シリーズ『決心変更セズ』
没シナリオ大全集 part 6.4
第2話:「丘は油にまみれた」
○ノモンハンの真夏の草原
地平線の彼方にはいく筋かの黒煙が立ち上っている。あちこちにソ連BT5戦車、T26双頭型戦車、BA装甲車の残骸。人の姿はない。ヴィィィイイイーンという高回転エンジン音が遠くに響く。その音がだんだん大きくなるとともに、遠くから10両前後のBT5が5m間隔の密集隊形でこちらに突進してくる。十分近付いたBT5。突如草むらから入念に擬装した日本兵5,6名が立上り、戦車に向かって走り出す。全員、棒の先にアンパン地雷を縛着したものを持っている。
戦車に肉薄する辺利の上体のアップ。顔などに負傷しているが、軍服はきちんと着ている。
数人がBTからの銃撃で射殺され、数人が戦車もろとも自爆する。BTはやみくもに主砲と機銃を乱射しはじめ、スピードを落さない。
辺利「ロスケが!関東軍の歩兵の本領をみるがよか!」
1両の無傷のBT戦車の履帯の下にアンパンを差し入れて伏せる。BT、触雷して擱座。辺利、そのBTの上に駆け上がってハッチを開け、手榴弾を投げ込む。爆発。しかしその直後、他のBTから辺利にむけて機銃掃射があり、辺利、数弾を受けてころげおちる。そこへ辺利を撃ったBTが高速で走り寄ってきて辺利の胸部を履帯で轢く。
辺利「うおーーーーっ!」
○夜のジャングル
ハッと目を開けた辺利。上半身裸、その裸に履帯で轢かれた古い傷跡。場所は夜間のジャングルだ。いつもの小隊の最後尾を行軍しつつ夢をみていたのである。すぐ前を歩いている華眉が振り向く。
華眉「(歩きながら)どうかしたでアリマスか?」
辺利「い、いや、ノモンハンでソ連軍と戦っていた頃の夢を見た。歩きながら眠ってしもうたらしい」
華眉「そうでアリマスか(ふたたび前を向く)」
といいつつも、目は半眼。しばらくザクザクと歩いている内にすぐにまた眠ってしまう辺利。
暗転。
○ノモンハン
うーん、と、うなって辺利が少しづつ目を開けると、そこはノモンハンのソ連軍の野戦病院。戦線の相当後方にある補給所らしく、天幕は地下壕にもなっておらず、まわりには何十台ものトラックが物資を積みこんでは走り去って行く。ひとつの大天幕の中の簡易ベッドの上に、辺利は上半身を包帯でぐるぐるまきにされ、ミイラのようになって寝ている。顔には不精髭生えている。となりに頭をひどく負傷した日本兵がいる。
日本兵「目が覚めたか。ひどくやられたな」
辺利「ここはどこだ。包帯所[※負傷兵が一時的に集められる場所]か?」
日本兵「ロスケの野戦病院さ。戦場から150キロ以上も
外蒙[※今のモンゴル]側に入ったところらしいや」
辺利「そ、それじゃ俺は捕虜に?」
日本兵「残念ながらそのとおりだ。俺は小林少尉と名乗っておこう。貴公は?」
辺利「辺利少尉だ。ここは将校捕虜専用の天幕か」
日本兵「ロスケは戦時国際法に神経を使っているようだ。怪我が直ったら軍刀の携帯も許すといっている。停戦したら俺達はソ連軍捕虜と交換されるそうだ」
辺利「まて小林とやら、わが軍の最近の雰囲気は判っておろう。日本軍から捕虜が出たことを認めないかもしれんぞ」
日本兵「かもな。ひょっとしたら俺達の本籍地にはもう戦死公報が届けられ、今頃は戒名も定まり墓も建っているかもしれん。階級は特昇し、あるいは勲章も授けられておろう」
辺利「なんだと、もしほんとうにそうなっていたとしたら、俺達はとても生きておめおめと帰れんじゃないか」
日本兵「しゃんめえ!そんときゃ、階級と勲章を剥奪され、たぶん、本当に戦死するまで激戦地をたらい回しされるだろうよ。ま、こうなったのも武運がなかったせいとあきらめるしかねえやな」
暗然とした顔の辺利。そこへ、いかついソ連の衛生兵と軍医が天幕の入口から入ってくる。
衛生兵「日本国陸軍将校、コレカラアナタノ体ヨリ、弾ヲ抜ク手術ヲシマス」
衛生兵数人が辺利を手術台の上に運んで押えつける。手術道具に混じり、ごついペンチとかヤットコが並んでいる。軍医がカルキ水の入った盆で手を洗いはじめる。
辺利「(顔のアップ)やめろーーーっ!!」
○元のジャングル
ハッと目をさました辺利。ジャングルの中だ。すでに夜は白々と明けかかっている。先頭を歩いている三田が手を上げる。
