シリーズ『決心変更セズ』
没シナリオ大全集 part 6.4
第1話:「懲罰小隊」
○昼間だが薄暗いジャングルの中。
5人の兵隊が背中を見せて車座になり、物も言わず、ムシャムシャと食事をしている様子。中央に小さく火が燃えている。その火で、解体され、櫛ざしにされた動物の肉切れがあぶられているようだが、逆光で黒い影にしか見えず、何の動物か読者には分からない。
経理「(枯れ枝の箸で湯気の立つ玉をつまみあげながら)このホルモン焼きを喰ったら精がつくかな」
浄音「そんなことはないよ、経理上等兵。」
三田「(人の方を見ず、食事に集中しながら)経理、貴様は脳味噌でもすすって少しは頭を良くしたらどうだ?」
経理「だめじゃ三田兵長殿、脳髄なら華眉のやつがとっくに腹に収めましたけん」
三田、華眉を見る。華眉、ゴボウ剣を口に運んで無表情で肉を喰っている。
浄音「あ、肝臓は喰いすぎない方が良いですよ、辺利少尉殿。ビタミンAをとりすぎるとかえって死ぬこともありますから」
辺利「(刀で肝臓を切り分けながら)やかましか。指揮官は視力が落ちたらしまいたい!浄音、貴様こんど落伍したらワシがその場でこの馬上刀の錆にして、小隊全員の食料にしてやるからな」
経理「浄音上等兵、だいたいわりゃあなんでそげん栄養学に詳しいのじゃ?」
浄音「なーに東北の百姓の知恵サ。昔スっから飢饉続きだったで」
辺利「浄音、それだけじゃあるまい?貴様、昨日伝令のいきがけに、この前米軍から奪った医療品を使って、重傷の支隊副官に輸血をしたそうだな?」
経理「ほんとか?わりゃあ医者か?医者なら何で軍医殿にならずに兵隊なんかしちょるんぞ?」
浄音「い、いやァ、自分は決してそのようなことは…」
シュルシュルシュル…という音がし、全員の動きが止まる。
三田「アメちゃんの十榴[※口径105mm榴弾砲]だ!」
辺利「全員、その場に伏せェーイッ!!」
蜘蛛の子を散らすようにめいめい遮蔽物や窪地を求めて伏せる5人。中央の火の側には、すっかりバラされた人体が置き去りにされている。じつは彼らは糧食補給が全く途絶えている戦場でやむなく死体を食べていたのだ。
105ミリ榴弾がたき火に命中、死体がバラバラにふっとぶ。
経理「(伏せたまま顔だけ少し上げて。新たな砲弾の落下音)くそっ、ケツの肉を喰いそこねた」
次々に砲弾落下。
三田「(地面をかじるようにふせながら)やはり日没前の焚き火はどうしても観測機に見つかるな」
経理「(すぐ隣で)じゃけん、夜には移動命令が出ちょったしのう」
辺利「みんな、頭を上げるな!これ以上戦死者が出たら俺の小隊がなくなるからな!」
弾着が少しづつ遠くにずれていく。全員、頭を上げる。
三田「(遠ざかる弾着を見て)これは移動弾幕射撃だ。メシの間に敵が近付いていたのかもしれん!」
辺利「三田、おまえ斥候に出ろ。敵を発見したら交戦せずに原位置に復帰しろ」
三田、立って出ていく。
辺利「全員、弾こめ!」
めいめい騎銃、狙撃銃、擲弾筒に装填する。
○少し離れた密林
姿勢を低くして前を窺う三田。双眼鏡を見る。前方の林縁から、M4中戦車、M3軽戦車を先頭に立てた米海兵隊の大部隊が現われる。ただちに引き返す三田。
○元の場所
三田「(辺利らが見えるところまで戻り、指さしながら)前方500mに、戦車7両以上を含む2コ中隊以上の敵!やっぱりさっきのは突撃準備射撃だったらしい」
