没シナリオ大全集 Part 8.5


プロパージョブ

<リライト 95.12.13 >

自分で解説:例によって講○社の『○ス○ー○ガ○ン』の若い編集員から言われて書いてみたもので、こっちはリライトの方である。くどいようだが、数年間のこうした努力もすべて無駄に終ったのである。リライトの苦心は映画でも何でも必ず脚本家にはあるもので、このストレスに堪えられぬような者はプロとはなれない。しかし、読み返すだけでも私の心臓は痛み出す。もうこういう世界に参入することは絶対にないだろう。

Part1

○三京商事・本社大講堂
 百人近い新入社員が、整然と着席している。
 ステージ背景には『三京商事・平成○年度新社員研修 修了辞令式』の横断幕。
 ステージ上には、会社の重役がズラリと並んでいる。
 ステージ脇のマイクに向かい、人事部長が配属先の発表をしている最中。

人事部長の声「…○○○(人名)、経理部外為課。△△△、機電部特品課…」

 泉だけ居眠りしている。

泉「(寝言で)…トップを交替します…ここのトラバースは…」

 泉の両側に着席しているバリバリ君風の新入社員、居住まいを正しながらも、そんな泉を蔑んだ目で盗み見ている。

バリバリ君#1『…こいつ、北信大から三京に就職できたというだけで安心してやがる。そこが二流大卒と東大卒の差なんだよ…」

バリバリ君#2『研修最終日の辞令交付式で居眠りするとは…名門三京商事がなんでこんなのを…?』

 泉、椅子からずりおち、ガタタターン! と大きな音を立てる。

泉「雪崩発生!!…ザイル確保…アレ…?」

 周りの男女新社員、失笑。

泉『(赤面して椅子に這い上がりながら)いけね…配属が発表される時だってのに学生時代の夢なんかを…連日の復習で疲れたか…』

 泉、電話帳のように分厚い研修資料を拾い上げる。

人事部長「×××、原材料部木材課。…」

泉『…それにしても周りはみんな超一流大卒ばかり…いいや、何とかついていくんだ!』

人事部長「泉一馬…」

泉「ハ、ハイ!」

人事部長「(冷たく)返事はよろしい」

 周りの男女新社員、爆笑。

人事部長「…泉一馬は、総務部…」

泉「(おうむ返しに独白し)総務部…」

バリバリ君#1『(思わず泉を凝視し)なにィ…社内で出世街道と目される総務部にコイツがぁ…?』

人事部長「…第四調査室!」

泉「第四調査室?」

バリバリ君#2『(納得顔で)ああ、室長一人、部下はゼロだという…。先輩から噂を聞いたことがあるぞ…』

泉「そ…そんなセクションあったっけ?(と、電話帳なみに分厚い研修資料のページをめくって必死で探す)」

人事部長「(最後の一名分を読み上げ)◇◇◇、社長室秘書課。…以上で式を終ります。あ〜、新人諸君は、各自これより配属先の部署に移動し、そこで直属上司の指示を受けるように」

 会場、一斉にざわめき出す。

バリバリ君#2「(ページをめくり続けている泉に)君、第四調査室なら“員数外”だから、その研修資料には載ってませんよ。貨物エレベーターで最上階へ行ったら分ります(と、席を立つ)」