三田「止まれ。ここで大休止しよう」
ジャングルが急に開けて、目の前に小高い丘がある。
辺利「あの丘の向こうが海岸か?」
三田「そうです。だが見晴らしが良すぎるのも気味が悪い。自分がまず斥候に出ますのでそのあいだよろしく」
辺利「わかった。ここで待つ。見たところ両側は湿地で迂回できそうもないからな」
小隊員は装具を降ろしてその場に寝ころぶ。
経理「(歩いて行く三田に向かって)兵長殿、お気をつけなすって」
○丘の中腹
姿勢を低くしながら、丘の中腹を登る三田。ガサッという音に百式短機関銃を構える。
草叢のM2・12.7ミリ重機関銃陣地に寝ていた4人ほどの米陸軍歩兵が三田に気付いて“ガッデム、ジャップ”と言いながらM1ライフルやM1カービンを構える。三田、たちどころにその全員を射殺。引き返し際に無線機を銃撃で破壊し、さらに手榴弾を投げてM2重機も破壊する。
坂を走って下る三田の背後から、複数の戦車のエンジン始動音が聞こえる。
○元の小隊大休止地点
全員騒ぎに気付き、立ち上がって、装具を再び身につけている)
浄音「やっぱり敵がいたんだ」
経理「おい、あの音はM4戦車だぞ!」
辺利「三田は無事か?まだ戻って来んか?」
下から稜線を見上げていると、4両の戦車が空際線上に現われ、さらにその後ろからトンプソンサブマシンガンを持った多数の歩兵も姿を現わす。米軍、斜面を走り下る三田の背後から一斉に射撃を開始。
辺利「経理!敵戦車の前面に擲弾おとせ!」
経理「合点!(擲弾筒を発射する)」
辺利「他の者も援護射撃じゃ!三田を殺させるな!経理、おまえの騎銃を借りるぞ」
華眉、浄音、経理、一斉に射撃を開始。辺利も経理の騎銃で発砲する。
バタバタ倒れる米兵。残りの米兵は戦車の背後に隠れる。
三田、ジャングルの林縁までくるが、あと少しというところで戦車砲弾が飛来し、その弾片で背中を引き裂かれ、どっと倒れるようにジャングル内にころがりこむ。
浄音「(大木の陰で、三田に駆け寄り)兵長殿、傷を見せて下さい。米軍から奪ったモルヒネがあります」
モルヒネの袋を裂き、粉を傷口にふりかける。
三田「(うつぶせのまま)うーむ、アメちゃんの薬は効くな…。しかし浄音、弾をムダにしちゃいかんぞ」
浄音「兵長殿、自分は1発で必ず1人を仕留めています」
三田「バカ者、お前の腕なら1発で2,3人倒さなきゃダメじゃないか」
浄音「ハイッ、ではやってみます」
浄音がスコープ付き狙撃銃で撃つと、戦車の陰に重なるように隠れていた米兵2人が同時に死ぬ。それを見た残りの米兵は他の負傷者をひきずって稜線の向こうまで後退する。戦車だけが機銃と大砲を撃ち続ける。
片利「(葡伏で三田に近付き)三田、その傷では戦闘は無理…といいたいところだが今は小隊の危急時だ。後ろの窪地に下がって経理の代わりに擲弾を受け持て。肉攻[※歩兵の対戦車肉薄攻撃のこと]は俺が率先指揮をとるから安心しろ」
三田「どういう風の吹き回しだ?いつもは敵が火力で勝っていると分かるとどこかへ隠れてしまうくせに」
片利「卑劣なる敵は無線で支援砲爆撃を呼んだに違いない。ここでもたもたして今日中に指定された海岸に到着できないと、腑抜け揃いの海軍の駆逐艦は二度と寄ってはくれんぞ。華眉、経理、こっちへこい!」
大木の陰に集まっている華眉と経理と片利。敵戦車の砲撃は一時止んでいる。
片利「経理、おまえ手先が器用だったな。華眉の背嚢の中にある対戦車地雷を2枚貼り合わせ、信管のバネをゆるめ、6尺の棒の先に短い紐でぶら下げたやつを4コばかりこしらえてくれ」
片利の後に経理、華眉が続行。浄音の狙撃銃と三田の擲弾が後方から援護。片利は次々とM4を撃破する。
…中略…[※ここで、辺利の手本により、対戦車攻撃要領が読者に解り易く説明される/コンテで詳しく指示します]
辺利と三田、それぞれ黙って相手の顔を読む。
M4の燃える残骸。
スコールが降ってくる。
片利「これは好都合。このスコールに紛れて開闊地を突っ切れる。さあ、小隊はあの丘を超えて退却たい。前へ!」
全員歩きだす。
三田「(華眉に背負われて進みつつ)すまぬ、華眉…」
華眉「兵長殿、バカをいわないでいただきたくアリマス」
雨の中、小隊の後ろ姿が消えていく。
声だけ「すまぬ…すまぬ…」
第2話−完−