●”■×”(数字)  『1マルクの神聖帝国』

没シナリオ大全集 part 6.1


Part 2:仮面の恋


(同日午後。連銀。営業局長室。シュッケルトの机の前に、オールドミスで秘書のゲート嬢が郵便の束を持ってくる。)

シュッケルト(遠視眼鏡を外して書類から目を上げ)
「有難う。時に体調はどうかねゲート君。最近、通院しているとか…?」

ゲート秘書
「はい、不眠症で…。でもたいしたことはございません」

シュッケルト
「そうか。理事会開会まで20分ほどある。私に対する一部マスコミの誹謗中傷について、君に少し説明しておきたい。かけたまえ」

ゲート秘書(タイピスト用の椅子に座り)
「局長、むろん私は根も葉もない噂と信じております」

シュッケルト
「うむ。君も連銀の使命は知っているな?」

ゲート
「…ドイツ通貨の価値をいつでもどこででも守る−−−これに尽きるかと思います。」

シュッケルト(かつての超インフレ時代の絵に声だけかぶさる)
「そうだ。コーヒー一杯が1兆マルクした1次大戦後の賠償インフレ。1930年の世界大恐慌。加えて2次大戦でもライヒスマルク(*)預金が一夜にして紙屑同然の危機に…。こんな地獄を四度ドイツ国民に見させてはならんのだよ!」
[※註:戦前、第3帝国の通貨単位。]

ゲート
「でも戦後のドイツマルクは連銀のおかげで安定しておりますわ」

シュッケルト
「ところがだ!バイエルンのイカレた政治屋どもは、連銀総裁に強要してインフレ必至の東独統合に同意させ、直後に正副総裁の首もすげ替えたんだよ。」

ゲート
「そ、そうだったのですか…」

(ここで急に場面が変わる。同時刻。公園脇の舗道にタクシーが止まり、普通に男装したウォルフが降り立つ。しかしやっぱり華奢なやさ男の外見だ。ウォルフ、歩道を歩き出す。公園内のあちこちで、マリワナにふける退廃した若年失業者たちがたむろしている。それらを横目で見つつ通りすぎようとするウォルフの前に、突如、ネオナチの格好をしたスキンヘッドの若者2人が物陰から出てきて立ちはだかる。)

スキンA
「フランクフルトはベトナム野郎なんかの住むところじゃネエんだがな!」

スキンB
「お前達が歩き回った跡はニンニク臭くてしょうがねえ。ジャングルに帰ったらどうだい。」

(うすら笑いを浮かべてにじり寄る二人。ウォルフ、二人の手元を見る。軍用の銃剣を握っているのが目につく。)

(閑静な公園に打突音、うめき声が響き渡る。しかしジャンキーたちは気にも止めない。)

(服装の乱れを直して歩き去るウォルフの後ろ姿。手前の歩道脇に、首を不自然な形に捻り、白目を剥いて転がっているスキンヘッド二人の死骸。)

(もとの理事室。)

シュッケルト
「ダールとその一味は連銀の力を利用して既に東独・東欧・旧ソ連の利権を確保した。そして次はカザフスタンから中国市場をも狙おうというのだ。」

ゲート
「まあ、でも中国は地政治的に日本円の影響圏内では…?」

シュッケルト(うなづき)
「だからカザフに急速な投融資をして地盤を固めたいんだろう。利下げとマルクの垂れ流しがインフレをもたらすことも承知でな。狂気の沙汰だ!」

ゲート
「でも連銀生え抜きの局長が断固反対なさっている限り大丈夫ですわ!ブンデスバンクは政局からは最も独立した中央銀行ですもの」

シュッケルト
「ゲート君、ダールの陥穽に落ち失脚した者は数知れないんだ。我々も油断はできんと思うよ」

ゲート
「はい。…あ、そろそろ会議のお時間です、局長」

シュッケルト(立ち上がって)
「連銀本部理事会は紛糾しないのが伝統だ。君は早引けして病院に行ってもいいからね、ゲート君。」

ゲート
「お気遣い有難うございます」

シュッケルト(机上の書類を整理しながら悪気なく)
「大変だね。その年で更年期か…。」

(シュッケルト、部屋を出ていく。ショックを受け、うなだれたまま佇むゲート秘書。)

(連銀ビルの前の通り。ゲート秘書、ビルを出て病院へ向かう。)

ゲートの後ろから声
「あの、失礼ですが、ハンデルス伯爵のご令嬢ではありませんか?」

ゲート
「…?」

(振り返ると、ダンディな身なりにさわやかな笑顔を浮かべた東洋系快男児ウォルフがいる。)