泉「あっ、ご親切にどうも…。お詳しいんですね」

バリバリ君#2「いえ、OBからね…。何でも、あそこに配属される新人は学閥外の“消耗品”だそうですから…頑張って…(と、薄笑いを浮かべながら会場の外に歩み去る)」

泉『…員数外…消耗品…?』

○時間経過・本社ビル・食品部のある階
 誰もいない、先が見えないくらい長い廊下。
 研修書類を抱えた泉がウロウロしている。

泉「貨物用エレベーターって、どこにあるんだ?」

 泉、電話帳サイズの研修資料を抱え、キョロキョロしながら歩いていると、給湯室から出てきた男(食品部石田部長)と衝突する。

石田部長「いてっ…!」

泉「あっ、すみません!」

石田部長「(ぶっきらぼうに)なんだ新人か。気をつけたまえ!」

泉「あ、あの、総務部第四調査室に行きたいんですけど、場所が分らなくて…」

石田「第四調査室? フン…ここは食品部の階だよ(行こうとする)」

泉「(引き止め)あの…それで、どう行ったら…?」

石田「本社ビルのどこに何があるかは、その研修書類の中に書いてあるだろう。いちいち人に聞くな!(ふりほどく)」

 そこに、石田の秘書(♀)が足早にやってくる。

秘書嬢「石田部長、さきほどから『新橋コンサルタンツ』の九鬼岡様が応接室で…」

石田「九鬼岡? ああ、わかりました。すぐ行く」

 石田、応接室と書かれたドアの方へと歩み去る。
 ぶ厚い研修資料を手に、突っ立ったまま見送る泉。

○食品部の応接室の中
 部屋には企業ゴロの九鬼岡(53)が一人で応接椅子に座っている。
 九鬼岡の外見は、パンチパーマ、ストライプスーツ、薔薇模様の幅広ネクタイ、金縁眼鏡、ローレックス、ド派手な指輪…。
 応接テーブルの上に、口をあけた黒い鞄と、空のペットボトルが置いてある。
 ラベルにはスイスアルプスの絵と『チロルの旨すぎる水』という商品名が。
 ドアが開く。

石田「(入ってきて)いや、おまたせしました。株主総会ではいつもお世話になっております」

九鬼岡「食品部長の石田さんですな。そろそろ役員人事の季節も近付き、お忙しいでしょう」

石田「(慇懃無礼に)いいえ…。で、わざわざお運びのご用向きは…?」

九鬼岡「いやネ、これはおたくがスイスから輸入して外食店向けに卸しているミネラルウォーターでしょ?」

石田「(落ち着き払って)ええ。おかげさまでブランドイメージも確立しましてね。他所様のと違い、混入物など絶対にありませんのでね…」[絶対に、というところを傍点強調]

九鬼岡「石田部長。この九鬼岡善正を、針小棒大のいいがかりをこととするチンピラなんかと一緒になさっちゃ、心外ですナァ」

石田「(木で鼻を括ったように)では“機関誌”の購読依頼ですか? そういう話ならどうぞ総務の方へ…」

九鬼岡「(グラフを出して)これは米国の検査会社に分析してもらった、二つの結果の比較なんですがね…」

石田「え? なんの比較?(と、面倒臭そうに2枚のグラフを受け取る)」

九鬼岡「左は韓国製の某ミネラルウォーター。右は御社の『チロルの旨すぎる水』ですよ」

石田「(顔面蒼白)…」

九鬼岡「…実に面白い。PHもミネラル成分もガスもすべて一致するなんて…絶対ありえないことでしょう、産地が違うんだから、ね?」

石田「…どうして…」

 九鬼岡、別な事務封筒から大判のモノクロ写真を取りだす。
 隠し撮りアングルの写真には、隠微なムードのレストラン店内が写っている。
 店内のハングル文字と、キーセンのチョゴリから、そこが韓国内と分る。
 テーブル中央には、主賓然としてキーセンにとりまかれた二人の中年の東洋人。
 その一人は石田だ。
 
九鬼岡「…こっちの写真に写っているのは京城郊外のある飲料メーカーの工場長。そして…アレッ? この人はあなたにそっくりですねえ、石田部長…?」

石田「か、隠し撮りかっ…卑怯な…!」

九鬼岡「な〜に、この工場長の許[チェ]と私の舎弟がちょっとした知り合いでして。(石田を指弾し)…許にボトルだけ異なる『チロルの旨すぎる水』を製造させ、偽のラベルを貼って販売してますね?」

石田「な…何が…望みなのだ…」

九鬼岡「(ニヤリとして)私は経営コンサルタントであって、決して恐喝屋じゃありませんので…その辺をよ〜く考えて戴きましょう…フフフ」

○貨物エレベーターのダクト
 下から大きなエレベーターがガタンゴトンと上がってくる。

○同エレベーター内
 中には泉が心配そうに階数表示を見上げている。
 階数表示が最上階を指す。
 ドアが開く。

○最上階
 泉、立ち尽くして左右を見る。
 ビルの北側なのでガラ〜ンとしており、資材置場、倉庫室、用具室などが並ぶのみ。
 廊下には、台車やダンボールなどが雑然と置いてある。

