プロパージョブ

没シナリオ大全集 Part 8.5


○貨物用エレベーターの出入口前
 朝倉、まだ青ざめている泉の背を押して、エレベーター前まで来る。

朝倉「(ポンと肩を叩き)お前は絶対死なん奴だと人事部の資料にあったが、本当らしいな?」

泉「そ、そんなことを誰が…いや、それより、第四調査室というのは、こういう仕事をするセクションなんですかっ?」

 朝倉、エレベーターの△ボタンを押す。

朝倉「泉チャンよ、お嬢さんみたいな机仕事だけで総合商社から高給貰おうとは思ってないだろ? さ、部屋に戻るんだ」

泉「待ってください。だったら、僕は辞めます!」

朝倉「何?」

泉「(気色ばんで)やっと疑問が解けましたよ! 三京商事は、こういう仕事をさせようと思って、僕なんかを採用したんですね! 周りが東大・一ツ橋ばかりなので、変だとは思っていたけど…」

 このセリフの間にエレベーターが下がってきて、ドアが開く。
 朝倉、いきなり泉の襟首を掴み、エレベーターの中へ乱暴に突き転がす。

泉「(エレベーターの隅の角に頭を突っ込み)ぐふっ…! な、何を…!」

 ドアが閉まり、エレベーターは上昇を始める。

朝倉「(冷たく泉を見下ろして)いやー、本当のことをいうとな…お前にはこういうこともしてもらいたくてな…」

 と、朝倉、いきなりズボンのチャックを下げる。

泉「ヒッ…!」

朝倉「ケツ、出せや」

○貨物エレベーター・ダクト
 下からガタンゴトンと上がってくるエレベーター。

声(泉)「や、やめろ〜っ!」

声(朝倉)「やめろと言われてやめられるもんかよ」

声(泉)「うわ〜っ!」

○貨物エレベーター内
 泉、目を閉じて思いきり朝倉の顔を殴り付けようとしている。
 朝倉、その泉のパンチを軽がると片手で止める。

泉「(薄目を開け)…ああっ!?」

朝倉「(薄笑いを浮かべ)フフフ…、偏差値相応、波風立てずに生きてきたお前みたいなドジ坊でも、いきなり犯されそうになったらやっぱり反撃するだろう」

泉「ううっ…!」

 と、その時、エレベーターが停止し、ドアが開く。

朝倉「企業も同じなんだよっ!」

 朝倉、泉の右手を掴んだまま、エレベーターの外に突き飛ばす。
 泉、壁に激しくぶちあたる。
 朝倉、泉の襟髪を掴んで階段を登って行く。

泉「(朝倉に連行されながら)放して下さい! いくら名門商社でも、こんな異常なセクションならこっちから願い下げですっ!」

○屋上・第四調査室入口前

 朝倉、泉の首根っ子をおさえたまま、入口のドアを開ける。

泉「(じたばたしながら)僕は辞める! 他の会社で、普通のサラリーマンになるんだ!」

 ドアが開けられる。
 すると、室内の朝倉の机に、一人の老人(社長)がふんぞりかえっている。

社長「普通のサラリーマン? なんやお前、自分で普通や思うとるんか?」

泉「??…第四調査室は室長と僕の二人だけじゃ…?」

社長「学校の先生は教えてくれんわな。だが世間では、堅気な商売を続けるために、非常の行動を取らなあかんことがあるんや。他所の企業とて同じやで」

泉「(朝倉に)だ、誰ですか、この人は?」

朝倉「オイオイ、お前の採用を決めてくれた、自分の会社の社長の顔くらい覚えられんのか」

泉「ゲッ、社長ーっ!?」

社長「君は学生時代、山岳部員として真冬の富士に挑んだことがある…」

○回想シーン・冬の富士山9号目・強風
 『北信大 山岳部 泉一馬』と、名前が書かれたザックの背面アップ。
 雪面にステップを切り込むアイゼンの爪先。
 泉、うずくまるようにピッケルに体重をかけ、柄の部分を深々と雪に差し込む。
 腰のカラビナからはザイルが斜め下に伸びている…彼は登攀のトップを努めていたのである。
 空は晴れているが、体ごと吹き飛ばすような強風が吹き荒れている。

泉「(下を振り返って怒鳴る)先輩〜っ! カ・ク・ホしました〜っ!!」

 他の部員たちはやや斜め下方にザイルで数珠つなぎになっている。
 が、下にいる部員たちは、それぞれ頂上の方を指さしながら何か絶叫し、泉に注意を喚起しようとしている。
 その声は強風にかき消され、泉には何の合図か分らない。

泉「(耳に手を当てて)え〜っ!? 何〜っ!? もっとトラバースですかぁ〜っ!?」

 先輩部員たち、手を打ち消すように打ち振り、なお何かを叫び続ける。

泉「えっ? 上?」

 泉、頂上の方を見る。
 雪崩がすぐ目の前まで迫っている。

泉「ひ、表層ナダレ…!」

 泉、たちまち雪崩に巻き込まれ、滑落し始める。

○他の部員たちの位置
 部員たちの横を、雪崩とともに泉が落ちて行く。
 泉と部員たちはザイルで結ばれている。

部員#1「泉が滑落した!」

部員#2「全員確保姿勢! 泉を止めるんだ!」

 ザイルで結ばれた部員たち、雪面にうずくまるようにして来るべき衝撃に備える。
 たるみのあった泉のザイルが間もなくピンと伸び切るというところ。

部員#2「(独白)ダメだ…あの勢いではオレたちもザイルで引っ張りこまれるっ…!!」

○泉の位置

泉『(白煙の中で)いけない…先輩たちを巻き添えにしては…(と、無意識に腰のカラビナをまさぐる』

 泉の手、ザイルをリリースする。

○下の先輩部員の位置から
 目の前を泉が雪塊とともに落下していく。

先輩部員#1「(リリースされたザイルの端末をたぐりよせ、隣りの#2に)あっ、泉のやつ、ザイルをリリースしやがった…!」

○落下中の泉の位置
 泉はほとんど宙を飛んでいる。
 下にゴツゴツした岩肌の露出した地面が見え、ぐんぐん近付いてくる。

泉「ヒエ〜ッ! 今日が僕の命日か〜っ!」

 ところが、その岩肌との距離がなかなか詰まらない。

泉「アレッ…?」

 今度は逆に、岩肌がぐんぐん遠ざかる。
 泉は強い谷風で逆に吹き上げられていたのだ。

○他の部員たちの位置
 部員たちの側方の急斜面を、雪達磨と化した泉が下から上に吹き上げられて転がっていく。
 それを呆然と見送るばかりの他の部員たち。

○泉の位置

泉「ワーッ、どうなっちまうんだよ〜!?」

 突如、建物の窓際に激しく叩き着けられ、雪達磨が粉砕する。
 建物には『気象庁富士山測候所』の看板がかかっている。
 目を回す泉。
 回想シーン終り。

○元の第四調査室

社長「…君はいまどき珍しい、仲間のために咄嗟にザイルを切り離すという“非常の正義”が発揮できる男と見込んだんや」

 泉、怒って社長に何か言い返そうとする。
 朝倉、黙って片手で泉の頭を押しつぶす。

朝倉「そのうえ悪運も強い。この部署にはあつらえ向きですよ。フフフ…」

社長「しかしこの部屋、ただ来るだけでもしんどいな。朝倉、中階の空き室に移ってこんか?」

朝倉「それじゃ人目について、社長じきじきにやって来にくいじゃないですか」

社長「そやった…おいダイハード丁稚、お茶…!」

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