辺利「そうか、よし。なぁーに、アメ公はこちらが着剣突撃すれば皆泣きながら逃げていきよるという話だ!お前達の命はこのオレがあずかったからなァ!」
他の小隊員はお互い顔をみあわせている。
経理「勝ち目ないっスよ、後退しましょう、小隊長殿!」
辺利「ほざけ!この後方は開闊地[※見通しのよい平地]で、まっ昼間では逃げも隠れもできんのだ。この密林内で腹くくる他ないわ」
浄音「ど、どうやります?」
辺利「状況はいま聞いたとおり。これより小隊は当位置で敵を待ち伏せ、反撃してこれを撃滅せんとす。おまえたちはただちに散開、敵火から遮蔽できる位置につけ。軽機・華眉は最左翼の側防位置を占めろ。擲弾筒・経理は中央の俺のすぐ後方で全般支援できる位置。狙撃銃・浄音は前進位置を占め、初弾で敵の指揮官か戦車車長を倒して機先を制しろ。三田は最右翼にいけ。復唱不要、かかれ!」
全員、部署につく。
樹上に姿を潜めた浄音のスコープにM4戦車のハッチから身を乗り出した車長のアップ。引金をひく指。車内にずりおちる車長。「ガッデム、ジャップ」と叫びながら混乱する敵兵たち。
辺利「(すぐうしろの経理に対し)擲弾筒、正面中央散兵、距離150、撃て!」
経理、擲弾筒を発射する。戦車に続行していた1コ分隊くらいがふっとぶ。
辺利「(片膝だちになって軍刀を振り回し)今だ!敵は浮足立っとるぞ!全員着剣して突撃準備ーー!我に続…」
その瞬間、凄まじい十字砲火が米軍側から打ち返されてくる。1弾は辺利のヒゲをかすめる。
辺利「うおっ!コリャ、ノモンハンの時のソ連軍以上たい!」
というがはやいかそそくさと低地の草叢のなかに逃げ込んでしまう。
経理「(辺利が隠れるのを見て)あっ、小隊長が逃げたら誰が指揮をとるんぞ!」
辺利「(草叢から声だけ出して)爾後は各個に撃てー!いいから撃てー!」
米兵A「バカナジャップダ、ソレッパカリノ兵力デ、コノ圧倒的ナ物量ニ勝テルト思ウカ、ガッデム!」
と、やたらにトンプソンサブマシンガンを撃ちまくりながら戦車に続行して進んでくる。
米兵B「(同じくトンプソンを撃ちまくりながら)ソウトモ、バターン死ノ行進ノ礼ヲシヨウゼ、ガッデム!」
突如近くの草叢から自動火器の射撃があり、米兵ABなど数人が一度に倒される。
草叢の中に伏せていたのは百式短機関銃を持つ三田。
三田「弾をムダに撃つなと教練で習ってねえのか?」
敵戦車が三田の潜む草叢に主砲を指向する。戦車は12.7mm機銃を操作するため天蓋を開けている。突如その開いている天蓋から弾がとびこみ、戦車は内部爆発して擱座。
経理「(煙のでている擲弾筒に再装填しながら)あと何両残ってる?」
米歩兵指揮官C「ジャップハ少人数ダ、突撃シテ一気ニ蹴散ラセ!」
米兵、横一線にならんで歩兵の突撃を発起。突如右手の横合いから華眉の軽機の射撃。米兵全員薙ぎ倒される。
米歩兵指揮官C「ガッデム、側防ガアッタカ!」
[※挿入註:「側防とは、陣地の前の脇に隠しておいて、敵が横一列に展開して我が陣地に迫ったときに、それを真横から串刺しにする任務を持つ自動火器のことである。突撃の前にこの側防火器の有無を確かめなかったのはこの米海兵隊指揮官の初歩的な過失であった。」]