泉「最上階といっても、ビルの裏側だから、何もないじゃないか…?」

 ふと見ると、屋上に通じる階段がある。
 その階段脇に、『←第四調査室』とマジックで書かれた古びた藁半紙が貼ってある。

○屋上
 屋上全体が巨大な『三京商事』の立体看板で四方を囲われている。
 その看板の囲いの中に、給水タンク、クーリングタワー、煙突を集合して壁で囲った、無人の塔が建っている。
 その上屋の脇に、エレベーターなどを動かす機械室が張り出している。
 その機械室には、灯台守の事務所のように、棟続き長屋式に、もう一つの小部屋が建てつけられている。
 その小部屋の入口の窓ガラスに、毛筆で『第四調査室』とかかれた半紙が、セロテープで貼られてある。

泉『あった! ここだな…よ〜し(緊張した面持でネクタイを正す)』

 ドアノブにかかる泉の手のアップ。

○第四調査室・室内
 窓際の机の上に安っぽい碁盤が置いてあり、朝倉の手が白石をスーッと動かす。
 よくみると朝倉は一人で「挟み碁」をやっているのである。

朝倉「…こう取ろうとすると、こう逃げられるし…逆にこの黒が来て挟まれるか…」

 朝倉、盤面をにらみ、腕組みをしながら長考。
 朝倉の机上には、碁盤の他には、畳まれた『東スポ』、かじりかけのパン、小汚い灰皿、内線電話が置いてあるだけで、書類とかは皆無。
 また室内は机二個だけで、家具調度もなく、ガラ〜ンとしている。
 ホコリをかぶった二つ目の机の上には、空になったワンカップが花瓶代りにぽつねんと置いてあり、何ヵ月も前にとっくに枯れてしまった一輪ざしの安い花の残骸が。
 また、ワンカップのそばに一個の小さな写真立ても机の上に倒れているが、伏せた状態で、しかもホコリをかぶっている。
 ドアを開けたものの、この様子に面食らって、しばし突っ立ったままの泉。

泉「(やっと口を開き)…あ、あの…僕…新人の…」

 朝倉、無言で鋭い目を盤面から上げる。

泉「(鋭い視線に気圧され)…ヒッ…」

朝倉「(突然動いて)ああっ、『囲碁』は難しすぎるっ!」

 といいながら朝倉、机の一番上の引出しを開けてそこに盤面の碁石を流し落とす。
 引出しの中にはタバコの空き箱やくだらないものしか入っていない。
 泉、拍子抜けする。

泉「し、新人の泉一馬です! 第四調査室はこちらでしょうか…?」

泉『(室内を見回して)机が全部で二つだけ…てことは、まさか、部下は僕一人だけ〜っ!?』

朝倉「おお聞いている。そうか、今日だったか。どうも連日忙しくてな、すまんすまん(と席を立つ)」

泉『忙しいって…この人、挟み碁なんかやってたじゃないか…』

 朝倉、泉の机の上の枯れた生け花とワンカップ、倒れた写真立てを、手早くゴミ箱に捨てる。
 ホコリがひどく舞い上がって、朝倉咳き込む。
 泉の目には、一瞬写真の表面が見えるが、それは黒い縁どりがあって、誰だか分らぬ若い社員(実は泉の前任者)の邪気の無いスマイルが写っている。

