没シナリオ大全集 Part 5


●”■×”(数字) 『WIRED(ワイヤード)』

※WIRED=金縛り


自分で解説:じつは、「●”■×”(数字)連載25周年記念脚本大賞」には、私は複数の作品を応募したのであります。これは、たしかその3番目のもの。あとで、さいとう・たかを氏は、「三つも四つも書く時間があるんなら、最初の一つを何度でも推敲せんかい」との、直接のお言葉を頂戴しました。この作品は、没です。

Part 1:マネー・ピット


(カラッと晴れ渡った栃木県の山深い場所にあるモトダモータース研究開発センター。競馬場型の周回テストコースにはもちろん観客はいない。“MOTODA”のメーカーロゴがペイントされたワンシーター[=1人乗り]スポーツカー仕様の試作軽乗用車がそのコースを疾走している。ピットでは、喜々として声援を送る若い日本人技術者たち[社名ロゴ入りツナギ姿]。腕組みしながらテレメーターのモニターを読んでいるドライビングスーツ姿の外人は、かつてのF1レーサーで今はモトダのテストドライバーとして雇われているリノ・サビーニ。そして少し離れたところには、不安でイライラした表情の二代目若輩社長・永山[背広に安全帽姿]もいる。)

若い技師A(目前の直線コースを猛スピードで横切る軽自動車を見送りながら)
「平均170キロ、加速もいい!」

若い技師B
「次は急制動の効きがどうかだな!」

(もう一周してくるのをじっと見守っている永山。試作車が再びホームストレッチに入ってくる。急ブレーキの音。突然スピンに入る。コースアウトし、タイヤブロックに接触して停止。消火器を持ってバラバラと駆けよる支援作業員たち。試作車のナンバープレートには“Pure・1”と描いてある)

(カチャッとドアを開けて降りてくる、耐火服の男。ヘルメットを取ると頭の禿げかかった初老の親父顔。モトダ・モータース社主、元田である。)

支援作業員A
「御無事ですか、元田社主!?」

元田
「ああ、オレは不死身だよ。こいつのロボット・シフトはよくなってるが、カーブでの内輪のトラクションは全然不満だ。やはりアクティブ・サスをつけなきゃダメだな。スペックをケチらず、すぐに改修にとりかかろうや!」

支援作業員A
「ハイッ!では走行試験を続行します」

元田
「もちろんだよ!しかしピットで待機しているリノは怒っとるだろうな。1号車を勝手に乗り回した上にクラッシュしちまったのだからな、ワッハハ…」

(元田、チラ、と、ピットの方を見る。永山と視線が合う。)

(コースでは、小破した試作1号車がガレージの方に牽引されていく。リノ・サビーニはヘルメットをかかえてピットの隅の方に行き、電話をかけようとしている。)

(暖気運転中のヘリコプターの後部座席。すでに永山がひとり腕組みをして座っている。入口のドアから、ラフなポロシャツ姿に着替えをすませた元田が搭乗してくる。)

元田
「やあ、おまたせ」

永山(軽く会釈して)
「今日も危のうございました」

元田(シートベルトを締めながら)
「…永山。ワン・シーターの軽レーサー・プロジェクトにお前が乗り気でないのは百も承知だが、全額持ち出しのF1部門と違ってこの“ピュア・1”は売れ筋商品になる!収益は確実なんだ。俺より20も若いお前がそんな時代のニーズも読めないのか、社長?」

永山
「お言葉ですが…」

ヘリ・パイロット
「離陸します」

(ヘリコプター、ヘリポートを飛び立つ。上昇するにつれ、大きな河沿いにあるモトダ・テスト・フィールドの全容が見渡せるようになる。)

永山
「…私には、ドライバー1人しか乗れないスポーツカーがどうして若者にアピールするのか分かりかねます。若者が車を購入する動機は、親しい友人との行楽目的か、ガールハントのためと昔から相場は決まっております」

元田
「若ボケが!それでもお前はモトダ・モータースの新社長か?よく聞け永山、まず“ピュア・1”は“スポーツカー”などではない、もとF1チャンピオン、リノ・サビーニの意見を100%反映した“レーサー”だ!」

永山
「はあ…」

元田
「俺はなァ、自動車競争に純粋にあこがれている若者に、どんな高級外車にも負けない加速と運動性を提供したいんだよ。それも200万円以下でな!」

永山
「それは分かっております、しかし…」

元田
「とすれば結論は、軽自動車の規格で一人乗り[←ルビ:“ワンシーター”]レーサーをつくり、軽量コンパクトな車体に全輪ステアリング、4WD、アクティブ・サスなどの贅沢な技術をすべてを盛り込むほかあるまい!」

永山
「技術的にはそうでしょうが、営業的には…」

元田
「だから売れるというておる!都会でワンシーターを乗り回すことは、自分は女に飢えてなんぞいないという、かっこいい“レーサー宣言”じゃないか。これ以上に一目瞭然に差異化されたシンボルが他に考えられるか、オイ?」

永山
「…さあ…果してそうした特異な価値観に共鳴するお客さまが何割ございますか…」

元田
「下を見てみろ、永山。高速道路すら交通渋滞。どこへいっても駐車場所はない。狭い道路に大排気量のバカな車ばかりひしめいとるのが日本の、いや世界の現状だろ?ワンシーターなら軽でも3ナンバーのゆとりが実現できるんだ。ピュア・1はモトダの看板商品になるとも!」

永山
「…」
(永山、ヘリの窓から下界を見る。いつしか都心上空。道路の過密がよくわかる。)

元田
「しわい顔をするな、永山。もしピュア・1が完成したらな、オレはこの軽の規格にあわせた日本独自のフォーミュラ・レースをも創始したいと思ってるんだ。…それが軌道に乗ったら、もう欧州主導のF1からは撤退だ。」

永山
「えっ…?」

パイロット
「まもなく着陸態勢に入ります」

Part 2

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