浄音、スコープに指揮官Cを捉える。指揮官C、胸を撃たれて倒れる。それをみていた別の戦車車長D、車内に入ってハッチを閉じる。
車長D「(マイクを握り締め)全戦車ニ告グ。随伴歩兵ガ全滅シタ。戦車ハ、リングフォーメーションヲ組ンデ安全ナ開闊地マデ一挙ニ前進スル。ガッデム!」
三田が見ている前で戦車が輪形陣を組む。
三田、退路を探して後退を始めるが、途中砲撃で耕された箇所があり、姿を暴露してしまう。次の薮まで走る三田。
車長D「ジャップ一匹発見!」
猛射を浴びせながら三田一人に迫るM4の一群。
三田、引き殺される寸前に大きくジャンプ。すると、轟音とともに先頭の戦車2,3両が穴に落ち込む。
華眉「(呼吸の乱れもなく)危ない所でアリマシた、三田兵長殿」
三田「さすがは怪力の華眉一等兵、至短時間に対戦車壕を掘っていたか!」
小隊の他の仲間が立往生したM4を肉薄攻撃する。
時間経過。
燃える7両のM4戦車。あちこちに転がる数十人の米兵の死体。
三田「ふう。1コ中隊くらい全滅させたかな…」
経理「(硝煙の中から捕虜1名を引きずるようにあらわれる)おーい、捕虜を捕まえたぞ」
浄音「経理上等兵、君は米国に出稼ぎに行ったことがあるんだろ。前面の敵の動向を聞いてくれよ」
経理「よーし、ペラペラペラ…、アリャ、通じんぞ」
声「まァてまてまてまてまてェーィ!!」
全員その声に振り向く。かすり傷ひとつ負っていない辺利少尉が抜き身の軍刀をひっさげてノッシノッシと現われる。帽子や体には草木の葉などがまとわりついている。
経理「あっ、こいつ今までどこかに隠れていやがったくせに戦闘が終ってからのこのこと…」
辺利「(経理をつきのけ、捕虜の前に立つ)しゃーらしか!いいか皆の者、わが皇軍の醜敵虜囚に対する公正なる扱いはこうじゃ(片手馬上刀を頭上高く降り上げる)」
三田「やめろ、尋問がまだだ」
辺利「外道に国際法はなかたい!」
斬首してしまう。
三田「(辺利の胸ぐらをつかみ)貴様ァー、もう許さんぞ!」
辺利「(昂然と)いいのか、三田。俺にそんな真似して…。よく見るんだ、そいつの内フトコロを」
三田「何っ?」
経理「おっ、牛[ぎゅう]の缶詰!これはミニッツ給与じゃ、いただきじゃ!」
浄音「ま、まて経理、そのカンヅメのラベルに何か書いてある」
経理「ムッ、ほんとじゃ、何?英語で“白人兵は食すべからず、黄色いサル用の猛毒”じゃと!」
三田「す、するとこれを俺たちが食べていたら」
浄音「俺達全員、全滅…!」
辺利「わかったろう。こやつらがなぜ鬼畜・外道なんぞと呼ばれておるか…」
三田の手をつきはなす。
三田「し、しかし、敵を前にしての指揮官の逃亡は見過ごしにできん!」
経理「そうじゃ、それでも武士か!」
辺利「(感情を害された風もなく)三田、おまえにそれを言う資格があるのか?」
三田「何っ…それは…どういうことか…?」
青ざめ、たちすくむ。
辺利「とぼけおって。だがちょうど良い機会よ。そろそろ皆の前で一度はっきりいうておかにゃならんかのう」
ニヤニヤと不敵な笑み。
浄音「いったいどういうことですか、三田兵長殿、反駁しないんですか」
華眉、心配そうに三田を見ている。
辺利「反論でけるわけもない。こいつは2年前、支那軍にちょこっと攻めたてられたくらいでさっさと尻尾をまいて戦場を離脱し、抗命罪で軍法会議にかけられ、少尉から一兵卒に降等されてしもたんじゃからのう!」
