没シナリオ大全集 part 2.6


自分で解説:これは○英社の『○ー○マ○』かどこかに持ち込み、当時の、確か○イ○ン編集長に、つまらんと言われてしまったもの。その後、直す気もなく放置。今回、古いデスクトップPCのハードディスクを整理するにあたり、管理人氏に「囲炉裏にくべてくれ」と渡す。失敗作である原因だが、目の肥えている諸賢にはお見通しであろう、やはり「調べたことを伝えたい」という余計なところに労力を使いすぎて、人間同士の葛藤ドラマがどこかへケシとんでいるのである。この悪癖は、続けて60作くらいあれこれと試作せぬかぎり、抜けないようだ。最近の映画の『ギャング・オブ・ニューヨーク』であのスコセッシ監督すら類似のあやまちを犯しているのを観、考えさせられてしまった。

重量物運搬船『松丸』

作/兵頭二十八 (96.1.14)


○大西洋、スペイン沖・9月・夜・荒天
 オランダのロッテルダム港目指して北上中の、重量物運搬船『松丸』(5000t)。
 『松丸』は、重量物運搬船として、ブリッジが船首にあり、その後ろの後部甲板はワイドローの貨物デッキになっていて、甲板上に直接、特大サイズの貨物を固縛して運ぶようになっており、自前のクレーンはない。
 その広大な貨物デッキに、今は積荷として、古い寺院の本堂、伽藍および五重の塔がそっくりまるごと載せられている。

ネーム『−−スペイン沖−−』

 船首には、船名“MATSU-MARU”とペイントされている。
 後部甲板の積荷を固定する、キャプスタンから延びたワイヤーが、風で鳴る。

○『松丸』ブリッジ内
 ベテラン船長(40)と、若い見張り員が、夜の当直をしている。
 ブリッジに隣接した無線室のドアが開き、ハゲ頭にヘッドフォンをつけたゴマシオ髭の通信長・五島(65)が、ちぎった紙切れを差し出す。

