川舟
没シナリオ大全集 Part 10.9
白紙やり直し検討案メモ
(97.7.1)
○河岸地
捨松を含め、小僧たち十数人と手代数人が勢ぞろいしている。
その前に、八蔵を従えて立つ五助。
小僧達の背後では半裸の荷揚げ人足達が体を真っ黒にして先着の数隻の炭舟から俵を河岸へ担ぎ揚げ、大八車に載せ、それを蔵の裏手にあるオープンスペースの積上場に運んで高々と野積みしている。
一舟の荷を揚げ終り、腰をおろして小休止している水夫や人足たちには、炊事場から下女たちが飯や茶をサービスしており、こちらも忙しそうだ。
五助「(手代と小僧たちに)…今日は下り舟が列をなして来ている。小僧たちも遊んでいられないよ。総出で荷揚げを手伝っとくれ」
奉公人達「へい(と、一斉にもろ肌脱ぎ、尻はしょりをして作業支度にかかる)」
最も年少の捨松も回りの小僧たちの真似をしている。
八蔵「(小声で耳打ちし)五助さん、あの子供にゃあ、荷揚げ方はまだ無理じゃ…」
五助「何を言っているんだい。荷舟を日暮れ過ぎまで引き留めちゃあ、私が旦那様から小言を食らうんだ。私は番頭さんのように甘くないからね」
八蔵「ですが…」
五助「大八の後押し位はできるだろう。私は積上場に回るから、ここはまかせたよ、八蔵(と、蔵裏の積上場へ歩み去る)」
五助を見送る八蔵の顔。
○蔵裏の積上場
五助、土蔵列の裏の積上場に歩いてきて、山と積み上げられつつある俵の数量などをチェック、歩きながら帳簿に記入しはじめる。
○河岸地
一癖ありそうな人相の船頭が下流(他の舟と逆方向)から一舟を河岸に横付けする。実は盗品の炭を上州炭と偽って売り付けに来た小悪人。
捨松が見ると、荷はほとんど空で、十俵ほどが残っているという感じ。
船頭、手際良く河岸に横付けし、すぐに捨松ら小僧がとりついて控えている空の大八車にその怪しい俵を積み始める。
八蔵は別の舟についており、こちらの様子には気付かない。
捨松、その俵に疑いの心を抱く。
怪しい船頭「(近くの若い手代に)いやーすまんこって。いつもは鉄砲洲の往復だで、行き過ぎちまって…。荷はこんだけだ。早場[はやば]に降ろしていくよ」
そこへ五助、やってくる。
五助「佐野炭十俵かい? まだ残ってたのか?」
船頭「へい、丸山屋さんからの荷で…」
五助「(イライラと帳簿をつけながら)…チェッ…とにかく今日は舟が多いんだ。急いでおくれ」
船頭「へい、もうすぐ揚げ終りやす」
この対話の間、捨松、船頭が揚げた俵からはみ出している炭が形が崩れ、塩を吹いているのを認め、指で擦って嘗めてみる。
しょっぱい、という顔をする[※海難船の漂着した積荷を横流しした代物だから]。
大八車は人足二人と小僧数名で積み上げ場に。
○積み上げ場
大八車から荷が下ろされてきちんと山形に積まれると、人足らは去り、たまたま五助もおらず、捨松だけになる。
捨松、この炭俵がおかしいと確信しているので、他のまっとうな炭と混ざらぬようにするため、えっちらおっちらと苦労しながら蔵の側面に運んでいき、一塊にまとめておく。
○品川へ行く海岸通り・同じ頃
当時の品川付近なので、海がすぐ近くまで迫った白砂青松の絶景。
断哲と惣衛門、その渚に近い狭い道を徒歩でブラブラやってくる。
断哲「品川はもうすぐ。徒歩[ひろい]でいくのもまた格別ですな」
海岸には、漂着物を物色している地元漁民の子供・老人がいる。
