●”■×”(数字) 『ジョージの贈物』
没シナリオ大全集 part 9
Part 1:友は敵
(パティオ、即ち回廊で囲まれた中庭のある、典型的地中海型様式の白亜の邸宅。快晴の空からは強い陽射し。影は短く濃い。ここはシチリア島。ひろびろとした邸宅の風通しの良い室内で、恰幅のいい40代前半の穏健派マフィアの大物、ティコ・ガンビーノが白い円卓の前に腰掛けている。テーブルの上にはナプキンが敷かれ、匙の類が並べられ、彼自身前かけをつけているのだが肝心の皿は未だ来ていない。その料理がくる間、ひまつぶしに読んでいる新聞には、1992年11月のイタリア警察によるマフィア一斉検挙の見出しが踊っている。年増女の料理人がパスタを運んでくる。)
料理女
「おまたせしました、ガンビーノ様」
ガンビーノ(新聞を置く。2〜3面には“なぜ逮捕されぬガンビーノ”“さまざまな憶測”といった見出しがあるのが見える。)
「やっときたか。まちくたびれたよ、サリナ」
(ガンビーノ、左手に粉チーズ、右手に木のフォークを持ち、まさにパスタを掬おうとした時)
料理女
「お電話も入っております。ローマのお友達で、リコ様という…」
ガンビーノ
「なにぃ」
(コードレス電話を取る)
(料理女、去る)
ガンビーノ
「エンリコ・チェザリオ、てめえか!」
エンリコ(声のみ)
「やあティコ、パスタのゆで加減はどうだ?」
ガンビーノ(パティオに面した方角を見回し)
「こ、この野郎、俺の家を見張らせているのか?」
(イタリア検察庁の執務室。窓からローマの街路の喧噪も見える。ガンビーノと同い年だが外見は正反対な印象の検事、エンリコ・チェザーリオが受話器を持っている。)
エンリコ
「ハハハ…。なーにカマをかけただけさ。お前の日課は昔から変わってないようだな」
ガンビーノ(シリアスになって)
「おい…どういうつもりだ、リコ。なぜ俺だけ逮捕しねえんだ?」
エンリコ
「大物マフィアの中では最穏健派だし、おまえの親父はまじめな正業で財をなしたシチリアの名士だからさ。不服か?」
ガンビーノ
「俺とお前が同じパレルモ小学校出身の同級生だってことは、新聞が書くまでもなく皆知ってるこったぜ。」
エンリコ
「だから?」
ガンビーノ(いきりたち)
「だから…だと?誰だって俺がお前に同業者仲間を売ってるように勘違いするじゃねえかよ!」
若い検察官(エンリコに耳打ちして)
「そろそろ次の取り調べのお時間です」
エンリコ
「(部下に)わかった。(ガンビーノに)忙しいのでこれで失敬するよ。ちょっと声が聞きたかっただけなんだ。」
(電話を切る)
エンリコ(部下とともに部屋の出口に向かいながら)
「よーし、悪党どもはシエスタの時間に締め上げてやるのが一番いいんだ。アメリカのFBIも今回はイタリア政府の鼎の軽重を問うているからな。」
部下
「しかし、ガンビーノとあいつの親父を野放しにしたのは、案の定世論のウケが良くないですよ」
エンリコ
「あの一家は正当防衛以外の殺しをしない。…それにあのじいさんは心臓の具合がよくないらしいんだ。」
(怪訝な顔の部下。)
ガンビーノ(受話器をテーブルに投げ出しながら)
「くそっ、これも小賢しいあいつのやりそうな作戦だ!」
料理女(二階を指さしながら走り来て)
「大変ですっ、ガンビーノ様!大旦那様が!」
ガンビーノ(パスタを口元に運びながらあわてずに)
「ナポレオンじいさんがまたどうかしたってのか、サリナ?」
料理女
「車椅子ごと消えておしまいになったんです!二階の居間はもぬけのからで…!」
ガンビーノ(立上り)
「なんだと!?…まさかイタリア検察庁めが、誘拐のマネまで…??」
(乗客のほとんど乗っていないバスがシチリア海岸のバス停で止まる。若い男女、ジョリオとマルティナ、カイゼル髭も立派なナポレオン・ガンビーノ老人の乗った車椅子を協力してバスから降ろす。バスが去る。二人、老人の車椅子を押して、近くの小さな漁港に向かい歩き出す。好天気。)
ジョリオ(辺りを見回しながら)
「ガンビーノ一家は追ってきてないよな、マルティナ」
マルティナ
「大丈夫みたいよ、ジョリオ」
ナポレオン老人(背中で押している二人に向かって)
「二人とも聞け。イタリアで成功するのは簡単じゃ。勤勉に働けばいいんじゃ。“ナポリの隠し財産”なんぞどこにも埋まっとりゃせんて。」
ジョリオ
「そうかな、じいさん。あんたがパットン将軍の先導役としてシチリア、ノルマンディ、パリ、南ドイツと従軍し、米軍補給品の闇取引から一財産築いたことは誰でも知ってることさ!」
マルティナ
「それにジョリオは大学を出てからずっと失業中なのよ。今のイタリアで勤勉に働けっていってもそりゃ無理だわ!あんただってマフィアの一家の大ボスじゃない」
ナ翁
「…」
(肩をすくめる)
(海岸に向かう3人の後ろ姿。海岸。引き揚げてあるのは象をかたどった遊園地の池にあるような小型遊覧ボートである。)
ナ翁
「おいおい若いの、これでナポリまで渡ろうっていうんじゃないだろうな」
ジョリオ
「その通りさ。さあ、乗った乗った!」
(板を立てかけて車椅子を押し上げる)
マルティナ
「ジョリオは大学の建築学科で遊園地設計を専攻したのよ。これは廃船をただで貰ってきたの」
ジョリオ
「余計なことをいわないでくれよ、マルティナ」