五島「船長、本社からファックスです」

船長「ん… (無愛想にファックスを受け取り、目を通す)」

 馬見塚、注目。

船長「(深い衝撃を受けた様子で) な、なんだと…私に事前にひとことの相談もなく…!」

 そこへ、商船大学出の一等航海士・馬見塚[まみづか](37)が、当直交替のため、手に合羽を持って、ブリッジに上がってくる。

馬見塚「どうなすったんですか」

船長「ああ、馬見塚君…本社が、この『松丸』をドイツの海運会社に売ってしまったのだ! 資金繰りに窮してな」

馬見塚「えっ? 会社のたった一隻の持ち船なのに、売却ですと…!?」

船長「長引く不況で、重量物運搬船の傭船は減っていたからな」

馬見塚「すると配船会社になって私達も陸勤[りくきん]に…でも船長、まさか、倒産ということには…?」

船長「(力なく椅子に座り込み) 二等航海士の番田君以下、他の乗組員にはまだ話してはならん。『松丸』の仕事は、積荷を無傷で届けるまで終らないのだ」

馬見塚「よく分っているつもりです」

 そこへ、二等航海士の番田[ばんだ](35)が、ずぶぬれの雨合羽を着て入ってくる。
 番田の外見はいかにも船員叩き上げの荒くれ風で、船長や一等航海士とは対照的。

番田「船長、ちょっと貨物デッキを見てきたが、またワイヤーが緩みかけてるようだ!」

 船長、椅子から立ち上がって、何も言わずに、後部甲板が見えるブリッジ背後の窓に寄る。

馬見塚「(合羽を着込みながら) 番田君、ご苦労さん。ちょうど当直交替だから」

番田「一等航海士[チーフオフィサー]一人で? 手伝いますよ」

馬見塚「いや、ロッテルダム入港は明朝だし、風も弱まってきてるから大丈夫だよ」

船長「うむ。後部甲板のことは積み付け責任者の彼に任せ、君は居室で休んだがよかろう」

番田「そうですか、それじゃ…(と、ブリッジから出て行く)」

馬見塚「(惜しい、というように) 下級船員から海技試験にパス…番田君のあの熱心さなら、将来の船長も夢じゃなかったのに…」

船長「そうかな。私はああいう粗野な者は、重量物運搬船の航海士官としては不向きだと思うね」

馬見塚「(やや拍子抜けの体で) それじゃ、ちょっと緊締具をしめてきます (と、ブリッジから出て行く)」

○『松丸』貨物デッキ (後部甲板)
 合羽を着た馬見塚がブリッジ基部のドアを開けて、寺などを載せた甲板上に出てくる。
 海はやや荒れ気味で、横殴りの小雨。
 ブリッジ上から小さな白熱灯が甲板に向けていくつか点灯されているが、広大なデッキは全般に暗く、おそろしげ。

○船尾
 竜骨方向に寝かされた五重の塔は、一階部分がちょうど船尾あたりになるように固縛されている。
 固縛ワイヤーが風に鳴り、時折しぶきもかかる。
 懐中電灯をつけた馬見塚が、舷側の低い壁に沿って、船尾に近付いてくる。

馬見塚「(相輪部分を固縛したワイヤーを電灯で照らし) この傷み具合…そろそろ交換の必要な古ワイヤーだな」

○ブリッジ
 船長は窓から後部甲板を覗いている。

操舵手「船長、左から横切り船! 小型のディンギーです!」

船長「(認めて) いかん…近すぎる! 面舵一杯、フル・アスターン(後進全速)っ!」

○貨物デッキ
 重々しい汽笛が響き渡る。
 馬見塚、思わず船首(ブリッジ)方向を注視する。

○ロング
 鳴り続ける汽笛。
 『松丸』が急回頭し、ディンギーはスレスレで衝突を免れて、たちまち後方の闇の中へ。

○貨物デッキ
 ブリッジで遮られていた風が、回頭に伴って、斜め横からモロに当たるようになる。

馬見塚「(ワイヤーを手で掴んで体を支え) なぜ回頭する…風が真横から積荷に当たる!」

 急に強くなった横風のため、五重の塔が片舷に吹き寄せられようとする。
 塔の風上側を支えているワイヤーがピンと張り詰め、きしむ。
 遂に、塔の上部の風上側ワイヤーが一本切れる。
 と、隣接したワイヤーも次々に切れていく。
 はげしい水しぶきも同時に甲板上を洗う。
 ゴウッという音とともに塔の上部全体が時計の針のように滑り始める。

馬見塚「うわーっ!(塔の上部の動きにつれて、片舷方向に押されていく)」

 馬見塚、ついに舷側の低い壁と塔の垂る木の間に体の半分を挟まれ、気絶する。

○ブリッジ最下部
 乾いた衣服に着替え、首に手拭を捲き、歯ブラシをくわえながらタラップを降りてくる番田。
 と、そこに、塔が甲板をすべるゴウッという音が聞こえてくる。

