カスピの砲煙
没シナリオ大全集 part 4.9
Part 2:着眼と決心
※「着眼」「決心」「意志鞏固」などは、すべて軍隊の指揮戦術用語。
○埠頭倉庫地区・現実時間
鉄道線が引き込まれている埠頭の上。
サホノが指揮をとり、水兵たちが何やらトラックから貨車へ、小型だが重い厳封コンテナを積み換える重作業を続けている。
全員汗だくでキャスター付きの重そうな箱を押している。
ネーム「アティラウ港・数年後−−」
サホノ「皆、もう少しだぞ。臨時の荷役作業ですまぬが、やり通してくれ!」
水兵1「(トラックから下ろしたコンテナを、斜め板の上を貨車内まで押し上げたところで)フーッ、重てェ!鉛板のコンテナとは閉口だぜ。一体何が入ってやがンだ?」
水兵2「(両手を膝について息をつきながら)知ってたまるか。どうせ俺達アルメニア系にさせる作業だ、ダーティ・カーゴ(*)さ」
[※註:船倉を汚したり、他の積荷に匂いをつけたりする貨物のことをいう海事用語だが、この場合は政治経済的な意味もかけた皮肉。]
ハチャトゥリアン副官がサホノに近付き、耳許で話しかける。
副官「艦長、御存知でしたか?この厳封コンテナの中味は、解体した核弾頭から取り出した濃縮ウランだという噂…」
サホノ「うむ…。全員、作業止め、休憩!」
水兵たち、めいめいその場で尻餅をつく。
サホノ「(副官に)想像はついていたが…(吐き捨てるように)これが水兵たちの通常訓練を中断してまで実施すべき作業か!」
副官「もうひとつニュースが…。艦長も御存知のマクシモフが、アゼルバイジャン海軍司令長官に栄進し、対アルメニア問題で最強硬政策を主唱しているとか」
サホノ「マクシモフ…」
サホノの握り締める拳が震えているのを副官見て、
副官「艦長、我々はあんな奴が同朋を弾圧するのを、拱手傍観していて良いものでしょうか?」
サホノ「副官…君…?」
副官「(ウラニウムコンテナに視線を送り、小声で)自分はペテルブルグで原子力砕氷船の構造を実習したこともあります。…艦長がお望みなら、マクシモフに届ける“びっくり箱”くらいは…」
サホノ「それじゃ…?(ウランコンナテと、次にその周りで疲れ切っている水兵たちを見やる)」
副官「艦長、あなたはやつのせいで片目まで失いました。それなのに何とも…」
サホノ「…言うな!マクシモフとはいつか個人で決着をつけるつもりだった。だが君達が同心だというなら…」
いつの間にか、上半身裸の数人の士官も集まってきている。
士官a「艦長が何をなさろうとも、全員ついていきますとも、サホノ艦長!」
○停泊しているリガ級フリゲート全景・同夜
○その艦橋内
サホノと副官の二人だけがいる。
サホノ「それで…君の“びっくり箱”はどんなものになる、ハチャトゥリアン?」
副官「(略図を示しつつ)この艦の第二砲塔下にある弾庫に、近くの鉄鋼埠頭から薄板鋼のロールをこっそり搬入します。それを直径数十センチの芯を残して十分に厚く巻き締め…」
サホノ「ガン・バレル型か…」
副官「左様で…。起爆薬には機雷のTNTを使えば、絶対失敗はありません」
サホノ「しかしこれほどのサイズになると、投射は…」
副官「もとより考えません。装置を組み付けた艦ごと敵根拠地の一番奥に突っ込み、敵の首都もろとも自爆して果てるまでです!」
サホノ「…ハチャトゥリアン副官、一体君は…?」
副官、(鋭い目付で黙ってサホノを見返す。
サホノ「よし、私に異存はない。さっそく作業計画を立て、今夜から実施しよう…」
副官「艦長…!」