ゲート
「わたしですか?いいえ、お人違いですわ」

ウォルフ
「そんな筈はない。去年ザルツブルグの猟館[←ルビ:ヤークトシュロス]で確かにお見かけした…」

ゲート
「ああ、それなら私の上司がオーストリアに出張旅行に出かけた時ですわ。私は、連銀のただの秘書ですの。」

ウォルフ
「そうですか、でも奇遇ですね。実は私も香港の投資銀行に勤める、“ただの秘書”なんです。ハハハ…」

ゲート
「あら…。でもドイツ語はどこで…?」

(二人のロングショット。笑みを浮かべながらウォルフのペースで会話がはずむゲート嬢の目には早くも恋の予感が…)

(同日夜。ボン市内にあるウォルフのアパート。居間。)

ダール(ワイシャツ姿で一人でソファにくつろぎながらキッチンに向かって)
「何をしとる!早く酒を持ってきてくれ、ウォルフ。」

ウォルフ(キッチンから盆に酒とグラスを載せて現われる)
「はい、パパ。」

ダール(グラスに酒をつがせながら)
「戦災孤児のお前を秘密養子にしようと決めたわしの眼力に狂いはなかったな。お前はわしの期待通りに成長し、与えられた仕事も完璧に遂行してきた!」

ウォルフ
「…ご恩は忘れません、パパ」

ダール
「今日、シュッケルトのオールドミスの秘書嬢にうまく取り入ったか?」

ウォルフ
「はい、パパ。」

ダール
「明日はこのおまえのアパートに引き込め。そのあとは…分かってるな?」

ウォルフ(ハッとして)
「僕に…デート・レイプをしろと…?」

ダール
「時間がないんだ。すぐにもヤツをはめる手伝いをさせにゃ、こっちが逆襲されるんだぞ!…おまえのテクニックなら造作もなかろう?」

ウォルフ(悩みつつ)
「…はい、パパ。」

ダール
「よし。ならばその服を脱げ。久しぶりにかわいがってやるか。」

ウォルフ
「はい、パパ。」
(と、シャツのボタンに手をかける。)

(同じ夜。シュッケルトの自宅。書斎で電話をダイヤルしているシュッケルト。)

シュッケルト
「…副総裁ですか。実は2日後の連銀全州理事会で、私が特別な発言をすることをお許し願いたいのです。…はい。…CDPの“大東方構想”にブンデスバンクがコミットすることはもうできなくなるような内容です。…もちろん十分な証拠を揃えてのことです。…はい。…私はこれをプレスにも公表する義務があると確信いたしておりますが、連銀の先任局長として、まず部内で発表し、筋を通したいと…。(間。ブランデーグラスを一口飲む。)…さようでございますか。ご高配かたじけなく存じます、副総裁!」

(翌日の夕方。雨。公園の時計が午後5時30分を指している。時計ポールの下に立つレインコートに傘のゲート秘書。)

ウォルフの声
「きてくれたんだね、クララ!」

(振り向くゲート。目の前にサッと差し出される花束。その向こうにウォルフの笑顔。ウォルフはコートは着ているが傘を持っていない。)

ゲート
「まあ、珍しい…けしのお花だわ…!」

ウォルフ
「近くの花屋で、温室栽培の毒のないものを見つけたので…。でもこんな冷たい雨にうたれたらしおれてしまうだろう。南の国で生まれた僕と同じように…。」

ゲート
「ああ、ウォルフ…それじゃ、こんなところで立っていることもないわ。暖かい私のアパートへいらっしゃいな!」

ウォルフ
「そ、そうだね」
(と、ゲートの腕をとって喜々として歩き出す。)

(ゲートのアパート。ゲートの部屋の中。長身のゲートがウォルフに背を向けたままでキッチンに向かってコーヒーを立てている)

ウォルフ(ソファーに座り、ゲートの大きな臀部に注目しつつ)
『…』

(ウォルフの回想。仮設テントの土間の上の駕篭の中に嬰児のウォルフ。ここはタイ国境内の森林を切り開いた、インドシナ難民キャンプだ。テントの外で煮炊きをしている実母の後ろ姿。その実母のところへ別の難民風の男が来て、どこかへ行こうとせかすようなしぐさをする。母親、吹っ切れない様子でウォルフの方を振り返るが、結局その男と一緒にジャングルの中に入って行ってしまう。その消えていく後ろ姿を見送る嬰児のウォルフ。)

(もとの現実。)