番田「…!?」

 番田、貨物デッキを覗き見る。
と、ちょうど空を雷が走り、その光で、半身を挟まれている馬見塚のシルエットが浮び上がる。

番田「馬見塚さん…畜生、風の吹きっ返しか!」

○貨物デッキ
 強風がつのる中、馬見塚、人事不省に陥っている。

声(番田)「一等航海士!」

 消防用の斧をひっ掴んだ番田が走ってくる。

番田「いま、助け出します! くそっ、こんなボロ寺…!(と斧を降り上げて五重の塔の垂る木を破壊しようとする)」

声(船長)「よせっ! 積荷に傷をつけるな!」

 番田、ハッとして振り向くと、合羽を着込んだ船長が立っており、その後ろには数人の下級船員も。

番田「船長…でも…!」

船長「絶対に許さん! 風上側ワイヤーをまとめ、キャプスタンとウインチを使って元の位置に固縛しろ! すぐ作業にかかれ!」

 その声に応じて、下級船員たち、風上側に走る。

番田「…しかし、馬見塚さんが…!」

船長「死にはせん! いいか、どんな航海でも積荷は傷つけずに届けるというのが、わが『松丸』の誇りなのだ!」

番田「『松丸』の誇り? あんた個人のええカッコしいだろう!」

 船長、番田を殴り倒す。

○ロッテルダム港・翌日午前10時・晴れ
 岸壁に横付けした『松丸』。
 すでに寺の本堂と伽藍は陸揚げされており、いままさに無事な姿の五重の塔が、陸上大型クレーンで持ち上げられ、しずしずと空中を移動しているところ。
 多数の港湾労働者は、約半分が有色人種。

沖仲仕#1「(本堂のワイヤーを外しながら) いったいこの“家”には誰が住もうってんだい?」

沖仲仕#2「ジュッセルドルフの“日本博”に運び込むんだと。午後には河船に移し替えがあらぁ」

 左頬に絆創膏を貼った番田が、岸壁で港湾労働者の作業ぶりを監督している。

声(船長)「病院で聞いてきたが、馬見塚君の手足は大丈夫だ」

 番田が振り向くと、船長が歩いて近付いてくる。
 と、船の舷門を、通信長の五島が紙切れをふりかざしながら慌てた様子で駆け降りてくる。

五島「船長! 本社が…!」

船長「どうした?」

 五島、番田らの前に至る。

五島「と…倒産しよりましたわ! たった今、テレファックスで…」

 茫然、なすところを知らない船長と番田と五島。
周りでは、沖仲仕の作業が騒々しく続けられている。
天気も上々なのに、三人の顔面だけ蒼白である。
 そこに、労務者の間をすり抜けて、一人の50がらみのドイツ人紳士、ホルテン(=“新オーナー”)が近付いてくる。
 ホルテンは、安全帽は被っているが、スーツの仕立てその他は明確に金持ち階級を示し、“ミスターX”みたいな一癖ありそうな雰囲気に、三人、注目。

ホルテン「(船長の前で止まり) 『松丸』の乗組員諸君とお見受けしたが、船長?」

船長「元・船長ですが…あなたは?」

ホルテン「聞いてないのかね? 重量物運搬船『松丸』の、新オーナーだよ」

 三人、驚く。

番田「それじゃ、あんたがこの船齢15年のボ…」

 五島、番田の口を手で塞ぎ、ホルテンの次の言葉を待つ。

ホルテン「(帳簿のコピーを取りだして読み) 君達の航海記録を見せてもらったが…普通の船艙には入らぬ特大サイズの積荷を上甲板にくくりつけて運ぶという仕事なのに、これまで悪天候などに遭遇しても常に時間正確に仕向港に届けているね…」

船長「それだけが自慢でしてね」

 番田、船長にきつい目線を向ける。

ホルテン「…積荷汚損のクレームも一回もなし。ウム…実に気に入った!」

番田「(せっぱ詰まった感じで、下手な英語なので大きな身振りを交え) だったら船主さん、乗員まるごと再雇用して頂けませんかね? あの錆びたドンガラだけじゃ、はっきりいって価値ないですぜ」

船長・五島「(よせ、という心持ちで) おい…」

ホルテン「…いいでしょう」

三人「ええっ…!?」

ホルテン「今夜、北海で長物を積み取り、私の計画した航路[ルート]に沿い、フィリピンのダバオ港まで無傷で運んでくれますかな? コース・時間ともすべて完璧に成し遂げてくれたら、全員、高給で再雇用しましょう。契約書もつくる」

