●”■×”(数字)  『K計画』

没シナリオ大全集 Part 5.2


Part 2:元侍従のコネクション


(都内某所の外堀に面した、薄汚い一膳めし屋。店内は焼魚の煙と加熱調理の音が満ちている。騒々しいアジア系労務者や貧乏学生らの客に混じり、店の隅の小さいテーブルで、背広姿の小松京三と宮内庁を退官したノータイのワイシャツ姿の元侍従・滝口老人が、向い合って豆腐+目刺しご飯を食べている。)

(箸が目刺しの目をつく。そして滝口の口に入る。)

滝口
「やっぱり、内郷一鬼はあんたの諌言は聞かへんやったか…。」

小松京三(沈痛な表情で)
「滝口さん、そればかりではないのです。」

滝口
「今朝報道された、神田女子大の若い研究員の暴行殺人事件のことやな、小松会長。」

小松
「やはりご承知でしたか…。あれは報道されたような、たまたま武道館のコンサートに集まっていた若者による行きずりの犯行などではありません。」

滝口
「それも聞いてるわ。先帝の侍従時代になじみだった皇宮警察の幹部と今でも付き合いがあるよってな。被害者の口、陰部、肛門に3種類の異なる血液型の精液が残留し、頭を鈍器で殴られた上に首をカッターナイフで切られて殺されていたそうや。…もう東京やらニューヨークやら分らんで。」

小松
「彼女は偶然にこの旧江戸城の大深度地下で無届け工事が行なわれていることに気づいたらしいのです。」

滝口
「偶然に?そやけど、普請や作事とかには門外漢なんやろ」

小松
「はい。ですが彼女は“都心の自然を守る会”というボランティアに所属していて、皇居西の丸に残る稀少な魚類や植物の保護を訴えていました。それで東御苑や北の丸をウォッチしているうち、内郷土木が正規に受注した科学技術館の下水改修工事以外の“仕事”を進めていることに…」

滝口
「左様か。ほな、大洋寺建設の会長はんが、子会社が啓水会へ荷担しとることにおそまきながら気付いたのと3週間しか違わんわけや。まったくの部外者なのに大したもんや。」

小松(平身低頭して)
「面目ございません。傘下の内郷土木がラジカルな政策集団に取り込まれ、皇居の地下にこんなおそろしい事業を進めていることに早く気付いてさえいれば…本社会長たる私が内郷と刺し交えてでも“K計画”は阻止しましたのに!」

滝口
「もう遅いで、会長はん。工事が9割方竣工してもうた以上、内郷社長一人をどないしてもK計画は止められへんやろ。公けになれば本社の大洋寺建設に傷がつかずに済まん段階まで来とるからこそ、内郷も強気なのや。」

小松(憔悴して)
「なんたることか…。明治初年から官庁御用を承ってきた大洋寺建設の暖簾もこれでおしまいでしょうね。」

滝口
「それにしても内郷社長もやりすぎとちゃうやろか。無許可のトンネル工事の秘密を守るために、浮浪者か通り魔の仕業を装って、つみとがもないおなごを惨殺させるとは」

小松
「滝口さん、あれは私への脅迫もあると思われます。」

小松
「なんやて、そりゃ何のこっちゃ」

滝口
「殺された専任講師は、私の孫娘の所属する大学院の同じ研究室で孫娘と一番近しい間柄でしたから。」

滝口
「つまり、啓水会と“K計画”に対する邪魔だてをすれば、あんたにとって一人娘同然の輝子さんもあの女性のようにするで、と…。なるほどな」

小松
「それに、今度のような事件で警察が北の丸公園への夜間立入りを規制してくれれば、今後は予期せぬ“ニアミス”もなくなり、トンネルの秘密が保たれやすくなる。一石二鳥でしょう」

滝口
「小松会長。で、こうなったら、どないするおつもりや?」

小松
「内郷を子会社の社長につけたのは本社社長時代の私です。また今は大洋寺建設会長として、宮内庁に対する100年来の信頼関係を守り抜かなくてはなりません。滝口さん、もう私のあなたへのお願いの趣旨は察していただけると思います」

滝口
「うーむ。先帝御在位中より、わしとあんたのつきあいは公私にわたって深い。これまでもプライベートな困り事の相談までもちかけあってきた仲や。察するに、あんたは●”■×”(数字)を使いたいんやろな」

(おどろく小松の顔)

滝口
「…戦後、千代田の周辺にゴタゴタが迫るにつけ、わしは宮内庁の裏の庶務係を務めてきた。平成改元を機に侍従を辞した今も、公安筋や陰の世界への連絡回路までホカした訳やないよって、●”■×”(数字)に私的に接触することも可能やろ。そやけど会長、わしの答えはノーや。」

