●”■×”(数字) 『(タイトル不明)』
没シナリオ大全集 Part 5.6
Part 2:メモリー上の決闘
(オクスフォード市郊外、数学科のある某カレッジのたたずまい。校庭では学生がクリケットをやっている。敷地の一角、コンピュータに埋ずもれた某学生クラブ室。3人の男子大学生がモニター上の“勝負”を見守っているようだが、操作盤などはない。画面に表示されているのは数字だけ。中心の男子はジョー[ジョセフ]・グレアム。ヘンリーの息子だ。)[ちなみに英米ではジョーという名前にはいかにも大学生活をエンジョイしている裕福な男子というイメージがある。]
男子学生A
「やった!IBMチームの“オーバールーラー”を破ったMIT(*)92年型ウィルス“ドミネーター”も半分の時間で抹消したぞ。」
(※註:マサチューセッツ工科大学の略。)
男子学生B
「ジョー、おまえは我がカレッジ数学科始まって以来の天才ハッカーだな!」
ジョー
「ヤンキーみたいにハッカーなんて呼ぶのはよしてくれよ、マティ。数学科の品位が下がるじゃないか」
(ここで一コマ解説。『毎年一回、アメリカでコンピューターウィルスのチャンピオンを決めるトーナメントが開かれている。一つのメモリー基盤に、対戦する2つのウィルスプログラムを同時に“感染”させる。二つのプログラムは互いに相手プログラムを破壊して増殖しようとし、そのメモリー全体を自己の複製で占領すれば勝ちとなる。勝負の経過と結果はコンピューターウィルスのワクチン開発に役立てられる。プログラムは単純であるほど増殖が早いといわれ、数学的センスが要求される。』
男子学生A
「よおし。こんどは日本のTITの去年のウィルスを俺が進化させてみた想定プログラムを、メモリーに“注射”するぞ」
ジョー
「来たまえ。だがTITなんてチンケな名前(*)の連中が作るプログラムなんて一揉みだがな!」
(※註:国立東京工業大学が“乳首”の意味があるとも知らずにMITの真似をして名乗っている恥ずかしい略称。)[ちなみに筆者は私立英文科から東工大の大学院に進学したが、彼らが“英語のできない東大生”と言われているのはまさにその通りと感じた次第。]
(フロッピーを挿入し、プログラムを読み込ませる。CRTの数字に変化があらわれる)
男子学生B
「違いねえ!わずか5秒で跡形もなくなった」
一同
「ワハハハハ…」
ジョー(突然気付いたように)
「ちょっと待て、5秒というのは早すぎる!TITプログラムはそれまでの予防プログラムの要素を全部採り入れた“混合ワクチン”のはずだ。」
学生A(真顔になり)
「うむ…。ジョーのいうとおりだ。なぜ急に抵抗力が弱まったのかな?」
ジョー
「メモリー上のプログラムを調べてみよう。ひょっとすると…」
(CRTに数式が現われる。)
学生B(驚いた表情でCRT上を指さし)
「ジョー、式のここのところ…」
ジョー(うなづきながら)
「やはり思ったとおりだ。過去に戦ったことのある抗体に合うと、自己変造してよりスマートに克服できるんだ、このウィルスプログラムは…!」
学生A
「おい、それじゃ本物のウィルスみたいに、自分で変異株[←※ルビ:ミュータント]を作っていくのか?ジョー、やっぱりおまえは天才だ!」
学生B
「これで今年の優勝は俺達に決定だな、ジョー!」
学生A
「“スマート・ミュータント”(*)っていう名前はどうだ?このプログラムを駆逐できる相手なんて当分出やしないぜ」
[※“スマート”には「ずるがしこい」という意味もある。“ミュータント”と脚韻を踏んでいる点も英語命名法の常套。]
ジョー
「そうだな。だがこいつのワクチンも用意しておく責任がありそうだ。僕はコンピュータ・ソフト界のフランケンシュタイン博士にはなりたくないからね」
一同(肩を叩きあい)
「ワハハハ…」
学生C(ドアから顔を出し)
「ジョー、電話が入ってるよ」
ジョー(振り向き)
「えっ、僕に?」
(イン[宿屋]にて、ヘンリー・グレアムが電話をかけている。)
ヘンリー(深刻な顔つきで)
「ジョーか、私だ。…近くからかけている。実は大事な話があってな。」
ジョー(部室と同じフロアの事務室のようなところにて受話器を片手に)
「パパ…?大事な用って…?」
(公園。アフガンハウンドを連れた老婆がタイヤ付き買物カートを押しながらベンチの前を通り過ぎる。そのベンチにかけて話をしている二人。ヘンリーとジョー。)
ジョー
「破産だって!?そ、それじゃ僕はオクスフォードには居られなくなるのかい!?」
ヘンリー
「…いや、成績が良ければ学費減免などの救済は受けられる。だが、費用のかかるクラブ等は脱会するしかなかろう…。」