ウォルフ
「ママ…」

ゲート
「ん?何か言った?」
(湯気の立つコーヒーカップを渡し)

ウォルフ
「あ、いや…。有難う。暖かいね。」

ゲート(ウォルフの隣りに自分もコーヒーカップを持って座り)
「男と女って、離れたところからただ視線を交わし合うだけでは何も生まれないわよね。言葉や態度にはっきり表わさなかったら、どんな狂おしい思いも通じっこないのよ!」

ウォルフ(意外な展開にとまどいつつ)
「ク、クララ…」

ゲート
「ウォルフ…!」
(コーヒーをテーブルに置き、いきなりウォルフにとびつく。ウォルフ、はずみでソファーから落ち、そのまま床に押し倒される。)

ウォルフ
「クララ…?」

ゲート
「女に抱き締められた気持ちはどう、ウォルフ?最初からこうしてしまえば、もうつまらない手続きは必要ないのよ!」

(ウォルフ、組み敷かれながら、クララのブラウスを両側に大きく引き裂く。スーパーDカップがあらわれる。二人、激しく求め合う。窓に伝う雨。)

(寝室。)

ウォルフ(全裸で)
「クララ、…実は君に打ち明けなくちゃならないことが…。君のボスが大変なんだ」

ゲート
「仕事の話は後にして。もう一度来て…」

ウォルフ
「…」
(ゲート、スタンドの明りを消す。)

(暗闇の中で蠢く二つの裸体。)

ウォルフ
「あ、熱い、中で燃えているようだ!」

ゲート
「燃えているのよ、燃えているのよ、ウォルフ!」

ウォルフ(闇の中の声のみ)
「あーっ、ママーっ!もう僕を捨てないで!」

(火のような抱擁の気配は続く)

(大きな音とともに、殴られ、顔を歪めたウォルフが床に倒れる。ここはダールの私邸の応接室。時刻は夜。殴ったのはナイトガウン姿のダールその人だ。)

ウォルフ
「顔はやめて、パパ!」

ダール(ウォルフの胸ぐらを掴んで目の高さまで持ち上げつつ)
「ヨーゼフのオールドミスの秘書をコマしたら情が移っただと!?キサマ、誰に育てて貰ったと思ってるんだ、この恩知らずの野良犬が!」

(ダール、腹部を蹴飛ばす。ウォルフ、うずくまる。ダール、再びウォルフの襟髪を掴みあげ、応接テーブルの上に叩きつける。ウォルフ、テーブルの上に臥す)

ダール
「しかも俺の目論みまでぺらぺら話しちまうとはな!いまごろヨーゼフめ、もうすっかり俺を政界追放したつもりになってるだろう」
(恐ろしい目でウォルフを見下しながら、暖炉の上の小箱の蓋を開け、ゴツいイボのついた張形を取り出す)

ウォルフ(振り向いて、ダールがその器具を下半身に付けるのを見て)
「ゆ、許して、パパ…、もう嫌だそんなおしおきは…」

ダール(ゆっくりとウォルフの下半身に近付きながら)
「もう嫌だと?ふざけるなこの薄汚れた野郎妾が!」

(前衛芸術の絵で飾られている廊下にウォルフの絶叫が長く響く。)

(再び室内。放心状態で絨毯の上に倒れているウォルフ。ダールは白ワインをラッパ飲みしている。)

ダール(口の回りを腕で拭いながら)
「ウォルフ。お前はこれまでは“仕事”のできるやつだった。今度の過ちを償い、パパの大恩に報いる最後の“仕事”を与えることにしよう。」

(ウォルフの目の前に大きなスーツケースを投げ出す。ウォルフ、虚ろな眼差し。)

ダール
「LAA社開発のプラズマ加速装置という実験器材だ。」

ウォルフ(じっとケースを見る)
「…最後の“仕事”?」

ダール
「シュッケルトを殺れ!あのドンキホーテが明日の連銀全州理事会に出席して俺のグロス・オストポリティク(大東方構想)をぶち壊そうとする前に、車ごと消すんだ。…風車に飛ばされるロバのようにな」

ウォルフ(目線を上げて、おそるおそる)
「そ、そうしたら、…彼女と暮らしてもいい…?」

ダール(目に慈愛を湛え)
「ああ。恩知らずな野良犬といわれたくなければ、この仕事でおまえの自由をかち取るがいい。」

(ウォルフ、急に目が輝き出し、スーツケースの蓋を開けて中を見る。卓上ミシンのような機械がおさまっている。)

(ダール、その様子を見ながら不気味な笑みを浮かべて酒を飲み干す。)

Part 3

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