没シナリオ大全集 Part 5.5


●”■×”(数字) 『地殻への登攀』


自分で解説:山岳モノって、おもしろいサスペンス映画にはどうしてもならないんですよ。劇画だと、なおさら、ならない。そこで発想を変えて、海底に降りる話ならどうだろうかな〜と思って……。担当編集者さんには全くウケませんでしたけどね。だれかこういう世界の理解者は、おらんのかな〜〜。

Part 1:海底の異変


(球形の狭い空間。天井には潜水艦のようなハッチがあり、壁は器材がとりまき、窓はなく、テレビスクリーンがあるがそこにも暗闇しか映っていない。座席は三人分あるが、1席は畳まれ、二人の男が機器を操作している。いずれも若い男、ピエロ・ナッソー航海士と副パイロットのシャルル・ギョーム。暗闇の水中に潜っている深海調査艇の外姿。外殻に“TSUNAMI7000”とペイントされている。)

ギョーム航海士
「知ってますか?このあたりで原住民の漁師が海の底に人骨の化石を見たって話。」

ナッソー航海士
「それがどうした?シャルル、おまえはどうせムー大陸とかアトランティスとか、おとぎ話の失われた世界に結び付けたいんだろうが…?」

ギョーム(やれやれという顔で)
「…夢のない人だ。よく潜航艇のパイロットなんかしてられるよ…」

ナッソー
「ああ。おれもときどきうんざりするのさ」

(海盆の急斜面に沿いながら、更に深度を増す潜航艇。)

ギョーム
「おかしいですね。こんなに沈降しても海水温度が1度も下がらないのは初めてだ。」

ナッソー
「そうか?だがどうってことないさ。水温が急激に低くなるというなら話は別だがな。」

ギョーム(計器を読みながら)
「今900mを過ぎました。」

ナッソー(洋上の支援船の仲間に対して)
「“サイゴン6”、聞こえてるか?」

(晴れた南の海の上で停船している支援母船サイゴン6。そのブリッジの中。)

支援船上の係員
「超音波通信システムは感度・明度ともに良し。ひきつづき所定の深度を目指してくれ、ナッソー航海士。」

ナッソー
「了解。…おい、シャルル、なにか硫黄臭くないか?」

ギョーム
「いや?…私はこの“卵形の棺桶”に乗組む前日はマッシュドポテトは食べてきませんから」

ナッソー
「いやいやそういう意味ではなく、周りの海水だよ」

ギョーム
「ナッソー航海士、この完全密閉された高張鋼(*)の内殻を通して外の水の匂いが伝わってくるはずもないじゃありませんか」

[※註:引っ張り抗力の特に大きい特殊鋼。潜水艦などに用いられる。]

ナッソー
「そういえばそうだが…気のせいか」

(突如艇がグラッと揺れる。二人、椅子にしがみつく。一つのTVモニターを下から上に大きな生物が横切る)

ギョーム
「何ですか、いま泳いで上がっていったものは?」

ナッソー
「鯨だ。深さ1000m近くまで潜ってやがったらしい。…下にそんなに良い餌場があると思ったのかな?」

ギョーム
「サイゴン6、ソナーに何か映らなかったか?」

支援船上の係員
「たぶん鯨が君達のすぐそばをのぼっていったんだろう。他に異常はないか、ピエロ?」

ナッソー
「ない。…いやまて、上昇水流を感じる!」

ギョーム
「モニターをよく見て下さい。下の方からダスト状のものがどんどん吹き上がってくるみたいです」

(潜水艇の外姿。細かい気泡やダストが周りをとりまいて上昇していく。)

ナッソー(モニターを見ながら)
「気泡まで…。サイゴン6、下の方が何か異常だ。バラストを投棄して浮上したい」

支援船上の係員
「了解。君の判断を尊重し試験は中止だ。早く上がってこい…といっても潜水艦と違ってブロー(*)できないから20分はかかるがな」

[※欄外註:タンク内の圧搾空気で海水を排水し、急速に浮上する潜水艦の方式。深海調査艇は艇自体が浮力を持っており、バラスト投棄によって自然に浮上する方式である。]

