●”■×”(数字) 『μ[ミクロン]オーダー』
没シナリオ大全集 Part 6
○ 空港近くの某所・同時刻
空港を後に、経済特区へと走るリムジンの俯瞰の双眼鏡画像。
ポケット双眼鏡でその様子を見ていたのは観光客風のマカードル。
○ リムジンの車内
小林「空港との連絡はこの細い道路だけですか?」
蕃「いいえ、片側5車線の幹線道路が建設中で、それが完成するまでの輸送インフラとして、各工場敷地まで鉄道引き込み線を延長します」
車窓から、建築中の高架橋脚が見える。
羽田「あれ、鉄道用でっか?一部、高架になっとるじゃないですか」
小林「この特区は山地の麓にあり、土地が平坦ではないからでしょう」
蕃「だからこそ豊富な地下水が利用できるのですよ。精密工業の操業には何といっても地下水がふんだんに必要でしょう」
羽田「それはそうだが…基礎工事はしっかりやってくれるんだろうね?」
蕃「あのコンクリートには河口近くの最良の川砂を使っているのですよ。あんなクラックのない川砂はもう御国にはありますまい」
羽田「ほう…!」
蕃「たとえ酸性雨が降ろうと地震が寄ろうと、あのコンクリートは磐石です」
[※註:この会話のわからない人への解説。川の下流になるほど、砂は割れるべきものは割れ尽くしていて、クラックがない。砂粒にクラックがないと、強度も耐候性も最高のコンクリートが打てる。日本ではこのような河口の川砂は70年代に掘り尽くされて、今は残らない。]
○ 市内のホテル・外観・夜
○ そのホテルの一室
酔っ払った社長がベッドの上に大の字に寝転がっている。
小林はスーツケースの中味を整理している。
小林「合作公司の実力者の副市長も、社長を信用してくれたようです。彼らは深酔いしたときでもシャープな日本人は高く買いますからね」
羽田の返事が無いので小林が振り向くと、羽田は高いびきをかいて眠っている。
と、ドアをノックする音。
小林「入り給え」
ホテルのボーイが、盆に載ったコーヒーと英文ファクシミリを置いて出ていく。
小林「(ファックスの表書を見て)ピッツバーグのトマス・ベンジャミン・メモリアル病院から?誤配じゃないのか」
小林、読み始めるや、驚きの表情に。
小林「何だって?『…勤務外科医でありました私の夫を殺したCPAジョン・マカードルと、キメラ・ラボ社の事業の正体について貴殿のご注意を喚起したく、ご一報するものです…』こ、これは…!?」
○ アメリカの病院の事務室・夜
思い詰めた表情で小林への忠告文をタイプしている、冒頭シーンで殺された脳外科医の妻(44)。
事務机の上には外科医の在りし日の写真が、また、机の横にはファクシミリもある。
手紙文面(ナレタージュ)『…“キラーバグ”はバイオセンサーの組込みがまだ完全でなく、うまく寄生虫を攻撃することもあれば、逆に宿主の人体を死に至しめることもあります。そうした悪材料が判明し、キメラ・ラボのベンチャー株が暴落する前に、マカードルは寄生虫症の珍しくない第三国での見切り量産をさせようと木目螺を動かしているのです…』
○ 元のホテルの部屋
小林「(ファックスを目から離して)しかもマカードルは欠陥品のキラーバグを選別して邪魔な人物を殺した可能性もある、だと!…何と言うことだ」
いびきをかいて寝ている羽田社長。
小林、何事かを決心し、コーヒーと一緒に置かれた砂糖壷を掴む。
○ 鉄道高架工事現場・深夜
月光を背に小林が、工事現場の高い足場の上に、砂糖壷を持って立っている。
小林『鉄筋と板枠が組まれ、あとは生コンを流し込むばかりか。だがこの一塊の砂糖で、この基礎橋脚は当分完成しなくなる…』
壷を傾け、中味の砂糖を注ぐ小林の手のアップ。
○ 翌々日・工事現場の前
橋脚の工事は途中で放棄されたような状況を呈している。
駐車したリムジンの前で、苦々しい、あるいは困惑した表情の、副市長、蕃、工事現場監督、小林、羽田。
羽田「もう一度基礎からコンクリートを打ち直しなんて、とても待っていられませんわ!輸送インフラのない所へ工場進出なんかできますかいな」
蕃「監督、一体どういうことなのだ、この工事中断は」
工事現場監督「だ、誰かが砂糖を生コンに混ぜやがったに違えねえ!昨日流し込んだコンクリートが、すっかりダメになっちまっているんで。この犯人はきっと外国の工作員か何かですぜ!」
小林「…残念ですが、今回の工場進出は考え直すことになると思います。副市長、お世話になりながら、申し訳ありません…」
副市長「そうですか…。しかし、私の挨拶は“再見”にしましょう」
○ 工事現場近くの某所・同時刻
○ 空港へ向かうリムジンの中
小林「木目螺さんには昨日、支援辞退の意志を伝えましたか?」
羽田「ええ、電話口でえらい怒ってましたわ。でもこうなったら私も肚をくくる。帰国したら、まず信用金庫への同行をお願いしまっせ、小林先生」
小林「わかりました、羽田社長!」
○ 工事現場からまださほど離れていない道路
リムジンを、何か黒いバルクを山積みにした大型ダンプがすごい速度で追越す。
前に出たダンプ、走りながら荷台を傾ける。
黒い粉がドーッとこぼれ落ち、雲のようにリムジンを覆う。
リムジン、急停車する。
羽田「(車外にまろび出ながら)なんや、こりゃ、石炭の粉や!」
小林「(反対のドアから外に出ながら)まずいっ、炭塵爆発の恐れがある!」
○ 先ほどの橋脚付近
副市長「あっ、蕃君、あれを見ろ!」
蕃がリムジンの方を見ると、黒雲状の炭塵に何かの火が着いて大爆発が起きる。
蕃「おいっ、救急車を早く呼べ!」
現場監督「ハイッ!」
○ 爆発現場・やや時間経過
救急隊員が、担架で小林を運んでくる。
蕃がそれに近付く。
小林「羽田社長は…?」
蕃「亡くなりました。あなたも喋ってはだめだ!」
小林「(担架で運ばれながら)どうか、国元で経理係長をしている息子さんに伝えてください。羽田社長の生保の保険証を支店長に預ければ、きっと銀行融資は受けられます、と…!」
蕃「わかりました。必ず!(担架が救急車に収容されるのを見届ける)」
現場監督「あの日本人、両手両足をもぎ取られてるのに、よく口がきけるもんだ。一体何を頼んでいたんですか、蕃先生に?」
副市長「(蕃の後ろから声をかけ)蕃君、いまダンプの運転手を逮捕した警察署長から連絡があってな。…キメラとかいう外国会社の駐在社員から金を貰ってやったと供述しているそうだ」
蕃「何ですと、キメラ…?」