惣衛門「こうしてみると浜にはいろいろなものが打ち上げられているものだねえ」
断哲「そういえば紀州の御用船が大時化で覆り、備長炭が何百俵も総州に打ち上げられたとか…」
惣衛門「ああ、聞きました。浦では定法どおり分一金(*)を取って刎ね荷(*)はお返したんでしょう」[※註1:難船やその積荷の引き揚げ労賃として荷主から浜に支払われる代金。][※註2:沈没を免れるために順次投げ捨てた積荷]
断哲「それが何でも一部を隠匿した者がいて、濡れ炭を新しい五斗俵につめ、江戸表へ抜け売りしているというんですよ」
惣衛門「ハハハ、断哲さん。他所の炭問屋は知りませんけどね、うちは番頭始め、いい手代が揃っている。そんな塩の吹いた盗品を売り付けられる恐れはありませんよ」
断哲「そりゃ何よりで。…や、もう御殿山[※品川宿の裏にあったランドマーク]が見えてきましたぞ」
惣衛門「皆さんお待ちかねかな」
○土蔵裏の積上場・午後
やや、陽が傾いている。
たくさんの荷が整然と山積みされている。
○河岸地・午後
舟は元からある空舟二艘のみになっている。
手代、小僧、下女たちも母屋に引っ込んだ様子。
捨松ひとり、地面にちらかった炭殻を竹箒で掃いている。
その捨松を残し、ゆっくりと母屋へ向かう八蔵と五助。
八蔵「何とか日暮れまでに揚げ終りましたね」
五助「さあこれから帳場に戻って大福帳とにらめっこだよ。差引帳の付け合せ途中だったな?」
八蔵「用意できております」
二人、表店の中に消える。
○表店の中・帳場
声(五助)「今日までの算用目録と合わせて見ておくれ」
声(八蔵)「ぴったり合っておりやす。売掛金残帳も同額で…」
五助「…おや、今日入津した荷の数が合っていないよ。丸山屋さんからは七十俵だろ?十足りないよ」
八蔵「えっ、そんな筈は…」
○土蔵裏の積上場・時間経過
声(五助)「ちょっとこっちへおいで!」[※自分註:当時の商人は“来なさい”という言葉使いはしない]
捨松が分別しておいた十俵がある。
掃き掃除をしていた捨松の手を乱暴にひっぱって来た様子の五助。
五助「お前はなんという手間取りをさせてくれた。これはお前の仕業だろう! 今日は堪忍できないよ」
五助、箒を取って、捨松を打ち据える。
五助「ええ?どうしてこんな勝手なことをするんだ?」
捨松、弁明しようとするが通じない。
何度も打った箒の柄が折れる。
五助「(壊れた箒を捨松に投げつけて)こいつを明日朝までに元通り戻しておくんだ!今夜はお前は手習いも地算(*)もならないよ!」[※註:加減算]
○月夜の宵
薄雲が月を次第に覆っていく。
雪でも降りそうな空模様だ。
○帳場
灯火の下で五助と八蔵、まだ帳簿整理が終っていない様子。
五助の顔にはイライラが表われている。
五助「だめだ、合わない…貸帳は終りそうにない…まったくどいつもこいつも…」
八蔵「(脇でかしこまって)相すみません」
五助「手水場に行ってくるよ…(プイと立ち上がる)」
○母屋一階の縫物部屋
灯火の脇で、無心に縫物の針を進めるおゑつの膝上の猫、ツ…と下りて、廊下に出ていく。
○廊下
五助、手洗いに向かって歩いている。
五助「…!」
足元に猫がいるので五助、立ち止まる。
五助「野良猫か…勝手に上がりこんで…じゃまだよ」
と、脇を通ろうとする五助の足に猫、うなり声とともに爪を立て攻撃する。
五助「あ痛た…こ、この畜類め!」
五助、悪鬼の形相で猫を睨みつける。