 聞いているうちに、興奮し、顔を見合わせる三人。

○同夜・北海の荒れ果てた入り江
 小島が点在しているが、人家の光はない。
 三日月の下、『松丸』が微速で進んでくる。

○『松丸』ブリッジ内

船長「(双眼鏡で岸を眺めつつ) 人家も稀なこんな入り江で、深夜に長物の沖渡しとは、一体…?」

番田「文句言えねえや! 俺たち全員、路頭に迷うとこだったんだ…」

ブリッジ脇で見張りの下級船員「クレーン船がやって来ます!」

船長「ストップ・エンジン! 投錨用意!」

○ロング
 島陰から、長大な円筒状の荷物を吊り下げた巨大クレーン船がしずしずと近付く。

○『松丸』ブリッジ内

見張りの船員「…でかい…」

船長(独白)「なぜ灯火をあれっぽっちしか点けない? これじゃ密輸か夜逃げだ」

番田「とにかく、瀬取りの準備だ!(と、ブリッジを出て行く)」

○同地点・1時間経過
 クレーン船は『松丸』に横付けしており、巨大な円筒状の“積荷”が甲板上に静かに降ろされてくる。
 積荷はカンバスで何重にもぐるぐる巻きにされ、さらに数本のワイヤーで捲き締められているが、一方の端部だけ金属が剥き出しで、ロッドアンテナ状のものが飛び出している。

○『松丸』貨物デッキ
 統一されたナッパ服と作業帽に身をつつんだ全員ドイツ人からなる作業員が大勢乗り移ってきて、積荷を固定している。
 番田は固定ワイヤーの点検をしている。
 船長もブリッジから降りてき、積荷を見上げている。

船長「重金属製か? 相当重そうだな…」

声(ヘス)「左様、ちょうど150トンありますな」

 船長、驚いて振り向くと、40がらみの太ったドイツ人、ドクター・ヘス(=“荷主”)が立っている。
 ヘスは目配りが鋭く、只者ではない。

船長「あなたは…?」

ヘス「この“積荷”の荷主ですよ。さあ、船荷証券と海上保険証書です (と、船長に封筒の束を手渡す)」

 船長が封筒の中味を開いている間にヘス、円筒頂部の、インディケーターランプなどが並んだアンテナ基部に、特殊な電子キーをあてがう。
 すると、扇状に、分厚い金属パネルが、銀行の金庫のように開く。
 内部はほのかに光っている。

船長(独白)「(インボイスを読んで)『化学反応塔プラント・パーツ』…それにしては覆いが厳重すぎる…。(保険証を読んで)『ライデン海上火災』? 聞いたこともない…」

 ヘスが開けたパネルの中は、複雑な電子機器がビッシリ組込まれているのが、船長にも見える。
 ヘス、その中に、豆ランプの点滅する弁当箱のような装置を挿入し、パネルを閉じる。
 ヘスの指の合図で、作業員数人が走ってきて、閉じたパネルを厳重に溶接し始める。