朝倉「俺が室長の朝倉だ。お前はこの机を使ってくれ」

泉「あっ、どうぞよろ…」

 そこへ、慌ただしく食品部長の石田が入室してくる。

石田「朝倉室長、入りますよ!」

 泉、思わず部屋の隅へどいてしまう。

朝倉「おや、食品部の石田部長。お顔を拝見するのは一昨年の緊急役員会以来ですな」

泉『(部屋の隅で)あっ、さっき下の階で会った…』

石田「誰も好きこのんでこの部屋などには来ない。(吐き捨てるように)第四調査室などにな…!!」

朝倉「これはご挨拶だ(と、無表情に椅子にふんぞり返る)。では屋上の眺めでも見に…?」

石田「(苦しげに)その…実はだ…いや…」

朝倉「ブラックジャーナリストの九鬼岡が食品部を訪ねたことなら、もう警備係の方からこっちに通報が来てますよ」

石田「うっ…(脂汗がにじむ)」

朝倉「こちとらもヒマなセクションじゃないんだ。石田部長、ご要件を…」

石田「(ガックリと肩を落とし)…すまん…助けてくれ…朝倉君!」

泉『何だこの人? さっきまでの偉そうな態度とはうって変わっちゃって…』

○ビル全景

○元の第四調査室内・時間経過
 話を終って、うちひしおれている石田。
 朝倉、窓の外を眺めながらチビたタバコを吹かしている。
 朝倉、椅子の向きを戻す。

朝倉「…そんなら、あんたが辞表を書けばいいじゃない? それで社の傷も最小限ですむし(と、煙を天井に吹き出す)」

石田「(土下座して)朝倉さんっ!」

 泉、ギョッとして飛び退く。

石田「(泣きながら)次の役員会では取締役に推薦されるかもしれという時なのだ。部外には知られずに、何とか…一生の頼みですっ!」

朝倉「(タバコを揉み消し)ま、辛いやね、サラリーマンは…。会社のため少しでも安く仕入れをしようとして、ついやりすぎちまったってわけだ…」

石田「それじゃ…」

朝倉「九鬼岡の口を三月だけ封じよう。あんたはすぐ“商品”の出荷を停止し、在庫は損金処理しろ。三ヵ月あれば今出回っている分も完全に消費され、もういいがかりもつけられまい」