小松
「滝口さん…」

滝口
「K計画は啓水会のプロジェクトや。啓水会は保守党の主流派ではないとはいえ、政・財界の有力者も協賛しとる。内郷のような技師あがりは、その手先に使われとるにすぎんのや。それにK計画が世界に知れたら大ごととちゃうか。ここはやはり、誰にも気付かれんと計画丸ごと潰す算段考えるのが、公人としてのあんたの責任やで。」

小松
「ではいったい、私はどうすれば…」

滝口
「あんたも目えつけた●”■×”(数字)が、多分唯一の解決手段や。が、わしはその●”■×”(数字)を、アメリカ政府に雇って貰うのがええと思う。」

小松
「アメリカに?…そうか、かれらも“K計画”の実態を知ったなら、放置できるはずがない」

滝口
「連中はこの種の危機を水面下で管理する方法を弁えてるよってな。まあ、わしにまかせといたらええんや、会長はん。わてがワシントンの要路におる知人にうまく話してみるさかい。」

小松
「滝口さん、もう一切はお任せします!どうか皇居の地下で核弾頭が製造されるような事態だけはなんとか防いで下さい!」

滝口
「ほなら、依頼の具体的な段取りやけどな…」

(外掘りに面した騒々しい食堂の片隅で、何事か相談を続ける二人。)


(会議室風の部屋。正面に大スクリーン)

アタミ補佐官
「照明を落してくれ」

係員
「わかりました。補佐官」
(照明は落され、大スクリーンにH-IIロケット、SLBM潜水艦の配置図などが)

アタミ補佐官
「ではダン・フリン海軍中佐に、日本の“啓水会”が同国政府にも隠れて開発しようとしている長射程・広域破壊兵器についての分析を報告してもらいます」

ダン(スクリーンの横に立ち)
「はい。結論から申し上げますと、彼らは自国産の宇宙開発ロケットH-IIに2基バンドルされているSRBという固体燃料の補助ブースターを単段式SLBMに改造し、4隻以上の潜水艦に1発づつ搭載して日本近海を遊よくさせようとする魂胆であり、現在はその再突入体に搭載する小型の核融合装置、つまり水爆弾頭を開発中であると信じられます。」

(会場から一斉に「ジーザス!」 「ホーリー・シット!」などのうめきやざわめきが起こる)

ウッド大統領
「順番に尋ねよう。ダン、そのSLBMは、このホワイトハウスまでもとどくのかね?」

ダン
「お答えします、大統領。このブースターは推力160トン、一世代前のアメリカの主力ICBMミニットマンIIより大型で、最新のピースメーカーに近いサイズです。おそらくこれを大型の通常動力潜水艦の脊梁部を改造して1基づつ搭載し、艦自体を水中で傾斜させるとともにランチャーをエレクトさせて垂直発射するのでしょう。最大射程は真弾頭を軽量の水爆1発に限れば優に8,000kmを超えるでしょう。つまりD.C.(ワシントン)もモスクワも日本近海からの射程圏内です。」

アタミ補佐官
「中佐、弾頭1発なら原始的なABM(※対弾道弾迎撃ミサイル)でも阻止できるのではないか?」

ダン
「いいえ、アタミ補佐官。このSLBMの弾頭部には、当然、重量のほとんどないバルーン・デコイ多数が封入されるものと予測せねばなりません。無数のデコイの中から真弾頭を見分けるには大気圏再突入後数分の時間がかかり、結局デコイに向けてもABMを発射するしかありません。全米の都市をまもるためには天文学的な数のABMが必要となり、アメリカの国家予算規模を1〜2割も増やさねばならんでしょう。」

ウッド大統領
「できるわけがない。私は選挙期間中に、大幅減税を約束してしまったのだから…」

アタミ補佐官
「弾頭の水爆だが、たしか核融合反応の臨界には核分裂の高エネルギーが必要だったね。するとかれらは水爆起爆用の小型原爆も開発していなくてはならない。日独やカナダのような潜在核保有国の核分裂物質の流通は我々が厳重に監視していたはずなのに、なぜ気付かなかった?」

ダン
「それはペンタゴンの怠慢でもCIAの無能でもありません。なぜなら啓水会のプロジェクトチームは核分裂によらずに核融合を起こせる小型のレーザー起爆装置を開発したからです。従って、原子炉を見張っていれば搬出を把握できるプルトニウムや、大規模な施設がなくては高濃縮できないウラニウムなどを、彼らは一切バイパスできたのです。水爆材料である二重水素や三重水素の施設なら隠すのは全く容易です。」

