●”■×”(数字) 『1マルクの神聖帝国』
没シナリオ大全集 part 6.1
Part 1:国民の資産
(商都フランクフルトのドイツ連銀本店をバックにタイトル。)
キャプション
『商都フランクフルトに本店を構えるブンデスバンク(ドイツ連銀)は、先進国の中央銀行の中では最も政治からの独立性が保たれている。1マルクの価値をいつでもどこででも守ろうとする彼らの決意と実行力は、連銀をして“ドイツ国民の最大の資産”とすら評させている。』
(朝。銀行本店内の廊下を歩いてくる50代のガッシリした男、ヨーゼフ・シュッケルト営業局長の後ろ姿。それを30がらみのやはりがっちりした巨漢秘書、クララ・ゲート嬢がバタバタと追いかけてくる。)
ゲート秘書
「局長!シュッケルト局長!」
シュッケルト(立ち止まって)
「お早うクララ。なんだね、メッセンジャーボーイが行内を走り回っていた時代を思い出したよ。」
ゲート秘書
「お早うございます。あの、アデン湾に展開中の国連軍の動きが急でして、またドルがマルクに対し…」
シュッケルト(落ち着き払ってさえぎるように)
「…わかった。軍隊がちょっと動けば自国通貨が価値を取り戻すんだから、FRB(米国準備銀行)は気楽なもんだ。」
ゲート
「それから…月曜発売予定の『シュピーゲル』最新号のゲラ刷りを入手しました!」
(と、コピーを差し出す)
シュッケルト(みるみる顔面紅潮し激昂の模様)
「うむっ…?“ブンデスバンクの本部役員会はネオナチの温床か”…!」
ゲート(その顔色を心配しつつ)
「しゅ、出所はキリスト教自由党(CFP)(*)本部です。」[※註:もっともらしい架空名称です。]
シュッケルト
「許せん、ダールの奴!確かにわが父はライヒスバンク(*)時代、フルトベングラー(*)氏と交友はあったが、そんなことを根拠にネオナチ呼ばわりとは…」[※註1:戦時中ベルリンにあったドイツ帝国中央銀行。※註2:ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは、戦前ベルリンフィルハーモニー交響楽団の指揮者兼作曲家で、ナチス政策支持者でもあった。]
ゲート
「出版社とダール議員に抗議の書簡を送りますか?」
シュッケルト
「いいや、あの卑劣漢の政治屋には、それにふさわしい地獄を用意してやる。いろいろ証拠もある。もう連銀としても立ち上がる時だ!」
ゲート
「…」
(廊下の隅にあやしげな男。この会話に秘かにきき耳を立てている様子。<こいつは、以後は登場せず>)
(ボン市内。ホテルのような大きな建物。屋根に“CFP”という大文字。)
キャプション
『ドイツ連立与党・キリスト教自由党本部ビル』
(その中の一室。顔もガタイもでかい大物政治家、元経済相ダールが開いた『シュピーゲル』誌を叩きながら、椅子にふんぞりかえって高笑いしている。ダールのはす向かいのソファーには若いビジネスマン風の男が端座し、同じ雑誌に見入っている。)
ダール
「ウワッハッハッハ…、マスコミなんて皆ゲッベルス(*)の弟子に他ならんということだな!」[※旧ナチス宣伝相。]
若いビジネスマン(『シュピーゲル』をテーブルに置き)
「しかしダール議員、こんなトリックで本当に連銀営業局の叩き上げ、ヨーゼフ・シュッケルトの首をすげ換えられるんですか?」
ダール
「ヨーゼフはこの攻撃に必ず過剰に反応するだろう。それが奴自身の墓穴を掘ることになる。…君のボスにはそう伝えてくれたまえ。」
若いビジネスマン
「できれば根拠をお伺いできますか?私も子供の使いではありませんので。」
ダール
「よかろう。わし以外の誰も知らぬことだが、やつは実は旧東独と繋がるアカなのさ。ナチ呼ばわりは生理的に我慢できぬというわけよ」
若いビジネスマン
「…!?」
ダール
「最近は旧東独の食いっぱぐれ共がいろんな情報を売りに来るんだ。わしは経済相時代から個人情報を収集し、連銀理事の弱味も握っていたればこそ、過早な東独併合、通貨の1対1兌換も承伏させたということを覚えておろう?」
若いビジネスマン
「しかしあの時と今回の東方事業展開に対する特別ロンバート・レート(*)適用の件とは、世論の向背も…。シュッケルトだってあなたの連銀介入のやり口をマスコミに公表するかもしれない!」
[※註:ロンバート・レートは、ドイツで“第二の公定歩合”ともよばれる臨機の流動性供給手段。特別ロンバート貸出は、そのレート外での特別融資。]
ダール
「ふむ。窮鼠猫を噛む、か。…では、さらに追い討ちをかけるまでだ。」
若いビジネスマン
「えっ?追い討ち…?」
ダール(入口に向かい)
「フフフ。…ウォルフ、入りたまえ!」
(妙齢の東洋系の婦人がはいってくる。髪は極端なショートカットで、メイクや宝飾がなければ10代の中国人の伊達男というルックス。あっけにとられている若いビジネスマン。)
ダール(麗人に向かって)
「さあ、この将来のLAA重工(*)幹部に、お前の素晴らしい“カタナ”を見せるがいい!」[註※LAAは、かつてドイツの三菱と呼ばれたMBB=メッサーシュミット・ブロム・ベルコウ社のモジり。また日本語の“刀”は一部ドイツ人にも通用。]
ウェルフ
「はい、先生。」
(ウォルフ、若いビジネスマンにむかってスカートの裾をたくし上げる。驚倒する若いビジネスマン。)
若いビジネスマン
「い、いつも隣りの部屋で待機していたこの人は、女性秘書なんかじゃなかったのか…ダール議員?!」
ダール
「わしの護衛兼秘密兵器、両刀使いのウォルフさ。ネオナチ・スキャンダルにホモセクシュアル。これでも不十分と思うかね?ワハハハ…」
(無表情で自己の一物を見せ続けるウォルフ。その哀しげなマスクをしげしげと窺う若いビジネスマン。)