ギョーム
「バラスト投棄しました」

ナッソー
「崖から離れた方がいいな。海底火山の活性化だとしたら、崖崩れの危険があるぞ」

(潜水艇を上から見る。真っ暗な下の方から何かもやもやしたものが上がってくる。)

(艇内。ガクンという下からつきあげる強烈な衝撃。ゴゴゴーッというものすごい音に包まれる。)

ギョーム,ナッソー(操縦席からころげおちながら)
「うわーっ!!」
「崖くずれだーっ」


(タヒチ諸島の一孤島。陽射しがまぶしい。プライベートビーチに面した高級コテージ風の海の家。海の家の中ではボーイが働いている。外では●”■×”(数字)が半裸で籐椅子に休んでいる。小さいテーブルにはシャンペングラスが置いてある。グラスの隣りに丸めて置いてあるタオルから.38チーフススペシャル回転式拳銃の台尻が覗いている。●”■×”の右隣りにもう一個ある籐椅子に、バミューダパンツにTシャツ姿の白髪の老人…実はナッソー航海士の父親…がグラス片手にやってくる。)

ナッソー老人
「よろしいかな。失礼しますよ」
(隣りの籐椅子に深々と腰掛ける)

(老人はTシャツを脱いで脇のミニテーブルに置く。●”■×”、横目で老人を観察する。日焼けしていないが筋骨たくましく、左脇の下に、かすれた小さい記号のようなイレズミが見える。)

ナッソー老人(●”■×”の体格と傷跡を見て)
「印象的な傷跡ですな。日本人と御見受けしました。もしや、あなたは●”■×”(数字)と申される方では?」

●”■×”
「…誰と勘違いしているのか知らんが、俺にSSの友人はいない。」

ナッソー老人(ギクッとして)
「おお、左脇腹の血液型のイレズミを一瞬見られましたか。あなたの年代で、SS入隊時に彫られるこの記号の意味を御存知とは…。」(●”■×”の無表情なのを見て)「いや、おたがいプライベートな詮索は無用ですかな…」

(コテージの裏の道路で、自動車の急停車の音。バタンとドアの締まる音。あわただしく駆けてくる足音。●”■×”とナッソー老人、何事かとそちらの方を見る。コテージのバーのラウンジの中を通り、ボーイの制止を振りきり、サングラス、背広にノータイの男二人、実はナッソー老人の部下が、海岸に走り出てくる。)

ナッソー老人
「二人とも何事だ?ここへビジネスの話を取り継ぐなと言っているはずだ!」

部下A
「申し訳ありませんがナッソーさま、御子息が大変なのです!」

ナッソー老人
「なに…ピエロの身の上に?早く話せ!」

部下B
「フランス・エネルギー省からの知らせによれば、クック諸島の北側海盆で新型深海調査艇のテスト航行中に突如海底で小規模な火山活動が始まり、艇は崖崩れにまきこまれた上、トロール船が捨てて行った漁網がからまって、火口近くで動けなくなっているそうです!」

ナッソー老人
「なにクック諸島?このタヒチのすぐそばにあいつめ、自分の仕事で来ていたと言うのか…。それで、息子の安否は?」

部下A
「はい。同乗していた副パイロットが海底崖崩れに巻き込まれた際、艇内で事故死した模様です。ですから、まだ空気の残りには余裕があることに…」

ナッソー老人
「どのくらいもつんだ?」

部下B
「艇は3人の乗員が6日間生存できる空気があります。ピエロさまだけならあと2週間以上持つ計算ですが、海水温度が上昇すれば…」

部下A
「調査艇にはバッテリーに限りがあるのと長時間潜航を予期していないため、エアコンは装備されていないそうです。あと12時間がきわどいところかと…。」

部下B
「最寄りの各国海軍も潜水救難艦を派遣するのに数日かかるそうですし、海底噴火では2重遭難の危険がありますから仮に出動しても…」

ナッソー老人
「わかった。おまえたち、すぐに大型ヘリの手配をしろ。改良ジムスーツとダイビング支援器材一式を積み込むのだ」

部下A,B
「は、はいっ」
(駆け出す。ボーイ、驚きあきれ顔で見送る)

