂直に落ちてきて、土台のコンクリートに孔を掘り、弾殻が細片となって激しく四散する。
○”×▲”、顔を庇っていた肘を除けてその孔を見る。
○”×▲”の頬は、四散した弾頭の細片で早くも負傷している。
○”×▲”「…」
○塔の上・狙撃者からの俯瞰
はるか下方に、部材の影に隠れている○”×▲”の体の一部が見える。
そこに重なる照門。
○地上
更に数発、真上からの銃撃。
○”×▲”は肩に擦過傷を負う。
しかし、身動きできず、またコンクリートで破砕した弾頭殻の破片で着衣をあちこち切り裂かれる。
シーンとする。
そこへ、ゴロゴロ…という遠雷の音。
○”×▲”、ふと西の空を注目。
いつの間にか黒雲は天空の1/2を覆っている。
と見る間に、先程落雷のあった西端の鉄塔より更に一本こちら側(東側)の鉄塔に、激烈な落雷!
ドドーンというものすごい音が荒野を渡って行く。
雷に撃たれた鉄塔全体が一瞬黒こげになって煙をくすぶらせ、コンクリートの基部すらも大穴が開けられているのが遠目にも明らか。
もしもこの鉄塔に落雷があれば、○”×▲”も狙撃者も共に命は無いことが認識される。
しかも黒雲はますます広がりつつあり、雷も刻一刻、こちらに近付いてくる。
○”×▲”、上を見上げる。
○†”×▲”の視野
見上げた鉄塔は部材が入り組み、狙撃者の影は捉えられない。
○地上
○”×▲”、ついで、周りの地形を見渡す。
地表には、隠れる物陰すら無い。
東隣の鉄塔までには200メートルくらいあって、とても辿り着けそうにない。
○”×▲”、弾倉を外す。
残弾が数発ほどある。
また弾倉を装着する。
また上を見る。
また東の鉄塔の基部を見る。
○”×▲”、ライフルを脇にかかえ、東の鉄塔に向けて走り出す態勢を取る。
と、そこへ動くものがやってくる。
○”×▲”「…!(一瞬、動きを止めてそれを見る)」
羊を狙って荒野をうろついている狼だ。
○塔の上
狙撃者の前腕部とライフル(しか見えない)が、○”×▲”のいる真下から、狼へと狙いを移す。
○地上
狼のすぐ足元に着弾、人間なら胴体に当たっていたであろう僅差である。
狼、驚いて東隣の鉄塔の方に全速で逃げ走る。
目で真上と狼を交互に見る○”×▲”。
狼が100メートルほど、相当遠くまで走り、もう逃げ切ったと思われた瞬間、頭蓋を見事一発で撃ち抜かれる。
狼「ギャオオーーン…」
今や空の2/3を覆ってきた黒雲の間を、妖しい稲光が走る。
○俯瞰
二本の鉄塔の中間で絶命している狼が、小さな点のように動かない。
○塔の上
狙撃者の口元(だけしか見えない)がニヤリとする。
狙撃者、再び銃口を真下に向ける。
狙撃者「…!」
○地上
鉄塔基部コンクリートの上に、さっきまで体の一部が見えていた○”×▲”の姿は、どこにもない。