浄音「ええっ、三田兵長殿はもと将校だったんでありますか」
三田「…何もいいわけすることはない。だが、もしあのときのような状況になったら、俺は何度でも同じ決心をするだろう…」
辺利「聞いたか。いかにも歴戦の古兵のようなツラ構えをしておるが、一皮むけば信州の腰抜け侍よ」
三田、反論せず目を閉じて聞いている。
浄音「うそだ!兵長殿にはなにか理由サあったに違えねえ!」
辺利「他人をかばうのはいいが浄音。おまえも監獄の臭いメシを喰ったことがあるじゃなかか」
経理「なにーっ、浄音、おぬしその顔でイレズミ者じゃったと!?」
辺利「秋田の石油掘りの山師の父親と、会津の大庄屋の娘との間に生まれ、何不自由なく育てられて東京の医学校にまで行かせてもらいながら、アカの思想なんぞにかぶれおって、特高のお世話にまでなった親不孝モンよ」
経理「ゲッ、それじゃ、せ、政治犯…」
辺利「そうたい、経理、おまえと同じぞね」
浄音「えっ…」
辺利「確かおまえも帰国そうそう往来の真ん中で東條批判をやらかして憲兵にひっくくられ、そのままこの“不名誉小隊”に送り込まれたんだったな。…日本はアメリカに勝てるわけないだと?勝てなくても立たなきゃならぬって時が、いやしくも独立国にはあるんじゃ、バカが」
三田「不名誉小隊…?アンタいまそういったのか?」
辺利「そうだ。俺たち不名誉小隊は、常に決死隊・挺身隊同然に死地に送り込まれる。もし運よく任務を達成しても囮りの役目を果たすだけ。逆に任務に失敗して全滅しても誰も困らん。むしろ大本営では喜ぶとよ」
三田「そ、そうだったのか…」
辺利「いい忘れたが、かく申す俺様もノモンハンではBT[ベーテー]のカタベラに蹂躙され(胸のキャタピラ痕アップ)、人事不省のまま捕虜となり、停戦後におめおめ生還した。金鵄勲章は剥奪され、昇進もそれ以来ストップ、万年少尉として南方のどこかで戦死するまでこの小隊を率い、最前線を転戦する運命よ。わかったか」
全員声なし。
辺利「だいたい、歩兵部隊が東北から九州までの寄せあつめで編成されとること自体いままでおかしいとは思わんかったか?バカどもが」
華眉に気付く。
辺利「おっと華眉、おまえだけは別だ。おまえはたまたま台湾で徴集された純朴な高砂族。なんの不祥事にも関わっとらん。俺の小隊なんぞに配属されていちばんワリを喰ってるのはおまえたい」
華眉「(何かに気付いたように)味方の患者後送用の自動貨車が来たでアリマス!」
全員後ろを振り向く。ブロロロロ…と、数人の負傷兵を荷台に乗せた日産80型トラックがガタガタやって来る。小隊の10mほどのところまで来て止まる。
トラック操縦兵[伍長]「(窓から顔を出し)おい!この先に傷病兵はおらんか?」
死屍累々たる戦場をあきれ顔で見回す操縦兵。
操縦兵「…これ、みんなあんたらがやっつけたんか?大した手柄や」
三田「(親指を立てて前線を示しながら)俺達より前方には味方部隊はいない。俺達も後退中だ。よかったら全員便乗させてくれ!」
操縦兵「ほならはよ乗り!この正面にはアメさんの大部隊がうじゃうじゃ集結しとるちゅう話や。海岸までの撤退命令も出たによって、今から大急ぎで下がるで!」
全員荷台に乗車する。エンジンを吹かし、ジャングルの中にヨタヨタと走り去るトラックの後ろ姿。
−第1話・完−