川舟
没シナリオ大全集 Part 10.9
白紙やり直し検討案メモ
(97.7.1)
炭屋に奉公しているのは、捨松。
向かいの舟宿に奉公しているのが、おゑつ。
舟宿の陰の経営者が断哲とする。
断哲は、おゑつには猫を、上州屋には長崎渡りの薯琥裸糖(チョコレート)を持ってくる。
ところが、そのチョコレートが紛失してしまう。
重手代は、捨松がチョコレートを盗んだと思い込む。
実は、 だったのである。
捨松はチョコレートを盗み出し、おゑつに与え、二人で神社に…。
○神田川沿いの一角に土蔵を並べる炭問屋の全景・旧暦十一月(今の十二月頃)の薄明
広い河岸地に並ぶ土蔵数棟が大規模な卸店であることを示している。
○炭問屋表店ファサード
『炭問屋 上州屋』という金看板あり、その下を痩せた野良犬が白い息を吐きながら過ぎていく。
○河岸〜河岸地
土蔵前の河岸には炭俵を運搬するのであろう、小型の輸送舟が空荷の状態で舫[もや]ってある。
土蔵に隣接した河岸地には5斗俵に詰められた炭が高さ5尺前後の三角おむすび型に幾山も野積みされている。
土蔵の裏には空の荷車(牛車と小型大八車)が置かれ、牽引用の牛2〜3頭が寝ている小さな牛小屋もある。
十一月初旬の朝の気温は低く、牛の寝息は白い。
河岸地から川端の道路への出入口は、間口の広い屋根庇付きの形式的な門で結界されており、仲買人などの関係者以外が勝手に出入りしにくいようになっている。
東の空が白みかけ、どこかで一番鶏が鳴く。
○俯瞰
家作は、表店、母屋と、奉公人(十八歳〜二十代の手代と十〜十七歳の小僧)が起居する別棟に分れている。
○別棟・一階
蔵方の手代の居室である雑魚寝部屋に薄明りがさしている。
外で二番鶏の声がする。
蔵方の手代の中で最年長の五助(26)、布団から手だけだして、何か竹の棒のようなもので古い柱を一、二度叩く。
これは全奉公人に対する起床の合図だ。
○別棟・小僧の寝所
蔵方の小僧(関西でいうところの丁稚)達の枕元に五助の合図の音が伝わる。
まず寝起きの良い者数人が飛び起きる。
残りの小僧たち、続いて目をこすりながら起き出す。
小僧#1(12)、隣りでまだ眠っているいちばん年若な小僧の捨松(11)をいつものことといった風に機械的に揺さぶって、すぐに自分の支度をする。
捨松、それでようやく気付き、左右を見回し、慌てて飛び起きる。
○船宿
上州屋の並び、橋のたもとの、こぢんまりした舟宿。
『舟宿 海老乃屋』という古びた看板がある。
こちらでも、明け方の支度が始まっている。
○船宿の二階・雑魚寝部屋
十代から中年までの数人からなる下女たちがゴソゴソと起き出している。
[※下女は女中(関西でいう仲居)より格下の奉公人]
下女#1「あ〜あ、“帯より先にたすき掛け”の慌ただしさだよ」
下女#2「まったくだね」
いちばん年下のおゑつ(11)、窓寄りの寒そうな床で、かいまきにしがみつくように寝ていたが、ひとりでに目を覚まし、泣きそうになる。
中年下女、たけ(35)、その様子に気付く。
たけ「(敷き布団を指さして)おゑっちゃん…またなのかい?」
おゑつ、声を出さずに頷く。
中年下女「(雨戸を指さして)干しとけばいいよ、さあ急いだ」
おゑつ、黙って頷く。
下女#1「(支度を調えながらひそひそ声で)ホホホ…
下女#2「(同じく)クスクス…十一にもなって…」
下女#3「しょうがないよ、あの“ものいわず”の娘はさあ…」
下女#4「…そうそう、河岸並びの上州屋におなじ病の兄弟が…」
おゑつ、彼女らの声(聞こえない)を背に、二階の大きい雨戸を開けようとするが力が足りない。
たけ「さあぐずぐずしてないで下へ降りた!」
たけ、他の下女らを追い払いながら、おゑつの後ろから手を貸し、雨戸を全開する。
遠くに雪化粧した富士山が見え、皆の息が俄然白くなる。
おゑつ、言葉を発せず、口をパクパクさせて、たけに頭を下げる。
下女ら、廊下にでてすぐの階段を下へ駆け降りていく。
たけも出て行く。
庇の下に、河岸地の牛小屋の掃き掃除を始めた捨松が見える。
階下の炊事場からの声「さあ水汲みを急ぎな!」
下女らの声「あーい!」
○河岸地
捨松、二階で一人で拭き掃除をしているおゑつに気付き、牛小屋の横木ににじり寄って、歯をむき出して笑う。
捨松の後ろ、おゑつからは見えない所に、前垂れ拵えで、矢立てを腰に差した五助が出てくる。
五助「(すぐ近くの背後から)捨松!」
捨松、呼ばれても気付かない。
五助、手にした木の棒で牛小屋の横木を叩く。
捨松、その衝撃が体に伝わってびっくりして見回し、五助に気付く。
捨松、ふと上を見上げるが既におゑつは引っ込んでしまっている。
五助「…今日はそれが終ったら、(蔵の脇を指さして)天水桶の中を洗うんだ。分るかい?…オ・ケだよ!(桶の中を洗う仕草)新入りの小僧は誰でもやる仕事だ」
捨松、五助の唇を読み、分ったと頷く。
下級手代の八蔵(24)が五助を探して母屋から出てくる。
八蔵「五助さん、入帳を出しておきました」
五助「そうか、すぐ行くよ」
五助、くるりと向きを変え、捨松を残し、八蔵を同道して母屋の方に歩みさる。
○大俯瞰
すでに朝日は上り切っている。
と、二丁の駕篭が神田川に掛かる木橋を渡り来て、川端の道を上州屋の方に曲がる。
神田川に沿って、上空にはウミネコが舞っている[※当時の神田から、海はすぐ近く]。
○上州屋表
開店準備でバタバタしている店の前に、二丁の駕篭が付く。
先の一丁は既にシールドが上げられていて、空駕篭と知れる。
後の一丁から、派手な大縦縞の着物に紋付き羽織、塗駒下駄、扇子を片手にした、いかにも幇間風を思わせる愉快そうな禿頭の男、“只紋の断哲[ただもんのだんてつ]”(44)が降りる。
断哲は、表向きは医師の看板を掲げながら、あちこちの大店主人の雅俗さまざまな遊びの相手となり、アゴアシは勿論、紋付羽織までまでその大尽にしつらえて貰い、どこへでも付いていこうという高級幇間、いわゆるお太鼓医者である。
表で開店の支度をしていた小僧#1が奥を振り返る。
小僧#1「(奥の部屋の五助に対し)先生でござりまする!」
○表座敷の一つ奥の帳台の間
五助、店の奥で手代八蔵とともに、大福帳と他の雑多な帳簿との付け合せ作業にとりかかろうとしていたところ。
五助「(見えない小僧#1に声だけ張り上げ)なに、先生? どなたのことだな?」
小僧#1「アイ、野だいこ薬師[くすし]の只紋の断哲様!」
八蔵「(五助の目を見て)それじゃ石町[こくちょう]の…!」
五助「チッ…バカ…!(慌てて腰を上げる)」