●”■×”(数字)  『コード・バイオレーション』

没シナリオ大全集 Part 5.8


Part 2:セ・フィニ


(アモリノスの左肱のレントゲン写真を蛍光灯にかざして見ているジーガー。)

ジーガー
「たしかにレントゲンでは異常は見られないが、超音波探針と骨髄検査の結果は、左肱に疲労骨折の危険あり、だ。」

(ここはジーガーのクリニックのような場所。殺風景な診察室の中央、台の上にうつ伏せに横たわっているアモリノス。)

アモリノス
「疲労骨折?なんだ、そりゃ?」

ジーガー
「柔軟な針金でも、曲げたり伸ばしたりを何回も繰り返すとポキリと折れてしまうだろう。それと同じで、いまは肱の軽い痛みでも、いずれヒビが生じ、動かせないようになる。」

アモリノス
「何だと!クスリで何とかできないのか、ジーガー?」

ジーガー
「休養をとるしかない。今度の○○大会は休場できないのか、ヨハン?」

アモリノス
「バカを言うな。クレーやハードコートを避けてグラス・コートの大会で勝率を稼ぐのが俺の戦略だ!グラスの時期を休んでしまったら、どこの馬の骨とも知れない青二才にクレーの番狂わせで負け、一挙にランキングを落してしまうかもしれないんだぞ」

ジーガー
「分かった。赤外線療法と痛み止めの注射を併用しよう。…私のスペシャル・メニューは守っているだろうな?」

アモリノス
「ジーガー、冗談はよしてくれ。あれが人間の食い物かよ?」

ジーガー
「す、すると君は私の献立を無視していたのか!だからアマチュア選手の患かるようなテニス・エルボーなんかになるんだ!」

アモリノス(ガバッと起き上がってジーガーの胸ぐらをつかみ)
「俺に説教たれるんじゃねえ、じじい!誰のおかげでこんなクリニックを開業できたのか、忘れたか?」

ジーガー
「…わかった。…どうせ、おまえの体だ。好きにするがいい。」

アモリノス(ジーガーから手を離し、自分にいいきかせるように)
「○○大会は予定どおり出場だ。ガットのストリングテンションを50ポンド弱に落とし、サーブは右手で打てばいいだろう…。」


(マルセイユの下町。路地の奥まったアパルトマン。路地を歩いてくるスーツ姿の●”■×”。上の窓からバアさんがジロジロながめていたりする。)

(一つの棟の中に入り、階段を昇り、一つの部屋のドアをノックする●”■×”。目と鼻のアンバランスに大きすぎる、疲れた感じの若い女、ミシェールがドアチェーン越しに応対に出る。)

ミシェール(大きな目をさらにギョロつかせて)
「日本人なんかに用はないよ!」

(ドアを閉めようとするが、●”■×”の左手のノブを持つ力が強く、閉められない)

ミシェール
「チイッ、なんてバカぢからだよ!ノブを離さないと唾を吐きかけるよ!あたしがシダ[※註:エイズの仏語表記]なんだってことは皆知ってるよ!」

●”■×”
「俺はアムステルダムの弁護士、デ○ーク・トオゴオだが、ムシュー・イライズミにビジネスの用件があって来た。たぶん得する話だ。」[※註:フランス語ではhの発音が省かれる]
(と、懐からぶあつい札束の縁がみえる封筒を取り出し、ドアの隙間からミシェールの目の前に差し入れる。)

ミシェール(金には手を出さず)
「な、なんだいこの大金は!?」

平泉
「ミシェール、私に誰か尋ねてきたっていうのかい?」
(部屋の奥からヨロヨロと姿を現わした若い日本人、平泉。彼の顔や胸元、体の線など、一目でエイズ感染者の重篤な症状が発現していることが見て取れる。)

●”■×”(ドアの隙間から札束の封筒を突き出しながら)
「ルポネクス・ケミカル社スポーツ部がヨハネス・アモリノス選手に供給した93年型カスタムド・ラケットについて尋ねたいことがある。インタビューの謝礼としてとりあえず5万フラン持参した。」

(不安そうに平泉と●”■×”の顔を交互に眺めるミシェール)

(北向きの窓際のオンボロ寝台にやせさらばえた平泉が前かがみに腰掛けている。ミシェールはその隣りに座って肩に毛布をかけていたわっている。●”■×”は部屋の真ん中の丸テーブルによりかかっている。)

