没シナリオ大全集 part 4.8


●”■×”(数字)  『EXTRACTION(エキストラクション)』

※EXTRACTION=抽出液


自分で解説:あらためてFDを読み返してみると、「オレ、こんなん書いたかな? 何時?」というような試作品も出てくる。これもその一つ。まったく若いって、凄いよネ。

Part 1:狙われたフラスコ


○ノルウェー・オスロ市の眺望

ネーム『−−オスロ市−−』

○ドアノブのアップ
 鍵穴に差し込まれた鍵が回され、鍵がロックされた音がする。

○市電通り・夕刻
 地味な煉瓦造りの建物の玄関前で、鍵を抜いてコートのポケットにしまった男が、すぐそばで待っていた同僚とともに帰宅のための市電駅に向かう。
 舗道は会社帰りの人々で混んでいる。
 街路の時計は午後5時過ぎを指している。

○舗道の時計柱の下
 さっきの男たちを乗せた市電が通りすぎる。
 時計柱の影から建物を見あげる、ジーンズでスニーカー、上に長いコートを羽織った得体の知れない若者…実はCIA職員のジョンソン(23)。
 ジョンソン、襟で顔を隠すように建物の出入口へ。
 ジョンソン、コートの胸元を開け、中から針糸通しのような形の錠前外し具を出す。
 その際、コートの下はTシャツで、鯨の絵と“MARINE PIECE”のロゴがプリントされているのが覗ける。
 ジョンソン、あたりを見回すようにドアの鍵穴に器具を差し込もうとする。

○建物内の研究室
 板張りの古ぼけた研究施設のようだ。
 化学試験器材に満ちた室内に一人の白衣の男、チェーレン博士(50)。
 チェーレンは机上の双眼型の顕微鏡を覗いては、思い付いたように亀甲様の分子記号を書いたり、また消したりしている。
 室内の一方の壁にはホルマリン漬けの鯨の脳が数個並んでいる。
 別の壁には北氷洋のセミ鯨の写真が飾られ、一九世紀の銛がぶっちがいの壁飾りとされている。

チェーレン「やはりそうだ!…歯鯨の含有率が高いのは…小型イカの何トンもの摂取と関係がありそうだ…!」

 などとブツブツ言い続けている。

○隣りの試料室
 薄明りの中、怪しい人影が抜き足でやってくる。
 ジョンソンだ。
 ジョンソン、足音を忍ばせつつ、部屋の端を目指す。
 そこには、冷凍庫がある。
 と、古びた板張りの床が、踏み締めた拍子にギーと鳴る。
 ギクッとするジョンソン、隣りの研究室を気遣う様子。

○研究室
 チェーレン、隣りの試料室からの物音に気付く。

博士『…?』

 博士、椅子に座ったまま聞き耳を立て、反り返って隣りの試料室に通じるドアを見る。
 ドアには“IWC”と大書した紙を貼ったダーツ盤が吊され、多数のダーツが刺さっている。

○試料室
隣りを気にしながら、ジョンソン、冷凍庫の扉の開錠にかかっている。
 額に汗がにじむ。
 なかなか開かないのでいらいらするジョンソン。
 やっと手ごたえあり、扉が開き、ドライアイス様の霧が漂い出る。
 ジョンソン、愁眉を開く。
 いくつかのシャーベット状の液体が入ったフラスコが並んでいる。
 ジョンソン、ラベルを確かめ、栓をされたひとつのフラスコを取ろうとする。
 と、突如、後方からそのフラスコをひったくられる。

ジョンソン「…!!」

チェーレン博士「君は当研究所の者ではないな!誰だ?」

 ジョンソン、逃げ出そうとする。
 博士、コートの襟を掴む。
 するとコートがずり下がり、“MARINE PIECE”のロゴ入りTシャツが露わに。

チェーレン「さては、“マリンピース”の回し者か!」

 ジョンソン、博士の研究室の方に逃げ込む。

チェーレン「そちらの研究室に出口はないぞ!観念したまえ(と、指弾しながら迫る)」

 ジョンソン、進退極まったと見て取るや、壁の銛に手をかける。
 博士、ひるむ様子も見せず、ジョンソンの振り下ろす銛を左手で防ぎ、右手でフラスコを打ち付けてジョンソンの額に小さい傷をつける。
 フラスコにひびが入り、漏れたシャーベット状の液体がジョンソンの傷口にかかる。

チェーレン「いかん…!(フラスコを気遣うように跳び退く)」

 ジョンソン、大した傷でもないのにひどく苦しみ出し、床を転げ回った挙げ句、泡を吹いて痙攣を起こし、死ぬ。

 博士、机上に目をやる。
 そこには電話がある。
 しかし博士は電話はとらず、フラスコを空の手洗いボウルに安置し、電話の横にあった大型スポイトを手に取る。
 博士、床にこぼれたシャーベット状の液体をできるだけスポイトでボウルに回収しようとする。
 放ったらかしのジョンソンの死体。

○夕闇のオスロ
○チェーレンの研究室のあるビル前の通り
 パトカーが数台止まり、警官が少数の野次馬を捌いているのが見える。

○研究室のある階
 研究室内にはノルウェー警察から鑑識など十人近くが来て現場検証の最中。
 チェーレンは廊下でイライラと待っている。
 ジョンソンの死体や凶器の銛はまだ転がっており、鑑識が行なわれている。
 そこへ、長身で枯れた紳士風の男、ノルウェー漁業相(60)が現われる。

警部「これは漁業大臣…」

漁相「チェーレン君、ちょっと話が(耳打ちする)」

チェーレン「ええっ、大使館…?」

漁相「そうだ。ホトケは米国籍なので遺体を引き取りたいと言ってきた。法相も許可せざるを得なかったよ」

チェーレン「(吐き捨てるように)死体にVIP待遇をさせるとは、さすが環境マフィアと呼ばれたマリンピースですなっ!」

漁相「マリンピースは擬装だ。やつの正体はCIAさ」

チェーレン「なんですと!…それじゃ米国は…?」

漁相「ああ。とうとうかぎつけられたよ。君の“タシュティギン”の研究をな」

[※私註:メルヴィルの『白鯨』の中に、入れ墨をしたポリネシア人の銛打ち、タシュティゴという男がでてくるが、この物質とは関係ないであろう−−白土三平風解説]

Part 2

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