没シナリオ大全集 Part 8
フォール・ライン
自分で解説:●”■×”で自分でぶん投げた、やりかけのシナリオを、●”■×”と関係ない話に仕立直してみたものだ。多くの原作者が、このような改作を試みていることと思う。
[山岳アクション系・連載初回分]
○カラコルム山脈上空を飛ぶ小型ビジネスジェットの機内
客席に座るビジネスマン風の日本人、安藤課長(37)が、青写真、図面、航空写真、数値表などの資料を隣りの座席に積み上げ、見比べている。
『近東のカントリーリスク』『天然ガスパイプライン見積表』などという本もある。
客席は安藤ただひとり。
安藤、ふと窓の下の景色を見る。
○同機・全姿
雲間に広がるのは、山脈重畳する西ヒマラヤ山地帯である。
西ヒマラヤの高峰“K2”も見える。
○同機内
安藤、足元のケースからラップトップパソコンを出す。
電源を入れる指のアップ。
ブーンという音がしてハードディスクが回りだし、液晶画面には、“既作成文書”として、“湾岸=中国パイプライン部内見積り”“出張報告パキスタン”の二つのファイルがあることが表示される。
安藤、そのうちの“出張報告パキスタン”の方にカーソルを合わせ、ワープロソフトを立ち上げる。
○同機・操縦室
パキスタン人風の機長と副操縦士がいる。
副操縦士「んっ、操舵系の具合が…!」
機長「どうした?」
副操縦士「突然おかしくなりました」
機長「代れ…(と、操縦桿を取り)…変だな、いうことをきかん…!」
○客席
安藤、機体の動揺を感じたので、首を伸ばして前方の操縦室扉の方を見る。
その膝の上では、カリカリというハードディスクのアクセス音が…。
○機体全姿
あっという間に錐揉みに入り、落下していくビジネスジェット。
声「わあーっ!」
○機内客席
安藤、必死でラップトップを胸に抱え込んでいる。
○機外全姿
機体、ケシ粒のように小さくなり、大きな谷の間に消えて見えなくなる。
その後を、雲塊が覆い隠す。
○カラコルム山地
霧の切れ間に、残雪の残る岩だらけの山肌が見え、険しい渓谷の中であることがわかる。
少し視点を移動させると、まだら雪の上に傷だらけの安藤が、小岩に背をもたれかけさせ、虚ろな目を開けている。
安藤はラップトップパソコンをしっかり抱えている。
○安藤の回想・東京の南洋化工建設(株)オフィス内
社長、専務、八神部長(54)、そして安藤の会議だ。
社長「…中国の西暦二〇〇〇年の天然ガス需要はそんなに膨大か、安藤君?」
安藤「はい」
専務「しかし湾岸から中国までは遠いし、途中にヒマラヤ山系がある。そこへパイプラインを敷くなど、誰も考えなかったことだ」
八神「だからこそUNIDO(国連工業開発機構)は共同プロジェクト化に乗り気なのです」
安藤「沿線の開発にも役立ちますので、世銀からの超低利のソフトローンも期待できます」
社長「それは間接的に我国の安全保障も高められる。とすれば、政府の後援も見込めるじゃろ。…ええんじゃないか、専務?」
専務「ははっ。…よし部長、君は総工費の原価見積り。安藤課長は沿線のカントリーリスク踏査にすぐかかれ」
八神,安藤「はいっ」
○元の遭難現場
安藤「…南洋化工、今世紀最大のプロジェクト…必ず…(ガックリとこと切れる)」
視点を引くと、安藤は急な谷地の雪渓の岩棚のようなところで進退極まって餓死したものであることがわかる。
近くには、大小無数のクレバスが口を開けている。
さらに視点を空中高く上げると、このあたりの人を寄せ付けない地形がよくわかる。
谷風のヒューという音がするようになる。
谷のずっと上流の岩山の中腹には、ビジネスジェットが墜落大破しており、その残骸の周りにパイロット二人の死体が転がっている。
○東京・新宿駅・全景
○新宿駅アルプス広場
ベンチで新聞を読んでいる八神部長。
彼は、待合せの目印に、前のベンチに派手なデザインの鞄を置いている。
と、いかにも貧乏山岳部員風の、木橋、三ツ石(いずれも20)が、八神の前に立つ。
見上げる八神。
木橋「八神さん…ですね?番組製作会社の…」
八神「やあ、これはよく来てくれた。甲信大学・渓流溯行会の木橋君だね」
木橋「はじめました。こいつは部員の三ツ石。二人だけの同好会ですが…」
八神「いや、あの大学の山岳会系といえば聞こえたものですよ。(頭をかく二人の貧乏な服装に目をとめて)…まあ、メシでも食いながら話そう」
○新宿東口の高級レストラン・ビル全景
○同レストラン内部
声「プアーッ、旨かったー!」
身なりのいい紳士淑女の客が占める店内の一角、そこだけ不似合な客が…。
三ツ石「こんなぶ厚いステーキなんて、久々ですよ」
木橋「久々じゃない、初めてだろ、三ツ石」
三人、哄笑。
そこへウェイターがコーヒーを運んでくる。
八神「…ところで私が君達にコンタクトを取ったのは他でもない」
二人、急にかしこまって身を乗り出す。
八神「…実はうちの会社で“まだまだあった秘境カシミール”という60分スペシャル番組の企画を出しているんだが、こんど局からロケハン予算が降りてね…」
固唾を呑み、見つめる木橋。
三ツ石「あっちち…(と、コーヒーをこぼす)」
八神「何ぶん、うちのディレクターは沢登りの素人。そこで時間の融通の利く大学生を案内役につけてやろうと思って、秘かに大学の掲示板を物色していたんだよ」
木橋「そうだったんですか。突然の御連絡なので驚きましたが…」
三ツ石「でも、秘密にってどういうことですか?」
八神「うん。こうした企画はね、他局に知られるとおしまいだ。だから君達も、家族には中国旅行ということで準備をしてもらいたいが、いいね」
木橋「それは、問題ありませんが…(と言い淀む)」
三ツ石「(代弁して)二週間で…一人百万円というのは、ほ、本当ですか?」
八神「(微笑んで)嘘は言わんよ。…些少だが、これは仕度金だ。君達の古い装備も、この際新調したまえ…(と、三つの紙袋に入っている札束を渡す)」
木橋、三ツ石「…!」
八神(声)「…もちろんパスポート代と旅費その他は別途こちら負担だから」
八神の声も上の空で、夢中で封筒の札束を数えている木橋と三ツ石。
○喫茶店のビル入口前
木橋と三ツ石、出てくる。
ミツ石「さっそく装備調達に行くか、木橋!」
木橋「おう!」
二人が消えた後で、八神が出てくる。
八神のポケベルが鳴る。
八神「(ギクッとする)…」
八神、近くの公衆電話に歩み寄る。
○南洋化工建設(株)・本社ビル
ビル全景、社名看板も見える。
○同ビル・重役室
渋面を作って電話を取ったのは、八神部長の上司である専務。
専務「(ボタンを押し)…八神部長かね、遅いじゃないか!」
○新宿駅ホーム
八神「(電話機に)専務、その後どうでしょうか?」
電話の声「ボケ!北京からも、安藤課長はまだ見つからんかと矢のような問い合わせだ!巨額のバックリベートがフイになるんじゃないかってな!」
八神「せ、世銀は…?」