●”■×”(数字)  『μ[ミクロン]オーダー』

没シナリオ大全集 Part 6


○ 工場の全景・夜

 ネーム「−−羽田精密工業−−」

○ 社長室
 応接テーブルを挟んで向き合う、社長の羽田(56)と小林。

羽田社長「先生、私はここの資金繰りを三十年もやってきたんですから。大丈夫、この不況でっせ、どこも同じでしょうよ」

小林「回収見込みのない債権が多すぎるじゃないですか、社長。流動負債に対して流動資産が1.01倍。節税対策も土地、保険、レバレッジドリースとやりすぎだ。これでは決算書の内部留保が少なすぎ、地元信金も融資してくれないでしょう?」

羽田社長「小林先生、粉飾の件は謝ります。でも来期は本当に大丈夫ですわ。(胸を張って)地獄に仏のいい話が舞い込んだのですよ」

小林「…?」

羽田社長「東京に(株)木目螺研究所という会社が御座いましてな。ここの木目螺社長さんは、MIT留学後、そのままあちらでマイクロマシンのベンチャーを起こして成功された方なんですわ」

小林「マイクロマシン?」

羽田社長「フフフ…私ら零細企業相手の税理士さんでも、先端テクノロジーのお勉強は必要ですぜ。(と、写真資料を出し)電子顕微鏡で見た、蚊の腕時計です」

小林「腕時計?(目を近付け)…あっ!」

 蚊の前脚にアンクレットのように極小の時計が巻きつけられている。
 良く見ると、短針と長針もある。

小林「う、動くんですか、この時計?」

羽田「もちろんですわ!寿命は20時間。レイノルズ係数[※粘性抵抗。マイクロマシン設計では特に問題となる]の測定さえ間違えなければ、針も正確でっせ」

小林「大変な技術じゃないですか、羽田社長」

羽田「針や減速ギアなどは、ウチがIC回路で得意とする光化学エッチング技術で彫り出したんですわ。そしてその内部の動力源、極小のバイオモーターを発明したのが木目螺さんいうわけで…」

小林「つまり、その木目螺社長が、こちらに技術提携と融資を提案してきたのですか」

羽田「そうなんですが、実は条件もつけられとりまして…。それで先生に一度ご相談したかったんですわ」

小林「条件…?」

羽田「ええ。木目螺さんは、ウチが工場ごと人件費の安い中国へ進出するなら、なんぼでも割のいい融資をしようるとおっしゃるんですよ。先生は確か、注冊会計師(*)の肩書も持っておいででしたな?」
[※註:中国における税理士/公認会計士の資格で、中国進出企業は顧問として一人必要。日本人でも取得できる。]

小林「中国へですか…!」

○ 新幹線・東京行のプレートのある車両の外壁
○ 走っている新幹線内部・数日後の朝
 窓際座席で折詰を食べながら自筆メモを見直している小林。

小林『“木目螺六郎…MITで回虫の蠕動を解析し、マイクロマシンの動力源になるバイオモーターの合成実験に成功…デラウェア州にキメラ・ラボ社を興し、翌年、東京に子会社の(株)木目螺研究所を登記…趣味はシェークスピア劇の鑑賞”か。多分、顧問税理士はCPA(米国公認会計士)だな。生物学者一家か。“祖父、萩之進は、戦時中セレベス島海軍研究所で深海魚の寄生虫の研究に従事…”。一体どんな人物なんだ…?』

○ 走り過ぎる新幹線
○ 都心の超高層オフィスビルの外貌
 手前のオフィス案内板に“30階 (株)木目螺研究所”の名も見える。
 
○ 木目螺研究所の応接室内

木目螺社長(34)「マイクロマシンの用途は無限でしてね。でも私が目指しているのは、医療への応用ですよ」

小林税理士「医療用?まさかSFみたいに、ヒトの体内に送り込むんじゃないでしょうね、木目螺さん?」

木目螺「いや、その通りですよ。血管内の危険な寄生虫を捜索・撃滅[←ルビ=サーチ・アンド・デストロイ]するエクスタミネイター(除虫屋)として開発しているのです」

小林「薬でも下せない寄生虫が存在するんですか?」

木目螺「熱帯地方には、肺や脳にまで深く入りこんで奇病を引き起こすヤツがいっぱいいます」

小林「脳まで入ったら、駆虫は至難でしょうね」

木目螺「ええ。ですから血管内で絶滅しなくては。私の開発した生体マイクロマシン『キラーバグ』は、それができるのです」

小林「でも重力抵抗よりも摩擦抵抗が大きくなるマイクロマシンが、動脈血流に逆らってどうやって移動するのですか?」

木目螺「勉強されてますね。…しかしそれは“鞭毛モーター”の話だ。私の蠕動プロペリング装置なら、ゆっくりですが、血管を溯行することも可能なのです」

小林「“敵”の寄生虫はどうやって見つけ出すのですか?」

木目螺「バイオセンサーの応用、とだけお答えしておきましょう」

小林「木目螺社長、そんなハイテク製品の量産を、なぜ地方の一工場でしかない羽田精密工業に、それも中国で行なわせようというのですか?」

木目螺「羽田精密工業をパートナーに選んだのは米国監査法人のアクメ・アカウント・アシスタンツ社で、私はその助言に従っただけです」

小林『やはり、あの大型ファームか。最後には羽田を乗っ取る気かもしれないな…』

木目螺「…中国は低廉労働力と優遇税制が魅力ですが、何と行っても寄生虫症の患者が多い。私のキラーバグを現地の医師に提供すれば、臨床データがすぐに整うでしょう」

小林「…」

木目螺「それで安全性と有効性が証明されれば、アメリカ厚生省も認可する。アメリカ政府が認可した医療機器は、早晩日本の病院でも使われることになるのです」

小林「…」

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