ウッド大統領
「“きれいな核兵器”(※欄外註:核分裂装置が小型であるほど、死の灰の少ない水爆ができる)ってわけだ」

ダン
「いいえ、大統領。彼らが外殻タンパーにもし使用済み劣化ウラン238を使えば、これが核融合の熱で再分裂し、大量の死の灰[フォールアウト]が撒き散らされることになります。劣化ウランは今日では誰でも手に入れられる微放射性金属だということをお忘れなく。」

アタミ補佐官(肩をすくめる大統領を尻目に)
「核兵器を爆発実験もなしで本当に開発できるのか、ダン?」

ダン
「はい。最近はスーパーコンピュータを使えば核弾頭の爆発挙動も正確にシミュレートできまるまでになっています」

大統領
「技術的に水爆ミサイルの新たなる拡散が阻止できなくなったことはよくわかったよ、ダン。次はわが信頼する安全保障問題兼アジア担当補佐官に、“啓水会”グループとやらについてブリーフィングしてもらおうか」

アタミ補佐官(立上りながら)
「ご苦労、フリン中佐。さて、啓水会は正式には1992年に政治家、元官僚、実業家など十数名の実力派メンバーを中心に発足しました。会の名は、日本丸という船の水路を日本人自らが開く、という意味で、憲法第9条自体を“違憲”とみなし、安保条約の解消、領土主権の自力回復などを主張しているナショナリスト集団です。」
「しかし、啓水会の真の結成は1970年代以前に遡るようです。当時は非公然に昭和維新会と称していましたが、元号がかわったのを機に会の名も改め、存在を公然化させたのです。その間、綱領をめぐってメンバーのいれかわりもあったようです…」

(アタミの内ポケットのマイクロカセットコーダーのアップ)

机上のマイクロテープレコーダーの再生音
「それでは今日はこのへんで散会する…ガヤガヤ…」

(机上に手がのび、レコーダーのスイッチをバチンととめる)

アタミ(レコーダーから取り出したマイクロカセットを破壊処理しながら)
「以上が、2日前に大統領官邸で行なわれた安全保障会議の模様だ。これを録音したことが知れたら私は即日閣僚追放だがね。」

●”■×”(壁にもたれ、葉巻をもてあそびながら)
「よけいな心配かもしれないが、仮に施設を壊滅させ、主だった技師を殺害しても、生き残った政治家が日本の核武装を推進する可能性はないのか、アタミ補佐官」

アタミ
「これは警告作戦だよ。啓水会が日本政治の非主流派であるうちに隠密裡に警告を与えるのだ。そしてこの警告にもかかわらず、今後日本人が国家意志として核武装を推進するというなら、わが合衆国にはそれを封じる手段はない。フランスや中国、イスラエルの時と同様だ。」

●”■×”
「アメリカが牛耳っているIAEA(※国際原子力機関)による査察は考えなかったのか?」

アタミ
「それは問題外なのだ、デ○ーク○郷。私のシカゴ大学時代の友人で前天皇の侍従だった男の話では、地下トンネルの先端は“フキアゲ”というパレスの庭先にまで達している。皇居にアメリカ人が土足で踏み込むという形でK計画が日本国民に明らかにされたらどうなるか。それこそ日本の世論を反米に結束させ、啓水会にキャビネット(内閣)を献上するようなものだ」

●”■×”
「なるほど。啓水会が東京都心を立地に選んだウラには、アメリカの出方に対する計算があったようだな。…では、日本の警察に通報しない理由は?」

アタミ
「それも騒ぎが大きくなりすぎ、結局日米関係を損なうと見積もられるからだ。啓水会は非主流とはいえ与党の有力政治家をとりこんでいるからね。…とはいえ、万一君が失敗した場合は、次善策として考慮するが…」

●”■×”
「その必要は多分ないだろう」

アタミ
「そ、それじゃ引き受けてくれるのか、●”■×”(数字)!」

●”■×”
「トウキョウでの案内人を用意できるか。1890年代以降の江戸城内の土木工事に詳しい者で、もちろん信頼できるやつだ」

アタミ
「わかった。東京の知人になんとか適格者を探させよう。日本への入国は、空軍の輸送機で横田基地に降りてくれ。そこに大使館の車を待たせておこう。」

●”■×”
「こうした場合の俺の相場は知っているな?」

アタミ
「コントラ・ファンドから200万ドル、1両日中に指定口座に振り込む。それでいいか?」

Part 3

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