ナッソー老人
「●”■×”(数字)、聞いた通りだ。休養中のことと察するが、君に緊急に私の息子の救助を依頼したい!わたしの会社の装備なら、高温の深海に潜ることも可能なのだ。ただ、それを実行できる男は君しかいないだろう!」

●”■×”
「聞くだけ聞こう…」

ナッソー老人(この長セリフの後半は、懐旧談に合わせた絵が重なる)
「ご賢察のとおり私は元武装SS下士官、本名フランツ・シュライヒャーだ。16のとき海軍に志願したのだが、乗るべき潜水艦[※←ルビ:Uボート]もなくなり、大戦末期にSSに徴兵された。SSはナチス党の私兵軍隊とみなされ、元隊員は戦後の軍人恩給も貰えず、自国政府からすら不当な扱いを受けた。そこで戦友[※←ルビ:カメラート]たちは戦時中に接収した隣国資産を元手に秘かな互助を行なった。いわゆるSS銀行だ。私はノルマンディーで住民全滅した村の戸籍を手に入れ、ナッソーというフランス人になり、そのSS資金を元手にマリンレジャー会社を興し、今では巨億を得ている。君の噂も聞いている。すぐに取り引き銀行の頭取に電話して、言い値を振り込もう。神が晩年の私に賜った一人息子を、どうか助けて下され!お願いだ、●”■×”(数字)!」

●”■×”
「…さっき、改良ジムスーツとか言っていたな。その性能はどのくらいだ?」

ナッソー
「おおっ、そ、それでは引き受けて下さるか!やはり日本人だけだ、最後まで頼りになるのは!」

(●”■×”、拳銃入タオルを持って立ち上がる。大型ヘリ=フランス製シュペルピューマ機が海岸に降りてくる。)

ナッソー
「深海潜水具については機内で説明しよう!」

(遭難海域。海面が変色し、もやっとした煙もたちこめている。その中にいる支援船サイゴン6のブリッジ。)

支援係員
「ナッソー航海士、聞こえるか?」

(深海艇の外姿。急峻な崖の途中に不安定な姿勢でスタックしている。その尾翼に底引き漁網が丸まってロープ状になったものがからまっている。漁具の一端は崖の大岩に絡み付いており、その大岩がジリジリと下にずり下がっている。奈落の下の方からはゴーッという音とともに激しい気泡が吹き上げ、そのため漁具のもう一端がユラユラと動いている。時折海底の赤いマグマの明滅が艇を照らしている。)

(艇内。冷たくなって床に倒れているシャルル・ギョーム。ナッソー航海士も額に怪我をしている。艇内の温度が上がっているので彼は汗をかいている。)

スピーカーからの声
「ピエロ、聞こえたら返事をしろ。ギョーム航海士の具合はどうだ」

ナッソー航海士
「聞こえる。シャルルは首の骨を折ったらしく、蘇生の見込みはない。船内温度はいま25度まで上昇。」

支援係員
「海底の火山活動と崖崩れはおさまったか?漁具は切り離せないか?」

ナッソー航海士
「小規模な崖崩れは続いている。漁具が尾翼にからみついているらしく、重さですこしづつ火口の方にずり落ちつつある。」

支援係員
「気をしっかり持て。いまにオーストラリア海軍の潜水艦救難艦がきてくれる」

ナッソー航海士
「だめだ。火口まで降りてきたら2重遭難の恐れがある。それに、我々が低レベル放射性廃棄物の捨て場所を秘かに探ろうとしていたことがニュージーランド政府にバレちまうだろ?」

(支援係員、隣りの同僚と顔を見合わせる)

ナッソー航海士(汗の吹き出た顔で計器盤を見ながら)
「外の水温は今摂氏50度か。どこまでもつかな…」

(潜航艇の外姿。ガケの上から小岩がころがってきて艇の脇をゴロンゴロンとすりぬけ奈落におちていく。下からは気泡が激しく吹き上げている。)

Part 2

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