平泉(疲れているので目線は床に落しつつ)
「私が東京のルポネクス社のスポーツギア開発部にいたことなどをどうして御存知なのかは問うまいが、いかにもアモリノスのために特注のラケットを設計したのは私だ。」

ミシェール(平泉の背中を抱き締め)
「日本のカイシャなんて血も涙もないのさ!この人が欧州勤務中にあたしからシダをもらって発病したと知ると、子猫を川に捨てるみたいにお払い箱にしちまったんだよ!あんまりだよ!」

●”■×”
「聞くが、特注ラケットの製作の前には、選手の手首や肱関節も精密に計測するのだな?」

平泉
「もちろんだ。そのため私は1年のうち大半を海外でプロ選手のツアー先に追いかけ回すことに費やさねばならなかったほどだよ。」

●”■×”
「アモリノスの肱に最もストレスがかからないような共振特性も、調べ尽くしているのだな?」

平泉
「ああ。私のラケットは、その特定の有害な共振が通常の試合中のボール・インパクトでは決して出ないような設計にしていた。だから肱を痛めがちなプロは、みな我が社のラケットを愛用する訳だ…。」

●”■×”
「アモリノスの肱と彼が今使用しているラケットの詳細なデータは手に入るか?」

平泉(上目に●”■×”を見て)
「…そんなものを見て、お前さんいったいどうしようっていうんだ?」

●”■×”(別の現金入封筒をベッドの上に投げ)
「…さらに謝礼を積み増そう。これだけあれば余生はケアの行き届いた大病院で過ごせると思うが…。」

ミシェール(札束を数え感激し)
「マコト、これだけあったら、こんなじめじめしたアパルトマンで寝ていなくても済むじゃないか」

(平泉、ミシェールが札を数える姿をじっと見つめている。さらにその平泉の様子を黙って見ている●”■×”。平泉、やがてゆっくり立上り、部屋の隅のガラクタ箱のようなものをかきまわしはじめる。)

ミシェール
「…?」

平泉(ホコリまみれのポケコンを見つけて取り出す。モデムとジャック(ローゼット)もぶら下がっている。そのホコリを払いながら)
「フフッ…こんなものをまだ未練がましくも持っているとはな…」

(平泉、電話器からコードを外し、かわりにローゼットの端末を結線する)

平泉(ポケコンの数字キーを使ってダイヤリングしながら)
「パリ支店の端末経由で本社のデータベースにアクセスしてみよう。…私の同僚のパスワードを覚えているから簡単だ。」

(平泉、病身の鬼気迫る様子でしばらくポケコンのキーを操作している。ミシェールと●”■×”はただそれを見ているのみ)

平泉
「ほら、あんたの求めていたデータだ。」
(●”■×”にポケコンを渡す。ポケコンの小さい液晶窓には数字がいっぱい浮出ている。)

●”■×”
「有難う。ノートに控えさせて貰う。セ・フィニ(それで俺の用件は終りだ)。」

(●”■×”の様子を唖然としてみている看病やつれしたミシェール。ベッドに腰掛け、そのミシェールを力なく見ている平泉。)


(とある銃砲店の表看板。その店内には一般客と店員がいる。しかしてその奥の間では、前かけとメガネの中年店主と●”■×”が薄ぐらい屋内シューティングレンジで何ごとかを試験中である。)

●”■×”(.45APC実包を箱から取り出して)
「弾速は400m/sプラスマイナス30m/sになるように調整しただろうな?」

店主
「あっしのリロードの精確さを疑うんですかい?弾重、弾速とも旦那の指定通りでさ。しかしTGV[“テージェーヴェー”=仏製新幹線]と大差ないような低速弾をわざわざ使う射的競技なんで?それにこの、チタン40%、セラミック30%、ケブラー20%…っていう棒っきれは一体何のサンプルで…?」

●”■×”
「黙ってこのレンガに結びつけろ。」

店主
「へいへい。相変わらず無愛想なお客さんだよ、旦那は」
(店主、レンガに棒をむすびつけ、レンジの床に置く。●”■×”、ソウドオフされたボルトアクションライフルのようなカスタム拳銃でその棒の断面に狙いをつける。発射。棒に結びつけられたレンガが1mほど床をすべり、停止する。店主、歩み寄って、棒の断面に開いた弾孔を調べる。)

店主
「ちゃんと弾は棒の中で止まってますぜ、旦那!言った通りでがしょ?」

●”■×”(ゆるぎなき男の顔のアップ)
「…」

Part 3

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