船長「(溶接作業を呆れて眺めながら) それは、何なんです?」

ヘス「これは通信衛星に対して時々刻々のGPS座標を自動的に報告する装置でしてね。精度誤差は10mです」

船長「それならば積荷自体にではなく、マストかブリッジに取り付けたら…あっ!」

 船長、指をさした先のブリッジを見上げると、内部に作業員が入り込んで、なにやら電設工事している様子が見える。

○『松丸』ブリッジ
 ドイツ人作業員たちが、ブリッジに隣接した無線室の通信機を交換している。
 そこへ船長、息せききって駆け上がってくる。

船長「(ブリッジに飛び込んで) おおいっ、ブリッジで何をしている! 五島通信長は!?」

五島「(無線室からぬーっと顔を出して) ああ、船長、どうやら新オーナーさんの意向で、通信器材一式、取り替えてくれるようです」

船長「何だって…無線機だけ新しくしてどうしようっていうんだ?」

五島「分りませんが、衛星交信のできる最新式にするちゅうことで、わしには有難いですよ (と、茶をすする)」

船長「…」

 電設を終えた作業員たち、取り外した古い無線器材をかついで斉々とブリッジから出て行く。
 入れ替わりに、ヘスと番田が上がってくる。

番田「船長、積荷の固縛作業、完了しました! いつでも出発できます」

ヘス「おっと、その前に、契約確認がありましてな」

 全員、固唾を呑んで注目。

ヘス「(契約書を読み上げる) まず…乗組員は絶対にカンバスの下の積荷を見ようとしてはならない。積荷に直接手を触れることも禁ずる」

番田「なんだって? おい、オッサン…!」

船長「よさんか、番田!」

ヘス「…この約束に違反するとセンサーで分り、約束の特別手当ては大幅に減額されるであろう」

船長『…ぐっ…あのアンテナは、そういう意味か…!』

ヘス「(船長の目を見て) 航海計画が僅かに狂っても、同じペナルティを科す。…以上です。みなさんが正確・無事にやり遂げられることを祈りますぞ」

 ヘス、船長に分厚い契約書を手渡して、ブリッジから出て行く。
 船長、契約書を見直す。

船長「なんだこれは…!? 10マイルごとにGPS座標と通過時刻がこと細かく指定してある…一体あの積荷は…?」

番田「どうでもいいじゃないですか。とにかく破格の手当てがついてるんだ。今度もキッチリ届けてみせましょうや」

船長「無論だ。特別に時間正確に運航することが、皆が再雇用されるための条件らしいからな。(ハンドマイクに) 錨鎖を捲け!」

○ロング
 空荷になった大型クレーン船が離れて行く。
 『松丸』の船首の錨が巻き上げられる。

声(船員#1)「クレーン船、離れます!」

声(船員#2)「オール・クリア・サー!」

声(船長)「デッド・スロー・アヘッド!」

○ブリッジ
 番田が舵輪を握っている。

五島「(茶をすすりながら) それで、新オーナーから指定された航路ちゅうのは…?」

船長「(契約書を開き見て) うむ、ホーン岬から南氷洋を東進し、最終的にダバオに向えと有るが…」

番田「まるで、他の汽船に会うのをわざわざ避けてるみたいなコースですね…」

船長「荷主と新オーナーは例の発信器で我々の船位を逐一モニターしているから、定期連絡すら無用だそうだ」

五島「なんじゃい、それじゃ最新設備も持ち腐れだわ」

番田「(闇に浮かぶドイツ沿岸の島陰を目で追いつつ) 次に陸地が拝めるのは何時です?」

船長「航路は終始、陸の見えないところになっているが、なぜか途中一箇所だけ、第三国の領海を通航するよう指定されている」

五島「それは?」

船長「ムルロア環礁…フランス領だ」

○島陰のクレーン船
 作業員全員が、船台上から、水平線に遠ざかる『松丸』を見送っている。

○クレーン船のブリッジ
 ヘスが双眼鏡で見ている。
 ヘス、双眼鏡を降ろして振り返る。
 そこにはコートの襟を立て、ハンチングを目深に被った新オーナー=ホルテンが座っており、白ワインで乾杯の仕草をする。