石田「お、恩に着ます、朝倉さん! …でも、あいつは知能犯で、今まで恐喝の尻尾は一度も…」

朝倉「(面倒臭そうに)あんた、ここをどこだと思ってるんだい?」

石田「…そ、そうか…第四調査室だったな…。すまない、それじゃ、私は、早速手配を…(といいながら走り出て行く)」

 ポケーッと見送っている泉。

朝倉「泉…とかいったな」

泉「ハ、ハイ、室長!」

 朝倉、机の一番下の下の引出しから取り出した風呂敷包みをドサリと置く。

朝倉「初仕事を頼もうか…」

○本社ビル地下駐車場
 ベンツが暖気運転をしている。
 運転席には九鬼岡。
 サイドウィンドウに人影。
 九鬼岡、イライラした顔を向ける。
 人影は泉。

九鬼岡「食品部からか? 遅いじゃないか。こんな所で三十分も待たせるんじゃないよ!」

 泉、風呂敷包みを差し出す。

泉「すいません、新人なもので…アッ」

 泉、渡す時に、わざと風呂敷を落とす。
 包みがバラけて、三京商事の転換社債(通し番号付き)が数十枚も散らばる。

九鬼岡『…うっ、転換社債…! 番号は新しい…しかも数百万はある…石田も本気になったか…』

泉「す、すいません」

九鬼岡「バカ野郎っ、早く拾い集めろ!」

 泉、ふたたび風呂敷に包んで九鬼岡に差し出す。
 風呂敷から社債の一部がハミ出している。
 九鬼岡、物も言わずに受けとって、ベンツをスタートさせる。

○駐車場の、道路に面した出口。
 遮断機が降りている。
 ベンツ、その前で音を立てて止まる。
 警備員2名が出てくる。

九鬼岡「(サイドウィンドウを降ろして)何だよ、早く遮断機を上げろ!」

警備員#1(60)「恐れいります…実は社内の印刷部倉庫で、たったいま盗難がありまして…。ちょっとお車の中を…」

九鬼岡「盗難だァ? おいジジイ、俺は食品部長の石田に招かれたVIPだよ! 無礼だろうが」

警備員#2(25)「ですが、こうした場合の規則になっておりまして…」

警備員#1「(風呂敷からハミ出した転換社債を見とがめて)おや、お客様、これは何です!?」

 警備員が窓から手を差し入れ、風呂敷を取り上げる。

九鬼岡「な、何をする!」

 九鬼岡、ドアをあけて、警備員から風呂敷をひったくる。
 その時、再び風呂敷がバラけて、転換社債の束が床面に散乱する。

警備員#1「盗まれた転換社債だ! 間違いない!」

九鬼岡「ボケが! これはワシが證券会社から無記名で買い集め、用があって持ち歩いてるんじゃ!」

警備員#2「ヌケヌケと。よく券面を見てみろ! 通し番号がまだ印刷してない」

九鬼岡「何だと? ああっ…さっき見た時はちゃんとあったのに!!」

警備員#1「来月発行予定の転換社債を、どうして社外の人間が所持しているんだ。自分でシリアルを打って、売ろうとしたんだな?」

九鬼岡「な、何かの間違いだ。石田部長に聞いてみろ!」

警備員#2「(九鬼岡の腕を掴み)いいからちょっと詰め所まで来て下さい」

九鬼岡「手を放せっ!」

 もみあううちに、九鬼岡の抱えていた風呂敷包みの中から、朝倉が仕込んだ倉庫の合鍵がおっこちる。

警備員#1「これは倉庫のマスター・キー…!! (#2に)110番だ!」

 九鬼岡、いきなり警備員#1を殴り倒し、風呂敷を抱えてベンツに飛び乗る。

○駐車場出口
 警備員の「待て〜っ!」という声を背に、遮断機を突破した九鬼岡のベンツ、道路に飛び出してくる。
 そこに偶然にパトカーが通りかかる。
 九鬼岡、全速Uターンで反対方向に逃げようとする。
 しかし電柱に激突してしまう。

○駐車場出口・同時刻

朝倉「来てみろよ、新入り。お前の初仕事の成果だぜ(と事故現場を顎でしゃくる)」

泉「(朝倉の前に出て事故現場を目にし)…あっ…!」

 事故車両に、後方から警備員#1#2が追い付く。
 たちまち野次馬も集まって、大騒ぎに。

朝倉「実はあの“転換社債”、シリアルのインクが空気に触れると一分で消えるオレの特注品でな…」

泉「…えっ…」

朝倉「恐喝罪では刺せんタマだ。窃盗未遂その他で、3月ばかり収監されて貰うことにしたのさ」

泉「それじゃ僕は…あの人を陥れる手伝いを…?」

 朝倉、ニヤニヤしている。
 駐車場入口にパトカーがやって来て停まる。
 頭から血を流している九鬼岡が、警備員2名に引立てられて、駐車場の入口の方に近付いてくる。
 パトカーからも警官2名が降りてくる。

泉「(朝倉に)ひどい人だ、あなたは! 新人の僕にこんな仕事をさせるなんて! 人事部にいいつけてやる!」

 泉、分厚い研修資料を抱き抱えたまま、歩き出す。

朝倉「オイ待て、ヤツに顔を見られる」

 しかし九鬼岡、すぐに泉に気付き、見とがめる。

泉「…ハッ…!」

九鬼岡「ワレぁ…ようもハメてくれたの!」

泉「あわわ…ち、違うんです!(と、研修資料で顔の下半分を隠すようにする)」

九鬼岡「このワシを怒らせおって…望み通り弾いちゃるわッ!(どこからかサタデーナイトスペシャルを取り出す)」 

朝倉「(アッと驚いた顔で)…38口径!」

 九鬼岡、至近距離から泉の胸に3発発射。
 泉、派手にもんどりうって床に転がる。
 2人の警官と2人の警備員、すぐに九鬼岡を組み伏せる。

朝倉「(まったくその場から動かずに右手で顎をさすりながら)まずい…殺人罪で実刑と決まっては、取り調べ中に食品部の不正をぶちまけるおそれが!」

 警官の一人、うつぶせに倒れている泉の様子を見に来る。

警備員#2「もしもしっ、意識は!? (と、泉をあおむけにする)」

警官#1(40)「(後から歩いてきて)かわいそうだが即死じゃないか。至近距離で3発だ」

泉「ウ、ウーン…もうダメだ…」

警備員#2「(顔を上げ)まだ生きてます!」

警官#1「なにっ…(と泉の体をまさぐり)おかしいぞ…服には穴が開いているのに…体にはどこにも傷が…!? (と、泉の上着の袖などに開いた穴に指を通してみる)」

 そこに朝倉がやってきて、3つの穴が開いている研修資料を拾い上げる。

朝倉「おまわりさん、きっとこれでしょう」

警官#1「バカな…38口径は松板を何枚も貫通するんだぞ。電話帳より薄いそんな冊子で…(と研修資料を取って見る)」

朝倉「ね、タマは表紙を貫通してるが、みなコバグチの方に抜けてる。冊子の頁の密度の差が、弾道を曲げたんです」

警官#1「(感心したように泉と見比べて)ほおーっ、こんなこともあるんだな…」

警備員#2「(泉をしげしげと見て)なんて運のいい人なんだ…」

泉「き…救急車を…室長…」

朝倉「新人、カスリ傷一つないのにいつまで寝てる気だ。まだ仕事時間中だ(と襟首を掴んで立たせる)」

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