ジョー
「そんな…!一体どうして急にそんなことになっちゃったのさ、パパ?!」
ヘンリー
「欧州通貨統合制度についてはタイムズで読んで知っているだろう。私は政府が実勢より過大なポンドの固定レートを維持するため市場介入していたのに乗じて儲けていたのだ…」
ジョー
「そ、それじゃ、この前の英国の突然の制度脱退で…」
ヘンリー
「そうだ。引き際を誤り、大勢の小地主[※←ルビ:ヨーマン]たちから信託されていた資産を元も子もなく…」
ジョー(唖然とした顔で)
「…でも、パパの管財人の定款は、む、無限責任でしょ…」
ヘンリー(苦渋に満ちた顔で)
「…そこで弁護士に相談したんだが、今後お前に私の債務を及ぼさぬためには、私達親子は法的に…」
ジョー(決然と)
「待ってよ、パパ!」
ヘンリー
「…ど、どうした、ジョー?」
ジョー
「僕に…とてもいい考えがあるから!…まかせてくれないかな、パパ」
ヘンリー
「ジョー?…お前…」
(イギリスの田園風景。その曲がりくねった一本道の農道をスポークタイヤ付きのまるでクラシックカーみたいな黒塗りの大型セダンが走って行く。セダンは一軒の農家風の家の前で止まる。車のドアが開き、二人の男の4本の足が地面に降り立つ。4本の足は農家に向かい、入口の前で立ち止まる。50才台の紳士、ネイサン・テダーの顔。だがもう一人の男の風体はまだわからない。)
テダー(ノッカーを操作して)
「私だ。」
(入口の上の小型カメラが動く。)
(ドアが内側から自動で開けられる。4本の足が中に入る。)
(東屋の内部は近代的ビルの廊下である。4本の足が歩いていく。無機質な壁が続く。“DOOR No.(数字)”と飾りの無い文字が小さく描かれた金属製のドアの前に来る。男の手が脇の認識装置にカードIDを差し込むと、自動ドアが開く。カードの持主、テダーが後ろを振り向く。)
テダー
「この中で、イングランド銀行を通じて行なわれた外国為替取り引きのバックアップ記録をとっている。さあ入ってくれたまえ。」
(後ろに立っていた人物は、しかし身動きもしない。)
●”■×”(ここではじめて顔が出て)
「…出入口では、常に俺の先に立ってくれ。」
テダー
「…そ、そうか、失礼した。君は背後の安全を決して他者には委ねないのだったな…」
(と、先に立って入室する。)
(二人が入った部屋は壮大な電算機室である。中央にスーパーコンピョーター、壁際には磁器テープ読取/書込み装置がズラリ。)
テダー
「本部のメイン電算センターの他になぜ、こんな施設が必要と思うかね?」
●”■×”
「データ破壊に備えた措置だろうな…」
テダー(歩いて案内しながら)
「その通りだ。銀行の記録も計算も、複数のコンピューターが並行分散処理するようにしないと危険だ。なにしろ英国の予算から一官吏たる私の預金まで、実はこうした磁器記録の上で“存在”するに過ぎんのだからな」
●”■×”
「場所も秘密の筈のこんな施設を俺に公開する訳は?」
テダー
「実は、あのマシンを破壊してもらいたいのだよ。●”■×”(数字)」
(と、部屋の中央に要塞のように屏風のようにそびえるスーパーコンピューターを指さす)
●”■×”
「…?」
テダー
「より正確には…グロス=ネット・サービス社の所有する、あれと同じ米国メドウズ・システムズ社製の大型電算機を…だ。」
●”■×”
「グロス=ネット…?スーパーコンピュータと独自開発ソフトを駆使して投機家へのアドバイスを行なっている…」
テダー
「…そう、そして豊富な統計データを元にダウニング街の経済政策にも何かとイチャモンをつけたがるあの巨大私企業だ。」
(テダー、ポケットから何枚かの写真を出して●”■×”に渡す。グロス=ネット・サービス社の建物、内部の廊下など。)
テダー
「先日、このグロス=ネット社の電算システムに、何者かが強力なコンピュータウィルスを感染させたという情報を入手した。」
●”■×”
「既製のワクチン・ソフトでは予防できなかったのか?」
テダー
「すべて返り討ちに会っているらしい。このままでは通信回線を通じてあの会社のサービスを受けているすべての金融機関のデータが破壊されかねん。やがては我がイングランド銀行にも…」
●”■×”
「犯人の真の狙いはそれかも知れんな。先の欧州通貨機構脱退で損をした者なら…」
テダー
「あり得る。…残念だが政府や官庁はグロス=ネット社から敵視されており、表立った介護措置は取れん。つまり君に至急“外科手術”してもらうほかないのだよ。」
●”■×”
「それで、方法に注文はあるのか?」
(テダー、苦悩から歓喜の表情に変わり、●”■×”の顔を見上げる)