○数日後・南大西洋上・好天
 ホーン岬に向かい、快走している『松丸』。

○同・ブリッジ
 番田が舵輪を握り、船長は双眼鏡で見張りをしている。
 通信室から五島が出てくる。

五島「ウヒャー、またファックスで“厳重警告”じゃ」

船長「何だ? またポイント通過時刻が15分早過ぎるとでも?」

五島「それが今度は…1350から1420まで、貴船の航路が指定より東寄りに80mずれた…と」

番田「漂流物を避けたんだって言ってやってよ! この大海原の真っ只中で80mのズレが、何で問題なんだ!」

五島「だめだよ、二等航海士[セコンドオフィサー]。航海中、厳重な無電封止を言い渡されとってな…」

船長「確かに荷主と新オーナーの考えていることは理解できんが…航路とポイント通過時刻を厳密に守るというのが、我々が結んだ契約だ」

番田(独白)「見渡す限り通り過ぎる船もないってのに…」

○やや俯瞰
 広い大洋をただ一隻走っている『松丸』の全容。

声(番田)「…俺たち、昼も夜も、宇宙から航跡を見張られてるってわけだ」

○さらに俯瞰
 『松丸』が点のように、航跡が針のように見える。

○宇宙空間のGPS用ナブスター人工衛星
はるか下方向に、地球が大西洋を上に向けている。

○星空の下を航海する『松丸』遠景・時間経過

○『松丸』機関室・同時刻
 巨大なディーゼルエンジンがそそり立ち、騒音に包まれた空間。
 機関科の船員が、点検工具を持って通路を通りすぎていく。
 と、通りすぎた通路の脇のロッカーが開き、中から、目深に作業帽を被った一人の痩せぎすの男が出てくる。
 作業帽を脱ぐと、長髪に眼鏡をかけた、一見ミュージシャン風にも見える東洋人。
 北海での積み込みの際、ドイツ人作業員の服装で紛れ込んできた直江(29)である。
 直江、作業員のナッパ服を脱いでロッカーに放り込み、私服となって、用心深く上甲板へのラッタルを上がって行く。

○上甲板
 直江、上甲板に顔を出す。
 月の夜空に雲はないが、風が強い。
 すぐ目の前は舷側で、夜の南大西洋が果しなくひろがっている。

直江『この時刻のこの星座…ってことはもう南大西洋だ…連絡はつかなかったのか…』[※註:密航直前にボトルで手紙を流したのであるが、この時点では何のことか読者には分らなくてよい。]

 直江、後部甲板(貨物デッキ)の中央に何本もの太いワイヤーで厳重に係止されている、カンバスに包まれた巨大円筒に気付く。
 ワイヤーが気味悪く風鳴りしている。

直江「…!(ゴクリと唾を呑む)」

○貨物デッキ・積荷の脇
 ペンシルライトがカンバス表面を照らす。
 カンバスをめくろうとする直江。

直江「特殊ステンレス鋼…?」

 と、直江の肩に節くれ立った手が置かれる。
 直江、驚いて振り向くと、番田が立っている。
 番田、いきなり直江にボディブローを決める。

○『松丸』ブリッジ内部
 蛍光灯に照らされた深夜のブリッジ内。
 番田に襟首をつかまれ、船長の前に引き据えられた直江。
 隅の方では、五島が椅子に座って眠そうにお茶をすすっている。

船長「(困惑した顔で) 持物なし、パスポート無し…。直江君とやら、重罪逃亡中なら、かくまうわけにはいかないよ」

直江「密航は悪かったけど船長さん、本当に僕はただのパリゴロで、南の国へ渡りたいだけなんだ」

番田「とぼけるな、だったらなぜあの積荷を調べてたんだ!」

直江「見たっていいじゃんかよ。それともアレ、何かイケナイ物なわけ?」

番田「貴様は環境団体か何かのスパイだろう、臭いで分るんだよ!」

直江「おたく、インテリ嫌いってやつ?」

番田「(直江の背中を蹴飛ばし) 何だと、このガキ!」

船長「番田君、武器もカメラも所持してないのだ。手荒なマネは不要だよ」

直江「へーえ、それじゃやっぱし、よくないものを運んでたんだ」

船長「人聞きの悪いことを言ってもらっては困る。荷主の意向で、私達船員も積荷の詳細は知ることができないのだ」

直江『(船長たちが悪党の一員でないことを知って) …』

番田「百歩譲ってただの密航ヒッピーとしても、最寄りの港に立ち寄って降ろすなんてことはできませんぜ!」

直江(独白)「ヒッピー…?」

船長「無論だ。そんなことをしたら指示された厳密な運航はメチャメチャだ」

五島「破格の航海手当てと、わしら全員の再雇用がフイですからのう」

船長『仕方ない、違法だが、ムルロア沿岸で救命ボートで下船させるか…』

船長「よし、しばらくは二等航海士の監督下、見習甲板員をやってもらおう」


続く

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